東京地方裁判所 平成14年(ワ)12815号 判決 2003年3月25日
原告 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ
同代表者代表取締役 立川敬二
同訴訟代理人弁護士 横山経通
同 若槻哲太郎
被告 有限会社スクープ
同代表者代表取締役 長谷川喜義
同訴訟代理人弁護士 小池通誉
主文
1 被告は、原告に対し、金656万7020円及び平成14年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1原告の請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は、原告からいわゆる迷惑メール防止対策の一環として開始された特定接続サービスの提供を受けていた被告が、これを悪用して大量の宛先不明の電子メールを送信したとして、原告が、被告に対し、同サービスの約款等に違反した債務不履行に基づき、損害賠償及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等(証拠番号の記載のない事実は、当事者間に争いのない事実である。)
(1) 原告は、携帯電話事業等を営む第1種電気通信事業者であり、携帯電話を使用して電子メールの送受信をしたり、インターネット上のウェブサイトの閲覧をすることを可能にする電気通信役務である「iモード」サービスを提供している。
被告は、インターネット、プロバイダー事業等を営む有限会社である。
(2) 被告は、原告に対し、平成14年3月11日、特定接続サービス(以下「本件サービス」という。)の申込みを行い、原告はこれを承諾した(以下「本件契約」という。)。本件サービスは、原告の提供する「パケット通信サービス」のうちの専用回線等接続サービスの一つで、利用者が望んでいないにもかかわらず送信されてくるいわゆる迷惑メールの大量発信によって生じる正常な電子メールの遅延を解消するために、専用の接続口を設けたもので、後記の迷惑メールを防止するための措置を採ることを条件とした上で、事業者は一定の利用料を支払う代わりに、この接続口から円滑かつ確実に電子メール送信のサービスを受けることができるというものであった。
記
送信する電子メールには、必ずあらかじめ届け出たFROMアドレスを記載する(約款第19条第2項第6号イ)。
電子メールの送信は、契約者は原告が別に定める方法により行う(約款第66条第1項第6号)。
本サービスを利用して、原告が大量と認める宛先不明の電子メールの送信を行わない(本サービス利用規約第4条第3号)。
(3) 被告は、本件契約の際、原告から、利用規約の交付を受けたが、約款については交付も口頭の説明も受けなかった。
(4) 原告は、本件契約に基づき、同年4月1日から、被告に対し、本件サービスの提供を開始した。
(5) 被告は同月3日、本件サービスを利用して、18万8027通の宛先不明の電子メールを送信して、宛先不明メールの送信を始め、同月23日には送信者を特定するアドレスを変更した上で同様の送信を続け、別紙のとおり、同年5月21日までに計404万9725通の宛先不明のメールを送った。
なお、その間、原告は、被告による大量の宛先不明の電子メール送信行為に対して、同年4月9日、「利用規約違反対処のお願い」と題する通知書によって、警告を行ったところ、被告は、いったん前記送信行為を中止したが、その後、同月23日から再開継続した。
2 争点
(1) 前記1(2)の約款及び利用規約が本件契約の内容に含まれるか。
ア 原告の主張
(ア) 大量かつ反復継続して行われる普通契約約款に基づく取引においては、契約当事者が個別の条項について知っていたか否かを問わず、その拘束力が認められる。被告は、「約款及び利用規約に基づき申し込みます」と記載された申込書により本件サービスを申し込んでおり、約款及び利用規約に従うことに合意していた。したがって、被告がこれらに拘束されるのは当然である。
(イ) 本件の約款は被告が本件サービスの申込みをした原告新宿支店に掲示され、原告のホームページ上にも公表されており、被告はその内容を知る機会があった。利用規約については、原告は被告にこれを交付し、説明している。
(ウ) したがって、約款及び利用規約は本件契約の内容に含まれる。
イ 被告の主張
原告は、本件契約の締結にあたって、被告に対し、利用規約の交付はしたが、約款の交付をしていない。口頭による内容説明もなかった。
