東京地方裁判所 平成14年(ワ)25738号 判決 2004年1月30日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,5億0415万1680円及びこれに対する平成14年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告及びその妻Aが被告に対して株式取引を委託したところ,取引の結果合計5億0415万1680円の損失を被ったが,これは,被告の担当者であるBが,①高値でリスクの大きいソフトバンク株についてそもそも購入を勧めるべきではなかったのにこれを勧めた,②ソフトバンク株のような高値の株を購入することのリスク等を十分に説明する義務があるのにこれを怠った,③ソフトバンク株の値下がりに対して売却を助言するなど迅速に対応すべき義務があるのにこれを怠った,④原告及びAがBに対し光通信株の売却の注文をしたにもかかわらず,Bはこの注文を執行しなかったなどとして,原告が,被告に対し,受託契約上の債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を請求している(上記④にかかるAの損害賠償債権については,当該債権をAから譲り受けたと主張している)事案である。
1 争いのない事実等
(1)ア 被告は,有価証券の売買等の媒介及び取次並びに有価証券市場における有価証券の売買等の委託の媒介,取次及び代理等を目的とする株式会社である。Bは,被告の社員であり,平成11年7月から平成12年3月ころまで,被告C支店において,原告及びAの担当者を務めていた。
なお,その後,D株式会社は,会社分割により証券業その他の営業を子会社であるD分割準備株式会社に承継させて自らはいわゆる持株会社になるとともに,商号をE株式会社に変更しており,他方,上記D分割準備株式会社は,平成13年10月1日付けで商号をD株式会社に変更しているところ,上記会社分割前のD株式会社についても同様に被告ということとする(乙16,証人B,弁論の全趣旨,争いのない事実)。
イ 原告は,C市内において耳鼻咽喉科医院を営む医師であり,Aは,原告の妻である(甲3,争いのない事実)。
(2) Aは,Bの前々任者であるF又はBを通じて,別紙原告名義ソフトバンク株取引一覧表記載のとおり,平成11年1月13日から平成12年3月2日までの間,原告の代理人としてソフトバンク株を9度にわたり購入し,また,同年1月6日,光通信株を原告の代理人として500株,自ら500株購入した。
なお,以下,上記ソフトバンク株の購入のうち,同年2月23日に行われた500株の購入を「第8回購入」と,同年3月1日及び同月2日に行われた計1400株の購入を「第9回購入」ということとする(乙22,争いのない事実)。
(3) 上記(2)のとおり同年1月6日に購入された光通信株計1000株は,いまだ売却されていないところ,Aは,うち自ら購入した500株に関し,本訴提起後の平成15年4月1日,BがAから売却の注文を受けていたにもかかわらずこれを執行しなかったことを理由として被告に対し有すると主張する損害賠償請求権(1億0850万円)を原告に譲渡した(甲1)。
2 争点
(1) ソフトバンク株の第8回購入及び第9回購入等について,被告に注意義務違反があったか。
(2) 原告及びAは,平成12年2月16日から同月21日にかけて,Bに対し,光通信株計1000株の売却の注文をしたか。
(3) 損害額(判断の必要がなかった争点)
3 争点についての主張
(1) 争点(1)(ソフトバンク株の第8回購入及び第9回購入等について,被告に注意義務違反があったか。)について
(原告の主張)
ア 購入を推奨すること自体を避けるべき注意義務違反があったこと
そもそも証券会社には,顧客に証券の購入を推奨する場合,顧客の利益を保護するため,十分な調査及び分析をすべき注意義務があることに加え,本件のように顧客が同一銘柄(ソフトバンク株)を何度も取引し,その都度買値が高くなっているような場合は,それだけ値下がりのリスクも増大しているのであるから,そのような高値での購入推奨自体を避けるべき注意義務がある。
また,証券会社は,顧客に適合した取引のみを推奨する義務を負っており,特定の口座で特定の銘柄の証券を過度に集中して購入することを推奨すること自体,適合性原則に反する。
