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東京地方裁判所 平成14年(ワ)16644号 判決 2005年2月15日

原告

被告

Y1

ほか一名

主文

一  被告Y1は、原告に対し、金三三四七万九二五六円及びこれに対する平成一〇年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東京海上日動は、原告の被告Y1に対する判決が確定したときは、原告に対し、金三三四七万九二五六円及びこれに対する平成一〇年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告Y1は、原告に対し、金七〇六〇万四〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東京海上日動は、原告の被告Y1に対する判決が確定したときは、原告に対し、金七〇六〇万四〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二請求の原因

一  交通事故の発生(甲二〇、二一の三)

(1)  日時 平成一〇年三月一七日午後七時ころ

(2)  場所 東京都葛飾区<以下省略>

嬉泉病院第二駐車場(以下「本件駐車場」という。)

(3)  加害車両 自家用普通乗用自動車(以下「被告車」という。)

運転者 被告Y1

(4)  被害者 原告

(5)  事故態様 後記争点一における原告主張のとおり

二  責任原因

(1)ア  被告Y1は、被告車を自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償責任がある。

イ  被告Y1は、原告が被告車運転席の右扉のノブを掴み、同人に運転を中止して車を降りるよう頼んでいることを知っていたものであるから、もし急発進して車両を走行させれば原告が転倒し、傷害を受けることが予見可能であり、したがって、自車の右側方の安全を確認し、急発進して原告を転倒させ、轢過することを回避すべき注意義務を有していたにもかかわらず、これを怠り、速度を上げて原告を被告車右側面に横倒しにさせて約一〇メートル引きずり、本件駐車場出口で右折した際右扉のノブから手を離した原告を仰向けに転倒させ、被告車の右後輪で原告の右足大腿部及び右膝部分を轢過して原告に傷害を与えたものであるから、過失があったものというべきである。よって、被告Y1は、民法七〇九条に基づき、損害賠償責任がある。

(2)  被告東京海上日動は、被告Y1との間で、被告車につき、対人賠償保険契約を締結しており、約款に基づき、原告の被告Y1に対する判決が確定したときは、原告に対する被告Y1の損害賠償金を支払う責任がある。

三  傷害の内容、程度

(1)  傷病名

右膝挫傷

右下肢の、反射性交感神経性ジストロフィー(以下「RSD」ということがある。)

(2)  治療経過

ア 医療法人謙仁会亀有病院

平成一〇年三月一七日から同年四月一日まで通院

イ 駿河台日本大学病院(以下「駿河台日大病院」という。)整形外科

平成一〇年三月二三日から同年一二月一六日まで通院

ウ 駿河台日大病院麻酔科

平成一〇年六月三〇日から平成一一年一月一〇日まで通院

平成一一年一月一一日から同年二月一一日まで入院

平成一一年二月一二日から同年一一月二一日まで通院

平成一一年一一月二二日から平成一二年一月二七日まで入院

平成一二年二月四日から平成一三年一一月二九日まで通院

エ 日本大学医学部附属板橋病院(以下「日大板橋病院」という。)麻酔科

平成一三年一二月一二日から平成一四年七月末まで通院

オ 国立病院東京医療センター

平成一三年二月六日から平成一四年一二月二五日まで通院

(3)  症状固定日 平成一四年一二月二五日

四  損害

後記争点三における原告主張のとおり

第三争点及び当事者の主張

一  事故発生に至る経緯及び事故態様

【原告の主張】

(1) 事故発生に至る経緯

ア 原告は、駿河台日大病院の看護婦であった。被告Y1は、平成六年五月以降、同病院に勤務するようになった医師である。

原告と被告Y1は、職場を共にしていくうちに、互いに好意を寄せ合う仲となり、平成八年一〇月一六日は被告Y1の医局のパーティの二次会の席で意気投合し、それ以後、互いに恋愛関係になっていた。

ところが、その後、被告Y1は突如として態度を一変し、原告の知らないところで他の女性と関係を持つようになり、これに気づいた原告が不安を被告Y1に訴えたところ、被告Y1は、原告に対し、絶縁を口にするようになった。

イ 原告は、被告Y1との関係修復を図ろうと必死に努力していたものであるが、被告Y1が何の説明もしないので、原告は、心が乱れ、不安が重なり、平成九年六月一六日、被告Y1運転の車の中で、多量の睡眠薬を飲むという事件を起こしたことがある。

