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東京地方裁判所 平成14年(ワ)14879号 判決 2003年6月30日

原告

同訴訟代理人弁護士

草葉隆義

被告

社団法人日本プラントメンテナンス協会

同代表者理事

B

同訴訟代理人弁護士

石嵜信憲

森本慎吾

山中健児

丸尾拓養

吉池信也

田中さやか

鈴木里士

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、二五一三万三四四〇円及びこれに対する平成一四年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告を退職した原告が、被告に対し、在職中に嫌がらせや差別的取扱いを受けたため退職を余儀なくされたと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

1  前提事実

(1)  被告は、製造プラントのメンテナンス技術の研究・開発並びに普及、指導等を主な目的とする社団法人であり、昭和五六年四月一日に設立された。

(2)  原告は、昭和五七年五月一〇日、被告に採用された。原告の所属と地位は次のとおりであった。

ア 昭和六三年七月 関西支部事業マネジャー

イ 平成四年四月 PM賞事務局担当部長

ウ 平成一〇年四月 研修事業本部長

エ 平成一二年四月 通信教育事業部長兼研修事業企画室長

オ 平成一二年六月 兼・TPM推進室担当部長

カ 平成一二年一一月 解・研修事業企画室長

キ 平成一三年二月 解・TPM推進室担当部長

ク 平成一三年三月 解・通信教育事業部長

ケ 平成一三年四月 二〇周年記念事業行事室

コ 平成一三年一二月 事務局長付

サ 平成一四年四月 EI事業本部

(3)  原告は、平成一四年六月二五日、被告を退職した。

2  争点

(1)  不法行為の成否

(原告の主張)

原告は、被告の定款違反等の事業運営を糾弾するため、平成一三年二月から同年三月までの間に三回にわたり、監督官庁である経済産業省に是正のための指導を要請したほか、同年四月、被告のB会長に対し、職員が本音で被告の経営実態について討論することを目的とする「職員だけの集い」の開催を要請した。被告は、このような原告の行為に恨みを持ち、原告に報復するとともに、被告幹部による被告の私物化・専横化を隠ぺいするため、原告に対し、次のとおり、嫌がらせや差別的取扱いを繰り返した。これらは、いずれも、民法七〇九条の不法行為を構成する。

ア 降格等

被告は、平成一三年四月、原告を二〇周年記念事業行事室の一般職員に降格するとともに、原告の座席(執務用の机)のみ壁面に孤立した場所に配置した。そして、被告は、原告が関西支部に勤務していた当時の部下であったCを原告の上司に配置した。

イ 名誉毀損発言等

被告のD常務理事は、平成一三年四月ころ、原告に対し、「お前は、ジャイペ(注-被告の通称)一番のバカだ」と発言して名誉を毀損し、「二度と部長職に上げない」と発言して退職を迫った。また、D常務理事は、そのころから、原告の上司であるC部長に対し、「原告はまだ辞めていないのか」と聞いたり、他の職員にも同趣旨のことを発言し、原告が被告に勤務しづらい雰囲気を作り出した。

ウ けん責処分

被告のE常務理事は、平成一三年七月一六日、原告に対し、経済産業省を訪問したこと、B会長に「職員だけの集い」の開催要請文書を提出したことを理由に、けん責処分をした。被告は、同年八月、これを撤回した。これらの行為は、いずれも原告の名誉を毀損するものである。

エ 不当な賞与査定

原告は、平成一三年六月と同年一二月の賞与の支給において、いずれも平均以下の査定を受けた。原告の仕事の遂行状態からみて、これは、明らかに原告に対する不当な仕打ちである。

オ 不当な減給

被告は、平成一四年四月一六日、原告に対し、正当かつ合理的な理由もないのに、人事考課において「C」評価となったので同月分から本給を一万一二〇〇円減額すると通告し、これを実行した。

カ 「語り合い」の不実施

被告には、部下が上司との間で現在の職務の状況や将来の職務について話し合う「語り合い」という制度があり、毎年一回、これを実施しているが、原告に対してのみ、平成一三年度の「語り合い」を意図的に実施しなかった。

