東京地方裁判所 平成14年(ワ)11289号 判決 2003年4月22日
主文
1 原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,1119万3168円及び平成15年3月25日限り79万9512円を支払え。
3 訴訟費用は,被告の負担とする。
4 この判決は,第2項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,原告が被告に対し,平成13年12月21日付け解雇(以下「本件解雇」という。)は無効であるとして,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と本件解雇後の平成14年1月から平成15年3月までの賃金(平成14年1月以降本件口頭弁論終結の日である平成15年3月4日までの既発生賃金合計1119万3168円及び本件口頭弁論終結の日の後である平成15年3月25日限り79万9512円)の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 原告は,昭和12年4月11日生まれの男性である。
イ 被告は,教育基本法及び学校教育法に従い立正精神に基づく教育機関を設置運営すること等を目的とする学校法人であるが,組織上,被告の業務全般を統括する事務局(以下「法人事務局」という。)と被告の設置する文教大学の業務を統括する事務局(以下「大学事務局」という。)を有している。
被告の理事長は,昭和50年当時はaであり,平成元年にb,平成5年にc(以下「c前理事長」という。)に交替したが,平成13年5月15日の理事会においてd(以下「d理事長」という。)が選出された。
なお,本件解雇当時,被告の常務理事には,e法人事務局長(以下「e法人事務局長」という。)及びf大学事務局長(以下「f大学事務局長」という。),g(以下「g理事」という。)。
(甲2,弁論の全趣旨。一部争いがない。)
(2) 原告と被告の雇用契約
ア 原告は,平成元年4月1日に被告に雇用され(以下「本件雇用契約」という。),その後,別紙1「職歴一覧表」に示されたとおりの役職に就いて,被告の業務に従事した。
また,原告は,平成12年4月,職能資格としては最高位の「参与1」となった。
イ 本件解雇当時,本件雇用契約に基づく原告の賃金は,月額79万9512円であった。
なお,被告においては,職員の給与は,超過勤務手当と休日勤務手当を除く部分については,当月1日から末日までの分を毎月25日限り支払うとされている。
(甲7の1及び2,8の1ないしの12,9の1ないし3,10,11)
ウ 原告は,平成15年3月末日をもって,被告の定年に達する。
(3) 被告による本件解雇等
ア e法人事務局長は,平成13年12月21日午後3時ころ,理事長室において,f大学事務局長及びg理事同席の上で,原告に対し,被告の就業規則(以下「就業規則」という。)13条2項に基づき同日付けで原告を解雇する旨の意思表示をした(本件解雇)。
イ 被告は,原告名義の銀行口座に対して,平成13年12月25日に,解雇予告手当名目で64万8552円を,平成14年1月18日に,退職金名目で801万2830円を,それぞれ振り込んだ。
原告は,これらの金員の受領を拒否する意思を示している。
(甲1,14の1及び2,15の1ないし3)。
ウ 原告は,平成13年12月28日付け内容証明郵便により,本件解雇が無効であることを主張するとともに,原告が引き続き就労する意思がある旨の意思を通知した。
(甲13の1及び2)
(4) 被告の就業規則
就業規則21条1項には,法人事務局に勤務する職員の平日の所定勤務時間を午前9時から午後5時までとする旨定められている。
また,就業規則13条2項には,「勤務成績または能率が不良で就業に適しないと認められる場合」に職員を「解雇する」旨定められている。
(甲6)
2 争点
(1) 就業規則13条2項に該当する事実の存否
(2) 解雇権の濫用の有無
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(被告の主張)
ア 業務懈怠