さらに,一般に,株価は,上げ初めは徐々に上げ,次第に上げ足を速め,最後に大奔騰して天井をつけるものであり,ソフトバンク株の株価は,まさに典型的な動きを示していたのであるから,専門家でなくても警戒感を持つのが当然である。しかも,平成12年2月及び同年3月当時のソフトバンク株の株価は,常軌を逸した高さにあり,同株は,極めてリスクの高い状態にあった。証券専門家がかかる状態にある株式の購入を勧めることは,忠実義務に違反するものである。
加えて,業績面からみても,ソフトバンク社の業績は,平成11年12月に発売された会社四季報第1集によれば,平成12年3月期は連結ベースで1株当たり利益が前期のプラス365.4円からマイナス82.5円へと極端に落ち込むとの予想がされていたのであり,証券専門家がかかるリスクの高い株式を推奨することは,忠実義務に違反するものである。事実,被告の他の支店では平成12年に入ってからはソフトバンク株を勧めていなかったという話も聞いている。
被告は,以上のような注意義務を負い,また,ソフトバンク株が以上のような状況にあったにもかかわらず,Aに対し,ソフトバンク株の株価が急上昇した直後に,従前の購入金額をはるかに超える集中投資であるといえる第8回購入及び第9回購入を推奨したものであるが,これは,投資の方法としても,相場の動きからも,業績面からも,合理的根拠を欠くものであって,被告の注意義務違反は明らかである。
なお,第8回購入については,無断取引の疑いがある。
イ 第8回購入及び第9回購入に際し,高値の株を購入することのリスク等に関して説明義務違反があったこと
上記アにおいて述べたように,ソフトバンク株は,異常な高値の状態にあり,極めてリスクの高い株式であったのであるから,被告としては,原告又はAに対し,高値で購入することのリスク及びソフトバンク社の業績悪化について十分説明するべきであったのに,これに反し,何らの説明も行わなかった。
ウ 購入したソフトバンク株の値下がりに迅速に対応すべき注意義務違反があったこと
証券会社には,顧客に対して最も有利な取引方法を助言すべき義務があるのであるから,本件のように,積極的に高値での集中購入を推奨している場合においては,見通しが外れた場合,顧客に対し,すぐに反対売買をするよう助言すべき義務がある。
本件の場合,一般的に下落相場入りの基準とされている13週移動平均線を割った時点(平成12年3月10日)で,見通しが外れたものとして,被告は,原告又はAに対し,ソフトバンク株の売却が妥当であることを助言すべき義務があった。
しかしながら,Bは,上記義務に反し,同月6日にソフトバンク株が12万円に値下がりしたことを伝えてきたのみで以後何らの助言もしなかった。そのため,原告は,売却時期を失し,その後の相場下落により大きな損失を被った。
(被告の主張)
ア 購入を推奨することを避けるべきであったとはいえないこと
そもそも,証券会社の顧客に対する受託契約上の義務は,証券会社が顧客から具体的な売買委託の注文を受けることにより発生するものであり,そのような具体的な受託の前に証券会社が原告主張にかかる契約上の義務を顧客に対して負うことはない。
また,株式投資は,大きなリスクを伴うものであるから,どの銘柄の株をどの時点でどれだけ買い,どの時点でどれだけ得るかは,基本的に投資家が自己責任において判断すべき事柄である。そして,原告は,昭和48年10月に被告C支店において口座を開設して以来,長期間にわたって継続的かつ頻繁に多額の株式投資を行ってきた大口投資家であり,また,他の証券会社とも取引をしていたのであり,職業,年齢,判断能力,資産,収入等,そのいずれをとっても,株式投資における自己責任を最も高いレベルで負担すべき投資家であったことは明白である。
さらに,原告は,従前から一貫して,ソフトバンク株,光通信株及びNTTドコモ株のいわゆるIT関連銘柄を株式投資の軸とする投資方針を採用しており,コンピュータの2000年問題への懸念から平成11年末にいったんこれらの株式をすべて売却して様子をみた後,平成12年前半は株価が大きく崩れることはないとの相場観に基づき,上記方針の下,それまでの株取引で獲得した利益を含む従前の運用資金の範囲内においてこれらの株式を再び購入していったものであって,Bが一方的にその購入を推奨したものではないし,また,その購入が原告にとって過当なものでもない。うちソフトバンク株については,高値をつけた後,ある程度の値幅及び周期の調整期間を経て上昇に転じ,さらに高値を更新していくという傾向があったことから,原告は,基本的には値動きの様子を見つつ,上がれば売却を検討し,下がれば購入を検討するという方針を採用していたものである。
