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東京地方裁判所 平成14年(ワ)21641号 判決 2003年12月01日

原告

同訴訟代理人弁護士

秋山泰雄

被告

東日本旅客鉄道株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

西迪雄

向井千杉

富田美栄子

同訴訟復代理人弁護士

石井崇

主文

1  原告の請求中,被告大宮支社a駅営業係「出札」の業務に従事する地位にあることの確認を求める部分の訴えを却下する。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の請求

1  原告が被告大宮支社a駅営業係「出札」の業務に従事する地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成14年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,95万7555円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告の大宮支社a駅で営業係「出札」の業務に従事していた原告が,同業務から外されたので,被告に対し,同業務に従事する地位にあることの確認を求め,金銭紛失事故について駅長らから自認を強要されたなどと主張して,不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償を求め,就業制限の効力を争い,当該期間中における未払給与の支払を求めた事案である。

1  前提事実

(1)  当事者

ア 被告は,旅客鉄道事業等を営むことを目的とする株式会社である。

イ 原告は,平成11年1月以降,被告の大宮支社a駅において,営業係「出札」の業務に従事してきた。「出札」は,駅構内の出札窓口で乗車券の発売,払戻し,自動券売機の管理等を担当する業務であり,原告は,他の社員と交代で,「出札1番」,「出札2番」,「日勤」及び「南口出札b」の各業務に従事していた。

(2)  事情聴取

ア 原告は,平成14年2月8日午前7時45分にa駅に出勤し,同月9日午前9時ころまでの間,継続して(仮眠時間を含む。)「出札1番」の業務を担当した。

イ a駅のB駅長は,平成14年2月10日午後9時ころ,原告の自宅に電話し,「(自動券売機の)7万円が不足しているので,別途,事情聴取したい。」と原告に伝えた。

ウ 原告は,平成14年2月12日午前8時ころから午前11時ころまでの間,B駅長から7万円の不足金の件について事情聴取を受けた。

エ 原告は,平成14年2月13日の退勤時に,a駅のC営業助役から,原告の休日である同月14日の午前8時30分から午後5時30分まで臨時勤務として出勤するように指示を受けた。その後,出勤時刻は午前10時に変更された。

オ 原告は,平成14年2月14日午前11時ころから,a駅の会議室において,B駅長,3名の大宮支社社員,2名の宇都宮地区指導センター社員の合計6名から事情聴取を受けた。

その結果,原告は,同日午後9時ころ,自動券売機から現金7万円を盗み,競艇に使ったことを認め,その旨を記載した「自認書」と題する文書(以下「自認書」という。)を作成し,これを提出した。

カ 原告は,平成14年2月16日,B駅長に対し,自認書の内容は真実でないとしてその撤回を通知した。

(3)  就業制限の実施

被告は,平成14年2月16日,原告に対し,「平成14年2月9日にa駅営業係として勤務した際,自動券売機の収入金を着服したことを認めたことについて,貴殿にかかわる懲戒処分を決定するまでの間,貴殿においては,平成14年2月17日から就業を制限する。」と記載した「就業制限通知書」を交付し,同月17日から就業制限(以下「本件就業制限」という。)をした(<証拠省略>)。

就業制限は,懲戒処分が決定されるまで就業を停止させる措置であり(就業規則141条),当該期間中は,1日につき平均賃金の60/100の給与が支給される(賃金規程126条1項)。

(4)  就業制限の解除

被告は,平成14年3月22日,原告に対し,同月27日付けで就業制限を解除すると通知するとともに,同日から出勤するよう指示した(甲13)。

(5)  案内への業務指定

ア D駅長(B駅長の後任者であり,平成14年3月に着任した。)は,平成14年3月27日,原告に対し,同日以降は毎日の出勤後にE副駅長が指示する業務に従事するよう指示した。

イ 原告は,平成14年3月27日以降,E副駅長からの指示により,駅ホームの鳩糞の掃除,寝室清掃,倉庫の整理・整頓,自動券売機前における客案内,手作りポスターの作成・貼付,電話応対などの雑作業に従事した。

ウ C営業助役は,平成14年6月7日,原告に対し,同月10日から「案内」の業務(新たに設置された新幹線用自動券売機(名称「MV―10」)の前で利用客にその使用方法を説明したり,構内通路内に設けられた待機場所で利用客からの問い合せに応答する業務)に従事するよう指示した。原告は,同日以降,もっぱら「案内」の業務に従事していた。

(6)  原告の給与

原告の平成13年10月分から平成15年3月分までの給与額は,別紙1(給与明細書)<省略>のとおり(ただし,「夜間手当」は「夜勤手当」に,「住宅奨励金」は「住宅援助金」に改める。)であった(<証拠省略>)。

すなわち,被告は,本件就業制限に基づき,原告の平成14年3月分の基本給から7万0560円,扶養手当から5895円,同年4月分の基本給から9万5107円,扶養手当から1万0910円,同年7月の夏季一時金から20万2296円(合計38万4768円)を控除した。

2  争点

(1)  訴えの利益の有無

(被告の主張)

原告が従事していた「出札」の業務は,駅長の人事裁量権に基づき日々の勤務指定として指示されたものにすぎないから,「出札」の業務に従事する地位は,原告と被告間の労働契約という法律関係の構成要素ではない。原告が「出札」の業務に従事する地位にあることの確認請求は,事実関係の確認を求めるものであるから,確認判決を求める利益はない。

(原告の主張)