(ア) d理事長は,平成13年6月12日昼ころ,被告のα校舎1号館1階通信教育課(当時。現在は生涯学習課である。)前廊下において,原告に対し,「被告の諸規程を皆がホームページ上で見られる形にするため,加除整理をして諸規程の整合性を見直して欲しい。」と口頭で業務指示を行った(以下「6月命令」という。)。
原告に期待された業務内容は諸規程内容の精査であったが,6月業務命令以降,諸規程の内容を検討する様子は全くみられず,同人が関心を示すのは被告の諸規程を整備するにあたっての事務組織のあり方や権限について,また諸規程の公開方法についての話しばかりであり,実務的なことは一切行っていなかった。
(イ) その後,d理事長は,同年9月5日昼ころ,被告α校舎本館2階応接室(原告執務室)において,原告に対し,「今日大学審議会があるので,f大学事務局長が諸規程の整備について,これまで何ら報告もないので,問われる可能性がある。今後は,6月以降の整備の状況と今後の見通しがわかるようにし,その見通しに従って遂行する旨,f大学事務局長に報告しておくように。」と口頭で確認した(以下「9月命令」という。)。
原告は,同日,f大学事務局長に対し,「諸規程の整備について」と題する文書を提出し,同年10月から同年12月までの進捗予定を示した。そして,h法人事務局総務課長(以下「h総務課長」という。)や非常勤嘱託職員であるi(以下「i嘱託」という。)と規程整備の段取りの話をするようになったが,この期に及んでの打合せは,体裁を整えるためだけの目的であることは明らかであり,打合せの内容も規程の内容の検討ではなく,スケジュールや媒体に関することに終始し,諸規程の整備の業務には実は何も取り組んでいなかったのである。
(ウ) その後,原告が被告に提出した同年12月21日付け「『諸規程整備検討』中間報告(案)」(以下「中間報告案」という。)なるものも,諸規程整備をするための組織のあり方や整備にあたっての権限,また,閲覧方式といった概念的な作文に終始し,被告が期待した本来の実務作業が全くなく,被告全体では約330件ある規程の内,業務遂行の7か月の期間でたったの7つの規程の見直し報告というありさまであり,その他の記載内容からしても,約7か月間をかけて誠実に取り組んだ内容とはとてもいえないものである。
(エ) このように,原告はd理事長から指示された被告諸規程の整備業務を誠実に遂行していなかった。
イ 就業時間の不遵守
(ア) 原告は,被告の法人事務局職員の勤務時間は午前9時から午後5時までであるにもかかわらず,別紙2のとおり,平成13年7月1日以降の6か月間に13回の無断遅刻をしており,6時間しか勤務していない日や,半分しか勤務していない日もあるなど,あたかも自由勤務に近く,勤務態度は良くなかった。
(イ) この点,原告は,ラッシュ時を避けて出勤していたことについてc前理事長に了承を得ていたというが,c前理事長との私的了解事項であり,当時においても現在に至るもc前理事長から何らの説明も申し送りもない。
また,原告の業務(被告諸規程の整備)は,専ら被告内で遂行できる内容であり,「専門家を訪ねて意見を聞いたり,図書館で調査を行ったりすること」が必要であるというのは異常な勤務時間を弁解する言い訳にすぎない。
(ウ) このように,原告は,平成13年7月1日以降,法人事務局職員としての勤務時間を遵守していなかった。
ウ まとめ
以上のとおり,原告には業務懈怠と勤務時間不遵守が認められ,これらは,就業規則13条2項に該当する。
(原告の主張)
ア 「業務懈怠」について
そもそも,6月命令は業務命令ではない(d理事長と原告の立ち話では業務命令とはいえないし,諸規程整備の指針が示されておらず,同年9月まで整備業務に必要な資料も一切渡さなかった。)。
そして,原告は,9月命令が発せられた後(この後に被告から渡された資料も諸規程の目次程度であった。)は,被告諸規程の整備業務のために,i嘱託らと,17回にわたって打合せを行うなどして検討作業に取り組み(この業務自体,一朝一夕でできるような性質のものではない。),その成果としての中間報告案を完成させていたのであるから,原告は,被告諸規程の整備業務を誠実に遂行していたというべきである。
イ 「就業時間の不遵守」について