(2) 事故態様

原告は、平成一〇年三月一七日、被告Y1への思慕を断ち切り難く、同人からきちんとした将来に対する説明を聞きたいと思い詰め、同日午後五時ころ、被告Y1が同日アルバイトで勤務していた嬉泉病院に出向き、同病院の一階ロビーで同人を待っていた。

同日午後七時少し前ころ、被告Y1が一階ロビーに降りてきたので、原告は被告Y1に話しかけたが、被告Y1は原告に対し、まともに相手にする態度をとらなかった。

それから、本件駐車場に至り、同所において、原告と被告Y1が口論となり、被告Y1が原告を無視して被告車の運転席に乗り込もうとしたので、原告は何度も「待って」と大声で頼んだが、被告Y1は、運転席に乗り込み、扉を締めてエンジンをかけたので、原告は運転席のガラス窓の真横で「行かないで」と繰り返し叫んで頼み、被告車運転席の右扉のノブを掴み、これを開けようとした。しかし、被告Y1は、これを無視して被告車を発進させ、ゆっくりと移動しはじめた。

そこで、原告は、あわてて掴んでいた被告車運転席の右扉のノブを開けようとカタカタさせて歩き、運転席のガラス窓越しに被告Y1を見ながら、「お願いだから行かないで!」と泣きながら連呼した。

しかるに、被告Y1は、本件駐車場中央付近に進行したとき、突然、被告車を急発進させた。そして、この急発進のため、原告は、右扉のノブを掴んで走ったが、被告Y1が速度を上げたため、被告車の横に倒れかかって約一〇メートル引きずられ、被告車が本件駐車場の出口で右折した際、原告がノブから手が離れて仰向けに転倒したところ、被告車は、自車の右後輪で、仰向けに転倒した原告の右足大腿部及び右膝部分を轢過した。

【被告らの認否及び主張】

(1) 事故発生に至る経緯

ア 被告Y1が原告と交際を始めると、原告は被告Y1の仕事場に頻繁に訪れ、また、被告Y1のポケベルにもひっきりなしに連絡を入れる様になった。原告の被告Y1に対する執拗なアプローチは、集中力を要求される被告Y1の仕事にも当然悪影響を及ぼしていた。被告Y1は、原告の人の迷惑を考えない態度に嫌気がさしたので、平成八年末には、原告に別れを告げ、二人の交際は約二か月で終わった。

イ 被告Y1は、平成九年の一年間は、仕事のため、山梨県内に居住していた。しかし、原告はどこからか被告Y1の住所を探り当て、一~二か月に一回は被告Y1の家を訪れ、また、頻繁に電話をかけ、多いときには被告Y1の留守番電話に一日に約三〇件もメッセージが残されていた。

そのような原告のストーカーまがいの一連の行動の中で、平成九年六月一六日、被告Y1のところを訪れた原告を、被告Y1が原告の家まで車で送るその道中で、原告がいきなり睡眠薬を大量に摂取したのである。

(2) 事故態様

平成一〇年三月一七日、被告Y1が本件駐車場に行ったこと、原告が被告Y1に付いていったことは認めるが、被告Y1は、興奮して原告をなじったことはなく、早く帰るように諭しただけである。

被告Y1が、原告を振り切って、自動車に乗り込んだ点及び原告が「待って!」と大声で頼んだ点については認める。また、被告Y1が原告の「行かないで!」という頼みを無視して自動車を発進させ、車をゆっくり移動しはじめたことは認める。原告が、あわてて掴んでいた車の右扉のノブを開けようとしてカタカタさせて歩いた点は否認する。

被告Y1が、本件駐車場中央付近に進行したとき、突然、自動車を急発進させたことは否認する。本件駐車場出口付近までの間に出したスピードはせいぜい時速一〇キロメートル程度である。

その他の事故状況については不知。

二  被告Y1の責任及び過失相殺

【被告らの主張】

(1) 本件事故は、原告が主張するような、被告Y1の無謀な運転により引き起こされたものではなく、むしろ、原告の常軌を逸した行動により引き起こされたものである。

(2) 被告Y1は、時速一〇キロメートル程度で走行していたのであるから、原告が「約一〇メートル引きずられ」たという状況にあったとは考えられない。そもそも、原告が運転席の右扉のノブを掴んでいたのであれば、原告としては単にそれを離しさえすれば、本件事故は生じなかったのである。