労働者が従事すべき業務の内容は,労働契約の主要な要素である。従前,a駅の営業係社員は,「出札」と「改札」の担当に区分され,標準作業ダイヤに基づいて勤務することとされていた。標準作業ダイヤには,「担務」,「職務種別」,「実作業開始時間」,「実作業終了時間」,「終業時刻」,作業内容及びこれに従事すべき時刻が記載され,業務の具体的内容が定められているから,労働契約上,「出札」担当者の従事すべき業務の内容は,「出札」の標準作業ダイヤに定められた業務である。したがって,原告が「出札」の業務に従事する地位にあることの確認請求は,確認判決を求める利益がある。

(2)  不法行為の成否

(原告の主張)

ア 金銭盗取の自認強要

(ア) B駅長は,平成14年2月12日の事情聴取の際,原告に対し,「何で呼ばれたかわかっているのか。」と質問したので,原告が「わかりません。」と返答すると,「7万円のことを知らないのか。」,「10日に連絡したではないか。」などと詰問し,さらに,過去(同年2月1日,同月4日)の金銭収納に関する報告書の修正事項についても質問し,「前日の過剰が当日の欠損金で出るのはおかしい。」と述べた。

(イ) B駅長を含む6名の社員は,平成14年2月14日の事情聴取の際,原告がa駅の自動券売機13号機から不足金の7万円を盗取したと決めつけた質問を繰り返し,原告に対し,これを自認するよう強要した。B駅長らは,原告を犯人とする理由として,<1>B駅長が同月10日に連絡した際に7万円不足の事実を伝えたのに,同月12日の質問に対して原告が「7万円の金額のことははじめて聞いた。」と虚偽の返答をしたこと,<2>同月9日における自動券売機の「電源」,「発売」の各スイッチの作動時刻に関する原告の説明がコンピューターに記録されたデータと一致しないことなどを指摘したが,原告が盗取したことを示す証拠を何ら示さなかった。

原告は,盗取の事実を否認し続けたところ,B駅長らは,同一の質問を執拗に繰り返し,原告に自動券売機の操作順序などについての説明を数回にわたりホワイトボードに記載させた上でその食い違いを追及するなどし,さらには「やっていないなら,やっていないことを証明しろ。」などと無理な要求を行い,11時間近くにわたり事情聴取を継続した。

この間,B駅長らは,原告が外出することや電話をかけることを許さず,喫煙を制止し,トイレに行くのにも同行して監視するなどして原告の行動の自由,外部との連絡の自由を完全に奪って監禁状態に置き,休憩も与えなかった。

そして,B駅長らは,原告に対し,「1月1日の報知新聞の記事のようになったら困るだろう。奥さんと子供はどうするのだ。まだ53歳だろう,第二の人生をやり直せるだろう。家族に迷惑をかけるな。」などの脅迫的言辞を用いて,長時間にわたり,自動券売機から金銭を盗取した事実を認めるよう強要した。

原告は,このような状況のもとで,次第に疲労し,精神的にパニック状態となり,会社は何がなんでも原告が不足金を盗んだことにするつもりでいる,自認すればこのような処遇は受けなくて済む,こんな会社は辞めたほうがよいなどと思うようになり,自暴自棄となって,午後9時ころ,否認を続けることをあきらめ,自動券売機から現金を盗取して競艇に使ったことを認めた。

イ 事情説明の強要

B駅長らは,原告が自認を撤回した後も,原告に対し,業務上の指示として,多数の社員とともに,執拗に事情説明を強要した。

ウ 本件就業制限

原告は,自動券売機から不足金を盗取したことはなく,懲戒処分を受けるべき理由はないから,懲戒処分を前提とする就業制限を受ける理由もなかった。

また,就業制限は,懲戒処分に先立ち社員に精神的苦痛と給与上の不利益を与えるものであるから,就業制限をするには,懲戒処分の対象となる事由が確実に存在するとともに,懲戒処分がなされるまで社員に就労させることを不適当とする具体的理由が認められなければならない。しかし,被告は,原告の自認は任意によるものではないこと、自認の内容が真実ではない可能性が高いことを知っていたにもかかわらず,その内容が真実かどうかを確認することなく,原告を就労させることを不適当とする具体的理由もないのに,本件就業制限をした。

したがって,本件就業制限は,理由のないものとして違法である。

エ 案内への業務指定

原告は自認書を撤回し,被告は懲戒処分の前提である本件就業制限を解除したから,原告が不足金を盗取したと疑うべき理由はなくなった。にもかかわらず,被告は,依然として原告が不足金を盗取した疑いがあるとの見解を維持していることを原告及びa駅社員らに示すため,原告を原職に復帰させずに「案内」等の業務に従事させ続けた。このような処遇は,不当な目的に基づくものであり,業務命令権を濫用したものとして違法である。

オ 使用者責任

B駅長らによる<1>金銭盗取の自認強要,<2>事情説明の強要,<3>本件就業制限,<4>案内への業務指定は,いずれも民法709条の不法行為に当たる。これらの行為は,被告の事業の執行として行われたものであるから,被告は,使用者責任を負う。

(被告の主張)

ア 金銭盗取の自認強要について

原告は,平成14年2月9日に発生した自動券売機売上金7万円の不足事故の際,その勤務担当者であったにもかかわらず,被告関係者による事情聴取において,自動券売機の操作その他当日の事情についてコンピューターによる客観的記録(オペレーションデータ)と矛盾する供述をしたため,その矛盾を指摘されると,供述を二転三転するなどして,被告関係者を納得し得る合理的説明をすることができず,結局,説明に窮し,観念して自ら自認書を作成した。

