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東京地方裁判所 平成14年(ワ)5570号 判決 2006年6月16日

原告

北千住駅西口地区市街地再開発組合

代表者理事長

飯田常弘

訴訟代理人弁護士

平野耕司

山崎哲

渡邊清朗

近藤美紀

訴訟復代理人弁護士

楠純一

被告

有限会社田中石材店

代表者代表取締役

藤原いね子

訴訟代理人弁護士

河嶋昭

主文

1  被告は,原告に対し,別紙物件目録記載4の建物を収去して,同目録記載1の土地を明け渡せ。

2  被告は,原告に対し,別紙物件目録記載6の構築物を収去して,同目録記載2及び3の土地を明け渡せ。

3  被告は,原告に対し,別紙物件目録記載5の建物を明け渡せ。

4  訴訟費用は,被告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

主文同旨

第2  事案の概要

1  本件は,北千住駅西口地区において都市再開発法の定める手続により第一種市街地再開発事業を施行する原告が,当該市街地再開発事業に係る工事のため必要があるとして,同法96条に基づき,施行地区内の土地及び建物等を占有している被告に対し,建物等の収去及び土地の明渡し並びに建物の明渡しを求める公法上の法律関係に関する訴訟(行政事件訴訟法4条)である。

2  法令の定め等

(1)  都市再開発法の目的等

都市再開発法(以下「再開発法」という。)は,市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより,都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り,もって公共の福祉に寄与することを目的とする(再開発法1条)。そして,市街地の土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図るため,都市計画法及び再開発法で定めるところに従って行われる建築物及び建築敷地の整備並びに公共施設の整備に関する事業並びにこれに附帯する事業である市街地再開発事業(再開発法2条1号)について,所要の規定を設けている。

(2)  市街地再開発事業

市街地再開発事業は,権利変換方式により再開発法第3章の定める手続に従って行われる第一種市街地再開発事業と,用地買収方式により再開発法第4章の定める手続に従って行われる第二種市街地再開発事業とに分けられる(再開発法2条1号)。前者は,買収や収用によらず,一連の行政処分により,事業の施行地区内の土地,建物等に関する権利を施設建築物及びその敷地に関する権利に変換するものである(再開発法60条から111条まで)。後者は,一般の公共事業と同様に,いったん事業の施行地区内の土地,建物等を,施行者が買収又は収用し,買収又は収用された者が希望すれば,その対償に代えて,施設建築物及びその敷地に関する権利を与えるというものである(再開発法118条の2から118条の30まで)。

(3)  市街地再開発事業の施行者

市街地再開発事業の施行者には,個人施行者,市街地再開発組合(以下「組合」という。),地方公共団体等が定められている(再開発法2条の2)。このうち組合は,第一種市街地再開発事業の施行区域内の土地について第一種市街地再開発事業を施行することができる(再開発法2条の2第2項)。

(4)  組合の設立

組合が施行する第一種市街地再開発事業に係る施行地区内の宅地について所有権又は借地権を有する者は,すべてその組合の組合員となる(再開発法20条1項)。また,このほか,住宅建設計画法3条に規定する公的資金による住宅を建設する者,不動産賃貸業者,商店街振興組合その他政令で定める者であって,組合が施行する第一種市街地再開発事業に参加することを希望し,定款で定められたものも,参加組合員として,組合の組合員となる(再開発法21条)。

組合を設立するためには,第一種市街地再開発事業の施行区域内の宅地について所有権又は借地権を有する者が5人以上共同して,定款及び事業計画(又は事業基本方針)を定め,施行地区となるべき区域内の宅地について所有権を有するすべての者及びその区域内の宅地について借地権を有するすべての者のそれぞれ3分の2以上(人数並びにその所有地及び借地の面積のいずれについても3分の2以上でなければならない。)から組合の設立についての同意を得た上で,都道府県知事の認可を受けなければならない(再開発法11条から14条まで)。

認可の申請があったときは,都道府県知事は,施行地区となるべき区域を管轄する市町村長に,当該事業計画を2週間公衆の縦覧に供させなければならず,当該事業に関係のある土地又はその土地に定着する物件について権利を有する者は,都道府県知事に当該事業計画についての意見書を提出することができる(再開発法16条1項及び2項)。意見書が提出されたときは,都道府県知事は,その内容を審査し,その意見書に係る意見を採択すべきであると認めるときは事業計画に必要な修正を加えるべきことを命じ,その意見書に係る意見を採択すべきでないと認めるときはその旨を意見書を提出した者に通知しなければならない(再開発法16条3項)。

都道府県知事は,再開発法11条1項又は3項による認可をしたときは,組合の名称,事業施行期間,施行地区その他国土交通省令で定める事項を公告しなければならない(再開発法19条1項)。

(5)  権利変換手続

再開発法19条1項による組合設立認可の公告がされた後,権利変換手続が開始されることとなる。権利変換手続等の概要は,次のとおりである。

ア 土地調書及び物件調書の作成

再開発法19条1項の公告等所定の公告があった後,施行者は,土地調書及び物件調書を作成しなければならない(再開発法68条)。

イ 権利変換手続開始の登記

施行者は,再開発法19条1項の公告等所定の公告があったときは,遅滞なく,登記所に,施行地区内の宅地及び建築物並びにその宅地に存する既登記の借地権について,権利変換手続開始の登記を申請し,又は嘱託しなければならない(再開発法70条1項)。

ウ 権利変換を希望しない旨の申出

事業計画の決定若しくは認可の公告等所定の公告があったときは,施行地区内の宅地の所有者若しくは借地権者又は施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者は,その公告があった日から起算して30日以内に,施行者に対し,権利の変換を希望せず,自己の有する宅地等に代えて金銭の給付を希望し,又は自己の有する建築物を他に移転すべき旨を申し出ることができる(再開発法71条1項)。

同項の期間経過後6月以内に再開発法83条の規定による権利変換計画の縦覧の開始がされないときは,当該6月の期間経過後30日以内に,上記申出を撤回し,又は新たに申出をすることができる。その30日の期間経過後更に6月を経過しても再開発法83条の規定による権利変換計画の縦覧の開始がされないときも,同様とする(再開発法71条5項)。

エ 権利変換計画の決定

施行者は,再開発法71条の規定による手続に必要な期間の経過後,遅滞なく,施行地区ごとに権利変換計画を定めなければならない(再開発法72条1項)。

オ 権利変換計画の作成の基準

(ア) 地上権設定方式

再開発法が定める原則的な基準は,1個の施設建築物の敷地を1筆の土地として,その上に施設建築物の所有を目的とする地上権を設定するものである。すなわち,1個の施設建築物の敷地は1筆の土地となり,施行地区内に宅地,借地権又は権原に基づき建築物を有する者で,当該権利に対応して,施設建築物若しくはその共有持分又は施設建築物の一部等を与えられることとなるものは,施設建築物の所有を目的とする地上権の共有持分及び当該施設建築物の共用部分の共有持分が与えられる。施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者から当該建築物について借家権の設定を受けている者には,その家主に対して与えられることとなる施設建築物の一部について,借家権が与えられる。余剰となる施設建築物の一部等は,施行者に帰属することとなる。(再開発法75条から82条まで)

