大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成14年(ワ)28216号 判決 2005年9月30日

東京都●●●

原告

●●●

上記訴訟代理人弁護士

佐々木幸孝

木村雅一

名古屋市中区栄三丁目7番29号

被告

岡地株式会社

上記代表者代表取締役

●●●

上記訴訟代理人弁護士

●●●

主文

1  被告は,原告に対し,1578万円及びこれに対する平成12年1月19日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は10分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告に対し,金2240万円及びこれに対する平成12年1月19日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項に限り仮執行宣言

第2

1  事案の概要

本件は,商品取引員である被告に対し商品先物取引を委託した原告が,その取引の勧誘方法には被告の従業員らの断定的判断の提供,説明義務違反等の違法事由があり,また,取引内容自体も事実上の一任売買,無意味な反復売買,仕切り拒否などの違法事由があり,そのために委託証拠金並びに差損金弁済額相当の損害及び弁護士費用相当の損害を被ったとして,被告に対し,民法415条又は715条1項に基づき,損害賠償請求した事案である(附帯請求である遅延損害金の起算日は最終取引日である。)。

2  前提事実(証拠により認定した事実は各項末尾括弧内に認定に供した証拠を摘示し,その記載のない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)ア  原告は,昭和●●●年●●●月●●●日生まれの男性であり,高校卒業後●●●勤務等を経た後,平成●●●年ころから,コンビニエンスストアを経営している(原告の学歴,経歴及び現職開始時期については甲1及び原告本人。その余の事実については当事者間に争いがない)。

イ  被告は,東京工業品取引所(貴金属・ゴム外)及び東京穀物商品取引所(農産物・砂糖)等において各上場商品の取引員資格を有する商品先物取引受託を主たる業とする株式会社である。

(2)  被告の外務員であった●●●(以下「●●●」という。)は,平成10年8月27日ころ,原告に架電し,「投資のことをお考えではないですか,一度,お目にかかりたい」等と申し向けて貴金属先物取引の勧誘をし,その際,白金相場の話をした。

●●●は,翌28日,原告方を訪問し,原告に対し,商品先物取引の仕組みなどについてレポート用紙に書いて説明し,次いで,レポート用紙に波形の線を書き,「値段はこういう風に動きます。底と天井があり,底に買い,天井で売れば儲かり,どこが底,天井かわかれば必ず儲かるが,しかし,底と天井は誰にもわからない。しかし,底と天井の中間ならわかりますのでアドバイスできます。」との趣旨の説明をした。さらに●●●は原告に対して証拠金の「倍率」の話をし,「商品先物取引 委託のガイド」と題する書類及び「商品先物取引 委託のガイド(別冊)」と題する書類(乙8の1及び2,以下これらを併せて「本件委託ガイド」という。)を原告に提示した。

(3)  原告は,被告に対し,平成10年8月28日,委託証拠金として135万円を振込送金し,同日,被告との間で商品先物取引委託契約を締結し,同日から平成12年1月19日までの間,被告を通じて,別紙建玉分析表のとおり,商品先物取引(以下「本件各取引」という。)を行った。

そして,本件各取引のうち,★印の付された取引が直し,◆印の付された取引が途転,■印の付された取引が日計り,●印の付された取引が両建,▲印の付された取引が不抜けに当たる取引である。

(4)  原告は,被告に対し,多数回にわたって委託証拠金を預託し,本件各取引の差益金が委託証拠金に組み入れられ,逆に,委託証拠金が差損金に切り替えられ,本件各取引終了日である平成12年1月19日現在,原告の被告に対する委託証拠金の預託額及び差損金弁済額は合計2040万円であった。

また,本件各取引により,2059万6353円の差引損額(売買損失額及び手数料額の合計額)が生じた。

3  争点

(1)  本訴の争点は,第一に本件各取引に違法性が認められるか否かであり,具体的には,①本件各取引の勧誘について適合性が認められるか,②勧誘段階において断定的判断の提供があったか,③説明義務違反があったか,④本件各取引が一任売買の禁止に実質的に違反するか,⑤未経験委託者に対する義務違反があったか,⑥過大な建玉を建てたか,⑦違法な両建勧誘の禁止違反があったか,⑧無意味な反復売買があったか,⑨仕切り拒否の各違法が認められるかである。

(2)  本件各取引について違法性が認められた場合には,①原告が被った損害額はいくらか,また②過失相殺が認められるかが争点になる。

4  争点に対する当事者の主張

以上の各争点についての当事者の主張の要旨は,以下のとおりである。

(1)  争点(1)①(適合性違反)について

ア 原告

(ア) 原告は,地元の高校を卒業後,自動車関連会社の●●●を2年間経験した後,●●●で主に人事担当として5年間勤務した後,妻の実家の酒屋の経営を手伝っていた。現在経営しているコンビニエンスストアは,その酒屋を模様替えしたものであり,原告は,夫婦で休むまもなくコンビニエンスストアの経営にあたっていた。

(イ) 原告は転換社債を100万円程購入したことがあるほか,本件各取引以外に投資経験は一切ない。

(ウ) このように,原告には,商品先物取引ができるような経験や知識もなく,時間的に商品先物取引の情報を得る状況にもなく,商品先物取引を開始する適合性がなかったことは明らかである。

イ 被告

(ア) 原告は,株式,転換社債及び投資信託などの相場取引経験を有しており,相場変動の如何によっては損失を被る危険性を認識していた。また,原告は,被告の登録外務員であった●●●に対し,平成10年8月18日の面談においても,値動グラフの見方や変動要因について株式の場合と比較しつつ質問するなどしていた。

(イ) 原告は●●●に200坪以上の5階建マンションビルを所有し,同ビル1階でコンビニエンスストアを経営し,同ビル2階以上でマンション経営を営む事業家であって,普段から有利な各種投資情報に関心を有し,学習していた。

(2)  争点(1)②(断定的判断の提供)について

ア 原告

(ア) ●●●は,原告に対し,平成10年8月中旬ころ,電話で商品先物取引の勧誘をし,「絶対に儲かります」と説明した。

(イ) ●●●は,原告に対し,同月27日に原告宅を訪問した際,データやグラフを見せながら,「産出国が値をつり上げてきたが,経済状況が苦しいので」などと説明した上,「これから必ず値下がりするから,いま売りを建てておけば必ず儲かります。」と言った。また,●●●は,「どの店とはお教えできませんが,●●●の駅前の某大手チェーンのオーナーさんにも任せていただいて,2億を超える利益を出していらっしゃいます。」とも言い,原告が商品先物取引をする時間的余裕がなくても●●●に任せさえすれば必ず利益を上げられるかのような説明をした。そして,●●●は,原告に対し,レポート用紙に波線の線を書きながら,「値段には底と天井があり,どこが底でどこが天井かは誰にもわからないが,相場が転換したかどうかは分かるので,その前後で売買すれば必ず利益を出せます。」と,いかにも簡単に商品先物取引で利益が得られるような説明をした。

イ 被告

●●●は原告に対し「絶対儲かります」などと説明したことはなく,また,後記(3)イでも主張するように,商品先物取引のリスクについて説明した。

(3)  争点(1)③(説明義務違反)について

ア 原告

(ア) 商品先物取引は極めて専門的かつ複雑で高度な投機性を有する取引であるから,被告が原告に対して有する注意義務及び危険開示義務の内容と程度は,かかる危険性を踏まえて判断すべきである。

(イ) ●●●は,原告に対し,「商品先物取引はどうして儲かるかというと,少ない証拠金で儲けが大きくなるからだ」などと儲けを強調し,少しの変動でも大きく損をするという点の説明をしなかった。そして,原告に対し,本件委託ガイド及び商品先物取引の危険性を了知した上で商品先物取引所の定める受託契約準則に従って自己の判断と責任において取引を行なうことを承諾したなどの記載がある約諾書及びこれと一体となった通知書(乙1,以下「本件約諾書」という。)の内容について全く説明せず,上記書類を吟味しようとした原告に対し,「これは形式的なものだから,受け取ったということでこちらに署名してください。」と言って,原告が読まないうちに本件約諾書と思われる書類を出し,原告にサインをさせた。

イ 被告

●●●は,原告と面談した際,本件委託ガイドを開きながらその内容を説明し,その際,相場逆行による損失発生時の対応について,本件委託ガイドの該当ページを示しながら説明し,原告もこれに関心を寄せていた。

また,●●●は,原告に対し,金,銀及び白金の場合の値動き幅に応じた利益や損失(倍率)計算,手数料額,証拠金額などについて,レポート用紙に書きながら説明し,原告もこれに対して質問するなどしていた。

