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東京地方裁判所 平成14年(ワ)15045号 判決 2003年5月23日

原告

同訴訟代理人弁護士

鈴木勝利

丸山恵一郎

大野徹也

佐野知子

崔宗樹

被告

トゥモローライフ株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

黒沢雅寛

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  本件につき当裁判所が平成一四年七月二三日にした強制執行停止決定は、これを取り消す。

4  この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告から原告に対する東京地方裁判所平成一一年(ケ)第四二五三号不動産競売申立事件の同庁平成一四年(ヲ)第七一〇九八号及び同庁同年第七一〇九九号の各不動産引渡命令に基づく別紙物件目録の不動産に対する強制執行は、これを許さない。

第2事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、留置権を有することを理由に、不動産引渡命令による強制執行の不許を求めている事案である。

1  前提となる事実(証拠を掲記しない部分は、当事者間に争いがない。)

(1)  有限会社建榮工業(以下「建榮工業」という。)は、平成三年七月三一日、東京産業信用金庫(以下「東京産業信金」という。)のために、建榮工業が所有する別紙目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)について根抵当権を設定し、登記した(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)。

(2)  原告は、平成一〇年三月一三日、建榮工業から、本件土地建物を五〇二〇万円で買い受け(以下「本件売買」という。)、同日、同金額を支払い、本件土地建物の引渡しを受けた。原告は、それ以来現在まで、本件土地建物を占有している。

(3)  建榮工業は、本件売買に基づき、本件土地建物上の負担を解消した上で原告に対し所有権移転登記手続をすべきであったにもかかわらず、その負担を解消することができなかった。そのため、原告は、同月二四日、建榮工業に対し、債務不履行を理由として、本件売買を解除した。建榮工業は、原告に対し、本件売買の代金五〇二〇万円と違約金一〇〇四万円の合計六〇二四万円を支払うべきであるところ、一三二〇万円を支払ったのみであった。

(4)  原告は、同年四月二二日、原告が建榮工業に対し本件土地建物について留置権を有することを確認する旨の公正証書を作成した(≪証拠省略≫)。

(5)  東京地方裁判所は、平成一一年一〇月一五日(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)、東京産業信金の申立てに基づき、本件土地建物について競売を開始した(平成一一年(ケ)第四二五三号。以下「本件競売手続」という。)。

(6)  本件競売手続において作成された物件明細書には、原告が主張する留置権の成立は認められない旨記載されていた(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)。

(7)  平成一四年三月一二日、本件競売手続において、被告に対し本件土地建物の売却を許可する旨の売却許可決定がされた(≪証拠省略≫)。

原告がこれに対して執行抗告をしたところ、却下されたため、原告はさらに東京高等裁判所に対して執行抗告をした。

(8)  原告は、被告に対し、同月二六日、留置権存在確認の訴えを提起した(≪証拠省略≫)。

(9)  被告は、同年六月五日、本件競売手続における買受人として、代金納付により本件土地建物の所有権を取得し、その旨の登記を経た。

(10)  東京高等裁判所は、同月六日、原告の上記執行抗告を棄却した(≪証拠省略≫)。

(11)  東京地方裁判所民事二一部は、被告の申立てに基づき、同年七月二日、本件土地建物についての不動産引渡命令を発令した(≪証拠省略≫)。

原告は、同月九日、同命令に対して執行抗告をしたが(≪証拠省略≫)、同月一八日に却下された。

また、原告は、被告に対し、同月一二日、本件請求異議の訴えを提起し、同月二三日、強制執行停止決定を得た。

(12)  東京地方裁判所は、同年一一月二九日、原告の上記留置権存在確認請求を棄却する旨の判決を言い渡した(≪証拠省略≫)。これに対し、原告は控訴し、現在東京高等裁判所において事件が係属中である(弁論の全趣旨)。

2  争点

原告が、被告に対し、留置権を主張することができるかどうか。

(1)  原告の主張

原告は、被告に対し、本件土地建物について、売買代金返還請求権及び違約金請求権を被担保債権とする留置権を主張することができるとし、その理由として、概略、以下のことを主張する。

