東京地方裁判所 平成14年(ワ)25433号 判決 2004年2月16日
本訴原告(反訴被告)
株式会社 森
同代表者代表取締役
堀仲次郎
同訴訟代理人弁護士
松江康司
本訴被告(反訴原告)
A野花子
同訴訟代理人弁護士
大森夏織
主文
一 本訴原告(反訴被告)と本訴被告(反訴原告)との間で締結された平成一三年一一月一日付け調査委任契約に基づき本訴被告から本訴原告に支払われた調査費用について、本訴原告(反訴被告)の本訴被告(反訴原告)に対する返還債務は金一二三万九〇〇〇円を超えて存在しないことを確認する。
二 本訴原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。
三 反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金一二三万九〇〇〇円及びこれに対する平成一五年二月一八日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。
四 反訴原告(本訴被告)のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて、本訴原告(反訴被告)の負担とする。
六 この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の請求
一 本訴請求
(本訴請求関係では、本訴原告(反訴被告)を単に「本訴原告」と、本訴被告(反訴原告)を単に「本訴被告」と呼称する。)
(1) 本訴原告と本訴被告との間で締結された平成一三年一一月一日付け調査委任契約に基づき本訴被告から本訴原告に支払われた調査委任費用について、本訴原告の本訴被告に対する返還債務が存在しないことを確認する。
(2) 本訴の訴訟費用は本訴被告の負担とする。
二 反訴請求
(反訴請求関係では、反訴原告(本訴被告)を単に「反訴原告」と、反訴被告(本訴原告)を単に「反訴被告」と呼称する。)
(1) 反訴被告は、反訴原告に対し、金三〇九万七五〇〇円及びこれに対する平成一五年二月一八日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。
(2) 反訴の訴訟費用は反訴被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
第二当事者の主張
(本訴請求関係)
一 本訴原告の主張
(1) 本訴原告は、契約や振込名義は「株式会社森律子調査事務所」という呼称を用いて、主に調査業務を営んでいるところ、平成一三年一一月一日、本訴被告から、期間は平成一三年一一月二日から延べ一〇日間、調査報告日は同月二七日、調査手数料は二九五万円、消費税一四万七五〇〇円、合計三〇九万七五〇〇円とする約定で、本訴被告の夫であるA野太郎(夫・太郎)について追尾(素行)調査を委任された(本件調査委任契約)。
(2) 本訴原告は、平成一三年一一月二日から一一日まで一〇日間調査を実施したほか、同年一二月の一日、二日、八日、九日、二四日、二七日、平成一四年一月一五日、二月一六日、三月二三日、四月二七日、二八日、六月八日にもサービス調査を実施したが、夫・太郎と不貞関係を持つと思料される異性を確認するに至らなかった。
(3) 本件のような素行調査においては、調査期間中に調査対象者が必ず不貞行為に至る保障はないのであって、何ら遺漏のない調査をしても、不貞の証拠が出るとは限らないのである。本訴被告は、本訴原告の調査に何ら遺漏がなかったにもかかわらず、調査が不十分であるとのクレームをつけて、調査手数料の全額返還を求めてきている。
(4) よって、本訴原告は、本訴被告に対し、本訴原告と本訴被告との間で平成一三年一一月一日に締結された調査委任契約に基づき本訴被告から本訴原告に支払われた調査委任費用について、本訴原告には本訴被告に対して何らの返還債務が存在しないことの確認を求める。
二 本訴被告の認否と主張
(1) 原告の主張(1)の事実のうち、調査期間が平成一三年一一月二日から延べ一〇日間であるとの点は否認するが、その余の事実は認める。
本件調査委任契約は、反訴で詳しく述べるように、本訴被告の夫・太郎の勤務時間が不規則であるため、時間、日にちを無制限に証拠がでるまで調査をするという契約であった。
(2) 同(2)の事実は、平成一三年一二月一日以降の調査がサービス調査であるとの点は否認するが、その余の事実は認める。
(3) 同(3)の事実は、第一段落は一般論としては認めるが、第二段落の本訴原告の調査に何ら遺漏がないとする点は否認する。
