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東京地方裁判所 平成14年(ワ)27303号 判決 2003年12月08日

原告

X1

ほか一名

被告

主文

一  被告は、原告X1に対し、一八七八万五九六二円及びこれに対する平成一四年八月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、三五五四万五一一三円及び内一八七八万五九六二円に対しては平成一四年八月二日から、内一六七五万九一五一円に対しては同年一二月一七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告X1に対し、二一〇一万三四七八円及び内一九〇万円に対しては平成一三年七月二六日から、内一九一一万三四七八円に対しては平成一四年八月二日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、三九一七万四四〇八円及び内三五〇万円に対しては平成一三年七月二六日から、内三五六七万四四〇八円に対しては平成一四年一二月一七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後記一(1)の交通事故(以下「本件事故」という。)について、死亡したA(以下「亡A」という。)の相続人である原告らが被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条及び民法七〇九条に基づき、亡Aの死亡及び原告X2の受傷による損害の賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実等(各項末の括弧内に証拠番号を掲記した事実のほかは、当事者間に争いがない。)

(1)  本件事故の発生

ア 日時 平成一三年七月二六日午前一一時一〇分ころ

イ 場所 茨城県龍ヶ崎市馴馬町五〇七三番地一先の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)

ウ 加害車両 被告の運転する自家用普通乗用自動車(車両番号・<省略>。以下「被告車」という。)

エ 被害車両 亡A(当時五歳)及びB(当時三歳)を同乗させた原告X2の運転する自転車(以下「原告車」という。)

オ 態様 被告は、呼気一リットル中〇・五六ミリグラム(温度補正後)という高濃度のアルコールを保有した酒酔いの状態で被告車を運転して、時速約六〇キロメートルの速度で走行し、本件交差点入口に設けられた停止線の手前三三・四メートルの地点で対面信号機が赤色を表示しているのを認めながら、敢えて信号を無視して本件交差点を通過しようと、右折専用車線に進路を変更した上、前記速度で本件交差点に進入したところ、青色の信号表示に従って横断歩道を走行していた原告車に被告車を衝突させた。

カ 結果 亡Aは、平成一三年七月二八日午前二時五五分ころ、牛久愛和総合病院において、外傷性くも膜下出血により死亡した。また、原告X2も、全身打撲挫創・右腎損傷・頭部顔面外傷・右手指骨折・左外傷後尖足拘縮・頸椎捻挫等の傷害を負った。(甲一五の三)

(2)  被告の責任原因

被告は、被告車の所有者であるから、本件事故によって生じた人的損害について自賠法三条に基づき、また、信号無視及び前方不注視の過失があるから、本件事故によって生じた損害について民法七〇九条に基づき、それぞれ責任を負う。

(3)  相続

原告X1は亡Aの実父であり、原告X2は亡Aの実母であるから、原告らは、亡Aの取得した被告に対する損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

(4)  原告X2の治療経過及び後遺障害

原告X2は、次のとおり、入通院して治療を受けたが、平成一四年八月一九日、左足関節の可動域制限について症状が固定し(当時二八歳)、損害保険料率算出機構土浦調査事務所から、同年一二月二日ころ、一二級七号に該当するとの認定を受けた。

ア 取手協同病院(入院)

平成一三年七月二六日

イ 牛久愛和総合病院(入院)

平成一三年七月二六日から同年八月九日まで(一五日間)

ウ 牛久愛和総合病院(通院)

平成一三年八月一六日から平成一四年八月一九日まで(実日数五八日間)

エ 大島整骨院(通院)

平成一三年九月二四日から同年一〇月一九日まで(実日数一九日間)(甲二五、二七、乙二、三の一、四の一、五の一、六の一・二、七の一・二、八)

(5)  損害の填補

ア 亡Aの損害について

(ア) 原告らは、被告車に付保された任意保険から、平成一三年九月二八日、一〇〇万円の支払を受けた。

(イ) 原告らは、前記(ア)の任意保険から、平成一三年一〇月二日、五〇万円の支払を受けた。

(ウ) 原告らは、被告車に付保された自賠責保険から、平成一四年八月一日、二四四〇万九四五〇円の支払を受けた。

イ 原告X2の損害について

(ア) 原告X2は、前記ア(ア)の任意保険から、平成一三年一二月五日、二万五五七五円の支払を受けた。

(イ) 原告X2は、前記ア(ウ)の自賠責保険から、平成一四年一二月一六日、二二四万円の支払を受けた。

二  本件の争点は損害額である。

(原告らの主張)