加えて,特定の会社の株価が比較的短期間に20倍以上になることも,その逆も,株式市場においては格別珍しいことではなく,第1回の買値から20倍以上になったから購入自体を避けるべきであるなどという根拠は全くない。まして,ソフトバンク社は,ヤフー社を始め内外のIT関連企業に次々と投資をし,それら傘下企業を含めた今後の相乗効果が期待され,その将来性が極めて高く評価されていた会社であって,平成12年2月には,外資系証券会社等において,ソフトバンク株の目標株価を40万円とするところも現れていたのであるから,第8回購入及び第9回購入の当時において,ソフトバンク株につき,購入の推奨自体を避けるべき異常な高値の状態にあったなどと客観的にいうことはできないし,その購入をソフトバンク社の業績面からも根拠がないなどときめつけることもできない。
したがって,ソフトバンク株につき,そもそも購入の推奨を避けるべきであったとする原告の主張は失当である。
なお,争点(2)における被告の主張のとおり,第8回購入が無断取引でなかったことはいうまでもない。
イ 第8回購入及び第9回購入に際し,説明義務がないこと
上記アのとおり,第8回購入及び第9回購入は,原告が自らの投資方針に基づいて行ったものであり,なおかつ,原告は,豊富な投資経験等を有する大口投資家であったのであるから,被告は,原告が主張するような説明義務を負うものではない。
ウ 購入したソフトバンク株の値下がりに迅速に対応すべき注意義務がないこと。
そもそも,証券会社の顧客に対する受託契約上の義務は,証券会社が顧客から受けた売買委託の注文に関して生じるものであるから,証券会社が,顧客の注文を執行し,その報告をした後に,値下がりに迅速に対応すべき義務や,売却が妥当であることを助言すべき義務などを顧客に対して負うことはない。
また,ソフトバンク株の株価が平成12年3月10日に13週移動平均線を割ったことは事実であるが,13週移動平均線を利用した分析は,投資判断の目安とするための数ある株価分析手法の一つにすぎないものであって,原告が主張するように13週移動平均線を割ることが一般的に下落相場入りの基準とされているとはいえず,まして13週移動平均線を割った時点で売却が妥当であると助言すべき義務が発生するなどとは到底いえない。
なお,平成12年3月3日以降,Bは,原告及びAから接触を拒否され,勧誘も助言もできない状態にあったものであり,原告が主張する同月10日の時点において,ソフトバンク株の売却が妥当であることを助言することなどできなかった。
(2) 争点(2)(原告及びAは,平成12年2月16日から同月21日にかけて,Bに対し,光通信株計1000株の売却の注文をしたか。)について
(原告の主張)
Aは,Bの勧めにより,平成12年1月6日,光通信株を自ら500株,原告の代理人として500株購入し,さらに同月14日,ソフトバンク株を自ら1700株購入したが,同年2月15日にこれを知った原告は,Aに対し,直ちに上記の株式すべてを売却するよう指示した。
Aは,同月16日,原告の指示に従い,自ら及び原告の代理人として,上記の株式すべての売却をBに対し電話で注文したが,Bは,これに反対した。
Aは,同月17日及び同月18日にもBに対し同様の注文をしたが,Bがやはりこれに反対したため,売却することができなかった。
そこで,原告は,光通信株だけでも売却するため,同月21日,Bに対し,自ら及びAの代理人として,光通信株をすべて成り行きで売却するよう注文した。
しかしながら,Bは,これらの売却注文を執行しなかった。
なお,被告は,本件の光通信株が保護預り口の残高として記載されている同年3月31日付け回答書(乙3)を原告が被告に提出していることから,原告において上記の売却注文を出したことが事実に反すると主張するが,乙3は,Aが,本件の光通信株については売却済みであると思い込んでいたため,回答書の内容を確認せずに返送したものであって,売却注文が存在しないことの証拠とはならないものである。
(被告の主張)
原告が平成12年2月21日にBに対し自ら及びAの代理人として光通信株計1000株の売却注文を出したという事実はない。同月16日から同月18日にかけてAが自ら及び原告の代理人として上記株式の売却注文を出したという事実も同様に存在しない。