キ 勤務時間に関する差別

被告のE常務理事は、原告に対し、「フレックス制度を導入しないでくれ」と言い、原告のみを差別した。原告がその理由を質問したところ、E常務理事は、発言を撤回した。

ク 仕事の押し付け

被告は、原告に対し、一人で新規事業を開発するという被告職員の誰が担当しても不可能に近い仕事を押し付けたうえ、有益なアドバイス等も全く与えなかった。被告は、原告に対し、この仕事の成果は問わないと約束したにもかかわらず、結果が出なかったことを原告の評価を下げる口実にした。

(被告の主張)

原告が経済産業省を訪問したことについては、同省のF係長、原告及び被告のG事務局次長の三名が話し合って解決した。原告がB会長に「職員だけの集い」の開催を要請したことについては、事業会議(A)で原告が発言し、討論を行うという形で進んだ。被告は、これらの原告の行為をとらえて原告を恨みに思ったことはないし、原告に対し嫌がらせや差別的取扱いをした事実はない。

ア 降格等について

原告は、事業部長会議において、仕事がきついと発言し、負担の軽減を求めていたこと、通信教育事業部長の職にありながら、長期間にわたり好転の兆しがないとの報告を繰り返していたことから、被告は、原告に部長としての適性がないと判断し、原告の部長職を解いた。

二〇周年記念事業行事室は、事業所の広さの制約から独立した場所を確保していなかったが、「『」型に室員の座席が配置された。原告の座席は間仕切りの前にあったが、原告の隣にも派遣社員の座席があり、間仕切りの反対側にも別の部の職員の座席があった。

二〇周年記念事業行事室は、プロジェクトとして遂行していたものを平成一三年四月に事業部としたものであり、従前、Cがリーダーを務めていたから、そのまま同部の部長に就任した。

イ 名誉毀損発言等について

原告主張の事実はない。被告は、原告に対し、退職を勧奨したことはなく、原告から退職の意向を示されたときも、最後まで原告を慰留した。

ウ けん責処分について

本件のけん責処分は、原告が就業時間中に無断で外出して経済産業省を訪問し、事実をわい曲した主張をしたこと、会長に送付した「職員だけの集い」の開催要請文書は企業秩序に反するものであることを理由とするものであり、処分の程度が比較的軽いものであることも併せると、何ら問題はない。もっとも、事を荒立てないようにとの配慮や、他の職員と疎遠となっていた原告への気遣いという観点から、被告は、けん責処分を撤回した。D専務理事は、原告に対し、「けん責処分を撤回する」と伝えるとともに、謝罪した。その後、原告が被告の職員に対し意見を述べる機会が与えられた。

エ 不当な賞与査定について

原告が平成一三年六月と同年一二月の賞与の支給においていずれも平均以下の査定を受けたことは認める。これらはいずれも正当な人事考課の結果に基づくものである。

オ 不当な減給について

被告は、前年の四月から一年間の各職員の勤務状況に基づいて能力評価を行い、この評価に基づき昇給・減給を実施した。原告の減給は、正当な能力評価の結果に基づくものである。

カ 「語り合い」の不実施について

被告が原告との間の「語り合い」を実施しなかったのは、原告に外出が多いうえ、事務局長も出張が多いことから、日程が調整できなかったためであり、被告が意図的にこれを実施しなかった事実はない。

キ 勤務時間に関する差別について

原告は、所定の掲示板に単に「外出」と記入し、行き先を明らかにしないまま外出することが多く、その中には必要性が疑わしい図書館、官庁への外出が多く、外出したまま直帰したこともあった。他の職員の間では、原告のこのような行動に不満が生じていた。そのため、E常務理事は、原告がフレックスタイム制を取ることにより立場を悪くすることを配慮し、フレックスタイム制度を取らない方がよいのではないかと助言した。

ク 仕事の押し付けについて

原告は、新規事業開発に関する企画・立案を課題とされていた。このような課題が不可能に近い仕事とはいえない。被告が原告主張の約束をした事実はない。

(2)  損害額

(原告の主張)

