東京地方裁判所 平成14年(ワ)22344号 判決 2006年7月18日
原告
A野太郎
同訴訟代理人弁護士
鈴木國昭
被告
B山松夫
同訴訟代理人弁護士
宮川博史
被告補加参加人
C川竹夫
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載二の建物を収去し、同目録記載一の土地を明け渡せ。
二 被告は、原告に対し、平成一三年七月二七日から別紙物件目録記載一の土地明渡済みまで一か月五万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用のうち、参加によって生じた部分は被告補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求
(1) 主文第一項及び第二項と同旨
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
二 請求に対する答弁
(1) 原告の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
本件は、土地の賃貸人である原告が、当該借地上の建物の遺贈を受けた被告に対して、建物の遺贈に伴う借地権の譲渡につき承諾をしていないとして、所有権に基づき、建物の収去と土地の明渡しを求めるとともに、不法行為に基づき、被告が建物の所有権移転登記をした日の翌日である平成一三年七月二七日から土地の明渡済みまで、一か月五万四〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求めた事案である。
一 請求原因
(1) 原告は、別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。
(2) 被告は、平成一三年七月二七日(遺贈を原因として、別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)の所有権移転登記をした日)以降、本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有している。
(3) 本件土地の平成一三年七月二七日以降の相当賃料額は、一か月五万四〇〇〇円を下らない。
(4) よって、原告は被告に対して、本件土地の所有権に基づき、本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求めるとともに、不法行為に基づき、平成一三年七月二七日から本件土地の明渡済みまで一か月五万四〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因(1)から(2)までは明らかに争わない。(3)は争う。
三 抗弁
(1) 占有権原―借地権譲渡に対して黙示の承諾があったこと
ア 原告は、昭和二六年ころ、D原梅夫(以下「梅夫」という。)に対して、本件土地を賃貸し引き渡した(以下「本件賃貸借」、本件賃貸借に基づく本件土地の賃借権を「本件借地権」という。)。なお、原告は、昭和二七年四月ころ、梅夫との間で、本件賃貸借につき、賃貸期間昭和四六年一〇月三〇日まで、賃料一か月七〇〇円の約定で賃貸するとの内容の契約書を取り交わした。
イ 梅夫は、本件土地の賃借をしたころ、本件土地上に本件建物を建築した。
ウ 昭和五一年四月八日、梅夫が死亡し、梅夫の妻であったD原花子(以下「花子」という。)が相続により本件建物を単独で承継した。
エ 花子は、平成一二年一一月一六日、①本件建物を被告に遺贈する、②遺言執行者として弁護士であるC川竹夫(以下「C川」という。本件の補助参加人である。)を指定すること等を内容とする公正証書遺言をした。
オ 平成一三年六月七日、花子は死亡した。C川は、上記遺言に基づいて、遺言執行者に就任し、被告に対して本件建物を引き渡した。
カ 黙示の承諾
原告は、花子の死亡後、C川との間で、本件借地権の買取りについて話合いをしており、原告は花子から被告への本件借地権の譲渡につき黙示の承諾をした。
