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東京地方裁判所 平成14年(ワ)13109号 判決 2002年10月16日

原告

関響一郎

被告

殖産住宅株式会社

代表者代表取締役

宮北好哲

訴訟代理人弁護士

石橋達成

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三一万円及びこれに対する平成一四年三月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告に雇用されていた原告が、報奨金及び表彰金規定に基づき、退職前に発生した報奨金および表彰金及びこれに対する支払期日後である平成一四年三月一日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は、括弧内に証拠番号等を付す)

(1)  雇用契約、被告の民事再生手続開始

被告は、平成一四年一月ころまでは、建築工事請負業務及び建築設計監理業務等を目的とする株式会社であった(弁論の全趣旨)。

原告は、平成七年四月一日、被告(ただし、当時の商号は、殖産住宅相互株式会社)に正社員として雇用され、被告東京支店の営業担当として被告の業務に従事していたところ、平成一四年二月二八日、会社都合により退職した。

被告は、平成一四年一月、当庁に民事再生手続開始申立てを行い、当庁は、同月二一日被告の民事再生手続開始決定をした。

(2)  被告の社員報奨・表彰規定

被告は、平成一三年四月一日、第五八期社員報奨・表彰規定を全社員に対し示達し、そのうち、営業部門についての報奨、表彰規定(以下「本件規定」という)は別紙のとおりであった(以下、本件規定の報奨基準を達成したことによる報奨金を「本件報奨金」、本件規定の表彰基準を達成したことに基づく賞金を「本件表彰金」という。書証略。

(3)  原告の平成一三年度下期の成績と本件報奨金の受給

原告は、平成一三年一〇月一日から同年一二月末日までの間、被告の企画開発社員、係長として、建物受注高一億一三六一万四〇〇〇円、新築受注棟数七棟を達成したため、本件規定に基づき、平成一三年度下期(平成一三年一〇月一日から平成一四年三月末日まで。以下「平成一三年度下期」という)中の建物受注高一億円達成による二〇万円を平成一四年一月に、同新築受注棟数四棟達成による二〇万円を平成一三年一二月に被告からそれぞれ受領した。

被告の民事再生申立て後、施主(注文者)が契約を解除したことによって、原告の平成一三年度下期の建物受注高は九〇七一万四〇〇〇円、新築受注棟数は六棟となった。

(4)  本件報奨金のうち上積み加算部分及び本件表彰金の支払期日

本件報奨金のうち、達成報奨として支給される二〇万円に加えて、建物受注高の上乗せ一〇百万毎に二万円を加算したり、新築受注棟数の上乗せ一棟毎に三万円を加算したりする部分(以下「上積み加算部分」という)及び本件表彰金は、報奨・表彰対象期間の翌月の給与支払日に支払うこととされており、平成一三年度下期の上積み加算部分及び本件表彰金については、平成一四年四月二〇日に支払うこととされていた。

(5)  施主の解除前の建物受注高等による計算

係長として、建物受注高一億一三六一万四〇〇〇円、新築受注高七棟を達成したとすると、以下の計算式により、本件規定に基づく、建物受注高による本件報奨金は二二万円、新築受注高による本件報奨金は二九万円、本件表彰金は二〇万円、合計七一万円となる。

建物受注高による報奨金

二〇〇、〇〇〇+二〇、〇〇〇×一=二二〇、〇〇〇

新築受注高による本件報奨金

二〇〇、〇〇〇+三〇、〇〇〇×(七-四)=二九〇、〇〇〇

本件表彰金

二〇〇、〇〇〇

合計

二二〇、〇〇〇+二九〇、〇〇〇+二〇〇、〇〇〇=七一〇、〇〇〇

2  争点

(1)  民事再生申立て後の施主の契約解除が本件報奨金及び本件表彰金に与える影響

(2)  支払日に被告に在籍していることが上積み加算部分及び本件表彰金の発生要件か

3  争点についての当事者の主張の要旨

(1)  民事再生申立て後の施主の契約解除が本件報奨金及び本件表彰金に与える影響

(被告)

本件規定には、「但し、営業担当者は、支給後、万一基準を下回った場合には精算する」旨の規定があるところ、前記1(3)のとおり、施主の解除により、原告の成績は建物受注高一億円の基準を下回ったから、建物受注高達成による本件報奨金は、上積み加算部分も含めて発生していない。

