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東京地方裁判所 平成14年(ワ)28716号 判決 2003年9月22日

原告

同訴訟代理人弁護士

隈元慶幸

被告

特定非営利活動法人 福祉コミュニティ大田

同代表者理事

B

同訴訟代理人弁護士

荒木昭彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、二一七万一二六四円及びこれに対する平成一五年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告に従業員として勤務し平成一四年一〇月末日で退職した原告が、被告に対し、<1>平成一四年五月二〇日出勤命令で出勤した際に、財源不足を理由として自宅待機命令を受けたことによる翌一二日から一〇月三一日まで(出社した一九日を差し引く)の労基法二六条所定の休業手当として一〇三万〇三四一円、及び<2>平成一四年六月一八日、原告の同意なく非常勤とされ、同年一一月一日退職せざるをえなくなった不法行為による慰謝料として一一四万〇九二三円を請求した事案である。

1  争いのない事実等(掲記した証拠により容易に認定できる事実を含む)

(1)  当事者(書証略)

(ア) 被告は、福祉活動を目的とし、「デイサービス リビング らっこ」を運営する特定非営利活動法人である。

(イ) 原告は、被告の設立準備から関与して理事(二〇〇二年三月三一日任期満了。被告内部での呼称は「運営委員」である)に就任したほか、平成一二年六月一日被告運営の「デイサービス リビング らっこ」の従業員として就職した。その雇用契約の内容は、勤務時間が午前八時三〇分から午後五時三〇分(休憩時間一時間)、休日が土曜日、日曜日、祝日等、賃金が時給八五〇円、職務は介護員、管理者、食品衛生責任者であった。その後、平成一四年六月以降、原告の勤務時間は、毎週火曜日の午前八時から午後二時までとされた。

(2)  平成一四年(以下「平成一四年」の表示を省略する)三月五日、原告は、被告に対し、私病と家庭の事情を理由として、運営委員を退任し管理者も交代し四月以降一年間くらい非常勤職員として経理を補佐することにしたいが、それも体調次第である旨申し出た。(書証略)

(3)  三月二六日ころ、原告は、被告に対し、「四月五日まで勤務し四月六日から休職する。医者からは一か月以上かかるといわれている」と申し出た。これに対し、被告は、原告の今後の処遇に関する原告の意向を明確にするメモと診断書の提出を要請した(書証略)。四月四日ころ、原告は、四月二日付けで今後一か月間の休業を要する旨の診断書を提出し、期間の特定のないまま休職した(書証略)。

(4)  四月一九日ころ、現在被告の代表理事で当時理事のB(以下「被告代表者」という)が原告に対し今後の休職期間について意向を書面で出すよう求めたが、原告は断った。

(5)  四月末に、被告代表者が原告に復職の希望を聴取したところ、原告は週二〇ないし三〇時間の非常勤職員としての復帰を希望し、時期について総会後くらいがよいのではないかと述べた(書証略)。

(6)  五月一八日、原告は被告総会に出席し理事に立候補して再任された。

(7)  五月二〇日、原告は被告に出勤したが、人事配置が決まっていないと説明すると今日はボランティアでいいと言って早めに帰宅した。

(8)  原告は六月になって四月八日から五月三一日までの間の休業を前提に健康保険傷病手当金の請求手続をし、その後は申請しなかった。(書証略)

(9)  原告は、六月一一日の運営委員会に出席した(書証略)。この際、原告は、原告個人の身分について運営委員会で論議することに不快感を表明し、さらに、人件費削減に協力するとして、勤務は全くせず社会保険料の自己負担分を原告が被告に使用させている駐車場代から支出するよう希望したが、被告は原告に対し社会保険料の自己負担分に見合う就労をするよう要求した(書証略)。

(10)  原告は、六月一八日から毎週火曜日に出勤し、一〇月二九日まで継続した。被告は、この際原告につき雇用保険の被保険者資格喪失の手続を取らなかった。

(11)  七月末ころ以降、原告は被告に対し、被告の運営が不当であるとの書面を提出するようになった(書証略)。

(12)  一〇月一〇日、原告は被告に対し、本件訴訟と同旨の内容を含む異議申立書と題する書面を送付した(書証略)。

(13)  一〇月一一日、原告は被告の理事を辞任し会員としても退会し、被告に対し貸金の返還を請求した(書証略)。

(14)  一〇月二〇日、原告は被告に対し、(12)の異議申立書に対する被告の回答(書証略)に対する意見として次の内容を含む書面を送付した(書証略)。真に経営上の観点からの人件費の抑制なら原告の労働時間短縮に協力すると言った。

