大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成14年(ワ)14728号 判決 2006年4月26日

第一事件原告

双日株式会社

代表者代表取締役

橋川真幸

訴訟代理人弁護士

髙後元彦

髙﨑玄太朗

第一事件被告・第二事件原告

太平洋海運株式会社 (以下「第一事件被告」という。)

代表者代表取締役

稲村嘉彦

訴訟代理人弁護士

阪田裕一

池山明義

深草剛志

第二事件被告

A野太郎

訴訟代理人弁護士

村上誠

鶴田進

儀部和歌子

荒木邦彦

主文

一  第一事件について

(1)  第一事件被告は、第一事件原告に対し、三億二四九一万〇二四八円及びこれに対する平成一四年七月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(2)  第一事件原告のその余の請求を棄却する。

二  第二事件について

(1)  第一事件被告の訴えのうち将来請求(本件事実審口頭弁論終結の日の翌日以後の分についての請求)に係る部分を却下する。

(2)  第二事件被告は、第一事件被告に対し、三億二四九一万〇二四八円及びこれに対する平成一四年七月一八日から本件事実審口頭弁論終結の日まで年六分の割合による金員を支払え。

(3)  第二事件被告は、第一事件被告に対し、四億三二六九万七五九二円を支払え。

(4)  第一事件被告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一事件について生じた部分は第一事件被告の負担とし、第二事件について生じた部分は第二事件被告の負担とする。

四  この判決第一項(1)並びに第二項の(2)及び(3)は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立て

一  第一事件についての第一事件原告の申立て

(1)  主位的請求

第一事件被告は、第一事件原告に対し、三億二四九一万〇二四八円及びこれに対する平成一四年四月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え(付帯請求の始期の日付を除いて、主文第一項(1)と同旨)。

(2)  予備的請求

第一事件被告は、第一事件原告に対し、三億二四九一万〇二四八円及びこれに対する平成八年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二事件についての第一事件被告の申立て

(1)  第二事件被告は、第一事件被告に対し、三億二四九一万〇二四八円及びこれに対する平成一四年四月二〇日から第一事件被告の第一事件原告に対する上記金員の支払済みまで年六分の割合による金員及びこれらの金員に対する第一事件被告が第一事件原告に支払をした日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(付帯請求の始期の日付及び将来請求に関する部分を除いて、主文第二項(2)と同旨)。

(2)  第二事件被告は、第一事件被告に対し、四億三二六九万七五九二円及びこれに対する第一事件被告が第一事件原告に上記金員の支払をした日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(付帯請求(将来請求)に関する部分を除いて、主文第二項(3)と同旨)。

第二事案の概要

一  第一事件の事案の概要

(1)  第一事件原告と第一事件被告は、一九九五年七月一七日、プロダクトタンカーであるエメラルドグロリアを実質的に共同所有(五〇%ずつ出資した合弁会社に所有させる。)して運航する事業を営む契約を締結した。バンガードエンタープライズ社(以下「バンガード社」という。)を第一事件被告に代わる合弁契約の当事者とし、バンガード社の合弁契約上の債務の履行を第一事件被告が第一事件原告に対して保証するという形式がとられた。

第一事件原告又はその関連会社がエメラルドグロリアの取得費用その他の費用を融資し、五年間の事業終了後にエメラルドグロリアを売却して、事業期間中の収支(運航収入(用船料)、売船収入等の収入から船舶取得費、元利金の返済その他の支出を控除する。)を精算することとされていた。合弁会社が船主に支払う用船料は元本部分と利息部分から成り、利息部分の用船料の計算方法は「LIBOR+一・〇〇%」によることとされた。

エメラルドグロリアは、第一事件被告に用船に出され、さらに再用船に出された。

第一事件原告と第一事件被告は、五年間の事業終了後の二〇〇二年四月一九日、上記合弁契約に基づきバンガード社が第一事件原告に支払うべき損失額が三億二四九一万〇二四八円であることに合意した。

(2)  第一事件原告の請求は、合弁契約に基づき、バンガード社の保証人である第一事件被告に対し、前記三億二四九一万〇二四八円及びこれに対する二〇〇二年四月二〇日以後の商事法定利率による遅延損害金等を求めるものである。

(3)  第一事件被告は、バンガード社の合弁契約上の債務の履行の第一事件原告に対する保証は商法二六〇条二項により第一事件被告の取締役会決議事項に該当するが、第一事件被告の取締役会決議を経ておらず、かつ第一事件原告はこれらの事項を知っていたか、知らなかったとすればそのことについて過失があると主張して、保証の効力を争っている。

第一事件原告は、取締役会決議事項該当性を否認し、また、第一事件原告は取締役会決議事項該当性や取締役会決議のないことを知らず、かつ知らないことに過失はなかったとして、第一事件被告の前記主張を争っている。

(4)  第一事件被告は、予備的相殺の抗弁として、第一事件原告と第一事件被告の間の他の合弁事業における精算につき払いすぎがあり、五〇一〇万六四二〇円の不当利得返還請求権を有するとして、これを自働債権とする相殺の主張をしている。

不当利得返還請求の発生原因に関する争いは、利息部分の計算に必要となる、契約書上の「LIBOR」という語の解釈にある。

第一事件被告は前記各契約における「LIBOR」とは「BBA LIBOR」(英国銀行協会がロンドン時間午前一一時現在のロンドン市場における特定銀行間貸し出し手レートを集計して公表する平均値)を意味すると主張し、第一事件原告は前記各契約における「LIBOR」とは「原告と取引がある日本の銀行がロンドン市場で実際に調達することができる金利」を意味すると主張する。

(5)  第一事件原告は、予備的請求原因として、第一事件被告の保証が取締役会決議を経ていないことなどにより無効となるとすれば、第一事件被告の担当取締役らは第一事件原告に無効な契約を締結させるという不法行為をしたもので、第一事件被告は、民法四四条、七一五条等による責任を負うと主張している。

第一事件被告は、第一事件原告に悪意又は重過失があるから責任を免れると主張している。

また、第一事件被告は、第一事件原告は一九九九年四月一五日ころ、第一事件被告による契約無効の主張と損害の発生を知ったとして、不法行為の三年の消滅時効も主張している。

なお、後記理由欄記載のとおり、当裁判所は、第一事件の主位的請求のうち主たる請求(付帯請求以外の請求)を全部認容するので、予備的請求については判断を示す必要がないものとして一切判断を示していない。

二  第二事件の事案の概要

(1)  第二事件被告が第一事件被告の取締役であった時に第一事件原告との間で次の合弁契約等を締結したことについて、①取締役会決議事項であるのに第一事件被告の取締役会決議を経ていないこと、②忠実義務違反、善管注意義務違反などの違法行為があることを理由として、第一事件被告が商法二六六条一項五号に基づく取締役の責任追及をするのが第二事件である。