(原告)

本件規定の記載内容は認める。解除の効果についての主張は争う。

(2)  支払日に被告に在籍していることが、上積み加算部分及び本件表彰金の発生要件か

(被告)

本件報奨金及び本件表彰金は、いずれも被告の売上高伸長の目的の下、優秀な成績をあげた社員を称え、次期の職務に精励してもらうことを期待する制度である。したがって、上積み加算部分及び本件表彰金は、対象者が支払日に被告に在籍していることがこの発生の条件である。

上積み加算部分については、前記1(2)のとおり、本件規定に「営業部門は各達成月の翌月の給与時に支給を基本とするが、給与データ締切り期日によっては翌々月の場合もある。達成以降の上積み加算額については、半期終了後一括して支給する。但し営業担当者は、支給後、万一基準を下回った場合は精算する」とあることにより、また、本件表彰金については、支払慣行により、それぞれ支払日に在籍することが発生要件として要求されている。

(原告)

上積み加算部分及び本件表彰金が、対象者が支払日に被告に在籍していることがその発生要件であることは否認し、その余の主張については争う。

第三当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  本件報奨金及び本件表彰金は、労働の対償として使用者が労働者に支払うもので、本件規定によって、あらかじめ支給条件が明確に定められたものであるから労働基準法一一条の「賃金」に該当する。そして、本件報奨金及び本件表彰金は、本件規定に基づき発生するものであるから、その支給要件は、本件規定の文言に示された当事者の意思を合理的に解釈することによって決すべきである。

前記第二の1(2)のとおり、本件規定には、「営業部門は各達成月の翌月の給与時に支給を基本とするが、給与データ締切り期日によっては翌々月の場合もある。達成以降の上積み加算額については、半期終了後一括して支給する。但し営業担当者は、支給後、万一基準を下回った場合は精算する」と記載されている(以下、「但し」以下の部分を「精算条項」という)。また、前記第二の1(4)のとおり、本件報奨金の上積み加算部分及び本件表彰金は、報奨・表彰対象期間の翌月の給与支払日に支払うこととされていた。

したがって、本件報奨金及び本件表彰金は、対象となる半期終了後の最初の給与支給日である支払日までに、施主の解除等の事由により基準を下回った場合は、精算条項に基づき、支払済みの本件報奨金を精算することが必要となり、本件表彰金についても支払日までの解除により基準を下回った場合は発生しないとされているものと解される。

(2)  本件においては、施主の解除により、原告の平成一三年度下期の建物受注高は一億円の基準を下回ったから、原告の建物受注高達成による本件報奨金は、上積み加算部分も含めて発生せず、原告の新築受注棟達成による本件報奨金は、四棟達成による二〇万円及び上積み加算部分の六万円(三万円×(六棟-四棟)=六万円)と計算される。また、本件表彰金については、六棟達成による二〇万円と計算される。

(3)  原告は、「施主の解除は、被告が民事再生申立てをしたことによる信用不安に起因するもので、営業担当者である原告ないし顧客の責めに帰すべき事由による解除ではないから、本件報奨金ないし本件表彰金に影響しない」旨供述する。しかし、証拠(略)によれば、本件報奨金及び本件表彰金は、営業担当者が一定の基準の営業成績を達成したときに、被告が報奨金及び表彰金を営業担当者に対し支払うことで、被告の売上げ伸長を図る制度であり、精算条項は、社員報奨金・表彰金規定制定当初に着工高、着工棟数を基準としていたのを、平成一二年度から受注高、受注棟数を基準とすることとしたため、契約解除分を除外する必要から設けられたものであって、本件規定の文言上も、平成一二年度以降の取扱いにおいても、営業担当者ないし顧客の責めに帰すべき事由による解除の場合とそれ以外の事由による解除とを区別していなかったことが認められる。したがって、施主の解除が、民事再生申立てをしたことによる被告の信用不安に起因するとしても、精算条項の対象となると解すべきであり、この点についての原告の前記供述は採用できない。

2  争点(2)について

(1)  上積み加算部分について

ア 前記第二の1(2)のとおり、本件規定には、契約解除の場合の精算条項があり、前記第二の1(4)のとおり、本件報奨金の上積み加算部分及び本件表彰金は、報奨・表彰対象期間の翌月の給与支払日に支払うこととされていた。

