東京地方裁判所 平成14年(ワ)11507号 判決 2004年1月22日
主文
1 第1事件原告Xの請求を棄却する。
2 第2事件被告Xは、第2事件原告株式会社みずほ銀行に対し、3586万3593円及び内金2572万6224円に対する平成10年4月11日から、内金1013万7369円に対する平成10年8月11日から各支払済みまで年14%の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第1事件・第2事件を通じ、第1事件原告・第2事件被告Xの負担とする。
4 この判決の2項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 第1事件
原告(X)の被告(みずほ銀行)に対する別紙債務目録記載の各貸金債務について借主・原告が期限の利益を喪失していないことを確認する。
2 第2事件
主文2項と同じ。
第2 事案の概要
本件は、第1事件原告・第2事件被告Xが、土地建物の売却代金を受領できなくなって貸金返済に窮することになったのは買主に対する融資を確約しながらこれを実行しなかった株式会社富士銀行(以下「富士銀行」という。)の責任であるとして、貸金の貸主である富士銀行を承継した第1事件被告・第2事件原告株式会社みずほ銀行(以下「みずほ銀行」という。)に対し貸金について分割弁済の期限の利益が失われていない旨の確認を求める訴え(第1事件)を提起したところ、みずほ銀行がこれを争うと共に、別口の貸金についても期限の利益が失われたとしてその一括弁済を求める別訴(第2事件)を提起したという事案である。
1 本件融資の概要等(以下の(1)及び(2)は争いがなく、(3)は乙5により明らかである。)
(1) 株式会社富士銀行(高円寺支店新高円寺出張所扱)は、次のとおり、Xに対し金銭を貸し付けた(以下、順に「貸金<1>」等という。なお、利率はいずれも変動制であり、以下記載の利率及び返済額は当初利率による。)。
<1> 貸付日 平成元年8月1日
貸付金額 3000万円
利率 年5.796%
返済方法 平成2年1月から平成31年7月まで毎月10日を支払日とする355回分割の元利均等返済(月額17万6874円)
期限の利益の喪失 a 返済を遅延し、書面により督促しても、次の返済日までに元利金(損害金を含む。)を返済しなかったとき
b 銀行取引上の他の債務について期限の利益を失い、かつ、銀行が本債務全額の返済を請求したとき
損害金 年14%(年365日の日割計算)
<2> 貸付日 平成元年9月18日
貸付金額 1200万円
利率 年5.796%
返済方法 平成2年3月から平成31年7月まで毎月10日を支払日とする353回分割の元利均等返済(月額7万0901円)
期限の利益の喪失及び損害金 <1>と同じ。
<3> 貸付日 平成2年7月31日
貸付金額 9000万円
利率 年7.5%
返済方法 平成2年9月から平成30年7月まで毎月17日を支払日とする335回分割の元利均等返済(月額64万2145円)
期限の利益の喪失及び損害金 <1>と同じ。
<4> 貸付日 平成5年5月27日
貸付金額 1220万円
利率 年4.9%
返済方法 平成5年7月から平成30年5月まで毎月17日を支払日とする299回分割の元利均等返済(月額7万0732円)
期限の利益の喪失及び損害金 <1>と同じ。
(2)(イ) Xは貸金<1>について平成10年2月10日の支払日まで約定元利金を支払ったが、同年3月10日のその支払を怠り、富士銀行が書面で支払を督促しても、これを次の返済日である平成10年4月10日までに支払わなかった。
貸金<1>の残元金は金2572万6224円である。
(ロ) Xは貸金<2>について平成10年6月10日の支払日まで約定元利金を支払ったが、同年7月10日のその支払を怠り、富士銀行が書面で支払を督促しても、これを次の返済日である平成10年8月10日までに支払わなかった。
貸金<2>の残元金は金1013万7369円である。
(3) 富士銀行は、前項の貸金<1>及び<2>についての元利金未払を踏まえ、平成13年5月30日付通知書をもってXに対しその余の貸金(貸金<3>及び<4>)についても期限の利益を喪失させるとして直ちに一括返済をするよう請求し、同通知書は平成13年6月3日にXに配達された。
2 第1事件についての当事者の主張
(1) 請求の原因
(イ) Xは貸金<1>及び<2>によって杉並区高円寺<略>所在の土地建物を購入した。建物は共同住宅(アパート)である。
その後、Xは貸金<3>により杉並区<以下省略>の現住所所在の土地を購入したうえ、貸金<4>により同土地上に自宅建物を建築した。
(ロ) Xは平成2年ころ共同住宅の方の土地建物(以下「本件土地建物」等という。)を売却することとしてその仲介を冬園建設株式会社(代表取締役・H)に依頼し、その仲介により、Hの知人であるFが原告(当時の富士銀行高円寺支店新高円寺出張所)から購入代金の融資を受けて本件土地建物を買い受けるという方向に話が進んだ。Fが、Hの紹介により、原告に融資の申込みをしたところ、富士銀行高円寺支店長からXに電話があり、Xは、本件土地建物売却の意思確認をされたうえ、同支店長から問題なく融資が実行される旨の回答を得た。
そこでXが本件土地建物の所有権移転登記手続に必要な書類一式を司法書士に預けたところ、HがFから売買代金支払前に同登記手続をするよう強く迫られ、これにつきHが融資の確約があるので大丈夫だろうというので、Xは、Hの提案にしたがって代金受領前にFに対し本件土地建物の所有権移転登記手続をした。