権利変換計画は,災害を防止し,衛生を向上し,その他居住条件を改善するとともに,施設建築物及び施設建築敷地の合理的利用を図るように定めなければならない。また,権利変換計画は,関係権利者間の利害の衡平に十分の考慮を払って定めなければならない。(再開発法74条)

(イ) 全員同意方式

施行者は,権利変換の内容につき,施行地区内の土地又は物件に関し権利を有する者等のすべての同意を得たときは,法定の方式によることなく,権利変換計画を定めることができる(再開発法110条1項)。

(ウ) 地上権非設定方式

施行者は,地上権設定方式により権利変換計画を定めることが適当でないと認められる特別の事情があるとき(土地の所有者の大多数が地上権の設定された施設建築敷地の共有持分を欲しないときなど)は,施設建築敷地に地上権が設定されないものとして権利変換計画を定めることができる(再開発法111条)。

カ 権利変換計画の作成及び認可の手続

個人施行者以外の施行者は,権利変換計画を定めようとするときは,権利変換計画を2週間公衆の縦覧に供しなければならず,施行地区内の土地等に関し権利を有する者等は,縦覧期間内に,施行者に権利変換計画についての意見書を提出することができる。意見書の提出があったときは,施行者は,その意見を採択すべきであると認めるときは権利変換計画に必要な修正を加え,その意見を採択すべきでないと認めるときはその旨を意見書を提出した者に通知しなければならない。(再開発法83条1項,2項,3項)

また,施行者は,権利変換計画を定め,又は変更しようとするときは,審査委員の過半数の同意を得,又は市街地再開発審査会の議決を経なければならない(再開発法84条1項)。

こうして権利変換計画が決定された後,組合にあっては,都道府県知事の認可を受けなければならない(再開発法72条1項)。

キ 権利変換の処分

施行者は,権利変換計画の認可を受けたときは,遅滞なく,その旨を公告し,及び関係権利者に関係事項を書面で通知しなければならない。権利変換に関する処分は,この通知をすることによって行なわれる。(再開発法86条1項,2項)

ク 権利変換期日における権利の変換

権利変換の効果は,関係権利者に対する権利変換処分によって直ちに生ずるのではなく,権利変換計画に記載された一定の期日である権利変換期日において発生する。すなわち,施行地区内の土地は,権利変換期日において,権利変換計画の定めるところに従い,新たに所有者となるべき者に帰属する。1個の施設建築物の敷地は,1筆の土地となり,土地所有者の共有の土地となる。権利変換を希望しない土地所有者の土地は,施行者がその所有者とみなされる。従前の土地に設定されていた担保権は,従前の土地に対応して与えられる施設建築物敷地の共有持分及び施設建築物の一部等の上に移行するので,権利変換期日には消滅しない。従前の土地を目的とするその他の権利は,すべて消滅する。

施行地区内の土地に権原に基づき所有されていた建築物は,権利変換期日において施行者に帰属する。従前の建築物を目的とする権利は,所有権及び担保権を除き,すべて消滅する。

(再開発法75条1項,76条4項,87条から89条まで)

(6)  補償金等の支払

施行地区内の宅地若しくは建築物又はこれらに関する権利を有する者で,再開発法の規定により,権利変換期日において当該権利を失い,かつ,当該権利に対応して,施設建築敷地若しくはその共有持分,施設建築物の一部等又は施設建築物の一部についての借家権を与えられないもの(権利変換を希望せず,金銭の給付を希望する旨を再開発法71条1項の規定により申し出た者などのことである。)に対し,施行者は,その補償として,権利変換期日までに,再開発法80条1項の規定により算定した相当の価額に同項に規定する30日の期間を経過した日から権利変換計画の認可の公告の日までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額に,当該権利変換計画の認可の公告の日から補償金を支払う日までの期間につき年6パーセントの割合により算定した利息相当額を付して,補償金を支払わなければならない。(再開発法91条1項)

なお,再開発法80条1項の規定により算定した相当の価額に不服があり,意見書を提出しても採択されなかった者は,収用委員会にその価額の裁決を申請することができる(再開発法85条1項)。

(7)  土地の明渡し

施行者は,権利変換期日後第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるときは,施行地区内の土地又は当該土地にある物件を占有している者に対し,期限(請求をした日の翌日から起算して30日を経過した後の日でなければならない。)を定めて,土地の明渡しを求めることができる。明渡しの請求があった土地又は当該土地にある物件の占有者は,明渡しの期限までに,施行者にこれを引き渡し,又は物件を移転しなければならない。ただし,再開発法91条1項又は97条3項による補償金等の支払があるまでは,この限りでない。(再開発法96条1項,2項,3項)

(8)  土地の明渡しに伴う損失補償

施行者は,再開発法96条による土地の明渡し等によりその占有者等が通常受ける損失を補償しなければならない。この補償額については,施行者と土地占有者等とが協議しなければならず,施行者は,再開発法96条2項の明渡しの期限までにその補償額を支払わなければならない。

この場合において,その期限までに協議が成立していないときは,施行者は,審査委員の過半数の同意を得,又は市街地再開発審査会の議決を経て定めた金額を定めなければならない。なお,協議が成立しないときは,施行者又は損失を受けた者は,収用委員会に補償額の裁決を申請することができる。(再開発法97条)

3  前提となる事実

証拠等により容易に認めることができる事実はその旨記載した。それ以外の事実は当事者間に争いがない。

(1)  当事者

ア 原告は,昭和62年1月23日付けの第一種市街地再開発事業の都市計画決定に基づき,平成11年3月1日付けで東京都知事の認可を受けて設立された組合であり,施行区域である北千住駅西口地区(以下「西口地区」という。)において,第一種市街地再開発事業を施行する者である(以下,原告が施行する西口地区の第一種市街地再開発事業を「本件再開発事業」という。)(甲3,4,弁論の全趣旨)。

イ 被告は,各種石材の販売並びに加工を目的とする有限会社であり,本件再開発事業の施行区域内に土地及び建物を所有し,権利変換期日である平成13年2月27日まで,原告の組合員であった者である。

