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東京地方裁判所 平成14年(ワ)5338号 判決 2003年6月27日

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原告

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同訴訟代理人弁護士

付岡透

大阪市中央区淡路町2丁目3番9号

被告

ジー・イー・コンシューマー・クレジット株式会社訴訟承継人

GEコンシューマー・クレジット有限会社

同代表者代表取締役

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同訴訟代理人弁護士

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主文

1  被告は,原告に対し,11万5637円及びうち1万5532円に対する平成4年11月28日から,うち10万円に対する平成14年4月20日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,その3分の1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決の原告勝訴部分は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,16万5637円及びうち1万5532円に対する平成4年11月28日から,うち15万円に対する平成14年4月20日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

原告は,消費者金融業者である被告から,別紙計算書のとおり金員の貸付を受け,返済をした。

本件は,原告が,被告に対し,被告は利息制限法の制限を超過する利息を受領しており,同法に引き直して計算すると過払い金があると主張して,不当利得返還請求権に基づきその返還を求めるとともに,被告が弁護士に依頼して私的債務整理をしようとしたのに,被告が本訴に至るまで原告との取引経過を開示せず,これは不法行為に該当すると主張して,慰謝料10万円及び弁護士費用5万円の損害賠償を求めた事案である。

(争点)

1  被告が受領した利息についてみなし弁済の規定(貸金業の規制等に関する法律43条)の適用があるか。

(1) 被告の主張

① 被告は,貸金業法によって登録を認められた貸金業者である。

② 被告は,平成3年4月16日,原告との間で金銭貸借基本契約を締結したときに,乙D第6号証と同様の基本契約書を原告に交付しており,これには,以下の記載がある。

ア 商号,住所

イ 契約年月日

ウ 貸付金額

エ 貸付利率

オ 返済の方式 分割方式

カ 返済期間,返済回数

当初の貸付額は10万円であり,借入額が10万円のときは毎月の最低返済額は7000円とされており,これからすると返済期間,回数はおのずと明らかである。

キ 賠償額の予定

ク 登録番号

ケ 相手方の氏名,住所

コ 業者受取書面の内容 本契約書,運転免許証の写し

サ 信用情報機関へ登録すること及びその内容

シ 返済方法

ス 期限の利益喪失の約款

さらに,原告は,現実にATMを利用して金員を借り受けると乙D第3号証と同様のご利用明細書を受領しており,これには借受金高及び残元金高が記載されている。

したがって,被告は,原告に対し,乙D第6号証及び乙D第3号証を交付しており,これが合わさって17条書面となる。

③ 被告は,返済を受けるとき乙D第4号証と同様の領収書を原告に交付しており,これには以下の記載があり同法18条所定の書面の要件を満たしている。

ア 商号,住所

イ 契約年月日 契約番号が記載されている。

ウ 貸付金額 契約番号で代替

エ 受領金額,利息,遅延損害金充当額

オ 受領年月日

カ 弁済を受けた旨を示す文字 領収書の文字が記載されている

キ 業者の登録番号 契約番号で代替

ク 債務者の氏名 契約番号で代替

ケ 当該弁済後の残存する債務の額 元金残高として記載されている。

④ 原告の利息の支払いは任意にされたものである。

以上のとおり,被告は,みなし弁済の要件を具備しているから過払いの問題は生じないし,被告が悪意の受益者になるものでもない。

(2) 原告の主張

被告が平成3年4月16日に乙D第6号証と同様の契約書を交付しているという証拠は何らない。しかも,乙D第6号証には返済期間,返済回数の記載が欠けている。

17条書面については,1通の書面であることを要するのであり,仮に1通の書面でない場合には少なくとも基礎となる書面に記載のない事項が他のいかなる書面によって補完されるのかが明確にされていなければならない。

したがって,乙D第6号証と乙D第3号証が合わさって17条書面となるということはできない。

また,18条書面についても,乙D第4号証が原告の取引のころに使用されていたことの証拠はない。また,原告が全ての返済をATMで行った証拠はないし消費者金融のATMは故障が多いのであるから,原告が返済の都度乙第D4号証と同様の書面を受領したことの証拠もない。

