東京地方裁判所 平成14年(ワ)14002号 判決 2003年12月12日
原告
株式会社X
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
朝倉淳也
同
工藤一彦
被告
Y
同訴訟代理人弁護士
千本忠一
同
山口英資
主文
1 被告は,原告に対し,2708万8518円及びうち45万2628円に対する平成13年4月7日から,うち2663万5890円に対する平成14年7月25日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し,それぞれを各自の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,5287万2318円及びうち45万2628円に対する平成13年4月7日から,うち5241万9690円に対する平成14年7月25日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,原告がその経営する中古自動車販売店の店長であった被告に対し,
(1) 被告が在職中,Bと意を通じ,又は重大な過失により,代金の支払を受けないまま商品である車両15台を引き渡し,原告に5156万7600円の損害を与えたとして,不法行為又は債務不履行に基づき同額の損害賠償を
(2) 被告が販売車両について信販会社と顧客の割賦販売契約を取り次ぐにあたり,登録名義を信販会社とすべきところこれをしなかったため,原告に損害を与えたとして,債務不履行に基づき85万2090円の損害賠償を
(3) 金銭消費貸借契約に基づき貸金残元金45万2628円の返還を
それぞれ請求する事案である。付帯請求(民法所定の遅延損害金)の始期は,(1)及び(2)に対するものが訴状送達日の翌日である平成14年7月25日,(3)に対するものが解雇の日の翌日である平成13年4月7日である。
2 前提となる事実(証拠を記載しない事実は争いがない。)
(1) 当事者及び関係者
ア 原告は,中古車販売等を業とする株式会社である。
イ 被告は,平成11年4月,原告に正社員として雇用され,同年7月1日から原告の直営店である「a店」の店長として勤務したが,平成13年4月6日,後述するBとの取引により原告に多大な損害を与えたことを理由に懲戒解雇された(<証拠省略>)。
ウ Bは,原告に雇用され,直営店「b店」の店長として勤務していた者であるが,平成12年10月31日付けで原告を退職し,以後,個人で中古車ブローカーをしていた。
(2) Bとの取引
ア 被告は,平成13年1月から同年2月末ころにかけて,Bに対し,原告所有にかかる別紙被害車両目録記載の中古自動車合計15台(以下,一括して「本件車両」という。)を,代金の受領を受けないまま,順次引き渡した。Bは,上記のようにして引渡しを受けた車両を他の中古車販売業者に売り渡したが,原告に対し,本件車両の代金を全く支払っていない(以下,このBを介した取引を「本件取引」ともいう。)。
イ Bは,原告から本件車両(ただし別紙被害車両目録番号15を除く14台)を詐取したとして,c地方裁判所に詐欺罪で起訴され,平成13年10月1日有罪の実刑判決を受け,同月16日同判決が確定した。
同裁判所が認定した罪となるべき事実の概要は,「Bが自動車販売会社(原告)から購入名下に普通乗用自動車を詐取しようと企て,平成13年1月10日から同年2月25日までの間,合計6回にわたり,a店の店長である被告に対し,購入代金支払の意思及び能力がないのにこれあ(ママ)るように装って,普通乗用自動車の購入方を申し込み,被告をして納車後直ちにその代金の支払が受けられるものと誤信させ,よって,同年1月10日から同年2月27日までの間,複数回にわたり,被告ほか1名から普通乗用自動車合計14台の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させた」というものである。(<証拠省略>)
(3) d社関係
ア 原告は,平成6年11月24日付けで株式会社d(以下「d社」という。)との間で,個品割賦販売契約取次に関する加盟店基本契約を締結し(以下「基本契約」という。),同契約に基づき,中古車を分割払いで購入しようとする顧客に対し,d社との割賦販売契約を取り次いでいた。
基本契約には,次の約定がある(<証拠省略>,関係部分のみ抜粋)。
(ア) 原告は売買の目的物が自動車等登録を要するものである場合,原則として顧客名義で登録する。但しd社の依頼があるとき又はd社の承諾があるときは原告名義で登録するものとし,d社より指示があるときはd社名義で登録するものとする。(7条2項)