(2)  被告の所有又は占有していた土地等

ア 別紙物件目録記載の土地,建物及び構築物は,いずれも本件再開発事業の施行地区内に存在していた(以下,別紙物件目録記載1から3までの土地をそれぞれ「本件土地1」,「本件土地2」,「本件土地3」と,同記載4及び5の建物をそれぞれ「本件建物1」,「本件建物2」と,同記載6の構築物を「本件構築物」といい,これらの土地,建物及び構築物を総称して「本件土地建物等」という。)。

イ 被告は,本件土地1を所有するとともに,本件土地1上に本件建物1を所有して,本件土地1を占有していた(甲15の1)。

ウ 被告は,本件土地2の所有者である田中眞知子及び本件土地3の所有者である田中ヨネ子との間で,本件土地2及び3についての構築物所有目的の土地賃貸借契約を締結し,これらの土地上に本件構築物を所有して,これらの土地を占有していた(甲15の2,15の3)。

エ 被告は,本件建物2の所有者である田中栄一及び田中麻美との間に,本件建物2についての建物賃貸借契約が存在する旨主張して,本件建物2を占有していた。なお,同賃貸借契約の存否については,被告と田中栄一及び田中麻美との間に争いがある。(甲15の4)

(3)  本件再開発事業の概要

本件再開発事業は,施行区域である西口地区を駅前広場,1街区及び2街区に分け,各街区のそれぞれに再開発ビルを建築するものである。

このうち,1街区には,地下4階地上13階建ての再開発ビルを建築し,地下4階に機械室,地下3階及び2階に公共駐車場,地下1階から地上9階に店舗(以下,この店舗部分を「商業床」という。),地上10階から13階に公益施設をそれぞれ配置する計画となっている。

また,2街区には,地下3階地上26階建て塔屋1階付きの再開発ビルを建築し,地下3階から地上1階に公共駐車場,地上2階に公共駐輪場(以下,この公共駐輪場部分を「駐輪場床」という。),地上3階から6階に業務施設(以下,この業務施設部分を「業務床」という。),地上7階に住宅用駐車場,地上8階から26階に住宅施設(以下,この住宅施設部分を「住宅床」という。)をそれぞれ配置する計画となっている。(甲1,4)

(4)  本件再開発事業の経過

昭和62年1月23日

西口地区を第一種市街地再開発事業施行地区とする都市計画決定

平成4年12月

北千住駅西口地区市街地再開発連合準備組合設立

同8年11月

事業計画素案策定

同9年6月

核テナント(参加組合員予定者)として株式会社丸井を決定

同11年3月1日

東京都知事の認可を受け原告が設立

同12年12月21日

総会決議により全員同意方式(再開発法110条)から地上権非設定方式(再開発法111条)に変更

同月30日

再開発法71条1項の規定による金銭給付等の申出期限

同月31日

評価基準日

同13年1月17日から

同月30日まで

権利変換計画の縦覧期間

同年2月22日

東京都知事による権利変換計画の認可

同月23日ころ

権利変換処分の通知

同月27日

権利変換期日

同年3月5日

土地等の明渡し通知

同月29日

土地等の明渡し期限

(5)  被告による金銭給付等希望申出書等の提出

被告は,平成12年12月13日,同日付けの「金銭給付等希望申出書」と題する書面(甲18。以下,同書面を「本件金銭給付等申出書」という。)及び同日付けの「借家権消滅希望申出書」と題する書面(甲19。以下,同書面を「本件借家権消滅申出書」といい,本件金銭給付等申出書と総称して,「本件申出書」という。)にいずれも署名押印して,これを原告に提出した。

本件金銭給付等申出書には,「都市再開発法第71条第1項の規定に基づき,下記の〔宅地 建築物〕について同法第87条の規定による権利の変換を希望せず,〔金銭の給付 建築物の他への移転〕を希望するので申し出ます。」と不動文字で記載され,さらに,「イ 宅地 所在及び地番・足立区千住<番地略> 地目・宅地 地積・405.12m2」,「ハ 建築物 所在・足立区千住<番地略> 家屋番号・未登記」と記載されている。

また,本件借家権消滅申出書には,「都市再開発法第71条第3項の規定に基づき,下記の建築物について同法第88条第5項の規定による借家権の取得を希望しないので,申し出ます。」と不動文字で記載され,さらに,「所在・千住<番地略> 家屋番号・<略> 用途・事務所倉庫 構造の概要・鉄骨造陸屋根2階建 延べ面積(m2)・205.60 所有者の住所及び氏名・田中栄一 足立区千住<番地略> 田中麻美 足立区千住<番地略>」と記載されている。(甲18,19)

(6)  被告に対する補償金等の供託

原告は,平成13年2月27日及び同年3月29日,再開発法91条及び97条の規定に基づき,被告に対する本件土地建物等についての補償金等として,以下のとおり,合計6億3194万3100円を供託した(甲23,24(いずれも枝番のすべてを含む。))。

ア 91条補償

(ア) 本件土地1(所有権)

3億9074万1000円

(イ) 本件土地2(土地賃借権)

769万4000円

(ウ) 本件土地3(土地賃借権)

2730万1000円

(エ) 本件建物2(建物賃借権)

3971万8000円

イ 97条補償

1億6648万9100円

ウ 合計

6億3194万3100円

(7)  収用委員会に対する裁決の申請

被告は,平成13年3月10日,再開発法85条1項に基づき,東京都収用委員会に対して,前記(6)アの各土地建物の権利について,価額の裁決を申請した(甲43)。

(8)  本件土地建物等についての明渡し請求等

原告は,権利変換期日の経過後,明渡し期限を平成13年3月29日と定め,被告に対し,同月5日に送達された「土地等の明渡し通知」と題する書面により,上記明渡し期限までに本件土地建物等を明け渡すことを求めた。

原告の明渡し請求にもかかわらず,被告が本件土地建物等を明け渡さなかったため,原告は,被告に対し,同年4月23日に送達された書面により,再度明渡しを求めるとともに,建物の収去を原告に依頼するか,除却費用の支払を受けた上で被告自ら行うかにつき選択することを要請した。

しかし,被告は,本件土地建物等の明渡しに応じず,建物の収去についても何ら回答しなかったため,原告は,同年5月22日,建物の除却費用として281万4900円を供託した。(甲19,21の1,21の2,22の1,22の2,25)

(9)  本件土地建物等についての明渡し断行の仮処分

原告は,被告に対し,平成13年5月28日に本件土地建物等の明渡しを求める仮処分を申し立て,同年7月27日にこれを認める仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を受けた。被告は,本件仮処分決定に対して保全異議を申し立てるとともに,執行停止の申立てをしたが,同年8月10日に執行停止の申立ては却下された。原告は,同年9月13日,本件仮処分決定に基づく強制執行に着手し,同月26日,本件土地建物等の明渡しを受けた。