ア 一記載のエメラルドグロリア合弁事業に係るバンガード社の合弁契約上の債務の履行の保証

イ バラ積船であるサニーグロリアの取得及び共同所有に係る第一事件原告と第一事件被告との間の合弁契約

第一事件原告又はその関連会社がサニーグロリアの取得費用その他の費用を融資し、五年間の事業終了後にサニーグロリアを売却して、事業期間中の収支(運航収入(用船料)、売船収入等の収入から船舶取得費、元利金の返済その他の支出を控除する。)を精算することとされていた。合弁会社が船主に支払う用船料は元本部分と利息部分から成り、利息部分の用船料の計算方法は「LIBOR+一・〇〇%」によることとされた。

(2)  第一事件被告は、各合弁契約の遂行及び精算により第一事件被告が負担すべきこととなった次の損失額が損害であると主張している。

ア エメラルドグロリア合弁契約 三億二四九一万〇二四八円

イ サニーグロリア合弁契約 五億〇七七四万八八二七円(内金四億三二六九万七五九二円を請求)

第三当事者の主張

当事者双方の主張は、別紙当事者の主張記載のとおりである。

理由

第一認定事実

《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

一  太平洋海運の歴史とA野家

(1)  第二次世界大戦により壊滅的打撃を受けたわが国の海運業は、戦後初期の日本政府の海運業及び造船業に対する振興策もあって、一時期は、わが国の基幹産業の一つに数えられるほどの隆盛を誇っていた。しかしながら、好況の時期もさほど長くは続かず、一九五六年のスエズ戦争の終結に伴う不況を皮切りに不況の時期もしばしばみられるようになった。一九六四年には、当時の運輸省の海運業の基盤強化のための政策に基づき海運集約が行われ、海運業を営む企業のグループ化などが進められていった。しかしながら、海運業は、次第に、造船業などとともに、構造不況業種の一つに数えられるようになっていった。

(2)  第一事件被告(太平洋海運株式会社)は、捕鯨を中心に漁業を営んでいた極洋捕鯨株式会社(現株式会社極洋)の創立者であるA野松夫(第二事件被告の祖父)が中心になり、極洋捕鯨の石油輸送部門(タンカー・油槽船部門)を独立させる形で、海運業を営む株式会社として一九五一年に設立された。翌年には東京証券取引所に上場され、公開会社となった。一九六四年の海運集約においては、日本郵船株式会社が第一事件被告の発行済株式総数の約三〇%を取得して筆頭株主になり、第一事件被告は日本郵船の企業グループに入ることになった。日本郵船は、一九八五年と一九九一年に実施された第一事件被告の増資後も、第一事件被告の発行済株式総数の二〇%強を保有し続けており、筆頭株主の地位を維持している。また、第一事件被告の主取引銀行は、三菱銀行(当時)であった。このように、日本郵船と三菱銀行は、第一事件被告の経営に大きな影響力を有する立場にあった。

A野松夫は、第一事件被告の設立時における取締役会長であり、上場企業でありながら、設立当初から発行済株式総数の二%程度を個人で保有し続ける主要な株主であった。A野松夫の子であり第二事件被告の父であるA野竹夫は、第一事件被告の設立時における常務取締役であり、その後一九六三年以降一九八五年に至るまで長らく代表取締役社長を務めていた。その後、一九八五年に行われた第一事件被告の一〇億円増資においてはA野竹夫がうち三億円を出資し、一九九一年に行われた第一事件被告の二〇億円増資においてはA野竹夫がうち一〇億円を出資するなどして、A野家の持株比率は発行済株式総数の一〇%程度にまで増加し、法人を含めても二〇%強を保有する筆頭株主の日本郵船に次いで第二位の株主(個人では筆頭株主)となった。このように、世間からは、第二事件被告の属するA野家は、第一事件被告のいわゆる創業家とみられ、第一事件被告は、日本郵船グループの会社であるとともに、A野家の会社ともみられてきた。

(3)  第二事件被告は、一九四三年にA野家に生まれ、慶應義塾大学を卒業した後に第一事件被告に入社し、日本郵船への出向、油槽船部勤務、ロンドン駐在、貨物船部勤務、営業部の課長職及び次長職などを経て、一九八八年に取締役営業部長となった。その後、一九九一年に常務取締役、一九九二年に専務取締役、一九九四年一〇月に代表取締役社長になり、一九九八年六月まで代表取締役社長職にあった。一九九八年六月には、日本郵船と三菱銀行の信認を失い、取締役を退任して第一事件被告の相談役に就任し、一九九九年六月以降は第一事件被告の顧問となった。二〇〇〇年六月には第一事件被告から顧問を解嘱され、現在は第一事件被告の個人株主の地位のみが残っている。

二  太平洋海運の経営危機と三次にわたる金融支援の歴史

(1)  第一次金融支援(一九七七年~一九八〇年)

第一事件被告は、いわゆる第一次石油危機に端を発して業績不振に陥り、上場企業でありながら一九七六年から現在まで無配に転落したままであるほか、一九七七年には倒産の危機を迎え、一九七七年四月から一九八〇年三月までの間、三菱銀行及び日本開発銀行等から、借入金元本返済猶予を主な内容とする第一次金融支援を受けた。一九七七年に始まる第一次金融支援は、一九六四年の海運集約以来、上場企業としては初めての返済猶予申請であり、申請に係る猶予期間は当初は一年間の予定であったが、業績の回復が思わしくなく、返済猶予は三年に及び、企業のイメージダウン及び対外信用喪失という大きな痛手を受けた。

(2)  第二次金融支援(一九八五年~一九九〇年)

一九八一年ころからタンカー部門が業界全体の船腹過剰による不況に陥り、一九八四年ころには三光汽船によるバラ積み船大量建造等から貨物船部門も業界全体の船腹が過剰になり、海運業全体が再び不況期に入っていった。

いわゆる第二次石油危機に端を発して、第一事件被告は、一九八四年に再度経営危機に陥り、一九八五年六月から一九九〇年三月まで借入金の元利金返済猶予を主な内容とする第二次金融支援を受けた。同時に、一〇億円の増資(うち三億円はA野竹夫が出資した。)をして財務基盤を改善し、また、従業員の三割削減、役員報酬や従業員給与の減額などの血のにじむような経営再建策を実行に移すことになった。船隊規模も、一九八六年には、タンカー六隻、貨物船五隻にまで縮小していた。第一事件被告は、一九八五年六月には、代表取締役社長を第二事件被告の父であるA野竹夫から運輸省出身のB山氏に交替する(第二事件被告が社長に就任する一九九四年まで在任)という経営陣の異動を行った。

一九八九年(平成元年)ころには海運市況も回復し、第二次金融支援の効果もあって、第一事件被告の船隊規模もタンカー一一隻、貨物船一二隻に回復した。第一事件被告は、一九九一年には二〇億円の増資(うち一〇億円はA野竹夫が出資した。)をして財務基盤を改善した。

(3)  第三次金融支援(一九九五年~一九九九年)