B駅長らは,事情聴取の際,原告を犯人と決めつけたり,トイレや喫煙を禁止したり,行動や外部との連絡の自由を奪ったり,脅迫的言辞を用いて自認を促したことはない。B駅長が原告のトイレに同行したのは,自認書作成中の1回限りであり,これは,公金横領を自供した原告に不測の事態が起きないよう慎重に配慮したためにすぎない。

イ 事情説明の強要について

被告は,原告に対し,執拗に事情聴取を行ったり,これを強要した事実はない。

ウ 本件就業制限について

就業制限は,一応の合理性をもって懲戒事由が認められる場合に,なお事実を確認して懲戒処分を決定するために行われる。そのためには,発令当時において知り,または相当の注意をもってすれば知り得たであろう資料に基づいて,懲戒事由の存することが一応の合理性をもって認められれば足り,その後の調査により結果的に懲戒処分に至らなかったとしても,就業制限は無効とならない。

原告は,被告関係者の面前において,自己の供述の矛盾を指摘され,回答に窮した結果,自認書を作成したから,原告に非違行為の嫌疑があったことは,一応の合理性をもって認められる。したがって,本件就業制限は,合理的根拠に基づくものであり,不法行為には当たらない。

エ 案内への業務指定について

原告には,本件の他にも,過不足金の処理において不合理な点が認められるなど,出札担当としての適性に疑問があった。そこで,D駅長は,業務上の必要性及び特性等を考慮して,原告に案内業務を担当させた。案内への業務指定は,合理的な人事裁量権に基づくものであり,不法行為には当たらない。

オ 使用者責任について

B駅長らの行為は,いずれも不法行為を構成しないから,被告は,使用者責任を負わない。

(3)  損害額

(原告の主張)

ア 慰謝料

原告は,前記の不法行為により,著しい精神的苦痛を受けた。とりわけ,原告は,本件就業制限により,経済的不利益を受けるだけでなく,自動券売機から金銭を盗取したとの強い疑いを被告からかけられていることがa駅社員に知られるところとなり,名誉や社会的地位が著しく侵害された。原告の精神的苦痛に対する慰謝料は,300万円が相当である。

イ 逸失利益

原告は,本件就業制限の解除後に「出札」の業務に従事していたならば,平成14年4月分から平成15年3月分までに,「超勤手当」として50万2587円(平成13年10月分から平成14年3月分までの支給額の平均額の12か月分である50万6952円から支給済みの4365円を控除した残金),「夜勤手当」として7万0200円(平成13年10月分から平成14年3月分までの支給額の平均額の12か月分)を得ることができた。したがって,原告の逸失利益は,57万2787円である。

ウ よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,<1>300万円及びこれに対する不法行為の後である平成14年10月10日(訴状送達日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金,<2>57万2787円及びこれに対する不法行為の後である平成15年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求ある。

(被告の主張)

原告の主張は争う。

(4)  業務命令権の濫用の有無

(原告の主張)

被告は,本件就業制限を解除した後も,不当な目的,動機に基づき原告を「出札」の業務に復帰させず,「案内」の業務に従事させることにより,原告の名誉を侵害し,経済的不利益を与えている。被告が原告を「案内」の業務に従事させ続けることは,業務命令権の濫用として違法であり無効である。

よって,原告は,被告に対し,a駅営業係「出札」の業務に従事すべき労働契約上の地位にあることの確認を求める。

(被告の主張)

原告には,本件の他にも,過不足金の処理において不合理な点が認められるなど,出札担当としての適性に疑問があった。そこで,D駅長は,業務上の必要性及び特性等を考慮して,原告に案内業務を担当させた。案内業務への担務指定は,合理的な人事裁量権に基づくものであり,業務命令権の濫用には当たらない。

(5)  本件就業制限の効力

(被告の主張)

本件就業制限は有効であるから,被告は,原告に対し,控除分の給与及び賞与の支払義務を負わない。

(原告の主張)

本件就業制限は無効であるから,被告は,原告に対し,控除分の給与及び賞与の支払義務を負う。

よって,原告は,被告に対し,未払賃金及び未払賞与として38万4768円及びこれに対する弁済期の経過後である平成15年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第3争点に対する判断

1  訴えの利益の有無(争点(1))について

(1)  証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事案が認められる。

ア 被告の就業規則によれば,現業機関の職制は,別表(別紙2)に定める職名,職務内容及び指揮命令系統とされており(48条1項),社員は,現業機関において,職制の定めるところにより,誠実に職務を遂行しなければならない(同条2項)とされている。鉄道係員職制(昭和62年3月2日運輸省令第13号)によれば,鉄道には,運輸に関する業務を行う者として運輸長,駅長,営業係,構内係等を置くこととされており(2条),営業係は,駅長の命を受け,乗車券の発売,検査及び取集,旅客の誘導及び案内並びに荷物の取扱いの業務に従事するとされている(5条)。被告の就業規則の別表(別紙2)には,営業係の職務内容として,旅客,貨物の取扱い及びこれらに附帯する業務,構内営業に関する業務,指定された者は輸送係の業務,その他上長の指示する業務が定められている(<証拠省略>)。

イ 被告においては,社員管理規程に基づき「発令形式に関する標準」を定めており,社員採用に際し,地方支社等の所属機関,勤務箇所及び職名を発令し,その後の異動時においては,組織規程及び就業規則において定められている組織上の名称及び職名が発令の対象とされている(<証拠省略>)。

ウ 被告において,駅に勤務する社員が当該職名に定められた職務のうち具体的にどの職務を担当するかは,所属長である駅長が業務の必要性等に応じて具体的に指定しており,これは原告が勤務する小山駅においても同様であった(<証拠省略>)。