(イ) 原告は,次の各号に規定する行為ないしこれに類する行為を一切行わないこと(13条)
10号 d社の顧客に対する7条の担保を侵害する行為をなし,又は,顧客に対して有する修理代金,売掛金,貸付金等の債権並びにそれに付帯する権利を主張してd社の権利行使を妨害すること
(ウ) 信販取引に関し原告又は原告の従業員若しくは代理店等に13条及び14条の違反行為があったときは,当然に原告は当該クレジット契約上の債務を顧客と重畳的に引受け,残債務全額を直ちに一括してd社に支払うものとする。(15条1項)
イ 被告は,平成11年9月10日,Cに対し,原告所有の車両(セルシオ)を当初代金全額現金払いの約束で販売し,その所有名義をCとする手続をしたが,Cが代金の支払を怠ったため,同年11月20日,同人とd社との割賦販売契約を取り次いだ。その際,被告は,d社から,割賦金の完済まで車両の所有名義をd社とすることを条件に,Cとの割賦販売契約の締結に応諾するとの回答・指示を受けたにもかかわらず,既にC名義で登録されていることをd社に告げず,Cから所有名義変更に必要な書類等の徴求もしなかった。
ウ Cは,平成13年3月28日,d社に対する割賦金を完済しないまま破産宣告を受けた。d社は,上記車両がC名義で登録されていたため,その所有権を破産財団に対抗できなかったことから,原告に対し,基本契約15条1項に基づき,上記車両の未回収代金239万0800円について債務引受による履行を求めた。原告は,d社に対し,平成13年3月16日までにこれを支払い,これにより,同額の損害を被った。
エ その後,Cから任意に支払われた18万6189円及び原告が被告に支払うべき財形住宅預金解約返戻金,持株会の配当金及び解約金,預り金,解雇予告手当の合計135万2521円が上記損害に充当された結果,残額は85万2090円(本訴における請求額)となった。
(4) 貸金関係
原告は,平成11年7月15日,被告に対し,従業員貸付金規定に基づき,100万円を,同年8月25日を第1回として毎月25日限り36回に分割して返済する約定で貸し付けた(以下「本件貸金」という。)。
被告が平成13年4月6日に解雇され,従業員の身分を失ったことにより,本件貸金残元金45万2628円について一括返済の義務が生じた。
(5) 就業規則の定め
原告の就業規則第41条は,「従業員が故意または重大な過失により会社に損害を与えた場合は,損害の一部または全部を賠償させることがある。」旨を定めている。(<証拠省略>)
3 争点
(1) Bとの取引について被告の損害賠償責任の有無及び原告の損害額
(原告の主張)
ア 故意又は重過失の存在
被告は,a店の店長たる地位にあることを奇貨として,実際の契約も代金の受領もないのに,Bと意を通じ,本件行為に及んだ。
仮にそうでないとしても,原告においては,中古車を販売して納車及び登録名義の移転に必要な書類を交付する際には,実際の顧客と契約を交わして代金の入金を確認してから行う内規となっている。しかるに,被告は,店長としてこれをスタッフに周知徹底させるべき立場にあったにもかかわらず,自らこの内規に反し,実際の契約も代金の受領もないのにBの指示のまま,本件車両を引き渡していたのであり,少なくとも本件行為にあたって重過失があることは明白である。
この点に関する被告の主張事実は否認し又は争う。
イ 損害額について
Bから本件車両の代金が全く支払われていないため,原告は,本件車両の仕切価格相当額合計5156万7600円の損害を被っている。
(被告の主張)
ア 故意・重過失の不存在
被告は,以下に述べるとおり,原告における売上至上主義の環境の下で,a店の業績を上げるため,Bを信頼し,正常な取引と信じて同人を介した取引を行ったのであり,被告には故意も過失もなく,原告が被告に対し個人責任を追及することは信義に反して許されない。
(ア) 被告は,原告から赤字のa店を任され店長に就任したものであるが,原告のブロックマネージャーであるDからは,手段を選ばず売上げを上げるよう指示され,また毎月の会議でも売り上げ目標を数字で示された上,目標を達成するよう強く求められた。被告は,この指示に従い,売上げ増のため奔走して業績を上げた。
(イ) Bは,被告がa店の店長に就任する前から隣接するb店の店長に就任しており,a店の従業員とも友好関係にあった。被告は,店長就任時にDから,必要なときはBに相談し,指導や助言を受けるよう指示され,実際にBは,販売困難な車両の販売について協力してくれた。