同14年2月1日,上記保全異議申立事件において,本件仮処分決定が認可され,被告が申し立てた保全抗告も,同15年7月17日に棄却された。被告は,これに対して特別抗告及び許可抗告の申立てをしたが,同年8月20日に許可抗告不許可決定がされ,同年11月14日には,本件仮処分決定の認可決定に対する特別抗告及び許可抗告不許可決定に対する特別抗告がいずれも棄却された。(甲26,27,37から40まで)

(10)  収用委員会の裁決

東京都収用委員会は,平成14年3月18日,被告の申請に係る前記(6)アの各土地建物の価額について,次のとおり裁決した(甲28)。

ア 本件土地1(所有権)

1億4569万3540円をもって相当とするが,施行者である原告が価額を3億9074万1000円と定めているので,再開発法85条3項,土地収用法94条8項により,原告が定めた価額である3億9074万1000円を採用する。

イ 本件土地2(土地賃借権)

594万2040円をもって相当とするが,上記アと同様に,原告が定めた価額である769万4000円を採用する。

ウ 本件土地3(土地賃借権)

2467万8915円をもって相当とするが,上記アと同様に,原告が定めた価額である2730万1000円を採用する。

エ 本件建物2(建物賃借権)

2179万7767円をもって相当とするが,上記アと同様に,原告が定めた価額である3971万8000円を採用する。

4  争点

(1)  本件土地建物等はいずれも現場を再現することが可能な程度に位置が特定されているといえないため,本件訴えは不適法であるか。

(2)  本件再開発事業においては,権利変換計画及びその認可処分について重大な違法があり,権利変換計画及びその認可が無効であるか。

(3)  本件再開発事業においては,金銭給付等の申出期間が延長されたとすることは許されず,このため権利変換処分が無効であるか。

(4)  本件再開発事業においては,被告の金銭給付等の申出について錯誤があり,このため権利変換計画の認可が無効であるか。

(5)  本件再開発事業における権利変換手続は,条約や憲法によって保障された権利を侵害しており,このため無効であるか。

(6)  本件再開発事業における権利変換手続について,再開発法を根本的に否定するなどの重大な違法があるか。

(7)  原告の定款及び権利変換計画は,再開発法に違反し,かつ,条約や憲法によって保障された権利を侵害しており,無効であるか。

(8)  原告が行った補償金等の供託について,供託の要件を欠くなどの違法があるか。

(9)  本件仮処分決定について,条約や憲法によって保障された権利を侵害するなどの違法があるか。

(10)  原告による本件土地建物等の明渡しの要求は,不当なものといえるか。

5  当事者の主張の要旨

(1)  本件土地建物等はいずれも現場を再現することが可能な程度に位置が特定されているといえないため,本件訴えは不適法であるか。

(被告の主張)

民事保全法33条は,仮処分により明け渡した物等についての原状回復を定めているから,建物等収去土地明渡しの仮処分においては,恒久点の記載並びにそこからの方位及び距離によって,現場を再現することが可能な程度に対象物が特定されていなければならない。本件訴えは,本件仮処分決定についての起訴命令に基づくものであるから,仮処分決定に際して要求される場合と同程度に対象物が特定されている必要がある。

しかしながら,本件土地建物等は,いずれも現場を再現することが可能な程度に位置が特定されているとはいえないから,本件訴えは不適法である。

(原告の主張)

被告の主張は争う。

本件訴えは適法である。

(2)  本件再開発事業においては,権利変換計画及びその認可処分について重大な違法があり,権利変換計画及びその認可が無効であるか。

(被告の主張)

本件再開発事業において原告の定めた権利変換計画(以下「本件権利変換計画」という。)には,以下のとおり重大な違法があるので,無効である。そして,東京都知事による本件権利変換計画の認可処分も,本件権利変換計画の重大な違法性をそのまま承継した無効なものというべきである。

ア 再開発法74条は,権利変換計画の決定基準の一つとして,関係権利者の利害の衡平に十分な考慮を払って定めることを規定しているが,本件権利変換計画において,原告は,十分な考慮を払っていない。

イ 権利変換を希望せず,従前の土地建物に関する権利に相応する金銭の給付を希望する者は,事業計画確定公告がされてから30日間に,その旨を申し出ることができる。本件においては,金銭給付等の申出期限は,事業計画確定公告がされた平成11年7月16日から30日を経過した同年8月15日,あるいは,組合設立の日である同年3月1日から30日を経過した同月31日である。被告は,上記期限内に権利変換を希望しない旨の申出をしていない。

ウ 施行者は,事業計画確定公告後速やかに土地調書及び物件調書を作成することが義務付けられている。土地調書及び物件調書は,多数の関係権利者の複雑な権利関係を一括して取り扱うという第一種市街地再開発事業の特質に根ざすものであり,あらゆる手続の出発点である。

本件においてこれらが作成されたのは,平成13年1月15日であるが,評価基準日である同12年12月31日以降に作成された土地調書は,違法に作成されたものというべきである。

エ 被告は,平成12年12月13日に本件申出書を提出した。しかし,土地調書等が作成され,被告の権利の数量が確定し,評価が確定した後に,これらの手続が可能になるものであるから,被告の上記申出は,その前提を欠くものである。

オ 施行者は,権利変換計画の原案を2週間,公衆の縦覧に供し,関係権利者に意見を提出する機会を与えなければならない。権利変換計画の原案の縦覧は,従前の関係権利者の資産が変換されるてん末が一目瞭然に分かるものでなければ無意味である。

しかし,原告は,被告が他の権利者の部分を閲覧しようとしても,これを拒否したものであって,本件権利変換計画の縦覧手続には,違法がある。

(原告の主張)

ア 再開発法74条2項の定める基準は,その理念をふえんして,再開発法75条以下に具体的に基準が規定されており,本件権利変換計画は,これらの基準を遵守しているものであるから,何ら違法はない。

イ 本件再開発事業においては,権利変換計画の縦覧は,平成13年1月17日から同月30日までの間に実施された。本件再開発事業は,いわゆる縦覧型で行われており,再開発法71条5項が適用される。このため,金銭給付等の申出期間は,同12年12月1日から同月30日までの間となった。したがって,被告が同年12月13日にした金銭給付等の申出及び借家権消滅の申出は有効である。

ウ 再開発法上,物件調書及び土地調書の作成が評価基準日に先行しなければならない旨の規定はない。評価基準日は,権利の評価の時的基準を定めたものであって,物件調書等の作成が評価の時的基準時に先行すべき必然性はない。

エ 原告は,被告に対して他の権利者に関する部分の縦覧を拒否した事実はない。被告は,縦覧期間中の平成13年1月25日及び同月30日に他の権利者の部分も含めて権利変換計画書の閲覧をしており,被告の主張は事実に反する。

(3)  本件再開発事業においては,金銭給付等の申出期間が延長されたとすることは許されず,このため権利変換処分が無効であるか。

(被告の主張)