(3) 被告Y1としては、原告が右扉のノブを握っていたことを認識していなかったのであるから、本件事故が被告Y1の故意によるものとはいえない。

(4) また、被告Y1は、まさか原告が右扉のノブを握ったままで走ってついてくるという常軌を逸した行動を取るとは思いも寄らなかったのである。

このような、通常人であればおよそ取らないであろう行動についてまで、被告Y1が予見することは不可能である。

それゆえ、本件事故につき被告Y1に何らかの過失が認められるとしても、常軌を逸した行動を取った原告に、より大きな過失が認められるべきである。

【原告の主張】

本件事故は、前記原告主張の事故態様のとおり、被告Y1の無謀な運転により引き起こされたものである。

被告Y1は、原告が被告車運転席の右扉のノブを掴み、同人に運転を中止して車を降りるよう頼んでいることを知っており、もし急発進して車両を走行させれば原告が転倒し傷害を受けることの予見が可能であったから、過失相殺の主張は主張自体失当というべきであり、損害額の減額は許されない。

三  原告の損害

【原告の主張】

(1) 治療費・通院費 一一二〇万七二四五円

(内訳)

ア 平成一二年七月二四日までの治療費・通院費七五九万六七三五円

イ 平成一二年七月二六日から平成一四年三月二六日までの治療費・通院費二九六万一五六八円

ウ 平成一四年三月二九日から同年一二月二五日までの治療費・通院費六四万八九四二円

(2) 入院雑費 一四万八五〇〇円

1日当たり1500円×99日=14万8500円

(3) 職場復帰交通費 一九万八六四〇円

原告は、平成一〇年四月一四日から同年五月三一日までのうち二六日と、同年九月一日の計二七日、職場復帰をすべく、その訓練のため松葉杖にてタクシーで通勤し、職場復帰交通費を一九万八六四〇円支払った。

(4) 休業損害 一八四〇万八九二五円

ア 原告は、本件事故により、当時勤務していた駿河台日大病院を、平成一〇年三月一七日から平成一二年一月二六日まで(ただし、上記職場復帰訓練のために通勤した期間を除く。)のうち四六三日間欠勤し、この間原告は年次有給休暇六六日を行使して賃金の支給を受けたが、その年間賃金総額は、平成一〇年度五七三万二五三七円、平成一一年度五三四万二〇九八円しか支給を受けなかった。

イ また、原告は、駿河台日大病院から、平成一二年一月二六日から休職期間の満了した同年一〇月二六日までの間は、一か月二〇万九八六〇円(九か月で計一八八万八七四〇円)しか支給を受けられず、休職期間を満了した同年一〇月二六日以降は一切賃金の支給を受けていない。

ウ ところで、原告は、本件事故に遭遇する前年の平成九年には、総額六二七万四四六〇円の賃金収入を得ていたが、本件事故に遭わなければ、本件事故後も同額の賃金収入を得ていたことは確実というべきである。

エ したがって、原告は、少なくとも、平成一四年一二月末日までの間休業し、次の(ア)から(オ)のとおり、総額一八四〇万八九二五円の損害を被った。

(ア) 平成一〇年三月一七日から同年一二月末日まで

627万4460円-573万2537円=54万1923円

(イ) 平成一一年一月一日から同年一二月末日まで

627万4460円-534万2098円=93万2362円

(ウ) 平成一二年一月一日から同年一二月末日まで

627万4460円-188万8740円=438万5720円

(エ) 平成一三年一月一日から同年一二月末日まで六二七万四四六〇円

(オ) 平成一四年一月一日から同年一二月末日まで六二七万四四六〇円

(5) 後遺障害による逸失利益 一四〇五万六〇〇〇円

ア 原告は、受傷部位の右下肢に「反射性交換性ジストロフィー」による疼痛による感覚障害の後遺障害を残しており、この障害は、自賠法施行令二条別表障害等級一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する。