(2)  前提事実及び前記(1)の認定事実によれば,被告においては,現業機関の職の責任と指揮命令系統を確立し,業務の円滑かつ能率的運営を図るために職制を定め,その内容として,各職の職名,主要な職務内容及び指揮命令系統を定め,社員は,職制の定めるところに従い,職務を遂行することとされている。所属長は,社員に対し,その必要性等に応じてその職名の下にある具体的な担当業務を指定する権限を有しており,このような担当業務の指定の法的性質は業務命令と解することができる。

「出札」は,独立の職制として設置されておらず,「営業係」の職名下の具体的職務内容として,所属長である駅長の業務命令に基づいて指定されるものであり,営業係社員である原告は,a駅長の業務命令に基づき,その職務内容の一つである「出札」の業務に従事していたということができる。

そうすると,原告の「出札」業務に従事する地位は,原告と被告との間の労働契約上の地位に当たるものとは認められない。同地位にあることの確認を求める原告の請求は,権利保護の適格を欠くものであるから,不適法として却下を免れないというべきである。

2  不法行為の成否(争点(2))について

(1)  事実関係

証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,この認定に反する原告本人の供述及び陳述書(<証拠省略>)の記載は採用することができない。

ア 出札業務の概要

a駅においては,列車運行時間帯に対応するため,出札担当者の勤務を一交代制とし,当日午前8時30分から翌日午前9時までを一勤務として作業ダイヤが編成されていた。出札収入金は,毎日1回,一定の時刻に締切処理することとされており,作業ダイヤの関係から,自動券売機の締切時刻は,午前8時30分から午前9時ころまでの間とされていた(<証拠省略>)。

イ 不足金の発生

平成14年2月9日午前9時ころ,当日出勤した出札担当のF社員がa駅の自動券売機の締切作業をしたところ,現金7万0010円が不足していることが判明した。F社員は,直ちにG助役に報告するとともに,前日から当日の朝まで勤務した原告とH社員の自宅に電話し,「前日券売機で何かなかったか。」と質問したところ,原告とH社員は,いずれも「何もなかった。」と答えた。

被告の担当社員は,後日,自動券売機の発券状況と紙幣の投入状況,現金引継書の記載内容等をもとに検討したところ,その金種は1万円札が7枚であり,10円玉が1枚であると考えた。

(<証拠省略>)

ウ 関係者への事情聴取等

B駅長は,平成14年2月9日,F社員から説明を受けた上で,自動券売機が正常に作動しているかどうか確認したり,帳票確認や入出金機の確認をしたが,機械の故障や異常は発見されなかった。

B駅長は,同月10日午後8時30分ころ,原告の自宅に電話し,自動券売機で7万円の不足金が発生した事実を伝えたところ,原告は,「心当たりはない。」と答えた。B駅長は,関係者の1人として事情聴取をするかもしれないと伝えたところ,原告は了解した。

(<証拠省略>)

エ 原告に対する2月12日の事情聴取

B駅長は,平成14年2月12日午前8時ころから午前11時ころまでの間,a駅の助役執務室において,C助役の立会いの下で原告に対する事情聴取をした。

まず,B駅長は,「何で呼ばれたのかわかりますか。」と質問したところ,原告は,約5分間沈黙した後,「わかりません。」と答えた。

B駅長は,用件を事前に知らされたにもかかわらず,質問に答えることなく沈黙する原告の態度を不自然と思い,再度同様の質問をしたところ,原告は,約30分間沈黙した後,同月1日の締切作業の際に2000円を修正した件について話そうとしたが,事前に電話で知らされていた7万円の不足金の件については触れなかった。B駅長は,この機会に原告の過不足金の処理方法の問題点についても注意する必要があると考え,同月4日に発生した約4000円の不足金について,原告が処理した券売機取扱記録簿に「欠4490円は昨日のからみと思われる。」と報告したことを取り上げ,毎日締切集計しているにもかかわらず前日発生した4000円の過剰金の原因が翌日の不足金として現れることはありえないと指摘した。

B駅長は,7万円の不足金発生のことを知った時期について質問したところ,原告は,「今初めて聞きました。」と答えた。これに対し,B駅長は,「私が10日の夜,あなたの自宅に電話して話したではないか。」と指摘したところ,原告は沈黙して返答しなかった。B駅長は,時間の都合上,改めて事情聴取を行うこととした。

(<証拠省略>)

オ H社員に対する2月12日の事情聴取

B駅長は,平成14年2月12日午前11時から,C助役の立会いの下で,原告と同様に同月8日から同月9日まで出札を担当したH社員に対する事情聴取をした。まず,B駅長が「何で呼ばれたのかわかりますか。」と質問したところ,H社員は,「自動券売機の不足金のことだと思う。」と答えた。B駅長は,H社員の当日の勤務状況について説明を受けたが,その供述内容に不自然,不合理な点は認められないと判断した(<証拠省略>)。