原告は,午前9時を過ぎて出勤したこともあったが,これは,平成11年6月に心臓手術を受けて徐細動器(ペースメーカーのようなもの)を胸部に埋め込んだため,医師の助言に従ってラッシュ時を避けて出勤していたというやむを得ない事情があったからであり,c前理事長の了承を得て,平成11年10月4日からは週4日勤務し,出勤した日の勤務時間は午前10時から午後4時まで(昼食時間1時間)とされていたのであるから,何ら問題とされる余地はない。
また,原告は,その職務の性質上,自宅から職場に直行せずに,専門家を訪ねて意見を聞いたり,図書館で調査を行ったりすることがあったのであるから,常時職場において勤務していなかったからといって,勤務成績が不良などと非難されるいわれもない。
ウ まとめ
以上のとおり,被告が指摘した点は,いずれも就業規則13条2項には該当しない。
(2) 争点(2)について
(原告の主張)
被告は,解雇通告の日まで,原告に対し,勤務態度について何らかの注意・指導をすることもなく,原告から何らの事情聴取をしたこともなく,勤務時間について確かめたり変更を申し入れることもなく,また,原告に弁解の機会を与えることもしていなかった。このような段階的措置をとらない突然の解雇は,労働者に対する不利益が大きい。しかも,本件解雇は,c前理事長と行動を共にしていた原告についての調査で非を見つけることができなかったための報復人事である。
したがって,仮に被告の主張するような解雇理由が存在していたとしても,被告の行った本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができないから,解雇権の濫用にあたり,無効である。
(被告の主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1 事実の認定
証拠(甲1,19,20,22,23の1及び2,24の1及び2,25の1及び2,27ないし52,55,56,61ないし64,乙1ないし9,11,12,13の1及び2,証人e,原告本人,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告の解任
ア 原告は,平成11年4月に被告の法人事務局長に就任し,平成12年4月以降は被告の法人事務局参与として,c前理事長から命じられた業務に従事していた。
また,c前理事長は,原告に心臓疾患があることを考慮し,原告に対し,所定の始業時間よりも遅く出勤すること及び就業時間よりも早く退勤することを許していた。
なお,被告は,法人事務局総務課の一般的な職務分掌として,平成6年からi嘱託により被告の諸規程の整備に着手しており,平成11年3月末に,同嘱託から,それまでの5年間にわたる作業で気がついた問題点をまとめた文書(以下「初期原稿」という。)の提出を受けていたが,それ以降は諸規程の整備に関する作業を中断していた。
イ d理事長は,被告の役員人事の選出手続に端を発したc前理事長の解任により被告の理事長に就任し,新たな理事会の意向を踏まえて,平成13年6月1日,原告を含む4名を,懲戒に付するのが相当である可能性がある者として,当時の各々の職を解任し,すでに設置していた調査委員会による調査を求めた(甲28,被告代表者)。そして,同理事長は,その後の調査委員会の調査及び懲戒委員会の審議を踏まえ,うち1名を懲戒解雇し,うち1名に懲戒処分(停職と減俸)をした。
ウ 原告も,平成13年6月1日に法人事務局参与職を解任され,同事務局理事長付に任命されたが,特に具体的な職務内容を想定しての任命ではなく,被告の調査委員会や懲戒委員会の審査を待つ地位としては適当であるということから決められたものであった。
原告は,理事長室に隣接する応接室(事務机や会議用テーブルはなかった。以下「応接室」という。)において1人で執務にあたることになった。
(2) 原告のした諸規程の整備について
ア d理事長は,平成13年6月12日,e法人事務局長やf大学事務局長と相談の上,原告に諸規程整備の作業をさせることを決め,原告に対し,同日昼ころ,被告のα校舎1号館1階通信教育課(当時。現在は生涯学習課である。)前廊下で偶然出会った際,被告の諸規程の整備にあたってほしい旨述べた。
これを受けて,原告は,同年の夏ころまでに,被告の諸規程の現状について調査を開始した。
イ 他方,法人事務局総務課は,原告の作業とは別に,同年6月ころ,業務方針として,同年10月を目途に,新規規程の整備,既存規程における修正箇所の点検を行うとともに,規程の公開として,CD-ROM,フロッピィによる配布や,ホームページへの掲載を検討することにした。