(4)  争点(1)④(実質的な一任売買の禁止違反)について

ア 原告

(ア) 被告の営業担当者は,原告が,再三,取引をする際には必ず取引の前後に連絡を欲しい旨要請していたにもかかわらず,初回の平成10年8月28日の白金の取引を始めとして,本件各取引の大半を事前連絡なしに行い,事後連絡さえないことも多かった。●●●から原告に午前9時前に電話がかかってきたのは,週に1,2度程度である。また,平成11年に入ってからは,事後連絡すらなくなり1ヶ月に1回程度であった。

(イ) 原告が残高照合回答書と題する書面(乙14の1ないし11,以下「残高照合回答書」という。)に「(1)通知書のとおり相違ありません。」に丸印を付した上で返送したのは,返送しなければ取引継続できないと言われたからである。また,被告管理部の問い合わせに対し苦情を言わなかったのも,苦情を言えば取引継続できなくなると言われたからである。

(ウ) 以上のとおり,原告は被告に対して一任売買を委託したことはないが,実際の売買は被告の担当社員が原告の意向によらないで売買を行っていたのだから,実質的に一任売買と異ならない違法性があるというべきである。

イ 被告

(ア) ●●●及び平成11年4月1日以降原告を担当した●●●(以下「●●●」という。)は,毎日午前9時前に原告に電話連絡をし,当日の値動きの分析をし,原告は●●●との会話の中で売買判断を煮詰めていき,売買の具体的方針をその朝の電話で確認し,又はその後の電話で売買注文を伝えていた。そして,原告との打ち合わせに従って売買注文を執行し,その売買が成立すると直ちに電話で成立値段を伝え,その後の見通しや決算のタイミングについても付け加えていた。

また,●●●及び●●●(以下「●●●」という。),後には●●●は,毎月1回以上の割合で原告事務所を訪問して取引内容を確認し,今後の方針を確認していた。

(イ) 原告は,平成10年10月5日に被告管理部に所属していた●●●(以下「●●●」という。)が原告に電話した際も,取引内容について間違いなく担当外務員はしっかり連絡をくれると答えるなど,売買内容について異議を述べることなくこれを承認していた。

(ウ) 被告は原告に対して本件各取引が成立する毎に売買内容及び結果について記載した売買報告書と題する書面(乙7の1ないし151,以下「売買報告書」という。)を郵送し,毎月末の取引状況を記載した「残高照合通知書」と題する書面(乙13の1ないし56,以下「残高照合通知書」という。)を郵送し,原告はその内容を確認の上同封の残高照合回答書に内容に相違ない旨記載し,返送していた。

(エ) 平成10年10月7日以降,原告方に証拠金等不足額請求書と題する書面(乙10の1ないし217,以下「証拠金等不足額請求書」という。)が頻繁に郵送され,原告はその記載内容により取引状況を客観的に判断していた。

(オ) 以上の事実から,本件各取引は全て原告の指示によったことが明らかである。

(5)  争点(1)⑤(未経験委託者に対する義務違反)について

ア 原告

原告は,被告の社内規則である受託業務管理規則(乙15,以下「本件受託業務管理規則」という。)8条1項及び2項に定めるところの未経験委託者に当たり,同条3項によれば,未経験委託者は,取引開始後3ヶ月間の習熟期間内の建玉制限枚数を原則として50枚以内の範囲と定められている。しかるに,原告は,取引開始3日後である平成10年8月31日には合計100枚の建玉をし,同年9月11日時点では合計279枚の建玉をしていた。

イ 被告

原告の主張については争う。

(6)  争点(1)⑥(過大な建玉)について

ア 原告

原告は,取引開始3日後の平成10年8月31日には100枚,わずか19日目の9月16日には299枚の建玉をしており,原告はこれらの取引のリスクを理解しておらず被告だけが理解しており,被告は原告の意に反して過大建玉の誘導をしたというべきである。

イ 被告

原告の主張については争う。原告がこれらの取引について理解しておらず被告だけが理解しており,被告が原告の意に反して過大建玉の誘導をしたなどという事実はない。

(7)  争点(1)⑦(両建勧誘の禁止違反)について

ア 原告

被告は,原告の無知に乗じて,白金及びパラジウムの取引において繰り返し商品取引所法施行規則46条11号で禁止されている両建を勧誘し,証拠金名下に金銭を預託させ,その証拠金を使って原告の取引を次々拡大させ,その結果多大な手数料収入を得たものであり,明らかに被告の手数料収入目的で原告の取引を過大・過当に導いたものである。

イ 被告

原告の売買の結果,被告の手数料が増えた事実は認めるが,原告主張に係る取引について,被告が手数料収入を得るだけの目的で原告の取引を過大・過当に導いたとの主張は,否認する。原告は,両建のメリット・デメリットを学習し,損失決済や追証預託との比較を考えながら選択を行っていたと考えられ,外務員の勧誘に盲従したのではない。

(8)  争点(1)⑧(無意味な反復売買)について

ア 原告

(ア) 直しとは,例えば買い玉を持っている者がいったんその玉を仕切り,続けてまた同じく買い玉を建てることをいい,業者は,利益の出ている方の玉を一旦仕切ってその利益を顕在化させた後,その利益分でさらに玉を買い増しして同じ玉に乗せて建てる利乗せ満玉を主導的に繰り返すことで,手数料収入を増加させる。本件各取引のうち,直しにあたる取引は,別紙建玉分析表の★印の付された取引である。

途転とは,それまで持っていた玉を仕切り,同一日内に反対の玉を建てることをいい,本件各取引のうち,途転にあたる取引は,別紙建玉分析表の◆印の付された取引である。

日計りとは,一日の内に新たな建玉をして,それを仕切ることをいい,本件各取引のうち,日計りにあたる取引は,別紙建玉分析表の■印の付された取引である。

不抜けとは,売買では利益であるが手数料を払ったら損をするような取引をいい,本件各取引のうち,不抜けにあたる取引は,別紙建玉分析表の▲印の付された取引である。

被告がこれらの特定売買をもっぱら手数料稼ぎの目的で行ったことは,本件各取引における特定売買比率が,パラジウムで49.4パーセント,白金で25.5パーセント,金で38.7パーセント,そのほかの東穀大豆,ゴム,コーン,小豆,ガソリン,灯油は全て50パーセント以上と,極めて高い数字となっていることからも明らかである。

また,損金に対する手数料率の割合が,パラジウム76.32パーセント,白金50.01パーセント,金128パーセント,大豆207パーセント,ゴム84.78パーセント,コーン75.29パーセント,小豆130パーセント,ガソリン50.62パーセントであり,全商品の損失合計に対する手数料の割合が,63.67パーセントと,きわめて高率となっていることからも裏付けられている。

(イ) 一例を挙げれば,平成10年9月3日から4日にかけての金の取引については,途転,日計り及び直しに該当する取引があり,これらはいずれも専ら手数料稼ぎ目的である。

(ウ) また,平成11年4月5日の東工ゴムの取引については,日計り及び途転があり,これらはいずれも手数料稼ぎ目的である。

(エ) さらに,被告は,取引対象の商品を9品目にも増やすことで,商品先物取引について知識経験のない原告を引き回し,被告に依存せざるを得なくなる状況に追い込んだ。取引経験のない原告にこのような多品目の商品先物取引を行わせること自体違法というほかない。

イ 被告

(ア) 直し,途転,日計り並びに不抜けの定義について認め,別紙建玉分析表の記載の内容については認めるが,それらの危険性等の評価について争う。

これらの特定売買は全て合理的な理由に基づいて行われたものであり,手数料稼ぎの目的ではない。

(イ) 平成10年9月4日の金の売買については,同日午前中に金が1207円に下落後に1221円に反発したことから,相場上昇前に売建玉を決済する方がよいとの判断に至ったからである。この決済により手数料を加算するとマイナスになるが,この決済は上記のとおりあくまで相場対応におけるタイミングの問題である。また,上記売り建玉の決済と共に新規買い玉を建てたのは,金相場の値上がり予想に基づく対応として,相場変動の波に呼応して売買のポジションを変化させて利益をねらったためである。そして,同日午後に同日午前の買い建玉を決済したのは,相場急騰後の反動を考慮し,上値が重いと判断したからである。また,この際.新たに売り建玉を建てたのは,相場変動に即応したものであり,その後,同日中にこれを決済したのは,大引けにかけて値をあげたからであり,金相場の反落により,新たに売り玉を建てて下落相場での利益獲得をねらったものである。

(9)  争点(1)⑨(仕切り拒否)について

ア 原告

原告は,被告に対し,平成10年9月末以降,再三取引の手仕舞いを要求したが,被告社員は,これを取り合わず本件各取引を継続させた。そして,強く追加証拠金を求めたため,原告はやむなく少しずつ証拠金の追加を渡していった。