ア 再開発法71条5項が定める金銭給付等申出期間の延長は,評価基準日における評価が妥当性を維持し得る期間は,せいぜい1年以内であることから設けられたものであり,組合がいつまでも組合員の翻意を促すために利用することができるためにあるのではない。本件では,平成12年12月31日時点の価格を同9年6月1日時点の価格に据え置いて標準地価格が決定されており,金銭給付等申出期間の延長を認める前提を欠いているから,原告が主張する金銭給付等申出期間の延長は,再開発法71条5項の濫用であって,許されない。

イ 仮に,本件において金銭給付等申出期間の延長が認められるとしても,組合員に対して再開発法の趣旨を周知徹底し,既に権利床に変換された権利があることを説明した上で,組合員が希望するのであれば,今からでも変更ができる旨告げて,組合員の納得を得て,組合員の利益のための変更のみが許されるものというべきである。したがって,本件の事実関係の下では,金銭給付等申出期間の延長は許されない。

(原告の主張)

ア 被告の主張は争う。

イ 原告が金銭給付等申出期間を恣意的に延長した事実はない。

(4)  本件再開発事業においては,被告の金銭給付等の申出について錯誤があり,このため権利変換計画の認可が無効であるか。

(被告の主張)

被告の金銭給付等の申出及び借家権消滅の申出は,原告側の詐欺により,再開発法上当然の権利である商業床及び駐輪場床への権利変換が認められないとの錯誤に陥ったことに基づくものであるから,無効又は取消事由が存在する。被告は,平成13年1月に,原告に対して,これらの申出につき取消しの意思表示をしたから,これらの申出はいずれも無効である。

東京都知事による本件権利変換計画の認可は,無効の申出を前提とするものであるから,無効である。

(原告の主張)

原告は,本件再開発事業の開始当初から,金銭給付等の申出をした場合の課税について,組合員に対し,全体説明会において説明をしたほか,個別的に説明を行ってきた。そして,被告に対し,平成12年12月7日に,金銭給付等申出書等を提示して,補償金に対する課税が行われることを前提として,同書面の提示がない場合には,譲渡に関する税の買替特例が適用されないこと,金銭給付等の申出がないときには,再開発ビルに床として権利変換せざるを得ないことを説明した。これに対して,被告は,同月13日に,「先生」と呼ばれる専門家の判断を仰いで,権利関係等を的確に把握した上で,自らの意思に基づいて,本件申出書を提出したものであり,被告には何らの錯誤も存在しない。

(5)  本件再開発事業における権利変換手続は,条約や憲法によって保障された権利を侵害しており,このため無効であるか。

(被告の主張)

ア 社会権規約上の権利の侵害

経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「社会権規約」という。)11条は,締約国はすべての者に適切な居住の権利を含む生活水準の権利を保障する旨定めている。

社会権規約上の権利のうち,国家に不作為を求めるものについては,立法を待つことなく,国内法としての効力を有すると解すべきである。そして,原告は,東京都知事の認可を受けて設立された公法人であるから,社会権規約が適用される。

社会権規約16条に基づいて国連社会権委員会が発表した一般的意見4及び7は,社会権規約11条の定める居住の権利に関して,強制立退きが許される場合を,①高度の正当化事由の存在,②真摯な協議の存在,③適切な代替物件又は適切な補償の提供などの極めて厳格な要件のすべてを満たす場合に限定している。本件における原告の被告に対する強制立退きの請求は,被告の金銭給付等の申出が原告側の詐欺による錯誤に基づくもので無効であり,上記②の要件を満たさないことなど,上記①から③までのいずれの要件をも欠いており,社会権規約11条に違反している。

イ 憲法上の権利の侵害

被告は,法人ではあるが,家族経営の企業であって,総勢13名の従業員とその家族の生活を支えている。被告ないしその構成員の事業活動を通じた幸福追求の権利は,憲法13条により,国政の上で最大の尊重を要するところ,本件権利変換手続及び強制立退きは,被告の上記権利に最大の尊重を払っておらず,憲法13条に違反する。

被告は,北千住駅前に本店事務所等を有し,石材卸を中心とした事業を50年余りにわたって営み,「千住の田中」という地名と密着した呼称によって信用を維持し,有利な立地条件によって事業の継続を可能にしてきた。したがって,被告が「千住の田中」として現地にとどまり続けることを保障するか,それに代わる適切な代替物件として,再開発ビルに権利床を取得することを保障することは,当然である。この土地について,何らの占有の法的保障を有しない株式会社丸井(以下「丸井」という。)に優先して被告が権利床を取得することは,居住の自由及び職業選択の自由を定めた憲法22条の保障するところというべきであり,これを否定して強制立退きをさせることは,憲法22条に違反する。

被告の土地建物の所有権等を奪うことは,憲法29条の保障する財産権の侵害にほかならない。被告の権利を丸井や足立市街地開発株式会社(以下「足立市街地開発」という。)に取得させることは,「公共のために用いる」ことには当たらない。また,本件において,原告が供託した金銭は,到底「正当な補償」といえない。

原告は,被告の強い要求にもかかわらず,本件権利変換計画の全体を被告に閲覧させず,評価の基礎となる鑑定書はおろか鑑定業者の名称さえ被告に知らせないから,被告の自己決定権としての知る権利(憲法13条)を侵害している。

原告は,参加組合員である丸井や足立市街地開発及び一地権者であるパチンコ店には床を取得させながら,地権者組合員である被告にはこれを拒否した。また,原告は,強制立退きにおいて,被告と田中健治とを差別した。これらは,憲法14条の定める平等権を侵害する。

居住の自由及び職業選択の自由を強制立退きによって制約するためには,憲法31条の定める適正手続の保障の観点から,①高度の正当化事由,②真摯な協議及び③適切な代替物件又は適切な補償の提供を要するところ,本件では,これらがいずれも満たされておらず,本件の強制立退きは,憲法31条に違反する。

(原告の主張)

ア 社会権規約が本件に直接適用されるとの被告の主張については,争う。

イ 被告がその意思に反して職業ないし財産権を奪われ,従来の事業の継続を阻害された事実はない。

(6)  本件再開発事業における権利変換手続について,再開発法を根本的に否定するなどの重大な違法があるか。

(被告の主張)

ア 原告は,設立に先立ち,新線乗り入れにより収益の確実な駐輪場を参加組合員にすぎない足立市街地開発に独占させることを決めていた。このように,原告は,本来は従前の駐輪場経営者である被告に権利変換すべき駐輪場床をあらかじめ同社に譲渡することを決めていたので,原告側のコンサルタントは,被告がいくら要求しても,被告に対する駐輪場床の割当てに応じなかった。これは,再開発法を根本的に否定する重大な違法である。

