東京地方裁判所 平成14年(ワ)21300号 判決 2003年5月26日
原告 破産者a株式会社破産管財人X
被告 城南信用金庫
同代表者代表理事 A
同訴訟代理人弁護士 浅井通泰
同 亀井時子
同 井上猛
同 千葉恒久
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告に対し、金105万円及びこれに対する平成14年10月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、破産者a株式会社(以下「破産会社」という。)の破産管財人である原告が、信用金庫である被告に対し、被告の会員であった破産会社が破産により脱退したとして、信用金庫法18条1項に基づき持分の払戻しを求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 破産会社は、平成12年12月15日、東京地方裁判所において破産宣告を受け(以下「本件破産」という。)、同日、原告がその破産管財人に選任された。
(2) 被告は、預金の受入れ及び会員に対する資金の貸付け等を目的とする信用金庫である。
(3) 破産会社は、昭和53年12月15日に5万円、平成8年3月21日に100万円の合計105万円を出資した被告の会員であったが、本件破産により脱退した(信用金庫法17条1項3号)。
(4) 被告の定款では、脱退した会員に対する持分の払戻額につき、当該会員の出資金の額を上限とする旨が定められている。
被告には、破産会社が脱退した事業年度の終わりに当たる平成13年3月31日時点で欠損はなかったから、上記脱退に基づく持分払戻請求権(以下「本件債権」という。)に係る払戻額は105万円となった。
(5)ア 被告は破産会社に対し、平成12年2月28日、弁済期及び弁済額を次のとおり定め、1億6500万円を貸し付けた。
(ア) 同年4月1日から平成13年2月1日まで毎月1日限り1400万円
(イ) 同年3月1日限り1100万円
イ 被告は原告に対し、平成14年11月20日、上記アの貸金債権の残元金3778万3122円をもって、本件債権とその対当額において相殺するとの意思表示をした(以下「本件相殺」という。)。
2 争点
(1) 本件相殺の効力
(被告の主張)
本件相殺は、次のとおり、有効である。
ア 基本的な考え方
破産法98条は、「破産債権者カ破産宣告ノ当時破産者ニ対シテ債務ヲ負担スルトキハ破産手続ニ依ラスシテ相殺ヲ為スコトヲ得」と規定している。
信用金庫が会員に対して負う持分払戻債務は、会員の法定脱退を停止条件とする債務であって、会員が持分を取得すると同時に信用金庫が負う債務である。持分払戻請求権は、持分が包含する財産権が金銭債権化したものであって、破産宣告によって信用金庫が新たに負担することになった債務ではない。
したがって、破産宣告があると、それと同時に会員は脱退し、また、それと同時に持分払戻請求権が発生するから、これを受動債権とする相殺は上記破産法98条の規定により有効である。
なお、相殺権を行使すべき時期については、法律上特段の制限はない。
イ 破産宣告時における受働債権の存在について
(ア) 持分払戻請求権が形成権であるとの原告の主張は、意思表示を要する脱退の場合と意思表示を要しない脱退の場合とを混同した議論であり、失当である。
法定脱退、特に破産の場合は、格別の意思表示を要することなく、破産宣告と同時に会員は法定脱退するのであり、それと同時に持分払戻請求権が発生すると解すべきである。裁判例において、会員の有する持分についての差押えが認められているのも、持分払戻請求権が会員の法定脱退を停止条件とする債権として存在していることを前提としているものであり、原告主張のように会員の払戻請求、すなわち形成権行使の結果として新たに金銭債権として発生するものではない。
(イ) 原告は、持分払戻請求権が形成権でないとしても本件債権は本件破産宣告時点で発生していないと主張するが、この主張は理由がない。前記のとおり、破産宣告があると、それと同時に会員は脱退し、また、それと同時に持分払戻請求権が発生するのであり、持分払戻請求権は破産宣告後に取得した債権には当たらない。
ウ 破産宣告時において受働債権の額が確定していないことについて