乙3は,原告が被告に提出した書類であり,被告からの取引報告の内容に相違ない場合に,顧客から提出してもらうものであるところ,原告が光通信株の売却注文を出したと主張する同月21日の少し後の同月29日現在における預託資産の内容等について,原告が相違ない旨回答したものである。乙3の「保護預り口の残高」欄には,上記光通信株のうちの原告所有分500株が記載されているところ(なお,原告が無断取引の疑いがあると主張するソフトバンク株の第8回購入にかかる500株も記載されている。),この回答書の存在は,原告の主張と決定的に矛盾する。しかも,原告の主張によれば,原告は,同月15日以降,上記光通信株を売らせるべく,Aを通じてBに対し3度売却注文をしたが,Bに反対され,らちが明かなかったので,同月21日に自らBに電話して売却注文をしたというのである。そうだとすれば,上記光通信株の売却は,原告の当時の重大な関心事であったはずである。したがって,原告の主張が真実であれば原告が乙3の回答書を提出するはずがないのであるから,原告の主張が事実に反することは明白である。
(3) 争点(3)(損害額)について
(原告の主張)
ア ソフトバンク株に関して
第8回購入及び第9回購入における損害は,購入額の合計である2億9472万1280円から,その後株式分割で取得した3800株を加えた5700株について本訴提起の日である平成14年11月26日の前日の終値で計算した時価総額(1328円/株×5700株=756万9600円)を差し引いた2億8715万1680円である。
また,仮に13週移動平均線を割った平成12年3月10日の終値(9万9200円)で売却すれば得られていた売却金額(9万9200円/株×1900株=1億8848万円)から上記756万9600円を差し引いた1億8091万0400円の損害はどんなに小さく見積もっても認められるものである。
イ 光通信株に関して
原告がBに対して売却注文を出した平成12年2月21日の光通信株の終値は21万7000円であったから,この時に売却をしていれば得られていた売却金額(21万7000円/株×1000株=2億1700万円)が損害である。
ウ 合計
以上を合計すると,5億0415万1680円となる。
(被告の主張)
いずれも争う。
なお,平成12年2月21日の光通信株の終値は21万7000円であるが,安値は21万6000円であったから,仮に同日に同株を売却していたとしても,1株当たり21万7000円以上で売却できた保証はない。
第3当裁判所の判断
1 証拠によれば以下の事実が認められる。
(1) 原告は,昭和48年10月,被告C支店において口座を開設し,以降,大口の株式取引を繰り返してきた。例えば,昭和51年においては10回,昭和52年においては25回,昭和53年においては41回,昭和54年においては4回,昭和55年においては5回,昭和56年においては23回の取引を行い,1日当たりの取引金額は,おおむね数百万円であり,1000万円を超えることも多々あった。
また,昭和57年から平成2年にかけては,取引がない年もあったり,多くても1年に3回程度の取引しかされなかったものの,1日当たりの取引金額は,おおむね数千万円という単位であった。
さらに,平成3年から平成8年までは,被告C支店における取引はなかったものの,平成9年からは,再度取引を開始し,特に平成11年以降は,取引が頻繁となった。平成9年においては4回,平成10年においては2回,平成11年においては62回,平成12年においては16回の取引を行い,1日当たりの取引金額はおおむね数千万円という単位であり,1億円を超えることも3回(ソフトバンク株の第9回購入を除く。)あった。
加えて,原告は,遅くとも平成元年から平成4年まで,G株式会社C支店においても口座を開設して株式の売買を行っており,こちらも1日当たりの取引金額は数百万円から数千万円に上っていた。
以上の取引は,専らAが原告の代理人として原告の口座において行っていたものである。
他方,A自身も,平成9年11月に被告C支店において口座を開設し,平成9年においては2回,平成11年においては48回,平成12年においては8回,平成13年においては3回,平成14年においては2回の株式取引を行い,やはり1日当たりの取引金額はおおむね数千万円という単位であり,1億円を超えることもあったところ,特に,平成12年1月14日には,受渡金額が1億6455万9848円にも上るソフトバンク株の購入を行った(甲2,3,乙1,2,4,16,18,22,証人B,同A,原告本人,調査嘱託の結果,争いのない事実)。