(2) 占有権原―本件借地権の譲渡が背信行為と認めるに足りない特段の事情があること(非背信性)
ア 抗弁(1)アからオまでと同じ。
イ 非背信性の評価根拠事実
(ア) 被告は花子のいとこであり、相続人がいない花子との関係では、最も近い親族であった。花子が入院した際には、被告がその保証人にもなっていた。仮に、花子が遺言をしないまま死亡していれば、被告は花子の特別縁故者となる可能性もあった。
このような花子と被告の関係に鑑みれば、実質的には、被告は本件建物を相続によって取得したものというべきである。また、本件は、借地非訟手続による譲渡許可の申立てをしていれば、必ず譲渡の許可が得られたケースであり、被告に背信性はない。
(イ) 遺贈の場合、賃借権の譲渡の承諾は遺贈の効力発生より後にならざるを得ない。また、被告は、本件借地権譲渡の承諾を得ることにつき、弁護士であるC川を信頼していたのであり、落ち度はない。
(ウ) 花子が賃料の供託を続けていたとはいえ、本件賃貸借の権利関係に瑕疵はないのであるから、被告が承継した本件賃貸借も、権利関係に瑕疵のない賃貸借であるというべきである。
(エ) 被告は、本件建物を、ボランティアでのインターナショナルスクール運営という公益目的で使用している。また、被告は原告に対して、賃料の改定について受け入れる予定であり、適切な底地価格であれば買い受ける用意もある。
(3) 同時履行の抗弁―建物買取請求権
ア 抗弁(1)アからオまでと同じ。
イ 本件賃貸借は、建物所有目的でされたものであり、本件建物は現在も本件土地上に存在している。
ウ 被告は、平成一五年九月一七日の本件弁論準備手続期日において、原告に対し、本件建物の買取請求の意思表示をした。
エ 本件建物の時価は、本件借地権の価格七四八五万円の二分の一に相当する三七四二万五〇〇〇円を下らない。
オ 原告が上記買取請求に基づく本件建物の代金を提供するまで、被告は本件建物の引渡しを拒絶する。
四 抗弁に対する認否
(1) 抗弁(1)ア、イ、ウは認め、カは否認するが、その余の事実は明らかに争わない。
花子が死亡した平成一三年六月七日から、平成一四年一月にC川から面談の申入れを受けるまでの間、原告とC川が、本件土地の買取りを含め、本件について折衝したことはない。
(2)ア 抗弁(2)アについては、抗弁(1)アからオまでに対する認否と同じ。
イ 同イ(非背信性の評価根拠事実)について
(ア) 被告が花子のいとこであることは認めるが、被告が花子の特別縁故者にあたるとの主張、本件が譲渡許可の申立てをすれば必ず譲渡の許可が得られた事案であるとの主張は争う。
(イ) 遺贈によって有効に本件借地権の譲渡を受けるためには、いずれにせよ、現実の遺贈行為(登記及び引渡し)をする前に、原告の承諾を得ることが不可欠なのであるから、本件借地権譲渡の承諾は遺贈の効力発生より後にならざるを得ないということは、非背信性を基礎づける事情とはいえない。また、被告が弁護士である遺言執行者を信頼していたとしても、そのことは被告と遺言執行者の間の問題にすぎない。
(ウ) 本件賃貸借が権利関係に瑕疵がなく、正常な状態にあったとの主張は争う。
(エ) 本件建物の使用目的が公益目的であること、被告が本件賃貸借の賃料改定に応じる意思を有すること及び本件借地権を買い取る意思があることは、いずれも非背信性を基礎づける事情とはいえない。
(3) 抗弁(3)のうち、アについては、抗弁(1)アからオまでに対する認否と同じ。イは認める。エは争う。
五 再抗弁
(1) 非背信性の評価障害事実(抗弁(2)に対して)
ア 被告は、花子の生前、同人と同居したことはなく、本件建物と何の関わりも持っていなかった。
イ 被告は、遅くとも平成一三年一二月二五日には、原告に無断で本件建物の改築工事を開始し、平成一四年一月中旬ころ同工事を完了した。
(2) 譲受人による本件建物への工事の実施(抗弁(3)に対して)
被告は、平成一三年一二月、本件建物の土間を板間に変更、天井の張りつけ、壁紙の貼りつけ、ドアや窓の一部をサッシへ変更、押入の一部をトイレへ変更、風呂の浴槽を撤去してシャワーを設置、外壁の一部をサイディングへ変更するなど、本件建物に工事を施した。