原告は、被告の不法行為により、二五一三万三四四〇円の損害を被った。

ア 経済的損害

(ア) 賃金減額分 三万三六〇〇円

(計算式)一一、二〇〇×三=三三、六〇〇(平成一四年四月~同年六月)

(イ) 部長手当差額分 九〇万円

(計算式)五七、〇〇〇×一二=六八四、〇〇〇(平成一三年四月~平成一四年三月)

七二、〇〇〇×三=二一六、〇〇〇(平成一四年四月~同年六月)

(ウ) 退職金減額分 二一九万九八四〇円

(計算式)四五八、三〇〇×四・八=二、一九九、八四〇

(エ) 一年分の所得保障 一二〇〇万円

イ 精神的損害

慰謝料 一〇〇〇万円

(被告の主張)

原告の主張は争う。

第三争点に対する判断

1  不法行為の成否(争点(1))について

(1)  降格等について

ア 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告本人の供述は採用することができない。

(ア) 原告は、平成一二年四月、通信教育事業部長と研修事業企画室長に、同年六月、TPM推進室担当部長(兼務)の職についた。

(イ) 原告は、平成一二年一〇月二日に行われた事業会議(A)において、同年度の通信教育事業計画書を提出した。事業計画書上、同年度は約一億一二〇〇万円の赤字が生じる見込みとされていた。D常務理事が事業の黒字化の見込みの有無について質問したところ、原告は、「五年先か、一〇年先かはわからない」と説明した。そのため、出席した役員らは、原告に対し、計画の再検討と事業計画書の再提出を指示した(証拠略)。

(ウ) 原告は、平成一二年一〇月二三日、被告に対し、「通信教育の現状と将来性」と題する事業計画書を提出した。これによれば、通信教育事業は初期投資の金額が大きく、規模が大きくなるまで時間を要するため、平成一二年度は約一億一六〇〇万円の赤字、平成一三年度は約七四〇〇万円の赤字、平成一四年度は約五九〇〇万円の赤字、平成一五年度は約五二〇〇万円の赤字、平成一六年度は約二二〇〇万円の赤字が見込まれ、平成一七年度に初めて約九七〇万円の黒字に転化する見込みであるとされていた(書証略)。

(エ) 原告は、日ごろから、被告に対し、仕事の質が難しい、業務量が過大であるなどと申し入れるほか、平成一二年一〇月二七日付け月次報告において、「研修企画室の人員数では、通信教育の企画だけでタイトである」、同日付けの「議事提案シート」において、「会議のための資料準備が多すぎる」、「研修企画室のメンバーだけでは、通信教育の企画だけでタイトである」という意見を述べた(証拠略)。

(オ) 原告は、平成一二年四月に研修事業企画室長に就任して以降、同年一一月までの間、新たな事業企画を提出したことがなかった。被告は、原告から業務負担が大きいとの申出を受けていたことも考慮し、同月、役員会で部長職の兼任を一部解除することを決定し、研修事業企画室長の職を解いた(証拠略)。

(カ) 被告は、前記と同様の事情から、平成一三年二月、役員会で原告の部長職の兼任を解除することを決定し、TPM推進室担当部長の職を解いた(証拠略)。

(キ) 被告は、原告は通信教育事業部長として長期間にわたる赤字を容認しており、事業の黒字化に向けた姿勢が消極的であり、部長職として不適格であること、就業時間中に無断で外出し経済産業省を訪問したことは上級職員として不適切であることを理由に、平成一三年三月、役員会において原告の部長職の解職を決定した(証拠略)。

(ク) 被告は、平成一三年四月、原告を二〇周年記念事業行事室に配属した。二〇周年記念事業行事室は、創立二〇周年記念行事の開催に向けて活動していた「二〇周年記念行事実行委員会」を平成一三年四月に事業部に格上げした組織であった。Cが実行委員会のリーダーを務めていたため、事業部への格上げ後もそのまま部長に就任した。Cは、かつて、関西支部において、原告の部下として勤務したことがあった。また、原告の職能等級が八等級であるのに対し、Cの職能等級は七等級であった(証拠略)。

