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東京地方裁判所 平成14年(ワ)21369号 判決 2005年3月15日

原告

被告

Y1

ほか一名

主文

一  被告Y1は、原告に対し、金三六七万六一七〇円及び八万五〇〇〇アメリカ合衆国ドル並びにこれらに対する平成一三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告富士火災海上保険株式会社は、第一項の判決が確定したときは、原告に対し、金三六七万六一七〇円及び八万五〇〇〇アメリカ合衆国ドル並びにこれらに対する平成一三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告Y1は、原告に対し、金七〇九万〇七八九円及び一五万アメリカ合衆国ドル(以下、単に「ドル」という。)並びにこれらに対する平成一三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という。)は、第一項の判決が確定したときは、原告に対し、金七〇九万〇七八九円及び一五万ドル並びにこれらに対する平成一三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二前提事実(争いがない事実)

一  交通事故の発生

(1)  日時 平成一三年六月一五日午後九時ころ

(2)  場所 東京都港区<以下省略>先路上

(3)  加害車両 被告Y1運転の普通乗用自動車(車両番号<省略>、以下「被告車」という。)

(4)  被害車両 原告運転の大型自動二輪車(車両番号<省略>、以下「原告車」という。)

(5)  事故態様 原告が原告車を運転して、外苑東通りを六本木交差点方向に向かって直進中のところ、その右側車線を通行中の被告車が、六本木交差点付近で左側に進路変更を行ったため、被告車の側面を原告車に接触させ、原告車を転倒させた。

二  責任原因

(1)  被告Y1

被告Y1は、被告車を自己のために運行の用に供していた者であり、人身損害につき、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、損害賠償責任を負う。

また、被告Y1は、車両をみだりに進路変更してはならず(道路交通法二六条の二第一項)、進路変更を行う場合には、進入する車線を走行する車両の有無を確認してこれと接触することのないよう注意して進行すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、方向指示器による合図を出すこともなく、漫然と進路変更を行い、進入する車線を並行して走行する原告車の発見を怠り、これに被告車の側面を衝突させた過失がある。よって、物的損害につき、民法七〇九条に基づき、損害賠償責任を負う。

(2)  被告富士火災

被告富士火災は、被告車を被保険車両とする自動車総合保険を締結している保険会社であり、原告の被告Y1に対する判決が確定したときは、これと同額の損害賠償責任を負う。

三  傷害の内容及び治療経過等

(1)  傷病名

右関節靭帯損傷、右足関節捻挫、右腓骨神経麻痺、右下腿挫傷、右下腿筋挫滅

(2)  治療経過

東京都済生会中央病院に平成一三年六月一五日から同年一一月一九日まで合計八日間通院した。

第三争点及び当事者の主張

一  過失相殺

【被告らの主張】

(1) 本件事故現場の道路状況等

本件事故現場付近の道路は、交差点手前から三車線の道路となっており、歩道寄り車線(以下「第一車線」という。)は直進・左折レーン、真ん中車線(以下「第二車線」という。)は直進専用レーン、中央寄り車線(以下「第三車線」という。)は右折専用レーンとなっている。

本件事故当時、第一車線は停止線手前から駐車車両がつながっている状態であり、さらに第二車線にも駐車車両が存在していたため、第二車線の三分の二程度が塞がれている状態であった。

(2) 本件事故状況について

被告Y1は、被告車を運転して交差点を直進すべく走行していたが、交通渋滞と対面信号が赤であったことから、先頭車から四台目くらいの位置で停止した。被告Y1は、前記(1)のとおり、第二車線を三分の二程度塞ぐ形で駐車している車両があったため、その車両との間隔をあけないように第二車線に停止したが、被告車は第三車線にはみ出す形となった。被告Y1は、停止しているとき、左バックミラーに原告車のライトが視界に入り、原告車も停止状態であることを確認した。

