東京地方裁判所 平成14年(ワ)13703号 判決 2003年6月20日
原告
東京新宿木材市場株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
布施誠司
布施園子
被告
ジャパン建材株式会社
代表者代表取締役
B
訴訟代理人弁護士
安澤昭二郎
被告
Y1
訴訟代理人弁護士
五十嵐利之久
内野眞紀
主文
1 被告Y1は、原告に対し、金一一一五万七六九六円及びこれに対する平成一四年七月八日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告の被告ジャパン建材株式会社に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用中、原告に生じた分の二分の一と被告Y1に生じた分は同被告の負担とし、原告に生じたその余の分と被告ジャパン建材株式会社に生じた分は原告の負担とする。
4 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは、原告に対し、連帯して、金一一一五万七六九六円及びこれに対する被告ジャパン建材株式会社については平成一四年七月四日から、被告Y1については平成一四年七月八日から各支払済みまで年六パーセントの割合による金員をそれぞれ支払え。
第2事案の概要
本件は、原告が継続的に株式会社a(訴外会社)に販売した木材の代金について、連帯保証人である同社代表者被告Y1に対して保証債務の履行を求めるとともに、訴外会社から、同社の有する売掛債権を包括的に譲り受けて弁済を受けた被告会社に対して、債権の譲り受けによる弁済が詐害行為であるとして取消権を行使するなどして、原告の有する売掛代金相当額の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等(証拠により容易に認められる事実は、括弧内に証拠を示す。)
(1) 当事者
原告は、木材等の建築資材の市売り等を目的とする株式会社であり、被告会社は、建築資材の販売等を目的とする株式会社である。
訴外会社は、木材等の建築資材の小売等を目的とする株式会社であり、被告Y1は、同社の代表取締役である。
(2) 継続的取引契約及び連帯保証契約
原告は、訴外会社との間で、平成一一年八月から取引を開始し、同一二年九月一八日付けで、木材の継続的取引契約を締結し、被告Y1は、同日、同契約に基づき、訴外会社が原告に対して同日までに負担している債務及び同日以降負担することのある債務を連帯して支払うことを保証した(本件連帯保証契約、争いがない)。
(3) 原告の訴外会社に対する売掛債権
原告は、訴外会社に対して、平成一二年七月二七日から同年一〇月一二日までの間に、合計一三七七万三八八一円(内六五万五八九九円は消費税)の売掛債権を取得した(≪証拠省略≫)。
そして、原告は、別紙債権目録記載のとおり、①訴外会社が上記債権のうち弁済した三〇万円、②原告の訴外会社に対する預金等の返還債務の合計一四一万二九八〇円、③在庫の引揚げによる訴外会社から原告への返品分の代金九〇万三二〇五円(内金四万三〇一〇円は消費税)[①ないし③合計二六一万六一八五円]を控除した結果、残額である一一一五万七六九六円(内金五三万一三一九円は消費税)の売掛債権を有している(本件売掛債権)。
(4) 訴外会社から被告会社に対する債権譲渡
被告会社は、訴外会社との間で木材等の販売取引を行っていたところ、平成一二年七月五日付けで、訴外会社がその取引先三二社に対して有していた売掛債権を、一億三〇〇〇万円を限度として、訴外会社から包括的譲渡を受けた(本件債権譲渡契約。≪証拠省略≫。なお、本件債権譲渡契約の締結日については、争いがある。)。
本件債権譲渡契約によると、訴外会社について、破産等の申立てや、支払停止等の危機的状況が発生した場合は当然に、被告会社に対する債務不履行など一定の場合においては、被告会社の請求により、債権は確定的に移転し、また、被告会社が、第三債務者に対する通知を行うまでは、訴外会社は自ら譲渡債権を取り立てることができる旨の約定がなされた(≪証拠省略≫)。
(5) 訴外会社の手形不渡り発生と債権譲渡の通知
訴外会社が二回の手形不渡りを発生させたので、被告会社は、平成一二年一〇月六日付けで、債権譲渡登記手続を行い(≪証拠省略≫)、かつ、訴外会社に対し、被告会社が訴外会社から譲り受けた債権を確定的に取得した旨の通知をし(≪証拠省略≫)、同月一〇日、本件債権譲渡契約に基づき、訴外会社に代わって、譲受債権の債務者らに対し、債権譲渡の通知を行った(≪証拠省略≫。なお、訴外会社の手形不渡りの発生日については争いがあるが、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨を総合して判断すると、一回目は平成一二年一〇月二〇日、二回目は同月二三日であると認められる。)。