イ 基礎収入は前記六二七万四四六〇円、労働能力喪失率は一四パーセント、喪失期間は原告が満六七歳に達するまでの三三年間。三三年のライプニッツ係数は一六・〇〇二五

ウ 計算式

627万4460円×0.14×16.0025=1405万6986円(千円未満切り捨てで1405万6000円)

(6) 休職期間満了退職による逸失退職金 二〇四二万二〇〇〇円

ア 原告は、本件事故による休業後、休職期間満了による退職のため、日本大学より退職金として二八八万九六〇〇円の支払を受けた。

イ しかし、原告は、本件事故に遭うことなく定年退職の平成四五年九月一一日まで駿河台日大病院に看護婦として勤務していれば(一年につき二号の幅で昇級するものとする。)、次のとおり、退職金及び特別慰労金として総額五三九四万七〇四〇円を得ることが確実であった。

(ア) 退職金

本給月額39万3200円×102(支給月数)=4010万6400円

(イ) 特別慰労金

本給月額39万3200円×0.8(支給率)×44(財団員年数)=1384万0640円

ウ 年五分の割合の中間利息を単式ホフマン方式により控除すると、次のとおり二〇四二万二〇〇〇円(千円未満切り捨て)となる。

(5394万7040円-288万9600円)×0.400=2042万2000円

(7) 慰謝料 九五〇万円

ア 入通院慰謝料 三五〇万円

イ 後遺障害慰謝料 六〇〇万円

(8) 鑑定意見書作成費 五〇万円

(9) 損害てん補後の残額 六四六〇万四五七五円

ア 以上(1)ないし(8)の合計は七四四四万一三一〇円となる。

イ 原告は、被告の加入する保険から、平成一二年七月二四日までの治療費・通院費として七五九万六七三五円の支払を受けた。

ウ 原告は、自賠責保険から後遺障害分として二二四万円の支払を受けた。

エ 上記アの金額からイ及びウの金額を控除すると、残額は六四六〇万四五七五円となる。

(10) 弁護士費用 六〇〇万円

(11) 合計 七〇六〇万四〇〇〇円(千円未満切り捨て)

(12) 心因的要因について

まず、RSDの発症の原因、発症を増悪させる原因、RSDの治療の長期化の原因については、いずれも患者の性格が「深く関与して寄与している」とは医学上考えられていない。

原告の性格は、個性の多様性として通常想定される範囲内の性格であると考えられ、原告のRSDの治療が長期化し、治りにくかった原因は、性格の問題ではなく、受傷時の組織損傷が大きかったことと、本件交通災害により精神的にも深く傷ついたことが関係すると考えられ、原告の損害賠償額につき、原告の性格を理由に損害額を減額すべきではない。

【被告らの認否及び主張】

(1) 治療費・通院費

争う。

(2) 入院雑費

争う。

(3) 職場復帰交通費

職場復帰の訓練のため、タクシーを利用した交通費は、本件事故と相当因果関係にある損害といえない。

(4) 休業損害

平成一四年一二月末日までのすべてを休業損害とすることは争う。

(5) 後遺障害による逸失利益

ア 原告の症状は、疼痛、皮膚温の低下等のほかには目立った他覚的所見が乏しく、「CRPS typeⅠ」(反射性交感神経性ジストロフィー)とするには疑問があり、「CRPS typeⅡ」(カウザルギー)か、単なる受傷部位の疼痛である可能性が高いと考えられる。

イ 症状固定時期

原告の自賠責等級認定に対する異議申立に対する回答は、受傷当初においては、経過上、アロデニア、皮膚温の低下等の臨床症状が認められるため、原告が反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)に罹患したことは否定できないとする一方で、平成一四年一二月二五日の段階においては、関節拘縮、骨萎縮、皮膚の変化がいずれも明らかなものとは認められないから、RSDの症状と認めるのは困難としている。そうであるならば、受傷当初のRSDの臨床症状がなくなった時点が、原告の症状固定時期と考えるべきである。

ウ 仮に、原告がRSDであるとしても、精神状態の改善が同病の症状の改善に繋がることと考えられることから、時の流れにより原告の精神状態が安定するに従い、症状が改善されることも期待できるので、一定の期間毎に労働能力喪失率を漸減させるべきである。

