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東京地方裁判所 平成14年(ワ)25003号 判決 2003年8月27日

原告

甲山花子

上記訴訟代理人弁護士

小林譲二

平井哲史

被告

Aジャパン株式会社

上記代表者代表取締役

乙川太郎

上記訴訟代理人弁護士

饗場元彦

主文

1  原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、平成一四年三月以降毎月二五日限り金三九万〇二八六円及びこれらの金員に対する支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  本判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

主文同旨

第2  当事者の主張

1  請求原因

(1)  被告は、ダイオードを主とした半導体製品を日本国内で輸入販売している会社である。

(2)  原告は、昭和五五年七月一〇日、被告に大阪営業所の営業アシスタントとして雇用され、平成一三年八月からは東京本社でゼネラルサポートの肩書きで出荷伝票の作成や入出庫品のコンピュータ処理等を担当していた。

(3)  被告は、平成一四年三月二五日付書面(同月二七日到達)で、原告に対し、同月一五日で解雇するとの意思表示をした(以下「本件解雇」という)。

(4)  本件解雇時の原告の賃金は月額三九万〇二八六円であり、毎月二五日に支給されていた。

(5)  被告は本件解雇に基づき原告の就労を拒否しており、原告は本件解雇は無効であるとして争っている。

(6)  よって、原告は、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、平成一四年三月以降毎月二五日限り金三九万〇二八六円の賃金及びこれらの金員に対する支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

3  抗弁

(1)  被告の就業規則によれば、「職制の改廃、経営の簡素化、事業の縮小その他会社業務の都合により剰員を生じたとき」、「その他会社業務の都合上、やむを得ない事由があるとき」に該当する事実が存在するときは、被告は、従業員を解雇することができる旨規定している(就業規則第四六条(6)、(7))。

(2)  前記就業規則の規定は、いわゆる整理解雇の定めと解することができるところ、被告には、以下のとおり、人員削減の必要性があり、解雇回避努力を尽くしており、解雇される従業員の選定基準、選定も合理的であり、就業規則第四六条(6)、(7)の要件を充たしている。

ア 人員削減の必要性

(ア) 被告の地位

被告は、米国ニューヨーク州に本社を置く米国デラウェアー州法人Aインク(以下「Aインク」という)の一〇〇%出資子会社の日本法人である。被告は、Aインク及びその子会社(以下総称して「Aグループ」という)の製造するダイオードを主とした半導体製品を日本国内で輸入販売しており、被告は、Aグループ以外の会社の製品は扱っていない。被告の日本における活動は、顧客に対する営業及びそれに伴う技術支援、品質問題対処が主なものである。

(イ) 平成一三年の半導体不況とAインク

平成一二年後半からの米国経済の後退的局面の影響等から同一三年には世界の半導体市場は大不況に突入することが懸念された。被告の親会社であるAインクの平成一三年度の営業損失は、連結ベースで上半期だけで約四〇〇万ドルにものぼり、通年ベースでは更に巨額の営業損失が予測されるに至った(結果的には、営業損失は約七二三二万ドル)。そのため、Aインクは、大規模なリストラ計画を採用し、平成一三年八月にはアイルランド工場を閉鎖し(従業員六七〇人、全従業員数の約一三%)、これと並行して他拠点及び事業所を対象とした人員の削減を発表し、それによれば全世界的に平成一二年末と比較し二三%の人員の削減を実行することにした。

(ウ) BによるAインクの買収

Aインクの負債は前記(イ)のとおりであり、自力での再建を断念した。米国ペンシルバニア州に本社を置く米国デラウェアー州法人Bインク(以下「Bインク」という)がAインクの買収に乗り出し、平成一三年一一月二日、AインクはBインクの一〇〇%出資子会社となった。被告は、Bインクの孫会社となり、Bインクの一〇〇%子会社であるシンガポール法人Bアジア(以下「Bアジア社」という)の統括下に入った。

(エ) 被告の経営状況

被告も半導体不況の影響をまともに受け、平成一三年度の営業成績は、開業以来最大の損失を被り、営業損失は約三三〇〇万円、為替差損は約七七〇〇万円で、当期損失は約一億八六〇万円にのぼった。被告の統括会社となったBアジアは、被告の高コスト体質を問題とし、人員削減等による経費削減が必要であると考えた。

