東京地方裁判所 平成14年(ワ)26894号 判決 2004年3月15日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告の平成14年8月2日開催の臨時社員総会において、Xの取締役解任及び甲野花子、甲野三郎をそれぞれ取締役に選任する旨の各決議は存在しないことを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第2 事案の概要
本件は、被告の唯一の社員であると主張する原告が、甲野花子(以下「花子」という。)を社員として開催された平成14年8月2日の臨時社員総会(以下「本件社員総会」という。)における、原告を取締役から解任し、花子及び甲野三郎(花子の子。以下「三郎」という。)を取締役に選任する旨の決議(以下「本件決議」という。)は不存在であるとして、同決議の不存在確認を請求した事案である。
1 争いのない事実
(1) 被告は、商号「有限会社カークラフトエヌアールシージャパン」、資本金300万円、出資口数合計60口として、平成10年4月14日に設立された有限会社である(被告の商号は、平成14年4月15日に、「有限会社近江屋」と変更されている。)。
(2) 被告については、平成14年8月2日付けで、花子が60口のうち38口を有する社員として社員総会を開催し、原告を取締役から解任し、花子及び三郎を取締役に選任する旨の決議をなしたとの社員総会議事録が作成され、その旨の登記が了されている。
2 当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 被告の原始社員について
(ア) 有限会社の原始社員については、原始定款に社員として署名した者が 社員となるのであり、出資金を拠出した者であっても原始定款に署名をしない者は、法律上有限会社の社員ではないと解されている(福岡高裁宮崎支部昭和60年10月31日判決、高松高裁平成8年5月30日判決)。被告については、原始定款に署名をした者は、B(以下「B」という。)とC(以下「C」という。)であるから、両名が被告の原始社員である。そして、原告は、平成10年12月1日の社員総会において、B及びCから60口の譲渡を受けているから、本件社員総会当時の被告社員は、原告のみである。
(イ) これに対し、被告は、同社の設立資金は花子が出捐したから、花子が被告の原始社員であると主張するが、かかる主張は上記判例に照らし、そもそも主張自体失当である。また、被告の設立資金300万円は原告が調達してBに渡したものであるから、花子が出捐したという事実もない。原告が平成10年2月26日に受領した金700万円は、原告が、平成10年1月に花子の夫である甲野二郎(以下「二郎」といい、花子と二郎を併せて「甲野夫婦」という。)の父甲野一郎(以下「一郎」という。)から、一郎所有の小平市○○町×丁目2408番の土地(以下「2408番土地」という。)及びその周辺地域の復旧整地作業を請け負った際の請負代金として受領したものである。
(ウ) さらに、被告は、同社は競落のための会社として設立されたと主張するが、そのような事実もない。被告は、設立時の取締役であるD(以下「D」という。)が「カークラフトエヌアールシー」という屋号で営んでいた中古車販売業を、Dの経営状況の逼迫から、原告が引き続き行うことを目的として設立されたものである。
イ 平成11年2月22日の社員権譲渡契約の有無について
被告は、原告が平成11年2月22日に、被告社員権を花子及び三郎に譲渡したと主張するが、このような事実はない。持分権譲渡契約書(乙1)のうち、原告の印影は、原告が実印として使用していた印鑑から押捺された模様であるが、それ以外は全て偽造されたものであって、原告が作成したものではなく、日付の手書の文字も原告の筆跡とは異なるものである。持分権譲渡契約書の原告の印影は、原告が被告事務所内の机の中に保管していた実印を、甲野夫婦が盗用して押捺したものである。
ウ 本件決議の存在について
(ア) 上記のとおり、被告の唯一の社員は原告であるところ、本件社員総会は花子のみを出席社員として開催されたものであるから、本件決議は不存在である。