被告Y1は、対面信号が青になったのを確認し、後方を確認したところ、原告車は停止状態であることから、完全に第二車線に被告車を入れるため、左にハンドルを切りつつ、ブレーキを踏みつつクリープ現象を利用して前進したところ、駐車車両と被告車の間をすり抜けて前進してきた原告車と接触した。

(3) 過失割合

前記事故状況からすれば、被告Y1には第二車線に入るにあたり、後方の車両の動静を注視すべき注意義務違反が認められるものの、原告にも、被告車の後方に停止した後発進するにあたり、被告車の動静を注視すべき注意義務違反、さらに駐車車両と被告車の間をすり抜けるという安全運転義務違反が認められるものであり、両者の過失割合は、被告Y1四〇、原告六〇とするのが相当である。よって、原告の損害につき六〇パーセントの過失相殺をすべきである。

【原告の認否及び主張】

(1) 本件事故現場付近の道路は、交差点手前から三車線の道路となっており、第一車線は直進・左折レーン、第二車線は直進専用レーン、第三車線は右折専用レーンとなっていることは認める。

本件事故当時、第一車線は停止線手前から駐車車両がつながっており、第二車線にも駐車車両(二重駐車の車両)が存在していたことは認め、その余は否認する。原告車が被告車の横に停止した時点で、その横には二重駐車の車両があったが、この二重駐車車両がはみ出していたのは歩道から約四・三メートルのところまでであり、第二車線の約三分の一である約一・一メートルを塞いでいただけである。したがって、第二車線は約二・九メートルのうち、少なくとも約三分の二の余裕があった。

(2) 被告車が第二車線に大きくはみ出す形で停止したことは認め、その余は否認する。被告Y1の認識に関する部分は不知。本件事故現場に至る直前において、被告車は第三車線を走行し、原告車はその横を並んで走行していたが、対面信号が赤になったため、被告車の横に停止した。被告車が停止したときには、被告車と駐車車両との間には、一・二五メートル以上の間隔があり、その間に原告車が停止したのである。

原告車は、被告車の横に停止していたが、対面信号が青になったのを確認して、被告車とほぼ同時に発進した。被告車は、方向指示器による合図を出すことなく突然に進路変更を行って、原告車の進路に進入したものである。このため、被告車の左前部バンパーが原告車右側に接触した。そのとき、被告車の前方の横断歩道にかかるあたりに、右折しようとする車両が停止していたので、被告車は、その右折車を避けようとして左に進路変更し、原告車が走行する車線に進入したものと思われる。最初の接触後、原告は、バランスを保とうとしたが、被告車が再度原告車に接触したため、右足を被告車と原告車に挟まれてバランスを崩し、転倒した。

被告車が原告車に接触した際、原告が被告車の方を見ると、被告Y1は携帯電話で電話をかけ続けており、そのこと自体道路交通法七一条五号の五に違反するものであるだけでなく、被告Y1の安全運転に対する意識の低さを如実に示すものである。また、被告Y1は、原告車に二度衝突したのであるが、最初の衝突には全く気付かずに運転を継続し、二度目の衝突を引き起こしており、その際にも携帯電話を使用中であった。このように、被告Y1は、携帯電話をかけながら進入方向への注意を払わず、しかも方向指示器による合図も出さずにいきなり進路変更し、第二車線を直進していた原告車に衝突したものであり、重大な過失があるというべきである。

(3) 以上のとおり、本件事故は、被告Y1の一方的な過失により起きたものであるから、原告には過失がない。よって、過失相殺の主張は争う。

二  原告の損害

【原告の主張】

(1) 人身損害

ア 治療費 八万九〇四〇円

イ 交通費 六四万八二四〇円

(内訳)

(ア) 通院交通費 六九八〇円

(イ) その他のタクシー代 四万一二六〇円

(ウ) 渡航費用(航空運賃) 六〇万円

原告は、本件事故により帰国を余儀なくされたが、通院及び示談ないし法的手続の相談のため居住先であるバンクーバー市と日本の間を三往復した。この往復の航空運賃は、どんなに少なく見積もっても六〇万円(片道一回一〇万円)を下らない。

