東京地方裁判所 平成14年(ワ)1118号 判決 2003年3月31日
東京都<以下省略>
原告
X
訴訟代理人弁護士
飯田修
東京都港区<以下省略>
被告
エー・シー・イー・インターナショナル株式会社
代表者代表取締役
A
東京都世田谷区<以下省略>
被告
Y1
埼玉県三郷市<以下省略>
被告
Y2
埼玉県和光市<以下省略>
被告
Y3
被告4名訴訟代理人弁護士
弘中惇一郎
同
加城千波
同
西岡弘之
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,7984万2228円及びこれに対する平成14年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその他の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを6分し,その1を原告の負担とし,その他を被告らの連帯負担とする。
4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1原告の請求
被告らは,原告に対し,連帯して,9508万9681円及びこれに対する平成14年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は,原告が,被告エー・シー・イー・インターナショナル株式会社(以下「被告会社」という。)の取締役又は従業員である被告Y1(以下「被告Y1」という。),同Y2(以下「被告Y2」という。)及び同Y3(以下「被告Y3」という。)の違法な勧誘に基づいて海外商品のオプション取引を行い,これによって多額の損害を被ったと主張して,被告Y1,同Y2及び同Y3に対しては民法709条,719条の規定に基づき,被告会社に対しては民法715条の規定に基づき,9508万9681円の損害賠償とこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
2 争いのない事実等(証拠を摘示しない事実は,争いのない事実である。)
(1) 当事者
ア 原告は,昭和18年○月○日生まれの男性であり,昭和33年に横浜市内の中学を卒業後,食用油の卸売業を営む会社において,昭和40年ころから平成2年まではアルバイトとして,平成2年以降は正社員として,主に配送の仕事に従事し,平成12年9月に同社を定年退職した。そして,その後は無職であった。
原告は,住所地において父親所有の自宅に父親と2人で居住しており,平成12年11月当時保有していた資産は,定年退職時までの給料等及び退職金を積み立てた預貯金約2800万円であった。また,原告,原告の父親ともに,株取引等の投資経験は一切なかった。
(甲11,原告本人)
イ 被告会社は,海外商品のオプション取引の受託等を業とする会社である。
本件取引の当時,被告Y1は被告会社の取締役,被告Y2は本社事業課課長,被告Y3は同課所属の従業員であった。
(2) 本件取引
原告は,被告Y3らの勧誘を受けて,平成12年11月17日に被告会社との間で海外商品のオプション取引の委託契約を締結し,同日から平成13年10月18日までの間,海外商品のオプション取引を行った(以下「本件取引」という。)。
本件取引の経過及び内容は,別紙取引経過一覧表に記載のとおりであり,本件取引の結果,原告に合計8804万9681円の損失が発生した(なお,同損失の内訳は,オプションの取得代金合計5990万6130円と転売代金合計4104万6199円との差額である1885万9931円と,被告会社に対する支払手数料合計6918万9750円との合計額である。)。
また,原告が被告会社に交付した金員の入出金状況は,別紙入出金一覧表に記載のとおりである。
3 争点
(1) 本件取引に関し,被告らに原告に対する不法行為が成立するか。
(2) 不法行為が成立するとして,原告が請求できる損害額はいくらか。
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(不法行為の成否)について
ア 原告の主張