(オ) 原告の担当業務

原告の担当業務は、ゼネラルサポートと呼称されているが、その業務内容は出荷伝票、出荷ラベル作成(約七〇%)、出荷、受領の確認(約一五%)等である。原告の業務の七〇%を占める出荷伝票、出荷ラベル作成は毎日一時間程度(月曜日は二時間程度)の仕事であり、その殆どは、コンピュータの打ち出しで終わる。出荷伝票の作成業務自体、営業又はカスタマーサポート(カスタマーサービスとも呼称されているが、以下統一して「カスタマーサポート」という)に所属する従業員が自分の担当の顧客につき各自コンピュータから情報をアウトプットし、容易に処理可能な業務であるのみならず、被告は、平成一四年以降、代理店を大幅に削減する計画であり(平成一四年九月には代理店は二一社から六社に削減された)、またダイレクトカスタマーの代理店経由への順次移行を計画していた被告にとって、出荷伝票の作成業務に一人の専任従業員を貼り付ける意義はなくなり、営業又はカスタマーサポートの担当に分散しても別段の不都合なく処理できることが予想された。よって、原告が担当してきた業務は、客観的にも不要である。

(カ) 以上によれば、被告においては、人員を削減する必要があった。

イ 解雇回避努力

(ア) 過去における被告の原告雇用維持の努力

a 被告は、過去において、平成一三年二月の早期退職優遇措置、同年七月の人件費削減策(第一次:無給休暇制度、第二次:冬季賞与支給額の減少)等の努力をしてきた。

b また、被告は、原告のために、平成九年九月にはパートを辞めさせてまで出荷伝票作成・管理を主たる作業内容とするゼネラルサポートのポストを用意し、同一一年二月には被告の経営の合理化の一環としての出荷業務等のDへの業務委託計画及びそれに関連する原告の雇用機会付与のためDへの転籍の提案をし、同一三年八月にはパート従業員との軋轢をさけるため本人の希望を入れて本社に配転するなどの努力を尽くしている。

(イ) 本件解雇当時の配転可能性

被告には、原告の担当していたゼネラルサポート以外、社長秘書、営業、カスタマーサポート、応用技術、品質管理、経理、人事、インフォマーション・テクノロジーといった担当部署があるが、原告の能力・適性に照らすと、これらの部署への配転可能性はない。原告は、平成九年七月以前はカスタマーサポート業務に従事していたが、その後、カスタマーサポートの業務レベルは非常に高度になり、同一四年一月段階では、原告の能力では到底勤まらない。

(ウ) 以上のとおり、被告は、原告に対し、本件解雇を回避するため、できる限りの努力を尽くしているが、原告をもはや配転する部署がないのであり、本件解雇はやむを得ない措置である。

ウ 人選の合理性

(ア) 解雇者選定基準

被告は、従業員の能力、勤務評価、スキルアップへの積極性、会社に対する貢献度を解雇の基準とした。

(イ) 原告を解雇した理由

a 原告の能力

原告には英語力、コンピュータでの事務処理能力(以下「PC能力」という)、製品知識等専門知識が欠如していた。被告は米国会社の子会社であることから、本社及び関連会社との交信は英語で行われ、したがって、被告の各部署(営業、人事、経理、カスタマー・サポート、技術サービス、品質管理等)で責任ある業務遂行(他の社員の支援も含む)をするためには、英語力は不可欠であるが、原告は社内で最も英語力が劣るため受け入れる部署がない。また、PC能力は、サラリーマンの必須の能力であるが、原告にはかかる能力は他の従業員と比べて著しく劣っていた。さらに、製品知識を有していることは、被告の各部署を満足にこなして行く上で必要なことであるが、原告はかかる知識はないに等しかった。

b 勤務評価

被告は、年二回定期人事評価を「コア能力評価」、「目標設定と達成」の両面から行っているが、原告の総合評価は、この数年、四段階評価(「期待を達成しなかった」、「期待を一部達成した」、「期待を達成した」、「期待を超えた」)で一番下ないし下から二番目の評価であった。

c スキルアップへの積極性

被告は、前記aで摘示した原告の能力不足をことあるごとに指摘し、業務遂行上必要な能力を習得するよう常々注意し、なおかつそのための機会も提供していたが、原告は時代の流れ、会社の変化には無頓着で、従業員である地位に安住し、スキルアップへの意欲も自助努力も全くないに等しかった。

d 会社に対する貢献度

原告の会社に対する貢献度は、今回の解雇対象者五名のなかで最低であった。

(ウ) その他

被告は、平成一四年二月一二日、原告に対し、解雇通知を行った際、特別退職金等合計一五〇〇万六三二七円(就業規則所定の退職金九九二万六四三六円及び予告手当三九万〇二八六円のほか特別退職金四四六万六八九六円、夏季賞与日割り二二万二七〇九円を上乗せした額)の支払を提示しており、相当の配慮を示した金額である。原告以外の整理解雇の対象者四名からは、不満の声は一切出なかった。