イ 原告は,被告に金銭給付等申出書の用紙を交付するに際して,権利変換期日を告げず,かつ,同期日までに代替物件を取得しなければ高額の税が課されることも告げなかった。被告は,原告が補償金として供託した額の3分の1に相当する高額の税が課されることを知っていれば,金銭給付等の申出をすることはなかった。被告の金銭給付等の申出は,原告の違法な不作為による重大な錯誤に基づくものである。

(原告の主張)

ア 丸井が商業床を取得したこと及び足立市街地開発が駐輪場床を取得したことは,いずれも組合の総会で決議された定款及び事業計画上定められていたものであり,権利変換計画は定款及び事業計画に基づいて作成することが求められている以上,何ら違法はない。

なお,原告の設立に先立って,足立市街地開発による駐輪場床の取得が決まっていた事実はない。

イ 被告の主張する事実は否認する。

仮に,被告の主張する錯誤が存在するとしても,その瑕疵は,重大かつ明白とは到底いえないものであるから,本件権利変換処分の無効原因とはならない。

(7)  原告の定款及び権利変換計画は,再開発法に違反し,かつ,条約や憲法によって保障された権利を侵害しており,無効であるか。

(被告の主張)

再開発法の趣旨に照らせば,商業床及び駐輪場床は,本来の権利者である被告その他の者がまず取得し,剰余について,丸井や足立市街地開発が取得することができるにすぎないことが明白である。

したがって,本来の権利者からこれを奪うことを定める定款及び事業計画は,そもそも再開発法に違反し,かつ,被告の財産権(憲法29条)及び居住の権利(社会権規約11条)を侵害するから,無効である。無効な定款及び事業計画に基づいて作成された権利変換計画が無効であることはいうまでもない。

(原告の主張)

被告の主張は争う。

被告がその意思に反して職業ないし財産権を奪われ,従来の事業の継続を阻害された事実はない。

(8)  原告が行った補償金等の供託について,供託の要件を欠くなどの違法があるか。

(被告の主張)

原告が行った補償金の供託には,①被告が金銭給付等の申出をしていないこと,②被告が補償金の受領を拒んでいないこと,③原告が補償金として供託した金額は,補償金の算定基準に従っていない上,地権者間の衡平を欠いていること,④再開発法91条1項の要件,すなわち80条1項の規定により算定した相当の額に年6分の利息相当額(本件では,5334万1000円)を付さなければならないところ,これを付していないことの違法がある。

(原告の主張)

被告の主張は争う。

原告が行った補償金等の供託について違法はない。

(9)  本件仮処分決定について,条約や憲法によって保障された権利を侵害するなどの違法があるか。

(被告の主張)

ア 本件仮処分決定は,社会権規約11条を無視し,理由を付さず,執行停止をすることなく行われたものであり,また,これについての上級審の決定は,社会権規約11条についての一般的意見を無視しながら,これに代わる解釈を示しておらず,条約及び憲法に違反する。

イ また,前記のとおり,原告の行った供託は,再開発法91条1項の要件を満たしておらず,このため,被告は原告に対して土地建物を明け渡すべき義務がなかった。原告は,被告の無知につけ込んで明渡しの断行の仮処分を行ったものであるから,明渡しの強制執行には重大な違法がある。

ウ 原告は,本件仮処分決定の審理において,被告の島根営業所裏に所在する平田祐二ほか所有の土地を代替地として確保した旨主張した。代替地とは,金銭給付に代わるものであるから,金銭給付の期日に地権者に引き渡せるもの,すなわち,原告が先に取得して,地権者に無償で引き渡せる物件でなければ意味がない。しかし,原告の主張する上記代替地は,単に原告が売り手を見付けてきたというものであって,その取得のためには,被告が代金を支払う必要があり,そのようなものは代替地には当たらない。

(原告の主張)

本件仮処分決定に違法はない。なお,仮処分事件に関する被告の主張は,本件請求の抗弁となるものではない。

(10)  原告による本件土地建物等の明渡しの要求は,不当なものといえるか。

(被告の主張)

ア 原告は,平成13年4月末ころまでには,すべての土地建物の明渡しが完了する必要があるとして,裁判所に対して,被告に対する仮処分命令を申し立て,被告の占有する建物のほかに,田中健治の建物も除却されていないにもかかわらず,除却されていないのは被告の占有する建物のみであるかのように裁判所を欺いて,本件仮処分決定を取得した。そして,被告に対しては,強制立退きを強行しながら,田中健治については,年末まで明渡しを猶予するなど差別的な取扱いをした。

イ 原告は,その補償額の算定根拠,算定の資料たる不動産鑑定書,さらに,他の関係権利者間の利害の衡平に十分の考慮が払われたことを示す権利変換計画書すら,被告の強い要求にもかかわらず,開示しない。原告の補償額は被告の試算よりもはるかに低いものであり,かつ,被告の知り得た資料だけからでも,関係権利者と比べて被告は不当に差別的な取扱いをされている。そのような不当な補償金の供託によって明渡しが正当化されるはずもない。

(原告の主張)

被告の主張は争う。なお,仮処分事件に関する被告の主張は,本件請求の抗弁となるものではない。

第3  争点に対する判断

1  本件土地建物等はいずれも現場を再現することが可能な程度に位置が特定されているといえないため,本件訴えは不適法であるかについて(争点(1))

被告は,民事保全法33条が仮処分により明け渡した物等についての原状回復を定めていることから,建物等収去土地明渡しの仮処分においては,現場を再現することが可能な程度に対象物が特定されていなければならないとした上で,仮処分決定に係る起訴命令に基づくものである本件訴えについても,仮処分決定に際して要求される場合と同程度に対象物が特定されている必要があるとする。その上で,本件土地建物等は,いずれも現場を再現することが可能な程度に位置が特定されているとはいえないから,本件訴えは不適法である旨主張する。

しかしながら,民事保全法33条に基づく原状回復の範囲については,「債務者が引き渡し,若しくは明け渡した物の返還,債務者が支払った金銭の返還又は債権者が使用若しくは保管をしている物の返還」に限定されており,その物が滅失した場合にはもはや同条に基づく原状回復を命ずることはできないから,同条の趣旨を考慮する必要がある旨の被告の主張は,その前提において失当である。

そして,建物等収去土地明渡請求訴訟においては,仮処分決定に係る起訴命令に基づくものであるか否かにかかわらず,明渡しの対象物は,その同一性を識別し得る程度に特定すれば足りるというべきである。本件においては,本件土地建物等は,所在,地番,地積,家屋番号,種類,構造,床面積及び図面等によって,いずれも対象となる部分を識別し得る程度に特定されているから,本件訴えは適法というべきである。