よって,被告が受領した利息についてみなし弁済の規定の適用はなく,被告は,利息制限法所定の制限金利を上回る部分が不当利得になることについて悪意であるから,利息制限法により引き直し計算をすると別紙取引履歴のとおりとなる。

2  被告が原告との取引経過を開示しなかったことが不法行為に該当するか。

(1) 原告の主張

原告は,平成13年10月1日,原告代理人に債務整理を依頼し,原告代理人は上記依頼を受けて,被告に対し,介入通知の送付及び取引経過の開示請求を行ったが,被告は完全な取引経過の開示には応じようとはしなかった。

原告と被告との取引状況からは,原告が被告に対して過払いの状態になっていることは明らかであったことから,原告はやむなく本訴の提起を行うこととした。自らは厳しい取立を行いつつ自らの債務についてはこれを免れるため取引経過の開示を拒否する被告の行為は社会的相当性に欠けた違法なものであることは明らかである。

すなわち,原告被告間の紛争を適正に解決するためには当然事実としてなされた取引の経過を明らかにした上でそれを前提として議論することが不可欠であり,取引経過の開示により金融業者及びその利用者の双方に何らの不利益も生じない以上取引上の信義則からしても取引経過は当然に開示されるべきものである。被告が取引経過の開示を拒否する理由は,過払の状態になっていることが白日のもとに曝されることを回避・隠蔽することであり,要するに自分にとって不利な事実を意図的に隠蔽して一旦手にした不当利得を何とか自分の手元に残そうとしているだけである。

そして,被告らが貸金業を営む貸金の専門家であり,かつこれまで開示請求を明示で拒んでいることからすれば,本訴において文書提出命令申立等を行う蓋然性が高い等の事情に照らせば,弁護士である原告代理人に依頼して本訴を遂行することをやむを得ないというべきであるから,原告は弁護士費用分の損害を被るとともに,取引経過の不開示により,おおよその計算による訴訟提起を余儀なくされて今後再度の引き直し計算及びそれに基づく請求の趣旨の減縮をしなければならない立場に置かれたことに精神的損害を被っている。この弁護士費用としては5万円,慰謝料としては10万円が相当である。

(2) 被告の主張

貸金業者に対してその債務者が取引履歴の開示を求めることができる請求権を認める法令上の根拠はなく,被告が取引経過を開示しなかったとしても権利侵害がないから不法行為には該当しない。取引履歴の開示請求権を認める見解は,いずれも信義則を根拠にするだけで不法行為になる具体的な法令上の根拠は示しておらず,理論的根拠を欠いている。

また,被告は,取引履歴を開示しているところ,開示が遅れたことにより,過払い金請求がそれだけ遅れたのであれば,その損害は遅延損害金でまかなわれるべきものであり,そのほかに慰謝料の支払いを認められるような損害はない。ましてや弁護士費用まで認められる根拠はない。

(3) 原告の反論

本件では,取引経過の開示を拒否することが社会的相当性に欠ける行為といえるかどうかが問題であって,顧客側に開示を請求する根拠があるか否かとは関係がない。また,信義則に基づく開示請求権が認められるのであれば,その侵害は不法行為における権利の侵害として充分である。

第3裁判所の判断

1  争点(1)(みなし弁済)について

被告は,原告に対し,乙D第6号証及び乙D第3号証を交付しており,これが合わさって17条書面となると主張する。

しかし,乙D第6号証には,返済期間,返済回数の記載はなく,17条書面には該当しないというべきである。被告は,原告がATMを利用して金員を借り受けると乙D第3号証と同様のご利用明細書を受領しており,これには借受金高及び残元金高が記載されているところ,借入残高に従った毎月の最低返済額は乙D第6号証に記載されており,これらからすると返済期間,回数はおのずと明らかであると主張する。しかし,17条書面の交付が要求されるのは,契約締結時に契約内容を明確にするとともに,債務者が契約の内容を正確に知りうるようにするためであるから,債務者において契約の正確な内容を認識しうるように,基礎となる書面に記載のない事項が他のいかなる書面によって補完されるのかが明確にされているなど,債務者にとって契約内容を表示する書面であること及びその表示された契約内容が明確でなければならないというべきである。しかし,被告が乙D第6号証を補完する書面と主張する乙D第3号証は,ATMにより貸付を受けた際に排出される利用明細書にすぎず,これに元金残高が記載されているからといって,債務者が毎月の最低返済額を認識しうるものとはいえない。したがって,被告の上記主張は採用できない。