(3)  被告は、平成一四年三月二五日付書面(同月二七日到達)で、原告に対し、就業規則第四六条(6)、(7)に基づき、同月一五日で解雇するとの意思表示をした。

4  抗弁に対する認否

(1)  抗弁(1)、(3)は認める。

(2)  同(2)は否認する。

ア 人員削減の必要性について

(ア) 被告の経営状況

被告は、本件解雇の意思表示をした平成一四年三月当時、整理解雇をしなければならないほどの差し迫った財務状況にはなかった。被告は、半導体市場の低迷をいうが、実際には平成一三年五月から現在に至るまで被告の売り上げは横ばいか、若干微増の状況である。そして、被告の平成一三年度の損益計算書によれば、当期損失として五七九三万円を計上しているものの、前期繰越利益金六億六七九五万円を計上し、差し引き、当期未処分利益剰余金は六億一〇〇〇万円もの巨額にのぼっている。これは、平成一三年度の給与手当一億七〇二三万円の三年半分に相当する巨額の利益剰余金である。以上のような被告の財務状況を前提にするならば、被告には、整理解雇を行わなければならないような差し迫った事情はなかった。

なお、被告は、親会社であるAインクの巨額の損失を問題にするが、被告は日本法人であり、法人格上親会社とは別個、独立の法主体であるから、親会社の損失が即、被告の人員整理の必要性の根拠とはならない。

(イ) 被告の人員体制

被告は、平成一三年一二月末時点で、五名の人員削減が必要であったと主張する。被告の平成一三年一二月時点での職員構成は、正社員二五名、契約社員二名、派遣社員二名、合計二九名であった。しかるに、被告が原告に対し本件解雇の意思表示をした前月である平成一四年二月の時点では、被告の職員は、正社員二〇名、契約社員二名、派遣社員二名、合計二四名となっており、五名の人員削減を達成しており、それ以上の人員削減の必要はないはずである。のみならず、被告では、本件解雇後も正社員が自主退職により減少し、平成一四年八月時点では正社員一四名になっているが、正社員の減員の穴埋めに、契約社員二名、派遣社員五名と非正規雇用を増員している。結局のところ、被告は、正社員を削減し、有期契約社員や派遣社員を増員しているにすぎない。この点からみても、被告においては、人員削減の必要性があるのではなく、わが国での有期契約社員や派遣社員が、正規従業員に比べて時間単価が安いことを利用して、原告ら正規従業員数を削減し、非正規従業員に代替しているにすぎない。

(ウ) 原告の業務

a 原告は、昭和五五年に被告に入社してから本件解雇までの間、呼称はともかく、「顧客からの受注処理、納期管理、工場への受注品の発注」などのカスタマーサポート業務に従事していた。被告は、平成九年、原告を大阪営業者から東京葛西の倉庫に配転後、原告の係をゼネラルサポートと呼称し、出荷伝票の作成等をさせるようになったが、この業務も営業のサポートをするという意味でのカスタマーサポート業務の一環であり、それゆえ原告の所属はカスタマーサポート課のままであった。

b 被告は、Aインクの日本における営業・販売会社であるから、同社の製品の「受発注業務・納品管理業務」が被告からなくなること及びその業務に一定数の従業員を配置する必要性がなくなることはあり得ないのである。このことは、被告のカスタマーサポート業務への職員配置からも明らかである。すなわち、被告でのカスタマーサポート業務に従事している従業員は、平成一三年五月一日時点で、正社員が原告を含めて六名、有期契約社員二名、派遣社員一名の合計九名であるところ、本件解雇後の平成一四年七月時点でも、正社員二名、有期契約社員二名、派遣社員五名の合計九名と総数はまったく同じである。

c 本件解雇から一年が経過した時点でも、原告が従事していた伝票発行業務は被告からなくなっていない。仮に、被告においてゼネラルサポートとして携わっていた業務をなくしても、原告はもともと入社してから倉庫課に配転されるまで一七年間大阪営業所でカスタマーサポート業務に従事していたのであり、再度教育訓練をすればカスタマーサポート業務に従事させることは可能であり、原告が仕事に従事できる部署が被告にはないということはあり得ない。