(ウ) Bに対しては,被告のみならずa店の他の従業員も信頼を寄せており,被告と同様,Bを介して車両を販売していた。Dは,Bを介してのこの取引を承知していたが,被告らに対して注意したことは一度もない。
(エ) Bを介しての取引は,Bに車両を預け,買主が決まった段階で代金支払と引渡しが行われるというものであるから,原告の内規に反するものではなく,被告や他の従業員がこの取引を行うにあたり,代金支払前に車両の引渡しをするという認識はなかった。また,被告は,Bからの話に対し,同人にとってどのような利点があるのか質問するなどして慎重に対応した。Bの説明は納得のいくものであった。
(オ) Bを介しての取引は,本件車両を含め合計約27台について行われたが,この一連の取引において,当初の約12台分は代金が順調に支払われた。
(カ) 原告の主張する内規は,頻繁に通達が繰り返されており,内規は社内でも徹底されていなかった。
イ 損害について
原告では,もともと中古車を高く購入することを社是としており,この高い水準の購入金額に出品店の利益を加算して仕切価格が設定されているから,仕切価格を基準に損害の算定をすることは妥当ではない。損害額は,原告又は原告加盟店が顧客から購入した際の購入金額を基準とすべきである。
(2) d社関係について損害賠償責任の存否
(原告の主張)
被告が故意又は重過失によって原告に損害を与えたことは,前提となる事実から明らかである。
(被告の主張)
d社の件は,被告として原告の利益のために販売台数を1台でも多くしたい一心で販売した結果であり,故意に損害を与える意図はなく,重過失も存在しない。Cとの取引は当初は全額現金払いの約束であったため直接購入者名義としたところ,代金支払遅滞が生じたことから割賦販売契約を利用することに急に変更となったため,被告が所有者変更手続に必要な書類等の受領を失念したものであるが,当時Cの支払能力を疑ったりする事情はなく,その後車両回収が不可能となったり,Cが破産宣告を受けたりすることは被告の予想外の出来事であった。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(Bとの取引関係)について
(1) 認定した事実
前提となる事実,<証拠省略>及び後掲の証拠によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 原告は,全国に約120ある直営店を通じて中古車販売を行っており,これら店舗を8ブロックに分け,各ブロック毎にマネージャーを置いて,所属する直営店の営業を統括させていた。被告が店長を務めていたa店及びBが店長を務めていたb店は,いずれも西日本Aブロックに属する店舗であり,このブロックを統括するブロックマネージャーのDは,月に1,2回,各店舗に臨店していた。(<証拠省略>)
イ 原告は,○○ネットと称する中古車検索システムを開発し,これにより,全国に約120ある直営店と加盟店が保有する中古車の在庫管理を行っていた。このシステムは,直営店や加盟店が顧客から買い取った中古車について,所定の項目(メーカー,車種,年式,色,走行距離,外観(写真),装備,現車場所,価格(仕入価格に当該店舗の利益分を上乗せしたもの)等)をコンピュータに入力して登録し,販売対象とするもので,各店舗が客に中古車を販売するときは,このシステムを利用して,客の希望する車種等をコンピュータ上検(ママ)索し,希望条件に合った車両があればこれを販売店が落札(登録店から販売店への売買という形をとる。)した上,販売店の利益を上乗せした価格(成約価格)で客にこれを販売し,客はこの代金と自動車税預かり金,各種手数料及び消費税を販売店に支払って車両の引渡しを受けることになる。このシステムにより,販売店は,全国の直営店及び加盟店が保有する車両を在庫車として販売対象とすることができる。
このシステムは,原告本部の○○ネット運営チームが管理しており,落札がされると,直ちに本部から落札店に対し「落札明細書兼ご入金案内書」がファクシミリで送付される。この文書には,対象車両,顧客が入金すべき金額の明細及び振込先(原告○○ネット部名義の口座),車両問い合わせ先(保有店舗)が記載されており,落札店では,登録店の担当者と連絡をとり,車両の受渡しを打ち合わせることとなる。
上記明細書には,振込有効期限として成約日から3日以内に請求金額を振り込むよう指示する記載があるが,現実には,3日以内に入金がない場合は落札店の在庫扱いとなり,特に問題視されることはなかった。