ウ d理事長は,同年7月に開かれた大学審議会において委員から規程集の整備や配布の予定を確認する質問が出されたこともあって,同年9月5日,応接室に出向き,原告に対し,「今日,大学審議会があり,f大学事務局長が諸規程の整備について問われる可能性がある。これまでの整備状況と今後の見通しがわかるようにし,その見通しに従って作業を遂行する旨f大学事務局長に伝えるように。」等と指示し,原告はこれを承諾した。
原告は,同日,f大学事務局長に対し,i嘱託との連名で「諸規程の整備について」と題する書面を提出した(d理事長は,同日の大学審議会終了後に,初めてこの書面を読んだ。)。この書面には,今後の進捗予定として,同年10月下旬に差換えと校正を終え,同年11月下旬ないし同年12月上旬に印刷を完成させ,同月上旬にホームページに主要部分を掲載する予定である旨記載されていた。
その後,原告は,h総務課長を呼び出して打合せを行い,その際,原告における作業として,規程の加除,整備を行い,次に,組織変更に伴う規程の修正部分の確認,修正を行い,これらに基づき作成した原案を総務課に提出することを確認した。その際,h総務課長は,原告に諸規程の名称を記載した書面を渡したのみで,諸規程集自体を渡さなかった。
エ 原告における作業は,同年9月以降もあまり進まず,同年12月上旬までに前記の進捗予定は実現しなかった。原告は,この間,i嘱託と作業に関する打合せを相当回行ったが,その内容は,今後の見通しや規程の公開方法に関するものが主であり,諸規程の確認作業に関する打合せはあまりされなかった。
オ 原告は,同年12月21日,被告に対し,中間報告案を提出した。
この書面には,①はじめに(今後の方針及び提案をしたもの),②本文(諸規程整備作業の役割分担,諸規程の学内閲覧方法,諸規程担当部署と諸規程制定手続の明確化に関するもの),③別紙(規程の修正・改定箇所に関するもの)の各項が記載されていたが,前記①は,i嘱託が平成11年3月に提出した初期原稿で指摘していた事項に修正を加えたものであり,同②は,具体的かつ実務的な内容に乏しいものであり,同③は,諸規程の全体数約330のうち7つの規程の一部について,それぞれ数か所の修正が指摘されているにとどまり,その内容の多くが,i嘱託によって既に指摘されていた事項に修正を加えたものであった。
(3) 本件解雇に関するその他の事情
ア 原告と同時期に解任された3名のうち,その後,1名は懲戒解雇され,1名は懲戒処分(停職,減俸)を受け,1名は被告の大学教授として勤務を継続している(この1名について,被告は処分未了で調査中であるという態度をとっている。)。原告についての調査結果は,懲戒処分(懲戒解雇)をする事由が発見できないというものであった。
なお,被告の労働組合担当の理事は,平成14年1月22日の団体交渉の場で,被告内の労働組合の出席者に対し,c前理事長に対する責任追及の進捗状況に関する質問に答える形で,c前理事長以外で4名が責任追及の対象となり,うち3名については責任追及が終わり,残り1名が未了である旨の回答をしている。
イ 原告は,法人事務局理事長付に任命された以後,d理事長から諸規程整備以外の業務に就くようには指示されておらず,本件解雇までの間,専ら同業務に従事した。
この業務について,被告は,東京労働局長に提出した平成14年2月7日付け「jの解雇に関する見解(回答)」と題する文書(乙7)で,「公開に向けての部署間調整や整合性の検討など多くの課題を抱え,この課題を迅速に解決し整備公開を果たすには,諸規程に精通し部署間調整を果たせる職員の力が必要だったのです。そこで理事長はj氏を適任者として事情を話し,この任務を託したわけです。」と記載している。
なお,被告は,i嘱託から平成14年3月に新たに諸規程の整備箇所を具体的に提案した報告書(以下「報告原稿」という。)の提出を受けたものの,その内容を生かすことなく,同年4月に当初のままの内容を学内LANで公開したが,特段の支障を生じていない。
ウ 被告では,平成13年当時,職員の出退勤の管理は出勤簿で行い,各上司が総務課に報告することとされていたが,法人事務局理事長付である原告の上司に相当するd理事長は,原告の出退勤の管理をしていなかった(前職の法人事務局参与のときも同様であった。)。