(1) 亡Aの死亡による損害

ア 亡Aの損害

(ア) 治療費 三四万二一九〇円

(イ) 入院雑費 四五〇〇円

一日当たり一五〇〇円として、平成一三年七月二六日から同月二八日までの三日間につき四五〇〇円が相当である。

(ウ) 付添看護費 一〇万〇〇〇〇円

亡Aは、本件事故によって三日間瀕死の重態の状態で生死の境を彷徨った挙句帰らぬ人となったものであり、原告らは、その間、亡Aの生還を祈って亡Aに付き添い、看護をした。この間の付添看護費を金銭に換算することは困難であるが、控えめに考えても一〇万円を下らない。

(エ) 逸失利益 二九〇七万六四四四円

亡Aは、本件事故当時、五歳の女子であったところ、未就労年少女子の逸失利益を算定する際に用いる基礎収入は、男女を合わせた全労働者の全年齢平均賃金によるべきであるから、平成一三年賃金センサスにおける産業計・企業規模計・学歴計の全労働者の全年齢平均年収五〇二万九五〇〇円とすべきである。

したがって、逸失利益は、生活費控除率を四〇パーセント、就労可能年数を一八歳から六七歳までとすると、次の算式のとおり、二九〇七万六四四四円となる。

502万9500×(1-0.4)×(19.0288〔67-5=62年に対応するライプニッツ係数〕-9.3935〔18-5=13年に対応するライプニッツ係数〕)=2907万6444(小数点以下切捨て)

(オ) 慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円

亡Aは、本件事故当時、五歳の健康な女子であり、両親である原告ら及び妹に囲まれて幸せな生活を送っていたところ、被告の酒酔い・信号無視という無謀な運転によって、希望に満ち溢れた人生を奪われた上、被告は、本件事故後も、全く誠意ある対応をせず、原告らに対する謝罪一つもしない。

したがって、亡Aの死亡による慰謝料は、意識不明の状態で入院していた三日間における入院慰謝料も含めて、三〇〇〇万円を下らない。

(カ) 原告ら各自が相続した損害額 各自二九七六万一五六七円

前記(ア)ないし(オ)を合計すると、五九五二万三一三四円となるから、前記一(3)によれば、原告ら各自が相続した損害額は、二九七六万一五六七円となる。

イ 原告ら固有の損害

(ア) 遺体搬送費 三万二九〇〇円

(イ) 葬儀費用 一五〇万〇〇〇〇円

(ウ) 自賠責保険請求関係費 七二二五円

原告らは、自賠責保険に対し、被害者請求をしたが、その際、資料として次の各書類を提出するのにそれぞれ次の費用を負担した。

a 請求者の印鑑証明書 五二五円

b 委任者二名の印鑑証明書 四〇〇円

c 交通事故証明書 六〇〇円

d 戸籍謄本 四五〇円

e 死亡証明書 五二五〇円

(エ) 原告ら各自の損害額 各七七万〇〇六二円

前記(ア)ないし(ウ)を合計すると、一五四万〇一二五円となるところ、原告らは、二分の一の割合でこれを負担したから、原告ら各自の損害額は、七七万〇〇六二円(円未満切捨て)となる。

ウ 小括

前記ア及びイによれば、原告ら各自の損害額は、三〇五三万一六二九円となる。

(2) 原告X2の受傷による損害

ア 治療費 一万三六三二円

イ 入院雑費 一万八〇〇〇円

一日当たり一五〇〇円として一二日間につき一万八〇〇〇円となる。

ウ 通院交通費 一三万八六三〇円

(ア) 牛久愛和病院 一〇万一三六〇円

(イ) 大島整骨院 三万七二七〇円

エ 杖及び帽子の購入費 四〇六三円

原告X2は、歩行に障害が生じたため、杖を代金三一二九円で購入し、また、頭部を保護するため、帽子を代金九三四円で購入した。

オ 自賠責保険請求関係費 一万二八七五円

原告X2は、自賠責保険に対し、被害者請求をしたが、その際、資料として次の各書類を提出するのにそれぞれ次の費用を負担した。

(ア) 請求者の印鑑証明書 五二五円

(イ) 委任者の印鑑証明書 二〇〇円

(ウ) 交通事故証明書 六〇〇円

(エ) 後遺障害診断書 七三五〇円

(オ) 交通事故診断書 四二〇〇円

カ 休業損害 三七六万三六六〇円

原告X2は、本件事故当時、主婦として家事育児労働に従事していたが、本件事故による傷害のため、平成一三年七月二六日から症状固定日である平成一四年八月一九日までの間(三九〇日間)、家事育児労働に従事することができなくなった。その間の休業損害は、基礎となる収入を平成一三年賃金センサスにおける産業計・企業規模計・学歴計の女性労働者の全年齢平均年収三五二万二四〇〇円とすると、次の算式のとおり、三七六万三六六〇円を下らない。