(イ) また、上記の点をおいても、そもそも本件決議は物理的に不存在である。平成14年8月2日に本件決議が行われたとする社員総会議事録(甲2)については、花子自身が、同年8月30日にE司法書士(以下「E司法書士」という。)に無理矢理依頼し、同年8月2日に社員総会が開催されたことにして、議事録を作成したものであることを認めており、同年8月2日に社員総会が開催された事実がないことは明らかである。社員総会が現実に招集されたことはないにもかかわらず、虚偽の議事録を作成し、虚偽の登記がなされ、決議がなされたかのごとく仮装しても、決議不存在と認められるものであり、本件では、「議長」とされる花子自身がそもそも社員総会を開催していないことを自認しているのであるから、被告の社員が誰かを論ずるまでもなく、本件決議不存在確認請求は認容されるべきである。
(2) 被告の主張
ア 被告の原始社員について
(ア) 被告は、花子が会社設立資金を支出して設立した会社であり、被告の原始社員は花子である。すなわち、一郎及び二郎は、バブル時代に多方面に投資を行って多額の負債を負い、2408番土地にある甲野夫婦の自宅土地建物(以下「自宅土地建物」という。)についても担保権が実行される危機に直面していた。そうしたところ、不動産業務に精通していると称する原告が甲野夫婦の前に現れ、自宅土地建物を競売から守ってあげるとし、会社を作っておけばいずれ役に立つと述べたため、花子は平成10年2月26日に700万円の資金を原告に預け、被告の設立手続をしてもらったのである。したがって、原始定款における原始社員の記載はあくまで名義であり、実質的な社員は花子である。
(イ) 原告は、被告が競落のために設立された会社であることを否認しているが、被告は、平成14年2月1日に、現実に甲野夫婦の自宅土地建物を競落しているし、その競落費用は花子が支出している。
(ウ) また、原告は、平成10年2月26日に受領した700万円は、一郎から土地の復旧整地作業を請け負った代金であると主張するが、一郎がそのような作業を原告に依頼した事実はない。
イ 平成11年2月22日の社員権譲渡契約の有無について
甲野夫婦は原告から、被告は甲野夫婦の自宅建物を競落するための会社であると聞かされていたが、花子は、被告の社員名義が自己名義となっていないことに不安を覚え、原告にその旨を申し出た。そうしたところ、平成11年2月になって、原告は、被告の社員権60口について、花子へ38口(190万円)、三郎に22口(110万円)を譲渡した旨を確認する書面を作成した(乙1)。したがって、仮に花子が被告の原始社員と認められない場合であっても、上記譲渡後は、花子と三郎が被告の社員権を有しているのであり、原告が有しているのではない。
ウ 本件決議の存在について
(ア) 上記のとおり、本件社員総会が開催された当時、被告の社員は花子一人ないしは花子と三郎であったのだから、本件決議は有効に存在している。
(イ) 平成14年8月2日の社員総会議事録(甲2)は、花子が同年8月30日にE司法書士に依頼して作成してもらったものであり、同年8月2日に同議事録どおりの決議が行われたものでないことは認めるが、そもそも原告は被告の社員ではないから、本件決議の不存在確認を求める原告適格はない。また、仮に原告適格が認められるとしても、社員ではない者が本件決議の不存在確認請求をすることは権利の濫用である。
第3 当裁判所の判断
1 本件訴訟に至るまでの経緯
(1) 各証拠(各項の末尾に摘示のもの)、弁論の全趣旨及び争いのない事実によれば、本件訴訟に至るまでの経緯については、以下の事実が認められる。
ア 甲野家はかつては2408番土地周辺に複数の不動産を有する資産家であったが、一郎及び二郎はバブル時代の不動産投資の失敗により多額の負債を抱えるにいたり、平成9年7月22日には、ダイヤモンド信用保証株式会社から仮差押えを受けるなど、2408番土地に所在する自宅土地建物が強制競売にかけられる危機に瀕していた。(乙8、130、二郎証人)
イ そうしたところ、原告は、自分に任せれば自宅土地建物を守ってやると持ちかけて甲野夫婦に近づき、自宅土地建物を競落するための会社として、会社を設立することを促した。原告は甲野夫婦に対して、同夫婦は債務者である一郎の親族であるから、自宅土地建物の競売手続に関与することができないが、新しく会社を作ればその会社が自宅土地建物を競落することができる、ただし、債務者の親族が役員となっている会社は競売に参加することはできないから、甲野夫婦が新しい会社の役員となることはできないと説明した。そして、原告は、甲野夫婦に自分を信用させるため、平成10年2月25日には白紙委任状2通を、同月26日には印鑑登録証明書2通を、甲野夫婦に対して交付した。(乙38ないし41、129、130、二郎証人、被告代表者花子本人)
