東京地方裁判所 平成14年(ワ)22037号 判決 2004年7月28日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは、株式会社三越に対し、連帯して金41億8623万円及びこれに対する平成14年11月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、株式会社三越(以下「三越」という。)の株主である原告が、三越の取締役又は元取締役である被告らに対し、被告らが株式会社内野屋工務店(以下「内野屋」という。)の代表取締役社長であったL及び株式会社千葉興業銀行(以下「千葉興銀」という。)に対する損害賠償請求をせず、一切の回収行為を行わないことについて、取締役の善管注意義務に違反するとして、商法266条1項5号、267条に基づき、三越への賠償金41億8623万円及び被告らが善管注意義務違反行為を行った日以降の日である平成14年11月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めて株主代表訴訟を提起した事案である。
1 前提となる事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(後掲)及び弁論の全趣旨により認められる事実である。
(1) 当事者
ア 三越
三越は、東京都中央区日本橋室町a丁目b番c号に本店を置き、百貨店業を主たる業務とする株式会社である(甲1)。
イ 原告
原告は、遅くとも昭和39年ころから三越の株主であり、現在、三越の株式257万7000株を有する。また、原告は、遅くとも平成3年3月27日から同社の取締役を務めていたが、平成11年5月27日、同取締役の地位を退任した(甲1、甲2、甲15の1)。
ウ 被告ら
被告B、同C及び同Dは、後記(4)アのとおり、原告が三越に対して訴訟提起の要請を行った平成13年12月18日から、被告らが訴訟提起をしないと決定した平成14年5月7日までの間、三越の代表取締役であった。
被告E、同F、同G、同H、同I、同Jび同Kは、平成13年12月18日から平成14年5月7日までの間、三越の取締役であった(以上、甲1)。
(2) 三越による本件ゴルフ場計画に伴う特別損失計上の経緯等
ア 本件ゴルフ場の開場計画
三越は、昭和63年5月29日、内野屋との間で、内野屋が千葉県印旛郡八街町におけるゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)の用地買収・造成等を行い、その完成後に三越が本件ゴルフ場の事業を引き継ぐことを内容とする覚書(甲13)を取り交わし、三越は、この覚書に基づき、その後、内野屋に対し、8億6000万円の預託金を交付した(争いがない。)。
イ レオの内野屋に対する資金拠出
(ア) レオの内野屋に対する貸付け
三越の100パーセント子会社である株式会社レオ・エンタープライズ(甲17。以下「レオ」という。)は、平成3年3月28日から平成9年12月24日までの間に、内野屋に対し、別紙「内野屋への資金の流れ一覧表」(添付省略)の「貸付金」の各欄(No.13を除く。)記載の金額の合計額521億3807万5000円を貸し付けた。平成10年3月末現在において、このレオの内野屋に対する貸付残高は518億8920万5000円であった(争いがない。)。
(イ) レオによる三越の預託金債権の譲受け
レオは、平成8年6月に、三越から、前記アの三越の内野屋に対する預託金返還請求権(8億6000万円)を譲り受けた(争いがない。)。
(ウ) レオの内野屋に対する仮払い
レオは、平成9年9月1日から平成10年3月26日までの間、内野屋に対し、別紙「内野屋への資金の流れ一覧表」の「仮払金」の各欄記載の金額の合計額6億2100万円を貸し付けた。平成10年3月末現在において、このレオの内野屋に対する貸付残高(仮払金名目)は6億1100万円であった(争いがない。)。
ウ 内野屋の経営状況等
(ア) 千葉興銀と内野屋の関係
内野屋の主要取引銀行(いわゆるメインバンク)であった千葉興銀は、内野屋の経営状態が悪化する中で、平成5年2月22日ころ、同行従業員のMを内野屋に出向させ、同日、Mは内野屋の常務取締役に選任された。その後、平成7年5月9日にMは同社常務取締役を辞任し、千葉興銀は、同行従業員のNをMの後任として内野屋に出向させ、Nは、同月10日に内野屋の常務取締役に選任され、平成10年5月9日に辞任するまで、その地位にあった(甲5、甲37、甲55の8から10まで)。
(イ) 本件分割計画の概要等
内野屋は、いわゆるバブル期以降、大型の民間造成工事の減少を受けて、平成6年9月期以降売上が大幅に減少した。
内野屋は、その最中の平成8年初めころ、本件ゴルフ場の事業計画等を承継する新会社を設立し、これを内野屋から分割する計画(以下「本件分割計画」という。)の検討を始めた。その際、内野屋はO会計事務所に本件分割計画の税務会計上の検討を依頼し、検討を依頼されたO会計士は、同年2月14日、当時内野屋の常務であったNらと打合せを行い、同年3月25日、内野屋の経理部長に対し、検討結果をまとめた手書きの資料(以下「Oメモ」という。)を作成し交付した。
その後、Oメモに基づき、同年3月27日、千葉興銀本店会議室において、内野屋の経理部長らが会議(以下「本件会議」という。)を開催し、本件分割計画について協議したが、その後、結局本件分割計画は実現されなかった(以上、甲37から甲39まで、甲48、甲49、弁論の全趣旨)。
(ウ) レオによる内野屋に対する本件分割計画以降の資金拠出の状況
レオは、平成8年3月29日から平成10年3月26日までの間に、内野屋に対し、貸付金又は仮払金の名目で、合計41億8623万円(後記エ(イ)の弁済を受けた部分を含まない。)の資金を拠出した(争いがない。)。
エ 三越の損失計上の経緯
(ア) 平成10年2月期決算における特別損失の計上
レオは、平成9年8月末現在において、当時の内野屋の経営状況、資産状況及びゴルフ場に関する一般市況等を考慮し、内野屋に対する債権額約580億円(前記イの合計額に利息を加えた額)のうち、本件ゴルフ場の買収済用地の評価額(約134億円)を超える部分約446億円について、同額の貸倒引当金を計上した。