それにもかかわらず第一事件被告の経営は好転せず、いわゆるバブル経済の崩壊に伴う国内経済の不況の影響も受けて、一九九三年(平成五年)には、一〇億円を超える債務超過の危機に陥り、翌年以降も毎年経常損益の大幅赤字が続き、資金不足が表面化することが危惧された。第一事件被告は、会社更生法その他の法的倒産措置の検討もせざるを得ない状況に陥り、三菱銀行の金融支援をあおぐため、一九九三年から中期経営計画の策定作業を開始し、支配船舶数の維持など従前の経営内容と大幅な変更のない案を提示する第一事件被告側と、経営のスリム化や新規投資の抑制、厳選などを求める三菱銀行との間で、厳しい折衝が続けられた。

一九九四年一〇月には、第二事件被告がB山氏の後任の代表取締役に就任した。第一事件被告は、ようやく一九九四年一二月に、三菱銀行をはじめとする取引銀行各行の納得を得られる中期経営計画を策定することができ、当該中期経営計画の履行を条件として、一九九五年から始まる第三次金融支援を開始することの同意を得ることができた。取引銀行各行からの同意を得られた中期経営計画の内容の眼目は、支配船舶数(一九九三年にはタンカー一〇隻、貨物船二〇隻)を縮小すること及び損益確定船舶を中心に運用することとされた。そこで、採算の確保できる長期契約船以外の新規投資を抑制してスリム化を徹底し、後記四のクレストⅠなどの赤字船対策を行うべきこととなった。

第三次金融支援の内容は、二〇億円余の元金返済猶予と、一〇億円余の金利減免措置であり、一九九九年まで続いた。金融支援を受けるに当たって、第一事件被告は、三菱銀行取締役(本店営業第二部長)宛に、「新規用船契約の締結、既存用船契約の更新(含、オプションの行使)など船隊構成の移動に係わる事項につきましては、事前に貴行のご了解を得ることと致します。」という内容を含む念書を提出した。

第三次金融支援が受けられず、金融機関が約定のとおりの弁済を求めて法的手段をとった場合には、一九九四年の時点において、第一事件被告は倒産必至であった。

一九九八年六月には、第二事件被告が日本郵船と三菱銀行の信認を失って第一事件被告の取締役を退任し、日本郵船から派遣されたC川梅夫が第一事件被告の代表取締役に就任し、三菱銀行から派遣されたD原春夫が第一事件被告の専務取締役に就任した。

三  第一事件被告(太平洋海運)の取締役会規程

第一事件被告の取締役会規程(乙五八)においては、法令に定められた事項、定款に定められた事項(名義書換代理人及びその事務取扱場所の選定、役付取締役の選任)のほか、次に掲げる事項が第一事件被告の取締役会決議事項として定められている。

(1)  長期及び年度事業計画に関する事項

(2)  事業の新規経営又は廃止に関する事項

(3)  船舶の建造、大改造、大修繕、売買に関する事項

(4)  取締役及び監査役の他会社役員の兼任

(5)  相談役及び顧問の委嘱及び解嘱

(6)  株主総会の決議により授権された事項

(7)  社則及び重要なる諸規定の制定、改廃

(8)  前各号に定めるもののほか、取締役会が必要と認める事項

四  クレストⅠ

(1)  第一次金融支援の終わった一九八〇年に、第一事件被告は、第一事件原告(当時の商号は、合併前の日綿実業株式会社)から、新造予定のバラ積み船(三万三〇〇〇トン、後にクレストⅠと名付けられた。)の運航事業を合弁会社により行うことの打診を受けた。コストの高い日本人船員の乗務を避け、パナマに設立する合弁会社(クレストシッピング社)の所有するパナマ船籍の船とし(いわゆる便宜置籍船)、コストの安い第三国の船員を乗務させるという構想であり、合弁会社から第一事件被告が定期用船を受け、第一事件被告がさらに他の海運会社に用船に出すという計画であった。

第一事件被告においては、第二事件被告が当時在籍していた貨物船部営業一課がこの案件を担当した。第一事件被告が直接第一事件原告との合弁契約の契約当事者になるのではなく、友和海事株式会社(後に株式会社オーシャン・エンタープライズに商号変更)を第一事件被告に代わる当事者とし、友和海事と第一事件原告が合弁契約(一九八〇年一二月二五日付け)を締結し、第一事件被告は、保証書を第一事件原告に差し入れて、当該合弁契約上の友和海事の債務の履行を第一事件原告に対して連帯保証するという形がとられた。保証書差入方式による債務履行保証という形式を取ることにより、実質的には第一事件被告は合弁契約の当事者と同様の立場に立つが、形式的には第一事件被告は合弁契約の当事者とはならず、第一事件被告社内には保証契約をしたことの証拠書類が残らず、保証責任の発生が具体化するまでは会社の計算上も負債が計上されない(これにより業務監査及び会計監査をかいくぐれる。)ということになった。

第二事件被告の在籍する貨物船部営業一課において第一事件原告との交渉を終えた後、事後稟議の形で、クレストⅠ合弁事業を行うことにつき、第一事件被告の社内決裁(取締役全員の決裁ではなく、取締役の一部で構成される常務役員会メンバーの決裁)をとったが、当該合弁事業を行うことにつき取締役会決議は経なかった。

第一事件被告は、翌一九八一年一二月二五日、第一事件原告に宛てて、当該合弁契約上の友和海事の債務の履行を連帯保証する保証書(乙二一)を差し入れた。

これらのクレストⅠに関する契約は、日本郵船や三菱銀行に対する事前の相談を経ることなく行われた。一九八五年から始まる第二次金融支援の期間中に、同年にA野竹夫の後任として第一事件被告の代表取締役社長に就任したB山氏及び三菱銀行に対して、クレストⅠの仕組みが説明されたことがあった。

(2)  クレストⅠは、一九八二年に竣工し、すぐにクレストシッピング社から第一事件被告が直接契約当事者となって長期間の定期用船を受けた。第一事件被告は、クレストⅠを再用船に出す予定であったが、予定していた再用船先の倒産などの事態が生じ、良い条件で安定した長期契約がしてもらえる再用船先が見つからず、クレストⅠの用船者としての第一事件被告の収支は、恒常的に多額の赤字であった。

クレストⅠの所有者としての合弁会社(クレストシッピング)自体のクレストⅠに関する収支も、事業期間中の運航損益、事業終了時の売船損益見込みに支払利息等の費用を考慮に入れると、赤字見込みであり、赤字見込額が増加していくこと自体が保証責任の履行という形で第一事件被告の業績悪化につながることとなった。売船損益は、時の船舶市況にも左右され、この合弁事業自体が、中期経営計画に定められた損益確定船舶中心運用という考え方には沿わないものであった。

一九九四年に第三次金融支援を受けるに当たり、第一事件被告の中期経営計画に支配船舶数の縮小と損益確定船舶中心運用が盛り込まれたこともあり、三菱銀行から、クレストⅠを第一事件被告の支配船舶から外すこと、すなわち、多額の損失の発生が見込まれるクレストⅠ合弁事業の実質的な当事者の地位から抜け、船舶合弁事業による損失を確定させることを求められた。