ウ 花子は、平成10年2月26日、原告から求められて、会社設立資金等として700万円を原告に交付し、自宅土地建物を競落するための会社設立手続を依頼した。原告は二郎とともに多摩中央信用金庫に赴き、花子から受け取った700万円のうち300万円を、新しく設立する被告の資本金として払い込んだ。そして、原告の知り合いであるCとBに依頼して、それぞれ30口を有する社員として、被告の原始定款に記名押印をしてもらい、平成10年4月14日に設立登記を了した。もっとも、CとBは単に原告から依頼されて、社員として名義を貸したにすぎなかった。被告の本店所在地は甲野夫婦の自宅土地建物のある2408番地とされ、設立時の取締役にはC、B、Dの3名が就任したが、平成10年12月には上記3名が辞任し、原告が単独で取締役となった。(甲1、3、4、16、乙17、被告代表者花子本人、弁論の全趣旨)
エ その後、原告は花子に対し、自分は甲野夫婦の自宅土地建物の競落に全力を尽くすので、他の仕事をすることができない、ついては、自分の生活費を負担して欲しいとして金員を要求した。このため、花子はやむを得ず、競売対策の報酬として、少なくとも、平成11年8月から10月までに合計150万円、平成12年1月から10月まで(ただし9月を除く。)毎月60万円ずつ合計540万円、平成14年2月から9月まで毎月60万円ずつ合計480万円を、原告に支払った。(乙129、130、弁論の全趣旨、争いのない事実)
オ 平成11年9月1日、東京地方裁判所八王子支部は、甲野夫婦の自宅土地建物について、強制競売開始決定をした。平成11年10月28日には執行官による現況調査の一環として、2408番土地ほかの立入調査が行われ、原告は、不動産の管理受託者として、執行官の質問に対して説明を行った。(甲18、乙8)
カ 平成14年2月1日、被告は、甲野夫婦の自宅土地建物を代金1億5532万円で競落した。この競落代金については、花子が、自分が代表取締役を務めるJ牛乳有限会社の預金を解約するなどして調達し、銀行へは原告、花子及び二郎の3名が赴いて送金手続をした。そして、平成14年2月22日、被告は、競落したばかりの自宅建物(2408番の2建物)を、花子と三郎に売却し、所有権移転登記を行った。(乙2、8、47ないし89、二郎証人、被告代表者花子本人)
キ 平成14年4月15日、原告、花子及び二郎は、F司法書士(以下「F司法書士」という。)の事務所に赴き、①被告会社の商号を「有限会社近江屋」に変更すること、②花子と三郎を取締役に、原告を代表取締役に選任すること、③代表取締役を設置する旨の定款変更をすることを内容とする社員総会議事録の作成及びその旨の変更登記手続を、同司法書士に依頼した。「近江屋」という屋号は地元では甲野家を示すものとして知られており、被告の商号を「近江屋」に変更したのは甲野夫婦の意向に基づくものであった。(甲1、12、13、26、乙121ないし123、F証人、原告本人、二郎証人、被告代表者花子本人)
ク 平成14年5月30日頃、花子はF司法書士事務所を一人で訪れ、原告が代表取締役を辞任し、花子が新しく代表取締役に就任したので、その旨の変更登記をして欲しいと依頼した。花子は原告の実印及びその印鑑登録証明書を持参しており、原告名の辞任届の名前部分の記入は花子が行った。F司法書士は、花子からの依頼に基づき、原告の代表取締役辞任及び花子の代表取締役就任の登記手続を行った。(甲6の1及び2、7、26、F証人、被告代表者花子本人)
ケ これに対して、原告は、平成14年7月1日頃、一人でF司法書士事務所を訪れ、①花子を被告の代表取締役兼取締役から、三郎を被告の取締役から解任すること、②被告会社の取締役定員を1名とし、代表取締役の規定を削除する旨の定款変更を行うことを内容とする社員総会議事録の作成及びその変更登記手続を、同司法書士に依頼した。F司法書士は、上記依頼に基づいて、花子及び三郎の解任登記手続を行った。(甲8、9、26、乙6、F証人、原告本人)
コ 原告が花子及び三郎の解任登記手続を行ったことを知った甲野夫婦は、平成14年8月30日頃、再びF司法書士事務所を訪れ、花子及び三郎を取締役に戻して欲しいと依頼した。しかしながら、F司法書士が手続を断ったため、甲野夫婦はE司法書士事務所を訪れ、花子と三郎を被告の取締役及び代表取締役に戻して貰うように依頼した。そして、花子は、原告が代表取締役として何をしているか分からないので、原告が代表取締役になったとされている日にすぐ花子が代表取締役になったようにしてもらいたいとE司法書士に頼んだが、同司法書士から同年8月2日が限界であると言われたため、同年8月2日に原告を取締役から解任し、花子及び三郎を取締役に選任した旨の社員総会決議を行ったとの議事録を作成してもらい、その旨の変更登記手続を了した。(甲1、2、11、F証人、被告代表者花子本人)