イ 被告

本件各取引は終始原告の意思に基づいて行われた。●●●は,原告と電話連絡を取りその日の相場予測や売買対応を相談し,チャートや建玉分析表をファックスするなどしていたが,原告から本件各取引につき何らの異議や苦情も示されなかった。

(10)  争点(2)①(損害)

ア 原告

本件各取引を通じて原告が被告に対して委託証拠金ないし差損金支払名下に支払った金額は合計2040万円である。

また,原告は,本件提訴をなすにあたり,原告代理人弁護士との間に弁護士報酬規定に則った報酬契約を締結し,このうち損害金額の約1割に相当する200万円については,被告の不法行為又は債務不履行に因果関係を有する損害に当たる。

イ 被告

原告の主張は争う。

(11)  争点(2)②(過失相殺)

ア 被告

原告は,相場取引にかねてから関心をもち,自発的に本件各取引を開始したものである。

原告が本件各取引によって利益を得る可能性は存在したし,原告は本件各取引自体をいつでも自ら精算することができたのだから,損失発生については原告自身の行為や判断が原因していることは明らかである。

イ 原告

原告が本件各取引を始めたのは,沿線の経営者を無差別に勧誘してまわっていた●●●による不招請勧誘の結果であり,本件各取引の開始に至る経緯について原告の過失はない。

また,取引において自己責任が肯定されるのは,情報交渉力において格段優位な地位にある事業者から情報が提供されて,顧客が自己の判断を行えた場合に限られる。本件各取引においては,原告は当初の勧誘段階でむしろ誤った情報を提供されたのであるから,被告が原告に対して自己責任を求めることはできない。

そして,本件各取引全体が原告の自発的な意思に基づいて行われたものではないから,原告に対する過失相殺は認められるべきでない。

第4争点に対する判断

1  各争点の判断に先立ち,本件各取引の経過についてまず判断するに,前記第2・2記載の事実に,証拠(甲1ないし5(但し枝番を含む。),乙1ないし10(但し枝番を含む。),13ないし15(但し枝番を含む。),23の1及び2,25,26,証人●●●,証人●●●及び原告本人)を総合すれば,以下の事実を認めることができ,甲第1号証,第5号証,乙第20号証ないし第22号証,証人●●●,証人●●●及び原告本人のうちこの認定に反する部分は措信し難く,他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告は,昭和●●●年●●●月●●●日生まれの男性であり,高校卒業後,自動車関連会社の●●●,運送会社のトラック運転手,●●●などに勤務した後,平成5年ころから妻の実家の酒屋の手伝いをするようになり,平成8年ころからは,この酒屋を業態変更したコンビニエンスストアの店長を勤めるようになった。

原告は,被告から本件各取引の勧誘を受ける以前,転換社債を約100万円分購入したことがあったけれども,商品先物取引の経験はなく,原告に商品先物取引の経験がないことについては被告も認識していた。

(2)  ●●●,●●●,●●●及び●●●(以下「●●●」という。)は,平成10年8月28日当時,いずれも被告の社員であり,●●●は,被告の登録外務員として平成10年8月ころから同年10月すぎまで原告を担当していたが,同月ころ,●●●の上司である被告横浜支店の課長であった●●●が●●●に代わって原告の担当をするようになった。●●●は被告の横浜支店の次長であり,●●●は,●●●の後任として,平成11年4月に被告横浜支店の次長に就任し,その後被告横浜支店長に就任した。

(3)  被告は,日本商品先物取引協会から,平成15年5月28日付けで,制裁規程第9条2項に基づき,過怠金300万円の制裁を受けたが,その制裁の理由は,「委託者の財産に照らして過大な取引を受託していたこと及びその取引において委託証拠金が不足する状態を解消しないまま取引を継続していたことが認められること並びにこれらの行為によって結果的に不足資金を商品先物市場に流入せしめ,商品取引受託業の信用を著しく失墜せしめたと認められること」であった(甲3,以下「本件制裁に係る公示」という。)。

(4)  ●●●は,原告に対し,平成10年8月中旬ころ,電話で商品先物取引の勧誘をし,同月27日,原告の経営するコンビニエンスストアの事務所(以下「原告事務所」という。)を原告の同意を得て訪問し,原告に対し,貴金属商品の取引パンフレット及び穀物商品取引のパンフレットを手渡し,白金の値動き予想などについての説明をして,商品先物取引の勧誘をした。

●●●は,原告に対し,レポート用紙にグラフや計算を記入して見せながら,経済情勢などを踏まえた相場の変動,商品の値段などについて説明した。また,商品先物取引では下落しているときもチャンスであること及び投下資金に比べて利幅が大きくなることを説明した。また,相場の上がり下がりの見極めに関する説明,いわゆる鞘取りに類する取引方法の説明をした。

原告は,当初躊躇していたものの,●●●の説明を聞いて商品先物取引委託契約を締結することにした。そして,原告は,本件約諾書に署名押印した。

また,●●●は,原告に対し,同日面談の際,●●●が説明の際に作成したレポート用紙のメモ書き及び本件委託ガイド(乙8の1及び2)を交付した。

また,原告は,被告が用意したアンケート用紙(乙23の1及び2,以下「本件アンケート」という。)に,予定している投機準備資金額について「イ.300万円以下」,本件委託ガイドについて「イ.内容を理解している」,取引の経過によっては損失となる危険性もあるところ取り引きしている商品について損益計算ができるかどうかについて「イ.できる」,追証拠金の制度の理解について「イ.理解している」などにそれぞれ丸印を付して署名押印して,●●●に交付した(なお,●●●は,同人作成に係る陳述書(乙22)において,原告が●●●に対して平成10年8月18日午後7時ころに原告事務所に来るように言ったので,そのころ訪問し,3時間近くにわたって様々な商品についての先物取引の説明をし,その後何度かの電話でのやりとりを経て同月27日に契約書を交わした旨記載しているけれども,その証人尋問の際には,同日より前に商品先物取引の説明に行ったことはない旨明確に証言していることから,上記記載に係る事実を採用することはできない。)。

(5)  原告は,被告に対し,委託証拠金として,平成10年8月28日に135万円を支払った。また,同日午前9時26分,白金30枚の売り注文が執行された。原告は,同日午後に●●●,●●●及び●●●と面談した結果,同月31日に白金70枚の追加取引をすることを合意した。

そして,原告は,被告に対し,委託証拠金として,同月31日に315万円を支払い,同日午前9時12分,白金70枚の売り玉を建てた。

また,原告は,被告に対し,同年9月1日,委託証拠金として135万円を支払い,同日午前9時12分,白金30枚の売り玉を建てた。

さらに,原告は,被告に対し,同月3日,委託証拠金として120万円を支払い,同日午前9時23分に10枚,午後2時37分に10枚の計20枚の金の売り玉を建てた。

その後,別紙建玉分析表のとおり注文が執行された。

原告は,被告に対し,同年9月9日に350万円,同月17日に150万円,同年10月5日に50万円,同月19日に300万円,同年11月9日に100万円,同月16日に45万円,平成11年1月27日に50万円,同年2月2日に30万円,同月16日に30万円,同月19日に30万円,同月26日に50万円,平成11年3月5日に30万円,同年4月7日に30万円,同月21日に10万円,同年6月1日に10万円,同月14日に10万円,同月18日に50万円,同年7月6日に10万円を,委託証拠金として支払った。

原告は,平成10年10月7日に追証が発生し,以後,平成11年10月29日までの間,被告から原告に頻繁に証拠金等不足額請求書が郵送されるようになった(乙10の1ないし217)。そして,追証状態の間,原告の名義で,別紙建玉分析表のとおり,複数回新規建玉がなされた。

さらに,原告は,平成10年11月29日,委託本証拠金の預託に関する申出書と題する書面(乙2,以下「本件証拠金預託申出書」という。)を記入して署名押印し,被告に差し入れた。本件証拠金預託申出書には,委託本証拠金の預託の時期について,取引が成立した日の翌営業日正午までとするよう申し出る記載のほか,受託契約準則(乙9,以下「本件受託契約準則」という。)についての理解,本件委託ガイドの内容,商品先物取引の危険性についてはいずれも「よく理解している」に丸印が付されていた。

(6)  被告においては,本件受託業務管理規則により,商品先物取引の経験がない未経験委託者の場合には取引開始後3ヶ月間の習熟期間を設け,習熟期間中の建玉枚数を50枚以内に制限し,委託者から制限枠を超える建玉の要請があった場合等には,委託者本人自筆による申出書の提出を受けた場合に上記建玉制限を緩和できること,申出書により当該地区のブロック長又は母店長及び管理部長が審査を行い,その適否の判断及び当該委託者に見合った建玉制限を設けることとされていた。