病気の場合期間を限定しての休職願いは提出できない。文書による休職願いが提出されていないから、休職を有効というには無理がある。傷病手当受給不可の場合は会社都合の休業命令と解釈して労基法二六条の要求をするとの文書を提出した。

職員を辞めさせろとは言ったが辞めるとは言っていない、しかし、今回は損得勘定を優先させることにした。原告の今後の身分に関し、A案として、同年末まで週一回勤務を続け、平成一五年一月一日付けで雇用保険資格喪失届につき使用者都合の離職の手続をすること、B案として、定年まで雇用保険対象短時間労働として勤務すること、C案として、定年まで出勤をしないまま、雇用保険、社会保険とも法人負担で加入し、月額一万円の休業賃金補填をすること、D案として、一一月一日付けで使用者都合の解雇の手続をすることを提案する。

(15)  一〇月二四日、原告は被告に対し、電話で失業手当受給が最低条件であると告げ、また、ハローワークで理事の退任により原告が一般被保険者資格を有することを確認した(書証略)。一〇月二五日、被告は原告に対し、一〇月二九日火曜日の勤務終了後にすることになっている話し合いに先だって、文書で要望を出すよう要請した(書証略)。同日、原告は被告に対し、六月の時点で資格喪失届けを提出しなかったのは被告の都合によるもので、原告の失業保険受給については被告において措置すべきこと、被告において原告の六月一一日以降の休業扱いをせず、かつ、内部文書の改竄もすることなく、原告が失業手当の満額受給をする方法として、事実上B、D案を指示する書面を送付した(書証略)。

(16)  一〇月二六日、被告は原告に対し、ハローワークでの確認を経た上、失業手当満額支給の方法として急いで離職票を作るので、退職届を提出するよう求める書面を送付した。(書証略)

(17)  一〇月二九日、原告は被告に対し、上記書面を虚言をもって退職を強要するものとして四案の提案を撤回し勤務を継続する旨の書面を送付した。(書証略)

(18)  一〇月三〇日、被告は、原告の記名押印等を得ないまま、原告が六月一〇日付けで、事業主からの働きかけにより一日六時間、週一日勤務としたことによる資格喪失届けを提出した。なお、その後原告の申し出で、賃金額が訂正され、具体的事情記載欄に会社都合と付記された。その結果、原告は、基本手当額五八四八円、所定給付日数一八〇日として雇用保険を受給した。(書証略)

(19)  一〇月末日、原告は被告を退職した。

2  争点

(1)  休業手当

(ア) 休業手当支払義務の成否

(原告の主張)

平成一四年五月二〇日、原告が出勤した際に、被告から原告に対し、財源不足を理由として、原告の勤務時間のうち毎週火曜日の午前八時から午後二時までを除く部分につき自宅待機命令があり、そのため原告が翌二一日から一〇月三一日まで(出社した一九日間を差し引く)就労できなかった。これは、被告都合による休業に該当し、被告には労基法二六条所定の休業手当を支払う義務がある。

(被告の反論)

上記は、原告の都合により、両者合意の上でしたものであって、被告都合による休業ではない。

(イ) 休業手当の額

(原告の主張)

休業手当の基礎賃金額には、残業代名目の月額二〇万円が含まれ、直前三か月の総賃金は一〇六万五八八七円、これを期間中の総日数九〇日で除した一日の平均賃金は一万一八四三円である。これに休業期間の一四五日を乗じた額の六〇パーセントは一〇三万〇三四一円である。

(被告の反論)

残業代名目の月額二〇万円は、それが被告に有利であるとして、経理上の操作として、実際には存在しない残業代を原告に支払い、その全額が被告に寄付されたことにしたものであって、賃金ではない。

(2)  退職強要の不法行為による慰謝料

(ア) 不法行為の成否

(原告の主張)

被告が原告に対し、平成一四年六月一一日、同月一八日から週一日勤務とするよう強要し、一〇月二六日、退職届を提出するよう求める書面を送付するなどの一連の退職強要行為の不法行為により、原告は同年一〇月末日で退職せざるをえなくなった。

