東京地方裁判所 平成14年(ワ)24800号 判決 2004年2月23日
原告
サニーヘルス株式会社
同代表者代表取締役
西 村 峯 満
同訴訟代理人弁護士
星 野 隆 宏
同
金 子 文 子
同訴訟復代理人弁護士
炭 本 正 二
被告
ドイチェ・バンク・アクチエンゲゼルシヤフト(ドイツ銀行)
同代表者共同代表取締役
ジョゼフ・アッカーマン
同
テッセン・フォン・ヘイデブレック
日本における代表者
宮 木 宗 一 郎
同訴訟代理人弁護士
北 澤 正 明
同
若 林 弘 樹
同
渡 部 大 輔
同
大 西 まり子
同
元 芳 哲 郎
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告に対し,金16億4738万1828円及びこれに対する平成14年11月29日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は,原告が,被告の営業担当者の勧誘により,航空機のオペレーティング・レバレッジド・リース取引に関し,レッサー(貸主)を営業者とした匿名組合契約を締結して投資したが,その約9か月後にレッシー(借主)が倒産してリース料の減額等を余儀なくされたところ,レッシーは,原告の投資時には既に倒産の危機にあったのであり,それにもかかわらず,被告の営業担当者がこのことを原告に説明せず,また,その他の取引条件も原告に不当に不利益に設定されたこと等が被告の原告に対する説明義務,忠実義務等に違反すると主張して,レッシーの倒産によって被った損失について,金融商品の販売等に関する法律(以下「金融商品販売法」という。)4条,又は民法709条(法人としての不法行為責任),715条(使用者責任)に基づいて,損害賠償請求をした事案である。
2 前提事実(証拠等を括弧書きしたほかは,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,ダイエットのための製品として著名なマイクロダイエットその他の健康食品,医薬品,医薬部外品等の卸・小売等を営む株式会社であるところ,上記のほか総合リース業も営み,航空機や列車のリースビジネスも展開している(乙4)。
(2) 被告は,1952年にドイツ連邦共和国において同国株式法に基づいて設立され,全世界60か国以上に約2000の支店を構え,8万4000人以上の従業員を擁する世界有数の銀行であり,世界的規模の顧客に対して金融サービスを提供している。その日本における営業所にあっては,いわゆる銀行業務のほか,付随業務として各種金融取引の組成,斡旋等を行っている。
(3) 原告は,平成13年6月29日,昭和リース株式会社が設立した特別目的会社(SPC)であるエス・エル・レマン・リミテッドをレッサーとし,スイス航空をレッシーとするエアバス社製A320―200型旅客機1機(機体の売買価格3790万米ドル,日本円換算価格45億7453万円(平成14年11月12日付け東京三菱銀行発表対顧客電信売相場1米ドル当たり120.70円で換算。以下,米ドルの日本円換算価格についても同換算率による。)。以下「本件機体」という。)のオペレーティング・レバレッジド・リース取引(以下「本件リース」という。)について,レッサーを営業者として匿名組合契約(以下「本件契約」という。)を締結した(以下,本件リース,本件契約を含む一連の取引を「本件取引」という。)。原告は,本件取引のアレンジャーである被告担当者の勧誘により本件契約を締結し,本件契約に基づき1110万5500米ドル(13億4043万3850円)の出資・払込みをした(甲3)。
(4) 被告は,本件契約の組成手数料(本件案件のアレンジの報酬)として,141万3000米ドル(1億7054万9100円)の支払を原告が払い込んだ出資金の中から,営業者(レッサー)を通じて受けた。
(5) 本件契約書(平成13年6月27日付け)には,レッシーであるスイス航空の財務状況について,従前提出された財務内容と比較し,重大な悪影響を生ずる事由は存在していない旨表明・保証されている(甲9の2・3)。
(6) 同年10月1日,スイス航空の持株会社であるエスエア・グループは,スイスの裁判所に対し,債務の支払猶予(モラトリアム)の申請をした(乙15)。スイス航空は,同日から同月3日までの間に運航を中止し,その後再開したこともあったが,平成14年3月末日には運航を停止した。
(7) 支払猶予申請後,本件機体のリース料は,平成13年12月から平成14年3月までは1か月当たり20万米ドルがスイス航空から支払われたが,レッシーの地位はその後スイス航空から同社の子会社であるクロスエアに移転され,同年4月から同年10月まではクロスエアから1か月当たり7万5000米ドルが支払われた(乙16の1ないし12)。
3 争点及び当事者の主張
(1) 本件契約に金融商品販売法が適用されるか。
ア 原告
本件契約は,金融商品販売法2条1項8号が引用する特定債権等に係る事業の規制に関する法律(以下「特債法」という。)2条6項2号に規定する特定債権等組合契約の締結に当たる。
イ 被告
特債法は,日本の事業者間の取引を想定して規定されており,海外の事業者間における取引には適用されない。本件契約において,リース物件である本件機体は,海外の事業者であるフライトリース(エスエア・グループの傘下会社)から海外の事業者である営業者(エス・エル・レマン・リミテッド)に対して譲渡されたものである。原告は,営業者が原告からの出資金と銀行からのローンを原資として本件機体をフライトリースから譲り受けてリースし,その収益を原告に分配することを内容とする匿名組合契約を営業者との間で締結したのであるが,フライトリースから営業者へのリース物件の譲渡が非居住者間の取引であるため,特債法の適用対象ではないと解されるから,原告と営業者間の本件契約も特債法2条6項2号が引用する同条4項2号イに規定する契約には該当しない。したがって,原告の営業者に対する収益分配請求権は同条6項2号の小口債権に該当せず,上記匿名組合契約の締結は金融商品販売法2条1項8号に該当しない。
(2) 被告に,本件取引において,金融商品販売法3条1項に規定する説明義務違反があったか。
ア 原告