(2) 被告C支店における原告及びAの担当者は,平成9年11月以降平成11年6月まではFであった。
その後,Fが転勤となったため,Hが担当者となったが,AからHの対応が気に入らないなどとして担当者変更の申入れがあったため,Bが原告及びAの担当をすることになった。
原告及びAの口座において行われる取引は,そのほとんどが被告担当者とAとのやり取りに基づくものであり,Bも,原則としてAに連絡を取り,取引を進めていた(甲2,3,乙16,証人B,同A,原告本人)。
(3)ア Aは,原告の代理人として,原告の口座において,平成11年1月13日以降,別紙原告名義ソフトバンク株取引一覧表記載のとおり,ソフトバンク株の売買を行った。なお,平成11年末までの取引につき,購入にかかる受渡金額の累計は3億6024万4674円,売却にかかる受渡金額の累計は5億9109万7033円であり,差引き2億3085万2359円の利益が出ていたものである。
また,Aは,自身の口座においても,平成11年1月13日以降,別紙A名義ソフトバンク株取引一覧表記載のとおり,ソフトバンク株の売買を行った。なお,平成11年末までの取引につき,購入にかかる受渡金額の累計は1億3085万5572円,売却にかかる受渡金額の累計は2億0643万7343円であり,差引き7558万1771円の利益が出ていたものである(乙1,18,22,証人B,同A,原告本人)。
イ Aは,原告の代理人として,又は自ら,原告又はA自身の口座において,平成11年1月21日以降,別紙光通信株取引一覧表記載のとおり,光通信株の売買を行った。なお,平成11年末までの取引につき,購入にかかる受渡金額の累計は2億8965万9875円,売却にかかる受渡金額の累計は3億9351万1313円であり,差引き1億0385万1438円の利益が出ていたものである(乙1,18,22,証人B,同A,原告本人)。
(4) 平成12年3月ころ,被告から,原告及びAあてに,同年2月分の月次報告書(作成基準日同年2月29日)及び回答書が送付された。その月次報告書には,「お預り証券等の残高明細」という項目があり,原告及びAのいずれの同項目にも,それぞれ光通信株500株の記載が含まれていた。
その後,Aは,原告分及びA分の回答書に同年3月31日付けで各人の名において署名押印した上,これらを被告に返送し,被告は,同年4月7日,これらを受領した。なお,上記回答書には,「D(株)との有価証券等の取引に関し、平成12年2月29日付で報告を受けた一切の取引明細(前回までの報告に対し回答をしていない場合は、その取引明細を含む。)および2月29日現在で預けている金銭・証券等の残高明細は、下記のとおり相違ありません。」との記載があり,さらに,原告分及びA分のいずれの回答書の「保護預り口の残高」欄にも,それぞれ光通信株500株という記載が含まれていた(乙3,17,20,21,証人A)。
(5) ソフトバンク株の株価は,平成11年から継続的に上昇傾向を示し,平成12年2月15日に19万8000円の最高値をつけ,その後下落傾向に転じた。
ソフトバンク株については,ゴールドマン・サックス証券が同年1月12日付けで推奨リスト採用銘柄として向こう12箇月の目標株価を18万4000円とし,同年2月15日付けで目標株価を24万円へ上方修正し,同年3月7日付けで目標株価を18万5000円へ下方修正しながらも,同株式は割安であると考え,引き続き推奨リスト採用銘柄として買いを強調しており,また,リーマン・ブラザーズが同年2月3日付けで「BUY」(市場のパフォーマンスを15パーセント以上上回るパフォーマンスが予想されるとの意)との投資判断を維持し,今後12箇月の目標株価を40万円へ上方修正するとの見解を表明し,さらに,コメルツ証券会社が同年2月15日付けでやはり「BUY」との投資判断を継続し,目標株価を20万円ないし30万円とする見解を表明していた(乙7ないし14,弁論の全趣旨)。
(6) 13週移動平均線とは,直近13週間の終値を平均した値を結んだ線であり,その線が上向きであれば上昇トレンド,下向きであれば下降トレンドといい,例えば上昇トレンドの中で,現在の株価が13週移動平均線よりも上に位置していれば短期的な加熱であるなどとして,一定程度取引の目安となるものではあるが,現在の株価が13週移動平均線よりも下に位置していれば必ず売却すべきであるというような絶対的な基準となるものではない(証人B)。