三越は、レオの貸倒引当金の計上に伴い、平成10年2月期の決算において、子会社事業損失引当金約446億円を特別損失に計上した(以上、甲3の1及び2、弁論の全趣旨)。
(イ) 内野屋のレオに対する弁済
内野屋は、平成10年3月ころ、レオの100パーセント子会社である株式会社ワイ・シー・シー(以下「ワイ・シー・シー」という。)に対し、本件ゴルフ場用地の持分権5分の4を売却し、その代金113億2932万8000円を、内野屋のレオに対する債務のうち、未収利息47億5154万9034円、預託金8億6000万円、仮払金6億1100万円及び貸付金元金の一部51億0677万8966円に充当し、内野屋とレオは、同年4月30日現在における内野屋のレオに対する残債務額が467億8242万6034円であることを確認した(以上、争いがない。)。
(ウ) 平成11年2月期決算における特別損失の計上
三越は、後記(3)のとおり、内野屋が平成10年6月5日に破産宣告を受けたことから、本件ゴルフ場計画を断念した。
そして、レオの内野屋に対する債権の回収不能見込額6億2100万円が新たに計上されたことに伴い、三越は、平成11年2月期の決算において、レオに対する貸付金等の貸倒引当金11億0900万円を特別損失に計上した。また、ワイ・シーシーが取得した土地についても、事業の継続を前提とした評価を改め、ワイ・シーシーがその評価損等を含む特別損失102億7900万円を計上したことに伴い、三越も、同期において、子会社事業損失引当金として、同額の特別損失を計上した(以上、甲4の1及び2、弁論の全趣旨)。
(3) 内野屋の破産手続の経緯
ア 内野屋の破産及びレオによる債権届出
内野屋は、平成10年6月5日、千葉地方裁判所(以下「破産裁判所」という。)において、破産宣告を受けた(以下、内野屋の破産事件を「本件破産事件」という。)。なお、Lは、これに先立つ同年1月13日、内野屋の代表取締役を辞任した。
レオは、同年8月19日、破産裁判所に対し、破産債権として、元金467億8242万6034円、利息損害金1億1125万2454円を届け出た。(以上、甲5、甲11)
イ 破産管財人及び千葉県警による内野屋の調査
(ア) 破産管財人による本件ゴルフ場計画に係る資金使途の調査
本件破産事件の破産管財人は、内野屋の破産債権者らから、平成12年9月27日付「ご質問及び調査依頼書」(甲8の1及び2)及び平成13年1月26日付「ご質問及び調査依頼書(2)」(甲9の1及び2)による調査依頼を受け、本件ゴルフ場計画に投下された資金について調査を行った。これに対し、内野屋の破産宣告の当時、内野屋の代表取締役であったP(Lの子)から破産管財人に対し、平成13年3月12日付回答書(甲10の2)が提出されたが、その回答書には、「なお、株式会社内野屋工務店は平成5年5月以降、千葉興業銀行の事実上の管理下におかれ、財務経理の一切は同行の管理の下に行われておりました」旨記載されていた。また、平成9年9月末現在における本件ゴルフ場計画のための借入金の使途の内訳及び合計額は、土地取得費261億5700万円、事業所諸費用及び設備費44億4600万円、設計許認可・測量・登記費10億1100万円、借地権取得費及び地代26億0700万円、造成費用等2億7500万円、借入金利息118億2800万円の合計463億2400万円であったことが記載されていた。
これを受けて、破産管財人は、平成13年4月9日付報告書(甲10の1)を破産裁判所に提出したが、その報告書には、上記資金使途には疑問があるが、それ以上の解明には至らなかったとして、千葉県警察本部刑事部第2課(以下「千葉県警」という。)と協議のうえ、公認会計士の資格を有する警部補を長とするチームによる内定調査を依頼し、それに伴い、「平成10年12月15日、元帳・伝票ファイル・等財務関係書類の一切を任意提出して、捜査に委ねました。」旨記載されていた。
(イ) 千葉県警による捜査
千葉県警は、平成10年7月1日、内野屋工務店について多額の使途不明金(約60億円から約200億円程度)が存在し、資産隠しとして別会社に流れていると思料し捜査を進めた。その後、千葉県警は、平成11年1月28日、Lを含む内野屋経営陣に対する特別背任(内野屋工務店からLに対する総額約39億円の仮払金・貸付金の存在とLの自己目的による使用)及びレオの拠出金に係るLの横領(Lによる用地買収等に係る資金の自己目的による使用)等の容疑が存在していると思料し、今後、Lに対する仮払金・貸付金の使途先の解明等を図っていくとの方針を立てて、また、L個人に対する破産申立てについて債権者に協力を得ることも視野に入れて、捜査を進めていくこととした(甲66、67)。
しかし、その後、破産管財人は、平成14年1月30日付報告書(甲35)を破産裁判所に提出して、破産管財人としてこれ以上の調査・追求は困難と判断したことを報告したが、その報告書には、千葉県警が、捜査の結果、刑事被疑事件の立件が困難であると判断したこと、そこで、千葉県警から帳簿類(段ボール箱25箱)等の返還を受けたことが記載され、結局、破産管財人の調査及び千葉県警の捜査によっても、Lに係る犯罪事実の立件には至らなかった。
(4) 原告による訴訟提起の要請及び本件訴訟提起に至る経緯
ア 原告による訴訟提起の要請
原告は、平成13年12月18日付「通知書」(甲18の1)、平成14年1月18日付「通知書(2)」(甲20の1)、同年2月25日付「取締役に対する訴請求書」(甲22の1)により、三越に対し、千葉興銀及び内野屋の代表者であったLに対する損害賠償請求をするよう求めたが、三越は、同年1月15日付「回答書」(甲19)、同年1月31日付「回答書」(甲21)、同年3月19日付「ご通知」(甲23)により、これに応じられないと回答した。
そこで、原告は、同年4月4日付「通知書(3)」(甲24の1)により、三越に対し、再度、千葉興銀及びLに対する損害賠償請求をするよう求めるとともに、同書面到達後1か月以内に損害賠償請求をしない場合には、株主代表訴訟を提起する手続に入ることを通知し、同通知は同月5日には三越に到達した(最終期限は同年5月7日)。これに対し、三越(被告ら)は、同年5月7日までに、L及び千葉興銀に対する損害賠償請求をしないことを決定し、その旨同年5月8日付「回答書」(甲27)により回答し、その回答書の中で、原告の主張が推測であり事実ではないと述べていた。