金融商品販売法3条1項1号によれば,金融商品販売業者等は一定の指標に係る変動を直接の原因として元本欠損が生ずるおそれがある旨及び当該指標について,また,同項2号によれば,一定の者の業務又は財産の状況の変化を直接の原因として元本欠損が生ずるおそれがある旨(信用リスク)及び当該者について,それぞれ説明すべきものとされている。本件取引に対する投資の勧誘に当たっては,同項1号に関し本件機体の市場性の動向によって元本欠損が生ずるおそれがある旨が,同項2号に関しレッシーであるスイス航空の業務又は財産の状況の変化によって元本欠損が生ずるおそれがある旨がそれぞれ十分説明されるべきであった。
ところが,被告担当者のA(以下「A」という。)は,本件機体の市場性について同型機の概要及び鑑定評価を簡略に述べるにとどまり,本件機体のエンジンがその燃費の高さのため全航空会社のうちわずか1割程度しか採用していないといわれるDACエンジンであり,そのために処分性が大きく低減することについて,原告担当者(管理部経理課長)のB(以下「B」という。)に一切説明しなかった。
また,レッシーであるスイス航空の信用リスクについて,Aは,本件取引当時,被告のアドバイザーとしてエスエア・グループのリストラクチャリングへの関与,エスエア・グループ傘下グループの今後の見通しの明るさ,スイス航空のナショナル・フラッグ・キャリアとしての安定感をことさらに強調する説明をし,財務内容が危機的な状況にあったスイス航空の具体的信用リスクについて,一切説明しなかった。本件契約のリスクに関しては,本件契約の基本条件書のうち,「本件投資のリスク」と題される1頁に記載された数行の事項が,本件契約の調印・実行の直前の段階になってようやく記載されたものであり,顧客である原告にそのリスクについて判断するための十分な情報と時間を与えない片面的かつずさんなものであった。
イ 被告
仮に,本件契約が金融商品販売法の適用を受ける場合であっても,以下のとおり,被告は,原告に対し,同法所定の事項に相当する説明をしている。
(ア) 金融商品販売法3条1項1号に規定されている顧客に対して説明すべき事項の対象となる金融商品は,市場金利の変動リスク,為替レート(=通貨の価格)の変動リスク,株式市場に代表される有価証券市場の価格変動リスクといった市場リスクにより,金融商品の最終的な受取額が変動する仕組みの商品,具体的には,中期国債ファンド,MMF,株式や,運用対象となる株式や債券の価格の変動の影響を受ける変額保険,変額年金,為替相場の変動の影響を受ける外貨建預金,外貨建MMF,金利の変動の影響を受ける各種債券,転換によって取得することのできる株式の発行価格の影響を受ける転換社債,投資対象ごとに株式,公社債又は特定の指標等に連動するインデックス債等が該当するとされている。
これに対し,原告が本件契約で「指標」と主張するのは,航空機の市場性であるが,これは上記に列挙したものとは明らかに異質であり,同号の「指標」には含まれないというべきである。
また,仮に,航空機の市場性が「指標」に該当するとしても,被告は,原告に対し,本件取引の基本条件書とともに交付した「本件投資のリスク」と題する書面において,「本件のご投資の際には主に下記のリスクが存在します。1.レッシーまたはその保証人が債務不履行または倒産となるリスク 2.本機体の売却又は再リースによる投資回収リスク(リース満了時または上記1等の事由により,本機体の処分に係わる機体中古価格に関する市況リスク)」と明記し,同号の適用がある場合に必要な説明をしている。
(イ) 同項2号に規定する説明義務の内容には,金融商品の販売を行う者その他の者の業務又は財産の状況が実際にどの程度であるかということや,それらの業務又は財産の状況からみて実際に元本欠損が生ずる可能性がどの程度であるかといったことは含まれない。現実の業務又は財産の状況については,証券取引法上のディスクロージャーに関する規定等に基づき開示するものとされている。したがって,原告が主張するスイス航空の具体的な信用リスクは,同号によって説明義務を課されている事項ではないというべきである。
なお,被告は,原告に対して,上記「本件投資のリスク」と題する書面において,上記のとおり「本件のご投資の際には主に下記のリスクが存在します。1.レッシーまたはその保証人が債務不履行または倒産となるリスク」と明記し,同号の適用がある場合に必要な説明をしている。
(3) 被告に,本件取引に当たって負うべき忠実義務,誠実義務又は善管注意義務に違反した不法行為があったか。
ア 原告
(ア) 投資勧誘の業務に従事する者は,本件取引のような金融商品の投資勧誘に当たり,投資家が当該取引の危険性とその危険性に耐えるだけの相当の財産的基礎を有するかどうかを確認し,投資を自己の責任と判断で行うことができる状況・条件を確保できるよう金融商品の仕組み,リスクその他を予め開示し,それを前提として投資判断を行うことができるように配慮すべき信義則あるいは条理上の義務を負う。このことから,投資勧誘の業務に従事する者は,投資家の投資目的,財産状態及び投資経験に照らして不適合な取引を勧誘してはならず(適合性の原則),当該金融商品の取引に不可欠な商品の構造や,取引による利得及び損失の危険等に関して説明を行い,投資家の十分な理解を得るべき義務(説明義務)を負う。
本件取引において,被告は,アレンジャーとして本件契約を組成し,本件契約に関与する関係者の利害調整や取引条件についての協議,交渉を行い,適切に取引が組成されるよう尽力するものであり,本件契約の仕組み,条件及びその外の決定について影響力を有している。さらに,被告はこのような義務を行うことの対価として,原告から組成手数料名目の報酬を受領している。このような場合には,既成の金融商品(株式,投資信託等)を一般顧客に対して勧誘・販売する場合に比し,より高度な内容による配慮義務(適合性の原則に関わる義務及び説明義務)が課されているというべきである。
具体的な義務の内容は,①組成する商品が顧客のニーズに合致し,顧客の利益に可能な限りかなうようにするために,顧客の利益実現を優先して関係当事者と条件交渉すべきであり,他の関係当事者の利益を優先させてはならない(アレンジャーとしての忠実義務),②当該顧客のために組成する商品については,その組成の段階から顧客に対し十分な情報を与え,組成する金融商品に投資することに伴う様々なリスクの分析について,商品の仕組みを抽象的に理解させるのみならず,投資判断の業容,内情,動向等,アレンジャーが入手し得る情報を可能な限り顧客に提供し,顧客にこれを十分検討・分析させる機会を与える,というものである。