352万2400÷365×390=376万3660(小数点以下切捨て)

キ 逸失利益 八三九万一六九五円

原告X2は、本件事故当時、健康な女性であったところ、症状固定時に前記一(4)のとおりの後遺障害を負ったものであるから、逸失利益は、前記カの年収を基礎となる収入とし、症状固定時の二八歳から六七歳までの三九年間にわたり、一四%の労働能力を喪失したものとすると、次の算式のとおり、八三九万一六九五円となる。

352万2400×0.14×17.0170=839万1695(小数点以下切捨て)

ク 入通院慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円

原告X2は、本件事故によって、一五日間入院した後、出産を挟み、症状固定日まで三七五日間にもわたる長期の通院を余儀なくされているのであって、入通院慰謝料は二〇〇万円を下らない。

ケ 後遺障害慰謝料 二九〇万〇〇〇〇円

原告X2の後遺障害は一二級七号に該当するから、後遺障害慰謝料は二九〇万円を下らない。

コ 小計 一七二四万二五五五円

前記アないしケを合計すると、一七二四万二五五五円となる。

サ 寄与度減額の可否

原告X2は、平成一四年三月二六日、三女を出産しているが、平成一三年一〇月下旬から出産するまでの間は、胎児が母胎内で成長し、お腹が大きくなってきたため、リハビリ治療が制限され、自宅での療養を余儀なくされたものであり、これによる通院期間の長期化は、本件事故と相当因果関係があるというべきである。また、妊娠出産による通院の中断と後遺障害が残った事との間に事実的因果関係があるかどうかは、不明であるし、仮に肯定されたとしても、医師からの勧告に従って治療を中断したことを考えると、損害の拡大に原告X2の寄与があったとすることがかえって公平を欠くことは明らかである。

(3) まとめ

前記(1)及び(2)によれば、原告X1の損害額は三〇五三万一六二九円、原告X2の損害額は四七七七万四一八四円となる。

(4) 損害の填補及び充当

ア 原告X1について

前記一(5)アの各填補額の二分の一に相当する金額を各支払日までに発生した遅延損害金、元金の順番に順次充当すると、原告X1の損害残額は、次の算式のとおり、一九一一万三四七八円となる。

(ア) 前記一(5)ア(ア)の填補による残額

3053万1629×0.05÷365×65〔平成13年7月26日から同年9月28日まで〕=27万1856(小数点以下切捨て)

3053万1629+27万1629-50万0000=3030万3485

(イ) 前記一(5)ア(イ)の填補による残額

3030万3485×0.05÷365×4〔平成13年9月29日から同年10月2日まで〕=1万6604(小数点以下切捨て)

3030万3485+1万6604-25万0000=3007万0089

(ウ) 前記一(5)ア(ウ)の填補による残額

3007万0089×0.05÷365×303〔平成13年10月3日から平成14年8月1日まで〕=124万8114(小数点以下切捨て)

3007万0089+124万8114-1220万4725=1911万3478

イ 原告X2について

前記一(5)アの各填補額の二分の一に相当する金額及び前記一(5)イの各填補額を各支払日までに発生した遅延損害金、元金の順番に順次充当すると、原告X2の損害残額は、次の算式のとおり、三五六七万四四〇八円となる。

(ア) 前記一(5)ア(ア)の填補による残額

4777万4184×0.05÷365×65〔平成13年7月26日から同年9月28日まで〕=42万5386(小数点以下切捨て)

4777万4184+42万5386-50万0000=4769万9570

(イ) 前記一(5)ア(イ)の填補による残額

4769万9570×0.05÷365×4〔平成13年9月29日から同年10月2日まで〕=2万6136(小数点以下切り捨て)