ウ 被告が平成11年7月に店長に就任したa店は,客から買取りを行うこともあったが,主には販売を専門に行う店舗であり(直営店の中には買取りを専門に行う店舗もある。),被告のほか5名の従業員がいた。中古車の仕入れは,主に○○ネットを通じて行っていたが,他の直営店が仕入れたものの,落札されずに長期在庫となった車両の仕入れ(落札)を割り当てられることがあった(<証拠省略>,被告本人)。
エ 被告は,a店の店長就任後,店長会議等を通じ,近接するb店の店長で先輩格のBと親しくなり,Bに仕事上の相談をして助言を得たこともあって,同人に信頼感を抱いていた。
オ Bは,平成12年9月ころ,サラ金や信販会社に対する多額の個人債務の返済に窮し,自店のb店から正規の手続を経ないで中古車1台を購入した上,これを直ちに中古車買取業者に売り渡して換金し,さらに同年10月ころ,上記車両の代金を原告に入金するため,再度自店から中古車1台(オデッセイ)を代金約305万円で購入した上で同様に換金していた。
Bは,b店の営業成績が低迷し,Dから店長降格を示唆されたこともあって,平成12年10月末日付けで原告を自主退職したが,その際,原告に対し,購入したまま納金していなかったオデッセイの代金約305万円を同年11月末までに入金することを約束していた。
カ Bは,上記オデッセイの代金を含む債務の返済に窮したため,在職中に親交のあった被告を通じて中古車を入手した上,これを換金して債務の支払に充てようと考えるに至り,同年11月21日ころ,被告に対し,「個人ユーザーが特定の車種の車両を探しているので,a店から仕入れて販売したい。代金は,被告が仕入れる価格に2~30万円上乗せした価格でよく,その分は被告の営業成績にもなる。B自身は,仕入れた車両に架装(様々なパーツを付けること)してユーザーに高く販売し,そこから利益を得る。」旨説明し,個人ユーザーに販売するとして,同人に中古車を預けるよう持ちかけた。被告は,Bを通じて中古車を販売できればa店の営業成績が上がるため,Bがその言葉どおり個人ユーザーに高く売却し,その代金をもって引渡しから約1か月後には被告に代金を支払ってくれるものと信じ,Bから依頼された車種の中古車を○○ネットを通じて仕入れた上,車両の登録名義変更に必要な書類ともどもこれを同人に引き渡した。
これを初めとして,被告は,Bの依頼に応じ,同年11月中に計2台,同年12月中に計3台,平成13年1月中に計13台,同年2月中に計9台(合計27台)の中古車を名義変更書類とともに引き渡した。これら車両は,Bが直接a店の○○ネットを操作して選んだものがほとんどであるが,中には,販売ができないまま同店の在庫となっていたものを被告がBに販売を頼んで引き渡したものもあった(被告本人)。
キ Bは,上記のようにして被告から車両の引渡しを受けた後,直ちにこれを中古車買取業者に販売して換金し(いずれも被告からの買取価格より低い金額で売却),これを自己の債務(原告に対する前記約305万円の債務を含む。)の支払や遊興費に充てた上,今度は被告に対する車両代金支払のため,新たに被告から車両の引渡しを受けては換金するという自転車操業を続けた。
ク 被告は,当初は車両引渡しから概ね1か月後に代金の支払を受けていたが,平成13年2月28日,1月に引き渡して代金が未入金であった車両十数台分の入金をBに督促したところ,一部の入金があっただけで,その後はBと連絡がとれない状態となり,結局1月中に引渡したうちの6台分と2月に引渡した9台分の合計15台(本件車両)について代金が未回収となった。
他方,Dは同年3月初めころ,b(ママ)店の○○ネットを通じた仕入れ台数が多いことに不審を抱き,客との売買契約書をファクシミリで送信するよう被告に指示した。被告は,Bへの引渡し台数が増えた同年1月以降,売買契約書を作成していなかったため,本件車両のうち14台について第三者名義の虚偽の売買契約書を作成して糊塗しようとしたが,同月9日,Dがb(ママ)店に臨店して在庫調査を行ったことにより,本件車両がa店に在庫として存在しないことが原告に発覚した。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
被告は,同月19日,e警察署長に対し,a店店長として詐欺の被害届を提出した。