(6) 休業期間満了退職による逸失退職金

原告が、主張の五三九四万七〇四〇円の退職金及び特別慰労金の支給を受けることができたことは認める。ただし、中間利息の控除については、ライプニッツ係数によるべきである。

(7) 慰謝料

争う。

(8) 心因的要因による減額

仮に、原告の症状がRSD(CRPS typeⅠ)であったとしても、その発症ないし症状の悪化には心因的要因が強く影響するものと考えられるところ、本件事故は、原告と被告Y1との恋愛関係のトラブルが発端となり生じたものであることから、上記トラブルを原因とする原告の精神的状態が原告の症状に与えた影響は大きいと考えられ、原告の心因的要因がその損害の拡大に寄与しているのであるから、損害賠償額は減額されるべきである。

すなわち、CRPSは、精神的に痛みに弱い人、ヒステリー気質の人、被害意識の強い人に発症しやすく、その発症には心因的要因が深く関与するものと言われている。

原告がヒステリー気味の性格であることは、本件事故のきっかけからも明らかであるし、事故後にも精神的に不安定であったことは診療録からもうかがわれるところである。

さらに、原告の事故当時の診断書では一週間程度の安静加療を要する右膝挫傷というものであり、障害は重篤なものとはいえないものであったことを考え合わせると、原告の心因的要因が原告の症状の悪化、長期化に寄与していることは明らかというべきであるから、損害賠償額は相当程度減額されるべきである。

第四争点に対する判断

一  事故発生に至る経緯及び事故態様

(1)  事故発生に至る経緯

証拠(甲一、乙四)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 原告は、駿河台日大病院の看護婦であった。被告Y1は、平成六年五月以降、同病院に勤務するようになった医師である。

原告と被告Y1は、職場を共にしていくうちに、互いに好意を寄せ合う仲となり、平成八年一〇月一六日に被告Y1の医局のパーティの二次会の席で意気投合し、それ以後、互いに恋愛関係になっていた。

イ ところが、その後、被告Y1は、原告と付き合ってみて合わないと思うようになり、また、原告が被告Y1の職場を頻繁に訪れる等したことから、原告に対する気持ちがさめてしまい、同年末には、原告に別れを告げ、二人の交際は約二か月で終わった。

ウ 被告Y1は、平成九年の一年間は、仕事のため、山梨県内に居住していた。しかし、原告は、被告Y1のことを諦め切れず、被告Y1の住所を探り当て、被告Y1の家に一~二か月に一回は訪れ、また、頻繁に電話をかける等していた。

エ 原告は、被告Y1との関係修復を図ろうと必死に努力していたものであるが、被告Y1は、何の説明もしないので、原告は心が乱れ、不安が重なり、平成九年六月一六日、被告Y1運転の車の中で、原告が多量の睡眠薬を飲んだ事件を起こしたことがある。

(2)  事故態様

証拠(甲一、二の二、二〇、二一の三、二六の二、乙一、二、四)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

ア 原告は、平成一〇年三月一七日、被告Y1への思慕を断ち切り難く、同人からきちんとした将来に対する説明を聞きたいと思い詰め、同日午後五時ころ、被告Y1が同日アルバイトで勤務していた嬉泉病院に出向き、同病院の一階ロビーで同人を待っていた。

同日午後七時少し前ころ、被告Y1が一階ロビーに降りてきたので、原告は被告Y1に話しかけたが、被告Y1は原告に対し、まともに相手にする態度をとらなかった。

イ それから、本件駐車場に至り、同日午後七時ころ、同所において、被告Y1が原告に対し、早く帰るように諭したものの、原告がこれを聞き入れなかったので、被告Y1が原告を無視して被告車の運転席に乗り込もうとしたところ、原告は何度も「待って」と大声で頼んだが、被告Y1は、原告を振り切って運転席に乗り込み、扉を締めてエンジンをかけたので、原告は運転席のガラス窓の真横で「行かないで」と繰り返し叫んで頼み、被告車運転席の右扉のノブを掴み、これを開けようとした。しかし、被告Y1は、これを無視して被告車を発進させ、ゆっくりと移動しはじめた。

そこで、原告は、あわてて掴んでいた被告車運転席の右扉のノブを開けようとカタカタさせて歩き、運転席のガラス窓越しに被告Y1を見ながら、「お願いだから行かないで!」と泣きながら連呼した。