したがって、約款は本件契約の内容となっていない。
(2) 被告の前記1(5)の行為によって原告に損害が発生したか。
ア 原告の主張
(ア) 電子メールの宛先が不明の場合、送信者に宛先不明である旨のメッセ
ージが送信者に送り返されるが、原告の電気通信設備において電子メールの処理業務を行ったことにおいて、通常のメールが送信された場合と変わりはない。送信者は原告の電気通信設備を不法に使用して原告に電子メールの処理業務を行わせているのであり、使用料相当額が損害として発生している。そして、本件サービスにおいて、1パケットあたりの通信料は0.3円であり、電子メール1通あたりの平均パケット数は4パケットであるから、1通あたりの料金は1.2円である。被告の送信した宛先不明のメールは404万9725通であるから、原告は485万9670円の損害を被っている。
(イ) 原告は、ドコモエンジニアリング株式会社、ドコモ・システムズ株式会社及び伊藤忠テクノサイエンス株式会社に対し、被告の行為の具体的内容の調査を委託し、その対価として計61万6000円を支払った。
(ウ) 原告は、被告の行為により、日本弁護士連合会の報酬等基準に基づく弁護士費用109万1350円の損害を被った。
イ 被告の主張
(ア) 本件サービスにおいては、被告は所定の固定された費用を支払えば足
りるのであって、使用回数・数量に比例してその額が変動するのではない。また、着信しなかったメールの料金負担については、約款にも利用規則にも定めがない。メールの着信の有無に関わりなく、被告は固定料金を支払えば足りるのであり、使用料相当の損害の問題は生じない。
(イ) 原告の上記ア(イ)(ウ)の主張は、争う。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(約款及び利用規約が本件契約の内容に含まれるか。)について
(1) 争いのない事実及び証拠(甲4、6及び7〔枝番号を含む。〕)によれば、本件契約が締結された当時は、いわゆる迷惑メールやその送信者の一つである出会い系サイトが社会問題となっており、広く報道されるに至っていたこと、原告はその対策の一環として本件サービスを設定し、これを広報するなどしていたことが認められる。そうすると、このような社会状況や本件サービス開始の経緯については、被告も本件契約締結当時において、十分に知りうる状況にあったといえる。
(2) 本件契約締結に際し、原告から被告に対し、約款の交付及びその説明はなかったが、利用規約については少なくとも交付がなされたのであり、利用規約には、本件サービスを利用して、大量の宛先不明のメールを送信してはならない旨明示されていたことは、当事者間に争いがない。
(3) 以上からすれば、被告は、本件契約締結の際、約款の交付等を受けておらず、また、利用規約を読んでいなかったとしても、少なくとも本件サービスを利用して大量の宛先不明のメールを送信してはならないという利用規約と同旨の約定を規定する約款ないし利用規約があることを十分認識していたというべきであるから、その約定に拘束されるというべきである。
これに対し、被告は、本件契約締結の際、利用規約の交付はしたが、約款の交付をしておらず、口頭による内容説明もなかったから、約款等は本件契約の内容となっていないと主張する。しかしながら、迷惑メールが社会問題となっている状況でその対処としてまさしく本件サービスが開始された中で、わざわざ一定の利用料を支払って、専用の接続口を開設して本件サービスを受けることを申し込んだ被告において、大量の宛先不明のメールを送信してはならないという約定があることは、当然に認識して契約を締結したというべきであるから、約款の内容が当然に契約内容になりうるかどうかについて議論するまでもなく、被告の主張は採用できないというべきである。
2 争点(2)(被告の行為による損害の発生の有無)について
(1) 電子メールの通信料については、受信者に課金する仕組みがとられているため、宛先不明の場合、課金は不可能である。しかし、この場合、宛先不明のメッセージが送信者に送り返されるから、原告の電気通信設備を使用する点では、受信者に届いた場合と届かない場合とで変わりがない。