(ケ) 二〇周年記念事業行事室には、Cほか四名の職員が配置されており、このうち原告の座席は、間仕切りの前に、C部長を背にする形で配置されていた(書証略)。

イ 使用者が従業員をどのような役職につけるか、その役職を解くかは、雇用契約、就業規則などに特段の制限のない限り、雇用契約の性質上、使用者が組織の必要性、本人の能力、適性などを考慮して決定する権限を有しており、このような人事権の行使は使用者の裁量の範囲に属するが、これが社会通念上著しく相当性を欠き、権利の濫用に当たる場合には違法になると解される。裁量権を逸脱しているか否かは、業務上の必要性とこれによってもたらされる従業員の生活上の不利益を比較衡量して判断するのが相当である。

ウ 原告は、被告が原告の部長職を解いたことが原告に対する嫌がらせであると主張する。

しかし、前記の認定事実によれば、被告が原告の部長職を解いた主な理由は、通信教育事業を担当する部長として事業を黒字化する意欲に乏しく、部長としての適格性を欠くと判断したことにあることが認められる。被告は、原告が就業時間中に無断で経済産業省を訪問したこと(後記(3)ア)も考慮の要素としたが、もっぱら原告の担当官に対する発言内容のみを部長職の解職の理由にしたとまでは認められない。

したがって、被告が原告の部長職を解いたことは、業務上の必要性の有無とは無関係な逆恨みによる報復や嫌がらせと評価することはできない。

エ 原告は、被告が原告の部長職を解いたことは被告の裁量権を濫用した違法な行為であるとも主張する。

しかし、前記ウで述べたとおり、部長職の解職は、原告の業務遂行への意欲や品行の面からみて部長職としての適格性を欠くことを理由とするものであること、手当の支給はなくなったものの、原告は部長職の解職後も八等級のままであり、本給は減額されていないこと(書証略)も併せると、部長職の解職が被告の裁量権を逸脱した違法なものとは認められない。

オ 原告は、被告が原告をかつての自分の部下であり、職能等級が自分よりも下位にあるCの下に配置したことが原告に対する嫌がらせであると主張する。

しかし、証拠(略)によれば、原告はもともと二〇周年記念行事実行委員会の一員であったこと、原告に適切な配属先が見当たらなかったことから、被告は原告を二〇周年記念事業行事室に配属したことが認められ、原告に対する配転命令は、業務上の必要性に基づくものということができる。また、原告は、Cよりも上位の職能等級にあったが、被告においては、平成一三年四月当時、職能等級が七等級の編集部長の部下に八等級の職員が配置されており、上司と部下の職能等級が逆転する例があった(書証略)。

そうすると、原告が主張するような事情があったからといって、原告に対する二〇周年記念事業行事室への配転命令が業務上の必要性とは無関係の不当な動機や目的をもってなされた嫌がらせであると評価することはできない。

カ 原告は、二〇周年記念事業行事室における座席の配置方法が原告の孤立化を図った嫌がらせであると主張する。

確かに、原告の座席は、間仕切りの前にC部長を背にする形で配置されていた。しかし、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、二〇周年記念事業行事室は、事業所の広さの制約から独立した場所を確保することができなかったこと、原告の座席は間仕切りの前にあったが、原告の隣には同行事室に所属する職員一名(派遣社員)の座席があり、間仕切りの反対側にも別の部の職員の座席があったこと、原告のその後の異動先であるEI事業本部においては、原告の座席は他の三名の職員と二名ずつ対面する形で配置されていたことが認められる。また、原告が日常の業務遂行面において上司、同僚らから孤立していた事情をうかがわせる証拠はない。

そうすると、原告の座席の配置方法は、原告の孤立化を図った嫌がらせと評価することはできない。

(2)  名誉毀損発言等について

原告本人は、原告の主張に沿う供述をし、陳述書(書証略)にも同旨の記載があるが、客観的裏付けがないうえ、D常務理事は原告主張の発言をした事実を否定するから(証拠略)、採用することができない。その他に、D常務理事が原告主張の発言をした事実を認めるに足りる証拠はない。