(ア) 原告は、破産宣告時点で受働債権の額が確定していることが必要であると主張するが、破産法98条1項及び99条後段の解釈において、破産宣告の時点で受動債権の額が具体的に確定していることが必要とは解されない。実際に相殺の意思表示をする時点で受動債権の額が確定している必要のあることは当然であるが、破産宣告の時点ではそこまで要求されていると解すべき根拠はないし、そうでなければ同法99条後段の存在意義はない。
破産手続においては、相殺権行使の時期は制限されていないから、受動債権が金銭債権でも、額が不確定であれば、その額が確定するまでは相殺できないが、その後に確定すれば、その段階で相殺できると解すれば足りる。
(イ) 仮に、上記(ア)のように解されないとしても、破産宣告と同時に金銭債権化した持分払戻請求権の法的性質は、「破産宣告日の属する年度末の経過を支払期限とし、出資金証券券面額を上限として、支払期限時に信用金庫の欠損により金庫の財産が出資券面額を下回った場合は欠損額を前提として計算した額となる、解除条件付き権利」であると解される。本件債権を上記のような解除条件付き債権と解すれば、これを受動債権とする相殺に問題はない。
エ 相殺の期待について
信用金庫の会員の有する持分は金銭債権ではないから貸付金とは相殺できないことは原告主張のとおりである。しかし、この持分は破産宣告と同時に金銭債権である持分払戻請求権に転化するものであり、その権利義務関係の基礎は出資のときに確実に存在しているのであるから、信用金庫としては破産時には相殺処理できるとの期待を有している。
(原告の主張)
本件相殺は、次のとおり、無効である。
ア 受動債権の不存在
(ア) 持分払戻請求権は形成権と解すべきであり、原告が本件で請求している105万円は、持分払戻請求権の行使の結果発生した売買代金である。
すなわち、信用金庫法16条1項は、持分を譲渡して脱退する場合に譲受人がいないときは信用金庫に対して持分の譲受けを請求できると定めている。この場合、持分譲受請求権の行使により売買契約が成立し、これによる債権債務が発生することになる。同法上、自由脱退における上記譲受請求と法定脱退における払戻請求が対置されているから、その対比からすると、法定脱退においては払戻請求権の行使により持分売買契約が成立し、具体的な債権債務関係が生じると解すべきである。また、上記のように解さないと、譲受請求権行使の結果発生した代金請求権の消滅時効期間は10年と解されるのに対して、払戻請求権の場合には同期間は2年(信用金庫法19条)ということになって、理由のない差異が生じることにもなる。
したがって、原告は、本件破産宣告後の平成14年2月5日、又は、遅くとも本件訴状において、被告に対して持分の払戻しを求めるとの意思表示をしているから、その時点で105万円の代金債権が発生したと解すべきこととなり、本件破産宣告時に同債権が存在していたということはできないから、被告は同債権を受動債権として相殺することはできない。
(イ) 仮に、持分払戻請求権が形成権でないとしても、本件債権は本件破産宣告時点では発生していない。
すなわち、信用金庫法上、会員が破産となったことを要件として脱退が生じるのであるから、脱退は破産後の出来事であり、脱退による持分払戻請求権の発生も破産宣告後のことと位置付けられる。同法18条1項の「<省略>脱退したときは<省略>払戻を請求することができる」との文言も、上記の解釈を裏付けるものである。
信用金庫の会員が信用金庫に対して有している持分は、会員の破産により持分払戻請求権に転化するものであるから、破産宣告の時点で持分と同払戻請求権が併存するということはあり得ず、持分払戻請求権は破産宣告後に取得された債権である。「同時」という被告の主張は、比喩としても相当でない。
イ 受働債権額の不確定
破産法98条1項、99条後段の解釈からすれば、破産宣告の時点において受動債権とされる債権はその額が確定している(現在化、金銭化できる)ことが必要である。
しかしながら、本件払戻請求権の額は破産会社が脱退した事業年度の終わりにおける被告の財産状態により定まる(信用金庫法18条2項)とされており、本件破産宣告の時点では定まっていないから、このような債権を受動債権とする相殺は無効である。