原告は,同年9月7日,取引枚数を400枚まで増やしたい旨を記載した申出書(乙3,以下「本件申出書①」という。)を作成し,これに署名押印して被告に差し入れた。そして,原告は,同年10月1日にも,取引内容などを熟知してきたので資金量を3000万円まで増額し,取引枚数を500枚まで増やしたい旨の申出書(乙4,以下「本件申出書②」という。)を作成し,これに署名押印して被告に差し入れた。

(7)  被告においては,原告に対し,本件各取引が成立する毎に,売買報告書を送付し,原告はこれを受領していた。

(8)  被告においては,本件受託契約準則第20条に基づき,現在の建玉内容などの確認及び返還可能額について回答を得るために,毎月1回,原告に対して残高照合通知書(乙13の1ないし56)を送付していた。残高照合通知書には,返信用葉書の残高照合回答書(乙14の1ないし11)が同封されていた。

原告は,被告との間で商品先物取引委託契約を締結してから平成11年5月13日ころまでは,残高照合回答書の「1.通知書事項について・・①通知書のとおり相違ありません。」の項目に丸印を付して返送又は交付していた。

(9)  また,被告は,原告に対し,隔週で「オカチホットライン」(乙19の1ないし7),月毎に「オカチホットライン・マンスリーレポート」(乙18)などの定期刊行紙を郵送するほか,原告の要請により,各種資料(乙16)をファックス送信していた。

(10)  原告は,平成10年9月3日,被告管理部に所属していた●●●(以下「●●●」という。)と面談したが,●●●に対して格別不満などを述べることはなかった。

また,原告は,同年10月5日には●●●と電話したところ,●●●作成に係る「新規委託者に係る精査表(・・2回・・)」と題する書面(乙26)の「面談内容及び備考」の項目には,「現在の建玉確認,今車で移動中につき,簡単にお願いしたいとのことで,担当者の対応等について尋ねると,連絡をしっかりくれる,別に問題はありませんと。又,とくに要望,質問もないとのこと。・・」との記載がある。

その後,本件各取引を終了するまでの間,原告が被告管理部に対して取引内容などについて抗議などをしたことはなかった。

(11)  原告は,被告管理部に対し,平成12年3月29日,苦情申立ての電話をし,このままわずかの残金を返金して終わりというのは納得いかないと言った。

そこで,被告管理部の社員及び●●●は,原告と同月30日面談して,原告に対し,今まで原告から異議申立てがなかったので原告自身の判断で売買していたものと理解していた旨伝えたところ,原告は,本件各取引の全部が原告の指示によるものではないと主張した。

その後,原告と被告管理部とは何回か面談したものの,話し合いは決着がつかなかった。

2  以上を前提に,まず本件各取引の違法性に関する各争点について検討する。

(1)  争点(1)①(適合性違反)について

原告は,原告には商品先物取引ができるような経験や知識もなく,時間的に商品先物取引の情報を得る状況にもなく,商品先物取引を開始する適合性がなかったとして,かかる原告を勧誘した行為の違法性を主張している。

商品先物取引は,委託証拠金の数倍の取引が可能であり多額の利益を得ることが可能である反面,委託者が現実に負担困難であるほど損失が多額になる可能性もあり,その投機性は高いものであるから,こうした危険性から投資家を保護する必要性は高いというべきである。これは,被告が,本件受託業務管理規則の第3条において,一定の要件に該当する者を不適格者及び不適格者に準ずる者とし,これらの者に対しては商品先物取引の勧誘及び受託を行なわないこととしていること(乙15)によっても裏付けられる。

もっとも,商品先物取引それ自体は,委託者の自己責任に委ねられるべき経済取引であるから,取引員に対し,商品先物取引を勧誘すること自体を広範囲にわたって禁じる注意義務を広く課すことは相当でない。

そこで,取引員の勧誘方法,態様が,委託者の財産状態及び投資経験に照らして社会通念上著しく不適合であり,そのために委託者が損害を被った場合に限り,その勧誘行為及びそれに引き続く取引が私法上違法と評価されるものと解される。

これを本件について検討するに,先に認定したとおり,原告は,被告との間で商品先物取引委託契約を締結した当時34歳でありコンビニエンスストアの経営者であること,本件各取引をする以前に転換社債を100万円程度購入したことがあることから,相当の社会経験を有する者というべきである。

原告は,転換社債のリスクについて,転換社債自体の相場の変動,会社の倒産であるなどと理解しており(原告本人)相場取引一般について全くなじみがない者とは思われないし,原告は,被告との間で商品先物取引委託契約を締結した当時,約2000万円の預金を有し(原告本人),相応の資金を有していたことも認められる。

そうすると,原告は本件各取引以外に商品先物取引の経験がないこと,原告は商品先物取引委託契約を締結する際に本件アンケートに予定投機準備資金額について「イ.300万円以下」と比較的小さな額を記入していることを考慮してもなお,商品先物取引を勧誘することが不法行為を構成する程度の違法性があるとまでは認め難い。

(2)  争点(1)②(断定的判断の提供)について

原告は,●●●が原告に対して「絶対儲かります。」と説明し,原告事務所を平成10年8月27日に訪問した際,「これから必ず値下がりするからいま売りを建てておけば必ず儲かります。」,「相場が転換したかどうかは分かるから,その前後で売買すれば必ず利益を出せます。」などと説明したと主張し,原告本人作成に係る陳述書(甲1)の記載及び原告本人の当裁判所における供述もこれに沿うものである。

一方,被告は,●●●が絶対儲かりますなど説明したことはなく,商品先物取引のリスクについても十分説明したと主張し,●●●も,原告に対し,勧誘の際,本件委託ガイドを開いて相場予想が逆に行った場合の対応について説明した,原告から相場が下がったときや思惑が外れたときの対応方法について聞かれた記憶がある,平成10年8月31日ころ白金取引について原告と話し合った際,もっと儲けようとの趣旨の発書をする原告に対して損失が生じるリスクも当然ある旨告げたなどと証言し,被告の主張に沿う証言をしている。

この点,前記認定事実及び証拠(乙14の1及び2並びに23の1)を総合すれば,原告は,本件アンケートに,取引経過によっては利益を得ることのほか,逆に損失となる危険性もあり,取引商品について損益計算ができるかとの問いに対して自ら「イ.できる」に丸印をつけたこと,本件各取引が成立する毎に売買報告書を受領し,平成10年10月7日ころには初めて証拠金等不足額請求書を受領したにもかかわらず同月8日及び同年11月9日に残高照合回答書の「通知書のとおり相違ありません。」の項目に丸印を付していること,原告は同年11月29日に作成した本件証拠金預託申出書の中の商品先物取引の危険性についての項目で「よく理解している」に丸印を付したことなどの事実が認められるところ,これらの事実は原告の上記供述内容とそぐわず,原告が商品先物取引の危険性について相当程度認識していたことを窺わせる。

以上によれば,原告作成に係る陳述書及び原告本人尋問の結果中,前記原告の主張に沿う部分は採用し難く,原告主張の断定的判断の提供の事実は認め難い。

(3)  争点(1)③(説明義務違反)について

ア 前記のとおり,商品先物取引は高度に専門的な知識経験を要する商取引であり,取引員と委託者,とりわけ新規の委託者との間には知識経験などの点で歴然とした差があり,委託者としては取引員の助言・勧誘を信頼して取引せざるを得ないことから,委託者を不測の多大な損害から守り,もって商品取引市場の健全な育成を図る見地から,取引員ひいてはその従業員は,信義則上,委託者に対し,委託者の職業,年齢,投資目的,投資経験などに応じて,委託者が商品先物取引の基本的な仕組みやその危険性を理解できるよう説明する義務を負うと解すべきである。

イ 本件においては,原告は,●●●が原告に対して少しの相場の変動で大きく損をすることを説明しなかったなどと主張し,上記事実をもって被告の説明義務違反を主張している。

この点,前記認定事実及び証拠(乙10の1ないし17並びに14の2及び3)を総合すれば,原告が初めて被告から証拠金不足請求を受けたのは平成10年10月7日であり,その後ほぼ連日,同月だけでも17通の証拠金等不足額請求書を受領したこと,同月8日ころ及び同年11月9日ころに残高照合回答書に現在の取引状況について通知書のとおり相違ない旨回答したことが認められる。

原告の主張を前提にして,原告が商品先物取引において多額の損害を被る可能性があることを知らなかったとすれば,証拠金等不足額請求書を受領した時点で即座に被告に対して抗議等をすると考えられるところ,上記原告の言動はいずれもこれとそぐわないものであり,原告は,商品先物取引委託契約を締結した当時,商品先物取引において多額の損害を被る可能性をある程度認識していたものと考えられる。