(3)  けん責処分について

ア 証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 原告は、平成一三年二月、就業時間中に無断で外出し、被告の監督官庁である経済産業省(製造産業局産業機械課)を訪問し、同課のF係長に対し、被告は多くの問題を抱えている、被告の役員が被告を私物化しているなどと述べた。原告は、その後も、同年三月までの間に二回、就業時間中に無断で外出して経済産業省を訪問し、F係長に対し、部長職を解かれたことや配属先の上司がかつての部下であることなど処遇に対する不満を述べた(証拠略)。

(イ) 経済産業省のF係長は、平成一三年三月二八日、被告のG事務局次長に対し、原告との間の面談の概要を説明した(証拠略)。

(ウ) 原告は、平成一三年四月二二日ころ、被告のB会長に対し、「新生JIPMを目指す職員一同」の名義で、「『職員だけの集い』開催の案内文ご承認のお願い」と題する別紙の文書を送付した(書証略)。

(エ) 被告は、平成一三年七月、原告に対し、前記の経済産業省への訪問及び会長に対する文書の送付の件を理由にけん責処分をしたが、同年八月、この処分を撤回した(書証略)。

イ 就業時間中に三回にわたり無断で職場を離れ、経済産業省を訪問したことは、原告の職務上の義務に違反する行為である。そして、原告は、担当官に対し、自己の処遇に対する不満を述べるにとどまらず、十分な根拠が認められないにもかかわらず、被告の役員が被告を私物化しているという不適切な発言をしており、このような発言は、被告及びその役員の名誉、信用を毀損するものである。

原告が会長に送付した文書には、会長がE常務理事に対し、役員を除いた職員だけで話し合いの場を設けるよう指示した、本件については経済産業省の協力を得ているとの記載があるが、会長がE常務理事に対しそのような指示をした事実や、被告の監督官庁である経済産業省がそのような協力を約束した事実はない(証拠略)。また、この文書は、原告が一人で作成したものであるところ(原告本人)、作成者が匿名であり、責任の所在が明記されていないだけでなく、あたかも複数の職員が被告の経営に対する不満を抱いているかのような体裁となっている。このような文書を会長に送付することは、企業秩序に反する行為といわざるを得ない。

そして、原告は部長という上級職員の地位にあったこと、けん責処分は、懲戒処分の中では比較的程度の軽いものであることも考慮すると、被告が原告に対してしたけん責処分は、懲戒権を濫用した違法なものとは認められないし、これが原告に対する報復や嫌がらせであると評価することもできない。

(4)  不当な賞与査定について

ア 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 被告は、毎年六月と一二月の二回、職員に賞与を支給しており、各職員の業績考課等に基づきその金額を決定している。

業績考課は、まず、部門長が業績考課表に基づき評価を行い、その後、人事労務会議で最終決定される。人事労務会議は、職員の昇給、賞与の決定、人事の最終決定を行う機関であり、後記の二回の考課においては、D専務理事、E常務理事、H事務局次長、G事務局次長の四名が構成員であった。

人事考課においては、生産性(部門目標を達成できたか)、品質(担当業務の品質向上に成果を上げたか)、組織協力(他部門、他人への協力等、全協会的視点で行動したか)、育成(部下の能力向上に適切な指導・援助を行ったか)の評価項目について、S(たいへんすぐれている)、A(すぐれている)、B(期待どおり)、C(期待よりやや劣る)、D(期待より劣る)の区分で評価が行われた(「AB」、「BC」など中間的な評価もあるので、九段階評価であった)。

(書証略)

(イ) 原告の平成一三年六月の賞与について、前部門長(E常務理事)の総合評価は「AB」、部門長であるC部長の総合評価は「B」であり、D専務理事の評価は「D」、G事務局次長の評価は「C」であった。これらを踏まえて、人事労務会議において、評価が「CD」に決定された(書証略)。

