東京地方裁判所 平成14年(ワ)12268号 判決 2002年12月17日
原告
甲 野 太 郎
訴訟代理人弁護士
金file_3.jpg和 夫
同
石 川 滋 彦
同
志 村 信太郎
被告
乙 野 次 郎
訴訟代理人弁護士
浅 古 栄 一
同
梅 宮 毅 雄
主文
1 被告は,原告に対し,23万9625円及びこれに対する平成14年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを4分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,94万7170円及びこれに対する平成14年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 基本的事実
(1) 原告は,靴履物の製造販売等を営業目的とする会社の役員である。(原告)
被告は,寿司店を経営する者である。(争いがない)
(2) 原告は,平成14年4月15日午後3時半ころ,被告肩書地所在の寿司店の店舗(以下「本件店舗」という。)に設置してある日除け用テント(以下「本件テント」という。)の鉄製の先端角部分(以下「本件テント角」という。)に,右前頭部をぶつけた(この事故を,以下「本件事故」という。)。(原告)
(3) 原告は,本件事故の直後,本件店舗内に居た被告に対し,本件事故が発生したことを説明するとともに,本件事故について被告に抗議した。(争いがない)
(4) 被告は,原告に対し,2万7980円を支払った。
2 争点
(1) 原告の主張
ア 被告は,本件テント角が私有地から公道にはみ出すような態様で,本件テントを設置していた。そのうえ,本件テント角の側には,このテント枠を隠すような状態で営業用のノボリ旗(以下「本件ノボリ旗」という。)が立てかけられていた。本件当日,銀行に行くために公道を歩いていた原告は,本件ノボリ旗に隠れていた本件テント角に気づかずに,本件テント角に右前頭部をぶつけてしまい,本件事故が発生した。
原告は,本件事故により右眼部,前頭部打撲,頸椎捻挫の傷害を受けた。その後,打撲部の内出血の血液が右眼周囲に下降したために,原告の顔面は,右眼がふさがるような醜い状態となり,この状態が2週間近く続いた。
本件事故が発生したのは,被告が道路交通法に違反して,本件テント角及び本件ノボリ旗を公道にはみ出すように設置していたためであるから,被告は,本件事故に関して不法行為責任を負うというべきである。
イ 原告は,本件事故により,以下のとおり合計97万5150円の損害を被った。
① 治療費 2万5150円
② 慰謝料 80万円
③ 弁護士費用 15万円
ウ よって,原告は,被告に対し,民法709条,710条により,97万5150円から支払を受けた2万7980円を控除した94万7170円及びこれに対する不法行為の日である平成14年4月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告の主張
ア 被告は,約27,8年前から本件店舗で営業しており,原告も近所で事務所(以下「原告事務所」という。)を構えている。原告は,いつも本件店舗の付近を歩いているので,本件ノボリ旗の向こうに本件テントがあることはよく分かっているはずであるし,原告が歩いてきた方向から見れば,本件ノボリ旗の向こう側に本件テント角があることはすぐ分かる。
本件テント角の設置位置からして,公道を歩いていれば本件テント角に顔面が当たることはあり得ないから,真実,原告の顔面が本件テント角に当たったとすれば,原告は本件店舗の敷地内を歩いていたものと解される。ちなみに,被告が本件店舗で営業を開始してから今日まで,本件のような事故が発生したことはない。
以上によれば,本件事故は,原告の過失によって発生したものであり,被告が不法行為責任を負うことはない。仮に,被告に不法行為責任があるとしても,相応の過失相殺がなされるべきである。
イ 被告は,本件事故発生後,直ちに原告に謝罪した。被告は,平成14年4月19日,お詫びのための清酒2本を持参して,原告事務所を訪問したが,受け取りを拒否された。被告は,同月22日,お見舞い金として金10万円の入った封筒を持参して,原告事務所に赴いたが,受け取りを拒否された。