平成一四年四月二七日の調査で不貞の証拠をつかむことができなかったのは、本訴原告の調査員が夫・太郎の追尾に失敗した上、相手女性との待合せ場所である小田急線代々木上原駅への到着が遅れるなどしたためである。現に、相手女性の夫が本訴原告とは別の調査会社に調査を依頼し、この四月二七日に調査成果を上げている。
(4) 同(4)は、争う。
(反訴請求関係)
一 反訴原告の主張
(1) 本件調査委任契約は、調査手数料合計三〇九万七五〇〇円(うち消費税一四万七五〇〇円)という高額のもので、調査員四名以上、車両二台、オートバイも使用して、時間、日にちを無制限で、浮気の証拠が出るまで調査し、反訴原告の夫と接触があった女性の氏名、住所、勤務先などを詳しく調査することを債務の内容としていた。
(2) 反訴原告は、平成一四年四月二七日に夫・太郎が浮気相手の女性と旅行に行くため小田急線代々木上原駅で待ち合わせをすることを知り、反訴被告にその旨を連絡して調査を申し入れた。同日、反訴被告は、夫・太郎を追尾して調査を開始したが、途中で追尾に失敗し、待合せ場所である代々木上原駅にも遅参したため、夫・太郎の浮気の証拠をつかむことができなかった。ちなみに、たまたま浮気相手の女性の夫が反訴被告とは別の調査会社に調査を依頼していたが、その別会社は、この四月二七日に夫・太郎が相手女性と会った現場を押さえて調査成果を上げている。
(3) そこで、反訴原告は、平成一四年九月二六日に反訴被告に到達した書面をもって、反訴被告の債務不履行を理由として本件調査委任契約を解除した。仮に、解除が認められないとしても、反訴被告の債務不履行は明らかであり、反訴原告は反訴被告に対して損害賠償請求権を有する。
(4) よって、反訴原告は、反訴被告に対して、本件調査委任契約の解除による調査委任費用返還請求権又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、反訴原告が反訴被告に対して支払った三〇九万七五〇〇円の返還と、これに対する反訴状送達の日の翌日である平成一五年二月一八日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払とを求める。
二 反訴被告の認否と主張
(1) 反訴原告の主張(1)の事実のうち、本件調査委任契約が時間、日にちを無制限で、浮気の証拠が出るまで調査するものであったとの点は否認するが、その余の事実は認める。
本件調査委任契約における調査期間は平成一三年一一月二日から一〇日間であるが、反訴原告の期待するような調査結果が出なかったため、反訴被告は、本訴原告の主張(2)で主張したように、合計一二日間のサービス調査を実施した。
(2) 反訴原告の主張(2)の事実のうち、平成一四年四月二七日に夫・太郎の調査を実施したこと、夫・太郎が相手女性と接触するのを捕捉できなかったこと、相手女性の夫が依頼した浮気調査では相手女性と夫・太郎との接触が捕捉されていることは、認めるが、反訴被告の調査に不備があるとの点は否認する。
別会社の調査は、相手女性を追尾したもので、しかも、相手女性は代々木上原駅まで電車を利用しており、捕捉が比較的に容易なものであったから、反訴被告の車両による追尾と同一視することはできない。
(3) 反訴原告の主張(3)のうち、反訴原告から反訴被告に対して平成一四年九月二六日に解除の意思表示があったことは認めるが、その効果は争う。
(4) 反訴原告の主張(4)は、争う。
第三当裁判所の判断
(以下の判断では、反訴原告(本訴被告)を単に「反訴原告」といい、本訴原告(反訴被告)を単に「反訴被告」という。)
一 本件では、平成一三年一一月一日に反訴原告と反訴被告との間で調査手数料を合計三〇九万七五〇〇円(うち消費税一四万七五〇〇円)として本件調査委任契約が締結されたこと、反訴被告が平成一三年一一月二日から一一日まで一〇日間、反訴原告の夫・太郎の素行調査を実施したが、特に浮気などを捕捉できなかったこと、反訴被告が平成一三年一一月二七日に反訴原告に対して上記期間の調査結果を報告したところ、反訴原告の強い不満のため、追加的にサービス調査を実施することとなり、同年一二月の一日、二日、八日、九日、二四日、二七日、平成一四年一月一五日、二月一六日、三月二三日、四月二七日、二八日、六月八日にも夫・太郎の素行調査を実施したこと、平成一四年四月二七日に夫・太郎が浮気相手の女性と小田急線代々木上原駅で待ち合わせて密会したこと、この四月二七日の密会については、相手女性の夫が依頼した別会社の調査では密会が捕捉されていること、反訴原告が平成一四年九月二六日に反訴被告に対して本件調査委任契約を解除するとの意思表示をしていることは、当事者間に争いがない。