なお、被告は、持分権は破産宣告と同時に解除条件付き権利に転化するとの予備的主張をしているが、その主張する実体は破産宣告の後に債権額が確定するというにすぎないから、これを解除条件と解することはできない。
ウ 相殺の期待について
被告が破産会社に対して有していた貸金債権は、もともと破産会社の持分と相殺できなかったのであり、持分から回収を図るには持分の差押えによるほかはなかったものである。したがって、上記貸金債権については、当事者間で破産会社の有する持分と相殺することが期待されていたものとはいえない。
(2) 信用金庫法20条に基づく持分払戻停止の可否
(被告の主張)
ア 信用金庫法20条は、「金庫は、脱退した会員が金庫に対する債務を完済するまでは、その持分の払戻を停止することができる。」と規定している。
前記のとおり、破産会社は被告に対し、少なくとも3778万3122円の貸金債務を負っているから、被告は、上記規定に基づき破産会社の持分の払戻しを拒絶する。
イ 破産手続において信用金庫法20条を排除する規定はない。したがって、同条に基づく抗弁はだれに対しても主張し得るのであり、破産財団を例外とすべき根拠はない。
そして、この場合の破産財団は同法20条の負担付きの財団というべきであり、払戻停止の主張が権利濫用となる理由はない。
(原告の主張)
ア 貸金債権の発生と持分の取得との間に何の牽連性もないし、別途担保権でも設定しない限り、会員の持分が貸金債権の担保になるという関係にもない。払戻停止の抗弁は、一種不安の抗弁として貸金債務者との間では機能するが、破産者とは法的地位を異にする破産財団がその射程範囲に入ると解することはできないし、破産法59条の趣旨に照らしても、破産財団に対して行使し得る抗弁とは認められない。
イ 被告の有している破産債権は、破産手続によらなければ行使できず、また、信用金庫法20条所定の持分払戻しの停止は別除権に該当しないから、仮にこの払戻しの停止を破産財団について主張し得ると解すると、破産手続はいつまでも終結しないこととなる。このような状況を解決するためには破産管財人である原告が本件債権(又はこれに係る売買代金債権)を放棄するほかはない。
被告は、破産会社に対する債権全額を届け出てその配当を求める一方で、払戻停止の抗弁を主張しているのであって、原告としては、職責上、本件債権を放棄することはできないし、放棄すれば債権者平等の原則に反することにもなる。
したがって、被告が払戻停止の抗弁を主張することは、権利の濫用というべきである。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(本件相殺の効力)について
(1) 持分払戻請求権の性質
ア 持分払戻請求権が形成権であるかについて
原告は、信用金庫法において持分譲受請求権(同法16条1項後段)と持分払戻請求権(同法18条1項)とが対置されていることなどを理由に、持分払戻請求権を形成権と解すべきであり、したがって、原告が本件で求めているのはその行使の結果発生した売買代金の支払であって、同代金支払請求権は本件破産宣告時には存在しなかった旨を主張するので、まずこの点について検討する。
信用金庫法は、会員の脱退の自由を確保するため、自由脱退の方法として、持分の譲渡を受ける者がないときは、会員が信用金庫に対し、定款で定めるところにより、持分を譲り受けるべきことを請求することができるものとしている(同法16条1項後段)。ここで、持分譲受請求権が形成権であることは原告主張のとおりであるが、その行使による脱退等の効果の発生は定款で定められているところに従うことになるから、通常は定款で定められた一定期間の経過後に、脱退の効果が生じるとともに、信用金庫に対する持分譲渡代金請求権が具体的に発生することになる。
これに対し、法定脱退の場合は、「会員は、前条第一項第一号から第四号まで又は第二項の規定により脱退したときは、定款の定めるところにより、その持分の全部又は一部の払戻を請求することができる。」(同法18条1項)、「前項の持分は、脱退した事業年度の終における金庫の財産によつて定める。」(同条2項)とされ、同法17条所定の事由が生じたときに、法律上当然に脱退の効果が生じるとともに、事業年度の終わりにおいて、信用金庫の正味財産の存在を条件として、持分払戻請求権が具体的に発生するものと定められている。