4769万9570+2万6136-25万0000=4747万5706

(ウ) 前記一(5)イ(ア)の填補による残額

4747万5706×0.05÷365×64〔平成13年10月3日から同年12月5日まで〕=41万6225(小数点以下切捨て)

4747万5706+41万6225-2万5575=4786万6356

(エ) 前記一(5)ア(ウ)の填補による残額

4747万5706×0.05÷365×239〔平成13年12月6日から平成14年8月1日まで〕=155万4341(小数点以下切捨て)

4786万6356+155万4341-1220万4725=3721万5972

(オ) 前記一(5)イ(イ)の填補による残額

3721万5972×0.05÷365×137〔平成14年8月2日から同年12月16日まで〕=69万8436(小数点以下切捨て)

3721万5972+69万8436-224万0000=3567万4408

(5) 弁護士費用

ア 原告X1 一九〇万〇〇〇〇円

イ 原告X2 三五〇万〇〇〇〇円

(被告の認否及び主張)

(1) 亡Aの死亡による損害

ア 亡Aの損害

(ア)ないし(ウ)について

いずれも認める。

(エ) 逸失利益について

亡Aは女子であったのであるから、基礎となる収入は女性労働者の平均年収を用いるべきであり、平成一三年賃金センサスにおける産業計・企業規模計・学歴計の女性労働者の全年齢平均年収は三五二万二四〇〇円であるから、逸失利益は、次の算式のとおり、二〇三六万三六二八円となる。

352万2400×(1-0.4)×(19.0288-9.3935)=2036万3628(小数点以下切捨て)

仮に基礎となる収入を平成一三年賃金センサスにおける産業計・企業規模計・学歴計の全労働者の全年齢平均年収五〇二万九五〇〇円とするとしても、その場合は生活費控除率は、男性と同程度の五〇パーセントとすべきであるから、次の算式のとおり、二四二三万〇三七〇円となる。

502万9500×(1-0.5)×(19.0288-9.3935)=2423万0370

(オ) 慰謝料について

亡Aは、本件事故当時、五歳であったことなどを考慮すると、二二〇〇万円が相当である。

イ 原告ら固有の損害

すべて認める。

(2) 原告X2の受傷による損害

アないしオ及びケについて

いずれも認める。

カ 休業損害について

原告X2の後遺障害の程度からすると、通院期間の全日につき全く就労不能であったとすることは合理的ではない。また、原告X2は、通院期間中に出産したとのことであり、これに関連して家事育児に従事することができなかったことは、本件事故による休業損害とは別個の問題である。

そこで、原告X2の休業の必要性については、本件事故直後、一時的に労働能力を一〇〇パーセント喪失したものの、その後、労働能力を回復してゆき、症状が固定した平成一四年八月一九日、喪失率は一四パーセントの状態になっていたものであるから、休業期間を平均すると、喪失率は五〇パーセント程度と捉えるのが合理的である。

したがって、休業損害は、平成一三年賃金センサスにおける産業計・企業規模計・学歴計の女性労働者の全年齢平均年収三五二万二四〇〇円を基礎に一日当たりの収入を九六五〇円(円未満切捨て)とすると、次の算式のとおり、一八八万一七五〇円程度が相当である。

9650×390×0.5=188万1750

キ 逸失利益について

後遺障害による労働能力喪失率についても、被害者の職業、年齢、後遺障害の部位・程度、事故前後の稼働状況等を総合的に判断して、期間に応じた逓減を認めるのが相当である。

原告X2は、主婦であるから、左足関節の機能障害が家事能力の低下をもたらすとしても、その程度は、会社員や自営業者などとして外で働く場合に比して比較的少ないと考えられるし、収入の減少という形で現実の利益減少をもたらすことはない。加えて、原告X2は、症状固定時、二八歳と比較的若年であり、今後症状の回復も見込めることなどを考え併せると、労働能力喪失期間は、一般的に体力の低下が顕著となり始める四〇歳代に達するまでの一二年間程度に限るのが合理的である。

したがって、逸失利益は、平成一三年賃金センサスにおける産業計・企業規模計・学歴計の女性労働者の全年齢平均年収三五二万二四〇〇円を基礎にすると、次の算式のとおり、四三七万〇七六二円程度が相当である。