(エ) 以上によれば、被告においては、経営上の理由により原告が勤務していた部署がなくなるなどの理由によって「剰員」が生じ、それによって「人員削減の必要性」が発生しているわけではなく、就業規則第四六条(6)に規定する「業務の都合による剰員」自体が生じていない、換言すれば、人員削減の必要性はなかったというべきである。

イ 解雇回避努力について

(ア) 被告には、本件解雇に当たり、解雇回避努力など念頭になかった。被告の代表取締役であった丙田次郎(以下「丙田社長」という)は、平成一三年一二月四日、Bアジア社の責任者(President)であるC(以下「C」という)から解雇対象者のリストを提示され、それに従ったに過ぎない。したがって、本件解雇を決定したBアジア社の幹部はもちろん、被告会社代表であった丙田社長にも、本件解雇決定前に何とか解雇を回避して原告ら従業員の雇用、生活を維持しようとすることなどまったく考えていなかった。

(イ) 被告は、過去における被告の原告雇用維持についての努力を主張する。整理解雇において使用者に求められる解雇回避努力とは、当該部署の廃止等により経営上、業務上の理由により剰員が生じることによって人員削減の必要性が認められたとしても、当該労働者を他の部署へ再配置するなど、当該労働者の雇用と生活を維持するための具体的な措置をいうのであり、当該労働者の解雇の必要性を判断する時点で要求される措置である。したがって、被告の過去における解雇回避努力の主張は主張自体失当である。

ウ 人選の合理性について

(ア) 人選基準

a 被告には、本件解雇に当たり、人選基準などなかった。

b 仮に、人選基準が被告の主張どおりのものであったとしても、当該基準は、「スキルアップへの積極性」、「会社に対する貢献度」など使用者の恣意的判断がされやすい主観的な要素を多く含み、他方では、日本の労働市場に即して要求される、再就職の容易性という客観的要素を含まないという不合理な内容のものであった。

(イ) 人選の不合理性

被告は、原告の英語力、PC能力、製品知識等専門知識の各不足を理由に、原告を解雇対象者に選定したと主張する。しかし、原告の採用時これらの能力は必要とされていなかったし、原告の従事していた部署では現在でもこのような能力はなくても仕事はできるのであり、これらの能力不足を理由にする解雇には合理性がない。仮に、英語力、PC能力が、将来において被告の業務遂行上不可欠というのであれば、原告に対し、その職業訓練をすることが雇用の維持にとって必要な解雇回避措置であるといえる。

5  再抗弁(解雇権濫用ないしは信義則違反)

使用者が事業上の都合により労働者を解雇するに当たっては、事前に解雇の必要性や内容(人選基準、時期、規模、方法)について当該労働者や労働組合に説明し、協議を尽くして理解を求めるべきであるが、被告は、本件において、原告から問い合わせを受けるまでは、何らの説明もしていない。したがって、本件解雇は、手続の相当性を欠き、解雇権濫用ないしは信義則に反し、無効である。

6  再抗弁に対する認否

否認する。

被告代表者は、本件解雇の意思表示をする以前の平成一三年一二月一八日、原告に対し、解雇について、「いろんな説明がないというなら説明はします」と述べたところ、原告は、「いえ、今聞きましたから結構です」と答えたのであるから、被告には手続的にみて不相当な点はない。

第3  判断

1  請求原因について

請求原因事実は当事者間に争いがない。

2  抗弁について

(1)  抗弁(1)(就業規則第四六条(6)、(7)の規定の存在)、(3)(本件解雇の意思表示)はいずれも当事者間に争いがない。

(2) 前記就業規則の規定(「職制の改廃、経営の簡素化、事業の縮小その他会社業務の都合により剰員を生じたとき」、「その他会社業務の都合上、やむを得ない事由があるとき」に該当する事実が存在するときは、被告は、従業員を解雇することができるとの規定)は、いわゆる整理解雇の定めと解することができる。この点に関し、被告は、人員削減の必要性があり、解雇回避努力を尽くしており、解雇される従業員の選定基準、選定も合理的であるとして、就業規則第四六条(6)、(7)の要件をいずれも充たしているので本件解雇は有効であると主張し、原告はこれを否認し、この点が本件の争点であるので、以下、被告の主張が認められるか否かについて検討することにする。