以上の点につき争いはなく、これを前提に考えると、宛先不明のメールが送信される場合、原告にとっては、自己の電気通信設備が利用されたにもかかわらず、課金できない状態が生じることになる。すなわち、原告は正常なメールが送信されたならば、受信者に課金することができるのに、宛先不明のメールが送信されると、自己の設備の利用に応じた料金を徴収できなくなるということができる。そうだとすれば、大量の宛先不明の電子メールが送信された場合には、これらが正常なメールだったとしたときに課金しうる金額を原告の受けた損害として認めるのが相当である。
証拠(甲2及び9)によれば、本件サービスによる電子メールの通信料は1パケットあたり0.3円であり、メール1通は平均で4パケットであるから、1通あたりの通信料は1.2円であり、これに被告が送信した宛先不明のメール数404万9725通を乗じた485万9670円が原告の被った損害というべきである。
(2) この点、被告は本件サービスの利用者は所定の固定額を支払えば足りるはずであると主張する。しかし、これは契約どおりの利用がなされた場合のことで、契約に反した行為がなされた際の損害の有無及びその算定とは別の問題である。また、メール不着の場合の料金負担につき契約上定めがないとも主張するが、定めがないとしても債務不履行による損害賠償請求ができないことにはならないし、宛先不明の大量メール送信によって、原告が受信者から本来得べかりし通信料が得られなくなることは、被告において十分認識可能であったというべきであるから、被告の債務不履行行為と相当因果関係の認められる範囲の損害が生じているというべきである。したがって、被告の主張は採用できない。
(3) 証拠(甲10、11及び12〔枝番号を含む。〕)によると、原告は、被告の行為により、その行為の具体的内容についての調査を余儀なくされ、これについてドコモエンジニアリング株式会社、ドコモ・システムズ株式会社、及び伊藤忠テクノサイエンス株式会社に対し委託し、調査費用として計61万6000円を支払っており、これは原告の損害と認められる。
(4) 被告の行為による損害の賠償を請求するため、原告は、弁護士にその事務処理を委任せざるを得なくなったといえるから、弁護士費用は被告の行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。その額としては、日本弁護士連合会の報酬等基準(甲13)に基づき、109万1350円と認める。
なお、本件請求は、債務不履行に基づくものであるが、本件の被告の行為は不法行為をも構成しうるものであり、しかも、故意に基づく悪質な行為であること、警告後もこれを再開継続していることなどからすると、原告の主張するとおりの額を認めるのが相当である。
3 被告は、迷惑メールの根本的問題点として縷々主張しているが、仮にそのような問題点が認められるとしても、原告の請求に対する抗弁足りうるものではない。
第4結論
以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、よって主文のとおり判決する。
(裁判官 藤原俊二)
(別紙)
送信日
Unknown
Fromアドレス
サービス開始日
2002.4.1
2002.4.3
188,027
2002.4.4
576,404
2002.4.5
753,255
2002.4.7
196,096
2002.4.8
205,229
2002.4.9
24,830
2002.4.10
858,846
2002.4.11
819,636
2002.4.12
10,617
2002.4.23
11,276
2002.4.24
10,445
2002.4.25
12,538
2002.4.26
27,676
2002.4.27
8,522
2002.4.28
11,709
2002.4.29
15,405
2002.4.30
6,502
2002.5.1
18,653
2002.5.2
9,905
2002.5.5
3,301
2002.5.7
22,577
2002.5.8
20,811
2002.5.9
20,526
2002.5.10
20,886
2002.5.11
18,108
2002.5.12
315
2002.5.13
19,046
2002.5.14
25,975
2002.5.15
19,475
2002.5.16
21,726
2002.5.17
14,472
2002.5.18
25,239
2002.5.19
583
2002.5.20
27,426
2002.5.21
23,688
利用停止措置日
2002.5.22
0
合計
4,049,725