以上によれば、持分譲受請求権が、会員の脱退とこれに伴う持分譲渡代金請求権の具体的な発生という法律関係の変動を生じさせる形成権であるのに対し、持分払戻請求権は、法定脱退等の効果として具体的に発生するものであって、それ自体が形成権でないことは明らかである。したがって、持分払戻請求権は通常の金銭債権であり、信用金庫法上、持分払戻請求権と対置されるべきなのは、持分譲受請求権ではなく、その行使の結果として発生する持分譲渡代金請求権であるというべきである。
なお、原告が指摘するように、持分払戻請求権の消滅時効の期間は脱退時から2年とされ(同法19条)、持分譲渡代金請求権の時効期間との間で差異が生ずることになるが、出資の払戻しとしての実質を持つ持分払戻請求権とそうではない持分譲渡代金請求権との間で上記のような差異が生ずるからといって、上記解釈が左右されるものではない。
以上から、この点に関する原告の主張は採用できず、原告が本件で求めているのも、持分の払戻しであるというべきである。
イ 停止条件付き債権としての持分払戻請求権
(ア) 次に、被告は、本件債権が本件破産宣告時に無条件の債権又は解除条件付きの債権として存在していたと主張し、原告は、本件債権が本件破産宣告時に存在していなかったと主張するので、この点について検討する。
(イ) 信用金庫の会員の持分は、(1) 会員たる資格において信用金庫に対して有する権利義務の総称、又はこれらの権利義務発生の基礎たる法律関係、すなわち、剰余金配当請求権(信用金庫法57条)等の自益権と、議決権(同法12条1項)、役員の解任請求権(同法38条1項)、臨時総会招集請求権(同法43条2項)等の共益権とを包含する、いわば会員権ともいうべきものと、(2) 信用金庫が解散した場合又は会員が脱退した場合に会員がその資格において信用金庫に対し請求し、又は信用金庫が支払うべき観念上又は計算上の数額、という二つの要素を併せ持つものである。そして、上記(2)の中には、停止条件付きの債権としての持分払戻請求権や持分譲渡代金請求権が内在していると解すべきである。
原告は、持分と持分払戻請求権とが併存することはあり得ない旨主張するが、それは持分を上記(1)の要素に限定してとらえ、(2)の要素を殊更に等閑視するものであって適切でなく、信用金庫の会員の有する持分を上記の両要素を併有するものと解することが論理的に矛盾しているということはできない。
そうすると、持分払戻請求権は、会員が持分を取得したときから、その持分に内在する停止条件付きの債権として存在していたものと解され、これが本件破産宣告時に存在していなかったとする原告の主張は採用できない。
(ウ) 他方、払戻しを請求することができる持分は、「脱退した事業年度の終における金庫の財産によつて定める。」とされているから(信用金庫法18条2項)、持分払戻請求権は、脱退した事業年度の終わりまでは、その具体的な数額が定まらず、行使することのできない権利である。この意味で、持分払戻請求権は、法定脱退後、脱退した事業年度の終わりにおいて、信用金庫の正味財産の存在を条件として、具体的に発生するものであると解される。
したがって、本件債権は、法定脱退時、すなわち、本件破産宣告当時においては、依然として停止条件付き債権であったことになり、これに反する被告の主張も採用できない。
(2) 破産法99条後段、104条1号との関係
ア 前記第2の1の争いのない事実及び上記(1)で述べたところによれば、本件では、破産宣告当時は停止条件付き債権であった本件債権の条件成就後に、同債権を受働債権とした相殺の意思表示がなされたことになる。そこで、このような本件相殺については、停止条件付き債権を受働債権とする相殺について定める破産法99条後段により認められるものであるか、また、破産宣告後に債務を負担した場合の相殺を禁止する同法104条1号に抵触するものでないかが問題となる。
イ 破産法104条1号は、破産債権者が破産財団に対して破産宣告後に債務を負担した場合にこれと自己の有する債権とを相殺することを禁止するものであるが、その法意は、上記のような相殺により破産債権者間における平等的比例弁済の原則に反するような結果をもたらす弊害を防止することにあると解される。