カ オペレーションデータの入手

被告は,平成14年2月13日,自動券売機の機械管理の委託先であるジェイアール東日本メカトロニクス株式会社大宮支店から,a駅の自動券売機の作動状況を記録したオペレーションデータのデータコード変換表を取り寄せた。その結果,通称13号機(正式名称は「10号機」。以下,通称で表記する。)においては,2月9日午前5時22分(これは,同券売機の内蔵時計による時刻であり,誤差修正後の実際の時刻は午前5時19分であった。)に電源スイッチを入れた後,午前5時23分(実時刻午前5時20分)にいったん電源スイッチを切り,その8分後である午前5時31分(実時刻午前5時28分)に再度電源スイッチと発売スイッチを入れるという異常操作がされたこと,10号機から13号機までの操作状況を比較したところ,自動券売機の立ち上げ作業においては,1機ずつ電源スイッチと発売スイッチを続けて入れるのが通常の操作手順とされているにもかかわらず,オペレーションデータによれば,次(下表―編注)のとおり,まず10号機から13号機までの電源スイッチをそれぞれ入れた後に各機の発売スイッチをそれぞれ入れたこと,電源スイッチを入れてから発売スイッチを入れるまで9分間の間隔があったことが判明した(<証拠省略>)。

キ I社員とF社員に対する2月13日の事情聴取

B駅長は,平成14年2月13日,大宮支社の営業部企画課社員と会計課社員,宇都宮地区指導センター助役らの立会いの下で,同月8日に自動券売機の締切作業をしたI社員,同月9日に自動券売機の締切作業をしたF社員に対する事情聴取をそれぞれ行った。まず,B駅長が「何で呼ばれたのかわかりますか。」と質問したところ,I社員とF社員は,それぞれ,「自動券売機の不足金のことだと思う。」と答えた。B駅長は,I社員とF社員から当日の勤務状況についてそれぞれ説明を受けたが,その供述内容に不自然,不合理な点は認められないと判断した(<証拠省略>)。

ク H社員に対する2月14日の事情聴取

B駅長と大宮支社社員ら(前記キと同じ。)は,平成14年2月14日午前中,a駅の講習室において,H社員に対する事情聴取をした。大宮支社営業部企画課のJ副課長が中心になり,同月8日の出勤時からの業務内容について改めて説明を求めたところ,H社員の供述内容に不自然,不合理な点は認められず,自動券売機の操作手順についてオペレーションデータとの顕著な食い違いは認められなかった(<証拠省略>)。

ケ 原告に対する2月14日の事情聴取

(ア) 午前中の事情聴取

B駅長と大宮支社社員らは,平成14年2月14日午前11時ころから,a駅の講習室において,原告に対する事情聴取をした。J副課長は,まず,原告から同月8日の出勤時から同月9日の勤務終了時までの業務内容について説明を受けた。

<省略>

次に,J副課長は,同月9日における自動券売機の立ち上げ状況について説明を求めたところ,原告は,10号機から13号機については,1機ずつ電源スイッチと発売スイッチを続けて入れたと答えた。しかし,自動券売機のオペレーションデータによれば,10号機から13号機については,前記カのとおり,まず各機の電源スイッチを入れるという通常とは異なる操作内容が記録されていた。そこで,B駅長は,原告に対し,当時の自動券売機の操作手順を黒板に記載するよう指示した。原告は,黒板に「11号機は,右手で青カギで11号機の扉を開け,電源スイッチを入れ,発売スイッチを入れて扉を閉めた(20秒)。12号機,10号機,13号機も同じである。」と記載した。これは,10号機から13号機までの自動券売機については1機ずつ電源スイッチと発売スイッチを続けて入れたというものであった。

午後0時50分ころ,午前中の事情聴取が終了した。(<証拠省略>)

(イ) 休憩

原告は,午後0時50分ころから午後2時30分ころまで,休憩をとった。大宮支社社員らは全員が退室し,原告とB駅長の2名が講習室に残り,会社の用意した昼食を食べた(<証拠省略>)。

(ウ) 午後の事情聴取

(ア) 午後2時30分ころから,事情聴取が再開された。まず,J副課長は,原告が同月12日の事情聴取において自動券売機の不足金のことを言わずに約30分間沈黙した理由を問いただしたところ,原告は,「最初から券売機のことだと思っていたが,言いそびれた。」と答えた(<証拠省略>)。

(イ) J副課長は,原告が午前中に説明した同月9日の自動券売機の立ち上げ状況について再度確認したところ,原告は,黒板に記載したとおりであると答えた。B駅長は,原告に対し,黒板の内容がそのとおりならば,黒板に「間違いない。」と書くよう指示したところ,原告は,黒板の左下部分に「1分,2分の違いはあるが,作業内容は間違いありません。」と記載した。

しかし,黒板の記載内容はオペレーションデータと矛盾していたため,J副課長は,「オペレーションデータによれば,まず,10号機から13号機まで全機の電源スイッチを入れたことになっている。」と指摘したところ,原告は,「私の勘違いです。まず,10号機から13号機の電源スイッチを入れてから,発売スイッチを入れました。」と答えた。J副課長は,「それで間違いないか。」と念押ししたところ,原告は,「それで間違いない。」と答えた。そこで,J副課長は,「オペレーションデータでは10分違う。」と指摘したところ,原告は,「5時20分ころ電源を入れて,赤と青の鍵を机の引き出しに戻し,いったん休憩室に戻り,5時30分にまた机の中から鍵を持ち出して,券売機室に行き,発売にした。」と答えた。

(<証拠省略>)

(ウ) 原告が2度にわたり供述を変更したため,B駅長は,原告に対し,平成14年2月9日の起床時から自動券売機の立ち上げ作業終了時までの操作手順をホワイトボードに記載するよう指示したところ,原告は,次のとおりホワイトボードに記載した。これは,5時20分ころに10号機から13号機の電源スイッチを入れ,いったん休憩室に戻り,5時30分ころに10号機から13号機の発売スイッチを入れたというものであった。