原告の平成13年7月から同年12月までの出退勤の状況は,別紙2記載のとおりである。なお,d理事長は,c前理事長と業務の引継ぎを一切していなかったため,原告の勤務時間の軽減措置についても知らなかった。
以上の事実が認められる。
2 争点(1)に対する判断
(1) 業務懈怠について
ア 前記1(2)アのとおり,d理事長は,原告に対し,平成13年6月12日昼ころ,被告のα校舎1号館1階通信教育課(当時。現在は生涯学習課である。)前廊下において,被告の諸規程の整備にあたってほしい旨述べており,これを受けて,原告は,同年の夏ころまでに,被告の諸規程の現状について調査を開始しているから,(内容は必ずしも被告の主張するとおりではないけれども)業務命令としての6月命令の存在を肯定することができる。
また,前記1(2)ウ及びオのとおり,d理事長は,同年9月5日,法人応接室で原告に「今日,大学審議会があり,大学事務局長が諸規程の整備について問われる可能性がある。これまでの整備状況と今後の見通しがわかるようにし,その見通しに従って作業を遂行する旨大学事務局長に伝えるように。」等と指示し,これを受けて原告は,i嘱託らと作業を進め,中間報告案をまとめたことが認められるから,業務命令としての9月命令の存在を肯定することができる。
そして,原告は,6月命令から本件解雇時までの6か月半の期間で,i嘱託と共同して作業を進めたにもかかわらず,i嘱託が従前まとめた初期原稿のレベル程度しか業務をすすめることができなかったのであるから,原告について,6月命令及び9月命令で示された業務を懈怠したというのが相当である。
イ この点,原告は,6月命令はd理事長と原告の立ち話でされたもので,整備の指針が示されておらず,同年9月まで整備業務に必要な資料も一切渡さなかったから業務命令とはいえないと主張するが,告知が立ち話のような態様でされたからといって業務命令でないということはできないし,指示に整備方針が必ずしも具体的に示されていなかったとはいえ,原告も9月命令前に自ら諸規程の整備業務に着手していること,原告も法人事務局長を経験していることから,諸規程集を所持し,法人事務局総務課の業務を了知していたと推認できることからすると,(被告がどのような業務を期待したかはともかく)「被告の諸規程の整備にあたってほしい」という程度で業務の指示内容としては十分であったと認めるのが相当であるし,資料を渡さないからといって作業をすすめることが全くできないわけではなかったといえるから,原告の前記主張は採用できない。
また,原告は,9月命令が発せられた後は,中間報告案を完成させていたのであるから,被告の諸規程の整備業務を誠実に遂行していたと主張するが,中間報告案は従前i嘱託が作成していた初期原稿のレベルであり,すでに作業が終わっている段階のものであるから,この報告の作成・提出をもって誠実に業務を遂行したとはいえず,原告の前記主張は採用できない。
ウ このように,原告は,6月命令及び9月命令で指示された業務の遂行を懈怠したものであり,これをもって就業規則13条2項の「勤務成績または能率が不良で就業に適しないと認められる場合」に該当する事由ということができる。
(2) 就業時間の不遵守について
原告は,別紙2記載のとおりの出退勤をしており,就業規則の定める所定の終業時間を遵守していない。
しかしながら,被告の指摘する勤務時間の不遵守は,原告が法人事務局理事長付になって以降のことであり,それ以降は理事長が勤務時間の管理をすべきところ,何ら管理をしていないのであるし,法人事務局理事長付としての業務も被告の諸規程の整備業務であって業務の性質上時間を拘束すべきものではなかった。そして,原告がc前理事長から出退勤について軽減措置を受けていた(被告はこれをc前理事長との私的了解事項であると主張するけれども,c前理事長も在職当時は被告を代表していたことからすると,原告の軽減措置は被告との合意であるとみることもでき,単なる私的了解事項にとどまるというのは結局引継ぎを受けていないことに根拠をおくことになるが,d理事長はそもそもc前理事長との引継ぎをしていないのであるから,c前理事長から引継ぎを受けていないことをもって私的了解事項であるというのは困難であって,被告の前記主張は採用できない。)ことからすると,就業時間の不遵守をもって就業規則13条2項の「勤務成績または能率が不良で就業に適しないと認められる場合」に該当する事由とすることはできない。