(イ) 被告は,以下のとおり,アレンジャーとしての忠実義務に違反した。
a 利益相反取引
被告は,もともとエスエア・グループ及びフライトリースの資産処分に関するアドバイザーであり,本件機体についても,原告に本件取引を持ち込む前である平成13年3月中まで,他の投資家に対して本件契約(ただし,個々の契約条件は若干異なる。)の勧誘を行っていた。したがって,被告が原告から巨額の組成手数料(141万3000米ドル(1億7054万9100円))の支払いを受けて本件契約を組成すること自体が利益相反取引である。それにもかかわらず,被告は,自身が利益相反行為をしていることを原告に全く説明せず,むしろ,自身がエスエア・グループのアドバイザーであることが有用な情報を原告に対してタイムリーに提供できるという意味で,あたかも原告にとってはアドバンテージであるかのような誤解を与え,本件取引を行った。
b 情報の不提供
被告が原告に対して本件契約に関する説明資料として提供したものは,本件契約の実行直前に渡された基本条件書のみであり,基本条件書には,本件契約についてのリスク分析の手掛かりとなる情報が欠如していた。
原告は,本件契約以前にも航空機リース取引に関与したことはあるが,それらの取引は,銀行やリース会社等の金融機関の営業担当者が入れ替わり立ち替わり持ち込んでくる案件の中で,たまたま案件実行時期や出資金額が原告のそのときどきの節税ニーズと一致したものを選んで投資していたものにすぎなかったから,本件取引においても,本件契約の具体的条件,本件機体の市場動向,レッシーの信用リスク等について真実理解し,十分に検討しているわけではなかった。原告がこの程度のレベルの素人投資家であったことは,被告も十分承知していたのであるが,被告は,原告の無知に乗じて,本来すべき取引内容の説明(投資概要の説明,契約条件,本件機体の概要,市場価値,リース契約の主要条件,ローン契約の概要,関係当事者についての情報)を省略し,投資家である原告を完全に無視して本件取引を進行させた。本件契約については,航空機売買契約,リース契約,ローン契約,担保設定契約等を含め,十数本もの英文の契約書や関連書類が作成されていたが,原告の下にはこれらの草案すら送られず,原告がこれらの確定版を入手したのは,本件契約が実行されてしばらくたってからであった。原告が調印した唯一の契約書類であった匿名組合契約書も,調印日当日に初めて原告に交付された。このように,原告は,投資家として本来受け取るべき情報や配慮を全く受けなかった。
c 取引条件の改悪
本件取引は,当初レッシーがフライトリース,機体売却価格が3800万米ドルの条件であったが,その後,レッシーがスイス航空,機体価格が3790万米ドルに変更され,被告はこの変更を条件の向上であると原告に報告した。
ところが,上記の変更は条件の改悪である。
(a) まず,レッシーの変更について,当時,スイス航空は,フライトリースと異なり大幅な赤字を計上していたから,単体で100億円の黒字を計上したとされるフライトリースから赤字のスイス航空にレッシーを変更することは,リース料支払の蓋然性及び保全性が大幅に下がることにほかならない。原告担当者は,スイス航空に対する堅実性,健全性という従来の一般的なイメージから条件の変更には問題がないと誤信したが,被告担当者も,「フライトリースではなく,航空会社本体に対して直接リースするのですから良いですね。」などとスイス航空の健全性を強調するような発言を繰り返して原告の誤信をさらに強めた。
(b) 次に,機体価格の減額については,オペレーティング・リースにおいては,機体の処分価格が後の投資家の投資回収総額に影響するが,機体価格が下げられることは,当該機体の処分についての市況の悪化が一因と考えられるのであり,リース終了後の処分価格にも影響する事柄である。
(c) また,本件機体は,もともとフライトリースがSPCを通じスイス航空に対して月額リース料34万米ドルでリース中のものであったが,被告は,このリース契約をわざわざ中途解約し,航空機を営業者に購入させ,スイス航空に対して月額リース料32万5000米ドルでリースする取引とした。すなわち,リース料を減額する変更をしたものであり,原告は,従来のリースに比べて月額1万5000米ドルのリース料を取得できなくなる一方で,レッシーであるスイス航空は同額のリース料の軽減となるものであった。このように,被告は,原告よりもレッシーに利益をもたらす取引を行った。
d スイス航空の財政状況に関する誤導
本件取引の勧誘当時,エスエア・グループは,その損失を補うため,ドイツ銀行,UBS,クレディスイス等の金融機関からの出資を交渉中であり,その後,条件付きでクレディスイス,シティバンク及び被告により10億スイスフランのクレジット・ラインの設定を受けたが,このような状況は,エスエア・グループの財務状況の好転を確約するものではなかった。実際に,UBSは,エスエア・グループの将来性に強い懸念を表明してクレジット・ラインの設定に応じなかったし,エスエア・グループは,上記条件を満たすことができなかったために2001年10月に破綻するに至った。被告は,エスエア・グループのアドバイザーとしてリストラクチャリングに関与していたから,このようなエスエア・グループの危機的状況を十分に承知していた。
それにもかかわらず,被告担当者は,原告担当者に対して,エスエア・グループの危機的な状況を踏まえた本件取引のリスクの説明をせず,フライトリース単体の黒字額を強調するなど,エスエア・グループの財務状況に関する好材料だけを提供し,スイス航空がナショナル・フラッグ・キャリアであるから潰されることはない,ドイツ銀行が全面的にバックアップしているから大丈夫であるなどと前向きの説明のみを片面的,断片的にした上,スイス航空におけるリストラクチャリングも好材料の一つであり将来の見通しが明るいと誤信させるような説明をした。
被告は,スイス航空の破綻はいわゆる米国同時多発テロ事件が直接の原因であり,本件取引の実行時には予見できなかったものであると主張する。しかし,UBSは,既に上記テロ事件の発生以前において,エスエア・グループのモラトリアム申請は避けられない旨明言していたのであり,このことは本件取引当時のエスエア・グループの財政状況が危機的な状況にあったことの証左である。
イ 被告