「5:20 改札内の券売機(青・赤カギを持って)10号機より電源を入れる。ブザー音がし,確認ボタンを押す。11号機電源を入れる。12号機電源を入れる。13号機電源を入れる。ブザー音もする。確認ボタンを押し,出札室にもどる。カギ(赤・青引出しにかえす)休憩室にもどる。異常はブザー音だけで確認ボタンだけの扱いでした。

5:30 赤・青カギを持って10号機より発売にする。11,12,13号機,各機,青カギで閉める。カギを引出しにもどす。出札室の電源を入れる。」

(<証拠省略>)

(エ) ところが,ホワイトボードには,13号機について5時22分に電源スイッチを入れ,5時23分に電源スイッチを切り,5時31分に電源スイッチと発売スイッチを入れたという異常操作についての説明がなかった。そこで,J副課長は,原告に対し,ホワイトボードに記載した操作手順の説明を求め,間違いないか否かを確認したところ,原告は,ホワイトボードに記載した以外の操作はしていないと答えた。B駅長も確認したところ,原告は,間違いないと答えた。

J副課長は,オペレーションデータによれば自動券売機の電源スイッチが入れられた直後に切られていると指摘したところ,原告は,沈黙し,B駅長から電源を切った理由について尋ねられても答えようとしなかった。B駅長は,再度,電源を切った理由を尋ねたところ,原告は,「やっていない。抜いていない。」と答えるのみで,電源を切った理由を説明しなかった。このような13号機の操作手順は,通常では行われない異常操作であったため,B駅長は,原告に再度説明を求めたが,原告は,沈黙したり,「やっていない。」と言うのみであった。

(<証拠省略>)

(オ) B駅長は,原告の態度の変化を不審に思い,「X君,着服したのか。」と尋ねたところ,原告は,「はい,しました。」と小声で答えた。

そこで,B駅長は,原告に用紙を手渡し,日付,所属,職名,行為内容を書くよう指示した。原告は,「私は平成14年2月9日朝5時25分頃,a駅西口券売機13号機の電源を切り現金7万円を券売機の収納庫から着服しました。その現金は,ズボンのポケットに入れ,退社時私服に入れ,自宅に持ちかえりました。7万円は競艇につかいました。大変申し分けございませんでした。」と自筆で記入した「自認書」と題する書面を作成し,これに署名押印してB駅長に提出した。

宇都宮地区指導センターのK所長は,「どの競艇場に行ったのか。」と尋ねたところ,原告は,「10日の午後,戸田競艇場に行き,第6レースから第11レースまで1レース1万円ずつ使った。」と答えた。

午後9時30分ころ,事情聴取が終了し,B駅長は,原告をタクシーで自宅に送った。

後日,被告が戸田競艇場の開催状況を確認したところ,多摩川競艇の場外舟券が発売されていることが判明した。

(<証拠省略>)

コ 自認書の撤回

(ア) 原告は,平成14年2月16日午前9時40分ころ,駅事務室で大宮支社営業部企画課副課長指導グループリーダーのLと不足金発生の件について対応を協議していたB駅長を訪れ,興奮した状態で「おれはやっていません。おれはやっていません。」と述べた後,直ちに退室しようとした。B駅長らは,事情を聞くため,原告を呼び止めようとしたところ,原告は,なおも興奮した状態で「やっていません。」,「それだけを言いに来た。」との発言を繰り返した。

B駅長らは,原告をなだめていすに着席させた上で,真意を問い質したが,原告は,「やっていません。」と繰り返し,いすから立ち上がり,退室しようとしたため,B駅長とLグループリーダーは,駆け付けてきたE副駅長とC助役とともに原告を制止した。原告は,E副駅長に促され,駅長室に入った。

B駅長らは,「やっていないならば,なぜ自認書を書いたのか。」と質問したところ,原告は,興奮状態で「わからない。おれはやっていない。」と答えるのみで,具体的な理由を説明しようとしなかった。B駅長は,不測の事態をおそれ,原告の妻の勤務先に電話し,妻に原告を迎えに来るよう依頼した。

(<証拠省略>)

(イ) 同日午後1時過ぎころ,原告の妻がa駅を訪れた。原告の妻は,「主人は23年間,一度も悪いことをしたことはない。」と言ったので,B駅長は,原告がc駅勤務中に減給処分を受けたことを説明した。また,B駅長は,事情聴取をした講習室に原告の妻を案内し,板書の記載内容や,原告が説明した操作手順とオペレーションデータの矛盾点について説明した。原告の妻は,「もう一度調べ直してほしい。」と求めたので,B駅長は,原告に対し,事情聴取の際に述べた操作手順の矛盾点について説明を求めたところ,原告は,沈黙し,理由を説明しようとしなかった。結局,原告は,同日午後3時30分ころ,B駅長から就業制限通知書を受け取り,a駅を出た(<証拠省略>)。

サ 事情聴取の拒否

(ア) 原告代理人は,被告に対し,平成14年2月20日付け通知書(同月21日到達)により,自認書は任意に作成されたものではないと通知するとともに,原告を犯人として取り扱わないよう求めた。

被告は,同月20日以降,原告に対し,数回にわたり出頭を指示して事情聴取をしようとした。原告は,出頭には応じたが,毎回,「弁護士に任せてあるので,話すことはない。」と述べ,事情聴取には応じなかった。その際,原告は,テープレコーダーで被告の担当社員の発言を録音したり,携帯電話で自らが所属する労働組合の関係者と連絡を取ったりした。

(<証拠省略>)