イ 原告による提訴請求
原告は、平成14年5月9日、三越の監査役に対し、同月8日付「取締役に対する訴提起請求書」(甲26の1)により、被告らに対する責任追及訴訟を提起するよう請求した(甲26の2)。
三越の監査役は、同年7月4日付回答書(甲29)により、原告に対し、被告らに対する責任追及訴訟を提起しない旨回答した。
ウ 原告による訴訟の提起
原告は、上記イの提訴請求があった日から60日を経過した日以降の日である平成14年10月10日、被告らに対し、本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著)。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 本件損害賠償請求権1の不行使による被告らの責任の有無
被告らが、前記前提となる事実(4)アのとおり、L及び千葉興銀に対する損害賠償請求をしないことを決定した平成14年5月7日の時点(以下「本件基準時」という。)において、Lに対する41億8623万円の損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権1」という。)を行使せず、一切の回収を行わないと決定した点について、善管注意義務違反に基づく損害賠償責任を負担するかどうか。
(原告の主張)
本件損害賠償請求権1については、後記アないしウのとおり、本件基準時において、それが存在することに理由があり、したがって、訴訟を提起すれば、勝訴の蓋然性が高く、かつ、後記エのとおり、回収可能性が認められるにもかかわらず、被告らは、本件基準時において、その行使をしないと判断し、三越が損害を回復する機会を失わせ、三越に41億8623万円の損害を被らせたから、三越に対して同額の損害賠償責任を負う。
ア 本件損害賠償請求権1の法的構成
本件損害賠償請求権1は、Lが、三越に対し、同人の故意若しくは過失による不法行為に基づく損害賠償責任又は悪意若しくは重過失の任務懈怠行為による商法266条の3に基づく損害賠償責任を負うことに基づくものである。
(ア) Lの違法行為
a 本件使途不明金及び本件裏金の存在
レオが内野屋に拠出した資金のうち少なくとも71億9639万7347円は、平成8年3月25日時点において、本件ゴルフ場計画のために使用されたものではない使途不明金(以下「本件使途不明金」という。)であった。そして、本件使途不明金のうち12億0438万8000円は、内野屋からL個人に対し仮払金の名目で支出された。
また、内野屋は、用地買収のための資金使途について、レオに対し、ゴルフ用地の売買契約又は賃貸借契約に係る契約書原本(平成4年9月30日付けから平成9年8月2日付けまでのもの)の金額欄を改ざん(水増し)した虚偽の契約書を作成して提出した。すなわち、内野屋は、上記各契約の実際の支出額より65億9951万4420円を多く支出したと報告し、上記金額をいわば裏金(以下「本件裏金」という。)として請求した。
b 三越(レオ)側の認識及びLの欺罔行為
三越側による内野屋に対する拠出資金の使途は、本件ゴルフ場計画の用地買収・開発に限定され、これ以外の使途に費消されることは容認されていなかった以上、仮に、三越側が、本件使途不明金や本件裏金のいずれかの存在を認識していた場合、それを認識した時点において、資金を拠出することはあり得なかった。
しかるに、Lは、平成8年3月27日までに本件使途不明金等の存在を認識していたにもかかわらず、これを秘して、三越側から内野屋に対し、平成8年3月29日から平成10年3月26日までの間に、貸付金又は仮払金の名目で合計41億8623万円を支出させた。これは、Lによる詐欺行為(以下「本件違法行為」という。)に該当する。また、本件違法行為は、Lの内野屋の代表取締役としての職務執行に関する悪意又は重過失による任務懈怠にも該当する。
(イ) 相当因果関係及び損害
レオは、本件違法行為により、前記(ア)bのとおり、41億8623万円を内野屋に拠出したが、内野屋が平成10年6月5日に破産宣告を受けたことにより、同額の回収ができなくなり、その結果、三越は、前記前提となる事実(2)エのとおり、合計約560億円の特別損失を計上しており、少なくとも上記41億8623万円の損害を被ったといえる。
イ 証拠の存在及び収集可能性
本件損害賠償請求権1の存在を立証する資料は、本件基準時において、多数存在し、かつ、それを収集することは容易であった。
(ア) 本件使途不明金の存在を裏付ける資料
本件破産事件に係る一件記録中には、本件分割計画の内容が検討されているOメモが存在している。
このOメモには、「仮払金(L)」として12億0438万8000円と「開発事業未収入金」として59億9200万9347円が記載され、前者は不明支出分と扱われ、後者は既往先行収益計上分と扱われ、いずれも本件ゴルフ場計画の出資のうち新会社に承継できないものとされている。また、Oメモがワープロで清書された資料にも、同様の記載がある。
このように、59億9200万9347円は、会計士が、負債との不一致を回避するため、具体的な支出使途が不明な資金を形式上資産として扱い、開発事業未収入金という一般的な勘定科目にはない資産項目に分類したものである。しかも、内野屋の平成6年9月期の貸借対照表において、突如、この開発事業未収入金が計上されている。また、12億0438万8000円は、L個人への支出金であり、使途不明金に分類されていた。
さらに、千葉県警の捜査資料(甲66、甲67)にも、Lに対する仮払金・貸付金が39億円存在し、それがLの個人的な目的に使用されていたこと、Lが本件使途不明金を含むレオからの拠出金を個人的に費消した可能性が高いことなどが記載されている。
なお、被告らは、後記被告らの主張イのとおり、千葉県警及び破産管財人の調査によっても、本件使途不明金の解明には至らなかったのであるから、本件使途不明金の存在を立証することはできないと主張するが、使途不明金の存在は認められるものの、そこから生ずる刑事責任の解明には至らなかったというにすぎず、本件損害賠償請求権1の存在は、刑事事件と異なり、同請求権の内容が過失責任でもある以上、刑事事件の捜査が進展しなかったことを理由に立証ができないとはいえない。
(イ) Lの認識可能性を裏付ける資料