(ア) 原告が主張する信義則あるいは条理上の義務については一般論として争うものではないが,このような義務は,自己責任の原則を前提とするものであるから,顧客が既に当該投資商品の取引を熟知している場合を除き適用されるものであるところ,本件において原告は,航空機リース取引についての高度の知識,経験を有していたから,少なくとも被告には原告に対する高度な説明義務はない。また,原告は,エスエア・グループ及びスイス航空についての情報も充分に取得していた。このような原告に対し,被告は,必要な範囲で本件取引に関する重要な情報を原告に提供,説明していたから,被告には説明義務違反等はない。
また,原告は,被告のアレンジャーとしての義務としてより高度な義務がある旨を主張するが,原告と被告との関係は,被告が原告からその資産運用全般又はリース取引への投資全般について責任を有し,原告の投資ニーズに照らして最適な投資案件を組成することを受任しているようなものではなく,被告は,原告に対し,既存の投資案件を持ち込んでこれに投資するかどうかを判断してもらうために必要な情報提供を行ったにすぎないから,その前提を欠く。
(イ)a 利益相反取引
(a) 被告は,エスエア・グループのアドバイザーになったことはないから,原告の主張は,その基礎を欠く。
(b) 被告は,原告又はエスエア・グループの代理人を務めていない。
被告は,原告に対し,本件取引の紹介を行って関係当事者の調整を行ったのみであるから,代理権の問題はなく,したがって,利益相反を問題とする余地はない。
原告が主張するように,被告の行為が媒介であったとしても,媒介とは他人の間に立って,他人を当事者とする法律行為の成立に尽力するのがその本質であり,媒介を行う者は他人を代理するものではない。
(c) 被告は,フライトリースの「リース付き飛行機の購入者を探して欲しい」との委託を受けて,本件取引の媒介を行った。したがって,被告は,フライトリースに対して受託者としての善管注意義務を負うことは格別,委託関係にない原告に対して同義務を負うものではなく,投資案件仲介の際の非委託者への一般的な説明義務を負うにすぎない。
b 情報の不提供
被告は,原告に対し,本件取引の紹介時からエスエア・グループ及びスイス航空の現状及び見通しについて本件取引に投資するか否かを判断するのに必要かつ十分な情報提供を行っている。
すなわち,平成13年5月23日,Aは,Bに対し,「European airlines 2000 wrap-up: hard times inEurope」と題する記事(以下「本件記事」という。)とともに,その日本語の抄訳文を交付し,これに基づき,エスエア・グループ及びスイス航空の状況について,大要次の説明をした。
(a) スイス航空の持株会社であるエスエア・グループは,1999年度の決算では1億6500万米ドルの黒字を計上したが,2000年度の決算において29億スイスフラン(約1700億円)の赤字を計上するに至った。これは外の出資先航空会社への出資金引当金を含む総額約37億スイスフランの引当金計上が原因である。
(b) スイス航空,フライトリースを含む航空部門の営業利益は約3500万スイスフラン(約20億円)であった。
(c) エスエア・グループ傘下の非航空関連事業会社が収益を上げているなか,出資先の航空会社(フランス,ベルギー,ドイツ)の営業不振により,結果として総額約37億スイスフランの損失をグループ全体で計上するに至った。
(d) フランスの出資先航空会社は,毎月8000万スイスフランの資金流出を続けており,AOMフランス航空及びエアーリベルテはリストラプランにより業務縮小を余儀なくされ,それでも営業停止の可能性もあるとのコメントが同航空会社の社長からされている。
(e) サベナ航空については,2001年5月末までにリストラプランが策定され,同年夏場には方向性が決まるであろう。
(f) LTUは,リストラを進めていたが,3億4300万スイスフランの損失を計上した。同社は当面積極的投資を行うため,黒字への転換は2003年になるであろうとエスエア・グループは見込んでいる。
(g) スイス航空,クロスエア,バルエアーの3社は,売上が10%から15%増加したにもかかわらず,燃料費の高騰により赤字計上となった。
スイス航空には58億スイスフランの売上高があったが,燃料費が2.7億スイスフラン増加(前年比56%増)したため,経常利益ベースで1.95億スイスフランの損失を計上した。
(h) エスエア・グループのコルティ会長は,オーストリア航空の持株10%,スイスホテルチェーンのパナルピアの持株10%等,株式・資産の売却予定・計画を発表している。
(i) ネスレで財務責任者をしていたコルティ氏がエスエア・グループの新社長となり,今までの投資拡大路線の戦略を変更しリストラを進めることになった。リストラの内容としては,今後のグループ運営はスイス航空,クロスエアの運航業務を中心とすること,出資航空会社に対する改善策を求めるとともに,改善が難しければ支援を打ち切り,第三者への売却を検討すること等がある。
c 取引条件の改悪
(a) 被告は,原告に本件取引を紹介した当初から,本件機体のエンドユーザーはスイス航空であり,本件取引の実質的な与信先はスイス航空であることを原告に説明していた。実際,フライトリースがレッサーとスイス航空との間にレッシーとして入るとしても,レッサーに支払われるリース料の原資となるのは,スイス航空からのサブリース料であった。したがって,フライトリースが間に入らずにスイス航空が直接レッシーになることによって取引条件が改悪されたわけではない。また,スイス航空とフライトリースは共にエスエア・グループに属しており,いわば運命共同体の立場にあるから,フライトリースが黒字であり,スイス航空が赤字であるからといって本件取引が改悪されたということにはならない。
(b) 月額リース料の減額が決定されたのは,被告が本件取引案件を原告に紹介する前に他の投資家に紹介した当時のことであり,原告に本件取引を紹介した時点では,当初からリース料は32万5000米ドルとして条件提示されていた。したがって,原告との交渉開始後にリース料を変更したものでもないし,これを原告にとって条件の向上であると報告することもあり得ない。