(ア) 適合性原則違反
本件取引は極めて難解かつリスクの高い取引であるところ,原告に株取引等の投資経験が全くなかったことや,その学歴及び職歴等にも照らすと,原告が本件取引について経済的に意味のある予測を自ら行い得る可能性は皆無であり,被告らの提供する予測の当否の見当を付けることすら極めて困難であった。
にもかかわらず,被告らは,原告を本件取引に勧誘し,わずか6か月余りの間に投資額1億2000万円以上かつ40回にもわたる取引を行わせた。このような勧誘行為は,取引への適合性を欠く者に対する勧誘として社会的に不相当な行為である。
(イ) 説明義務違反及び断定的判断の提供
オプション取引の受託業者は,顧客が不測の損害を被ることがないよう,取引開始時及び取引継続中を通じて,顧客に対し,当該顧客の経験,知識及び能力に照らして必要と考えられる範囲で,取引の仕組み,値動きの特徴,取引に伴うリスク等の情報を顧客が十分に理解できるまで説明し,かつ,顧客の判断を誤らせるような虚偽の説明をしないという信義則上の義務を負っている。
しかるところ,原告がオプション取引について自ら合理的な判断ができる可能性はほとんどなく,取引に参加するとすれば被告らの判断に委ねる以外にはないことが明白であったのに,被告らは,取引の仕組み,値動きの特徴,取引に伴うリスク等の情報を原告が具体的に理解できる程度まで説明しなかったばかりか,原告に対し,「2,3か月でマンションが買える程度の利益が出る。」,「投資額が大きければ大きいほど利益も大きくなる。」,「これで老後は安全です。」,「中国がWTOに加盟する動きがあるので,砂糖が上昇する。」,「天然ガス・灯油が需要期に入るので,利益が出せる。」などと虚偽の説明をした。また,これらの発言は,受託業者として許される範囲を逸脱した違法な断定的判断の提供にも該当する。
(ウ) 過大・無意味な取引の勧誘
被告らは,原告を本件取引に勧誘し,わずか6か月余りの間に投資額1億2000万円以上かつ40回にもわたる取引を行わせ,取引開始後わずか2週間で7700万円もの大金をつぎ込ませたほか,2001年7月限の砂糖のコールオプションを10回に分けて購入させるなど,高額な手数料を何重にも支払わなければならない無意味な取引を繰り返させたり,極めて期日の近い原油のオプションを購入させるなど,博打に等しい取引を行わせた。
したがって,被告らは,原告の利益を度外視し,その無知に乗じて,原告の犠牲のもとに被告会社の手数料収入を増大させることのみを目的として原告を本件取引に勧誘したことが明白であり,このような勧誘行為は,受託業者として許される範囲を逸脱した行為である。
(エ) 仕切拒否
原告は,平成13年9月12日,被告Y3に対し,すべての取引を終了させたい旨を電話で申し入れたが,被告会社はこの申入れを拒否した。
(オ) まとめ
被告Y1,同Y2及び同Y3は,被告会社の業務として,上司と部下という指揮命令系統のもと,共同して,上記(ア)から(エ)のとおり,原告に対し違法な勧誘を行い,本件取引を行わせたものであるから,上記被告らは,民法709条,719条の規定に基づき,連帯して原告の損害を賠償する責任を負う。
また,被告会社は,民法715条の規定に基づき,上記被告らと同様の責任を負う。
イ 被告らの反論
(ア) 適合性原則違反について
原告は,投資に見合う資金力を有しており,また,その社会的経験及び知識からして,オプション取引の仕組み及びリスクを十分に理解する判断力を備えていた。
(イ) 説明義務違反及び断定的判断の提供について
被告Y3らは,本件取引を開始するにあたって,原告に対し,パンフレット(乙4),ビデオ,契約書(乙1)及び手数料表(乙3)を用いて,オプション取引の仕組みとリスクについての説明を行うとともに,原告に新規口座開設規定(乙7)を示して署名させたり,新規口座開設確認書(乙6)を作成させることによって,原告が本件取引を具体的に理解していることを確認している。また,本件取引の開始後も,被告会社のコンプライヤーが,原告に対し,法制管理部説明要綱(乙9)等を用いて,オプション取引の仕組みとリスクについての再度の説明を行うとともに,原告に新規口座アンケート(乙10)や葉書(乙11)を作成させることによって,原告が本件取引を具体的に理解していることを確認している。