(3)  人員削減の必要性に関する認定事実

証拠(甲1、4、9、10の1、3ないし7、同13の1ないし6、同16の2、同18及び19の各1、2、同20、21、乙3、5、6、8、10の10、同11、18、19、21、22、22の1、同24、25、27、29、証人丙田、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 被告の地位

被告は、米国ニューヨーク州に本社を置くAインクの一〇〇%出資子会社の日本法人であり、資本金は一億円である。被告は、東京本社のほか大阪営業所を置き、平成一四年一月当時の従業員は、正社員が二四名、有期契約社員が二名、派遣社員が二名であった。被告は、Aグループの製造するダイオードを主とした半導体製品を日本国内で輸入販売しており、Aグループ以外の会社の製品は取り扱っていない。被告の日本における活動は、日本国内でAグループ製品を取り扱っている顧客に対する営業及びそれに伴う技術支援、品質問題対処が主なものである。なお、Aインクは、日本以外にも、台湾、香港、韓国、シンガポールのアジアの各国に一〇〇%出資子会社を設立し、事業展開をしている。(甲1、乙18、19、証人丙田【四頁】、弁論の全趣旨)

イ 原告の地位

(ア) 原告は昭和二七年生まれの独身女性であるが、高校卒業後大阪の専門学校に通い、同五五年七月、被告大阪営業所の営業アシスタントとして採用された。原告は、昭和五五年七月から平成九年九月までの間、被告大阪営業所で、主として顧客からの受注処理、納期管理、工場への受注品の発注などのカスタマーサポート業務に従事していたが、このほかにも、営業担当者不在時のフォローや庶務全般に加え、売上データの管理、小口の現金の管理等の所長のアシスト業務にも従事し、平成五年には営業企画主任に昇格し、役職手当の支給も受けている。

原告が入社した当時のカスタマーサポート業務は、日本の顧客から入る注文をシッピング課(当時)に送り、同課からまとめて海外工場に発注し、納期管理も同課を通じて行っていたため、語学力は格別不要であったし、PC能力も要求されていなかった。

(甲9、16の2、証人丙田【三一ないし三三頁】、原告本人【一、三、七頁】)

(イ) 原告は、平成九年九月に、東京葛西の物流センター(倉庫課)への配転命令を受け、これに従った。原告は、葛西の物流センターでは、これまでカスタマーサポートとして担当していた受発注処理等の業務ではなく、従前東京本社において行われていた出荷伝票の作成及び入出庫品のコンピューター処理等を担当するようになった。もっとも、原告が葛西の物流センターで就いた業務も、広い意味で営業のサポートをするという点ではカスタマーサポート業務の一環と位置づけることも可能である。原告は、平成一三年八月、東京本社に配転され、そこで、葛西の物流センターで行っていた仕事と同じ仕事に従事した。(甲9、13の1ないし6、原告本人【一一、四八、四九頁】)

ウ Aインクの経営状況

(ア) 被告の親会社であるAインクは、米国経済の後退的局面の影響等を受け、平成一三年度の営業損失は連結ベースで上半期だけで約四〇〇万ドルにものぼり、通年ベースでは更に巨額の営業損失が予測されるに至った(結果的には、営業損失は約七二三二万ドル)。Aインクは、自力での再建を断念し、平成一三年八月一日、Bインクに買収されることになり、当該買収は同年一一月二日完了した。この結果、AインクはBインクの一〇〇%出資子会社となった。また、被告は、Bインクの孫会社となり、Bインクの一〇〇%出資子会社であるBアジア社の統括下に入った。(甲10の1、同18及び19の各1、2、同20、21、乙29)

(イ) Aインクは、経営状況の悪化に対処するため、平成一三年七月には被告ら子会社に対し人件費の一律一〇%の削減を要求し、同年八月にはアイルランド工場(六七〇名、全従業員の約一三%)の閉鎖と並行して前年一二月末時点の全従業員数約五七〇〇名から従業員数を二三%削減することにした(乙6、10の10、証人丙田【六、七頁】、弁論の全趣旨)。

エ 被告の経営状況

(ア) 被告の平成一三年五月から現在に至るまで売り上げは横ばいか、若干微増の状況が続いており、決して良好とまではいえないが、平成一三年度の損益計算書によれば、当期損失として五七九三万円を計上しているものの、前期繰越利益金六億六七九五万円を計上し、差し引き、当期未処分利益剰余金は六億一〇〇〇万円もの巨額にのぼっている。これは、平成一三年度の給与手当一億七〇二三万円の約三年半分に相当する額である。