2  本件再開発事業においては,権利変換計画及びその認可処分について重大な違法があり,権利変換計画及びその認可が無効であるか,並びに本件再開発事業においては,金銭給付等の申出期間が延長されたとすることは許されず,このため権利変換処分が無効であるかについて(争点(2)及び(3))

被告は,①再開発法74条は,権利変換計画の決定基準の一つとして,関係権利者の利害の衡平に十分な考慮を払って定めることを規定しているが,本件権利変換計画において,原告は,十分な考慮を払っていない,②本件において,金銭給付等の申出期限は,事業計画確定公告がされた平成11年7月16日から30日を経過した同年8月15日,あるいは,組合設立の日である同年3月1日から30日を経過した同月31日であるところ,被告は,上記期限内に権利変換を希望しない旨の申出をしていない,③施行者は,事業計画確定公告後速やかに土地調書及び物件調書を作成することが義務付けられており,土地調書及び物件調書は,第一種市街地再開発事業において,あらゆる手続の出発点であるところ,本件においてこれらが作成されたのは,平成13年1月15日であり,評価基準日である同12年12月31日以降に作成された土地調書は,違法に作成されたものというべきである,④被告は,平成12年12月13日に本件申出書を提出したが,土地調書等が作成され,被告の権利の数量が確定し,評価が確定した後に,これらの手続が可能になるものであるから,被告の申出は前提を欠いている,⑤施行者は,2週間にわたって,権利変換計画の原案を公衆の縦覧に供し,関係権利者に意見を提出する機会を与えなければならないところ,原告は,被告が他の権利者の部分を閲覧しようとしても,これを拒否したものであって,本件は,縦覧手続に違法がある旨主張し,さらに,⑥再開発法71条5項が定める金銭給付等の申出期間の延長は,評価基準日における評価が妥当性を維持し得る期間がせいぜい1年以内であることから設けられたものであり,本件では,平成12年12月31日時点の価格を同9年6月1日時点の価格に据え置いて標準地価格が決定されており,金銭給付等の申出期間の延長を認める前提を欠いているから,原告が主張する金銭給付等の申出期間の延長は,再開発法71条5項の濫用であって許されない,⑦仮に,本件において金銭給付等の申出期間の延長が認められるとしても,組合員に対して再開発法の趣旨を周知徹底し,既に権利床に変換された権利があることを説明した上で,組合員の納得を得て,組合員の利益のための変更のみが許されるものというべきであるから,本件では金銭給付等の申出期間の延長は許されないとして,本件権利変換計画及びその認可処分には重大な違法があり,無効であるとする。

しかしながら,金銭給付等の申出期間については,再開発法71条1項に基づき組合設立認可公告後30日以内にすべき金銭給付等の申出は,同条5項により,期間経過後6か月以内に再開発法83条による権利変換計画の縦覧が開始されないときは,当該6か月の期間経過後30日以内に,新たに権利変換を希望しない旨の金銭給付等の申出をすることができると規定されており,平成11年3月1日の組合設立認可公告後,権利変換計画の縦覧が開始されず,その結果,権利変換を希望しない旨の申出期間が平成12年12月1日から同月30日までの間となったものである。したがって,被告が同年12月13日にした金銭給付等の申出及び借家権消滅の申出は,いずれも有効であることが明らかである。被告の上記⑥及び⑦の主張は,独自の見解に基づくものであって,採用することができない。

また,上記③については,再開発法上,物件調書及び土地調書の作成が評価基準日に先行しなければならない旨の規定は存在せず,物件調書等の作成が評価の基準時に先行すべき必然性はないというべきである。原告の上記主張は,独自の見解に基づくものであり,採用することができない。

さらに,権利変換計画についての東京都知事の認可が無効であるためには,その瑕疵が重大明白であることが必要であるところ,被告主張の事由は,いずれも重大明白な瑕疵であるとはいえないから,本件権利変換計画の認可が無効であるということはできず,被告の前記主張は,結局のところ,いずれも採用することができないというべきである。

3 本件再開発事業においては,被告の金銭給付等の申出について錯誤があり,このため権利変換計画の認可が無効であるかについて(争点(4))

被告は,被告の金銭給付等の申出及び借家権消滅の申出は,原告側の詐欺により,再開発法上当然の権利である商業床及び駐輪場床への権利変換が認められないとの錯誤に基づくものであるから,無効又は取消事由が存在するとした上で,被告は,平成13年1月にこれらの申出につき取消しの意思表示をしたから,これらの申出はいずれも無効であり,東京都知事による本件権利変換計画の認可は,無効の申出を前提とするものであるから,無効である旨主張する。そして,被告代表者の陳述書(乙44,47,74,80)には,これに沿う記載がある。

しかしながら,証拠(甲43,乙72)によると,①被告の代理人であった熊野勝之弁護士(以下「熊野弁護士」という。)が原告に交付した平成13年1月30日付けの「権利変換計画についての意見書」と題する書面(甲43の別紙3)には,被告は,原告の指示に従って本件申出書を提出したが,この時点までの物件調書には株式会社丸栄田中石材の賃借権の記載はなく,被告のみの賃借権であることを前提に本件申出書を提出したものであるところ,その後に至って,異なる記載のある物件調書が交付されたので,先の申出は錯誤に基づくもので無効又は取消し得べきものである旨の記載がされていること,②熊野弁護士が原告に交付した同年3月28日付けの「土地等の明渡しの前提について」と題する書面(乙72)には,原告に対して補償額の内容の説明を求めるとともに,被告は,補償費を内金として受領する用意があるとの記載がされていること,③これらのいずれも書面においても,被告の金銭給付等の申出が商業床及び駐輪場床への権利変換が認められないとの錯誤によるものである旨の記載は全く存在しないことが認められる。

これらの書面の記載内容に照らすと,被告代表者の上記陳述は,たやすく信用することができないから,被告の上記主張は,これを認めるに足りる証拠がないというべきである。

4  本件再開発事業における権利変換手続は,条約や憲法によって保障された権利を侵害しており,このため無効であるかについて(争点(5))

被告は,本件における原告の被告に対する強制立退きの請求等は,居住の権利を保障した社会権規約11条に違反し,また,憲法13条,22条,29条,14条,31条に違反する旨主張する。

しかしながら,社会権規約11条1項は,「この規約の締約国は,自己及びその家族のための相当な食糧,衣類及び住居を内容とする相当な生活水準についての並びに生活条件の不断の改善についてのすべての者の権利を認める。」と規定するところ,これは,締約国において,相当な生活水準及び生活条件の不断の改善についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し,この権利の実現に向けて積極的に社会福祉及び社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって,個人に対し即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではないと解すべきである。このことは,社会権規約2条1項が,締約国において「立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成する」ことを求める旨定められていることからも明らかである。このように,社会権規約11条は,我が国に対して法的拘束力を有しないから,これに違反する旨の被告の主張は,その前提を欠くというべきであって,採用することができない(最高裁昭和60年(行ツ)第92号平成元年3月2日第一小法廷判決・裁判集民事156号271頁)。