また,被告らが顧客に対し自信を持って取引を勧めるのは当然のことであって,原告自身の判断を狂わせるような表現は全く用いていないから,被告らが違法と評価されるような断定的判断を提供したとはいえない。
(2) 争点(2)(原告の損害)について
ア 原告の主張
(ア) 原告は,被告らの前記不法行為によって,次のとおり合計9508万9681円の損害を被った。
① 取引による損失 8804万9681円
② 弁護士費用 704万0000円
③ 合計 9508万9681円
(イ) なお,被告らの本件勧誘行為は詐欺的商法といわれても仕方のないものであり,その違法性は極めて重大であるのに対し,原告は被告らの勧誘を断り切れなかったにすぎないこと,また,被告会社が原告を犠牲にして極めて高額な手数料を得るという構造を考慮すれば,本件において過失相殺はされるべきではない。
イ 被告らの反論
(ア) 原告の主張事実は否認し争う。
(イ) 仮に,被告らが損害賠償責任を負うとしても,本件損害の発生は原告の過失,特に,リスクを承知しながらそのことを軽視し,被告らに任せきりにして深く考えもせずに多額の資金を投入し続けたことによるところが大きいから,8割以上の過失相殺がされるべきである。
第3争点に対する判断
1 事実経過
前記第2の2の事実に証拠(甲1の1・2,2から7,11から14,16,18,乙1,3,4,6から11,12の1から8,13の1から3,14,15,16の1から40,17の1から9,18の1から12,19の1から3,20,証人Y2,原告本人)及び弁論の全趣旨を併せると,本件の事実経過として次のような事実が認められる。
(1) 電話での勧誘
平成12年11月10日ころ,被告Y3から原告宅に突然電話があり,被告Y3は原告に対し,「資産はどのように管理していますか。今銀行に預けておいてもペイオフで平成14年から1000万円しか戻りませんが,よい資金運用の話があります。」などと述べて,オプション取引の勧誘をしようとした。これに対し,原告は,株取引の勧誘かと思い,「私は,株や儲け事は一切やりませんから。」と言って断ろうとしたが,被告Y3が「一度話だけでも聞いて下さい。」などとしつこく言うので,原告は被告Y3に対し,忙しいので翌週にでももう一度かけ直してくれと言って電話を切った。
1週間後の同月17日,被告Y3から原告宅に再度勧誘の電話があり,被告Y3は,これから原告宅を訪問したいと述べので,原告は,話だけなら聞いてもよいと思い,被告Y3の訪問を承諾した。
(2) 原告宅での勧誘
同日,被告Y3と同Y2が原告宅を訪問し,原告に対し,砂糖のオプションの値動きを示すチャート図(甲3)を示しながら,近く中国がWTOに加盟する動きがあることや,12月及び1月は一般的に砂糖の消費量が多くなることを指摘して,2,3か月以内に砂糖のオプションが2倍から5倍に急騰するとの予測を提示し,自信を持って勧めるので少なくとも1500万円以上を投資してほしい旨を述べて,約1時間にわたり,原告に砂糖のオプション取引を強く勧めた。
原告は,被告Y3らの勧める取引がどのようなものなのかほとんど理解することができなかったが,被告Y3らの説明内容から,砂糖が値上がりすれば利益になり,値下がりすれば損をするというような投機的な取引であること,取引を行うためには手数料が必要であること,及び,最悪の場合には投資した資金がゼロになってしまう可能性があることは一応理解することができた。