(ウ) 原告の平成一三年一二月の賞与について、部門長であるH事務局次長の評価は「生産性」と「品質」が「BC」、「組織協力」と「育成」が「B」であり、総合評価は「BC」であった。D専務理事の評価は「BC」、E常務理事の評価は「B」、G事務局次長の評価は「BC」であった。これらを踏まえて、人事労務会議において、評価が「BC」に決定された(書証略)。

イ 使用者の行う人事考課は、その性質上、使用者の広範な裁量に委ねられていると解されるが、このような人事考課といえども、査定の方法が合理性を欠くなど、恣意的に行ったと認められる場合には、裁量を逸脱した違法なものとなり、不法行為を構成すると解される。

ウ 前記の認定事実によれば、原告は、平成一三年六月の賞与において「CD」の評価を受けたが、その理由は、前記(1)で認定したとおり、原告が通信教育事業部長として職務を遂行する意欲に乏しかったことや、就業時間中に無断で外出し、経済産業省の担当官に不適切な発言をしたことから、被告が原告の部長職としての適格性を疑い、部長職を解職したことによるものであることが認められる。

また、原告は、平成一三年一二月の査定で「BC」評価を受けたが、これは、「期待どおり(B)」と「期待よりやや劣る(C)」の中間であり、平均を若干下回る程度のものであった。当時、他に六名の職員が「BC」評価を受け、四名の職員がさらに下の「C」評価を受けた(書証略)。

これらの点を考慮すれば、被告が平成一三年六月と同年一二月の賞与の支給の際に原告に対して行った人事考課は、裁量を逸脱した違法なものとは認められないし、これを原告に対する嫌がらせや差別的取扱いと評価することもできない。

(5)  不当な減給について

ア 証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 被告は、平成一四年四月から、一部の職員を対象に、成果主義型の賃金制度を導入した。すなわち、同年四月の定期昇給を実施するに当たり、七等級以上の職員を対象に、人事考課で「A」評価を受けた者には四号俸の昇級、「B」評価を受けた者は据置き、「C」評価を受けた者には四号俸の減俸、「D」評価を受けた者には八号俸の減俸とすることとした(書証略)。

(イ) 平成一四年四月における定期昇給の人事考課は、平成一三年四月から平成一四年三月までを評価期間とし、「経営意識」、「コミュニケーション力」、「改善力」、「企画創造力」、「実施力」、「折衝力」、「収支管理力」、「統率力」、「育成力」、「事業革新力」の一〇個の評価項目について、「S」から「D」までの九段階で評価することとされた(書証略)。

(ウ) 部門長の原告に対する評価は、「経営意識」、「企画創造力」、「実施力」、「収支管理力」、「事業革新力」の五項目で「B」、「コミュニケーション力」、「改善力」、「折衝力」、「統率力」、「育成力」の五項目が「BC」であり、総合評価は「BC」であった。そして、H事務局次長とG事務局次長の評価はそれぞれ「C」、E常務理事の評価は「BC」、D専務理事の評価は「C」であり、これらを踏まえ、人事労務会議において「C」評価と決定された。その結果、原告は、平成一四年四月一日付けで八等級一七号俸から八等級一三号俸へと四号俸の減俸となり、本給が月額一万一二〇〇円減額された(書証略)。

(エ) 平成一四年四月の定期昇給において、原告の他に三名の職員が「C」以下の評価を受け、減俸となった(証拠略)。

イ この事実によれば、原告に対する減給措置は、職能等級制度を採用する被告において、七等級以上の上級職員全員を対象とする人事考課の結果に基づいて行われたものであるところ、人事考課においては、評価権者、評価項目、評価基準が具体的に定められていたこと、原告の他にも「C」以下の評価を受けた職員がいたこと、原告に対してのみ恣意的に低い評価をしたという事情はうかがわれないことに照らすと、被告が原告に対して行った人事考課が不合理であり社会通念上著しく妥当性を欠くものであるとは認められない。証拠(略)によれば、原告は平成一三年一一月に新規事業の開発に関する業務を割り当てられたところ、原告が平成一四年三月に提出した企画は、被告からあまり十分なものとは評価されなかったこと、原告はしばしば外出先を告げずに無断外出を繰り返しており、被告から注意を受けていたことが認められ、前記の人事考課においては、このような点も考慮されたものと推察される。