六 再抗弁に対する認否
(1) 再抗弁(1)のうち、アは明らかに争わず、イは認める。
(2) 再抗弁(2)は認めるが、被告は本件建物の構造を変更しておらず、むしろ手を入れて環境的にも整備されており、原告にとっても不利益ではない。
理由
一 請求原因(1)及び(2)の各事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば請求原因(3)の事実を認めることができるから、請求原因事実の全てを認めることができる。
二 抗弁(1)(占有権原―本件借地権の譲渡に対して黙示の承諾があったこと)について
(1) 抗弁(1)アからウの各事実は当事者間に争いがなく、後記認定の事実によれば、同エ及びオの各事実を認めることができる。
(2) 被告は、花子の死後、原告とC川との間で、本件借地権の売却について話合いがされていたことを根拠に、原告が、花子から被告への本件借地権の譲渡につき黙示の承諾をしたと主張する。
《証拠省略》によれば、花子の生前、原告代理人とC川との間で、本件借地権の買取りについて協議がされていたことが認められる。しかし、証人C川の供述によれば、C川は、花子の死亡時から、平成一四年二月に東京弁護士会控室において原告代理人と会談をするまでの間、原告代理人と会ったり連絡をしたことはなく、そのほかに原告とC川との間で、本件借地権の売却について話合いがされていたと認めるに足りる証拠はない。そして、全ての証拠を精査しても、原告が本件借地権の譲渡について黙示的に承諾していたと認めるに足りる事情は見受けられない。
したがって、被告の主張は採用することができない。
(3) よって、抗弁(1)は理由がない。
三 抗弁(2)及び再抗弁(1)―本件借地権の譲渡が背信行為と認めるに足りない特段の事情があるか否か(非背信性の有無)について
(1) 抗弁(2)ア(抗弁(1)アからオまでと同じ)の各事実については、前示のとおりである。
(2)ア 被告は、花子から本件借地権の譲渡を受けたことにつき、背信行為と認めるに足りない特段の事情があると主張している。
イ 借地権の譲渡について賃貸人である原告の承諾が得られなかったとしても、いわゆる賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情がある場合は、原告は、借地権譲受人である被告に対して、その譲受について承諾のないことを主張することが許されず、その結果として、被告は、原告の承諾があったと同様に、借地権の譲受をもって原告に対抗できるものと解される。
そして、民法六一二条一項が、賃借権の譲渡につき賃貸人の承諾を要するとしたのは、目的物の用益については人によって差異があり、それによって賃貸人の利益を害するおそれがあるためであることからすると、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるか否かは、原賃借人と譲受人との間の近似性・同質性ないし実質的な同一性の有無及び程度、利用状況の変化の有無及び程度その他の事情を総合考慮して判断すべきである。
(3) 前記争いのない事実、証拠及び弁論の全証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア 土地賃貸借契約の締結
原告(大正三年生)は、昭和二六年ころ、梅夫(明治三八年生)に対して、原告が所有する本件土地を建物所有目的で貸し渡し、昭和二七年四月ころ、梅夫との間で、賃貸期間を昭和四六年一〇月三〇日まで、賃料一か月七〇〇円とする土地賃貸借契約書を取り交わした。
梅夫は、本件土地を賃借したころ、本件土地上に本件建物を建築し、昭和三八年ころ、本件建物を二階建に増築した。
イ 賃料の供託開始
本件賃貸借の賃貸期間の満了時期が近づいた昭和四六年ころ、原告と梅夫の間で本件賃貸借の更新をめぐってトラブルが生じ、梅夫は、「賃料の値上げを要求され目下話合い中予め受領拒否のため、受領しないことが明らかである」として、賃料(一か月四四〇〇円)を供託するようになった。
ウ 梅夫の死亡