被告は,消費者金融業者であり,顧客から受領した利息のうち利息制限法の制限利息を超過する部分は,貸金業法のみなし弁済の適用がない限り不当利得となることを知悉していることは明らかであるところ,上記判示によれば,被告が原告から受領した利息についてみなし弁済の要件を満たさないことは明白であり,被告においても原告から受領した利息のうち利息制限法所定の制限利息を超過する部分は不当利得となることを認識していたと推認できる。

よって,原告と被告との別紙計算書記載の取引経過を利息制限法所定の年18パーセントの割合で引き直し計算をし,発生した過払い金については悪意の不当利得として年5分の利息を付すと,別紙取引履歴記載のとおりとなる。

以上によれば,原告は,被告に対し,過払金1万5532円,確定利息105円及び上記過払い金に対する平成4年11月28日から支払済みまで年5分の割合による利息の支払い請求権を有することになる。

2  不法行為について

弁論の全趣旨によれば,原告代理人が,平成13年10月1日,原告から依頼を受けて被告に介入通知を送付し,再三文書で取引経過の開示を要求したにもかかわらず,被告は取引経過を開示せず,債権の届け出もしなかったことが認められ,被告が,ようやく平成14年5月24日,答弁書により取引経過を開示したことは当裁判所に顕著である。そうすると,被告は,原告代理人から介入通知を受けてから本件訴訟を提起されるまで7か月以上もの期間,取引経過の開示も債権の届け出もしていない。しかも,乙D第1号証によれば,被告は,この取引経過をコンピュータにより管理しており,取引経過の開示は容易であったことが認められ,被告が取引経過を開示しなかったことに何ら合理的な理由はない。

消費者金融業者から金員を借り受けたものが多重債務に陥り,債務を整理する際に,その返済等に関する資料の全てを保管しておらず,取引経過の詳細を明確にすることが困難である場合,金融業者が合理的な理由なく弁護士の手で公共の立場に立って行われる債務の整理に協力せず,取引経過の開示を拒むのは,特段の事情のない限り社会的相当性を欠いた違法な行為であるというべきであり,取引経過を開示しなかったことによって債務者が被った損害を賠償する責任を負うべきである。

上記認定によれば,被告は,原告代理人による債務整理の際に,何ら合理的な理由なく取引経過の開示を拒否したのであり,これによる損害賠償責任がある。

被告は,貸金業者に対してその債務者が取引履歴の開示を求めることができる請求権を認める法令上の根拠はないと主張するが,原告から債務整理を依頼された弁護士である原告代理人が介入通知を送付し,取引経過の開示を求めた時点においては,債権者である被告には信義則上取引経過を開示すべき義務があるというべきであり,これに違反した場合は上記のとおり不法行為となるというべきである。

原告は,被告が取引経過を開示しなかったことにより,おおよその計算による訴訟提起を余儀なくされて再度の引き直し計算及びこれに基づく請求の趣旨の減縮をせざるをえなくなり,現に本件訴訟もそのような経過をたどった。したがって,原告は,早期の債務整理ができなくなった精神的損害を被ったというべきであり,その慰謝料は,上記過払い金額に照らすと5万円が相当である。

また,上記のとおり,原告は本件訴え提起を余儀なくされ,その弁護士費用も損害となるというべきであり,これについては5万円が相当である。

したがって,被告は原告に対し,上記合計10万円及びこれに対する取引経過開示拒否の後である平成14年4月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

被告は,過払い金請求が遅れたのであれば,その損害は遅延損害金でまかなわれるべきであると主張するが,訴訟提起を余儀なくされたための弁護士費用及び早期の債務整理ができなくなったことによる精神的損害は過払い金の返還を得るのが遅れたことによる損害とは別個のものであって,上記主張は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 大垣貴靖)

<以下省略>

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