352万2400×0.14×8.8632=437万0762

ク 入通院慰謝料について

通院は、平成一三年八月一〇日から平成一四年八月一九日までの約一年間であるが、実通院日数は五八日間と比較的少ない。加えて、通院の中断が平成一三年八月一〇日から同年九月二三日までの約一か月半及び同年一〇月二〇日から平成一四年四月二日までの約五か月半であり、現に通院した期間は合計でも約五か月間であった。したがって、入通院慰謝料は、一四〇万円程度が相当である。

サ 寄与度減額の可否について

原告X2が通院を長期にわたって中断したのは、出産のためであったとのことであるが、他方において、治療の必要性が高かった時期でもあり、それが原告X2の傷害の回復を遅らせ、ひいては通院期間を長期化させるとともに、後遺障害の程度をより重いものにしたと考えられる。

したがって、原告X2の受傷による損害額を算定するに当たっては、損害の公平な分担の見地から、民法七二二条二項を準用して、四割程度の減額をすべきである。

(4) 損害の填補及び充当について

交通事故による損害賠償請求権の金額は、最終的には訴訟における立証を経なければ確定することができない性質のものであり、それまでの間、損害元金及び遅延損害金を確定することができないことから、法定充当によるのではなく、原告らの損害元金から既払金を控除し、その残額について、本件事故の日から遅延損害金が発生するものと考えるべきである。

第三当裁判所の判断

一  亡Aの死亡による損害

(1)  亡Aの損害

ア 治療費 三四万二一九〇円

当事者間に争いがない。

イ 入院雑費 四五〇〇円

当事者間に争いがない。

ウ 付添看護費 一〇万〇〇〇〇円

当事者間に争いがない。

エ 逸失利益 二六六五万三四〇七円

亡Aは、本件事故当時、五歳の女児であったから、本件事故に遭わなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労し、その間、本件事故の発生した平成一三年賃金センサス第一巻・第一表の産業計・企業規模計・学歴計による全労働者の全年齢平均年収五〇二万九五〇〇円を得ることができたものと認めるのが相当である(死亡した年少女子について全労働者の平均賃金を基礎収入とすべきことについては、東京地裁平成一三年三月八日判決・判例時報一七三九号二一頁、東京高裁平成一三年八月二〇日判決・判例時報一七五七号三八頁など参照)。

したがって、諸般の事情を考慮し、生活費控除率を四五パーセントとして逸失利益を算定すると、次の算式のとおり、二六六五万三四〇七円となる。

502万9500×(1-0.45)×(19.0288-9.3935)=2665万3407(小数点以下切捨て)

オ 慰謝料 二八〇〇万〇〇〇〇円

亡Aは、本件事故当時、五歳の女児であり、長女として原告らの寵愛を一身に受けていたこと(甲二二、二三)、本件事故は、多量の飲酒により酒酔い状態に陥ったまま、被告車を運転した被告が、対面信号が赤色を表示していることを認識しながら、本件交差点を直進通過しようとして、発生したものであること(甲二ないし一三)など、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、慰謝料は二八〇〇万円とするのが相当である。

カ 原告各自の損害額 各自二七五五万〇〇四八円

前記アないしオを合計すると、五五一〇万〇〇九七円となるから、前記第二の一(3)によれば、原告ら各自が相続した損害額は、二七五五万〇〇四八円(円未満切捨て)となる。

(2)  原告ら固有の損害

ア 遺体搬送費 三万二九〇〇円

当事者間に争いがない。

イ 葬儀費用 一五〇万〇〇〇〇円

当事者間に争いがない。

ウ 自賠責保険請求関係費 七二二五円

当事者間に争いがない。

エ 原告ら各自の損害額 各自七七万〇〇六二円

前記アないしウを合計すると、一五四万〇一二五円となるところ、原告ら各自は、二分の一の割合でこれを負担したから、原告ら各自の損害額は、七七万〇〇六二円(円未満切捨て)となる。

(3)  弁護士費用 各自一九〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容、本件訴訟の経緯、後記四(2)の損害の填補後の残額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告ら各自につき一九〇万円とするのが相当である。