ウ 休業損害 一五万ドル

(ア) 原告は、平成一三年六月一一日、世界空手道団体連合(以下「空手道連合」という。)との間で、概略次の内容の雇用契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

a 空手道連合は、原告をキックボクサーとして雇用する。

これにより、原告は、空手道連合からの指示に従いキックボクシングの興業を行うものとし、それ以外にはキックボクシングの興業等を行わない。

b 雇用期間は、平成一三年九月一日から平成一四年八月三一日までの一年間とする。

c 空手道連合は、原告に対し、雇用の対価として、一年間で一五万ドルを支払う。

d 空手道連合は、原告の居住地であるバンクーバー市(カナダ)と成田(新東京国際空港)との間の往復旅費及び日本国内での住居費及び交通費を提供する。

(イ) ところが、本件契約直後である平成一三年六月一五日に本件事故が発生したため、空手道連合において、トレーナーと協議の上、原告の興業への出場は到底困難であると判断し、本件契約は解除された。

(ウ) そこで、原告は、本件契約に基づき取得すべきであった一五万ドルの対価を失ったものである。

また、キックボクサーとしての原告の職業柄、身体の損傷がある状態はもとより、完治後も相当期間トレーニングを行わなければ復帰は困難である。このため、本件契約期間中の原告のキックボクサー復帰は不可能であり、実際にも本件契約期間中はもとより現在に至るまで原告の職業であるキックボクサーとしての仕事は全くできない状態である。

エ 逸失利益 一六八万円

上記のとおり、原告は、平成一三年九月一日から平成一四年八月三一日までの間、空手道連合から住居費及び交通費を支給されることになっていた。しかるに、本件契約が解除されたため、原告は、この間の住居費を負担しなければならなかった。この金額は、次のとおり一六八万円である。

一四万円/月×一二月=一六八万円

オ 慰謝料 二二四万円

(ア) 通院慰謝料 二四万円

(イ) その他慰謝料 二〇〇万円

原告は、今なお本業であるキックボクサーとして就業する途を閉ざされている等、精神的にも多大なダメージを受けている。

カ 合計 四六五万七二八〇円及び一五万ドル

(2) 物的損害 二三万三五〇九円

本件事故により、原告車が損傷した。この修理代は二三万三五〇九円である。

(3) 弁護士費用 二二〇万円

(4) 合計 七〇九万〇七八九円及び一五万ドル

【被告らの認否及び主張】

(1) 原告主張の治療費八万九〇四〇円、交通費のうち通院交通費六九八〇円及びその他タクシー代四万一二六〇円は認め、その余の損害は争う。

(2) 休業損害及び逸失利益について

ア 原告と雇用契約をかわした空手道連合は、各種空手道場での大会を統合し、名を冠しているようである。原告が所属しているとされる麻生塾も同団体に属しているものである。過去にはAに名誉五段を与えていることでも有名であるが、同団体は平成一〇年一〇月二五日、国技館でキックボクシング・チャンピオン・ウォーズ・オールスターブゥーツを主催しているものの、興業の目玉であるAが会場に姿を見せることなく、また、B、C、Dの三選手が欠場するなど、興業として成功したとはいえない状況であった。その後、特に原告との契約期間である平成一三年九月から同一四年八月まで、同団体、あるいは兄弟団体と思われる世界格闘技団体連合(以下「格闘技連合」という。)は大きな大会を主催していない状況である。

イ プロ格闘技家は、ファイトマネーと住居等一部生活の基盤の提供を受けることが収入手段となっている。しかるに、甲一一号証(契約書)によれば、原告は、賃金として年額一五万ドルの支払を受け取ることとされている。ごく少数のK―1トップクラスの選手であれば、契約金及びファイトマネーが両立するものとされ、前記原告の契約内容はK―1トップクラスの選手に匹敵するものであるが、原告は、平成一二年九月一三日の全日本キックボクシング連盟主催の「LEGEND―Ⅷ」の特別試合に出場している程度(換言すればメインイベンターではない。)の活動歴しかなく、年額一五万ドルという報酬に見合うものか大いに疑問である。