2 争点(1)(ソフトバンク株の第8回購入及び第9回購入等について,被告に注意義務違反があったか。)について
(1) 第8回購入及び第9回購入の推奨について,被告に注意義務違反があったか。
ア 前記第2の1(1)イのとおり,原告は耳鼻咽喉科医院を営む医師,Aはその妻であり,また,前記1(1)に認定したとおり,原告及びAは,20年以上にわたって株式取引の経験を有しており,その取引回数も多いときには年間数十回にわたり,さらに,1日当たりの取引額も数千万円の取引が多数を占めるようないわゆる大口投資家であったのであるから,そもそも,株式取引について高度な知識及び豊富な経験の持ち主であることは疑いがなく,基本的に自己の判断と責任において株式取引を行っていたものと推認することができる。
イ また,前記1(3)アに認定したとおり,原告及びAは,ソフトバンク株についても,多数回かつ多額の取引を繰り返し,平成11年においては,原告及びAにおいて,合わせて3億円を超える利益を得ていたのであり,原告及びAがソフトバンク株への強い投資意欲を有していたこと,ことに主に取引に関与していたAがそのような強い意欲を有していたことが強く推認される。
ウ さらに,前記1(5)に認定したとおり,ソフトバンク株については,専門家からも,平成12年の初頭において,これを推奨銘柄とする見解が複数出されており,同年3月7日の段階でも,依然,推奨銘柄として買いを強調する見解が存在していた。
エ 上記アないしウの事実に照らせば,そもそも原告及びAは,豊富な取引経験等を有する大口投資家として,自己の判断と責任において株式取引を行うことができ,また,そうすべきものであると認められることに加え,A及び原告はソフトバンク株への強い投資意欲を有しており,これを行うことがA及び原告の意向であったと考えられることからすると,仮にソフトバンク株の値下がりのリスクが大きかったとしても,そのリスクは,原告において負担するべきであったといえる。さらに,平成12年2月23日の第8回購入並びに同年3月1日及び同月2日の第9回購入の時点においても,ソフトバンク株を推奨する専門家の見解も存在したのであるから,その時点における同株の株価が常軌を逸する高値であったということもできず,その時点においてソフトバンク株を購入するという投資行動も不合理なものとはいえない。以上からすると,被告において,原告によるソフトバンク株の第8回購入及び第9回購入につき,これを推奨しない義務や購入を止めるよう助言する義務等を負っていたと認めることは到底できず,また,これを推奨することが適合性原則に反するということもできないから,仮に,被告において,A又は原告に対し,同株の第8回購入及び第9回購入を推奨したとの事実があったとしても,これをもって,被告に義務違反があったということはできない。
オ 原告は,ソフトバンク社の業績悪化が見込まれていたとの会社四季報の記事の存在を指摘するが,前記1(5)に引用した各見解も,当然その程度の情報は織り込んだ上でのものであると考えられるから,この記事の存在は,上記認定を左右しない。
カ また,証人Aは,平成11年末で株式取引はやめようと思ったにもかかわらず,Bの執拗な勧誘によって,平成12年に入ってもソフトバンク株及び光通信株を購入させられたと証言するが,前記1(3)に認定したソフトバンク株及び光通信株の取引の活発さ及びそこから得られた利益の大きさ,さらには,Aは,平成12年に入ってまもない1月6日に光通信株を原告の口座及びAの口座において各500株購入し,同月14日にはソフトバンク株を1700株購入している事実に照らして,にわかに信用することができず,なおかつ証拠(乙1,2,22,証人A)によれば,原告は,平成11年12月28日の段階で,NTTドコモ株を20株保有していたが,同日すべて売却して5307万0465円の利益を得,その後,平成12年1月7日に再びNTTドコモ株を20株購入していること,他方,駿河銀行株3万株(購入日平成11年8月2日,購入にかかる受渡金額2537万4370円)及びトレンドマイクロ株1500株(購入日同年11月19日,購入にかかる受渡金額3318万5215円)については,平成11年末に売却をすることなく保有を続けていたこと,同年12月28日にソフトバンク株,光通信株及びNTTドコモ株をすべて売却し,多額の累積利益を得たにもかかわらず,平成12年11月6日に至るまで,口座から現金を出金することもなく,これを被告に預託したままにしておいたこと,さらに,同年1月