サ 原告は、平成14年10月30日、本件訴訟を提起した。(裁判所に顕著な事実)
シ 原告は、平成15年2月10日、自らを被告会社の代表取締役として、2408番土地を訴外富士総合保険株式会社に売却する旨の契約を締結し、所有権移転登記手続を了した。このため、被告は花子を代表者として、富士総合保険会社を被告とする所有権移転登記抹消登記手続請求事件を、東京地方裁判所八王子支部に提起した。(争いのない事実)
(2) 原告の供述について
ア 以上の認定事実に対し、原告は、被告は甲野夫婦の自宅土地建物を競落するために設立された会社ではなく、その資本金300万円も原告自身が出捐したものであると供述している。
イ しかしながら、原告は、被告会社の設立時期に近接した平成10年2月26日に花子から700万円を受領していることが認められる反面、原告が資本金300万円を自ら出捐したことについては、これを裏付ける証拠が何ら提出されていない。
また、花子から受領した700万円について、原告は、2408番土地付近に放置されていた廃車等の処理を請け負った際の請負代金の一部として受け取ったものであり、残代金については、武蔵野簡易裁判所から4552万3000円の支払督促命令(甲14)を得ていると供述するのであるが、原告は支払督促命令を得る一方で、そこに記載された請負代金総額と同額の借用証書(乙18)を一郎に差し入れるという不可解な行動をとっており、上記支払督促命令に係る請負代金が真に存在するのか疑問である。さらに、本件訴訟とは無関係な第三者である2408番土地の付近業者からは、2408番土地付近に廃車が放置されていた事実はない旨の陳述書が複数提出されており(乙139ないし142)、原告が処理したという廃車の存在自体についても、これを裏付けるに足りる的確な証拠がないといわざるを得ない。以上によれば、原告が2408番土地付近に放置されていた廃車等の処理を請け負い、その代金の一部として700万円を受領したとの供述は採用することができない。
ウ 次に、被告設立後の経過をみても、①被告は実際に平成14年2月1日に甲野夫婦の自宅土地建物を競落し、直後の同年2月22日には建物を花子及び三郎に譲渡していること、②被告が甲野夫婦の自宅土地建物を競落するための代金は、すべて花子がJ牛乳有限会社の預金等を解約するなどして出捐していること、③被告が甲野夫婦の自宅土地建物を競落した後の平成14年4月15日、原告は、被告の商号を甲野家を表すものとして地元では認識されている「近江屋」に変更し、花子及び三郎を取締役に就任させていることが認められるのであり、こうした一連の経過からすれば、被告は甲野夫婦の自宅土地建物を競落するために設立された会社であると推認するのが相当である。
これに対し、原告は、被告が甲野夫婦の自宅土地建物を競落したのは、二郎とアトリエ村の事業を行う計画があったからであり、競落代金のうち1億円程度は自分が出捐し、そのうち5000万円については現金で自宅に置いてあったものを使ったと供述する。しかしながら、5000万円もの現金を自宅に置いておくこと自体、通常は考え難いことである上、過去に経営していた会社で不渡りを出し、自宅を競売にかけられたこともあると供述している原告が、そのような大金を所持していたというのも直ちに信用することができない。花子が競落代金の出捐を示す書証を提出していることと比較すれば、原告の上記供述の信用性が低いことは明らかであって、原告の上記供述は採用することができない。
2 被告の原始社員
そこで、前記1、(1)の認定事実を前提に、被告の原始社員が誰であったかを検討する。
(1) 原告は、有限会社においては、原始定款に社員として署名をした者のみが原始社員となるから、原始定款に社員として署名していない花子が被告の原始社員となる余地はないと主張する。
そこで、有限会社の原始社員の判定基準について検討するに、一般に、私法上の法律行為は、何人の名義によってなされたかを問わず、真に契約の当事者として申込をした者が、その契約当事者として権利を取得し義務を負担するところ、入社契約たる性質を有する有限会社設立の意思表示についても、一般私法上の法律行為の場合と特に変わるところはないから、誰が真の設立当事者として入社申込を行ったか否かによって、設立当事者たる地位が決せられると解される。