第一事件被告は、第一事件原告との間でクレストⅠ合弁事業からの撤退交渉を行い、合弁事業上の友和海事(オーシャン・エンタープライズ)の損失負担額を四億円に確定させて合弁契約を解消し、第一事件原告に差し入れた保証書(乙二一)を取りもどすことに成功した。一九九四年当時の計算では、クレストⅠ合弁契約上の友和海事(オーシャン・エンタープライズ)の負担すべき損失額は約五億円であったが、第一事件被告が第一事件原告にこれより安い四億円を支払って合弁契約から撤退することにつき、第一事件原告の同意を得たものであった。

四億円の負担については、三菱銀行と日本郵船が第一事件被告の資金を使わないよう指示したため、A野家(A野家が経営するモンテサン・エンタープライズ株式会社)が四億円を負担した。前記保証書(乙二一)は、第一事件被告に返還された。しかし、第一事件原告側は、四億円の資金の実質的負担者がA野家であることは知らなかった。

証人E田は、第一事件原告(担当者であるA田ら)に対して、四億円の支払方法を協議した際に、保証書(乙二一)が第一事件被告の取締役会決議を経ていない無効なものであったこと、そのため日本郵船や三菱銀行が四億円の支払につき第一事件被告の資金を使用することに反対しているのでA野家の会社であるモンテサン・エンタープライズが負担したことを説明したと供述する。また、第二事件被告は、それに先だち第一事件原告との間で第一事件被告の損失負担額を決める交渉をした際に保証書(乙二一)は取締役会決議を経ていない変則的な形で出したから第一事件被告社内で問題になっていると第一事件原告(担当者であるB野)に説明したと供述する。しかしながら、これらの供述は、証人A田及び証人C山の反対趣旨の証言(これに沿うB野の陳述書の記載内容を含む。)に照らし、採用することができない。

五  サンシャイン

第二次金融支援(一九八五年~一九九〇年)開始前の一九八三年に、新造のプロダクトタンカー(石油製品の油槽船・サンシャイン)を、第一事件原告と第一事件被告が共同保有することになった。第一事件被告は直接の契約当事者にならず、第一事件原告と株式会社バンガード社が一九八三年七月一五日の合弁契約に基づいて設立した合弁会社(サン・パシフィック・マリタイム社)で保有し(合弁会社から第一事件被告が定期用船を受ける。)、同日、第一事件被告が当該合弁契約上のバンガード社の債務の履行を第一事件原告に対して連帯保証するという形がとられた。

このサンシャイン合弁契約に係る第一事件被告の第一事件原告に対する連帯保証についても、第一事件被告の取締役会決議を経ていない。

サンシャイン合弁事業についても、その後の船舶市況によればサンシャインの船価が思ったほどの価格をつけず、収支は大幅な赤字見込みのままで推移していった。

六  TKグロリア

第二次金融支援が終了した後の一九九三年には、新造のバラ積み船(TKグロリア)を、第一事件原告と第一事件被告間の合弁契約に基づいて設立した合弁会社で所有して運航に供する事業が開始された。

第一事件原告と第一事件被告が合弁契約に基づき設立したパナマのグロリア・サン・シッピング社が、TKグロリアを、第一事件原告のアメリカ合衆国完全子会社(ローズ・ビーナス社)から買取条件付裸用船した上で第一事件被告に期間五年間の定期用船に出し、第一事件被告がアルマダ社に再用船に出すという事業であった。

このTKグロリアに係る合弁契約締結については、第一事件被告の取締役会決議を経た。当時は、第一事件被告が債務超過危機を迎え、第三次金融支援へ向けての中期経営計画策定のための三菱銀行との厳しい折衝をしている最中であったが、当時のB山社長の懸命の説明もあって、当初はTKグロリア計画に反対していた三菱銀行の厳しい審査も通り、三菱銀行の同意も得た。(なお、第一事件被告は、乙九一に第一事件原告がTKグロリアについて「①CRESTI、SUNSHINE救済、失敗は繰り返さない。②本船(TKグロリア)はTKK(第一事件被告)の正妻とする。」という意見を表明していたことから、TKグロリアについては第一事件被告の取締役会決議を経た船にすることを第一事件原告が要求していたことが明らかであると主張するが、乙九一の「正妻」という用語を「取締役会決議を経た船」と断ずることには無理があり、採用できない。また、第一事件被告は、乙八一に「ニチメン船舶部からは再三再四にわたり当方の社内合意取付けを急ぐよう要請を受けており」という記載があることから、第一事件原告はTKグロリアのような合弁契約の締結が第一事件被告の取締役会決議事項であることを知っていたと主張するが、「社内合意」という用語は取締役会決議と同義でないことはいうまでもないところであり、当該主張は採用できない。)

後記八のようにTKグロリアの後継船としての位置づけでサニーグロリア合弁事業契約が一九九六年に締結され、サニーグロリア合弁事業も開始されたが(サニーグロリアは一九九八年二月に竣工、運航開始)、船価市況の関係でサニーグロリア竣工後もTKグロリア合弁事業は終了せず、そのまま継続されていた。後記九のように、エメラルドグロリア合弁事業とサニーグロリア合弁事業の効力が第一事件原告と第一事件被告間で争われるようになり、二〇〇二年にはエメラルドグロリア合弁事業が終了することになったことをきっかけに、TKグロリア合弁事業とサニーグロリア合弁事業も双方が損失の各二分の一ずつを負担して終了させる(TKグロリアは第一事件被告が引き取り、サニーグロリアは第一事件原告が引き取る。)ことになった。

七  エメラルドグロリア

(1)  一九九五年から始まる第三次金融支援が行われている最中の一九九六年に、第二事件被告は、第一事件被告の代表取締役社長として、第一事件原告に、前記五のサンシャインの後継船として、三井物産の関連会社(レプタ社)が保有している中古(一九九一年建造)のプロダクドタンカーであるエメラルドグロリア(当時の船名エメラルドリバー)を共同所有して行う共同事業の話を持ち込んだ。この話は、第一事件原告と第一事件被告が設立した合弁会社においてエメラルドグロリアを所有する(第一事件原告と第一事件被告が同船を実質的に共同保有する。)という内容の、中期経営計画には沿わない事業話であって、第二事件被告においては、三菱銀行や日本郵船はもちろんのこと、三菱銀行出身の第一事件被告の取締役にも秘密裡に話を進めた。合弁会社においては、第一事件被告に定期用船に出し、第一事件被告がデンマークのノルデン社に定期用船に出すという構想であり、用船事業については第一事件被告社内においてもオープンな話とした。

エメラルドグロリアの共同所有の件については、サンシャインの場合と同様に、第一事件被告は直接の契約当事者にはならないことになった。第一事件原告とバンガード社が一九九六年七月一七日、エメラルドグロリア共同所有に係る合弁契約を締結し、当該合弁契約上のバンガード社の債務の履行を、同日第一事件被告が第一事件原告に対して連帯保証するという形がとられた。