そうすると、被告の原告に対する減給措置は、原告に対する嫌がらせや差別的取扱いと評価することはできない。

ウ 原告は、本件の減給措置が労働基準法、就業規則に違反し無効であるから不法行為を構成するとも主張する。

しかし、原告の主張は、結局のところ、被告が原告に対し支払うべき賃金(減額前の賃金との差額)を支払わないという債務不履行をいうものであり、このような債務不履行が不法行為を構成するとは認められない。仮に、本件の減給措置が不法行為を構成するとしても、減給措置をした時点では原告の被告に対する差額賃金請求権が存在するから、経済的損害の発生は認められないし、これとは別個に金銭の支払により慰謝すべき損害の発生を認めるまでの特段の事情は認められない。

(6)  「語り合い」の不実施について

ア 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 被告には、部下が上司との間で現在の職務の状況や将来の職務について話し合う「語り合い」という制度があり、毎年一回、これを実施している。職員は、「語り合い」の実施に当たり、所定の「語り合いシート」(「現在の職務・勤務地について」、「能力開発について」、「将来の職務・職種について」、「自由記入欄」の項目に分かれている)に記入したうえで、これを被告に提出していた。

(イ) 被告は、原告に対し、平成一三年度の「語り合い」を実施しなかった。

イ 原告は、被告が原告に対してのみ意図的に「語り合い」を実施しなかったと主張する。しかし、弁論の全趣旨によれば、被告は原告に事前に平成一三年度分の「語り合いシート」を交付していたこと、原告が部門長であるE常務理事(事務局長を兼務)に対し「語り合い」の実施を要請しなかったことが認められ、被告にとって原告に対する「語り合い」の実施を避けるべき動機を見いだせないことも併せると、原告の主張は採用することができない。

(7)  勤務時間に関する差別について

ア 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 被告は、平成一四年二月から同年三月にかけて、職員の勤務時間について、いわゆるフレックスタイム制度を試行した。

(イ) 職員は、就業時間中に外出する場合、事務所内の掲示板に行き先を記入しなければならない。ところが、原告は、かねてから、「外出」とのみ記入し、行き先を明らかにしないまま外出を繰り返していた。そのため、他の職員からは、原告の勝手な行動に対して不満が生じた。

そこで、E常務理事は、このような職場の状況を踏まえ、原告に対し、フレックスタイム制をとらないほうがよいと助言した。

イ この事実によれば、E常務理事は、原告の日ごろの行動やこれに対する職員らの反応を踏まえ、原告の立場に配慮してフレックスタイムを取らないほうがよいと助言したにすぎない(もっとも、E常務理事は、そのとき、特段の理由を説明しなかったから(弁論の全趣旨)、同人の真意が原告に伝わったとは言い難い)。したがって、E常務理事のこのような発言を原告に対する嫌がらせや差別的取扱いと評価することはできない。

(8)  仕事の押し付けについて

前記(5)イで認定したとおり、被告は、平成一三年一一月、原告に対し、新規事業の開発に関する業務を割り当てたが、このような業務の割当て自体が原告に対する嫌がらせや差別的取扱いであるとは認められない。

原告は、被告との間で成果を問わないとの約束があったと主張し、原告の陳述書(書証略)にはこれに沿う記載があるが、八等級の上級職の地位にあり、相当程度高度な業務の遂行が予定されている原告に対し、被告がこのような約束をすることは不合理かつ不自然といわざるを得ないから、採用することができず、この他に、原告主張の約束の成立を認めるに足りる証拠はない。したがって、当該業務の成果を人事考課の資料としたことは、不法行為には当たらない。

(9)  結論

以上によれば、原告主張の各事実は、証拠上認められないか、または一部認められたとしても、これが被告の原告に対する嫌がらせや差別的取扱いに当たると評価することはできず、民法七〇九条の不法行為を構成するとは認められない。

2  結論

以上によれば、原告の請求は、その他の点について判断するまでもなく、理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 龍見昇)

(別紙略)

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