(6) 詐害行為取消の通知
原告は、平成一三年四月二七日到達の書面で、被告会社に対し、詐害行為を理由に、本件債権譲渡契約及びこれに基づく弁済を取り消す旨の意思表示をした(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)。
2 争点
[被告会社について]
(1) 詐害行為取消の成否
(2) 本件債権譲渡契約は、公序良俗に反するか
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)[詐害行為取消の成否]
(原告)
ア 本件債権譲渡契約は、平成一二年七月五日になされたものではなく、本件売掛債権発生後になされて日付けを遡らせたものであり、被告会社は、本件債権譲渡により、原告を害することを知っていた。
イ 本件のように、将来債権の集合的譲渡契約において、当該債権譲渡を行った会社の債権者及び債務者との関係では、債権譲渡登記ないし債権譲渡通知をもって確定的に債権譲渡の効力が生じるものであるから、債権譲渡登記のとき若しくは債権譲渡通知のときまでに、詐害行為取消権を行使する者の債権が存在すれば足りるというべきである。
(被告会社)
原告の主張を争う。
訴外会社の本件債権譲渡行為が、原告の債権を害するものとして、民法四二四条を適用するためには、取消しの対象となる行為が、原告の債権発生後であることが必要である。本件にあっては、本件債権譲渡契約は平成一二年七月五日に締結され、本件売掛債権は平成一二年七月二七日以降に発生したものであるから、原告の詐害行為取消は、主張自体失当である。
(2) 争点(2)[本件債権譲渡契約は、公序良俗に反するか]
(原告)
本件債権譲渡契約は、被担保債権が一億三〇〇〇万円とされ、譲渡債権について将来発生する債権も含み、かつ、第三債務者は訴外会社の取引先三二社全てであり、各第三債務者の債権極度額の明示はなく、被担保債権以上に債権を譲り受けることにもなりかねず、結局、被担保債権及び譲渡債権について特定性を欠くというべきである。また、同契約の期間は、一年二か月とされているが更新できるので、事実上は、取引継続中は債権譲渡契約が継続されるといえる。
そして、平成一二年六月期決算において、訴外会社の利益は八四〇万九九四円、欠損金は一億円余であり、経営状態が良くないことは明らかであった。このような場合に、全ての売掛金を譲渡することは、訴外会社及び同社の債権者に不当な不利益を及ぼすことは明らかであり、かつ、被告は、計画的に訴外会社を倒産させて、同社の顧客を自己の取引先とすることを意図してかかる債権譲渡を行ったのであるから、本件債権譲渡契約は、公序良俗に反し無効である。上記のとおり本件債権譲渡契約は無効であるから、原告は、訴外会社が有する不当利得返還請求権に代位して、被告会社に対し、本件売掛債権相当額の支払を求める。
(被告会社)
原告の主張を争う。
第3当裁判所の判断
[被告Y1に対する請求について]
本件連帯保証契約の成立及び本件売掛債権の存在については当事者間に争いがない。なお、被告Y1は、原告が、訴外会社から木材等を引き揚げて返品扱いとした分の代金について、その額は、原告が主張する九〇万三二〇五円(内金四万三〇一〇円は消費税)よりも高額であると主張するが、本件全証拠によるも、その代金額が原告の主張を超えるものであると認めるに足りる証拠はなく、被告Y1の主張は理由がない。
[被告会社に対する請求について]
1 本件債権譲渡契約の締結日について
≪証拠省略≫及び被告Y1本人尋問の結果によれば、債権譲渡契約書(≪証拠省略≫)は、平成一二年七月五日に作成されたことが認められるから(原告は、日付けは遡らせたものであると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)、本件債権譲渡契約は同日締結されたものというべきである。
2 詐害行為取消の成否
(1) 本件債権譲渡契約について
前記争いのない事実等及び≪証拠省略≫、証人Cの証言、被告Y1本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、訴外会社は、平成二年一二月二六日、被告会社(当時の商号は丸吉)との間で、商品売買基本約定を締結し、被告会社から継続的に商品を買い受けていたこと、訴外会社は、平成一一年七月に主要な取引先が倒産したことから、資金繰りが厳しくなっていったこと、訴外会社は、平成一二年六月、被告会社に相当額の債務を負担していたが、被告会社に振り出した同年七月一〇日満期の支払手形の支払いが困難になったことから、同年七月、被告会社に手形のジャンプを依頼したこと、そして、訴外会社は被告会社から経営状況のチェックを受けたり、担保の提供を求められるようになっていったこと、こうした中で、訴外会社と被告会社間において、平成一二年七月五日、包括債権譲渡契約書(≪証拠省略≫)が締結されたこと、同契約書によれば、極度額を一億三〇〇〇万円とすること、訴外会社の被告会社に対する債務不履行など一定の場合においては、被告会社の請求によって、被告会社が包括的に譲り受けた債権は、確定的に被告会社に帰属し、被告会社が債権を譲り受けた旨の通知を第三債務者に対して行うまでは、訴外会社は自ら譲渡債権を取り立てることができる旨の約定がなされたことが認められ、これらの事実に照らすと、本件債権譲渡契約は、被告会社が、取引関係のあった訴外会社の手形決済期日の延期申入れを受けてこれに協力し、経営支援をするために、被告会社の訴外会社に対する取引上の債権の保全を図る目的でなされたものということができる。