Lは、遅くとも平成8年3月27日までに本件使途不明金の存在を認識していた。すなわち、本件使途不明金のうち12億0438万8000円はL個人に支払われていたものであり、また、Lは、遅くとも平成8年3月27日までには、Oメモの内容について、報告を受けていたはずであり、その時点において、本件使途不明金の存在を認識していた。
(ウ) 本件裏金の存在
本件裏金は、本件破産事件の一件記録の中にあったゴルフ場用地の売買又は賃貸借に係る各契約書の金額とレオが把握していた契約書の金額との比較から明らかである。
(エ) 証拠の収集可能性
レオは、本件破産事件の破産債権者であり、破産宣告後であれば、その一件記録の閲覧謄写を容易に行い得るから、三越は、本件基準時において、レオを通じて、本件破産事件の一件記録を収集することができた。
また、三越には、本件損害賠償請求権1に係る訴訟を提起して受訴裁判所に対して本件破産事件の一件記録についての送付嘱託を申し立てる方法や本件損害賠償請求権1に係る訴訟の提起前であっても証拠保全の申立てをして本件破産事件の一件記録の閲覧謄写を求める方法もあった。
したがって、本件損害賠償請求権1の存在を立証する資料の収集は、本件基準時においても、容易であった。
ウ 本件損害賠償請求権1に係る訴訟提起に関する経営判断の裁量
被告らは、本件損害賠償請求権1に係る訴訟を提起するについて、取締役としての経営判断の裁量があると主張するが、前記ア及びイのとおり、勝訴の蓋然性が認められ、後記エのとおり、回収可能性も認められる場合、被告らは、三越の取締役として損害を回復すべき義務を負うから、本件においては、他の場合よりも経営判断の裁量の幅は狭いと解すべきである。また、経営判断の原則には、情報の収集という過失責任の側面とそれを前提とした判断の面があり、本件では被告らは情報の収集を怠っており、その面でも責任を負うべきである。
なお、被告らは、後記被告らの主張ウのとおり、本件損害賠償請求権1に係る訴訟を提起した場合、新たに訴訟費用、弁護士費用を負担することになり、かえって損害を拡大させる結果となると主張するが、一部請求も可能であり、被告の主張は失当である。
エ Lからの回収可能性
被告らは、後記被告らの主張エのとおり、本件損害賠償請求権1に係る訴訟に勝訴しても、Lから賠償金を回収することはできないと主張するが、内野屋が破産宣告を受けたにもかかわらず、Lが破産手続を申し立てていないこと、同人が内野屋の破産宣告後も平成16年1月31日に解任されるまで銚子電鉄株式会社(以下「銚子電鉄」という。)の代表取締役を務めていたことからすると、Lから相当額を回収することはできたといえる。
また、被告らは、大成建設株式会社(以下「大成建設」という。)がLに対する手形債権を無税償却したことから資力がないと主張するが、大成建設が無税償却したのは平成13年3月であり、Lが銚子電鉄の代表取締役を解任されたのは平成16年1月31日であるからLがその間報酬を受けていたことは間違いなく、被告らの主張は失当である。
(被告らの主張)
本件損害賠償請求権1は、その法的構成及び立証の点から、これに係る訴訟を提起しても、到底勝訴し得るものではなく、また、仮に勝訴したとしても、Lから回収できる見込みがない以上、本件基準時において、本件損害賠償請求権1を行使しないとした被告らの判断は合理的であるし、また、Lから回収できる見込みが明らかでない以上、その行使をしないことにより、三越が損害を被ったともいえない。
ア 本件損害賠償請求権1の法的構成
原告が主張する法的構成については争う。そもそも、本件使途不明金及び本件裏金が存在していたかどうかも不明である。
イ 証拠の存在及び収集可能性
本件損害賠償請求権1の存在を立証できる資料は存在しない。
破産管財人及び千葉県警が調査したにもかかわらず、本件使途不明金に係る内容は明らかとされなかった以上、単なる破産債権者にすぎないレオ(三越)が、Lの不法行為を立証することはできない。
ウ 本件損害賠償請求権1に係る訴訟提起に関する経営判断の裁量
後記エのとおりLから確実に回収できる見込みもないことに加え、本件損害賠償請求権1に係る訴訟を提起した場合、三越は、新たに、訴訟費用(印紙代約950万円)及び訴訟追行のために委任する弁護士に対する費用を負担することとなり、かえって、三越の損失を拡大させる結果となるおそれが高い。このような場合、本件損害賠償請求権1を提起しないことについて、被告らには取締役としての経営判断の裁量がある。
エ Lからの回収可能性
仮に、レオ又は三越が、本件損害賠償請求権1に係る訴訟を提起し勝訴したとしても、Lには資力がなく、41億8623万円を現実に回収することはできない。
内野屋は破産しており、その代表者のLにはほとんど資力がないことが推認される。仮に、Lに資力があり、Lが内野屋から仮払金を受領していたのであれば、破産管財人が、Lから相応の回収を図るはずであるが、破産管財人は、そのような措置を講じておらず、これは、Lに全く資力がないことを示している。
現に、Lに対して手形債権に基づき訴訟を提起して勝訴判決を得た大成建設は、Lから回収すべき資産がないため、同手形債権を無税償却している。
(2) 本件損害賠償請求権2の不行使による被告らの責任の有無
被告らが、前記前提となる事実(4)アのとおり、本件基準時において、千葉興銀に対する41億8623万円の損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権2」という。)を行使せず、一切の回収を行わないと決定した点について、善管注意義務違反に基づく損害賠償責任を負担するかどうか。
(原告の主張)
本件損害賠償請求権2について、後記ア及びイのとおり、本件基準時において、それが存在することに理由があり、したがって、訴訟を提起すれば、勝訴の蓋然性が高く、かつ、回収可能性があるにもかかわらず、被告らは、本件基準時において、その行使をしないと判断し、三越が損害を回復する機会を失わせ、三越に同額の損害を被らせたから、三越に対して損害賠償責任を負う。
ア 本件損害賠償請求権2の法的構成
本件損害賠償請求権2は、千葉興銀が、Nの不法行為により、三越に対して、使用者責任(民法715条)による損害賠償責任を負うことに基づくものである。
(ア) Nの違法行為