原告が当時保有していた約2800万円の預貯金は,30年以上にわたってこつこつ貯蓄して形成したものであり,原告は定期預金のような安全性の高い資産運用を希望していた。したがって,原告は,上記のような投機性の高い取引を行うことには気が進まなかったが,被告Y3らが,「今は砂糖を買うチャンスです。」,「マンションが買えるくらいの利益が出せます。」,「今買わないと,きっと後悔しますよ。」,「遅くとも2,3か月後には必ず利益が取れます。」,「10枚や20枚ではそう利益が出ないので,少なくとも100枚は買ってほしい。」,「自信を持って勧めるので,是非自信を持って買って下さい。」などと利益を得ることが確実であるかのような発言を繰り返して執拗に勧誘を続けることから,そこまで強く言うのであればよほどの根拠があるに違いないと思い,もはや断る理由が見付からなくなり,被告Y3らに押し切られる形で,1600万円を投資して砂糖のオプション取引を行うことにした。なお,原告は,手数料として必要な額は1600万円のうち100万円程度であると認識していた。
(3) 被告会社での勧誘と取引の開始
その後,原告は,被告Y3らの車でa銀行●●●に赴き,自己の預金1600万円を引き下ろした後,そのまま被告Y3らの車で被告会社の本社に移動した。
被告会社の本社には,会長と呼ばれる被告Y1がおり,被告Y1は原告に対し「砂糖,コーヒー,天然ガスと分散した方がより確実です。」などと述べて,砂糖以外のオプション取引も行うよう勧めた上,被告Y3を原告の担当にするのであとは被告Y3によく聞くようにと話した。
原告は,被告会社の本社において,パンフレット(乙4)及びビデオを見せられ,オプション取引についての一応の説明を受けたものの,上記パンフレット及びビデオの具体的な内容はほとんど理解することができなかった。
しかし,原告は,被告Y3らから,新規口座開設確認書(乙6)中のアンケートにはすべて「理解できた」という欄に丸を付けなければ取引を開始することができない,あとは任せて下さいなどと言われたことから,言われるままにすべての項目につき「理解できた」という欄に丸を付け,さらに新規口座開設規定(乙7)に署名をした上で,被告会社との間で海外商品のオプション取引の委託契約を締結した。
なお,上記契約が締結された時点では,取引に必要な手数料の額についての具体的な説明はなく,原告は,被告会社からの帰り際になって初めて手数料表(乙3)を手渡された。
原告が家に着くと,被告Y3から電話があり,被告Y3は原告に対し,「これから砂糖の10セントコールを買える範囲で受注するので,よろしく。今一番勧められるのが砂糖なので,自信を持って買って下さい。」と述べたので,原告はこれを承諾した。そして,翌18日,被告Y3から原告に対し,砂糖のコールオプション合計80枚(取得代金合計621万8732円,取得に係る手数料合計588万円)を買い付けた旨の連絡があった。
(4) 平成12年11月20日から29日までの取引
11月20日,被告Y2から原告宅に電話があり,被告Y2は原告に対し,「追加資金をよろしくお願いします。」と述べた。原告は,自己資金にそれほどの余裕がなかったことから,これ以上の取引をするつもりはないとして断ろうとしたが,被告Y2は,「ここで一気に利益を出していただきたいのです。」,「とにかくできるだけ用意して下さい。」,「是非借りてでもやった方がよい。」などと資金の追加を強く勧めた。原告は,被告Y2がそこまで強く言うのであれば,利益が出ることはほぼ間違いないのであろうと思い,父親の承諾を得た上で,翌21日に父親名義の銀行預金1000万円を引き下ろして被告Y2に手渡した。
また,同月22日にも,被告Y2から原告宅に電話があり,被告Y2が原告に対し,「砂糖が上がっています。期近のものを買えば一気に上がります。」などと資金の追加を強く勧めたことから,原告は,父親の承諾を得た上で,同日,さらに父親名義の銀行預金2000万円を引き下ろして被告Y2に手渡した。
さらに,同月26日及び29日にも,被告Y2から原告宅に電話があり,被告Y2は原告に対し,「追加資金をお願いしたい。」,「出せるだけお願いします。多いほど利益も大きくなりますから。」,「今後,天然ガス・灯油が需要期に入るので,利益が出せます。是非利益を出していただきたい。」などと資金の追加を強く勧めた。原告は,これ以上父親に相談するわけにはいかないと思い,父親に無断で父親名義の銀行預金を引き下ろした上,同月27日に1370万円を,同月29日に1700万円を,同月30日に30万円をそれぞれ被告Y2に手渡した。