合弁契約の内容は、エメラルドグロリアをレプタ社から第一事件原告のパナマ完全子会社(オーシャンフェアレディーマリタイム社)が買い取り、同社から合弁会社(エメラルドナベガシオンマリタイム社)が買取条件(買取義務)付裸用船(用船期間五年)し(一九九六年七月一七日付契約)、合弁会社からさらに第一事件被告に期間三年の定期用船に出す(第一事件被告はさらにデンマークのノルデン社に用船に出す。)ことであった。ただし、第一事件原告とバンガード社との合弁契約書上は、合弁会社からの用船先の会社名(第一事件被告)の表示は伏せられた。

第一事件被告は、エメラルド合弁事業の実質的な当事者として位置づけられ、その結果、合弁会社のオーシャンフェアレディーマリタイム社(第一事件原告の完全子会社)に対する債務をバンガード社が支払限度付連帯保証し、この保証債務を第一事件被告がさらに支払限度付連帯保証することになった。

これらのエメラルドグロリアに係る第一事件被告の連帯保証についても、第一事件被告の取締役会決議を経ていない。

前記のような経緯で、エメラルドグロリアを合弁会社から第一事件被告が三年の定期用船を受け、これをノルデン社に定期用船に出す件は、三菱銀行出身のD川常務取締役の出席した第一事件被告の常務役員会で審議の上承認されている。しかしながら、第一事件被告が合弁契約上のバンガード社の債務の履行保証をする件は、D川常務取締役には隠されたままで、第一事件被告の取締役会にも常務役員会にも付議されなかった。

要するに、第一事件被告がエメラルドグロリアの用船者であることは公にされていたが、実質的にエメラルドグロリアの持分五〇%の共同所有者であること(取得資金の金利と元本の返済負担を負い、売船損を負うかもしれないというリスクを負うこと)は公にされなかった。

E田は、第一事件原告(担当者C山ら)に対して、一九九五年七月一一日午後の電話で、第一事件被告においては取締役会決議が必要であるが三菱銀行が反対しているので取締役会決議ができないと説明した旨供述する。しかしながら、そのような内容の説明があれば第一事件原告においても第一事件被告においても問題が解決されたことを確認するまでは最終調印をしないのが通常であると考えられるのに、E田供述によれば、その問題点が解決されないまま、第一事件被告の保証書差入れを踏まえて第一事件原告とバンガード社間の合弁契約の調印がされるに至ったというのであって、ビジネス上の出来事の流れとしては不自然であること、A田及びC山が反対趣旨の供述をしていることに照らし、採用することができない。

(2)  後記九記載のとおり、第二事件被告が第一事件被告の取締役を退任した後の一九九九年以降第一事件被告の連帯保証の効力が第一事件被告と第一事件原告との間で争いになったが、エメラルドグロリアを合弁会社から定期用船として受けている第一事件被告においてはエメラルドグロリアを放置するわけにもいかないので従前のとおりの運航を続け、契約期限の切れる二〇〇二年をもってエメラルドグロリアの合弁事業が終了することになった。

第一事件原告と第一事件被告は、二〇〇二年、将来の訴訟における争点を減らすため、エメラルド合弁事業においてバンガード社が負担すべき損失額(第一事件被告の連帯保証が有効であるとした場合の保証債務の額)が三億二四九一万〇二四八円であることを確認する旨の合意をした。第一事件被告は、第一事件原告から、合弁契約及び保証契約に基づき、同額の支払の実行を求められている。

八  サニーグロリア

(1)  一九九五年から始まる第三次金融支援が行われている最中の一九九六年七月ころ、第一事件原告と第一事件被告との間で、TKグロリアの後継船としてバラ積み船を作って運航に供する企画が持ち上がった。

第二事件被告は、第一事件被告の代表取締役として、TKグロリアの後継船となるバラ積み船(サニーグロリア)を新造することを計画した。サニーグロリアを、第一事件原告と第一事件被告が合弁契約に基づき設立したパナマのグロリア・サン・シッピング社(同社は前記六のTKグロリアも所有している。)が、第一事件原告のパナマの完全子会社(パルティタ社)から買取条件付裸用船した上でアルマダ社のような一流の海運会社に定期用船に出すという事業であった。

一九九六年八月ころのE田作成の社内メモ(秘という表示があり、閲覧のサインとしては第二事件被告のものが一つあるだけである。)には、「本件 Gloria Sun Shipping の再投資案件として建造契約締結時までに上記契約(注;合弁事業契約等のこと)調印について社内承認を要するが、現時点で通常ルートの外で調印は別に行うこととし、また、Gloria Sun社(注;同社は前記六のTKグロリアも所有している。)のP/L、B/Sに当該資金の表示は乗せず、用船先等決まった時点で内部手続を採り、discloseすることと致し度、P/L、B/S上の件及び契約書日付配慮要請」との記載がある。

一九九六年一一月に第一事件被告とアルマダ社との間で、サニーグロリアについての定期用船契約が、サニーグロリアの竣工(一九九八年二月)及び合弁契約の締結よりも前に締結された。

サニーグロリアの竣工よりも前の一九九七年一〇月三〇日に、第一事件原告と第一事件被告との間で、サニーグロリアについての合弁契約が締結された。このサニーグロリアに係る合弁契約の締結についても、第一事件被告の取締役会決議を経ていない。

E田は、第一事件原告(担当者であるA田、C山ら)に対して、サニー合弁契約は取締役会決議が必要であるが銀行が反対しているので決議ができないと説明した(グロリア・サン・シッピング社の決算上、取締役会の承認を得ているTKグロリアと取締役会の承認を得ていないサニーグロリアの決算を分けるようにすることも説明した。)旨供述するが、B野、A田の反対趣旨の証言に照らし、採用することができない。

第二事件被告は、後に取締役会決議を経るつもりであったが、決議前に代表取締役を解任されたので、自分の時代には取締役会決議を経ることができなかったと供述する。しかしながら、サニーグロリアが竣工して運航が開始された(用船契約の履行が開始された)のが第二事件被告が代表取締役を解任された時期(一九九八年六月)よりも前の一九九八年の二月であり、取締役会決議を経るつもりであれば遅くとも用船契約の履行が開始される前に取締役会に付議するのが通常であると考えられることに照らし、第二事件被告の前記供述を採用することはできない。

(2)  前記五のように、サニーグロリア合弁事業開始後もTKグロリア合弁事業も併行して継続されていたが、後記九のように、エメラルドグロリア合弁事業とサニーグロリア合弁事業の効力が第一事件原告と第一事件被告間で争われるようになり、二〇〇二年にはエメラルドグロリア合弁事業が終了することになったことをきっかけに、TKグロリア合弁事業とサニーグロリア合弁事業も双方が損失の各二分の一ずつを負担して終了させる(TKグロリアは第一事件被告が引き取り、サニーグロリアは第一事件原告が引き取る。)ことになった。サニーグロリア合弁事業の終了に伴う第一事件被告の損失分担金は、五億〇七七四万八八二七円であった。第一事件被告は、第一事件原告から、合弁契約に基づき、同額の支払の実行を求められている。