(3) まとめ
以上のとおり,原告は6月命令及び9月命令で指示された業務の遂行を懈怠したものであり,これのみが就業規則13条2項の「勤務成績または能率が不良で就業に適しないと認められる場合」に該当する事由であるとするのが相当である。
3 争点(2)に対する判断
(1) 使用者が労働者を解雇した場合,就業規則の定める解雇事由に該当する事実があっても,解雇に処することが著しく不合理であり,社会通念上相当なものとして是認することができないときには,解雇権の濫用として無効であると解するのが相当である。
(2) 原告が6月命令及び9月命令で指示された業務は,被告の諸規程の整備業務であるが,被告がどのような成果を求めていたのかは必ずしも明らかではない。被告は,当審においては,「規程の文体統一及び他の関連規程との整合性を図るとともに,既存規程を点検し,修正箇所を指摘する」ことを期待していたと主張し,被告代表者も字句の訂正をして欲しかったと供述するけれども,その一方で,東京労働局長に提出した平成14年2月7日付け「jの解雇に関する見解(回答)」と題する文書(乙7)からは「部署間調整」も原告に求めていたことが認められるのであり,期待した成果についての被告の態度は一貫性を欠いている。
さらに,d理事長が6月命令で原告に諸規程の整備業務を指示する以前にi嘱託による初期原稿があったのであり,字句訂正を依頼したというのであれば,むしろ本来的には諸規程整備を掌理する法人事務局総務課において行うべきものといえ,人員が不足していた等の特段の事情がない限り,わざわざ法人事務局長経験者に依頼する業務ではない。そして,被告は,i嘱託の提出した初期原稿及び報告原稿すら用いず,学内LANでそのまま公開したのであり,しかも特段の支障も生じていないのである。そうすると,被告の諸規程の整備業務に,これを遂行しなかった原告を解雇しなければならないほどの重要性があったのか疑問であるといわざるを得ない。
他方,原告が法人事務局理事長付に任命されたのは,c前理事長との関係があり,懲戒に付するのが相当である可能性がある者として,当時の職を解任したうえ,特に具体的な職務内容を想定しての任命ではなく,被告の調査委員会や懲戒委員会の審査を待つ地位としては適当であるということから決められたものである。そして,同時期に解任された他の3名のうち1名を懲戒解雇し,うち1名に懲戒処分(停職と減俸)をし,残り1名が調査中であり,そして本件解雇を実施した段階で,被告は,c前理事長以外で4名が責任追及の対象となり,うち3名については責任追及が終わり,残り1名が未了である旨の態度を表明しており,本件解雇が懲戒処分(懲戒解雇)に代わる責任追及であることを認めている(これに反する被告の主張,被告代表者の供述,証人eの証言は,いずれも採用できない。)。
これらを総合すると,6月命令及び9月命令は,懲戒処分の可能性があるため具体的な業務分担を決めていなかった原告について,法人事務局理事長付としての形式上,軽微な業務である被告の諸規程の整備業務をさせようとするものであったというほかない。そして,被告は,調査委員会で原告を懲戒処分する事由が発見できないということになった段階で,懲戒解雇をする正当な理由がないから,諸規程整備業務を迅速に遂行していないことを理由として本件解雇をしたものと認めるのが相当である。
そうすると,原告は,6月命令及び9月命令で指示された業務の遂行を懈怠したけれども,当該業務が本来的には重要性を有しないものであり,その成果を被告も期待しておらず,その懈怠によって被告が損害を被るわけでもないものであったから,6月命令及び9月命令で指示された業務の遂行を懈怠したことを理由とした本件解雇は,解雇に処することが著しく不合理であり,社会通念上相当なものとして是認することができず,解雇権の濫用として無効であると解するのが相当である。
4 結語
以上の次第であり,原告の本訴請求は理由があるから認容することとする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木拓児)