もっとも、有限会社の原始社員は、原始定款に社員として署名又は記名押印しなければならないから(有限会社法6条2項、同法87条。以下、署名及び記名押印を合わせて「署名」という。)、有限会社設立の意思表示は、要式行為として、原始定款に社員として署名するという方法により行われる必要がある。しかしながら、有限会社法が、他人を使者として署名を代行させたり、他人名義で署名をすることを禁じていると解すべき根拠はなく、使者による署名はそれを依頼した本人の署名とみることができるのであるから、原始定款への署名という行為自体を実際になした者が誰かという基準のみによって、有限会社の原始社員たる地位を決するのは相当ではない。原始定款に記載された当該署名を誰の署名と認めるかを含めて、入社契約申込の意思表示をなした真の設立当事者は誰かを実質的に検討して、有限会社の原始社員を決すべきである(なお、最高裁昭和42年11月17日第二小法廷判決・民集21巻9号2448ページも、署名がされた株式申込証という要式行為によってなされる新株引受申込に関して、真に契約の当事者として申込をした者が、引受人としての権利を取得し義務を負担すると判示しており、署名という行為自体を実際になした者が誰かという基準で新株引受人を決しているのではない。)。
(2) 以上を前提に、被告の原始社員を考えるに、前記1、(1)の認定事実によれば、被告は甲野夫婦の自宅土地建物を競落する目的で設立された会社であり、被告の資本金300万円を出捐したのは花子であること、原告は花子からの依頼を受けて被告の設立手続を代行したこと、被告の原始定款に署名をしたB及びCは、原告からの依頼で名義を貸したにすぎないことが認められるのであるから、本件において、真の設立当事者として入社申込の意思表示をなしたのは花子であって、B及びCはその使者として原始定款に署名をなしたにすぎないと解すべきである。よって、被告の原始社員は花子一人であり、本件決議当時も花子が被告の全社員権を有していたと認められる。
3 本件決議の不存在確認を求める原告適格等
以上によれば、原告は被告の社員であるとは認められないところ、被告は、社員ではない原告には本件決議の不存在確認を求める原告適格はないし、仮に原告適格が認められるとしても、社員でない者からのかかる請求は権利濫用であると主張する。
この点、確かに、社員総会決議の効力に法律上の利害関係を有さない第三者にまで、社員総会決議の不存在確認請求の原告適格を認めるべき根拠は見当たらない。しかしながら、原告は、本件決議によって取締役を解任された者であって、同決議が不存在であることが確認されれば、取締役としての地位を回復する関係にあるから、原告が被告会社の社員でないとしても、本件決議の不存在確認を求める原告適格はあるというべきである。また、このように、本件決議の存否が原告の取締役の地位を左右することからすれば、社員でない原告が、本件訴訟を提起することが権利濫用であるとはいえない。
よって、被告の上記主張は採用することができない。
4 本件決議の存在
そこで、本件決議が存在したか否かについて検討するに、前記1、(1)の認定事実によれば、平成14年8月2日に、被告会社本店において社員総会が開催され、持分総数60口のうち38口を有する花子の賛成によって、本件決議がなされたとの事実がないことは明らかである。
しかしながら、花子は被告の唯一の社員であることが認められるから、花子が意思決定をしさえすれば、その場において有効な社員総会決議をなし得るところ(全員出席総会)、花子は平成14年8月30日に、E司法書士の事務所を訪れ、原告を取締役から解任し、花子及び三郎を取締役に選任する旨の登記をすることを依頼したのであるから、その時点において、花子を唯一の社員とする被告の社員総会決議があったとみることができる。そして、これは、平成14年8月2日に本件社員総会決議が行われたとの議事録(甲2)とは、日付や開催場所等の点において齟齬するものではあるが、同議事録は平成14年8月30日に行われた上記決議を表象するものとして有効とみることができるから、平成14年8月2日に被告の社員総会が開催されなかったことは本件決議の効力を否定するものではないというべきである(最高裁昭和59年3月23日第二小法廷判決・判例時報1111号139ページ参照)。
5 まとめ
以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。