九  第二事件被告の代表取締役退任及びその後の経過

第二事件被告が第一事件被告の取締役を退任する直前の一九九八年一月、第三次金融支援を受けるに当たっての前提条件(新規用船契約の締結など船隊構成の移動に係わる事項については事前に三菱銀行の了承を得る。)に反して、事前に三菱銀行の了承を得ずに、第二事件被告主導で、第一事件被告取締役会において、第一事件被告が二万三〇〇〇トンのバラ積み船(ツインスター)の新規用船をすることを、決議したことがあった。決議後に決議の内容の事後説明を受けた三菱銀行は、第一事件被告に対し、第一事件被告は銀行管理下にあり、ビジネスリスクを負える会社ではないことを指摘するとともに、強行するなら金融支援を打ち切るという強い反対の意思を表明した。ツインスターは新規用船されたが、第二事件被告は、三菱銀行などの一部の主要な株主からの信認を失い、一九九八年六月に第一事件被告の取締役を退任した。

第二事件被告が第一事件被告の取締役を退任した後の一九九九年に入り、再建のため日本郵船及び三菱銀行から派遣されたC川梅夫代表取締役を始めとする経営陣に、第二事件被告が第一事件被告の取締役会決議を経ないで秘密裡に、エメラルドグロリア及びサニーグロリアの用船契約(これらはオープンにされていた。)のみならず、第一事件被告がエメラルドグロリア合弁事業(第一事件原告とバンガード社とのエメラルドグロリアの共同所有を内容とする合弁契約についての第一事件被告による第一事件原告に対するバンガード社の契約上の債務履行保証)及びサニーグロリア合弁事業(第一事件被告による第一事件原告とのサニーグロリアの共同所有を内容とする合弁契約)を営んでいることが明らかになった。第一事件被告においては、弁護士とも協議の上、これらの契約の効力の無効を第一事件原告に対して主張していく方針を固めた。

一九九九年四月一四日と翌一五日に、第一事件被告のD原専務取締役とE原取締役が第一事件原告を訪れ、第一事件原告のB野船舶部長及びA田船舶部第二課長に対して、書状を渡して、取締役会決議を経ていないことにつき第一事件原告は知っていたか、又は知らないことについて過失があったから、各契約は無効であり、各契約に係る諸問題は第二事件被告及びバンガード社との間で解決することを求めた。第一事件原告は、取締役会決議を経ていないことは知らなかったなどと主張してこれを争い、現在に至っている。

一〇  LIBORについて

LIBORとは、London Inter・bank Offered Rateの略語で、日本においては「ライボー」などと発音され、ロンドン銀行間出し手金利と訳される。その用語の意味は、国際金融市場の中心であるロンドンの銀行間直接取引において資金の出し手から提示される金利のことである。各銀行が独自にLIBORを決めており、LIBORには唯一のレートは存在しない。契約上の基準値としてLIBORを用いる場合には、特定の銀行のLIBORを使用する旨定めておく必要があり、定められた銀行のことをリファレンスバンクと呼ぶ。

「BBA LIBOR」とは、現実のレートとして特定の銀行から提示された数値ではなく、複数の有力銀行から午前一一時現在の各行のLIBORを英国銀行協会(BBA)が報告を受けて算出した平均値のことをいい、毎営業日に公表されている。

一九九六年や一九九七年ころの第一事件原告及び第一事件被告においては、TKグロリア合弁事業、エメラルドグロリア合弁事業及びサニーグロリア合弁事業を実施するに当たって、「LIBOR」とは、「BBA LIBOR」の意味であるとは認識されておらず、「第一事件原告と取引がある日本の銀行がロンドン市場で実際に調達することができる金利」の意味であると認識されていた。

第一事件被告は、本件各契約における「LIBOR」とは「BBA LIBOR」の意味であると主張するが、第一事件原告において期中の損益の試算等を第一事件被告に対して提示する際には、「LIBOR」が「第一事件原告と取引がある日本の銀行がロンドン市場で実際に調達することができる金利」の意味であるという前提で計算された試算値が提示されており、その値について第一事件被告から異論が出ていないことが認められるから、第一事件被告の主張は採用することができない。

第二当裁判所の判断

一  エメラルドグロリア、サニーグロリアの契約が取締役会決議事項に当たるか

(1)  当裁判所は、第一事件被告においては、エメラルドグロリア合弁事業についての第一事件原告に対するバンガード社の債務履行保証及びサニーグロリア合弁事業についての第一事件原告との間の合弁契約の締結は、商法二六〇条二項柱書の「重要ナル業務執行」に該当し、取締役会の決議を要する事項に該当するものと判断する。

(2)  第一事件被告は、海運業を営む株式会社であり、海運業以外の事業は営んでいない海運専業企業である。第一事件被告の主要な収入は、船舶(所有船舶又は用船)の運航による収入、他社支配船舶等の船舶管理事業による収入及び所有船舶(共有を含む。)の売却による収入である。船舶管理事業の占める割合は小さく、支配船舶の大半は用船であるため所有船舶の売却による収入はないことも多く、収入の中心は船舶運航収入(貨物運賃又は貸船料)であって、船舶運航収入が第一事件被告の経営の基盤を支えているということができる。なお、船舶の運航については、船舶及び輸送目的物の種類により、タンカー(油槽船)部門と、貨物船部門に分かれる。

海運業を営む株式会社にとっては、支配船舶は、収益を産み出す資産としては、製造業における工場(財産の有機的集合体)に相当するものであって、単なる個別の財産であるというにとどまらない。自社所有船舶であれ、用船であれ、支配船舶の構成は、企業にとって極めて重要な事項である。製造業を営む株式会社に例えれば、第一事件被告は、一工場の寿命を五年ないし一〇年程度に設定して頻繁に工場の新設(譲受)及び廃止(譲渡)を行いながら常時十箇所程度の工場の保有(所有又はリース)をしているような場合に相当する。そして、支配船舶を新たに一隻増加させることは新たに工場を一箇所増設することに相当する。一工場の生産活動の収支の大幅な赤字が株式会社(製造業)の収支全体に与えるのと同程度の影響を、支配船舶一隻の運航収支の大幅な赤字が株式会社(海運業)の収支全体に与えることになるのである。

ところで、第一事件被告の支配船舶数(所有船舶又は用船)は、一九九六年や一九九七年ころにおいては、十数隻程度であった。したがって、百隻以上の支配船舶を有する超大手の海運会社の場合とは異なり、個別の一隻ごとの運航収支が第一事件被告の収支全体に与える影響は非常に大きいものがあり、経営全般ひいては企業の存亡に与える影響にも非常に大きいものがある。製造業においては一工場の新設が通常は重要な業務執行に該当するのと同様に、第一事件被告程度の規模の海運業を営む株式会社においては、支配船舶一隻の増加は、特段の事情のない限り、商法二六〇条二項一号所定の「重要ナル財産ノ……譲受」に匹敵するものとして、同項柱書の「重要ナル業務執行」に該当するものと判断されるものというべきである。そして、そのことは、合弁契約に基づいて設立した子会社に船舶を保有させて支配船舶数を増やす場合にとどまらず、そのような合弁契約の一当事者の合弁契約上の債務の履行保証をする(実質的に合弁契約の当事者になるのと同様の効果をもたらす。)場合についても同様である。