ウ 原告は、本件事故により、平成一三年六月一五日から同年一一月一九日まで、右下腿打撲、右足関節捻挫などの診断名にて東京都済生会中央病院に通院しているところ、当初の一〇日間で四日の通院があるものの、それ以降は月に一回に満たない通院頻度であり、通院実日数は八日しかなく、また、知覚・運動障害もなく、可動域制限もなく、後遺障害も認定されていない。かかる傷害の程度からすれば、年間の試合にさほどの影響を及ぼすものと想定することは困難である。

エ 甲一九号証(陳述書)によれば、空手道連合あるいは格闘技連合は、自ら格闘家と契約し興業に携わる計画をしていたこと、その一環として原告と契約し、原告に広告塔としての役割が期待され、年間一〇試合、一試合一〇〇万円のファイトマネーに同団体会長に日常的に付き添うなどの事情から一五万ドルの報酬が定められたとのことである。また、平成一三年六月一一日の段階で、原告は少なくとも、後楽園、有明での二試合への出場が決定していたとのことである。

しかしながら、平成一三年六月から同一四年一二月までの間、株式会社ベースボール・マガジン社編集・発行にかかる「格闘技通信」(昭和六二年七月創刊、編集長E)において、空手道連合あるいは格闘技連合主催のキックボクシングの興業の事実は確認されず、キックボクシングのメッカというべき後楽園ホールで同団体主催のキックボクシングの興業の事実は見られない。

また、原告の日本における試合としては、平成一二年九月一三日、全日本キックボクシング連盟主催にかかる後楽園ホールでの特別試合一試合しか確認されず、前記格闘技通信編集長においても原告の名前は知らないとのことであり、容姿がFに似ているということのみで興業団体の広告塔としての役割を果たすことは到底不可能というべきである。

さらに、国内でもっとも選手層の厚い組織である日本キックボクシング連盟における選手のファイトマネーはチャンピオンで一試合一〇〇万円程度であり、タイのチャンピオンクラスでも旅費を含み一試合七〇万円程度である。しかも、同連名のミドル級チャンピオンでも年間二ないし三試合にとどまるものである。

オ 原告の場合、前記全日本キックボクシング連盟主催の試合におけるファイトマネーは二ないし三万円程度であったこと、原告の属するヘビー級は選手層が薄いことからして、一試合当たりのファイトマネーを一〇〇万円と設定し、年間一〇試合を予定したとする甲一一号証の契約書は到底信用することができない。

カ 以上の点より、甲一一号証を根拠とする休業損害及び逸失利益は否定されるべきである。

第四争点に対する判断

一  争点一(過失相殺)について

(1)  本件事故現場付近の道路は、交差点手前から三車線の道路となっており、第一車線は直進・左折レーン、第二車線は直進専用レーン、第三車線は右折専用レーンとなっていること、本件事故当時、第一車線は停止線手前から駐車車両がつながっており、第二車線にも駐車車両(二重駐車の車両)が存在していたことは、争いがない。

(2)  証拠(甲二、二七の一・二、乙四)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる(上記各証拠中、これに反する部分は、採用できない。)。

ア 被告車は、本件事故現場に至る直前において、交通渋滞と交差点の対面信号が赤であったことから、先頭車から四台目くらいの位置で停止した。

被告Y1は、前記のとおり、第二車線を相当程度塞ぐ形で駐車車両があったため、その車両との間隔をあけないように第二車線に停止したが、被告車は第三車線に相当はみ出す形となった。その際、被告Y1は、停止しているとき、左バックミラーに原告車のライトが視界に入り、原告車も停止状態であることを確認した。