a Nの違法な職務執行
Nは、前記前提となる事実(2)ウ(ア)のとおり、平成7年5月に千葉興銀に在籍したまま、内野屋に出向し、同社の常務取締役に就任し、平成10年5月9日まで、同社の財務経理の一切(一般的な資金支出、借入れの弁済等を含む。)を担当していた。また、Nは、前記前提となる事実(2)ウ(イ)のとおり、遅くとも平成8年3月27日までに、本件使途不明金等の存在を認識していた。
したがって、Nは、内野屋の取締役として、Lが本件使途不明金等の存在を秘して、三越(レオ)から内野屋に41億8623万円を拠出させた本件違法行為を防止すべき義務を負っていた。にもかかわらず、Nは、千葉興銀の内野屋に対する債権回収を優先し、故意又は過失により、本件違法行為を黙認する違法な職務執行を行った。この結果、平成8年3月27日以降も、レオからの資金拠出により内野屋は資金繰り破たんを来さず、千葉興銀は平成9年から平成10年6月までの間に内野屋から11億円以上の貸金を回収することができた。
b Nの注意義務の範囲
被告らは、後記被告らの主張ア(ア)のとおり、Nは内野屋の取締役として、同社に対して職務執行を適正に行うべき義務を負うが、レオに対する関係ではそのような注意義務を負担しないと主張する。しかし、不法行為責任は、ある者に作為義務があり、故意又は過失によりそれに違反し、第三者に損害を与えた場合、当然その第三者に対して損害賠償責任を負うとするものであるから、Nの注意義務の対象が内野屋に対するものであるかどうかは、同人が三越に不法行為責任を負うかどうかとは無関係である。
そして、作為義務の相手方が内野屋であったとしても、本件違法行為によって、具体的に三越側が損害を受けるということをNは認識し又は予見可能であったから、三越に対する不法行為が成立する。
c Nの違法行為と三越側の損害
Nの違法な職務執行により、Lの本件違法行為が放置され、その結果として、レオによる資金拠出が継続され、内野屋の破産により、レオひいては三越に損害を生じさせたのであるから、Nの違法行為により、三越(レオ)に41億8623万円の損害が発生したといえる。
(イ) 千葉興銀のNに対する指揮監督関係
千葉興銀は、前記前提となる事実(2)ウ(ア)のとおり、平成5年2月にはMを内野屋へ常務取締役として出向させ、平成7年5月にはNをMの後任として、千葉興銀に在籍させたまま内野屋へ常務取締役として出向させた。
すなわち、Nは、業務担当取締役としてLの指揮監督に服する立場と取締役としてLを監督する立場の両方を併せ持つ。
このように、千葉興銀は、出向者従業員を通じて内野屋の管理を行っていたのであり、Nは、出向後も千葉興銀の債権回収業務のため、千葉興銀の従業員の身分を保持したまま、内野屋に出向して同社を監督しており、同人は、千葉興銀の指揮監督下にあった。内野屋への出向は、千葉興銀が事実上決定した人事であるため、出向元である千葉興銀が出向者に対して指揮監督権限を有すると解すべき特段の事情があるといえる。
(ウ) 千葉興銀の事業執行性
Nは、千葉興銀の債権管理・回収業務のために、内野屋に出向して、内野屋の常務取締役の職務を遂行しており、同人の職務執行は千葉興銀の事業執行性を有する。
すなわち、千葉興銀は、平成4年当時、内野屋の経営状態が悪化していたことから、千葉興銀の内野屋に対する債権の管理・回収のため、Mを出向させ、Mは、内野屋の資産を調査し把握していた。
その後、千葉興銀は、Mの後任者として、Nを出向させ、Nは、千葉興銀の債権管理・回収業務のため、内野屋の経理財務の一切を把握、監督していたが、千葉興銀の債権管理・回収業務を円滑にするため、故意又は過失により、Lによる本件違法行為を防止することなく放置し、三越(レオ)側からの資金拠出を継続させ、この結果、千葉興銀は、平成9年から平成10年6月までの間に内野屋から約11億円を回収した。
その後、Nは、内野屋が破産宣告を受ける直前である平成10年5月9日に内野屋の取締役を辞任し、千葉興銀に復帰して、内野屋の破産後の同年8月27日には、破産裁判所に対し、千葉興銀の事務担当者として、債権届出書を提出した。
イ 証拠の存在及び収集可能性
(ア) 証拠の存在
本件損害賠償請求権2の存在を立証する資料として、本件破産事件の一件記録の中に、千葉興銀が内野屋の財務を管理していたとの記載がある内野屋の破産管財人に対する回答書、千葉興銀が平成9年から平成10年6月までの1年半の間に11億円の債権を回収していたとの記載がある千葉興銀の債権届出書、本件分割計画に関する前記Oメモ及びNが内野屋の出入金関係全てについて決裁・承認をしていたことを示す書類など多数の証拠(甲37、甲48、甲49、甲58、甲59、甲60、甲61、甲63)が存在する。
(イ) 証拠の収集可能性
前記(1)の原告の主張イ(エ)のとおり、三越は、レオを通じて、又は証拠保全若しくは送付嘱託の申立てにより、本件破産事件の一件記録を容易に収集し得たのであり、本件損害賠償請求権2の存在を立証する資料の収集は、本件基準時において容易であった。
ウ 本件損害賠償請求権2に係る訴訟提起に関する経営判断の裁量
被告らは、後記被告らの主張ウのとおり、本件損害賠償請求権2に係る訴訟を提起するについて、取締役としての経営判断の裁量権があると主張するが、本件における三越の被った損害の巨額さ(資本金の約1.5倍にも達しており、その特別損失を補てんするため、人員削減等のリストラの実施を余儀なくされた。)を考慮すると、上記のとおり勝訴の蓋然性が認められ、上場中の銀行である千葉興銀からの回収可能性が明らかである以上、被告らは、三越の取締役として損害を回復すべき義務を負うから、本件においては、他の場合よりも経営判断の裁量の幅は狭いと解すべきである。また、経営判断の原則には、情報の収集という過失責任の側面とそれを前提とした判断の面があり、本件では被告らは情報の収集を怠っており、その面でも責任を負うべきである。
さらに、被告らは、訴訟提起の不利益として不当訴訟のおそれを主張するが、それは、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者がそれを知り又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて訴訟を提起したなど裁判制度の趣旨目的に照らし著しく相当性を欠く場合であって、本件においては、勝訴の蓋然性がある以上、当てはまらない。