なお、証人E田は、第一事件被告が合弁契約の当事者になる場合は取締役会決議が必要であるが、契約上の債務履行保証をする場合には不要であると考えていた旨供述するが、そのような見解は、会社に与える実質的影響が同じでありながら契約の形式的内容だけで決議の要否に差をつけるものであって、本件の事案のような場合に適用するときには商法二六〇条の規定の潜脱を許すこととなる見解というほかはなく、採用することができない。

(3)  第一事件被告の社内における従来の取扱いについてみるのに、その取締役会規程(乙五八)においては、「事業の新規経営又は廃止に関する事項」及び「船舶の建造、大改造、大修繕、売買に関する事項」が取締役会決議事項として定められている。

古くは資本の募集と経済的危険の分散のため一航海を唯一の目的とする株式会社的組織が存在したこともあり、前記(2)において説示したところによれば、支配船舶十数隻程度の海運専業企業である第一事件被告にとっては、個々の支配船舶の運航自体が、ひとまとまりの事業であるかの様相を呈するものである。そうすると、新規支配船舶の追加又は支配船舶の廃止自体が、前記取締役会規程に規定する「事業の新規経営又は廃止」に相当すると解されるのである。

また、自社所有船舶運航事業の新設又は廃止は前記取締役会規程に規定する「船舶の建造……売買に関する事項」に直接的に該当するが、実質的に自社所有船舶運航事業を行うこととなる場合(他社との合弁契約によって共同で設立した子会社が所有する船舶の運航事業を営む場合や当該合弁契約の債務履行保証をする場合を含む。)も、「船舶の建造……売買に関する事項」に該当すると解釈することも可能であり、本件における前記認定事実に照らして考えるときには、「船舶の建造……売買に関する事項」に該当するものとみるべきである。

二  第一事件被告の取締役会決議なきことについての第一事件原告の悪意・過失

(1)  前記認定事実によっても、本件のエメラルドグロリア合弁事業におけるバンガード社の債務の履行保証及びサニーグロリア合弁事業における合弁契約の締結につき、これらが第一事件被告の取締役会決議事項であること及び第一事件被告の取締役会決議を経ていないことを第一事件原告の担当者(B野、A田又はC山)が知っていたということはできず、他に第一事件原告の担当者がこの事実を知っていたことを認めるに足りる証拠はない。

(2)  第一事件被告の取締役会決議事項であること及び第一事件被告の取締役会決議を経ていないことを第一事件原告の担当者が知らなかったことについて、第一事件原告側に過失があるかどうかを検討するに、前記認定事実によっても当該過失を基礎付けるに足りる事情があるということはできない。

株式会社の規模や業種によって必要な社内手続が異なることは論をまたないところである。すなわち、第一事件被告のような十数隻程度の支配船舶しか有しない海運業専業の株式会社にとっては一隻の運航収支(特に大幅な赤字)が企業の損益に与える影響は非常に大きいものになるところである。他方において、第一事件原告のような総合商社にとっては、海運関係は自社が取り扱う様々な業種の中の一部門にすぎない。各部門が担当する個別の契約を一々取締役会付議事項にしていたのでは、付議案件過多により、取締役会自体が機能不全を起こし、また、個々の取締役の行うべき日々の業務の妨げともなる結果をもたらす。したがつて、長期・短期の事業計画はともかく、個別の契約は、相対的に特に巨額の案件であるなど会社に与える影響が特に大きい一部の限られた案件が「重要ナル業務執行」として取締役会決議事項に該当するにすぎないものとなるのが通常である。

企業は、非常に多くの数の取引先(多くは法人)と様々な内容の契約を締結するのが通常であって、相手方法人の規模、業種、社内手続等が千差万別であることを考慮すると、一々相手方法人の必要な社内手続を確認すべき注意義務を課すことは相当ではない。相手方法人において取締役会決議が必要であるのにこれを経ていない場合において、これを隠して社内手続が完了したと説明してきたときであっても、特段の事情のない限り、その説明を単純に信じたことに過失を問われることはないものというべきである。

本件においては、クレストⅠの清算の過程においても第一事件被告作成のクレストⅠの保証書が取締役会決議を経ていないものであることが第一事件原告側に伝えられたことや、そのことを第一事件原告側が容易に知ることができたことの証明はなく、本件のエメラルドグロリア合弁事業やサニーグロリア合弁事業に係る契約の締結過程において第一事件被告の取締役会決議が必要であることや決議を経ていないことが第一事件原告側に伝えられたことを認めるに足りる証拠もなければ、そのことを第一事件原告側が容易に知ることができたことを基礎付ける何らかの事情を認めるに足りる証拠もないのである。

三  第一事件における第一事件被告の相殺の抗弁の成否

前記認定事実によれば、TKグロリア合弁事業並びに本件のエメラルドグロリア合弁事業及びサニーグロリア合弁事業に係る契約においては、契約当事者双方において、「LIBOR」とは、「BBA LIBOR」の意味であるとは認識されておらず、「第一事件原告と取引がある日本の銀行がロンドン市場で実際に調達することができる金利」の意味であると認識されていたことが明らかである。

第一事件被告の相殺の抗弁における自働債権の発生原因は、前記各契約においては「LIBOR」が「BBA LIBOR」の意味であったことを前提とするものであるから、この点においてすでに自働債権の発生が認められないことが明らかであって、当該相殺の抗弁は失当である。

四  第二事件被告の取締役としての義務違反の有無

(1)  前記一に説示したとおり、第二事件被告は、取締役会決議を経ることを要するにもかかわらず取締役会決議を経ることなく、第一事件被告の代表取締役として、エメラルドグロリア合弁事業におけるバンガード社の債務の履行保証及びサニーグロリア合弁事業における合弁契約の締結をしたものであって、これは商法二六〇条二項に違反する行為である。したがって、第二事件被告は、商法二六六条一項五号にいうところの法令に違反する行為をしたものというべきである。

(2)  また、第一事件被告の代表取締役として、エメラルドグロリア合弁事業におけるバンガード社の債務の履行保証及びサニーグロリア合弁事業における合弁契約の締結をした第二事件被告の行為は、第一事件被告が三菱銀行からの支援の打ち切りによる倒産という事態に直面する可能性をはらむ極めて危険な冒険的経営行為というべきであって、会社のために忠実に職務を遂行する義務を定めた商法二五四条の三にも違反するものであったというべきである。したがって、第二事件被告は、この観点においても、商法二六六条一項五号にいうところの法令に違反する行為をしたものというべきである。

前記説示のとおり、第二事件被告が行ったエメラルドグロリア合弁事業におけるバンガード社の債務の履行保証及びサニーグロリア合弁事業における合弁契約の締結は、中期経営計画(支配船舶数縮小・損益確定船舶中心運用)に沿わないものであり、船隊構成の変更をもたらす事項は三菱銀行の了解を得るという念書に違反して三菱銀行の了解を得ずに船隊構成の変更をもたらす契約を締結したものである。