13日にはソニー株2000株を受渡金額4922万3519円で,同月17日にはイトーヨーカ堂株3000株を受渡金額3318万5215円でそれぞれ購入していることなどが認められ,以上の事実からすれば,原告及びAが平成11年末をもって株式取引をやめるつもりであったとは考えられず,かえって,その投資意欲は平成12年に入ってもなお衰えていなかったことがうかがわれ,加えて,原告がソフトバンク株及び光通信株を平成11年末にいったん売却した理由についても,コンピュータの2000年問題への懸念からNTTドコモ株とともにIT関連銘柄をいったんすべて売却して様子をみた後,再度取引を開始したものであるとの被告の主張(証人Bはこれに沿う陳述(乙16)ないし証言をしている。)に合理性が認められるものである。したがって,証人Aの上記証言はおよそ採用することができない。
キ なお,上記に判示したところによれば,第8回購入が無断取引でないことは明らかである(原告本人も,本人尋問において,同購入につき原告自身が了解した取引であったことを認める旨の供述をしている。)。
(2) 第8回購入及び第9回購入に際し,説明義務違反があったか。
上記(1)に判示したとおり,原告及びAは自己の判断と責任において株式取引を行うべき大口投資家であること,原告及びAはソフトバンク株への強い投資意欲を有しており,これを行うことが原告及びAの意向であったと考えられること,第8回購入及び第9回購入の時点においてソフトバンク株を購入することが不合理な投資とはいえないことなどの事情に加え,原告自身,平成11年末にソフトバンク株及び光通信株を全部売却した理由として,「このような値上がりは異常であり危険であると思った」旨陳述し(甲3),また,本人尋問においても,第8回購入に際し,「値段も相当高くなっており,本来は買うべきでないと思っていた」旨供述しているのであるから,これらの陳述及び供述によれば,原告において,ソフトバンク株の危険性につき,十分知悉していたといえることも併せ考慮すると,被告において,ソフトバンク株につき,原告及びAに対し,更に何らかの情報を提供すべきものとは考えられないから,被告の説明義務違反を認めることもできない。
(3) ソフトバンク株の値下がりに迅速に対応すべき注意義務違反があったか。
この点についても,上記(1)において判示したとおり,原告及びAは自己の判断と責任において株式取引を行うべき大口投資家であること,原告及びAはソフトバンク株への強い投資意欲を有しており,これを行うことが原告及びAの意向であったと考えられることなどの事情に照らせば,購入したソフトバンク株を売却するか否かについても,原告及びAにおいて自己の判断と責任において行うべきものであるから,被告について,ソフトバンク株の値下がりに迅速に対応すべき注意義務などは到底認められない。
原告は,被告において,株価が13週移動平均線を割り込んだ時点(平成12年3月10日)で売却が妥当であることを助言すべき義務があったと主張するが,前記1(6)に認定したとおり,13週移動平均線は,一定程度取引の目安となるものではあるものの,絶対的な基準となるものではないから,かかる原告の主張は採用できない。
(4) 以上のとおりであるから,争点(1)にかかる原告の主張はいずれも失当である。
3 争点(2)(原告及びAは,平成12年2月16日から同月21日にかけて,Bに対し,光通信株計1000株の売却の注文をしたか)について
(1)ア 原告は,平成12年2月16日から同月21日にかけて,原告及びAがBに対し両名が保有していた光通信株各500株の売却の注文をしたにもかかわらず,Bがこれに従わなかったと主張し,証人A及び原告はこれに沿う陳述(甲2,3)ないし証言(供述)をするので,その信用性について検討する。
イ 証人A及び原告の陳述ないし証言(供述)の要旨は,以下のようなものである。
ソフトバンク株及び光通信株の相場の高騰に危機感を抱いていた原告及びAは,平成12年2月に入ったころから,両名が保有していた上記両株式を売却したいと考え,ソフトバンク株が最高値をつけた同月15日(前記1(5))から同月18日にかけ,Aが連日Bに対し電話で光通信株やソフトバンク株等のすべての株式の売却の注文をしたが,Bは一向に従わなかった。
さらに,同月21日,AがBに対し同様の注文をしたが,Bがこれに従う気配を見せなかったため,原告は,光通信株だけでも売却しようと考え,自らBに対し,強い調子で光通信株を売却するよう指示し,Bが了解したので,光通信株は売却されたものだと考えた。