そして,原告は,同月20日から29日までの間,被告Y3及び同Y2に言われるままに,別紙取引経過一覧表に記載のとおり,砂糖のコールオプション合計482枚(取得代金合計2944万9700円,取得に係る手数料合計3542万7000円)を買い付けた。なお,これらの取引について,原告が自発的に注文を出したことは一度もなく,原告は限月を選択することにどのような意味があるのかさえ理解していなかった。また,被告Y3らからは毎日のように原告宅に電話があったが,砂糖のオプションの値動きに関する詳しい報告・説明はなく,被告Y3らは原告に対し,「上がってきているので大丈夫だ。」,「これから伸びるから,あとは任せなさい。」などと繰り返し述べていたので,原告は被告Y3らを全面的に信頼し,自らは砂糖のオプションの値動きに特段の注意を払うことはなかった。
なお,同月28日,被告Y3及び被告会社の法制管理部所属のコンプライヤー(取引開始後に顧客の理解を確認することを担当する者)であるBが原告宅を訪問して,原告に対し,法制管理部説明要綱(乙9)を用いてオプション取引についての説明を行った。原告は,Bの求めに応じて,上記説明を理解することができた旨の形式的なアンケート(乙10)及び葉書(乙11)を作成したものの,依然として,オプション取引の仕組みを十分に理解することができなかった。
(5) その後の取引及び取引終了に至る経緯
その後も,原告は,被告Y3及び同Y2に言われるままに,別紙取引経過一覧表に記載のとおりのオプション取引を繰り返し,また,別紙入出金一覧表に記載のとおり,自己の預貯金あるいは父親名義の預貯金を引き下ろしてこれを被告会社に交付した。
原告は,平成12年12月ころ以降,被告Y3らとの口頭でのやり取りや被告会社から送付されてくる報告文書の内容等から,自己の砂糖の取引が必ずしも順調にいっていないのではないかとの印象を持つようになった。しかし,被告Y3らが,「2,3か月以内には利益が出る。」,「責任を持ってやるから任せてほしい。」などと繰り返し述べることから,原告は被告Y3らを信頼し,平成13年2月ころには自己の預金口座に現金が振り込まれるものと信じて,その口座番号等を被告Y3に知らせるなどした。
ところが,平成13年2月下旬になっても上記預金口座に現金が振り込まれる気配がないことから,原告は被告Y3に対し,どういうことかと尋ねたところ,被告Y3は,「見通しを誤りました。申し訳ありません。」と答えた。原告は,これを聞いて頭の中が真っ白になり,あまりのショックと虚脱感から文句を言う気にさえなれなかった。
そして,同年5月ころになって,これまでに投資した資金が戻ってこないことが明らかになったことから,原告は,電話で区役所に相談し,さらに弁護士の助言を得た上で,同年9月,被告Y3に対し,すべての取引を終了させたい旨を電話で申し入れた。しかし,被告Y3は,まだ利益が出るから来年まで置いておいた方がよいなどと述べて,原告の上記申入れに応じようとしなかった。
そこで,原告は,同年10月17日,被告会社に対し,原告代理人を通知人代理人とする内容証明郵便により,本件取引によって被った損害に関して損害賠償請求訴訟を提起する旨を通知したところ,被告会社は,翌18日に原告に係るすべての取引を終了させた。
2 争点(1)(不法行為の成否)について
(1) 適合性原則違反について
ア オプション取引は,ある資産を特定の期日までにあらかじめ定められた価格(ストライクプライス)で買う権利(コールオプション)又は売る権利(プットオプション)を売買する一種の先物取引であり,オプションの価格(プレミアム)は,その真正価値(当該資産の現在の価値とストライクプライスとの差額)と時間価値(当該資産の価値が期日までにストライクプライスを超えて値上がりし又は値下がりする可能性に対する期待感)との相関によって決定される。そして,この時間価値は,期日までの残り時間が少なくなるにつれて基本的に減少していくという性質を有している。また,本件取引は海外商品を対象とするものであるため,上記の各要素のほかに,為替の変動という不確定要素をも考慮することが必要となる。さらに,オプション取引においては,そのリスクの範囲が投資額(オプションのプレミアムと手数料の合計額)に限定されているものの,本件取引においては,オプションの取得に係る手数料の合計額6652万8000円がプレミアム自体の合計額5990万6130円を上回っていることから明らかなとおり,被告会社の設定している手数料の額はかなり割高なものである。