第一事件被告は、一九九四年には一〇億円を超える債務超過が原因で金融支援を受けなければ倒産必至の状態に陥り、支配船舶数縮小と損益確定船舶中心運用を柱とする中期経営計画を三菱銀行に提出し、「新規用船契約の締結、既存用船契約の更新(含、オプションの行使)など船隊構成の移動に係わる事項につきましては、事前に貴行のご了解を得ることと致します。」旨の念書を三菱銀行に差し入れて、三菱銀行から第三次金融支援を受け、元金返済猶予のみならず、一〇億円以上の利息債権の減免措置まで受けて、ようやく倒産の危機を脱した状況にあった。第一事件被告は、一九九六年や一九九七年においては元金返済猶予及び金利減免措置の金融支援を受けている最中であった。したがって、中期経営計画及び念書の遵守は三菱銀行の信頼を維持するために必須の事項であったというべきである。

このような状況下では、前記念書により三菱銀行の了解を得るべきものとされた事項を、三菱銀行の了解を得ないまま実行に移すとすれば、金融支援措置の縮小や打ち切りの危険を発生させることになる。したがって、第一事件被告にとっては企業の存亡にかかわる極めて冒険的な事業の執行になるのであるから、特段の事情のない限り、第一事件被告にとっても重要な業務の執行に該当し、取締役会決議を要するものと解される。

本件のエメラルドグロリア合弁事業やサニーグロリア合弁事業は、船隊構成の変更をもたらすものとして前記念書により三菱銀行の了解を得るべき事項であり、支配船舶数を増加させる点が経営支援続行の条件ともいうべき中期経営計画の遵守の不履行に相当するのであって、取締役会決議を要する事項であったものというべきである。

第一事件被告には、三菱銀行から出向してきた取締役も在任していたのであるから、取締役会に付議して議論を重ね、三菱銀行の了解が得られるかどうかも慎重に検討した上で、結論を出すべきものであったというべきである。一〇億円以上の利息債権の減免措置を受けながら、当該減免措置の恩恵を無にするほどの何億円もの損失を産み出す可能性の高い冒険的事業を独断で行うことは、産業界、金融界ひいては社会一般からの信頼を失わせる行為であり、企業の存亡を危うくして、株主、従業員、取引先(債権者)を裏切る行為でもあることを忘れてはならないところである。

(3)  以上によれば、第二事件被告は、商法二六六条一項五号の行為をした取締役として、エメラルドグロリア合弁事業におけるバンガード社の債務の履行保証及びサニーグロリア合弁事業における合弁契約により第一事件被告が被った損害額を賠償すべき責任を負うものというべきである。

五  第一事件被告に生じた損害

(1)  前記認定事実によれば、エメラルドグロリア合弁事業におけるバンガード社の債務の履行保証により第一事件被告に生じた損害額は、三億二四九一万〇二四八円であるというべきである。

(2)  前記認定事実によれば、サニーグロリア合弁事業における合弁契約の締結により第一事件被告に生じた損害額は、五億〇七七四万八八二七円であるというべきである。一部請求金額である四億三二六九万七五九二円の限度で認容すべきである。

六  付帯請求及び将来請求について

(1)  第一事件原告は、エメラルドグロリア合弁事業に基づく三億二四九一万〇二四八円の損失分担金についての遅延損害金(履行遅滞による損害賠償)の請求につき、損害額についての合意をした日(二〇〇二年四月一九日)の翌日を始期として請求している。しかしながら、同日をもって損失分担金債務が履行遅滞に陥ったことの根拠となる事実関係(履行期の合意等)の主張、立証はないから、請求のとおりの遅延損害金を認容することはできない。当該債権は期限の定めのないものとうかがわれるから、催告(訴状送達日である二〇〇二年七月一七日)の翌日から履行遅滞に陥ったものとみるのが相当であり、その限度で付帯請求たる遅延損害金請求を認容することとする。

なお、第一事件原告は、第一事件の主位的請求のうち主たる請求(三億二四九一万〇二四八円の請求)が全額認容される場合には、主位的請求のうち付帯請求の一部が本件のように棄却されるときであっても、第一事件の予備的請求を求める意思を有していないものと認められる(弁論の全趣旨により明らかである。)。したがって、第一事件の予備的請求については、一切判断を示さないこととする。

(2)  第一事件被告は、第二事件被告に対するエメラルドグロリア合弁事業に基づく三億二四九一万〇二四八円の損失分担金の請求について、第一事件原告から請求されている遅延損害金(商事法定利率年六%の割合による。)のほかに、第一事件被告が第一事件原告に対して第一事件における請求金額を支払った日の翌日(事実審口頭弁論終結後の日であることが明らかである。)以後の当該支払総額に対する遅延損害金(民事法定利率年五%の割合による。)も請求している。遅延損害金の将来請求は、現在既に履行遅滞にある債権について、現在請求分に付加して、現在請求分と同一の算出方法で単純に算出可能な場合について行われ、強制執行時においてもその額が債務名義だけから単純に算出可能であるから、紛争の成熟性が認められて認容されているものである。本件における第一事件被告の前記将来請求は、強制執行時においても債務名義だけからその額が算出可能ではなく、いまだ元金となる支払総額も、支払総額に対する年五%の割合による遅延損害金が発生する始期も明らかでなく、紛争の成熟性が認められないものというべきである。このような紛争の成熟性の認められない将来請求をする必要性を認めることはできず、当該将来請求は、訴えの利益を欠くものとして却下すべきである。

同様に、第一事件被告が第一事件原告に対して第一事件における請求金額を支払うまでの商事法定利率年六%の割合による遅延損害金も、強制執行時においても債務名義だけから年六%の割合により計算すべき終期が明らかとはならないので、紛争の成熟性が認められない。したがって、同様に、将来請求をする必要性を認めることはできず、本件事実審口頭弁論終結の日より後の当該将来請求は、訴えの利益を欠くものとして却下すべきである。

(3)  第一事件被告は、第二事件被告に対するサニーグロリア合弁事業に基づく四億三二六九万七五九二円の損失分担金について、第一事件被告が第一事件原告に対して当該金額を支払った日の翌日(事実審口頭弁論終結後の日であることが明らかである。)以後の当該支払総額に対する遅延損害金(民事法定利率年五%の割合による。)も請求している。これも、(2)と同様に、強制執行時においても債務名義だけからその額が算出可能ではなく、いまだ年五%の割合による遅延損害金が発生する始期も明らかでなく、紛争の成熟性が認められないものというべきである。このような紛争の成熟性の認められない将来請求をする必要性を認めることはできず、当該将来請求は、訴えの利益を欠くものとして却下すべきである。

(4)  却下判決には既判力はない。したがって、本件において却下された将来請求について、そのような請求権が存在しないことが確定するわけではない。

本件において却下された将来請求に係る訴えのうち、将来の時点において、時の経過と共に現在請求となった部分及び債務名義だけから金額を確定できるようになった部分については、その時点において再訴すれば、既判力の拘束を受けることなく受訴裁判所の判断を受けることができることは、いうまでもないところである。

(裁判長裁判官 野山宏 裁判官 村田渉 裁判官諸岡亜衣子は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 野山宏)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例