しかるに、被告Y1は、本件駐車場中央付近に進行したとき、突然、被告車を急発進させた。そして、この急発進のため、原告は、右扉のノブを掴んで走ったが、被告Y1が速度を上げたため(なお、被告Y1は、急発進したことを否認し、本件駐車場出口付近までの間に出したスピードはせいぜい時速一〇キロメートル程度であると主張するが、甲二六の二に照らして採用できない。)、被告車の横に倒れかかって約一〇メートル引きずられ、被告車が本件駐車場の出口で右折した際、原告がノブから手が離れて仰向けに転倒したところ、被告車は、自車の右後輪で、仰向けに転倒した原告の右足大腿部及び右膝部分を轢過した。

二  被告Y1の責任及び過失相殺

(1)  被告Y1が被告車の保有者であることは争いがないから、被告Y1は、自賠法三条により、損害賠償責任を負う。

(2)  被告らは、事故発生につき原告にも過失があると主張するので、この点について判断する。

ア 被告Y1は、まさか原告が被告車運転席の右扉のノブを握ったままで走ってついてくるという常軌を逸した行動を取るとは思いも寄らなかったのであり、このような、通常人であればおよそ取らないであろう行動についてまで、被告Y1が予見することは不可能である旨、また、それゆえ、本件事故につき被告Y1に何らかの過失が認められるとしても、常軌を逸した行動を取った原告に、より大きな過失が認められるべきである旨主張する。

イ 確かに、被告Y1の認識としては、原告が右扉のノブを握ったままで走ってついてくるという行動までを予見できなかったかもしれないが、前記認定のとおり、原告は被告Y1に対し、「待って!」、「行かないで!」と大声で頼んでおり、そのこと自体は被告Y1も認識していたのであるから、敢えてこれを振り切って被告車を発進、走行させた被告Y1の運転操作は、明らかに危険な行為であるというべきである。したがって、このときの原告の行動のみをもって、直接過失相殺の事由とすることは相当でない。

ウ もっとも、前記のとおり、本件事故発生の背景には、原告と被告Y1との恋愛関係のトラブルがあり、原告が執拗に被告Y1に関係修復を求めたという事情も併せ考慮すると、原告が被告車運転席の右扉のノブを掴んで離さなかったことが轢過という重大な結果を生じさせた一因であるということができ、この点は、後記損害の認定において、心因的要因と併せて判断する。

三  原告の損害

(1)  原告の傷害の内容、程度

証拠(甲二の一・二、三、五の一~三、一五~一九、二二の一・二、二五、二六の二)によれば、原告主張の請求の原因三(傷害の内容、程度)の事実が認められる。

なお、被告らは、症状固定の時期を争うが、上記各証拠に照らして、被告らの主張は採用することができない。

(2)  治療費・通院費 一一二〇万七二四五円

証拠(甲五の一~三、六の一・二)及び弁論の全趣旨により認める。

(3)  入院雑費 一四万八五〇〇円

弁論の全趣旨により、入院期間九九日につき、一日当たり一五〇〇円、合計一四万八五〇〇円を損害と認める。

(4)  職場復帰交通費 一九万八六四〇円

証拠(甲七)及び弁論の全趣旨により認める。

(5)  休業損害 一四六四万四二四九円

ア 平成一〇年三月一七日から同年一二月末日まで

証拠(甲八の一・二、九の一)により、原告主張の五四万一九二三円を損害と認める。

イ 平成一一年一月一日から同年一二月末日まで

証拠(甲八の一・三)により、原告主張の九三万二三六二円を損害と認める。

ウ 平成一二年一月一日から同年一二月末日まで

証拠(甲八の一、九の二)により、原告主張の四三八万五七二〇円を損害と認める。

エ 平成一三年一月一日から平成一四年一二月末日まで

証拠(甲一〇の一、一六~一九、二二の一・二)によれば、原告の治療が長期化していること、原告の症状は、休職期間が満了した平成一二年一〇月二六日ころとさほど変化があるものと認められないこと等を考慮して、事故前の年収六二七万四四六〇円を基礎とし、休業損害として、その七割の限度で相当因果関係を認める。