以上によれば,被告は,本件事故発生後から,それなりの誠意をもって原告に対応しているのであり,原告の主張する80万円の慰謝料は高額すぎる。
第3 争点に対する判断
1 証拠(甲1,3,4の1ないし3,5,6,7の1ないし4,8,乙1ないし4,原告,被告)及び弁論の全趣旨によれば,本件の経緯について,以下のとおり認められる。
(1) 原告は,婦人靴の卸売,販売等を目的とする株式会社甲野産業社の代表者をしている。甲野産業社は,20年以上前から,東京都○○区内に原告事務所を構えている。
被告は,昭和52年ころから,本件店舗において,寿司店である「△△△」を経営している。
原告事務所と本件店舗とは,距離にして200メートルも離れておらず,原告事務所を出て前面道路を左に進行すると,最初の交差点の右手前角に本件店舗が存在するという位置関係にある。
(2) 本件店舗には,寿司店が開店した昭和52年当時から,本件テントが設置してあった。本件テントは,店内に西日が射し込むことを防ぐための巻き上げ式の日除けテントであり,布製の庇部分は左右の支柱でささえられており,庇部分の先端はパイプに巻き付けられていた。本件テントの支柱とパイプは,いずれも鉄製であった(なお,本件テント角は,支柱とパイプとの接点に該当する。)。
本件店舗及びその敷地は,いずれも被告の所有物件であり,本件店舗の敷地と公道である歩道との境界には,コンクリートブロックが埋設されている。
本件テントの庇部分を一杯に開くと,庇の最下部に所在する本件テント角の高さは,1メートル60センチ程度となり,その際,本件テントの庇部分は,30センチ程公道にはみ出ており,したがって,庇部分の先端に位置する本件テント角は,公道にはみ出ていた。
(3) 原告は,平成14年4月15日午後3時半ころ,原告事務所の最寄りの銀行に向かうべく,原告事務所を出て前面道路を左に進行し,本件店舗の所在する交差点にさしかかった。
当時,被告は,本件テントの庇部分を一杯に開いていたうえ,本件テントに立てかけるようにして本件ノボリ旗を立てていたため,原告が歩いてきた方向から見た場合に,本件テントの庇部分が本件ノボリ旗の陰となって見えにくい状況となっていた。
本件店舗付近を通り抜けようとした原告は,本件ノボリ旗に気をとられて本件テントの庇部分が一部歩道にはみ出ていることに気がつかず,右前頭部を本件テント角に衝突させ,本件事故が発生した。
原告は,直ちに,本件店舗に入り,被告に対し,本件事故の発生を説明するとともに,本件テントの庇が公道にはみ出ていたことが事故発生の原因であるとして被告に抗議したところ,被告は謝罪した。
(4) 事故直後の原告は,打撲した右前頭部に激しい痛みを感じていたが,さほど腫れてはおらず,銀行に向かう予定もあったことから,上記程度の抗議で被告のもとから立ち去った。
ところが事故発生から2,3日程経過したころから,打撲部位である右前頭部の痛みが強くなるとともに腫れが瘤状となって悪化し,内出血していた血液が右眼周囲まで下降して,右眼が開けられないような状態となった。そこで,原告は,同月19日,被告のもとに赴き,再度本件事故について抗議した。そこで被告は,直ちに,日本酒2本を持参して原告事務所を訪れたが,原告は被告には誠意がないなどと述べて受領を拒否した。
(5) 原告は,上記同日,○○区内にある下井病院に赴き,打撲箇所の診察を受けたところ,同病院の医師は,右眼部,前頭部打撲,頸椎捻挫により約2週間の通院を要するとの診断をした。また,原告は,同日,えずれ眼科に赴き,眼科の治療も受けた。
原告は,同日,上記治療の帰りに,被告のもとを訪れ,被告に対し,当日支出した医療費1万7980円とその余の費用1万の合計2万7980円を請求したところ,被告はこれを支払った。
(6) 被告は,同月22日午前9時ころ,原告事務所に赴き,原告に対して,謝罪するとともに10万円の入った封筒を差し出したが,原告は,金額も確認しないで受領を拒否し,再度被告には誠意がないなどと非難した。