加えて、被告らは、本件損害賠償請求権2に係る訴訟提起をした場合に三越の信用等に関わると主張するが、上記の三越の被った損害の巨額さ及び訴訟提起のリスクも不当訴訟とされる程度にすぎないことからすると、むしろ損害回復のための義務を果たすべきであって、三越の信用等を理由に本件損害賠償請求権2の不行使を正当化することはできない。
(被告らの主張)
本件損害賠償請求権2は、本件基準時において、勝訴の見込みが全くないものであり、かつ、被告らが本件損害賠償請求権2に係る訴訟を提起するについて取締役としての裁量があるから、被告らが、本件損害賠償請求権2を行使しないことについて、被告らには善管注意義務違反などない。
ア 本件損害賠償請求権2の法的構成
原告の主張する法的構成は、およそ成り立ち得ないものであって、千葉興銀が、次のとおり、Nの内野屋の常務取締役としての職務執行について、民法715条による使用者責任に基づく損害賠償責任を負うことはあり得ない。
(ア) Nの違法行為
前記(1)の被告らの主張アのとおり、本件使途不明金等が存在したかどうかは不明である。仮に、本件違法行為があったとしても、Nは、内野屋の常務取締役として、内野屋に対し、その職務執行について善管注意義務を負担していたにすぎず、三越やレオに善管注意義務を負担していたとはいえないから、それを放置したことが三越やレオとの関係で違法となるとはいえない。
(イ) 千葉興銀のNに対する指揮監督関係
Nは、千葉興銀から出向の形式で、内野屋の常務取締役に就任しているから、出向元である千葉興銀は、特段の事情がない限り、出向者に対して指揮監督権限を有しない。
すなわち、Nは、内野屋の常務取締役として、法律上当然に内野屋の取締役会及び内野屋の代表取締役であるLの指揮監督を受けるのであり、その選任解任権も内野屋の株主総会が有するから、千葉興銀による指揮監督関係は存在していない。
(ウ) 千葉興銀の事業執行性
本件において、Nが内野屋の取締役の在任期間中に千葉興銀の事業の執行として行動していた事実はない。すなわち、Nは、内野屋の財務経理を担当する常務取締役であり、Nが内野屋の出入金関係を決裁・承認していたことは、内野屋の取締役としての職務を執行していたというにすぎない。
また、原告は、Nが本件違法行為を防止すべき義務を負っていたと主張するが、このような監視義務は千葉興銀の事業の執行と全く関連性を有しない。
イ 証拠の存在及び収集可能性
原告が主張する証拠は、いずれもNの内野屋の常務取締役としての職務の執行を示すものにすぎない。また、原告の指摘する内野屋の回答書は、平成6年9月期以降前年同期と比較して売上が約半分の100億円強に落ち込み、大幅なリストラを実施し、平成5年2月以降内野屋がメインバンクである千葉興銀からMの出向を得て、Mその後Nの管理の下に資金繰りの支援を受けていたと記載されているにすぎず、Nが千葉興銀の事業の執行として行動していたことを裏付けるものではない。
ウ 本件損害賠償請求権2に係る訴訟提起に関する経営判断の裁量
本件損害賠償請求権2に係る訴訟について、勝訴の見込みがないことは前記ア及びイのとおりである。また、仮に何らかの見込みがあったとしても、三越が、確実な勝訴の見込みがないまま、訴訟提起後に新たな証拠が収集できるかもしれないという期待のみで、一部上場の著名企業である千葉興銀に対する訴訟を提起することには、仮に敗訴した場合に、三越の信用が著しく失墜するなどの危険がある。このような場合、本件損害賠償請求権2に係る訴訟を提起しないことについて、被告らには取締役としての経営判断の裁量がある。
第3当裁判所の判断
1 会社の訴訟提起に係る取締役の判断について
取締役は、会社に対し、「善良ナル管理者ノ注意ヲ以テ」会社の業務を執行すべき義務を負い(商法254条3項、民法644条)、また、「会社ノ為忠実ニ其ノ職務ヲ遂行スル義務」を負うところ(商法254条の3)、上記善管注意義務及び忠実義務の内容として、会社の財産を適切に管理・保全し、このような会社の財産が債権である場合には、適切な方法によりこれを管理し、その回収を図らなければならない義務を負っているというべきである。したがって、会社が特定の債権を有し、ある一定時点においてその全部又は一部の回収が可能であったにもかかわらず、取締役が適切な方法で当該債権の管理・回収を図らずに放置し、かつ、そのことに過失がある場合においては、取締役に善管注意義務違反が認められる余地があるというべきである。
もっとも、債権管理・回収の具体的な方法については、債権の存在の確度、債権行使による回収の確実性、回収可能利益とそのためのコストとのバランス、敗訴した場合の会社の信用毀損のリスク等を考慮した専門的かつ総合的判断が必要となることから、その分析と判断には、取締役に一定の裁量が認められると解するのが相当である。
そして、不法行為に基づく損害賠償債権や取締役の任務懈怠に基づく第三者への損害賠償債権については、一般に裁判外において債務者が債権の存在を認めて任意に弁済を行うということは期待できないため、その管理・回収には特段の事情なき限り訴訟提起を要するところ、取締役が債権の管理・回収の具体的な方法として訴訟提起を行わないと判断した場合に、その判断について取締役の裁量の逸脱があったというためには、取締役が訴訟を提起しないとの判断を行った時点において収集された又は収集可能であった資料に基づき、<1>当該債権の存在を証明して勝訴し得る高度の蓋然性があったこと、<2>債務者の財産状況に照らし勝訴した場合の債権回収が確実であったこと、<3>訴訟追行により回収が期待できる利益がそのために見込まれる諸費用等を上回ることが認められることが必要というべきである。
これに加えて、取締役の善管注意義務違反に基づき会社に損害が発生したというためには、訴訟提起を行った場合に会社が現実に回収し得た具体的金額の立証も必要である。
2 本件損害賠償請求権1を行使しないとの判断について
本件損害賠償請求権1について、Lの任意の履行を期待すべき特段の事情は認めらず、債権回収のためには訴訟提起を要するというべきであるので、以下、被告らが本件損害賠償請求権1についてLに対する訴訟を提起しないとした判断について、その裁量逸脱の有無を検討する。