627万4460円×0.7×2年=878万4244円

オ 合計 一四六四万四二四九円

(6)  後遺障害による逸失利益 九七五万七三三六円

ア 原告の後遺障害

証拠(甲五の一・二、二五、三四の一・二)によれば、原告の右膝痛、右膝の異常知覚等の症状については、反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)であると認められること、平成一四年一二月二五日の症状固定時においてRSDの後遺障害が明確に残存しているかという点については判断が分かれるところであるが、少なくとも後遺障害として「局部に頑固な神経症状を残すもの」(自賠等級一二級一二号)に該当するものと認めることができる。

イ 基礎年収

前記六二七万四四六〇円によるのが相当である。

ウ 期間及び喪失率

証拠(甲五の一・二、二五、三四の一・二)を総合すると、原告の前記後遺障害は、長期化することが予想されるので、一〇年間は一四パーセント、その後の一〇年間は一〇パーセントとして算定するのが相当である。

エ 計算式

<1> 627万4460円×0.14×7.7217=678万2929円

<2> 627万4460円×0.1×(12.4622-7.7217)=297万4407円

<3> 合計 九七五万七三三六円

オ なお、被告らは、原告の症状がRSDに該当するか疑問である旨主張するが、上記各証拠に照らして、被告らの主張は採用できない。また、労働能力喪失率については、上記のとおり認定するのが相当である。

(7)  休職期間満了退職による逸失退職金 七八八万九〇一九円

ア 原告主張の五三九四万七〇四〇円を基礎として、被告主張のとおり中間利息を控除して現価を算定するのが相当である。

イ 計算式

5394万7040円×0.1998(33年のライプニッツ係数)=1077万8619円

1077万8619円-288万9600円(原告受領額)=788万9019円

(8)  慰謝料 六二〇万円

ア 入通院慰謝料 三二〇万円

前記認定の原告の傷害の内容・程度、入通院治療の経過等を考慮すると、三二〇万円が相当である。

イ 後遺障害慰謝料 三〇〇万円

前記認定の原告の後遺障害の内容・程度等を考慮すると、三〇〇万円が相当である。

(9)  鑑定意見書作成費 三〇万円

証拠(甲二五)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件証拠として提出した国立病院東京医療センター整形外科A医師の意見書の作成費用として五〇万円を要したことが認められるが、そのうち、相当因果関係ある損害として三〇万円の限度で損害と認める。

(10)  小計 五〇三四万四九八九円

以上の(2)から(9)を合計すると、五〇三四万四九八九円となる。

(11)  心因的要因による減額

証拠(甲二の一・二、三、五の一・二)によれば、原告の当初の診断は「右膝挫傷」であり、受傷部位の疼痛、皮膚温低下等の症状があったこと、その後、原告の治療は長期化し、平成一四年一二月二五日の症状固定まで、仕事もほとんどできないほどの状態となり、RSDと診断されたこと、もっとも、当初の症状からすると、このような長期化及び後遺障害の残存が通常予想し難いというべきであること等を考慮すると、本件においては、原告と被告Y1との恋愛関係のトラブルが背景にあり、そのことが原告の治療を長期化させ、症状を重傷化させたと考えるのが相当であり(なお、これに反する甲二五中の記載部分はそのまま直ちに採用することはできない。また、通常の交通事故における心因性の問題とは異なるというべきである。)、前記二(2)において過失相殺について説示した事情も併せ考慮すると、公平の観点から、原告の損害全体につき二割の減額をするのが相当である。

(12)  減額後の残額 四〇二七万五九九一円

前記(10)の金額から、上記説示の二割の減額をすると、残額は四〇二七万五九九一円となる。

(13)  損害てん補後の残額 三〇四三万九二五六円

原告主張の九八三万六七三五円を控除すると、残額は三〇四三万九二五六円となる。

(14)  弁護士費用 三〇四万円

本件事案の性質・内容、審理の経過、認容額等を考慮すると、(13)の一割に相当する三〇四万円を損害と認める。

(15)  合計 三三四七万九二五六円

上記(13)と(14)を合計すると、三三四七万九二五六円となる。

四  結論

よって、原告の請求は、被告Y1に対し、上記三三四七万九二五六円及びこれに対する不法行為日である平成一〇年三月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、被告東京海上日動に対し、原告の被告Y1に対する判決が確定したときは、上記と同額の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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