(c) 本件機体価格については,購入時の価格は,リース終了時の処分時の市況の予想とは無関係であり,むしろ,将来の処分時の価格についての購入者の予想が一定であるとき,購入者としては,現在の購入価格が低ければ低いほど有利な取引となることから,本件機体の購入時の価格が減額されていることは,かえって取引の好条件であり,取引条件の改悪とはいえない。被告は,原告に対し,本件取引を原告に紹介した時点でのフライトリース側からの提示価格よりも機体価格が引き下げられたというありのままの事実を伝えたのみであり,それが原告にとって好条件であるなどということまでは伝えていない。
なお,被告が原告に対し,平成13年5月23日に提示した本件取引の条件は暫定的なものであり,そのときの原告の反応を見て同月30日に初めて本件取引の条件として提案したのであり,このことからしても,被告が本件取引を改悪したことにはならないのである。
d スイス航空の財政状況に関する誤導
(a) 被告は,原告に対し,本件取引の基本条件書とともに交付した「本件投資のリスク」と題する書面において,「本件のご投資の際には主に下記のリスクが存在します。1.レッシーまたはその保証人が債務不履行または倒産となるリスク」と明記して,スイス航空の資金繰りが悪化した場合には,それが原告の投資を損なうリスクがあることを明確に説明しているし,エスエア・グループの状況について公表され,入手した資料はすべて原告に提供している。
(b) エスエア・グループの資金繰りの悪化は,平成13年9月11日のいわゆる米国の同時多発テロ事件により大西洋路線を中心として国際線の旅客需要が大幅に落ち込み,株価が下落し,市場からの資金調達に支障を来したことによるものであった。
米国の同時多発テロ事件以前のエスエア・グループの状況は,平成12年12月期に連結純損失を計上したとの決算発表を平成13年4月2日に行い,リストラを進めていたというものであった。
また,スイス政府は,スイス航空が運航停止に追い込まれた際,スイス航空と銀行が処理策を発表したので,「資金面で政府の介入は不要と受け取った」とコメントしており,ナショナル・フラッグ・キャリアたるスイス航空の動向に深い関心を抱いている同国政府さえも,同社が破綻処理策を発表したことを受けてもなお,同社の資金繰りに問題ないと判断していたのである。ましてや,米国の同時多発テロ事件の発生前において,スイス航空の資金繰りが将来的に立ち行かなくなるという見方は,市場関係者一般の見方でなかったことは明らかである。
このように,米国の同時多発テロ事件がなければ,スイス航空又はエスエア・グループの破綻はなかったと考えられるのであり,また,同事件の発生前の時点において,同事件及びそれに引き続くスイス航空やエスエア・グループの破綻を予想することは不可能であった。そして,被告は,エスエア・グループやそのグループ会社のアドバイザーとなったことはなく,スイス航空の資金繰りの状況について市場関係者一般が有していた情報を共有していたにすぎない。
したがって,米国の同時多発テロ事件の発生が被告を含む市場関係者にとって予見不可能な事態であった以上,本件取引の実行時において,本件機体のレッシーであったスイス航空が破綻に至るという事態は被告にとって予見不可能であったことは明らかである。
(c) 原告は,UBSが,米国の同時多発テロ事件発生以前に既にエスエア・グループの財政状況が危機的状況にあったことを示唆していたと主張する。しかし,原告がこのような主張をする根拠とするUBSのPR文書が公表されたのは,上記テロ事件発生後,スイス航空が現実に破綻したという事実を受けた後である2001年12月17日である。そして,UBSがこのような発表をしたのは,同行がスイス航空を破綻させたとの厳しい非難をスイス国内で受け,同行の預金が解約される動きがあったことに対して自己弁護する必要があったためと推測されるから,客観的な内容ではない可能性が高いし,その体裁等をみても内容の信用性は乏しい。
(4) 損害額
(原告の主張)
被告の違反行為により原告が被った損害は,以下のとおりである。
ア 元本欠損額
原告の出捐額は,1110万5500米ドル(13億4043万3850円)であり,その返還は全くされておらず,今後も返還の見込みはない。
イ 立替ローン元利金支払額
原告は,立替ローン元利金として236万米ドル(2億8485万2000円)の出捐を強いられた。
ウ リストラ費用
原告は,リストラ費用として,18万3065.27米ドル(2209万5978円)の出捐を強いられた。
エ 弁護士費用
請求容認額の約1割が相当である。
第3 争点に対する判断
1 本件契約に金融商品販売法が適用されるか(争点(1))。
金融商品販売法は,金融商品販売業者等が金融商品の販売等に際し顧客に対して説明すべき事項及び金融商品販売業者等が顧客に対して当該事項について説明をしなかったことにより当該顧客に損害が生じた場合における金融商品販売業者等の損害賠償の責任並びに金融商品販売業者等が行う金融商品の販売等に係る勧誘の適正の確保のための措置について定めることにより,顧客の保護を図り,もって国民経済の健全な発展に資することを目的とし(同法1条),同法2条1項で「金融商品の販売」の意義を規定する。上記のとおり,同法は,顧客が自己責任により適正な金融商品取引ができるよう,金融商品販売業者に適正・公正な勧誘・販売行為の基準を策定したものといえるから,同法が適用される金融商品とは,居住者たる顧客に対して販売されるものに広く適用されるべきであり,上記「金融商品」の意義もそのような趣旨から解すべきである。したがって,同法2条1項で定義される「金融商品」は,その仕組みが形式的に当該引用法令等が定義する金融商品に該当する場合には,原則として金融商品販売法に服すると解すべきである。
そこで,本件契約をみると,原告が匿名組合員として締結した匿名組合契約は,金融商品販売法2条1項8号に規定する特債法2条6項2号に該当する取引類型である。また,金融商品販売法が「金融商品の販売」の定義として引用する特債法2条6項に規定する小口債権には,外国法人に対する権利も含まれていることに照らしても(同法2条6項5号),同様に引用する同項2号の匿名組合契約の範囲について当該契約の関連当事者を居住者に限らなければならない理由はない。
したがって,本件契約には,金融商品販売法が適用されると解すべきであるから,被告の主張は理由がない。
2 被告に,本件取引において金融商品販売法3条1項に規定する説明義務違反があるか(争点(2))。