(1) 本件損害賠償請求権1の立証の蓋然性
ア 前記前提となる事実に加えて、証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば、本件基準時において収集され又は収集可能であった資料(以下「本件収集資料」という。)中には、原告の主張に係るLの本件違法行為の存在に関して、以下の記載があることが認められる。
(ア) 内野屋の決算における本件使途不明金の存在
内野屋は、第51期(平成5年10月1日から平成6年9月30日まで)の決算において、貸借対照表の流動資産の項目に、「開発事業未収入金」59億9200万9347円を計上した(甲44)が、上記開発事業未収入金は、それ以前の第50期(平成4年10月1日から平成5年9月30日まで)までの決算においては計上されていなかった(甲41から甲43まで)。
また、内野屋は、上記第51期以後の第52期(平成6年10月1日から平成7年9月30日まで)、第53期(平成7年10月1日から平成8年9月30日まで)及び第54期(平成8年10月1日から平成9年9月30日まで)の各期において、開発事業未収入金を計上したが、その金額は59億9200万9347円で4期にわたり変動がなく、その内訳についてはいずれも明らかにしていなかった(甲45から甲47まで)。
さらに、内野屋は、Lに対する仮払金として、上記第52期には12億0438万8000円を(甲45)、翌第53期には22億2385万5000円を(甲46)をそれぞれ計上した。
(イ) 内野屋とレオの保管する売買契約書のそご
内野屋は、本件ゴルフ場の用地取得のため、用地の買収及び所有者との賃貸借契約の締結を進め、平成4年9月30日ころから平成9年8月12日ころにかけて用地の売買契約を締結したが、内野屋が有していた売買契約書に係る金額欄の代金総額は97億0296万4800円に達していた(甲50の1から6まで、9、10、12、14から22まで、24、25、27から95まで)。
内野屋は、上記売買契約の状況について、レオに対して、売買契約の書類を提出して報告をしたが、レオが提出を受けた各売買契約書に係る金額欄の金額と内野屋が有していた売主及び対象物件が同一の各売買契約書に係る金額欄の金額に不一致がある契約書がいくつも存在し、レオが提出を受けた各契約書に係る契約金額の総額は、内野屋が有していた各契約書に係る契約金額の総額より65億9951万4420円多くなっていた。また、レオが提出を受けた各契約書と内野屋が有していた売主及び対象物件が同一の各契約書について、売買契約の日付、代金の支払条件及び支払時期等の一部の不一致が存在した。さらに、売主及び対象物件が同一の売買契約について、内野屋が有していた売買契約書が2通であるのに対し、レオが提出を受けた売買契約書においてはこれが1通にまとめられていたり、レオが提出を受けた契約書が2通であるのに対し、内野屋が有していた契約書は1通であるなどの不一致が存在していた(甲51の1、3、5、7から9まで、12、13、21、23から28まで、34、36、38、39、41から52、54から70、72から76、78から86、90から96、98から114、117、甲53)。
(ウ) 本件分割計画の際に作成されたメモの記載
Nは、平成8年2月14日、O会計士らとの間で、本件分割計画について協議したが、その協議の内容をまとめたと考えられるメモ(甲49)には、本件分割計画に係る「具体的な経理処理」について、「勘定科の具体的な処理案及対税処理案」として、「借方」には、「開発事業未収入金」及び「不明仮払金」の各項目が掲げられていた(具体的な額の記載はない。)。
他方、本件分割計画の際にO会計士が作成したOメモ(甲39)には、本件ゴルフ場計画の出資額の関係で、新会社に承継できないものとして、「L/不明支出」12億0438万8000円及び「既往先行収益計上分」59億9200万9347円が記載されていた。
さらに、Oメモをワープロにより清書した資料(甲40)にも、本件ゴルフ場に承継できない資産として、「仮払金」12億0438万8000円及び「開発事業未収入金」59億9200万9347円が記載されていた。
イ 以上のとおり、本件収集資料中には、破産宣告前の内野屋の決算において多額の使途不明金等を計上した記載、内野屋が保管していたゴルフ場用地買収に係る契約書とレオに提出された同一物件の契約書との間の多数の代金額等の不一致、OメモにおけるLに対する多額の仮払金を示す記載などが存在し、なるほど、これらの記載は、原告の主張に係るLの本件違法行為の存在を一定程度疑わせるものということができる。
しかしながら、他方、<1>破産宣告前の内野屋の決算における多額の開発事業未収入金の計上については、具体的な使途は全く不明であって、本件収集資料中にはこれを明らかにする資料は見あたらないこと、<2>破産宣告前の内野屋の決算におけるLへの多額の仮払金の計上については、前記前提となる事実(3)イのとおり、段ボール箱25箱分に及ぶ元帳・伝票ファイル等財務関係書類に基づき、内野屋の破産宣告直後から平成14年1月まで3年余りにわたり、破産管財人による調査及び千葉県警において公認会計士の資格を有する警部補を長とするチームによる捜査が行われたにもかかわらず、結局本件使途不明金の資金の流れを解明するに至っておらず、他に本件収集資料中には、仮払金をLが自己のために費消したのか、あるいは何らかの形で本件ゴルフ場計画のために使用したのか明らかにするに足りる資料はないこと、<3>内野屋とレオが保管していた売買契約書間の契約金額の記載の不一致についても、売主との間で契約内容が変更されたことに基づく可能性も否定できず、本件収集資料中にはこのような不一致が内野屋による裏金作りの結果であると断ずるに足りる資料はないこと、<4>Lに対する多額の仮払金を記載したOメモのうち既往先行収益計上分又は開発事業未収入金として記載されている59億9200万9347円については、第51期から第54期までの決算への計上金額と同額を記載したにすぎず、<1>と同様の問題があること、<5>OメモのうちLへの仮払金として記載されている12億0438万8000円についても、第52期決算への計上金額と同額を記載したにすぎず、<2>と同様の問題があることを指摘することができ、これらの各事実に照らせば、本件収集資料中の前記の各記載をもって、Lの本件違法行為を立証するに足りるものということはできない。したがって、本件基準時において、Lの本件違法行為を前提とする本件損害賠償請求権1の存在を証明できる高度の蓋然性があったとは認めることはできない。