これらのことからすると,本件取引は,極めて複雑かつリスクの高いものであって,そもそも利益の出る客観的な可能性自体が非常に低いものというべきであるから,このような取引において損益分岐点を的確に予測した上で適時にオプションを売買して利益を得ることは,通常の一般人にとっておよそ不可能に近いといわざるを得ない(現に,本件の40回の取引のうち,原告に利益が出たのはわずか1回の取引にすぎない。)。
イ しかるところ,原告は,株取引等の投資経験を一切有しない者であり,身近に投資に詳しい者がいたというような事情も認められないから,その学歴及び職歴等にも照らして考えると,本件取引を行うにふさわしい者でなかったことが明らかというべきである。
にもかかわらず,被告らは,前記1に認定したとおり,原告を本件取引に執拗に勧誘し,確実に莫大な利益を得ることができると思わせるとともに,抵抗できない心理的状況に追い込んで,取引開始後わずか2週間の間に原告の全資産の額(約2800万円)の3倍近くに相当する約7700万円もの大金を投資する取引を行わせたものである。このような被告らの勧誘行為は,適合性の原則に違反し社会的相当性を逸脱した行為というべきである。
(2) 説明義務違反及び断定的判断の提供について
ア 上記(1)に説示したとおり,本件取引は極めて複雑かつリスクの高いものであり,利益の出る客観的な可能性が非常に低いものであるから,被告らは,取引の受託業者又は担当者として,原告が自らの合理的な判断に基づいて取引を行うことができるよう,取引の仕組み及びリスクについて原告の能力に応じた十分な説明を行うとともに,個々の取引について正確かつ詳細な情報を提供すべき信義則上の義務を負っていたものというべきである。
イ しかるところ,前記1に認定した事実によれば,被告らは,原告に対し,オプション取引の仕組み及びリスクについての一応の説明をしたことが認められ,その結果,原告は,オプション取引が投機的な取引であること,取引を行うためには手数料が必要であること,及び,最悪の場合には投資した資金がゼロになってしまう可能性があることを抽象的には理解したものと認められる。
しかし,前記1に認定した事実によれば,本件取引を行うにふさわしくない原告に対し,その能力に応じた十分な説明及び正確かつ詳細な情報の提供がされたとは到底認めることができず(ちなみに,被告Y2に対する反対尋問の結果によれば,被告Y2自身,オプション取引の仕組みについて必ずしも正確な理解を有していないことがうかがわれる。),むしろ,被告らは,確実に利益が出る旨の断定的判断を繰り返し提供し,利益が出ることはほぼ間違いない旨原告を誤信させて,原告の判断を積極的に誤らせたものと認められる。しかも,被告Y2に対する反対尋問の結果によれば,被告らがかかる断定的判断の根拠として挙げた事実は,いずれもオプションの価格に有意な影響を与えるような事実ではないか,又は特段の裏付けを伴わないものであったと認められる。
したがって,被告らは,上記の信義則上の義務に違反したものと認められる。
(3) 過大・無意味な取引の勧誘について
前記1に認定したとおり,被告らは,原告を本件取引に執拗に勧誘し,取引開始後わずか2週間の間に原告の全資産の額(約2800万円)の3倍近くに相当する約7700万円もの多額の金員を投資する取引を行わせたものであり,さらに,わずか6か月余りの間に40回にもわたる取引が行われていることや,被告会社に支払われた手数料の額が原告の取引上の損失の80%近くを占めていることなどの諸事情を総合すると,被告らは,原告の犠牲において被告会社の手数料収入を増大させることを積極的に意図して,原告を本件取引に勧誘したものと認めるのが相当である。