梅夫は、昭和五一年四月八日に死亡し、梅夫の妻である花子(大正四年生)が本件建物を相続して、本件賃貸借の賃借人たる地位を継承した。
花子は、梅夫の死亡後も、本件建物を住居として独りで住み続け、平成元年ころまで、「D原梅夫」名義で本件土地の賃料(昭和五一年四月分として一万二二一〇円、平成元年八月、九月分として一か月分各二万四〇〇〇円)の供託を続けた。
原告は、昭和五五年から六〇年にかけて、長期間の賃料供託という事態を解決するため、花子に対して、原告代理人を通じ、本件借地権と底地権の交換、立退料支払(本件借地権買取)による契約解消など種々の提案をしたが、解決には至らなかった。
エ 花子の死亡及び被告への本件建物の遺贈
(ア) 花子は、平成一三年六月七日に死亡した。
花子は、①遺言執行者としてC川を指定すること、②花子のいとこである被告(昭和二二年生)に本件建物及び本件借地権を遺贈すること等を内容とする公正証書遺言(平成一二年一一月一六日付け)をしていた。なお、花子には相続人がおらず、被告が最も近い親族であり、上記遺言書には、被告が「遠くに住んでおりながら身寄りのない遺言者を案じて時折見舞いにも出かけてきてくれ、遺言者をいたわってくれることを喜んでおります。」との文言がある。また、C川は、上記公正証書遺言の証人となっている。
上記遺言に基づいて遺言執行者に就任したC川は、平成一三年六月二五日、原告に対して、花子が死亡し、被告が本件建物の遺贈を受けるとともに、本件借地権を承継することになった旨を通知した。被告は、同年七月二六日、C川を代理人として、本件建物につき上記遺贈を原因とする所有権移転登記をした。しかし、原告は、本件建物の遺贈に伴う本件借地権の譲渡について、明示の承諾をしていなかった。
花子の死亡後しばらくは、従前から住み込みで花子の付添婦をしていたE田春子が引き続き本件建物に居住していたが、同年一一月初めころ、被告に対して本件建物が引き渡された。
(イ) 被告は、同年八月一日、原告が「地代の値上げを要求し、あらかじめ賃料の受領を拒否し目下係争中のため、受領しないことが明らかである」として、同年六月から八月分の賃料につき、被告名義で三か月分合計八万一〇〇〇円を供託し、以後少なくとも平成一四年一二月分まで賃料(平成一四年二月分までは一か月二万七〇〇〇円、同年三月分以降は一か月三万円)の供託を続けた。
オ 被告による本件建物の工事
被告は、平成一三年一二月一二日、本件建物において、押入の一部をトイレへ変更、風呂場の浴槽を撤去してシャワーを設置、土間を板間へ変更、天井の張りつけ、ドアや窓の一部をサッシへ変更、壁紙の貼りつけ、外壁の一部をサイディングへ変更等の工事を開始した。
近隣住民からの連絡により、上記工事の開始を知った原告は、同月二六日、被告に対して、本件借地権の遺贈を受けたことにつき直接の挨拶もなく、本件建物への突然の工事を強行する被告には、本件借地権の承継を認めることはできないこと、工事内容を至急知らせること、もし回答がない場合には、本件借地権譲渡の承諾の問題とは別に、無断工事自体を信頼関係破壊の理由として、本件賃貸借を解除することになることを書面で通告し、同書面は、同月二七日に被告に到達した。
被告は、同月二八日、代理人を通じて「調査の上回答する」旨を連絡したが、その後は何らの連絡をすることなく上記工事を継続し、平成一四年一月中旬ころ、工事は完了した。
カ 本件建物の現状
被告の妻とその知人が中心となって、平成一四年六月ころ、本件建物で小規模な幼児向けのインターナショナルスクール(アメリカンスクールのプレスクール)を開業し、現在に至っている。
キ 本件訴訟の経緯
原告は、平成一四年一〇月一五日、被告を相手方として本訴を提起した。
被告は、平成一五年四月四日、C川(前記の遺言執行者は辞任した。)に対して訴訟告知をし、C川は、同年五月一九日、被告を補助するため、補助参加を申し出た。