ケ 原告においては,各店舗が客に中古車を販売する場合,客から中古車を買い取る場合のそれぞれについて,業務の手順,遵守すべき基本ルールを統一して定め,これを本社営業推進部から各店舗にイントラネットを通じて随時送信している。販売店が客に販売する場合,売買代金を全額回収した後(ローンの場合はローン会社の承認通知後)に納車すべきことに関しては,本件取引が行われる前から,原告本部が各店舗に対し,上記方法により通達等として再三注意喚起を行っており,被告もこれは熟知していた。(<証拠省略>)
(2) 判断
ア 被告の故意又は重過失の存否
原告は,被告がa店の店長という地位を利用しBと意を通じて本件取引に及んだ旨主張するが,Bが原告から本件車両を詐取したことについて,被告がBと共謀しこれに加担したことを認めるに足りる証拠はない。むしろ,これまで認定した事実からすると,Bは,被告のBに対する個人的信頼を利用し,被告を欺罔して本件車両を詐取するに至ったものであって,Bとの関係では,被告は被害者の立場に立つものと認められる。
しかしながら,被告は,客に車両を販売する際には代金全額が入金されてから納車するという,原告における小売りの場合の基本ルールを熟知しながら,この基本ルールに反し,入金が全くない段階で,原告の従業員でもないBに対し,短期間のうちに次々と商品である車両を多数引き渡し,その結果,本件車両15台の価格相当の損害を生じさせたものであり,被告がa店の店長として職務を遂行するに当たり,重大な過失があったことは明らかというべきである。
被告は,第2の3(1),被告の主張アのとおり主張し,重過失の存在を争うところ,被告がa店の店長に就任した当初,Dが近隣店舗の店長であったBに相談等するよう指導したとしても,また,a店の従業員がBを信頼していたとしても,そのような指導,信頼はあくまで原告店舗の店長という地位にあるBに関するものであって,原告を退職し,一介の中古車ブローカーとなったBに関するものではないことは常識的に明らかである。また,Bが被告に対して行った説明は,代金支払が確実に行われることを示すものではなく,原告に代金が入金される前に,原告の従業員でもないBに車両を引き渡すという内規違反行為(これが原告の内規に反することは明白である。)をあえて行う理由にはならない。当初の12台は代金が入金されたといっても,常時入金された代金以上のものが未払いとして存し,しかもその総額は増加する一途であった理屈であるから,代金の一部が入金となったことも,被告の重過失を否定するものとはいえない。なるほど,原告の各店舗には一定の売上げ目標が設定され,a店店長であった被告も,ブロックマネージャーのDから,手段を選ばずとにかく売上げ目標を達成するよう強く求められていた事実が認められる(証人D,被告本人)。しかし,Dの言う「手段を選ばず」という意味が内規に反してでもという趣旨ではないことは,原告がイントラネットを通じ,納車は代金の回収が完了していること等の要件が満たされた後とする旨を再三指示通達していたこと(<証拠省略>)からも明らかであり,上記事実は,被告の重過失を否定するものとはいえない。
また,被告は,Dやa店の従業員は,Bとの本件取引を承知し承認していたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない(従業員の中には,店長である被告の指示で車両の引渡しを行った者もいるが,この事実は,被告の重過失を否定する事実とはいえない。)。
その他,前記判断を左右する事実を認めるに足りる証拠はない。
イ 損害額について
原告は,本件車両の仕切価格をもって損害と主張するところ,この仕切価格とは,直営店又は加盟店が○○ネット又はオークションに出品するときに設定する価格であり,直営店又は加盟店が顧客から購入した価格にその店舗の利益分が上乗せされている(これを落札した店舗が客に販売する場合は,さらに販売店の利益を加算して代金が決定される。)が,出品店は,時間が経過すればするほど価値が低減するという中古車の特性を考慮し,中古車市場の相場も十分調査の上,短期間のうちに落札されるような価格を仕切価格として設定している(<証拠省略>)。
そうすると,仕切価格は,中古車市場において業者が車両を仕入れる場合の相場価格にほぼ見合うものであって,原告が当該車両を容易に売却しえた価格ということができるから,この価格をもって損害額とすることは妥当であり,この点に関する被告の主張は採用できない。
以上から,原告の損害は,その主張のとおり合計5156万7600円と認められる。
ウ 責任の範囲について
Bとの取引により原告に生じた上記損害は,Bの言を安易に信じ,原告の内規に反する取引をあえて行った被告の重大な過失によってもたらされたものであることは前記のとおりである。