(被告の反論)

原告は自ら退職の意思を示し、又は少なくともそのように理解されたため、被告が離職の手続をした。

(イ) 慰謝料額

(原告の主張)

一一四万〇九二三円が相当である。

第三争点に対する判断

1  認定事実

前記争いのない事実等に、後掲証拠及び弁論の全趣旨を併せると次の事実が認められる。

(1)  原告の休職経緯について

まず、被告の就業規則には、休職に関する規定がなく(書証略)、原告が私病等のため所定の労務提供ができないのであれば、退職せざるを得ない状況であったが、原告は、被告に経済的な負担をかけることなく、また他の従業員の今後のため、傷病手当金を受給することを申し出たことから、被告は原告の休職を認めた(証拠略)。なお、原告は六月以降傷病手当金の受給手続をしていないが、それは原告自身の何らかの意図に基づくものと窺える(証拠略)。

休職を要する期間について、争いのない事実等(2)ないし(4)のとおり、原告は、五月一日までの休業を要するとの診断書を提出しただけで、被告の求めに対してもこれを明確にしなかったが、被告は相当長期に及ぶものと理解していた(証拠略)。

(2)  原告の五月二〇日出勤の経緯について

まず、争いのない事実等(5)の際、これ以上に原告の復職の時期、勤務時間、職務内容につき具体的な話し合いがなされ意思の合致を見たということはない。被告は、原告の意向に応じることを検討する意思はあったが、原告の休職後これに対応すべく人員を配置しており、その見直しが必要となることや、上記の際、原告が、その処遇につき「予算をたててから提案して欲しい。原告がいらないのであればボランティアでもよい」などとも述べていたことから、具体的な処遇は決めていなかった。また、被告は、原告が五月二〇日に出勤してくると予想しておらず、同日、原告に対し、原告の具体的な希望を聴取した上で運営委員会で協議の上決定するつもりで、原告の復職には予算枠の中で原告の休職に対応すべく配置した人員の見直しが必要であるところ、これが未了であることを説明した。(証拠略)

他方、原告は、五月二〇日、原告の希望通りの条件で勤務するつもりで出勤した。ただし、職務内容については、原告としては、その病状のため体を使うような介護ではなく事務職を希望していたものの、被告との関係では何ら明確でないままであった。(証拠略)

(3)  原告の週一回出勤の経緯について

まず、争いのない事実等(9)の結果、社会保険自己負担分に見合う就労として、原告が週一回勤務することが原告被告間で合意された(証拠略)。

また、これに先立って、原告は、五月三一日の運営委員会で、腕が痛く、医師からも現場で介護に携わるのは無理だと言われているとして、一年間経理事務に従事することを主張した(証拠略)。

さらに、原告は、六月一九日以降、週一回の勤務に特段異議を述べることなく従事した(証拠略)。

(4)  原告の退職の経緯について

まず、原告としては、週一回出勤後も出勤日以外については傷病休職とすることを希望していたところ、一部の理事からそのような扱いをするには原告の賃金台帳と出勤簿を改竄する必要がありそのことを運営委員会で協議すべきであるとの意見が出され、これに反対する原告と対立が生じた。結局、八月六日の運営委員会でその点が審議され、その結果、六月一一日の結果のとおり原告は勤務し、その他の日は休職のままであることとし、原告は休職期間と休職理由を明らかにした休職願いを提出することに決めた。しかるに、原告は、不正な傷病手当金請求をするべく不当な要求をしていると思われることは心外であったことから、これを提出せず、被告の運営に不満を述べ、理事等を退任するに至った(書証略)。

争いのない事実等(14)の書面を送付した当時、原告は、自己都合により辞職する意思はなかったが、被告から退職勧奨を受けた場合は、失業保険の給付が有利になるように取り計るのであればそれに応じてもよいと考えていた。また、これ以上被告で勤務を続けていると失業保険が受給できない恐れがあった。しかるに、原告は、退職勧奨を受けて退職することには異議はなかったものの、(16)の書面(書証略)を見て、被告が原告を自己都合退職として取り扱おうとしていると思い、反発し(17)の書面を送付した(証拠略)。