(4)ア 上記認定の事実によれば、被告は花子にとって最も近い親族ではあったものの、花子のいとこにすぎず、これまで被告と花子が本件建物で同居していた事実は認められず、そうすると、被告が花子と食事をしたり旅行に行ったこと、花子の入院中に保証人になるなどして面倒をみたこと、本件建物に月一回ほど訪れていたことを考慮しても、本件借地権の譲渡前後の用益者である原賃借人の花子と譲受人の被告との間に近似性・同質性ないし実質的な同一性があるとはいえない。
また、上記認定の事実によれば、本件建物は、従前住居として使用されていたところ、花子が死亡した約半年後である平成一三年一二月一二日には、幼児向けのインターナショナルスクールの開業を前提とした工事が開始され、さらにその半年後(花子の死亡から約一年後)である平成一四年六月には、被告の妻及びその知人が中心となって、上記インターナショナルスクールを開業している。こうした住居からインターナショナルスクールへという本件建物の用法の変更、花子の死亡からインターナショナルスクール開業に至るまでの期間が長くはないことに鑑みれば、本件借地権の譲渡前後の利用状況は少なからぬ変化があったというべきである。
イ そうすると、上記以外の諸事情を考慮に入れても、本件賃貸借の譲渡につき、背信行為と認めるに足りない特段の事情があるということはできない。
なお、被告は、本件借地権譲渡の承諾は遺贈の効力発生より後にならざるを得なかったこと、本件借地権譲渡の承諾を得ることにつき弁護士であるC川を信頼しており、被告に落ち度はないこと、本件賃貸借について賃料の供託が続いていたとはいえ権利関係には瑕疵がないこと、被告は原告に対して通常の相場の承諾料程度を支払う意思及び賃料の改定に応じる意思を有していること、被告は公益目的でインターナショナルスクールを開業していること等をもって、本件借地権の譲渡につき、背信行為と認めるに足りない特段の事情があると主張しているが、これらの事実は、いずれも用益者である花子及び被告の近似性・同質性ないし実質的な同一性の有無及び程度、利用状況の変化の有無及び程度等とは直接関係のないものであり、非背信性の存在を基礎づけたり又はその判断に重要もしくは決定的な影響を与える事実とまではいうことはできない。
ウ 以上から、その余の事実を認定・判断するまでもなく、抗弁(2)は理由がない。
四 抗弁(3)及び再抗弁(2)(同時履行の抗弁―建物買取請求権)について
(1) 借地借家法一四条に基づく建物買取請求権は、借地権者が権原によって土地に附属させた建物その他の物について認められるものであるから、借地権者から建物とともに借地権を譲り受けた第三者が、その借地権譲受につき賃貸人の承諾の得られぬまま、上記建物に増築・改築・修繕等の工事を施したときは、譲受当時の原状に回復した上でなければ買取請求権を行使できないものと解すべきである。もっとも、上記の工事が建物等の維持・保存に必要であるとき、または些細なものであって、建物等の価格を著しく増大せしめることなく賃貸人をして予想外の出捐を余儀なくせしめるものでないときは、制度の趣旨にかんがみ、建物の現状における買収請求を否定すべきではなく、また、上記第三者が、工事による増加価格を放棄し、該建物の譲受当時の状態における価格による買取請求をした場合も、認容されるべきである。(最高裁第二小法廷昭和四一年(オ)第六八〇号同四二年九月二九日判決・民集二一巻七号二〇一〇ページ参照)
(2) 本件についてみると、被告が本件建物を譲り受けた後、本件建物において、押入の一部のトイレへの変更、土間を板間への変更、サッシの一部変更、壁紙の貼り付け、外回りの一部のサイディングへの変更等の工事を施し、これらの変更が現在も維持されていることは、当事者間に争いがない。
そうすると、本件建物につき、譲受当時の原状に回復しておらず、工事による増加価格(鑑定の結果によれば、一九九万円から六二〇万円になったことが認められる。)の放棄もしていないと認められる被告は、原告に対して、建物買取請求をすることができないというべきである。
(3) したがって、その余の事実について認定・判断するまでもなく、抗弁(3)は理由がない。
五 以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤謙一 裁判官 杉本宏之 間明宏充)
<以下省略>