ア 物自体の交換価値を体現する債権を被担保債権とする場合の留置権の成立を、その物についての他の対抗力ある物権変動が発生するより前に留置権の発生要件となる事実が生じた場合に限るとする見解があるが、留置権は優先弁済権がないからそれに優先する抵当権があってもその優先弁済権を侵害するものではなく、また法定担保物権であって他の物権変動との時期的優劣は留置権の成立に全く関係していないのであるから、上記見解は誤りである。

イ 質権及び抵当権は、物の有する交換価値を排他的・優先的に把握するが、留置権は、物を占有して債務者の弁済を間接的に促す権利を有するにすぎず、物の有する交換価値に対する排他的・優先的支配権を有しないから、留置権の成否を、その被担保債権が物自体の交換価値を体現する債権であるか否かによって区別すべきではない。

ウ 留置権の成立要件としての「その物に関して生じた債権」とは、債権が物自体より発生した場合、及び、債権が物の返還請求権と同一の法律関係又は同一の生活関係より発生した場合をいうのであり、物自体を目的とする債権はこれに当たらないと解釈されているにすぎない。

エ 留置権は、その成立の時期について問われるべきではない、と一般に考えられている。

(2)  被告の主張

被告は、原告は留置権を主張することができないとし、その理由として、概略、以下のことを主張する。

もともと、原告の有していた売買契約から生ずる債権は、所有権移転請求権という直接物自体の給付を目的とする債権であり、目的不動産を留置することにより、間接的に不動産の所有権移転義務の履行を強制するという関係が成立する余地がないものであった。解除により原告が取得したという不当利得返還請求権としての売買代金返還請求権及び損害賠償請求権は、その物自体を目的とする債権がその態様を変じたものにすぎず、物に関して生じた債権ということはできないから、留置権の対象とはならない。

第3当裁判所の判断

1  まず、上記「前提となる事実」に記載した事実を、時間的先後関係という観点から整理すると、東京産業信金のための根抵当権設定及び登記、原告と建榮工業との本件売買、本件売買の解除、東京産業信金による根抵当権の実行としての本件競売手続の開始、本件競売手続における被告の買受け、という順序で主な事実関係が進行したことが確認される。

2  ところで、留置権の成立要件としての債権と物との牽連関係とは、留置権を取得する者と相手方との間に、物の占有者がその物の価値を増し、又はその物から損害を被ったため、その物の返還を請求する者に対して利得の償還又は損害の賠償を受けるまで引渡しを拒絶して、間接的に弁済を促す関係が存することと解される。

本件におけるような解除による売買代金返還請求権や損害賠償請求権は、もともと買主が有する直接物自体の給付を目的とする債権がその態様を変じたものであり、元の債権は、物の留置により間接的に債務の履行を強制するという関係にないのである。したがって、解除によってそれが売買代金返還請求権や損害賠償請求権に転化したからといって、買主である債権者の地位が第三者にも主張できる留置権の成立によって強化されることとなるのは合理的とはいえないのであり、また、買主である債権者は、そもそも、物の価値を増したとか物から損害を受けたというよりも、むしろ債務者の債務不履行等の解除原因によって債務者に不当利得をもたらしたとか債務者から損害を受けたというべきである。そして、そのように解しないと、二重譲渡の場合を典型例とする対抗関係の場面においても、本来劣後する者が本来優先する者に対して留置権を行使することができることとなり、実質的に民法一七七条の制度に反する結果ともなってしまうのである。

このように考えると、本件における原告に留置権の成立を認めることはできず、まして原告が登場する前に根抵当権を設定登記した東京産業信金及びその実行により買い受けた被告が、原告から留置権を主張される理由はない。

3  以上のとおりであり、留置権の主張を前提とする原告の請求は理由がない。なお、すでにした請求異議の訴えに係る執行停止の裁判は、これを取り消すのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 和田吉弘)

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