ところが、その後になって富士銀行がFの信用不安に基づいて前記の融資確約を撤回し、これにより本件土地建物の売買代金の支払を受けられなくなったため、同代金をもって貸金<1>及び<2>の返済をしようとの当てがはずれ、Xはその返済に窮することになった。そこで、Fとの間で共同住宅である本件建物の共同管理契約を締結したうえ、Xが本件建物の家賃収入を得てこれを貸金<1>及び<2>の返済に充てることとしたが、これも、Fの非協力により平成10年ころ不可能となってしまった。
(ハ) Xは、Hを同行して、富士銀行側に以上の事情を説明し、抵当権に基づき本件土地建物を早期に競売して貸金<1>及び<2>の回収を図るよう要請した。しかし、担当者は本件土地建物をいずれ競売に付するとはいうものの、結局、今日に至るまで競売の申立てをしていない。他方、Xは、自宅土地建物の取得に係る貸金<3>及び<4>については預金口座引落としの方法により約定元利金の支払を滞りなく続けていた。
ところが、富士銀行は平成13年5月17日に予定されていた貸金<3>及び<4>の元利金支払のための口座引落としを残高不足がないのに行わず、Xが書面によりその引落としを催促したにもかかわらず、平成13年10月31日付通知書をもって、貸金<3>及び<4>について期限の利益を喪失させると通知してきた。
(ニ) 以上のとおり、Xが貸金<1>及び<2>の返済に窮するようになった原因の一端は富士銀行にあり、Xが繰り返し競売による貸金回収を求め、もし不足が生じたならばこれを負担すると提案してきたにもかかわらず、富士銀行は漫然とこれを行わず、期限の利益喪失のための手続をとるに至ったものである。
このような富士銀行の行為は、長期間期限の利益喪失のための手続をとらずに貸金<3>及び<4>の返済を継続させ、期限の利益を失うことなくその返済を続けられると信じてきたXとの間の信頼関係を著しく損なうものであって信義に反しているから、貸金<3>及び<4>について期限の利益を喪失させる旨の請求は無効である。そこでXは、富士銀行を承継したみずほ銀行に対し貸金<3>及び<4>について期限の利益を喪失していないことの確認を求めて本訴に及んだ。
(2) 被告(みずほ銀行)の認否等
(イ) 請求の原因(イ)は、おおむね認める。
(ロ) 請求の原因(ロ)のうち、F氏から融資の申込みがあったこと、本件土地建物についてX氏からF氏に所有権移転登記がされたこと(ただし、富士銀行側がこれを知ったのはかなり後のことである。)は認める。
高円寺支店長であれ誰であれ、富士銀行側で問題なくF氏に融資が行われるなどと述べたことは否認する。したがって、融資の確約などしていない。
その余は不知。
(ハ) 請求の原因(ハ)のうち前段第1文、及び平成13年10月31日付通知書をもって期限の利益を喪失させる旨通知したとの点は否認し、その余は認める。前記1(3)のとおり、同通知書による通知以前に貸金<3>及び<4>の期限の利益は喪失している。
なお、本件土地建物等をいずれ競売に付さざるを得なくなるとは説明しているが、競売により解決を図るというようなことは述べていない。貸金<3>及び<4>の元利金支払のための口座引落としをしなくなったのは、これらにつき期限の利益が喪失したため、口座引落としが本旨弁済とはいえなくなったからである。
(ニ) 請求の原因(ニ)は争う。なお、貸金の返済を求めるのは当然のことである。
3 第2事件についての当事者の主張
(1) 請求の原因
前記1のとおりであるから、Xは、期限の利益喪失の約定に基づき、貸金<1>について平成10年4月10日の経過により、貸金<2>について平成10年8月10日の経過によりそれぞれ期限の利益を喪失し、直ちにこれらの残元金及びこれに対する年14%の割合による約定遅延損害金を支払うべき責任を負った。
(2) 被告(X)の認否等
前記2(1)と同様に、富士銀行が貸金<1>及び<2>について期限の利益を喪失させるのは信義に反し権利濫用であるから、本訴請求は失当である。
第3 当裁判所の判断
前記第2、1(本件融資の概要等)記載の事実に基づいて判断すると、本件の貸金<1>ないし<4>についていずれも分割弁済の期限の利益が失われているということになる。
これに対し、Xは、前記のとおり、本件土地建物の売却代金をもって貸金<1>及び<2>の返済に充てるつもりであったところ、富士銀行が当初買主であるFに対する融資を確約しながらこれを撤回したため売却代金の支払を受けられなくなったのであるから、そのような事情の下で貸金<1>ないし<4>について期限の利益を喪失させるのは信義に反し権利濫用でもあって許されないと主張する。しかしながら、富士銀行がFに対する融資を確約したと認めるに足りる証拠はないし、本件土地建物の売買の仲介をしたのは冬園建設株式会社であって、富士銀行がこれに積極的に関与したわけでもない。本件土地建物の売却代金を受領できなくなって窮することになった原因は、基本的に、融資の確約または実行がないにもかかわらず売買代金の支払を受けないまま本件建物の所有権移転登記手続に応じた点にあり、それはXの自己責任であると共に、責められるべき相手は富士銀行ではなくて冬園建設またはその代表者(H)であるというべきであるところ、Hの証言によっても、富士銀行が何らかの法的責任を負わなければならないという事情は認められない。なお、銀行が見込客に対し融資を実行する方向で前向きに検討するのは自然なことであり、これをもって融資が確約されたとみることはできない。したがって、信義則違反、権利濫用の抗弁は理由がなく採用できない。
以上によれば、第1事件における貸金<3>及び<4>について期限の利益を喪失していない旨の確認を求めるXの請求は理由がなく、第2事件における貸金<1>及び<2>の即時一括弁済を求めるみずほ銀行の請求は理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤和彦)
(別紙)債務目録<略>