(4)  小括 各自三〇二二万〇一一〇円

前記(1)ないし(3)によれば、原告ら各自の損害額は、三〇二二万〇一一〇円となる。

二  原告X2の受傷による損害

(1)  治療費 一万三六三二円

当事者間に争いがない。

(2)  入院雑費 二万二五〇〇円

一日当たり一五〇〇円として入院期間一五日間につき二万二五〇〇円とするのが相当である。

(3)  通院交通費 一三万八六三〇円

当事者間に争いがない。

(4)  杖及び帽子の購入費 四〇六三円

当事者間に争いがない。

(5)  自賠責保険請求関係費 一万二八七五円

当事者間に争いがない。

(6)  休業損害 三〇〇万一二七七円

ア 休業の必要性の程度について

前記第二の一(4)の事実のほか、証拠(甲二三ないし二七、三三、乙二、四の一・二、五の一・二、六の一・二、七の一・二、八)及び弁論の全趣旨によれば、原告X2は、本件事故当時、専業主婦として稼働していたこと、本件事故によって、負傷し、平成一三年七月二六日から同年八月九日までの間(一五日間)、牛久愛和総合病院に入院したこと、同病院を退院した後、体調不良を訴えたことから、妊娠していることが判明したが、切迫流産の可能性もあったため、絶対安静が必要となり、実家に帰ったりして家事は殆どできなかったこと、牛久愛和総合病院には半月ないし一か月に一回程度の頻度で通院したが、湿布による保存療法を受けるにとどまったこと、流産の危機を乗り越えた後、早く回復したい気持ちから、同年九月二四日から同年一〇月一九日までの間(実日数一九日間)、大島整骨院に通院し、首や肩などに電気療法を受けたりしたが、平行して診察を受けていた牛久愛和総合病院の産婦人科の医師から、整骨院での施術の安全性は医学的に保証しかねる旨言われたため、胎児への影響を懸念するようになり、結局、大島整骨院への通院を止めたこと、出産のため、平成一四年三月二五日から同年四月一日までの間、つくばセントラル病院に入院し、同年三月二六日、三女を出産したこと、同年四月三日から同年八月一九日までの間(実日数五三日間)、牛久愛和総合病院に通院し、リハビリに努めたが、通院のペースは、同年四月が七日間、同年五月及び六月が各一七日間、同年七月が八日間、同年八月が四日間であったこと、そして、同月一九日、症状固定の診断を受けたこと、以上の事実が認められる。

前記認定の事実によれば、本件事故による休業の必要性の程度については、出産のため入院していた期間を除き、平成一三年七月二六日から平成一四年三月二四日までの間(二四二日間)は一〇〇パーセント、同年四月二日から同年六月末日までの間(九〇日間)は六〇パーセント、同年七月一日から同年八月一九日までの間(五〇日間)は三〇パーセントの労働能力の制限を受けていたものとみるのが相当である。

イ したがって、休業損害は、基礎収入として平成一三年賃金センサス第一巻・第一表における産業計・企業規模計・学歴計の女性労働者の全年齢平均年収三五二万二四〇〇円を採用すると、次の算式のとおり、三〇〇万一二七七円となる。

352万2400÷365×(1×242+0.6×90+0.3×50)=300万1277(小数点以下切捨て)

(7)  逸失利益 八三九万一六九五円

前記(6)の基礎収入を採用し、症状固定時の二八歳から六七歳までの三九年間にわたり、一四パーセントの労働能力を喪失したから、次の算式のとおり、八三九万一六九五円となる。

352万2400×0.14×17.0170=839万1695(小数点以下切捨て)

(8)  入通院慰謝料 一六〇万〇〇〇〇円

入通院期間、負傷の部位・程度などの事情を考慮すると、一六〇万円が相当である。

なお、通院期間のうち、原告X2が出産のために通院を中断せざるを得なかった期間については、これをも入通院慰謝料の算定に考慮することは、本件事故によらない損害を被告に負担させることになるから、相当ではないというべきである。

(9)  後遺障害慰謝料 二九〇万〇〇〇〇円

当事者間に争いがない。

(10)  寄与度減額の可否について

前記(6)アにおいて認定したとおり、原告X2は、三女を出産したため、通院を中断せざるを得なかったものであり、リハビリを十分行うことができず、左足関節を動かす機会がなかったことによって、廃用性の拘縮が生じたものということができる(乙九)から、その限りにおいては、原告X2の出産が後遺障害に影響したことは否定することができない。

しかしながら、原告X2は、本件事故当時、既に妊娠していたのであり、このこと自体は、疾患に当たらないことは勿論、いわば一時的な生理的現象とでもいうべきものであるから、出産の時期とリハビリに努めるべき時期とが偶然重なったことをもって、原告X2の後遺障害に関する損害について寄与度減額の理由とすることはできないというべきである。したがって、この点に関する被告の主張は理由がない。