イ 原告車は、停止した被告車の横に停止した時点で、原告車の左横には駐車車両があったが、被告車と駐車車両との間を直進するだけの間隔はあった。

ウ 原告車は、被告車の横に停止していたが、対面信号が青になったのを確認して、被告車とほぼ同時に発進した。

一方、被告車は、方向指示器による合図を出すことなく、左にハンドルを切りつつ、低速度で第二車線に戻ろうとして、進路変更を行った。

そして、被告車と駐車車両との間をすり抜けようとして直進してきた原告車右側と、被告車の左前部バンパーが接触した。さらに、最初の接触後、原告は、バランスを保とうとしたが、被告車が再度原告車に接触したため、右足を被告車と原告車に挟まれてバランスを崩し、転倒した。

(2)  過失割合について

ア 前記事故状況からすれば、被告Y1には第二車線に戻るにあたり、方向指示器で合図を出していない上、後方の車両の動静を十分注視して安全に運転すべき注意義務を怠ったものと認められ、本件事故発生に関する被告Y1の過失は重大である。

他方、被告車は、駐車車両の横に停止する際、第二車線と第三車線にまたがって停止したものであり、そこを通過後は第二車線に戻ることもあり得るから、原告にも、停止後発進するにあたり、被告車の動静を十分注視して安全に運転すべき注意義務があるのにこれを尽くさなかったものと認められる。

イ 以上の事実関係に照らして判断すると、本件事故発生に関する過失割合は、原告一五、被告Y1八五として、原告の損害につき一五パーセントの過失相殺をするのが相当である。

ウ なお、原告は、被告車が原告車に接触した際、原告が被告車の方を見ると、被告Y1は携帯電話で電話をかけ続けていた等主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

二  争点二(原告の損害)について

(1)  治療費 八万九〇四〇円

争いがない。

(2)  交通費 三四万八二四〇円

(内訳)

ア 通院交通費 六九八〇円

争いがない。

イ その他のタクシー代 四万一二六〇円

争いがない。

ウ 渡航費用(航空運賃) 三〇万円

原告は、本件事故により帰国を余儀なくされたが、通院及び示談ないし法的手続の相談のため居住先であるバンクーバー市と日本の間を三往復したが、この往復の航空運賃は、どんなに少なく見積もっても六〇万円(片道一回一〇万円)を下らない旨主張する。

しかし、前記通院治療の経過に照らして、原告が一旦カナダへ帰国する費用と、再度日本とカナダを往復する費用の限度で相当因果関係を認めることができる(これを超える部分については認められない。)。よって、損害額は三〇万円(10万円×3回)となる。

(3)  休業損害 一〇万ドル

ア 原告は、平成一三年六月一一日、空手道連合との間で本件契約を締結し、キックボクサーとして、同年九月一日から一年間、空手道連合に雇用され、空手道連合から、雇用の対価として、一年間で一五万ドルを得られたところ、本件事故により傷害を負い、キックボクサーとして働けなくなったため、空手道連合から本件契約を解除され、一五万ドルの損害を被った旨主張する。

そして、証拠(甲一一、一九)上は本件契約が存在していることが認められる(なお、被告は、契約書自体の信用性を争うが、キックボクシングの興業実績等に照らして、年間一五万ドルが支払われる蓋然性があるかについては疑問があるものの、本件契約の成立自体が信用できないとまではいえないから、被告の主張は採用できない。)。

イ 証拠(甲三~九)によれば、本件事故により負った原告の傷害の症病名等は、次のとおりである。

(ア) 初診の東京都済生会中央病院G医師の平成一三年六月一五日付診断書によれば、傷病名は、「右下腿挫傷」、「右足関節靭帯損傷」であり、「約三週間の通院加療を要する見込みである。」とされている。(甲三)

なお、同医師の同年六月一六日付診断メモによれば、傷病名は、[右下腿挫傷」、「右足関節捻挫」とされている。(甲四)

(イ) 同病院H医師の同年七月一〇日付診断書によれば、傷病名は、「右下腿打撲」、「右足関節捻挫」、「右下腿筋挫滅」であり、「今後約四週間の治療を要する見込みである。」とされている。(甲五)

(ウ) 同医師の同年八月六日付診断書によれば、傷病名は、「右下腿筋挫滅」であり、「キックボクシングは今後約三か月不可能と思われます。」とされている。(甲六)