ウ 原告は、千葉県警及び破産管財人の調査について、使途不明金の存在は認められるものの、そこから生ずる刑事責任の解明には至らなかったというにすぎず、本件損害賠償請求権1の存在は、刑事事件と異なり、同請求権の内容が過失責任でもある以上、刑事事件の捜査が進展しなかったことを理由に立証ができないとはいえないと主張する。なるほど、原告の指摘する資料は、原告の主張に係るLの本件違法行為の存在を一定程度疑わせるものであることは上記のとおりであるが、故意責任にせよ過失責任にせよLの責任を立証するためには、本件使途不明金の資金の流れとこれについてのLの関与の内容が解明されることが必要であり、破産管財人の調査及び千葉県警の捜査によってもこれらの事実が明らかにならなかったのであるから、原告の主張は採用することができない。
また、原告は、本件基準時において、本件破産事件の一件記録について、閲覧謄写し、又は訴訟提起して送付嘱託を行うことができたにもかかわらず、被告らは、これらの手続を怠っているから、善管注意義務違反があると主張する。しかしながら、仮に、本件基準時における被告らの資料収集に不十分な点があったとしても、上記のとおり、本件基準時において収集可能であった本件収集資料によっても、本件損害賠償請求権1の存在を証明できる高度の蓋然性を認めるに足りない以上、善管注意義務違反を認める前提を欠いているというべきであり、原告らの上記主張は採用の限りでない。
(2) Lからの回収の確実性
本件証拠(甲16、甲54の13、乙1、乙2)及び弁論の全趣旨によれば、<1>Lは内野屋の債務を連帯保証していたが、その債権者らがLに対して破産申立てをする等の責任追及を行っていないこと、<2>Lの個人資産も調査したと考えられる破産管財人も、Lから回収を図った形跡がないこと、<3>大成建設が平成13年3月にLに対する手形債権を無税償却したことが認められ、以上の各事実を考慮すれば、本件基準時においてLが資力を有していたと認めることはできず、本件基準時においてLに対する本件損害賠償請求権1を行使すれば債権回収が確実であったということはできない。
また、原告は、Lが平成16年1月まで銚子電鉄の代表取締役を務めており、同人がその間報酬を受領していたと考えられるから、報酬相当額の回収可能性があったと主張するが、Lの報酬受領の有無及びその額は不明であり、他に現実に回収可能であった具体的金額についての立証はない。
(3) 結論
以上によれば、本件基準時において、本件損害賠償請求権1の存在を証明して勝訴し得る高度の蓋然性があり、かつ、Lの財産状況に照らし勝訴した場合の債権回収が確実であったと認めることはできず、被告らが本件損害賠償請求権1についてLに対する訴訟を提起しないとした判断について善管注意義務違反があったということはできない。また、被告らが訴訟提起を行った場合に現実に回収し得た具体的金額についての立証もないから、被告らの本件損害賠償請求権1の不行使によって三越に損害が発生したということもできない。
したがって、いずれの点からみても、被告らが本件損害賠償請求権1を行使しなかったことについての善管注意義務違反に基づく損害賠償請求は、理由がない。
3 本件損害賠償請求権2を行使しないとの判断について
本件損害賠償請求権2について、千葉興銀の任意の履行を期待すべき特段の事情は認めらず、債権回収のためには訴訟提起を要するというべきであるので、以下、被告らが本件損害賠償請求権2について千葉興銀に対する訴訟を提起しないとした判断について、その裁量逸脱の有無を検討する。
(1) 原告は、Nが内野屋の取締役としてLの本件違法行為を防止すべき義務を負っているにもかかわらず、これを故意又は過失により放置するという不法行為を行ったから、その使用者である千葉興銀は三越に対する損害賠償責任を負うと主張するが、前記2で判示したとおり、本件基準時において、Lの本件違法行為の存在を証明できる高度の蓋然性があったと認められない以上、これを前提としたNの不法行為についても証明できる高度の蓋然性があったと認めることはできない。
(2) 念のため、原告が、Lの不法行為を前提とせずに、Nが三越の負担の下で千葉興銀の債権回収を図ったという不法行為をも主張するものであると善解して検討すると、千葉興銀は内野屋のいわゆるメインバンクであって、内野屋の経営状態が悪化する中で、平成5年2月から平成7年5月までMを、同月から平成10年5月までNを内野屋の常務取締役として出向派遣していたこと、本件分割計画は、平成8年3月ころ千葉興銀本店会議室で協議されたことは、前記前提となる事実(2)ウのとおりであり、証拠(甲10の2、甲16、甲58ないし甲61、甲63)によれば、千葉興銀が破産宣告に至るまで内野屋の経営状況の把握に努めていたこと、内野屋の破産手続における千葉興銀の債権届出書では千葉興銀が平成9年から平成10年6月までの間に10億円を超える回収を行った計算となることが認められ、これらは一応原告の主張に沿うものということができる。しかしながら、同時に上記債権届出書では千葉興銀は平成9年に内野屋に対し合計約139億円余りの貸付けを行った計算となることも合わせ考えれば、上記10億円余りの回収が三越の出捐に基づいてなされたと即断することはできず、これらの事実から直ちに原告の主張に係るNの不法行為を推認することができるとはいえないし、その他本件収集資料を精査しても、Nの不法行為の存在を証明できる高度の蓋然性を認めることはできない。
(3) 以上によれば、本件基準時において、本件損害賠償請求権2の存在を証明して勝訴し得る高度の蓋然性があったと認めることはできず、被告らが本件損害賠償請求権2について千葉興銀に対する訴訟を提起しないとした判断について善管注意義務違反があったということはできない。
4 結論
以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用について、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 大寄久 裁判官 名島亨卓)