原告は,同年5月2日,請求書と題する書面(乙2)を持参して,被告のもとを訪れ,被告に対して,この請求書を示して,暗に慰謝料の支払を要求したが,具体的な金額の提示はしなかったことから,被告は,原告が一体いくらを請求するつもりなのか見当がつかずに不安になった。
(7) 原告は,同月7日と同月15日,下井病院に通院して治療を受けた。原告の通院治療は,以上で終了したが,その後も半年程度は打撲部位に腫れが残っていた。なお,原告は,医療費として,同月7日に6520円を支出し,同月15日に650円を支出した。
上記のとおり打撲部位の腫れが酷かったことから,原告は,本件事故発生からしばらくの間は,その痛みに悩まされたほか,1か月程の間は,打撲部位の醜状のために顧客との商談にも支障を来した。
(8) 本件テントは,前記のとおり本件店舗に西日が射し込むのを防ぐために使用されていたことから,本件店舗に西日が射し込む午後3時ころから2時間近くの間だけ庇部分が開かれた状態にあり,そのほかの時間帯は,庇部分は巻き上げられていた。
被告は,本件店舗で寿司店を開店して以来25年ほどの間,上記の形態で本件テントを使用してきたが,本件事故が発生するまでは,歩行者が本件テント角に衝突するといった事故が起こったことはなかった。
本件テントの庇部分が巻き上げられている状態のときには,関係諸法令に違反することはないものの,庇部分が一杯に開かれている状態のときには,道路法32条及び○○区特別区道占用規則に違反するものであって,そのため,本件事故発生後,○○区から被告に対し,改善指導がなされた。被告は,この指導に従って,同年7月12日までに,本件テントを撤去した。
2 被告の責任について
上記1で認定した経緯に弁論の全趣旨を総合すれば,被告が本件テントの庇部分を一杯に開いた状態で使用していたことは,公道に私有物を放置していた違法な行為であり,そのために,歩行中の原告が右前頭部を本件テント角に衝突させるという本件事故が発生し,原告が傷害を負ったのであるから,被告は,本件事故に関して,原告に対して,不法行為責任を負うというべきである。
3 原告に生じた損害について
(1) 医療費について
前記1で認定したところによれば,原告は,本件事故によって,少なくとも加療約2週間を要する右眼部,前頭部打撲,頸椎捻挫の傷害を負い,下井病院に3回にわたり通院して治療を受け,そのほかに,えずれ眼科でも治療を受け,これらの治療に際して医療費として合計2万5150円(4月19日の1万7980円,5月7日の6520円,5月14日の650円)を支出したことが認められるから,これはすべて本件事故と相当因果関係ある損害と認める。
(2) 慰謝料について
前記1で認定した経緯によれば,原告は,本件事故により加療約2週間を要する傷害を負い,平成14年4月19日から同年5月15日までの約1か月の間に3回通院したこと,打撲部位の痛み及び腫れは,その後も1か月以上は続いたこと,その間,打撲部位の醜状のために会社経営者としての商談にも支障を来したことなどが認められる一方で,本件事故発生後の被告の態度には,加害者としてそれなりの誠意を示した行動があったものと解されることなどの本件の一切の事情を総合すれば,慰謝料を30万円とするのが相当である。
(3) 過失相殺について
前記1で認定した経緯に弁論の全趣旨を総合すれば,本件事故が発生したことについては,歩行中の原告にも,前方を充分に注意していなかったという過失があったものと認められるから,この過失を3割と評価して過失相殺をするのが相当である。
4 まとめ
以上によれば,本件事故により原告に生じた損害の合計は32万5150円であり,このうち被告が支払うべきこととなるのは,その7割に相当する22万7605円となる。
被告が既に原告に対して2万7980円を弁済していることは争いがないから,上記22万7605円からこれを控除すると19万9625円となる。
そうすると,本件事故と相当因果関係ある弁護士費用については,上記19万9625円の約2割である4万円を相当と認める。
第4 以上の次第で,原告の本訴請求は,被告に対し,23万9625円及びこれに対する平成14年4月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官・大久保正道)