もっとも,この点,原告は,証拠金等不足額請求書の意味が分からなかったので電話をして内容を教えてもらった後に●●●に対して取引を終了したい旨申し出た旨供述するけれども,「証拠金等不足額請求書」という題名等その記載内容は比較的平易なものであり原告が少なくとも被告との取引が全体として損失を計上していることすらも理解できなかったとは考えにくいこと,原告は,初めて証拠金等不足額請求書を受領したときには非常にびっくりしたとも供述していることに照らせば,●●●に対して取引終了を申し出たとの原告の上記供述は採用し難い。

以上に加え,先に認定したとおり,原告は●●●から平成10年8月27日当時,本件委託ガイドなどのパンフレットを受領していると認められるところ,本件委託ガイドには商品先物取引の危険性や取引をするにあたっての注意点について複数箇所に詳細な説明が記載してあること(乙8の1),原告も「ざっと目を通した」こと自体はある旨認めていること(甲5),原告自身,その本人尋問において,●●●が商品取引の危険性について説明したことについて,●●●が思惑と反対のほうに動いて損が出るという話を「全くしなかったわけではないですけれども,」(原告本人)と一定限度においては認めていることも併せ考えるに,原告主張の説明義務違反の事実は認め難く,この点に関する原告の主張には理由がない。

なお,原告は,本人尋問においては,本件委託ガイドの中身を見たことはない旨供述するけれども,前記陳述書の記載と矛盾している上,原告は被告との商品先物取引委託契約を締結した動機を勉強のためである旨供述しているところ,かかる動機で始めておきながら本件各取引の間本件委託ガイドを1回も参照しなかったとは考えにくく,上記供述は採用し難く,この点に関する原告本人尋問の結果は,先の認定,判断を左右しない。

(4)  争点(1)④(実質的な一任売買)について

原告は,被告が初回の平成10年8月28日の白金の取引をはじめとして,本件各取引の大半を事前連絡なく行なった旨主張し,原告本人作成に係る陳述書(甲1)にも同趣旨の記載がある。

ア この点,初回の白金の取引については,先に認定したとおり,原告は,●●●と平成10年8月27日に面談した際,白金の取引について勧誘・説明を受けたこと,原告は同月31日に白金70枚の売り玉を建てたこと,同年9月1日に白金30枚の売り玉を建てたこと,同月3日に計20枚の売り玉を建てたこと,以上の注文については原,被告間の事前の合意に基づくものであること,原告は被告に対しこれらの注文を執行するに際し委託証拠金として計705万円をそれぞれ支払っていたことが認められる。原告の上記主張を前提にすれば,原告は,●●●と初めて会った日の翌日の初回の取引が事前承諾なく行なわれたにもかかわらずわずか7日間で上記のとおり多額の追加取引に応じたこととなり,被告といまだ付き合いの浅い委託者の行動にしては不自然な面が否めない。

イ(ア) また,先に認定したとおり,原告は平成10年10月7日から平成11年10月29日までの間ほぼ一貫して追証状態にあったところ,本件各取引のうち平成10年10月7日以降の取引については,別紙建玉分析表のとおり既存建玉を仕切る取引が相当数を占めていた。

そして,本件受託契約準則第14条1項及び2項等によれば,取引員は委託者が委託証拠金を所定の日時までに預託しないとき,あらかじめ委託者に通知した上で,当該委託を受けた取引の全部又は一部を当該委託者の計算において処分することができる(乙9)こととされることからすれば,被告が取引員のかかる処分権限に基づいて仕切った取引については,実質的な一任売買としての違法性は問題とならないと解される。

(イ) そして,その他の取引については,先に認定したとおり,原告は,同年9月3日に被告管理部所属であった●●●と面談した際,●●●に対して格別不満などを述べなかったこと,●●●が同年10月5日に作成した「新規委託者に係る精査表(・・2回・・)」と題する書面(乙26)には,「今車で移動中につき,簡単にお願いしたいとのことで,担当者の対応等について尋ねると,連絡をしっかりくれる,別に問題はありませんと。又,とくに要望,質問もないとのこと。・・」との記載があること,原告は残高照合回答書に残高照合通知書のとおり相違ない旨記載した上,これを被告に対して平成11年5月13日ころまで返送又は交付していたことが認められ,以上の事実を総合すれば,本件各取引のうち少なくとも平成11年5月ころまでの取引については,原告が取引内容に不満を持っていたことは窺えない。

また,先に認定した事実によれば,被告は原告に対して本件各取引の全てについて売買注文が成立する毎に売買報告書を郵送していたところ,原告がコンビニエンスストアの経営者という相当の社会的経験を積んだ人物であること等を考慮すれば,原告は,売買報告書の記載から,何の商品について何枚の売り玉又は建て玉を建てたかといった取引の概要についてはある程度理解可能であったと推認される。

そして,先に認定したとおり,原告は,被告管理部に対し,本件各取引が終了するまでの間,原告の意向に基づかない注文が執行されているなどの抗議をしなかったこと,原告が初めて被告管理部に対して納得がいかない旨抗議したのは,本件各取引が終了した約2ヶ月後に当たる平成12年3月29日で,同月30日,初めて,本件各取引の中に原告の指示によらないものがある旨主張したことが認められる。

以上の経緯及び上記のとおり平成11年5月頃からは既存建玉を仕切る取引が相当数を占めるようになったことに照らせば,原告が同年6月ころに無記入のまま返送した以外に残高照合回答書を返送していないこと,最後に証拠金を入金したのは平成11年7月6日でその金額は10万円と少額であること等を考慮しても,本件各取引の大半が原告の事前承諾なくして行われたとの原告の主張に係る事実は認め難いというべきである。

なお,原告は,原告本人尋問において,売買報告書の記載の内容を理解することができなかった等と供述する一方で,「取引の報告書・・が送られてきて初めて何が起こってたか分かるという状況だった」とも供述しており,原告がコンビニエンスストアの経営者であり相当の社会経験を有すると考えられることに照らせば,原告は売買報告書の記載の概要についてはある程度理解する能力を有していたと思われ,原告の上記供述を採用することはできない。

ウ 原告は,●●●に対して格別不満を述べなかったのは●●●の上司から適当に答えておくように言われたからである,残高照合回答書については,取引に納得していなかったから返送しなかったところ,4,5ヶ月分たまったころに,●●●から,返送しなければ管理がうるさくて売買できず今までの損が確定してしまうなどと強く言われて返信したなどと陳述書(甲5)に記載している。

しかしながら,証拠(乙14の4,7)によれば,原告は平成10年11月30日付け残高照会通知書及び平成11年2月26日付けの残高照合通知書に対する残高照合回答書についてはいずれも平成11年4月20日ころにまとめて交付していることが認められるけれども,証拠(乙14の1ないし3,5,6及び8ないし11)によれば,それ以外の残高照合回答書については残高照合通知書の日付けからみて配送後,遅滞なく返送していることが認められるところ,原告の上記供述はこれと矛盾する。

加えて,「管理がうるさくて売買できなくなると言われた」との上記原告陳述書の記載に係る事実を前提にすると,原告は管理部が注文の執行の適正について管理・監督する役割の部署であることを知っていたことになるが,そうであれば原告は●●●等に対して抗議をすると考えられるところ何らそういった行動にでていない。また,上記原告陳述書の記載に係る事実は,岡地という会社は一体だと思っていたから管理部などに対して抗議することは考えなかった(原告本人)との供述と矛盾している点でも信用性に欠ける。

そして,原告は,●●●,●●●及び●●●に対し,何度も勝手に売買しないように抗議した旨供述するけれども,これを裏付ける証拠はない。その他,原告が被告管理部に対して抗議しなかった事実の不自然さと併せ考えるに,原告の上記供述は採用し難い。

したがって,上記原告の供述は採用し難い。

エ したがって,この点についての原告の主張には理由がない。

(5)  争点(1)⑤(未経験委託者に対する義務違反)について

ア 前記のとおり,商品先物取引は高度に専門的な知識経験を要する商取引であり,取引員と委託者,とりわけ新規の委託者との間には知識経験などの点で歴然とした差があり,そうした委託者としては取引員の助言・勧誘を信頼して取引せざるを得ない。

したがって,そうした委託者を不測の多大な損害から守り,もって商品取引市場の健全な育成を図る見地から,取引員ひいてはその従業員は,これまで商品先物取引の経験のない新規委託者から委託を受ける場合には,一定の習熟期間中は,委託者が過大な取引を行なわないよう配慮する信義則上の義務を負うと解される。