また、被告の平成一四年度上半期の売上高は一八億円と、前年度の半期平均を二億円上回っており、半期の営業及び営業外総利益は約四〇〇〇万円の黒字である。結局、平成一四年度上半期は、為替差損が約一億円出たため、差し引き約六〇〇〇万円の赤字となったが、前期繰越金六億一〇〇〇万円はそのまま計上されているため、当期未処分利益は五億五〇二〇万円の剰余となっている。

(乙11、21、証人丙田【五、六、二〇、四二頁】)

(イ) 被告でも、前記経営状況に対処するため、平成一三年二月には早期退職優遇措置を発表し、一名がこれに応じ、同年七月には一〇%の人件費削減策を発表し、第一次として無給休暇制度を、第二次として冬期賞与支給額の削減などに取り組んだ(乙5、6、証人丙田【九、二九頁】)。

オ Bアジア社の合理化要求

(ア) Bインクは、日本国内に一〇〇%出資子会社である日本B株式会社(以下「NBKK」という)とBジャパン株式会社(以下「BJ」という)を有しており、二社ともBアジア社の統括下にあった。BインクのAインクの買収により、平成一三年一一月二日以降、被告もNBKK、BJと同様にBアジア社の統括下に入った。(甲18の1及び2、21、乙3、19、24、27、証人丙田【一七頁】、弁論の全趣旨)

(イ) Bアジア社の統括下にあるBJの社員一人当たりの売上高が被告より高かったこと、被告のコスト対売上げの比率はアジア地区のAグループの会社と比較しても倍近くと高コスト体質であったため、Bアジア社の責任者であるC及びBJの代表取締役であった乙川太郎(以下「乙川社長」という)らは、被告には人員削減等さらなる経営合理化が必要であると判断した(乙19、24、25、証人丙田【四頁】)。

(ウ) Cは、解雇対象者を選定する資料とするため、平成一三年一一月中旬頃、被告の丙田社長に対し、被告の組織図、全従業員の勤務評価書、職務経歴書の提出を命じ、原告を含む被告の全従業員は自己の職務経歴書を作成し、被告に提出した。C及び乙川社長らは、被告から提出を受けた被告の全従業員の勤務評価書等を参考に解雇相当者を選定していった。Cは、BJにはないゼネラルサポートという職種を設け、出荷伝票作成等のために従業員一人を貼り付けている体制は非効率であると考えた。C及び乙川社長らは、前記資料を検討のうえ、更に直接従業員と面接のうえ解雇者を選定するのが相当と考え、平成一三年一二月三日、これを実施した。原告も他のカスタマーサービス課の四名とともに、一二月三日、C及び乙川社長の面接を受けた。C及び乙川社長らは、面接後に、被告会社の全従業員らと会食を設け、従業員の能力、資質等を把握することに努めた。(甲10の3ないし5、乙8、24、25、証人丙田【一三、二三、二四頁】)

(エ) Cは、平成一三年一二月四日、被告の丙田社長に対し、勤務評価書、面接の結果等を踏まえ、能力等の観点から(評価基準については後記(5)で述べる)、原告ら五名を解雇する考えを述べ、丙田社長もこれを了承した。丙田社長は、一二月六日、「新組織の件―重要」と題する社内電子メールで、Bアジア社から何人かについては解雇指示を受けた旨を発表し、翌七日、今後のポジションについて何の連絡も受けていない者が解雇対象者である旨発表した。原告は、被告から今後のポジションについて何の連絡も受けず、結局、本件解雇の通告を受けた。(甲4、10の6、7、乙8、22、22の1、24、25、証人丙田【一四、二三ないし二六頁】、原告本人【一九頁】)

カ 被告の人員配置

(ア) 被告の平成一三年八月以降の社内組織は、営業部門、カスタマーサポート部門、ゼネラルサポート部門、技術部門、品質管理部門、経理部門、人事部門、情報処理機器管理部門に分かれていた(なお、前記イ(イ)のとおり、原告の所属したゼネラルサポート部門は、営業をサポートするという意味では、広い意味ではカスタマーサポートの一部門ということが可能である)(甲1、乙18、証人丙田【一〇頁】、弁論の全趣旨)。

(イ) 被告の従業員数は、平成一三年五月時点では正社員三〇名、有期契約社員二名、派遣社員一名の合計三三名であったのが、同年一二月時点では正社員二五名、有期契約社員二名、派遣社員二名の合計二九名に、本件解雇の前月である同一四年二月時点では正社員二〇名、有期契約社員二名、派遣社員二名の合計二四名に削減されている。