二 本件で問題となっているのは、平成一四年四月二七日の夫・太郎の密会を反訴被告が捕捉できなかったことが本件調査委任契約の債務不履行に該当するか否かである。
(1) まず、反訴被告は、本件調査委任契約における本来の調査期間は平成一三年一一月二日から同月一一日までの一〇日間で、平成一四年四月二七日の調査はサービス調査に過ぎないと主張しているので、この点について判断する。
ア 甲一号証(本件契約書)によれば、「調査委任契約書」という表題の下に、依頼事項・追尾調査一〇日間、調査手数料二九五万円、消費税一四万七五〇〇円、平成一三年一一月二日(金)曜日から延べ一〇日間、報告日・平成一三年一一月二七日(火)曜日一一時、阿佐ヶ谷「ルノアール」にて、などと記載されていること、また、その一枚目左下の(乙)欄に、反訴原告の筆跡で反訴原告の住所が記載され、その署名がなされていることなどが認められる。したがって、この契約書では、当初、平成一三年一一月二日から一〇日間の期間を限定した追尾調査依頼であり、反訴原告が主張するような無期限のものではないといわざるをえない。
イ これに対し、反訴原告は、反訴被告の社員である藤原明から、「証拠が出るまで無制限で調査する」と確約されたと述べている(甲三号証、通知書)ので、その点について検討すると、藤原明こと佐藤圭一は、甲五号証(陳述書)において、「調査委任契約締結の際、契約の日数一〇日間の期間中、訴外・夫『A野太郎』氏の不貞行為を確認すれば、相手が何処の誰であるかの身元調査につき、追尾調査の様に日数や時間を制限せず、別途、調査を行う様にしますと説明致しました。」と述べている。つまり、追尾は一〇日間だけだが、この期間内に不貞行為があれば、相手方の身元調査は分かるまで行うことを説明したということである。そして、そのような説明は、文書で説明されれば一応はそのようなものかと理解できないものではない。
しかし、このような追尾調査と身元調査という言葉を厳密に区別して使い分けをすること自体、一般消費者には馴染みがないことであり、このような説明だけで反訴原告が反訴被告の趣旨を十分に理解したとは言い難いところであって、反訴原告が無制限の調査をしてくれるものと理解したのも無理からぬものがあるというべきであり、総額で三〇九万七五〇〇円にも上る高額の調査を引き受ける際の説明としては、必ずしも十分なものではなかったといわざるをえない。
ウ もっとも、反訴被告は、その後、反訴原告のクレームを受けて、前記のとおり合計一二日間の追加調査を実施しており、これをサービス調査と言っているが、これらの追加調査は、反訴原告の要求を受けて、反訴被告も承諾して、本件調査委任契約の一環として実施されたものであるから、本件調査委任契約は、その追加調査が実施された限度で、調査期間が変更されたものと解するのが相当である。しかして、本件では、反訴被告も了解して平成一四年四月二七日に調査が実施され、本件調査委任契約の内容になっていることは明らかであるから、調査期間が無制限であったか否かは直接の争点ではなく、反訴被告の調査に不備があったか否かを問題にすれば足りるというべきである。
(2) そこで、平成一四年四月二七日の調査について検討する。
ア 《証拠省略》によれば、次のような事実が認められる。
(ア) 平成一四年四月二五日午後五時五〇分頃及び翌二六日午後二時五〇分頃、反訴原告から反訴被告(会社)に電話があり、夫が四月二七日に小田急線代々木上原駅構内改札口で女性と待ち合わせをしているメールを確認したので、午前七時より自宅から追尾調査をしてほしい旨とのことであった。反訴被告では、これを了解し、当初の調査開始からは二〇日目となる調査を実施することとした。
(イ) 平成一四年四月二七日当日、反訴被告では、大隅欽也ほか六名が、車両無線、携帯無線、携帯電話などを準備し、自動車三台、オートバイ一台の体制で反訴原告の自宅に向かい、午前七時から調査を開始した。反訴原告の夫・太郎は、午前一〇時三〇分に自家用車で自宅を出発したので、大隅らは、追尾を開始した。
(ウ) 夫・太郎の車両は、住宅街を走行し、一〇時三四分頃、杉並区天沼二丁目付近で一旦停止して、自動販売機でジュースを購入した。そして、再び発進し、一度青梅街道に出たものの、また住宅街の道路に入って、一〇時四〇分頃、同区高井戸東四丁目付近にさしかかったところ、夫・太郎が、バック・ミラーで後ろを確認している様子がみられたり、不要なブレーキランプの点滅があったり、低速走行を続けていることなどの状況から、現場責任者であった大隅の判断で、夫・太郎に追尾していることを知られるとまずいと判断し、追尾を中止し、A班(車両二台、計四名)は代々木上原駅に向かい、B班(車両一台、オートバイ一台、計二名)は、夫・太郎の勤務先に向かった。