証拠(乙15)によれば,本件受託業務管理規則第8条(未経験委託者等に係る管理措置)には,同条2項において,未経験委託者に該当する者を「自社又は他の商品取引員において商品先物取引を3ヵ月以上取引したことのある者以外の者とする。ただし、取引経験が3ヵ月未満であっても適格性の高い委託者と認められるものについては、この限りではない。」と規定した上で,同条3項において,「未経験委託者は、取引開始後3ヵ月間の習熟期間を設け、次に掲げる保護育成措置を講ずるものとする。(1)習熟期間内の建玉制限枚数は50枚以内の範囲と定めるものとする。(2)当該委託者から制限枠を超える建玉の要請がある場合又、口座開設申込書の予定投下資金額を超えることとなる場合は、本人自筆による申出書の提出を受け、その建玉制限を緩和することができるものとする。(3)申出書により当該地区のブロック長又は母店長と管理部長が審査を行い、その適否の判断及び当該委託者に見合った建玉制限を設け、受託するものとする。」と規定する。

もっとも,本件受託業務管理規則は,平成11年5月1日から実施されており(乙15),本件の原告については必ずしも妥当しないけれども,●●●は,●●●が被告に在職していた当時も本件受託業務管理規則と同様の内容・体裁の内部規則があり,その内容は,未経験委託者については3ヵ月の習熟期間を設けその間の取引枚数を枚数は定かでないが30枚程度に制限し,申出書を作成した場合にその制限枚数を緩和することになっており,本件申出書①及び本件申出書②もその趣旨で受領したものである旨証言していることから,平成10年8月から11月ころにおいてもほぼ同内容の規定があったことが推認され,これを覆すに足りる証拠はない。

以上の取扱いは,被告内部の自主規制にすぎないので,これに反したからといって直ちに私法上の違法性に結びつくものではないけれども,新規委託者の財産状況,投資目的などをふまえ,違反の程度,内容によっては,それが先に信義則上の義務に違反したものと評価でき,その取引が違法となる場合があると解される。

イ(ア) 本件においては,先に認定したとおり,原告は,本件各取引以前に商品先物取引の経験がなく,このことは被告も認識していたこと,原告は,取引枚数を増やす際,被告の指示により本件申出書①及び本件申出書②を作成したことから,被告が原告を未経験委託者と扱っていたことは明らかである。

そして,先に認定した事実及び証拠(乙7の1ないし23)によれば,本件申出書①は,400枚まで取引枚数制限を緩和するよう申し入れる内容であるところ,本件申出書①を作成する以前の同年8月31日時点で,原告の建玉枚数は100枚であり,既に本件受託業務管理規則に規定された未経験委託者の取引枚数制限を大幅に上回っていたこと,同年9月7日時点でののべ新規建玉枚数は430枚であったこと,また,本件申出書②は500枚まで取引枚数制限を緩和するよう申し入れる内容であるところ,既に同年9月9日時点ののべ新規建玉枚数は589枚であり,同年10月1日時点ののべ新規建玉数は843枚であったことが認められる。

以上によれば,原告は本件申出書①及び本件申出書②を作成しているけれども,これを提出する以前に取引枚数制限を超過した取引をしていたこと,すなわち被告が本件受託業務管理規則に規定された内部手続を履践しなかったことが明らかである。これは,●●●自身が「社内的な了解よりも,お客様の意思というものを優先した記憶はあります。」と証言し,本件受託業務管理規則に規定された被告内部手続を履践しなかったことを認めていることによっても裏付けられている。

(イ) そして,平成10年9月当時白金400枚の取引金額は2000万から3000万円程度であった(証人●●●)ことに,先に判示したとおり,原告が約2000万円の預金しかないことからすれば,原告が上記枚数の取引をするのに十分な資金的余裕があるとはいえないというべきであり,また,先に認定したとおり,原告が本件アンケートに投資準備資金として300万円以下と記載していたことに照らせば,被告もまた原告が上記枚数の取引をする十分な資金的余裕がないことを認識していたものと解される。

ところで,「新規委託者に係る精査表(初回・・)」と題する書面(乙25)には,原告が渋谷に200坪以上の6階建てのビルを所有している旨記載されているけれども,先に認定したとおり,同ビルは原告の生計の糧であるコンビニエンスストアを経営しているビルであり,また,商品先物取引に供する資金は手元余裕金であるのが通常であるから,この点をもって,被告が原告を上記枚数の取引をする資産能力を有するものと認識していたことにはならないというべきである。

これに対して,●●●は,同人作成の陳述書(乙22)において,原告が1000万円くらい大丈夫だが300万円くらいからやってみると言っていた旨記載するほか,その証人尋問の際,●●●を退職した際の退職金があると聞いていたので上記枚数の取引をする資産能力があると考えていた旨証言するけれども,これを裏付ける証拠は他にない上,●●●の上記証言等に係る事実を前提にしても,先に認定したとおり,原告の平成10年10月1日時点ののべ新規建玉枚数は843枚にも及んでいたのであり,●●●が原告にかかる枚数の取引をするほどの十分な資金的余裕がないことを認識していなかったとは考えにくい。

(ウ) また,先に認定したとおり,原告がこれまで商品先物取引の経験がなかったことに照らせば,原告が自発的に商品及び取引内容を選択・決定し,被告に対して取引枚数の拡大を求めたとは考え難く,原告の上記習熟期間中の制限枚数を越える建玉は,被告の勧誘によるものであると窺われる。

ウ 以上によれば,上記習熟期間中の●●●らによる制限枚数を越える建玉の勧めは,原告に商品先物取引をすること自体の適合性があるとしても,これほど多量の取引をすることについて適合性があったとは認められないから,未経験者に対する保護義務に反し,全体として不法行為を構成するというべきである。

エ 一方,被告は,原告が自らの意思と判断により取引枚数を拡大した結果であるから,その売買結果は原告の自己責任に属するものと主張している。

しかしながら,上記の取引枚数の拡大は原告が被告との間で商品先物取引委託契約を締結してから約1ヶ月強の間のことであり,前記のとおり原告には過去に商品先物取引の経験がなかったことに照らして考えれば,原告が本件各取引を行うことを承諾していたとしても,過失相殺の事由になり得ることは格別,被告の責任を免れせしめるものとは言い難い。

また,●●●は,原告に対し,相場の変動によっては300万円以上の資金の準備をもう少し考えてみてくれるよう頼んだことがあること(証人●●●),●●●が原告に対して本件申出書①を書くように言ったかとの問いに対して,「このぐらいまでしたいという記憶はありますのであると思います。」と証言し,少なくとも本件申出書①の作成については●●●が原告に対して積極的に働きかけたことを認めていること,前記認定のとおり原告が平成10年8月28日の時点で本件アンケートに投資準備資金として「300万円以下」と記載していたことに照らせば,原告が,本件各取引の初めの段階で自発的に上記の取引枚数拡大を希望したとは考えにくく,被告主張の事実は認め難い。

オ よって,争点(1)⑤についての原告の主張には理由がある。

(6)  争点(1)⑥(過大な建玉)について

ア 原告は,原告が被告との間で商品先物取引委託契約を締結してから3日後の平成10年8月31日には100枚,わずか19日目の9月16日には299枚の建玉をさせられており,かかる過大な建玉を建てさせたことが違法である旨主張する。

この点,争点(1)⑤で判断したとおり,委託者を不測の多大な損害から守り,もって商品取引市場の健全な育成を図る見地から,取引員,ひいてはその従業員は,委託者の資産状況,投資目的などに照らし,委託者が過大な取引を行なわないよう配慮する信義則上の義務を負うと解される。

イ そして,争点(1)⑤で判断したとおり,原告の習熟期間中の建玉数は原告の資産状況などに照らし過大なものといえ,被告の従業員らはこれを認識していたものと考えられることから,被告がこれを勧誘したことは全体として不法行為を構成するというべきである。

ウ よって,この点に関する原告の主張には理由がある。

(7)  争点(1)⑦(両建勧誘)について

ア 原告は,被告は原告に対して白金,パラジウム取引で繰り返し両建を勧誘したところ,原告にその都度証拠金名下に入金させ,その証拠金を利用して取引を次々と拡大し,その結果多大な手数料を原告から取得していることから,その勧誘行為は専ら被告の手数料稼ぎ目的といえ,違法である旨主張している。

この点,両建とは,既存建玉に対応させて,反対建玉を行なっているものをいうところ(甲7),両建それ自体は,予想に反する相場の変動に対して損失の発生・拡大を防止する取引手法として用いられることもあり,常に委託者にとって有害無意味な取引とはいえない。

もっとも,新規の反対建玉のために本証拠金の拠出が必要となるだけでなく,仕切りのタイミングによっては一方の建玉の損失を拡大させる危険性があるところ,その判断は専門家である取引員であっても困難なものと考えられるから,最終的に両建で利益を挙げることは相当に困難というべきである。