前記削減数(率)は、Aインクが発表した平成一二年末の従業員数を二三%削減するという基準に照らすと本件解雇前月までに既に目標を達成しているし(9÷33=0.272、約二七%)、また、同一三年末の正社員数を五名削減する必要があったというのであれば、本件解雇前月までに五名退職しており目標を達成した数値となっている。

(乙18、弁論の全趣旨)。

(ウ) 原告は、入社から約一七年間はカスタマーサポートの業務に、平成九年以降は出荷伝票等の作成業務に従事していた。本件解雇後少なくとも半年間は、原告が従事していた出荷伝票等の作成業務は派遣社員がこれを行い、その後はカスタマーサポート部員が分担して行っている。また、被告は、Aインク(現在ではBインク)の日本における営業・販売会社であるから、同社の製品の受発注業務・納品管理業務、換言すればカスタマーサポート業務が被告からなくなることは考えにくい。こういうこともあってか、被告の職員のうちカスタマーサポート業務に従事している者は、平成一三年五月一日時点で、正規従業員が原告を含めて六名、有期契約社員二名、派遣社員一名の合計九名であるところ、本件解雇後の同一四年七月時点でも、正規従業員二名、有期契約社員二名、派遣社員五名の合計九名と総数はまったく同じである。(甲9、13の1ないし6、乙18、証人丙田【三九、四〇、四三頁】)

(エ) 前記(ウ)のとおり、原告はこれまで約一七年間、大阪営業所においてカスタマーサポート業務に従事していたのであり、再度教育訓練をすれば、同業務をこなす可能性がないとまではいえない(原告本人【五〇、五一頁】、弁論の全趣旨)。

(4)  解雇回避努力に関する認定事実

証拠(乙2、5ないし7、24、25、証人丙田)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 過去における被告の原告雇用維持の努力

(ア) 被告は、経営状態の悪化に対処するため、平成一三年二月の早期退職優遇措置、同年七月の人件費削減策(第一次:無給休暇制度、第二次:冬季賞与支給額の減少)、同一三年以降の正社員数削減といった経営合理化の努力をしてきた(乙5、6、証人丙田【二九頁】)。

(イ) また、被告は、原告のために、平成九年九月にはパートを辞めさせ、出荷伝票作成・管理を主たる作業内容とするゼネラルサポートのポストを用意し、同一一年二月には被告の経営の合理化の一環としての出荷業務等のDへの業務委託計画及びそれに関連する原告の雇用機会付与のためDへの転籍の提案をするなど、原告に対する解雇を回避するために策を示してきた(乙2、7、弁論の全趣旨)。

イ 本件解雇が決定された経過

被告が原告を含む五名を解雇するに当たっての経過は前記(3)オで認定したとおりである。すなわち、Bアジア社の責任者であるC及びBJの乙川社長は、被告の高コスト体質を改善する必要があると考え、被告の組織、従業員全員の勤務評価書、職務経歴書を検討するとともに、面接し、原告を含む五名を解雇するのが相当であるとの判断を下し、被告代表者と協議の上、本件解雇に及んだ。したがって、本件解雇に当たっては、被告においては、希望退職者を募集するなどの解雇回避努力に値するような措置は一切採られていない。(乙24、25、証人丙田【一三、二九、三〇頁】、弁論の全趣旨)

(5)  人選の合理性に関する認定事実

証拠(甲11の3、同12の5、乙1、7、12、13の1ないし4、同14及び15の各1ないし3、同16及び17の各1、2、同23ないし26、証人丙田、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア Bアジア社の責任者であるC及び被告は、被告従業員の削減に当たり、従業員の能力、勤務評価、スキルアップへの積極性、会社への貢献度を解雇の基準とした(乙24、25、証人丙田【一二、一三、二六頁】、弁論の全趣旨)。

イ 原告は被告に入社するに当たり、英語力、PC能力は要求されていなかった。しかし、年を経るに従い被告の業務内容は変化していき、最近では、被告において責任をもってカスタマーサポート業務を遂行するためには、英語力、PC能力が要求されるようになってきた。しかるに、原告の英語力は被告の社内でも最も劣る部類に入る。原告は、TOEIC(九九五点満点)を受験していないが、社内での模擬試験では三五〇点と低水準であった。また、原告のPC能力としてはワードの技術を持っているが、それ以外はみるべきものはない状況である。原告は被告の主力取扱製品であるダイオードについて不十分な説明しかできないなど、取扱製品の知識も十分とはいえない。(甲11の3、同12の5、乙1、7、23、25、26、証人丙田【一二、三二頁】、原告本人【四〇頁】、弁論の全趣旨)