他方で、破産法は、相殺の有する担保的機能を保障し、破産債権者の保護を図るため、同法99条以下の規定を設けて相殺権を拡張している。すなわち、同法99条においては、自働債権に関しては、破産宣告当時に期限付き若しくは解除条件付きであるとき、又は債権の目的が金銭でないか、金銭であってもその額が不確定であるとき若しくは外国の通貨をもって定めたものであるときなどであっても、相殺することができ、受働債権に関しては、破産宣告当時に期限付き若しくは条件付きであるとき又は将来の請求権であるときでも、相殺することができるものとされている。また、破産法においては、会社更生法48条1項のような、相殺権行使の期間を制限する定めは設けられていない。
以上のような破産法の相殺権に関する規定の趣旨を総合すれば、同法99条後段においては、破産債権者が停止条件付きの受働債権の現実化を承認して相殺することだけでなく、破産宣告後に停止条件が成就するのを待って相殺することもできるものと解するのが相当であり、また、この場合に問題となる同法104条1号については、破産宣告後に受働債権の停止条件が成就したときであっても、破産宣告時に相殺に対する合理的な期待が存在していた場合には、破産宣告後に「債務ヲ負担シタルトキ」には当たらないものと解するのが相当である。
なお、原告は最高裁判所昭和47年7月13日第一小法廷判決(民集26巻6号1151頁)に言及するが、この判例は相殺権の拡張に関する破産法の規定が準用されない会社の整理に関するものであり、しかも、必ずしも破産宣告時に相殺に対する合理的な期待が存在したとは認められない事案に関するものであって、上記の判断を左右するものとは解されない。
ウ 以上を前提として、被告が本件破産宣告時に相殺に対する合理的期待を有していたかについて検討する。
この点に関し、信用金庫の会員に対する貸金債権と会員の金庫に対する持分との相殺が許されないことは原告主張のとおりであるが、これは、持分が、前記(1)イ(イ)のとおり財産権的要素だけでなく身分権的要素をも併せ持つため、金銭債権たる貸金債権と「同種ノ目的ヲ有スル」(民法505条1項)ものとはいえないことによるものであって、持分が金銭債権に転化したときには相殺は可能となるから、直ちに相殺に対する期待の存在を否定する理由とはならない。
かえって、信用金庫の会員がいずれは脱退し、これに伴って当該会員の持分が金銭債権たる持分払戻請求権又は持分譲渡代金請求権に転化することは通常想定されているところである。また、本件債権についていえば、その額は、確かに破産会社の脱退した事業年度の終わりまでは確定しないが、破産会社の出資額である105万円を上限とし(前記第2の1の争いのない事実)、被告が上記事業年度の終わりにおいて欠損状態に陥っていない限りこれを下回ることもなかったのであるし、仮に破産会社の持分が持分譲渡代金請求権に転化していたとしても、その額は持分払戻請求権の場合と同様の方法で定められていたと考えられるから、いずれにしても105万円の受働債権の発生は確実なものであったといえる。以上に加え、脱退した会員が信用金庫に対する貸金を完済するまで金庫が持分の払戻しを停止できるものとされていること(信用金庫法20条)や、信用金庫が会員の出資による協同組織の金融機関であり(同法1条)、貸付けの対象が原則として会員に限られていること(同法53条1項2号、2項)をも併せ考えれば、信用金庫である被告としては、破産会社からの出資を受け、破産会社が持分を取得したときから、将来その持分が金銭債権たる持分払戻請求権又は持分譲渡代金請求権に転化したときには破産会社に対する貸金債権との相殺により当該貸金を回収することを期待していたと認められ、また、このような期待は合理的なものであるといえる。
以上によれば、被告は、本件破産宣告時において、相殺に対する合理的な期待を有していたと認められる。
(3) 上記(1)及び(2)によれば、本件相殺は有効と解すべきであり、これにより本件債権は消滅したことになる。したがって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
2 結論
以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村吉晃 裁判官 尾崎智子 安江一平)