(1) 金融商品販売法3条1項1号に規定する説明義務については,金融商品販売業者等に金融商品の価値の変動要因を網羅的に説明することを義務付けると,そうした変動要因と元本欠損が生ずるおそれとの因果関係が無限定に拡がるおそれがあり,金融商品販売業者等にとってその履行が困難となるだけでなく,顧客にとってもかえって本質的な元本欠損の変動要因を理解することが困難となるとも考えられることから,説明内容を明確にし,直接の原因として元本欠損が生ずるおそれがある場合に,同号による説明義務を課すこととしたもので,具体的には,市場金利の変動リスク,為替レートの変動リスク,株式相場に代表される有価証券市場の価格変動リスクといった市場リスクにより,金融商品の最終的な受取額が変動する仕組みの商品が同号による説明義務が課せられる対象となるものと解される。
そうすると,本件契約に基づく原告の営業者に対する収益分配請求権は,いわゆる有価証券市場の主要な指標に直ちに連動する性質のものではないから,同号が対象とする金融商品に含まれるとはいえないし,原告の投下資本の回収可能性は,一義的にはリース料の支払能力にあり,本件機体の市場性の動向が直接に原因するものとは考えられない上(原告の主張全体からみても,この点のみを取り上げて本件取引の違法性を主張しているものではない。),本件機体の市場性の動向自体を,金利,為替レート又は株価といった指標と同様のものとみることは到底できないというべきである。
したがって,被告には同号に基づく説明義務はなく,同号違反をいう原告の主張は理由がない。
(2) 同項2号に規定する説明義務の内容は,当該金融商品の販売を行う者等の業務又は財産の状況の変化を直接の原因として元本欠損が生ずるおそれ(いわゆる信用リスク)がある旨と,その業務又は財産の状況の変化により元本欠損をもたらす要因となる者が誰であるかについてであるが,当該者の業務又は財産の状況が実際にどの程度であるかや,それらの業務又は財産の状況からみて実際に元本欠損が生ずる可能性がどの程度であるかといったことについてまで説明が義務付けられているものではないと解される。
原告が主張する同号の説明義務違反の内容は,スイス航空の財務内容が実際に危機的な状況にあったことであるから,これは同号の説明義務の内容には含まれない。また,証拠(甲1)によれば,被告が原告に対し,本件契約の締結前に交付した基本条件書において,「本件投資のリスク」として,レッシー又はその保証人が債務不履行又は倒産となるリスクがある旨が記載されていることが認められるから,同号にいう説明義務を履行していることが明らかである。
したがって,同号違反をいう原告の主張は理由がない。
3 被告に,本件取引に当たって負うべき忠実義務,誠実義務又は善管注意義務に違反した不法行為があったか(争点(3))。
(1) 当事者間に争いのない事実,証拠(甲11,乙44,証人B,同Aのほか,認定事実中に括弧書きした証拠)及び弁論の全趣旨によれば,本件取引経緯について,以下の事実が認められる。
ア(ア) 原告は,会社案内において,航空機リース取引を「もう一つのサニーヘルス」とうたってリース業を記載して宣伝し(乙4),平成4年3月から平成12年11月末までの約9年間に合計39件のリース取引を行った(乙1)。平成4年から平成10年までに手がけたリース案件は25件で,うち19件は航空機リースであり,出資金合計約211億円に上る。平成11年以降の14件の投資案件は,いわゆる日本型オペレーティングリースにおける単独投資であり,1件を除いてすべて航空機オペレーティングリースであった。これら航空機リースの出資金合計は約170億円に上り,平成12年以降はすべて匿名組合契約により参加している。
(イ) 原告と被告との間の取引において,平成12年6月から平成13年3月までの9か月間に,本件取引と同様の仕組みを有する合計10件の航空機オペレーティングリースの紹介が行われ,うち9件は成約に至らなかった(乙2,26の1ないし4,26の5の1ないし3,26の6ないし8,27の1・2,41)。
(ウ) 原告は,平成11年2月27日に初めて単独で投資参加(残価保証及び購入選択権は付与されていないもの)したが,その後は,ほとんどが同様の投資参加形態によるもので,リース物件である航空機は狭胴機に集中した。本件機体もいわゆる狭胴機であり,原告による単独投資によってリースされた。
イ(ア) 本件取引以前に原告が投資したエスエア・グループの関連会社に対するオペレーティングリース案件は,エスエア・グループの子会社であるフライトリース向けオペレーティングリース(平成12年1月31日付け契約及び同年9月28日付け契約)並びにエスエア・グループの出資会社であるサベナベルギー航空向けオペレーティングリース(同年10月5日付け契約)がある(乙1)。
(イ) 平成13年4月2日,エスエア・グループは,平成12年度のエスエア・グループの営業収益が25パーセント増加した一方で,航空部門はエアライン投資の悪影響により,多額の連結純損失を計上したこと,スイス航空も1億9500万スイスフランの損失が生じたことを公表した(乙5)。
Aは,Bに対し,同日,既に原告が投資していたフライトリース向けリース案件に関する情報として,上記内容のプレス・リリースをファックス送信し,電話で,エスエア・グループが大幅な赤字になるが,フライトリースは約20億円の黒字を出すことなど,主要なポイントを説明した(甲4の1・2)。
Bは,Aに対し,既に投資していたエスエア・グループ傘下のサベナベルギー航空の破綻の可能性についてメールで質問をしたので,Aは,同月3日,さらに同航空やエスエア・グループの損失に関して当時のニュース記事を取りまとめ,エスエア・グループ及びフライトリースの財務状況並びにサベナベルギー航空の状況について報告した(乙6,7)。エスエア・グループの財務状況については,同日付け日本経済新聞夕刊でも報道(平成12年12月期の最終損益が2110億円の赤字になり,過去最悪の業績であるとの内容)された(乙8)。
ウ(ア) 被告は,原告に本件取引を紹介する以前に,本件機体のリース取引についての投資案件を四国の投資家に紹介し,平成13年3月5日時点における本件機体の価格は3820万米ドル,リース料月額32万5000米ドルで交渉していたが,成約には至らなかった(乙40)。