そうすると,取引員及びその従業員は,委託者に対し,両建によって委託者が不測の損害を被らないよう,両建の上記経済的効果や問題点について十分理解していない委託者に対しては,両建の内包する危険性等について十分な理解を得られるような説明する義務を負うというべきである。

そして,取引員及びその従業員がそうした説明をしないで両建を勧誘することは,上記説明義務に反し,不法行為を構成する違法性があるというべきである。

イ 本件においては,前記争いがない事実のとおり,本件各取引のうち両建の取引は,別紙建玉分析表の●印の付されたものであるところ,このうち初めて両建をしたのは平成10年9月17日の白金の計55枚の買い玉である。

この点,原告は,原告作成に係る陳述書(甲1及び5)において,●●●が原告に対し,本件各取引の初めのころ,「上がったり下がったりしたりすると大変なので、両建てします。両建てにすればこれ以上損は出ません。」という説明をし,両方建てるから既存建玉分と同額の証拠金が必要である旨を告げ,徴収していった旨記載している。

一方,被告は,●●●が原告に対して両建の問題点について複数回説明をした旨主張し,●●●も,その証人尋問において,両建の場合には仕切りのタイミングを誤った場合には損失が発生すること及び手数料が2倍かかることについては,「恐らくそういった話は当時現場では話はしてると思います。」と証言している。

この点,原告の本件各取引についての被告社員との間のやりとりに関する供述については,前記判断のとおり,措信し難い点が多い上,上記陳述書の記載及び原告の本人尋問における供述は,両建についていつどのような勧誘行為があったか,勧誘行為に対して原告がどのような対応をしたのか,必ずしも明確でないため,原告の上記陳述書の記載は採用し難い。

ウ したがって,本件において両建の勧誘行為自体が違法とまでは認定できず,この点に関する原告の主張には理由がない。

(8)  争点(1)⑧(無意味な反復売買)について

ア 原告は,被告が専ら手数料稼ぎを目的として原告をして多数回にわたり特定売買をさせた旨主張している。

前記のとおり,商品先物取引は高度の専門知識経験を要する相場取引であり,取引員と委託者,とりわけ新規の委託者との間の商品知識・経験の格差は著しいものであること,取引員は相場の変動とは関係なく取引の注文さえすれば一定の手数料収入を得ることができる一方で,委託者は相場の変動によっては投下資金を超える多額の損失を被る恐れがある。

これらの事実に照らせば,取引員及びその営業担当者らは,委託者に対し,委託者の利益に配慮し,委託者に有利な取引方法を助言,指導すべき忠実義務を負うと解され,取引員や営業担当者らがこの義務に反した場合には,委託者に対する不法行為が成立するというべきである。

イ 証拠(甲7)によれば,特定売買とは,「商品取引員の受託業務の適正な運営の一層の確保について」(昭和63年12月26日付け63-5995号農林水産省食品流通局商業課長,通商産業省産業政策局商務室長共同通達)に即し,受託者事故の未然防止及び受託者保護の一層の強化並びに商品取引員の社会的信用の向上を図ることを目的として導入された「委託者売買状況チェックシステム」等において,商品取引員が商品取引所に対する報告を求められる売買内容として記載された①売直し,②途転,③日計り,④両建玉,⑤手数料不抜けの各取引形態をいう。

そして,委託者売買状況チェックシステムにおいて,商品取引員から商品取引所に対する特定売買の報告が求められた趣旨は,顧客の利益を犠牲にした手数料稼ぎを目的とした無意味な反復売買を防止し,委託者の保護及び受託業務の適正化を図ることにあると解される。上記通達は,平成11年4月に廃止されているものの,受託者保護の観点からすれば,特定売買の内包する危険性には何らの変化はなく,商品取引所に対する報告を求めた通達の廃止によって受託者保護のために特定売買については留意しなければならないという通達の趣旨自体が否定されることにはならない。

そうである以上,特定売買比率及び手数料率の数値が取引員の委託者に対する前記忠実義務違反の有無を判断するに当たって一つの指標となり得るというべきである。

本件各取引が別紙建玉分析表のとおりであること及び本件各取引の特定売買該当性については,同表右端の記号のとおりであることは,いずれも当事者間に争いがないところ,本件各取引における特定売買比率は,別紙建玉分析表記載から算出すれば,パラジウムで49.4パーセント,白金で25.5パーセント,金で38.7パーセント,大豆で50パーセント,ゴムで62.5パーセント,コーンで50パーセント,小豆で50パーセント,ガソリンで57.7パーセント,灯油で75パーセントであることと認められる。また,当事者間に争いのない別紙建玉分析表の記載内容からすれば,全商品における損失が2059万6353円であること,手数料合計額は1311万3900円であると認められるところ,これによれば本件各取引全体の損失に対する手数料率は,63.67パーセント(小数点3けた以下切り捨て)である。

以上の特定売買比率及び手数料率は,一般の商品先物取引に比してかなり高いものであり,個々の特定売買の内容が合理的根拠に基づくものであることが明らかにならない限り,本件各取引は前記忠実義務に反し不法行為を構成する違法性があるとの推認が働くというべきである。

そして,個々の特定売買の内容が原告の利益を犠牲にした被告の手数料稼ぎにあったといえるような場合には,本件各取引は,当該特定売買はもとより,それ以外の売買も含めて,全体として,被告が原告に対して負う前記忠実義務に反し違法であると解すべきである。

ウ そこで,以下,本件各取引のうち,原告が特に違法な特定売買である旨主張しているものについて検討する。

(ア) まず,原告は,平成10年9月3日から4日にかけての金の取引のうち途転,日計り及び直しに該当する取引があり,これらがいずれも専ら手数料稼ぎ目的である旨主張する。

この点,日計りとは,新規に建玉し,同一日内に手仕舞いを行っているものをいい,直しとは,既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に売直し又は買直しを行っているもの(含異限月)をいう(甲7)ところ,日計りや直しそれ自体が直ちに違法ではなく,商品先物相場においては,相場がわずかの期間に突然値上がり又は値下がりすることも稀ではないことから,日計り及び直しがかかる相場に対応してなされたものであれば,専ら手数料稼ぎでなされたとまではいえないというべきである。

そして,証拠(乙5の1及び7の5)によれば,平成10年9月4日午後2時55分,同日午後2時27分に1227円で売り建てした金20枚を,1231円で仕切り(日計り),売買損失8万円を計上し,同じころ,金20枚を1230円で売り建てした(直し)事実が認められるところ,仕切って損失を出した上で新たに売り建てした理由については,●●●は,「恐らく当時,それなりの根拠があったのではないかなというふうには思います。」「その売買においてそれは当然,お客様と上司との会話だったと思いますので,ですからちょっとそれは私の段階では何とも言えないと思います。」と証言するのみであり,他に上記各取引の合理性を裏づける証拠はなく,上記日計り及び直しの合理的根拠を認め難い。

ところで,被告は,上記各取引は原告の意向に基づくものである旨主張し,●●●もこれに沿う証言をしている。

本件各取引が実質的な一任売買であるとは認め難いことは先に判示したとおりであるけれども,ここで問題にしているのは,被告が原告に対して負担する忠実義務違反の有無であり,原告が上記各取引を了解している事実は,過失相殺の判断において考慮すべきであるけれども,直ちに被告が原告に対する忠実義務違反の有無に消長を来たす事由であるとは認め難い。

そして,先に認定したとおり,原告は平成10年8月28日に商品先物取引を始めたばかりの全くの初心者であるところ,かかる原告がこれらの取引の内容,メリット及びデメリット等を理解して被告に注文するとは考え難い。

以上に加え,被告が上記仕切り及びその後の売り建てについて合計20万8000円の手数料を取得したこと(乙5の1及び7の5),金の取引全体で37万8000円の利益が出たこと(当事者間に争いがない。)にもかかわらず,手数料で140万4000円の損失を計上していること(乙5の1ないし18)を併せ考えれば,上記日計り及び直しは原告の利益を軽視し,被告の負担する忠実義務に反してなされた取引であるというべきである。

(イ) 次に,原告は,東工ゴムについて,平成11年4月5日の取引について,日計り及び途転があり,これらがいずれも被告の手数料稼ぎ目的である旨主張している。

この点,証拠(乙5の10及び7の94)によれば,原告は,平成11年4月5日午前1場で81円20銭で売り玉20枚を建てた上で,これを同日午前2場で80円90銭で仕切り(日計り),さらに同日午後1場で81円10銭で買い玉20枚を建てた(途転)上で,これを同日午後3場で同額の81円10銭で仕切り(日計り),売買益として3万円の利益を出す一方で26万4800円の手数料を取得したことが認められる。