その後,原告は,同月23日,Bからソフトバンク株を勧められてこれを500株購入し,さらに,Aは,同年3月1日及び同月2日,やはりBからソフトバンク株を勧められ,原告の代理人として,計1400株購入した。
同月7日,原告及びAは,上記の光通信株の売却につき,Bから何らの報告もないことに気付き,その後被告C支店に何度も連絡をしたが,取り合ってもらえなかった。
そのうちに,売却の時機を失し,相場が暴落して,原告及びAは多大の損失を被った。
ウ しかしながら,前記1(4)に認定したとおり,Aは,平成12年3月31日付けで,「D(株)との有価証券等の取引に関し、平成12年2月29日付で報告を受けた一切の取引明細(前回までの報告に対し回答をしていない場合は、その取引明細を含む。)および2月29日現在で預けている金銭・証券等の残高明細は、下記のとおり相違ありません。」との記載及び「保護預り口の残高」欄に光通信株500株の記載がそれぞれ含まれる原告分及びA分の回答書に各人の名において署名押印の上,被告に提出しているものであるところ,仮に上記イの内容が真実であれば,これらがAによって提出された時期(その厳密な日付の特定までは困難であるが,前記1(4)に認定したとおり,被告において同年4月7日にこれらを受領しているところからすれば,同年3月末から同年4月初めまでの間に提出されたものと推認される。)は,原告及びAにおいて,売却注文を出したはずの光通信株が実際には売却されていないのではないかとの強い疑念を持ち,連絡をしても誠実に対応しない被告に対しても相当の不信感を抱いていたと考えられるころである。それにもかかわらず,上記のように,売却注文を出したはずの光通信株が預り証券として明記されている内容の回答書に易々と署名押印して被告に提出するというのは,不可解というほかはなく,光通信株の売却注文を出したとする上記の陳述ないし証言(供述)はにわかに信用できない。
証人Aは,被告の総務の人間が回答書を持ってきたので警戒心がなかった,夕刻であり台所の仕事をしている時であったため中身を読まずに署名押印したなどと弁解するが,原告及びAと被告との関係が良好な場合であればいざ知らず,上記の陳述ないし証言(供述)によれば原告及びAが被告に対しかなりの疑念や不信感を持っていたと考えられる時期に,そのようなささいな理由で被告の持参した書面に素直に署名押印するということは,常識的にみて考え難いところである。
また,Bがあえて顧客の売却注文を執行しなかったということについても,合理的理由は見出し難い。
エ 以上のとおり,原告及びAが,平成12年2月15日から同月21日にかけて,Bに対し光通信株の売却の注文を出したとの証人A及び原告の陳述ないし証言(供述)は,これを信用することができず(同様の理由により,甲4,5も採用することができない。),他に上記売却の注文が存在したことを認めるに足りる証拠はないばかりか,かえって,前記ウ及び1(4)において認定説示したところに照らせば,上記売却注文は存在しなかったことが推認されるというべきである。
オ なお,証人Bは,Aから,平成12年2月15日,光通信株とソフトバンク株を一旦すべて売却したいという意向を告げられ,結局,同日,19万8000円の指し値でソフトバンク株700株の売却注文を受けたこと及び同日には上記の値段でソフトバンク株を売却することができなかったことを証言するが,この証言によっても,直ちに,Aにおいて,同日,光通信株についても売却の注文をしたものと認めることはできず,更に進んで,原告及びAにおいて,同月16日から同月21日にかけて,Bに対し,光通信株の売却注文をしたとの事実が推認されるものではないのみならず,上記証言は,前記イの証人A及び原告の陳述ないし証言(供述)とも相違しており,後者の信用性の判断に影響するものとも考えられないから,上記認定を左右しないというべきである。
(2) したがって,争点(2)にかかる原告の主張も失当である。
4 結論
以上のとおり,被告及びBに義務違反があるとする原告の主張はすべて理由がないから,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。よって,これらをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前田順司 裁判官 浅井憲 裁判官 熊代雅音)
file_2.jpg別紙