しかし,使用者が,その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により直接損失を被った場合,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防ないし分散についての配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し同損害の賠償を請求することができるものと解すべきである(最高裁判所昭和51年7月8日第1小法廷判決・民集30巻7号689頁参照)。そして,原告の就業規則が「従業員が故意又は重大な過失により会社に損害を与えた場合は損害の一部又は全部を賠償させることがある」旨定めるのも(前提となる事実),上記と同様の観点から,過失が軽過失に留まる場合は不問とし,故意又は重過失による場合であっても,事情により免責又は責任を軽減することを定めたものと解される。
しかるところ,前記認定事実及び証拠によると,<1>本件取引と同様にして被告がBに引き渡した車両12台分は代金が決済され,原告はこれにより1台あたり20ないし30万円程度の販売利益を得ていること,<2>Bが退職時に原告に対し負担していたオデッセイの代金約305万円は本来回収不能となるはずのところ,Bが前記一連の行為にによって得た金員により返済がされていること,<3>本件はa店の売上げ実績を上げたいという被告の心情をBに利用された結果であって,被告が直接個人的利益を得ることを意図して行ったものではないと認められること,<4>被告が店長に就任する前,a店は業績の上がらない店舗であったが,被告は,店長に就任した後同店の販売実績を向上させたこと(証人D,被告本人),<5>ブロックマネージャーのDは,各店舗毎に販売目標を設定した上,各店長に対し「とにかく数字を上げろ。手段を選ぶな。」等と申し向けるなど,折に触れては目標を達成するよう督励し(証人D),売上至上主義ともいうべき指導を行っていたこと,<6>原告は,直営販売店には,他の直営店が仕入れたものの買い手がつかない在庫車両の販売をノルマとして割り当てており,Bとの取引対象となった27台の中にはこのような車両も含まれていたことが認められる。
これらの事情を総合して勘案すると,原告は,信義則上,上記損害の2分の1である2578万3800円の限度で被告に損害の賠償を求めることができるとするのが相当である。
2 争点(2)(d社関係)について
被告がCとd社との割賦販売契約を取り次ぐにあたり,d社から車両の登録名義を同社とすることを条件に上記割賦販売契約の締結を承諾する旨の回答を受け,車両の登録名義をd社とする指示を受けたのに,被告がこの指示に従わず,車両の名義をCのままとしたため,原告がd社との契約に基づきCの未払分239万0800円全額の支払義務を負うこととなり,同額の損害を被ったこと(ママ)ことは前提となる事実(3)のとおりである。
被告は,この名義変更手続を行わなかったことについて,既にCに名義を移転していたためd社に変更することを失念した旨主張するが,f県下の原告直営店において1年以上も中古車の販売業務に従事していた(被告本人)被告がこれを失念するとは考えられず,被告は,d社の担保設定指示を認識しつつ,これに従わなかったものと推認される。Cの支払能力等は,契約当事者であるd社が判断することであって,割賦販売契約を取り次ぐ立場の被告が判断をすべき事項ではない。被告の行為は,故意によりd社の担保を毀滅したと同視できる行為であり,少なくとも重過失により原告に損害を与えたものとして,原告に対する損害賠償責任を免れない。
よって,原告の被告に対するd社関係の85万2090円の損害賠償請求は理由がある。
3 貸金請求について
前提となる事実(4)によれば,原告の貸金請求は理由がある。
4 結論
以上によれば,原告の本訴請求は,債務不履行に基づく損害賠償として合計2663万5890円及びこれに対する平成14年7月25日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金並びに本件貸金残元金45万2628円及びこれに対する平成13年4月7日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるので認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 三代川三千代)