(イ) 同年5月23日,Aは,被告従業員C(以下「C」という。)とともに原告本社のBを訪問し,1時間ほどの時間をかけて本件取引を紹介した。この時点での本件取引は,レッシーはフライトリースであり,同社がスイス航空に対し本件機体をサブリースすることになっていた。Aは,Bに対し,本件取引における実質的な与信先はスイス航空であると説明し,関連する本件記事(乙10)及びその日本語抄訳を示してエスエア・グループ及びスイス航空の状況につき,2000年の事業年度において,エスエア・グループが約37億スイスフランの損失引当により多額の赤字を計上したこと,これは,関連航空会社に対する投資についての引当てで,今後の当該関連会社に対する戦略の見直し(傘下の航空会社の売却処分等の検討も含む。)を行っていること,同じくエスエア・グループの傘下にあるエアーリベルテが営業停止にあることなどを説明した。
また,Aは,Bに対し,本件取引の基本条件書(乙9)を交付し,本件取引がエスエア・グループのリストラクチャリングの一環として行われる取引であること,残価リスク等のオペレーティングリースに関わる基本的なリスク,本件機体の返還条件等を説明した。上記基本条件書には,航空機売買条件として,売主/レッシー,サブレッシー,買主/レッサー,航空機の種別,製造年月,売買価額(3800万米ドル),機体引渡日,リース契約条件として,アレンジャーが被告グループであること,リース開始日及びその期間,リース料(月額32万5000米ドル),購入オプション,保証金等の有無,準拠法,再販代理人名が記載されている。
一方,Bは,スイス航空はナショナル・フラッグ・キャリアであって以前から取り組みたいと考えていた案件であり,スイス航空を与信先とする取引に非常な魅力を感じていたため,本件取引に魅力を感じた。
(ウ) 同月30日,CとAは,Bに対し,本件機体の価格が3800万米ドルから3790万米ドルに下がったこと,レッシーがフライトリースからスイス航空への直接リースに変更したことをファックスで通知し,これに伴い修正した基本条件書を交付した。Bは,本件機体の減額について異議を唱えなかった。このとき,Aは,Bに対し,「フライトリースよりも航空会社本体に直接リースするのですからよいですね。」と言った(乙11の1ないし3)。
(エ) 同年6月5日,BとC及びAは,本件取引における原告の資金調達方法について協議した。原告は,富士銀行虎ノ門支店に融資の申請をすることを決め,同月13日,Bは,Cに対し,本件取引について同行に説明するよう要請した。
これを受けて翌14日,被告担当者D,C及びAは,同行において本件取引の条件,内容,本件機体,スイス航空及びエスエア・グループの財務状況等について基本条件書(本件機体の保守・整備,返還主要条件,借入契約の主要条件,本件取引の仕組図等が記載されている。),本件機体(本件機体の鑑定評価額等を含む。)についての簡単な説明資料,スイス航空の概要(収益状況,財務状況等を含む。)の各資料を提示して説明した。同日,Cは,Bに対し,同行に交付した資料をファックスして同行に行った説明内容を報告した(乙12の1ないし4)。
(オ) 同年6月9日,エアワイズ・ニュースは,エスエア・グループの株価が同年1月以来50%まで下落したと報道し(甲10の1),同年6月11日には,BBCニュースが,スイス航空の倒産の噂があり,エスエア・グループの株価が下落したと報道したが(甲10の2),被告担当者は,これらの報道に接していなかった。
(カ) エスエア・グループは,同月15日付けのプレスリリースにおいて,多額の損失を出し続けていたフランスの航空会社である傘下のAOMとエアーリベルテが破綻し,エスエア・グループの財務上の大きな不安定要素が取り除かれ,両社の破綻処理にかかる費用が平成12年12月決算で引当済みである旨公表した(乙46)。
(キ) 同月25日ころ,富士銀行から原告に対する融資が承認されたため,AがBに対し,本件取引の参加確認書を提出するよう依頼したところ,Bは,本件取引にかかる手数料を本件機体購入額の0.5%程度ディスカウントするよう要求するとともに,本件機体のインスペクションの終了の有無を確認してきた。
同月26日には,被告は,ディスカウントを承認し,原告に対し参加確認書の提出を再度依頼した(乙13)。
同月27日,原告は,記名押印済みの参加確認書を被告に対しファックスした(乙14)。
同月28日,CとAは,原告本社にBを訪問し,インスペクションレポートのドラフトと最新の基本条件書を交付した(甲1,乙28)。この基本条件書には,「本件投資のリスク」として,レッシー又はその保証人の信用リスク,為替リスク等の一般的なリスクが記載され,損益試算表,損益分配予定表が追加されていた。
エ エスエア・グループは,同年7月12日,同グループが直近3か月間に行ってきた再建計画と今後の見通しについて公表し,再建計画の進行によって航空ビジネスが当年半期に比較的回復し,同年5月末までの業績としてグループにおける総売上が上昇するなどの現況にあると発表した(乙47の1・2)。
オ 同年9月11日に米国で同時多発テロ事件が発生すると,これを契機に航空需要が急速に落ち込み,航空会社の経営悪化が欧州で深刻化したことに伴い,航空機リース市況も悪化した(乙32ないし34,38,55)。エスエア・グループは,同年10月1日に,資金繰りの悪化により事実上の破綻を発表したが,その原因は,上記テロ事件であると評価された。
カ なお,UBSは,同年12月17日,同行がスイス航空に対して同時多発テロ事件発生以前においてモラトリアム申請は避けられない旨指摘していたと発表したが(甲7),同発表は,スイス航空のモラトリアム申請後にされたものである上に,同行が個人的利用及び情報提供を目的として提供したものであり,その正確性,完全性及び最新性について一切の表明を行うものではないとされている(乙37)。
(2) 以上の認定事実に基づいて検討をすすめる。
ア 被告の行為は,利益相反に当たるか。
原告の主張は,被告がエスエア・グループ及びフライトリースのアドバイザーであることを前提とするものであるところ,被告がこのようなアドバイザーたる地位にあったことを認めるに足りる証拠はない。証拠(甲4の1)によれば,平成13年4月2日の時点で,AがBに対し,被告がエスエア・グループのリストラクチャリングに関してアドバイザーとして関与する見込みである旨伝えたことが認められるが,正式にアドバイザーとなったことは認められないし,証拠(乙25)によれば,同年5月23日現在,被告がエスエア・グループのアドバイザーになる見込みはなかったことが認められる。