(エ) 同病院G医師の同年一〇月一七日付診断書によれば、傷病名は、「右腓骨神経マヒ」、「右下腿挫傷」であり、「上記診断にて精査を要する状態である。」とされている。(甲七)

(オ) 同病院H医師の同年一一月一九日付自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書によれば、傷病名は、「右下腿打撲・筋挫滅」、「右足関節捻挫」、「右腓骨神経麻痺」であり、自覚症状として「右足関節の痛み」とされているが、他覚症状としては、「知覚・運動障害なし」、「可動域制限もなし」とされているほか、今後の見通しとしては「安定と思われる。」とされている。

ウ したがって、キックボクサーである原告にとって、前記右下腿及び右足関節の傷害の影響は重大であるというべきであるが、これらの診断書の記載だけからは、原告が一年間もキックボクサーとして就労が不可能であるとまでは認められない。

もっとも、甲一八(平成一四年九月一五日に原告がキックボクシングの試合をしている写真)及び甲二六の一・二(原告の陳述書)の内容を考慮すると、現実にキックボクサーとして働けるようになるまで、本件事故から最低半年と、リハビリやトレーニングのための相当期間(半年程度)を要したことが認められる。

そうすると、本件契約において就労開始時期とされる平成一三年九月一日時点においては、原告はいまだキックボクシングをできる状態になかったと認めることができ、このことを理由に本件契約を解除されることもやむを得なかったといえるが、原告の客観的症状に照らして、休業損害として一年分一〇〇パーセントを認めるのは相当ではない。

エ また、証拠(甲一五の一・二、一六、一七、二〇、乙一~三)及び弁論の全趣旨によれば、被告主張の前記事実(第三、二【被告らの認否及び主張】欄(2)、ア、イ、エ記載の事実)が認められ、本件契約に基づき、空手道連合から原告に対し、年間一五万ドルの賃金が支払われる蓋然性については、相当疑問がある。

オ 前記イないしエの事情を総合すると、本件事故によって原告が傷害を負ったことと相当因果関係ある休業損害としては、原告主張の一五万ドルの三分の二に当たる一〇万ドルの限度で認めるのが相当である。

(4)  逸失利益 一一二万円

原告は、平成一三年九月一日から平成一四年八月三一日までの間、空手道連合から住居費及び交通費を支給されることになっていたのに、本件契約が解除されたため、原告は、この間の住居費を負担しなければならなかったため、一六八万円の損害を被った旨主張する。

確かに、本件契約によれば、原告の主張に沿う内容が存在するが、前記休業損害に関して説示したのと同様、三分の二の限度で損害と認めるのが相当であるから、損害額は一一二万円となる。

(5)  通院慰謝料及びその他慰謝料 一二四万円

前記認定の原告の傷害の内容・程度、通院治療の経過(医療機関の治療が五か月余、その後のリハビリのための半年程度の期間)等を考慮して、原告の精神的苦痛に対する慰謝料として上記金額が相当と認める。

(6)  物的損害 二三万三五〇九円

証拠(甲一三の一・二)により、本件事故により、原告車が損傷し、その修理代として二三万三五〇九円を要したことが認められる。

(7)  小計 三〇三万〇七八九円及び一〇万ドル

(8)  過失相殺後の残額 二五七万六一七〇円及び八万五〇〇〇ドル

(7)の金額につき前記一五パーセントの過失相殺をすると、残額は上記金額となる。

(9)  弁護士費用 一一〇万円

本件事案の性質・内容、審理の経過、認容額等諸般の事情を考慮して、上記金額が相当と認める。

(10)  合計 三六七万六一七〇円及び八万五〇〇〇ドル

以上によれば、原告の損害額合計((8)及び(9)))は、上記金額となる。

第五結論

よって、原告の請求は、被告Y1に対し、上記金額及びこれに対する不法行為日である平成一三年六月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告富士火災に対し、被告Y1に対する判決の確定を条件として同金額の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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