被告は、争いのない事実等(14)の書面から原告が退職を希望しているものと理解し、また、その後の電話でのやりとりから原告が失業給付を受けられるようにするため、ハローワークで相談したところ、資格喪失から時間が経過しているので至急退職届をもらって手続を取るよう言われたため、(16)の書面を送付したもので、原告をその意思に反して退職させるつもりではなかった。また、この際、被告は給付日数や離職理由を意識していなかった。(証拠略)

一〇月二九日、原告の勤務終了後、被告代表者は原告と話し合いをしようとしたが、原告はこれを拒否し、これを追いかけて、退職を強要するつもりではないと釈明したところ、原告は早急に雇用保険の資格喪失手続を取ることを要求し、求職活動を行うつもりであることを告げた。そこで、被告は、原告が退職する意思であると理解して手続を行った。(証拠略)

上記認定(2)に対し、原告は、四月末に電話で被告代表者から復職を要請されてこれを承諾して五月二〇日に出勤すると伝えた、五月二〇日、原告の賃金について予算措置を講じているが、もっと人件費を削減したいという理由で自宅待機を命じられた、と供述する(証拠略)。しかし、その供述内容は不合理なものであり、それにもかかわらず原告はこれに特段抗議することもなく従ったというのも不自然である。しかも、人件費の削減が必要であるのに、原告に自宅待機を命じたのでは人件費の削減にはならない。以上の点から原告の同供述は採用できない。

また、上記認定(3)に対し、原告は、このようなやりとりがなされた運営委員会に出席し異議を述べなかったことは自認するも、理事としての立場上反対意見を述べることができなかったとの趣旨の供述をする(証拠略)。しかし、原告は自己の社会保険の取り扱い等について十分に主張しており、なぜ、週一回出勤への変更には反対できなかったのかは明確ではなく、合理的な理由があるとは思われないことから、採用できない。

2  休業手当について

争点(1)(ア)について判断する。

原告は、平成一四年五月二〇日に原告の休職が終了し勤務に復帰したにもかかわらず、被告が被告都合により自宅待機を指示した旨主張する。

しかし、その主張を裏付ける的確な証拠はない。

かえって、次の点を考慮すれば原告は依然として私病等による休職のままであったか、あるいは合意により週一回の勤務にしたものと解され、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には該当しない。

まず、原告は五月二〇日以降に同月末日までを休職期間として健康保険傷病手当金請求手続をしている。その後週一回勤務となった後も、実際には請求手続をしなかったものの、被告に対し休職として取り扱うよう求めている。よって、原告自身、被告都合による休業と考えていたのか疑問である。

また、被告としては、原告が休職前のとおりに就労可能であることが確認されれば、その就労を拒否する理由はなく、他方、原告が就労可能ではないなら解雇することも考え得る状況であったから、原告が就労しないのにその負担において休業手当を支払う理由はない。そして、実際にも、原告の休職は長期に及ぶと考えられたにもかかわらず、原告は休職願も五月二日以降の病状に関する診断書も提出せず(病気で休職した従業員が使用者に対し復職を求めるには、労働者において就労に耐えうる健康状態になったことを認めるにたる資料を提出することが必要である)、しかも、その病状を理由に従前とは異なる職務、勤務時間を希望していたのであるから、両当事者間においては、むしろ原告が休職前のとおりに就労可能ではないことを前提として、これらを含む原告の今後の処遇について協議を継続する必要があり、それが決まらなければ復職はできないはずである。したがって、被告としては、仮に従前のとおりの労働条件であろうと、週二〇ないし三〇時間の事務職であろうと、その他の労働条件であろうと、原告の復職を拒否ができたものであって、被告都合により自宅待機を命じる理由はない。

3  退職強要の不法行為による慰謝料について

争点(2)(ア)について判断する。

まず、週一回の勤務をするようになったことについては、確かに原告の週二〇ないし三〇時間の事務職という希望が受け入れられなかったものの、最終的には原告も了解しており、その際に社会的相当性を逸脱し違法となるような言動が被告側の者にあったと認めるにたる証拠はない。

また、原告が退職するに至った状況についても同様である。

その他、被告に社会的相当性を逸脱した行為があったものと認めるにたる証拠はない。

したがって、これらの行為に不法行為を構成するだけの違法性が存するとは認められず、原告の主張は採用できない。

第四結論

以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、失当として棄却する。

(裁判官 多見谷寿郎)

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