このように建てた玉と同額で仕切る意味について,いかなる相場観に基づきいかなる利益を期待してなされたものか,容易に想定し難く,●●●も,顧客の要望があった場合には一旦仕切った上で再び相場の変動を期待して建てる場合もあると証言するのみで,その内容の合理性については何ら証言せず,他にこれを証する証拠もない。

加えて,原告は,先に判示したとおり,経験の乏しい新規委託者であるところ,被告自身,平成17年2月10日付け準備書面において,日計りについて「取引経験のない初心者の場合も,外務員の言葉や説明に対する批判能力が乏しいため,外務員主導の売買勧誘を制止することができず,手数料稼ぎを目的とした売買が繰り返される事態が生じやすい。」と述べている。

以上によれば,上記日計り及び途転の合理性は認め難い。

(ウ) 以上のとおり,上記特定売買は被告が原告に対して負担する忠実義務に違反する取引であると認められる。そして,本件全証拠によっても,個々の特定売買の内容が合理的根拠に基づくことが明らかであるとは認め難く,本件各取引は,特定売買はもとより,それ以外の売買も含めて,全体として,被告が原告に対して負う前記忠実義務に反し違法である旨強く推認される。

エ 以上に加え,先に認定したとおり,原告は,平成10年10月7日に追証が発生し,その後平成11年10月29日までの間追証拠金不足が解消されることがなかったこと,にもかかわらず,原告は別紙建玉分析表のとおり,上記追証拠金不足の間も新規建玉を複数回行ない,いわゆる薄敷きをしたことが認められる。

この点,本件受託契約準則のうち,例えば東京工業品取引所受託契約準則全文においては,第9条(2)において,取引員が委託者から担保として委託追証拠金を徴収しなければならないとされ,同第10条2項において,委託者が取引員の請求により,その追証拠金が発生した日の翌営業日正午までに預託するものとされる(乙9)ところ,上記薄敷きはこれに反するものと解される。

そして,上記の追証拠金を預託すべき委託者が預託しない場合とは,委託者が預託する資力を有していないか,又は預託する意思を有していない場合を意味すると解されることに照らせば,本件受託契約準則において追証拠金徴収義務を規定した趣旨は,取引員が委託者に対して取得する委託契約上の債権を担保する点のほかに,委託者が資力を超えた投機をした結果多大の損害を不測に被ることを事前に防止したり,委託者と取引員の間の取引内容に関するトラブルを事前に防止し,もって委託者保護ひいては商品取引市場の健全な育成を図ることにもあると解される。

上記薄敷きがかかる上記追証拠金徴収義務規定の趣旨を没却することは明らかであり,そうである以上,本件各取引全体の違法性の判断にあたっては,本件各取引のうち一年以上にわたって上記薄敷きがなされた事実を考慮せざるを得ない。

オ 加えて,前記認定のとおり,被告は,日本商品先物取引協会から,平成15年5月28日付けで制裁規程第9条2項に基づき過怠金300万円の制裁を受けたところ,その制裁の理由は,委託者の財産に照らして過大な取引を受託していたこと及びその取引において委託証拠金が不足する状態を解消しないまま取引を継続していたことが認められること並びにこれらの行為によって結果的に不足資金を商品先物市場に流入せしめ,商品取引受託業の信用を著しく失墜せしめたと認められることであった一方,証人●●●の証言を前提にすれば,●●●は平成11年4月に被告横浜支店次長に就任し,現在は同店支店長であるところ,本件制裁に係る公示の存在を知らず,目にしたこともなかったこと,そればかりか,●●●は上記薄敷きが本件受託契約準則に違反することを認識する一方で,●●●,被告横浜支店ひいては被告が承知の上,営業担当者において薄敷きをさせていたこととなる。

先に判示したとおり,本件各取引は,平成10年8月28日から平成12年1月19日までの間になされたものであるから,被告が本件制裁を受ける以前の取引であるところ,被告が同じような理由でその後に本件制裁を受けていることや被告横浜支店長等であった●●●の了解の下被告の営業担当者において薄敷きをさせていたことからすれば,被告において,組織的に薄敷きを容認していたことが窺われ,悪質というほかない。

カ 以上を総合するに,本件各取引は全体として違法な取引というべきであり,他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(9)  争点(1)⑨(仕切り拒否)について

ア 原告は,被告に対し,平成10年9月末以降,再三取引の手仕舞いを要求したが,被告社員は,これを取り合わず本件各取引を継続させた旨主張し,原告作成に係る陳述書(甲1及び5)にもこれに沿う記載がある。

イ この点,先に認定したとおり,原告は,平成10年10月5日に●●●と電話したところ,●●●に対し,担当者の対応等について格別不満を述べなかったこと,被告に対して委託証拠金として平成10年10月5日に50万円,同月19日に300万円,同年11月9日に100万円,それ以降も平成11年7月6日までの間断続的に数十万円単位の金銭を支払ったことが認められる。

以上の事実に照らせば,原告の上記供述は取引内容に不満を持ち被告との取引を終了したいと願う者の行動としては不自然と言わざるを得ないから,採用し難い。

ウ 原告は,同人作成に係る陳述書(甲5)に,原告は,●●●に対し,取引を開始してから1ヶ月くらいたったまだ値洗益がでているころ,被告との取引をやめたいと言ったことがある旨記載したにもかかわらず,原告本人尋問においては,平成10年10月ころに証拠金等不足額請求書が来たことから,●●●に対して被告との取引をやめたいと伝えた旨供述したり,また,証拠金等不足額請求書を初めて受領した瞬間には内容を完全に理解していなかったので取引をやめるともやめないとも判断していなかったとも供述しており,その供述内容には変遷が認められ,採用し難い。

エ 以上によれば,上記原告主張に係る事実を認めることはできず,この点に関する原告の主張には理由がない。

(10)  争点(2)①(損害額)及び②(過失相殺の可否及び内容)について

ア 上記争点(1)⑤(未経験委託者に対する義務違反),争点(1)⑥(過大な建玉)及び争点(1)⑧(無意味な反復売買)で判断したとおり,本件各取引は全体として原告に対する忠実義務に反し,また不法行為を構成する違法性が認められ,●●●,●●●らは,本件各取引を担当した当時は被告の被用者であり,被告の業務の執行について本件各取引を受託したことが明らかであるから,原告の被告に対する不法行為による損害賠償請求には理由がある。

そして,本件各取引により原告に2040万円の損金が生じたことは当事者間に争いがない事実として認められるところ,これが前記被告の不法行為によって原告の被った損害である。

イ(ア) 被告は,原告が自発的に本件各取引を開始したこと,原告が本件各取引によって利益を得る可能性があったこと,原告はいつでも本件各取引を終了させることができたなどと主張し,損失発生には原告自身の行為及び判断が原因していることが明らかである旨主張する。

(イ) 確かに,先に認定したとおり,原告は,本件各取引を開始するに当たって,被告から本件委託ガイドなどの資料を受け取っていたこと,本件委託ガイドには商品先物取引の危険性や取引をするに当たっての注意点について複数箇所に詳細な説明が記載してあったこと,原告は被告から売買報告書,証拠金等不足額請求書及び残高照合通知書を遅滞なく受領していたこと,平成11年5月13日ころまでは特に取引内容についての不満などを記載することなく残高照合回答書を返送又は交付していたこと,被告管理部に対して特に苦情等を言わなかったことが認められ,原告の職業・年齢などの属性に照らせば,これがために原告が内容をよく理解しないままに本件各取引を開始して約1年半もの間続行して,結果的に損失を拡大させたことは否定できない。

しかしながら,先に判断したとおり,被告の本件各取引における違法性は重大なものがあり,商品先物取引においては,その取引内容の専門性・複雑性ゆえに委託者が取引員のもたらす情報を一方的に信頼して取引を委託せざるを得ないのが現状であることに鑑みれば,商品取引市場の健全な育成の観点からは,本件各取引で被った損失について被告に相当の負担を負わせるべきである。

(ウ) そこで,原告の過失割合を3割とし,前記損害額から3割を控除して1428万円とするのが相当である。

ウ そして,弁護士費用として,本件事案の内容・認容額などに照らし,150万円を相当因果関係のある損害と認める。

3  以上によれば,原告の被告に対する請求は,金1578万円とこれに対する不法行為の後である平成12年1月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが,その余は失当というべきである。なお,被告は債務不履行に基づく損害賠償債務を負担しているとも解されるけれども,以上の損害判断の過程は,いずれの債務を前提にしても同一であり,その損害額の元金においては不法行為に基づく損害賠償債務を超えて債務を負担することはない。

第5結論

よって,原告の請求のうち,上記説示の限度で認容し,その余を棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法64条本文,同法61条,仮執行の宣言について同法259条1項を,各適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 深見敏正 裁判官 槐智子 裁判官 今井諏訪)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例