(11)  弁護士費用 一七〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容、本件訴訟の経緯、後記四(3)イの損害の填補後の残額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、一七〇万円とするのが相当である。

(12)  小括 一七七八万四六七二円

前記(1)ないし(11)によれば、損害額は、一七七八万四六七二円となる。

三  まとめ

前記一及び前記二によれば、原告X1の損害額は三〇二二万〇一一〇円、原告X2の損害額は三〇二二万〇一一〇円及び一七七八万四六七二円の合計四八〇〇万四七八二円となる。

四  損害の填補

(1)  原告らは、任意保険及び自賠責保険から支払われた金員全額につき、民法四九一条の法定充当により、まずこれを既発生の遅延損害金に充当すべきであると主張し、これに対し、被告は、交通事故から生じた損害全体を対象として填補がされる性質のものであるから、損害賠償債務の元本に充当されるべきであると主張する。

ところで、任意保険(ここでは対人賠償保険を指す。)にせよ自賠責保険にせよ、いずれも被保険者が第三者に対し損害賠償債務を負担することによって被る損害を保険者(保険会社)が填補する責任保険であり、保険会社としては、保険契約又は政令で定められた保険金額の限度で保険金を支払う義務を負うところ、被保険者が第三者に対して負担する損害賠償債務の内容は、第三者との関係で定まるものであるから、これに遅延損害金が含まれるのであれば、任意保険金であれ自賠責保険金であれ、既発生の遅延損害金債務に充当されることになると考えられる。したがって、被害者に支払われた任意保険金及び自賠責保険金は、損害賠償債務の元本に充当する旨の明示又は黙示の合意がない限り、民法四九一により、まず既発生の遅延損害金に充当され、その残額が元本に充当されるものと解するのが相当である(東京地裁平成一五年六月二六日判決・判例時報一八二八号五〇頁参照)。

そこで、これを本件についてみると、任意保険会社から支払われた合計一五二万五五七五円についても、また、自賠責保険会社から支払われた合計二六六四万九四五〇円についても、損害賠償債務の元本に充当する旨の明示又は黙示の合意があったことを認めるに足りる証拠はないから、いずれも民法四九一条の法定充当によるべきものということになる。

(2)  原告X1について

ア 前記第二の一(5)ア(ア)の法定充当後の残額

3022万0110+3022万0110×0.05÷365×65-50万0000=2998万9193(小数点以下切捨て)

イ 前記第二の一(5)ア(イ)の法定充当後の残額

2998万9193+2998万9193×0.05÷365×4-25万0000=2975万5625(小数点以下切捨て)

ウ 前記第二の一(5)ア(ウ)の法定充当後の残額

2975万5625+2975万5625×0.05÷365×303-1220万4725=1878万5962(小数点以下切捨て)

(3)  原告X2について

総損害額は、前記三のとおり、四八〇〇万四七八二円であるが、亡Aの死亡による損害(三〇二二万〇一一〇円)と原告X2の受傷による損害(一七七八万四六七二円)とは、訴訟物を異にするから、法定充当による残額の算定に当たっては、支払われた金員がいずれの損害に対するものであるかを区別するのが相当である。

ア 亡Aの死亡による損害に関する法定充当後の残額

前記(2)と同様、法定充当後の残額は、一八七八万五九六二円となる。

イ 原告X2の受傷による損害に関する法定充当後の残額

(ア) 前記第二の一(5)イ(ア)の法定充当後の残額

1778万4672+1778万4672×0.05÷365×133〔平成13年7月26日から同年12月5日まで〕-2万5575=1808万3119(小数点以下切捨て)

(イ) 前記第二の一(5)イ(イ)の法定充当後の残額

1808万3119+1778万4672×0.05÷365×376〔平成13年12月6日から平成14年12月16日まで〕-224万0000=1675万9151(小数点以下切捨て)

ウ 小計

前記ア及びイによれば、損害残額は、三五五四万五一一三円となる。

五  結論

以上の次第で、原告X1の本訴請求は、一八七八万五九六二円及びこれに対する自賠責保険金の支払日の翌日である平成一四年八月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告X2の本訴請求は、三五五四万五一一三円及び内一八七八万五九六二円に対しては自賠責保険金の支払日の翌日である平成一四年八月二日から、内一六七五万九一五一円に対しては自賠責保険金の支払日である同年一二月一七日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるから、これらを認容し、その余の請求は理由がないから、これらを棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 森剛)

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