そして、通常どおり訴外会社の営業が継続される限り、訴外会社は、譲渡債権を自ら直接回収して、支払等に充当でき、訴外会社において被告会社への債務不履行などが発生したときは、被告会社が、訴外会社に対する請求により、その時点で担保となっている譲受債権を取り立て、自己の債権に充当することが当初から予定され、その旨が、被告会社と訴外会社の間で合意されていたというべきである。
そうすると当事者間においては、譲受債権の取立権限に関する内部的合意はあるものの、本件債権譲渡契約時に、被担保債権の範囲内で、包括的に、現在及び将来の債権譲渡の効力が生ずると解するのが相当である。
(2) 本件売掛債権の発生と本件債権譲渡について
ところで、債務者の行為が詐害行為として債権者による取消の対象となるためには、その行為が債権者の債権の発生後にされたものであることを必要とするというべきである(最高裁昭和五五年一月二四日判決民集三四巻一号一一〇頁)。
そして、本件売掛債権のうち、最も早期に発生しているのは、平成一二年七月二七日の市売り分であることは明らかであり、本件債権譲渡契約は平成一二年七月五日に締結されたのであるから、原告の詐害行為取消の主張は理由がないというべきである。この点につき、原告は、債権者の債権は、債権譲渡登記時ないし債権譲渡通知時までに存在していれば足りると解すべきであると主張するが、本件債権譲渡契約は、債権譲渡登記時ないし債権譲渡通知時に、現存する債権を譲渡する契約とみることはできないのであるから、採用できない。
なお、証拠(≪証拠省略≫)によれば、その後、被告会社は、訴外会社が平成一二年九月末日まで支払を延期した手形が同日に支払われなかったことから、被告会社への不履行があったとして、本件債権譲渡契約に基づき、同年一〇月六日、訴外会社に対し、債権を確定的に譲り受けた旨の通知書(≪証拠省略≫)を送付したこと、当時被告会社は訴外会社に対して一億二二三〇万円の債権を有していたことが認められ、この通知書による請求によって譲渡債権が確定的に移転し、被告会社が訴外会社に有していた上記債権の弁済に充てられたとしても、このような弁済は本件債権譲渡契約に予定されその実行としてなされたものに過ぎないのであるから、この請求や弁済に充てたことを独立して詐害行為の対象となる行為として評価すべきではなく、本件債権譲渡契約の締結をもって、詐害行為の対象となるかについて判断すべきである。
3 公序良俗違反の主張について
原告は、本件債権譲渡契約は、担保債権、譲渡債権につき特定性を欠き、無限定かつ長期間に亘るもので、訴外会社の全取引先に対する債権を、限度額を定めず将来に亘って全て譲渡するものであり、訴外会社及び原告をはじめとする債権者に対し、不当に不利益を及ぼすものであるから、公序良俗に反すると主張する。
しかし、本件債権譲渡契約をみると、被告会社の担保債権は、一億三〇〇〇万円の限度額が決められ、譲渡債権についても、債務者が特定された上、平成一二年一月二一日から同一三年三月二〇日までに発生する「売掛金」とされ(≪証拠省略≫)、これらを総合して判断すると、特定性に欠けるということはできないし、無限定ないし長期間ということもできない。
また、なるほど、本件では、訴外会社の取引先に対する売掛債権が全て譲渡されており、責任財産が乏しくなっていたといえるものの、被告会社は、訴外会社の経営を支援する目的で、手形の支払期日を延期したり、経営上の協力をすることとして、その一環として本件債権譲渡契約を締結したものであり、責任財産である売掛債権を全て包括的に譲渡したとしても、訴外会社の経営判断において行われたことであり、法秩序に反するということはできず、訴外会社の債権者に対して不当に不利益を及ぼすということもできない。
したがって、本件債権譲渡契約が公序良俗違反であるということはできず、その余について判断するまでもなく、原告の主張は採用できない。
第4結論
以上によれば、原告の被告Y1に対する請求は、理由があるから認容することとし、被告会社に対する請求は、理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 遠山file_2.jpg直 裁判官 坂口公一 石川知子)