(イ) 原告は,平成14年3月12日午前10時ころから午前11時30分ころまでの間,3名の社員による事情聴取を受けた。原告は,同年2月9日の自動券売機の立ち上げ時の操作が通常と異なる手順となっている理由や,13号機の操作において時間があいた理由について質問を受けたところ,13号機は以前から電源が切れることがあった,自分自身は電源スイッチを切った覚えはないなどと答えた(<証拠省略>)。

(ウ) 被告は,平成14年3月13日と同月18日,改めて原告に出頭を求め,原告の行動内容や供述内容の疑問点について説明を求めたが,原告は,「私から話すことはない。」と答え,事情聴取に応じようとしなかった(<証拠省略>)。

シ 担当業務の変更

被告は,警察に不足金の件について被害届を提出した,被告は,社内の調査だけでは,原告を現金を盗取したと断定することはできないとして,平成14年3月22日,原告の就業制限を同月27日付けで解除し,同日から原告を職務復帰させることとした。これに伴い,D駅長は,大宮支社の担当者等と原告の処遇について検討した結果,原告は自認書を作成して金銭の着服を認めたこと,自動券売機の異常操作に関する疑念は払拭されておらず,原告に対する嫌疑は解消していなかったこと,被告の要請を受け警察が捜査を続行していたこと,原告は同年2月4日に発生した4000円の不足金処理においても適正な処理をしなかったこと,原告はc駅で勤務中に過剰金の処理手続に違反して減給処分を受けた前歴があること等を考慮し,原告に現金を取り扱う出札業務を担当させることは適当ではないと判断した。そして,同年4月1日に新幹線切符発売のための新型自動券売機が導入されることに伴い,同年6月10日からその利用促進のための案内業務を担当させることとした(<証拠省略>)。

(2)  不法行為の成否について

ア 自認の強要について

(ア) 原告本人は,平成14年2月12日の事情聴取の際,B駅長から「何で呼ばれたのかわかってるのか。」と怒鳴られたと供述し,陳述書(<証拠省略>)にも同旨の記載があるが,証人Bの反対趣旨の証言に照らし,採用することができない。前記(1)ウ,カ認定のとおり,被告がオペレーションデータを分析した結果,自動券売機の異常操作が判明したのは,その翌日の同月13日であり,同月12日時点においては不足金発生の原因は不明であり,その手がかりとなるものはなかったから,B駅長らが原告に対し当初から現金着服の嫌疑をもって事情聴取に臨んだとは言い難い。

(イ) 平成14年2月14日の事情聴取について,原告の記憶が鮮明な時期に作成したとされる同年3月1日付け陳述書(<証拠省略>)には,<1>休憩時間中に2階休憩室にタバコを取りに行きたいと伝えたところ,B駅長から拒否されたため,行けなかった,<2>休憩時間中にトイレに行ったところ,B駅長が一緒についてきた,<3>ホワイトボードに自動券売機の操作手順を記載した際,大宮支社の担当者からしつこく「これが間違っていたら責任を取るのだろうな。」と強い口調で迫られた,<4>大宮支社の担当者から「ホワイトボードに記載した3度の内容がそれぞれ違う。責任を取れ。」と何度も迫られた,<5>B駅長から「1月1日の報知新聞のようになったら困るだろう。奥さんと子どもはどうするのだ。Xも53歳だろう。まだ第二の人生をやり直せるだろう。家族に迷惑をかけるな。」,「Xの言っていることは全部うそだから,責任を取れ。」と言われたので,「やっていないものはやっていない。」と否定したところ,「やっていないことを証明しろ。」,「責任を取り自認書を書け。」と迫られた,<6>長時間の尋問に耐えかね,訳がわからないまま,自認書を書いたとの記載があり,原告本人も同旨の供述をする。

しかし,この陳述書は,原告が最初に10号機から13号機までの操作手順を板書した際にJ副課長からオペレーションデータと矛盾すると指摘されたため,2度にわたり供述を変更したことについては触れておらず,自らにとって不利益と思われる重要な事実を意図的に避けようとする傾向がうかがわれる。

また,この陳述書は,原告がその後13号機の操作手順をホワイトボードに2度記載し(1度目は,自らの記憶どおりに「5時20分に電源スイッチを入れ,5時30分に発売スイッチを入れ,5時42分に発売スイッチを入れた。」と記載し,2度目は,支社担当者の指示どおりに「5時20分に電源スイッチを入れ,5時30分に発売スイッチを入れ,5時31分に発売中止にし,5時42分に発売スイッチを入れた。」と記載した。),その前後に支社担当者から「間違っていたら責任を取るのだろうな。」,「責任を取れ。」などと詰問されたとされているが,原告がホワイトボードに13号機の電源スイッチと発売スイッチの操作手順を記載したのは1回のみであり,いったん電源スイッチが入った後に電源スイッチが切られたことは,ホワイトボードに記載されていない(<証拠省略>)。操作手順をホワイトボードに記載した回数やその具体的内容に関するこの陳述書の記載は,客観的事実に符合しないから,このような記載をしたことを前提とする被告担当者と原告との間の会話の部分も,採用することができない。

したがって,原告の陳述書(<証拠省略>)の前記の記載部分は採用することができず,これに依拠する原告本人の供述及び修正後の陳述書(<証拠省略>)の記載も採用することができない。

(ウ) 原告は,平成14年2月14日の事情聴取において,外部に連絡する自由が完全に奪われ,監禁状態に置かれたと主張するが,原告は,B駅長らに対し,外部への連絡を求めたことはなかったことから(原告本人),採用することができない。