(エ) A班の車両二台は、午前一一時二〇分に代々木上原駅に到着し、二名が下車して駅構内改札口付近をマークしながら張り込みを開始した。二台の車両は、同駅付近の路地を周回しながら夫・太郎の車両(トヨタ・アリスト)を探したが、発見できなかったので、駅から約二〇〇メートル離れた井の頭通りに駐車して、午前一一時五〇分頃には四名で駅改札口付近の張り込みを続行した。他方、B班のオートバイ一台は、午前一一時三四分頃、港区西麻布二丁目の夫・太郎の勤務先に到着し、付近を周回して夫・太郎の車両を探したが、発見することができず、その後、合流したB班の車両とともに、勤務先の張り込みを継続した。その後、A班、B班とも、午後八時まで張り込みを継続するも、夫・太郎を発見することができず、調査を終了した。
(オ) ちなみに、大隅らは、反訴被告の本社がある東京都新宿区の会社に勤務している調査員ではなく、反訴被告の埼玉本部に勤務している職員で、東京都にわたる調査も担当するものの、埼玉県内や群馬県内などの調査をも担当しており、反訴原告及び夫・太郎が住んでいる東京都杉並区や代々木上原周辺の地理に精通しているわけではない。そして、反訴被告では、二日前の四月二五日には、反訴原告から、夫・太郎が代々木上原で相手女性と待ち合わせる予定であるとの連絡を受けたのであるから、事前に夫・太郎が走行しそうなコースを想定して試走したり、代々木上原駅周辺で車両が待ち合わせるのに適当な場所を確認したり準備しておくこともできたはずであるのに、反訴被告の大隅ら調査員は、全くそのような準備をしていない。
イ これに対し、相手女性の夫がたまたま同日に別会社に調査(別会社の調査)を依頼していたが、その調査報告書(乙二号証)によれば、相手女性は、同日一二時〇一分に代々木上原駅に到着し、駅前で携帯電話をかけて夫・太郎を待ち、一二時〇五分、駅前で待つ女性のところに夫・太郎の運転する車両が現れ、女性が助手席に乗り込んで出発した。夫・太郎の車両は、井の頭通り、表参道、南青山を経由して、一二時三九分に飯倉交差点付近で停止した後、六本木五丁目ロアビル裏の駐車場に駐車した。その後、夫・太郎は、相手女性と手をつないで親しそうに北京料理店に入り、食事後、東京タワーの展望台に上がったりした後、一六時四一分、品川プリンスホテルにチェックインし、以後、夕食に出かけたりしたものの、結局、同ホテルに宿泊したことを確認して、〇時三〇分に調査を終了していることが認められる。
ウ これらの事実によれば、まず、反訴被告の調査員である大隅らは、夫・太郎の追尾開始からわずか一〇分後に、夫・太郎が追尾を警戒している様子だと判断して、追尾を中止しているのであるが、別会社の調査によれば、夫・太郎と相手の女性は、終始手をつないだりして親密な様子を示していたことが明らかであり、夫・太郎や相手女性が調査会社の素行調査などを警戒していなかったものと考えられるから、大隅らの判断は結果的には誤りだったといわざるをえない。
また、調査員の大隅らは、夫・太郎の調査は当日で二〇日目で、大隅らの言うとおりであれば、夫・太郎の車両を毎日毎日追尾していて、一目見れば分かるようになっていたはずである上、当日は車両無線や携帯無線や携帯電話を準備し、車両三台、オートバイ一台で追尾体制をとっていたというのであるから、追尾開始後、夫・太郎の走行経路を確認しつつ、適宜走行するであろう経路を予測して、これら四台の車両を効果的に配置した上、携帯無線などで連絡をとりあえば、追尾を中止しなければならないような事態は回避できたのではないかと思われる。しかも、相手の女性は、代々木上原の駅前で夫・太郎の車両を待っていて、すぐに夫・太郎と落ち合っているのであって、駅前の比較的わかりやすい目立つ場所に立っていたものと思われるから、大隅らが事前に、車両を一旦停止して女性を待つのにふさわしい場所や、女性を車両に乗せるのに適当な場所はどこかなどを下見しておけば、代々木上原駅の周辺で、夫・太郎の車両を発見することができた可能性も少なくなかったと考えられる。