(4) 仕切拒否について
前記1(5)に認定したとおり,被告会社は,すべての取引を終了させたい旨の原告の申入れを拒否したものと認められる。
(5) まとめ
以上を総合すれば,被告Y1,同Y2及び同Y3の原告に対する一連の勧誘行為は違法であり,不法行為(民法709条)を構成するものというべきである。そして,前記1に認定した事実によれば,上記被告らの一連の勧誘行為は,それぞれ独立したものではなく,被告会社の業務として一体として行われたものと認められるから,上記被告らは,民法719条の規定に基づき,原告に生じた損害を連帯して賠償する責任を負うことになる。
また,被告会社は,使用者責任(民法715条)に基づき,上記被告らと連帯して,原告に生じた損害を賠償する責任を負うことになる。
3 争点(2)(原告の損害)について
(1) 取引による損失
前記第2の2(2)のとおり,本件取引の結果,原告に合計8804万9681円の損失が発生したことが認められ,これは被告らの前記不法行為によって原告が被った損害と認められる。
(2) 過失相殺について
ア 前記1に認定した事実によれば,原告は,被告らの勧誘を受けた当初から,本件取引が投機性の高い取引であることを抽象的には理解していたものと認められる。また,本件において,原告の判断能力が通常の一般人と比較して著しく低いとまで判断すべき事情は存在しない。
したがって,本件取引による原告の損失をすべて被告らに負担させることは,損害の公平な分担という見地から,妥当でない。
イ しかし,前記2に認定説示したとおり,本件取引は極めて複雑かつリスクの高いものであり,利益の出る客観的な可能性が非常に低いものであるにもかかわらず,被告らは,本件取引を行うにふさわしくない原告を執拗に勧誘し,原告の能力に応じた十分な説明及び正確かつ詳細な情報の提供をすることなく,逆に,確実に利益が出る旨の根拠のない断定的判断を意図的に繰り返し提供して,利益が出ることはほぼ間違いない旨原告を誤信させ,原告の判断を積極的に誤らせて,当初のごく短期間のうちに原告の資金能力をはるかに超える巨額の投資をさせたものであって,被告らの不法行為の違法性の程度は著しく強いというべきである。これに対し,原告は,一貫して被告らの強い巧みな勧誘に抗いきれず,被告らに言われるままに取引を行っていたにすぎないと認められ,その意味では,原告が本件取引の危険性を抽象的には理解していたといっても,原告は被告らによって,現実には危険性があるのではないかと疑うことすらできない心理的状況に追い込まれていたといえるから,原告の落ち度を特別に重視することは,かえって公平を失するというべきである。
ウ 以上の各事情を総合的に考慮するならば,本件取引全体による損害額において,15%の過失相殺をするのが相当である。
したがって,本件取引による原告の損失のうち被告らが賠償すべき損害額は,7484万2228円となる。
88,049,681円×(1-0.15)=74,842,228円
(3) 弁護士費用
原告が本件訴訟の提起及び追行を原告代理人に委任したことは,当裁判所に顕著な事実であるところ,本件事案の性質に照らせば,原告が弁護士に訴訟の提起及び追行を委任することは社会通念上相当な行為というべきであり,上記認定に係る原告の損害額等をも考慮すると,被告らの前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は,500万円と認めるのが相当である。
(4) まとめ
以上より,原告は,被告らに対し合計7984万2228円の損害賠償を求めることができる。
第4結論
以上の次第で,原告の請求は,被告らに対し,7984万2228円の損害賠償とこれに対する不法行為の後である平成14年1月1日以降支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で正当としてこれを認容し,その他の部分を失当としてこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 工藤正 裁判官 徳田祐介)
<以下省略>