ウ 被告は、年二回、定期人事評価を「コア能力評価」、「目標設定と達成」の両面から行っているが、原告の総合評価は、この数年、四段階評価(「期待を達成しなかった」、「期待を一部達成した」、「期待を達成した」、「期待を超えた」)で一番下ないし下から二番目の評価であった(乙12、13の1ないし4、同14及び15の各1ないし3、同16及び17の各1、2)。

エ 被告は、原告に対し、前記アの問題点を指摘したこともあるが、スキルアップへの積極性は今一つであったし、会社への貢献度も他の従業員に比較し低かった(乙1、7、12、13の1ないし4、同14及び15の各1ないし3、同16及び17の各1、2、弁論の全趣旨)。

(6)  就業規則第四六条(6)、(7)を充足するか否かの判断

ア  本件解雇が就業規則第四六条(6)、(7)の要件を充たしているか否かを判断するに当たっては、被告において人員を削減する必要があったのか、被告の解雇回避努力の有無、人選の合理性の諸要素を総合して判断するのが相当である。

イ  これを本件についてみるに、前記1及び2(3)、(5)によれば、原告は月額三九万円余の賃金を得ている従業員であるところ、原告の行っている業務は出荷伝票等の作成が主であり、英語力、PC能力の不足、会社への貢献度等を考えると、経営者である被告においてこの際原告を解雇しようとする意図にはそれなりの合理性がないわけではない。しかし、原告は前記(3)イ(ア)で認定したとおり入社時には英語力、PC能力を持っていることは要件とされていなかったのであり、入社以来二〇年間以上問題もなく被告に勤務していたものであり、このような従業員を解雇するためには、真に、人員削減の必要性があり、解雇回避努力も尽くした上での解雇でなければ、解雇は有効とはなり得ない。

ウ  これを本件についてみるに、被告は人員削減の必要性を主張するが、前記認定事実によれば、①被告の平成一三年五月から現在に至るまで売り上げは横ばいか、若干微増の状況が続いており、平成一三年度の当期未処分利益剰余金は六億一〇〇〇万円もあり、これは同年度の給与手当一億七〇二三万円の約三年半分に相当する額であること、また、同一四年度上半期の未処分利益剰余金も依然として五億五〇二〇万円を計上していること(前記(3)エ(ア))、②被告の従業員の推移をみると、本件解雇前月までの従業員数はAインクが発表した平成一二年末の従業員数を二三%削減するという目標を達成した数字であること、また、被告において、平成一三年末の正社員数を五名削減する必要があったというのであれば、本件解雇前月までに五名退職しており原告を解雇しなくても既に目標を達成していること(前記(3)カ(イ))、③被告の従業員のうちカスタマーサポート業務に従事している者は、平成一三年五月一日時点で、正規従業員が原告を含めると六名、有期契約社員二名、派遣社員一名の合計九名であるところ、本件解雇後の平成一四年七月時点でも、正規従業員二名、有期契約社員二名、派遣社員五名の合計九名と総数はまったく同じであること(前記(3)カ(ウ))などが認められ、そうだとすると、就業規則第四六条(6)にいうところの「会社業務の都合により剰員を生じたとき」、換言すれば人員を削減する必要があったか否かは疑問であり、未だこの点の立証がされているとはいえない。また、被告は過去における解雇回避努力を主張するが、これをもって、本件解雇の際の解雇回避努力の事実ということはできず、前記(4)イで認定した事実によれば、被告は、本件解雇に際しては、何らの解雇回避努力を尽くしていないといえる。以上のような本件に顕れた解雇に関する諸事情を総合すると、被告は、就業規則第四六条(6)、(7)の要件である「職制の改廃、経営の簡素化、事業の縮小その他会社業務の都合により剰員を生じたとき」、「その他会社業務の都合上、やむを得ない事由があるとき」に該当する事実の存在を立証しているということはできず、この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。

(7)  以上によれば、被告の抗弁(解雇)は理由がない。

3  結論

以上によれば、本件解雇(抗弁)について理由がない本件にあっては、その余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は理由があることになるので、これを認容することにする。

(裁判官・難波孝一)

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