エ ちなみに、当初の平成一三年一一月二日から一一日までの調査報告書(乙五号証)によれば、一一月三日、五日、六日、八日、九日、一〇日の各調査では、レーダーを使用して夫・太郎の車両が駐車場に駐車しているか否かを確認したり、千代田区大手町から千葉市内までレーダーの反応があるとして夫・太郎の車両を追跡している旨の記載がみられるが、仮に、そのようにレーダーによる調査が有効であるならば、なぜ、予め浮気相手の女性と待ち合わせることが分かっていた四月二七日の調査にレーダーを使用しないのか、理解に苦しむところである。仮に、そのようなレーダーを使用していれば、代々木上原駅周辺に限られていたのであるから、夫・太郎の車両を発見することができたのではないかと思われる。
オ そもそも、本件調査委任契約の内容に関する甲四号証(「調査標準料金表」及び、「調査費用明細」説明書)の別添二によれば、本来であれば、合計三七六万円のところ、三〇パーセント(八一万円)値引きして二九五万円となり、消費税一四万七五〇〇円を加えて最終的に三〇九万七五〇〇円となっていること、その内訳をみると、一日六名の調査員で、車両三台、オートバイ一台を動員して一〇日間調査することになっていることが認められるが、当初の平成一三年一一月二日から同月一一日までの調査(乙五号証)では、どこを読んでも、調査員が複数の車両で二班または三班もしくは四班に分かれて夫・太郎の車両を追尾したとか、探索したとかの記載は全くないのであって、本当に、契約どおり車両三台、オートバイ一台を動員して調査を実施したのかどうかさえ確認できない状況である。そして、実施した調査は、夫・太郎の車両を反訴被告の車両で追尾しているだけで、勤務先に到着した後の夫・太郎の動静についてはほとんど関心が払われていない。しかも、一一月二日、三日、四日、五日、八日、九日、一〇日と、多数回にわたって、追尾中止や追尾不能の記載がなされているほか、六日、七日も夫・太郎の車両をほとんど確認できていないのと同様であり、三〇〇万円を超える費用を取りながら、反訴被告の調査員が本当に契約どおりの条件で真剣に調査を実施したのかどうか、反訴原告がその調査内容に疑問を持つのももっともな状況である。
(3) 上記認定・説示のところを総合勘案して判断すれば、反訴被告は、本件調査委任契約の履行として、平成一三年一一月二日から一〇日間の調査を実施しており、何ら調査を実施しなかったというものではない。しかも、不倫などの素行調査は、その性質上、必ず不倫や密会の現場を捕捉できるとは限らないものであるから、成果が上がらなかったからといって、直ちにそれだけで債務不履行となるものではない。したがって、本件において、反訴原告が反訴被告の債務不履行を理由として本件調査委任契約を解除するというのは、理由がないといわざるをえない。
しかし、他方において、反訴被告の本件調査は、上記の当初の一〇日間の調査すら散漫としか言いようのない内容であるほか、問題の平成一四年四月二七日の調査は、事前の準備不足と安易な判断ミスで、追尾に失敗しただけではなく、その後の捕捉にも失敗していることが明らかというべきである(反訴被告の調査員である大隅らは、調査の困難性を縷々述べるが、プロの調査会社として三〇九万七五〇〇円もの調査費用を取っている以上、困難な状況を克服するのに必要な準備をし、経験や技術を駆使し、プロ意識をもって調査すべきであるのに、調査員の大隅らは、真剣にそのような準備をしたり、努力をしたことを認めることはできない。)。
したがって、反訴被告の債務不履行は明らかであり、反訴原告は、反訴被告に対して、損害賠償を請求できるというべきところ、反訴被告において、その調査内容に問題はあるものの、一応二二日間の調査を行っていることをも考慮すると、反訴被告が本件調査委任契約によってなすべき債務の履行として認められるのはせいぜい全体の六割程度にすぎないと考えられるから、反訴被告は、反訴原告に対し、債務不履行による損害賠償として、取得した調査費用三〇九万七五〇〇円のうち四割に相当する額(消費税相当額を含めて一二三万九〇〇〇円)を返還すべきである。
三 以上の次第で、本訴事件の、本訴原告(反訴被告)の本訴被告(反訴原告)に対する債務不存在確認の請求は、一二三万九〇〇〇円を超えて存在しないことを確認する限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、反訴事件の、反訴原告(本訴被告)の反訴被告(本訴原告)に対する損害賠償請求は、一二三万九〇〇〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成一五年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条但書を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 須藤典明)