(エ) 前記(1)の認定事実によれば,平成14年2月14日の事情聴取は,午前11時ころから,約1時間40分の休憩時間をはさみ,午後9時30分ころまでの長時間に及んだが,その原因は,原告が自動券売機の操作手順についてオペレーションデータと矛盾する供述をした上,J副課長らから矛盾点について指摘を受けると,そのたびに供述を変遷させたことによるものということができる。B駅長らは,原告にまず業務内容について説明させた上で,原告の供述がオペレーションデータと矛盾する点についてその旨を指摘し,重点的に質問したが,このような事情聴取の方法自体は違法とは認められない。

(オ) 結局,前記(1)の認定事実によれば,原告は,自動券売機の操作手順について,オペレーションデータと矛盾する供述を行った上,被告の担当者からその矛盾点を指摘されると,再三にわたり供述を変遷させ,なおも被告の担当者から不自然・不合理な点を指摘されると,説明を続けることができなくなり,金銭着服の事実を自白したことが認められ,事情聴取の過程において,被告の担当者が原告に対し自認を強要した事実は認められない。

イ 事情説明の強要について

前記(1)サの認定事実によれば,被告は,平成14年2月20日以降,原告に対し,数回にわたり出頭を指示して事情聴取をしようとしたところ,原告は,出頭に応じたものの,毎回,「弁護士に任せてあるので,話すことはない。」と述べ,事情聴取には応じなかったことが認められるが,被告が原告に対し事情説明を強要した事実を認めるに足りる証拠はない。

被告は,原告がテープレコーダーで被告の担当社員の発言を録音したり,携帯電話で労働組合の関係者と連絡を取ることを許容していたから,被告が原告に対し事情説明を強要するような状況にあったとは認められない。

ウ 就業制限について

(ア) 証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,就業制限は,懲戒事由に該当する疑いのある行為をした社員に対し,懲戒処分が決定されるまでの間,調査の実施や職場秩序の維持のために命じる暫定的な出勤停止措置であることが認められる。

(イ) 前記(1)の認定事実によれば,原告は,平成14年2月14日の事情聴取において,自動券売機の操作手順について,オペレーションデータと矛盾する供述を行った上,被告の担当者からその矛盾点を指摘されると,再三にわたり供述を変遷させ,なおも被告の担当者から不自然・不合理な点を指摘されると,説明を続けることができなくなり,金銭着服の事実を認め,自認書を作成した。確かに,当時,自動券売機の構造や券売機の鍵の管理状況からみて,現金の盗取に関与することができる者は原告のみに限定されないし,現金がいつ,どの自動券売機から,どのようにして紛失したかは十分に解明されていなかったが(証人B),とりわけ,同月9日の自動券売機(10号機~13号機)の操作手順は,全機の電源スイッチを入れてから全機の発売スイッチを入れたり,うち一機について電源スイッチを入れた直後に電源スイッチを切り,その約8分後に電源スイッチを入れるという通常では行われない異常操作が行われたにもかかわらず,原告はその手順を合理的に説明することができず,説明に窮してしまい,自認書を作成したことや,原告以外の社員の供述に特に不自然,不合理な点が認められなかったことも併せると,被告が本件就業制限をした当時,原告に対し現金を盗取したとの強い嫌疑を抱いたことは合理的根拠に基づくものと認められる。そして,被告が原告に対し引き続き現金を取り扱う出札業務に従事させると,職場秩序の維持の観点から問題がある上,証拠隠滅のおそれもあることは否定できない。したがって,本件就業制限は,職場管理上やむを得ない措置であると認められ,これが原告の名誉,人格権等を侵害する違法な行為に当たるとは認められない。

エ 案内への業務指定について

前記(1)の認定事実によれば,被告は,社内の調査だけでは原告が現金を盗取したと断定することはできないとして,本件就業制限を解除したが,原告が現金を盗取したとの嫌疑は解消していなかった。原告は,本件就業制限後は被告からの指示にもかかわらず事情聴取を拒否し,ことさら供述を回避しようとする非協力な態度に終始していることも併せると,原告に対する嫌疑が解消しないのは,やむを得ない事由によるものと認められ,現金を取り扱う出札業務から原告を外すことは,合理的な措置ということができる。また,旅客の案内は営業係の職務に含まれるところ,被告は,主要な駅において新型自動券売機の利用促進のための専属の案内担当を設けていたから(<証拠省略>),a駅においても同様の案内担当を設ける業務上の必要性は否定できない。したがって,原告に対する案内への業務指定は,所属長である駅長の裁量の範囲を逸脱した違法な業務命令とは認められない。

オ 不法行為の成否

以上によれば,B駅長らが原告に自認を強要したり,被告が原告に事情説明を強要した事実は認められないし,本件就業制限及び案内への業務指定は,いずれも不法行為には当たらない。

そうすると,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は,理由がない。

3  本件就業制限の効力(争点(5))について

前記2ウで述べたとおり,本件就業制限は,職場管理上やむを得ない措置であると認められるから,有効である。被告が原告の給与から控除した金額が本件就業制限によるものであることは,当事者間に争いがない。

したがって,原告の被告に対する控除部分の未払賃金請求は,理由がない。

4  結論

以上によれば,原告の請求中,被告大宮支社a駅営業係「出札」の業務に従事する地位にあることの確認を求める部分の訴えは,不適法であるからこれを却下し,原告のその余の請求は,いずれも理由がないから,これを棄却し,主文のとおり判決する。

(裁判官 龍見昇)

別紙2

東日本旅客鉄道株式会社就業規則

別表第1(第48条)

1 駅,定期券センター,びゅうプラザ,信号場,操車場

<省略>

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