したがって、本件報奨金は、対象となる半期終了後の最初の給与支給日である支払日までに、施主の解除等の事由により基準を下回った場合は、上積み加算部分は発生しないことになり、支払済みの本件報奨金についても賃金から合意の上相殺する等して精算することが必要となると解されるところ、かかる精算を行うには、社員が対象期間中在籍していることが必要であるから、本件規定の文言上、本件報奨金の上積み加算部分を受給するため、少なくともその対象期間中は在籍していることが予定されているといえる。

また、証拠(略)によれば、本件報奨金は、営業担当者が一定の基準の営業成績を達成したときに、被告が報奨金を支払うことで、被告の売上げ伸長を図る制度であり、本件規定を運用してきた営業企画部課長は、支払日前に退職した者に対しては上積み加算部分を支払うことはできないと考えてきたこと、昭和六三年以降現在まで、退職後に本件報奨金を請求した者は原告以外になかったこと、原告自身も、支払日前に自発的に退職した者は本件報奨金を請求できないと考えていたことが認められ、これらの事情を総合すると、前記精算条項は、支払日に被告に在籍していることを上積み加算部分の発生要件としたものと解釈すべきである。

イ 原告は、被告の民事再生申立て後の退職は会社都合によるもので自発的退職ではないから、本件報奨金を請求できると考えるべきだし、被告の東京支店長も同趣旨のことを述べていた旨供述し、証拠(略)によれば、原告は、平成一四年一月の被告の民事再生手続開始申立て後、被告から退職勧奨を受け、これに応じて退職に同意し、同年二月二八日に会社都合による退職の辞令を受けたことが認められる。しかし、前記精算条項の文言及び前記本件報奨金の制度趣旨によれば、支払日に在籍するとの条件は、自発的退職か会社都合退職かにかかわらず要求されているものというべきであるから、原告の供述は採用できない。

ウ 以上から、支払日前に退職した原告には、本件報奨金のうち上積み加算部分は発生しないというべきである。

(2)  本件表彰金について

ア 前記第二の1(4)のとおり、本件報奨金の上積み加算部分及び本件表彰金は、報奨・表彰対象期間の翌月の給与支払日に支払うこととされており、前記第二の1(2)のとおり、本件表彰金は、「社長表彰」や「営業本部長表彰」とともに授与する旨規定されていることが認められる。そうすると、支払日に被告に雇用されていない者に対し社長や営業本部長が表彰を行うことは通常考えられないから、かかる文言からは、本件表彰金が発生するには、支払日に被告に在籍していることが予定されているものと解される。

さらに、証拠(略)によれば、本件表彰金は、営業担当者が一定の基準の営業成績を達成したときに、被告が営業担当者を表彰し表彰金を支払うことで、被告の売上げ伸長を図る制度であり、本件規定を運用してきた営業企画部課長は、支払日前に退職した者に対しては表彰ができない以上本件表彰金を支払うことはできないと考えてきたこと、昭和六三年以降現在まで、退職後に本件表彰金を請求した者は原告以外になかったこと、原告自身も、支払日前に自発的に退職した者は本件表彰金を請求できないと考えていたことが認められるから、少なくとも昭和六三年から現在までの間、被告において、支払日前に退職した者に対しては本件表彰金を支給しない取扱いが行われてきたこと、前記取扱いは、被告の社員報奨・表彰金規定に基づき、労使双方がその解釈として承認し従ってきたものであると認めることができる。

したがって、支払日に被告に在籍していることが本件表彰金の発生要件であるとの本件規定の解釈は、事実たる慣習として労働協約の内容となったと解すべきである。

イ 原告は、被告の民事再生申立て後の退職は会社都合によるもので自発的退職ではないから、本件報奨金を請求できると考えるべきだし、被告の東京支店長も同趣旨のことを述べていた旨供述し、前記(1)イのとおり、原告の退職は、被告の退職勧奨に基づくものであることはこれを認めることができる。しかし、本件表彰金の支払を表彰とともに行うとする本件規定の文言及び前記本件表彰金の制度趣旨によれば、支払日在籍要件は、自発的退職か会社都合退職かにかかわらず要求されていたものというべきであるから、原告の供述は採用できない。

ウ 以上から、支払日前に退職した原告には、本件表彰金は発生しない。

3  以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤由紀子)

別紙 第58期 社員報奨・表彰規定

<省略>

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