よって,原告の主張はその前提を欠き,理由がない。
イ 被告は,原告に対し,本件取引に必要な情報を提供しなかったか。
(ア) 前記認定事実によれば,原告は,被告からの本件契約締結以前における基本条件書の交付,口頭による説明等により,本件取引について,契約条件,本件機体の概要,市場価値,リース契約の主要条件,ローン契約の概要,関係当事者(スイス航空,エスエア・グループ)についての情報を得ていたことは明らかである。そして,後記エ(ア)のとおり,本件取引勧誘当時,スイス航空やエスエア・グループが近々破綻の危機にあるとはいえなかったから,被告には,原告に対しスイス航空が破綻するおそれがあることを説明すべき義務もない。
したがって,被告は,原告に対し,本件取引に必要な情報を提供しなかったとは認められず,原告の主張は理由がない。
(イ) なお,原告が本件取引以前から関与してきた航空機リース取引において重要視してきたものが,投資実行時期や出資金額が原告のそのときどきの節税ニーズと一致しているかという点であったことは,前記原告の主張のとおりであるから,原告にとっては,投資実行時期や出資金額以外の本件契約の詳細な条件はさほど重要視していなかったことを指摘することができる。原告は,この点を取り上げてリース取引に関し素人であったことを主張するが,前記認定の原告のリース取引の経緯に照らすと,航空機リース取引(匿名組合契約によるものを含む。)の一般的なリスクや仕組みさえも理解する能力を有しない素人であるとは到底いえないことが明らかであり,原告の主張は理由がない。
ウ 被告は,本件取引条件を改悪したか。
(ア) レッシーの変更
前記認定事実によれば,被告は,原告に対し,本件取引紹介当初から,本件機体のリースの実質的な与信先はスイス航空である旨説明し,原告もそれを了解していたのであるから,レッシーがフライトリースからスイス航空に変更されたことが,本件契約締結当時の状況(スイス航空やエスエア・グループの財務状況を含む。)からみて,取引条件を改悪したとは認められない。また,被告担当者が原告に対し,このような変更がことさら好条件となった旨を説明したことを認めるに足りる証拠もない。
よって,原告の主張は理由がない。
(イ) 機体価格の変更
オペレーティングリース取引において,リース物件の価格は,リース終了時において予想される処分価格と無関係なものではないが,投資家の出資額や,投資回収額は,リース物件価格のみならず,リース料,リース期間,利率,為替レート(外貨建ての場合)等の諸要因があいまって決定されるものであるから,リース物件価格が,その価格の多寡にかかわらず減額したことをもって直ちに当該取引条件が改悪されたと解することはできないというべきである。
この点,原告は,本件機体価格の減額が,原告の損失にいかなる影響を生じたかという点について具体的に主張,立証するものでもなく,その主張自体抽象的にすぎるといわざるを得ない。
さらに,前記認定事実によれば,原告は,本件機体価格の変更を了解の上本件契約を締結したことが認められ,本件機体価格の変更が本件取引条件の改悪とは考えていなかったことが明らかである。
よって,原告の主張は理由がない。
(ウ) リース料の減額
仮に原告の主張のとおり,本件機体のリースが組み替えられたとしても,これによって,関連当事者も異なる全く別個の仕組みが組成されたのであり(しかも従前の仕組みには原告は関与していない。),そのうちの一条件を取り上げて比較した上,直ちに有利・不利を比較できるものではないというべきである。
そして,前記認定事実によれば,原告に提示された本件取引のリース料は,当初から一貫して月額32万5000米ドルであったのであり,原告は,この金額を了解して本件契約を締結したのであるから,結果として本件機体についての従前の仕組みによるリース料より減額されていたとしても,原告に不利益が生じたとは認められないというべきである。
よって,原告の主張は理由がない。
エ 被告は,スイス航空の財務状況について誤導したか。
(ア) まず,本件契約締結時までの間において,スイス航空及びエスエア・グループが本件契約締結後1年もたたないうちに破綻する危機にあったことを認めるに足りる証拠はない。前記認定事実によれば,スイス航空及びエスエア・グループは,本件取引勧誘直前の事業年度に大幅な赤字となっており,本件取引も同グループの経営改善のためのリストラクチャリングの一環であるものの,負債を抱える子会社の売却等によって業務・財務状況の改善を図っていたのであって,将来的には改善する可能性があったと認められる。実際にも,本件契約締結後に,同グループは業績の回復の見込みを公表したのであり,一般に入手可能な方法によっては,一般的に内在するリスクを超えてスイス航空が破綻するおそれがあったことをうかがわせるような事情はなかったというべきである。
かえって,前記認定事実によれば,エスエア・グループが支払猶予の申請をすることになったのは,米国の同時多発テロ事件による航空機需要の低下が直接の引き金になったと推認されるのであり,この点からしても本件契約締結当時において,スイス航空及びエスエア・グループが1年も経たないうちに破綻することを予測することは不可能であったというべきである。
したがって,被告には,本件取引の勧誘時に,原告に対し,エスエア・グループに現実の問題として破綻の危険があることを説明する義務はなかったというべきである。
(イ) 次に,上記のような状況の下で,被告が原告に対し,ことさらスイス航空やエスエア・グループの財務状況が本件取引の好材料である旨説明したことを認めるに足りる証拠もない。被告は,前記認定のとおり,エスエア・グループのプレスリリースや雑誌記事に基づきその財務状況を随時説明していたのであり,その説明義務は履行したというべきである。なお,齋藤裕一(原告のコンサルタント,現社員)は,前記(1)ウ(オ)の報道記事等から被告に情報開示義務違反があったと陳述するが(甲12),被告にあらゆる情報源を探索してエスエア・グループの財務状況を把握・評価すべき義務まで課すことは相当ではない。
(ウ) よって,原告の主張は理由がない。
第4 結論
以上のとおりで,その余の争点((4)損害額)について判断するまでもなく,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・杉山正己、裁判官・田村政巳、裁判官・井筒径子)