また,証拠(甲1)によると,本件再開発事業は,交通の拠点づくりとして,現在の駅前広場の拡張と関連する道路を整備して交通の円滑化を図り,地域の中心商業地にふさわしい商業の拠点づくり,文化施設の設置と良質な住宅を供給し,魅力ある街区の形成及び土地の高度利用と都市機能の更新を図ることを目的とするものであることが認められ,本件再開発事業が,再開発法に定める公共性や土地の合理的高度利用を満たすものであることが認められる。そして,前記前提となる事実のとおり,本件における権利変換手続は,本件再開発事業の目的を達成するために,再開発法の規定に基づいて行われるものである。さらに,権利変換処分により所有権その他の権利を失う者に対しては,一定の基準に従った補償金が支払われ,その金額に対して不服のある者は,収用委員会に裁決を申請することができることとされており,関係者の権利の保護についても,十分な配慮がされているということができる。これらの点を考慮すると,本件再開発事業における権利変換手続及び被告に対する建物等収去土地明渡しの請求が,憲法13条,22条,29条,31条に違反するとの被告の主張は,採用することができない。

さらに,被告に対して再開発ビルの床が割り当てられなかったのは,被告が金銭給付等の申出を行ったためであるところ,前記認定のとおり,当該申出について被告が錯誤に陥ったとは認められないことからすると,被告と丸井等とを差別した旨の被告の主張は,失当であり,採用することができない。また,証拠(甲27)によると,田中健治は,原告の明渡請求権を争っておらず,移転先である新居の建築工事が終了すれば直ちに土地を明け渡す旨確約していたという事情がうかがわれるのであって,このような事情を考慮すると,被告と田中健治に対する取扱いの差異は,必ずしも不合理なものとは言い難いから,被告に対する建物等収去土地明渡しの請求が憲法14条に違反する旨の被告の主張も,採用することができない。

5  本件再開発事業における権利変換手続について,再開発法を根本的に否定するなどの重大な違法があるかについて(争点(6))

被告は,①原告は,設立に先立ち,新線乗り入れにより収益の確実な駐輪場床を参加組合員にすぎない足立市街地開発に独占させることを決めており,原告側のコンサルタントは,被告がいくら要求しても,被告に対する駐輪場床の割当てに応じなかったこと,②原告は,被告に金銭給付等申出書の用紙を交付するに際して,権利変換期日を告げず,かつ,同期日までに代替物件を取得しなければ高額の税が課されることも告げなかったため,被告は,原告が補償額として供託した額の3分の1に相当する高額の税が課されることを知らなかったことを挙げて,本件の権利変換手続について,再開発法を根本的に否定するなどの重大な違法がある旨主張する。

しかしながら,足立市街地開発が駐輪場床を取得したことは,組合の総会で決議された定款(甲4)及び事業計画書(甲5)において定められていたものであり,権利変換計画は定款及び事業計画に基づいて作成することが求められている以上,足立市街地開発による駐輪場床の取得について何ら違法はないというべきである。また,原告の設立に先立ち,足立市街地開発が駐輪場床を取得することが決まっていた事実を認めるに足りる証拠はない。

さらに,補償金に対する課税についても,被告が主張する錯誤が存在したことを認めるに足りる的確な証拠は存在しない上,仮に,そのような錯誤が存在したとしても,その瑕疵は重大かつ明白とはいい難いものであるから,本件権利変換処分の無効原因とはならないというべきである。

したがって,被告の上記主張は,いずれも採用することができない。

6  原告の定款及び権利変換計画は,再開発法に違反し,かつ,条約や憲法によって保障された権利を侵害しており,無効であるかについて(争点(7))

被告は,再開発法の趣旨に照らせば,商業床及び駐輪場床は,本来の権利者である被告その他の者がまず取得し,剰余について,丸井等が取得することができるにすぎないことが明確であるとした上で,本来の権利者からこれを奪うことを定める定款及び事業計画は,再開発法に違反し,かつ,被告の財産権及び居住の権利(社会権規約11条)を侵害するから,無効であり,無効な定款及び事業計画に基づいて作成された本件権利変換計画も無効である旨主張する。

しかしながら,前記4において認定判断した本件再開発事業の公共性や再開発法においては関係者の権利に対して相当の配慮がされていることを考慮すると,本件再開発ビルの床は,従前の権利者がまず取得し,剰余について,参加組合員である丸井等が取得することができるにすぎないことが再開発法の趣旨から明確であるとはいい難いから,被告の上記主張は,その前提において失当であり,採用することができない。

7  原告が行った補償金等の供託について,供託の要件を欠くなどの違法があるかについて(争点(8))

被告は,原告による補償額の供託には,①被告が金銭給付等の申出をしていないこと,②被告が補償金の受領を拒んでいないこと,③原告が補償金として供託した金額は,補償金の算定基準に従っていない上,地権者間の衡平を欠いていること,④再開発法91条1項の要件すなわち,80条1項の規定により算定した相当の額に年6分の利息相当額を付さなければならないところ,これを付していないことの違法がある旨主張する。

しかしながら,まず,①については,前記1において判断したとおり,被告は,金銭給付等の申出期間内である平成12年12月13日に,原告に対して金銭給付等の申出をしており,②についても,証拠(甲43の別紙3,乙72)及び弁論の全趣旨によると,被告は,同13年2月当時,補償金の額が不当に低額であるとして,補償金の受領を拒んでいた事実を認めることができる。また,③については,前記前提となる事実のとおり,原告が補償金として供託した金額は,東京都収用委員会の裁決において,権利の価額を上回るものとして是認されており,このことに照らすと,被告の主張は採用することができない。さらに,④については,証拠(甲28の11頁)及び弁論の全趣旨によると,原告が補償金として供託した金額は,再開発法91条1項の利息相当額も含む額として権利変換計画書に記載された上,処理されていることを認めることができ,このような取扱いが東京都収用委員会の裁決において特に問題とされていないことも考慮に入れると,被告の主張は採用することができない。

8  本件仮処分決定について,条約や憲法によって保障された権利を侵害するなどの違法があるかについて(争点(9))

被告は,①本件仮処分決定が,社会権規約11条及び憲法に違反すること,②本件土地建物等の明渡しの強制執行には重大な違法があること,③原告は,本件仮処分決定の審理において,代替地を確保した旨虚偽の主張をしたことを挙げて,本件仮処分決定の違法を主張する。

しかし,仮に,仮処分の審理手続,仮処分決定又はその執行手続に違法があったとしても,そのような違法は,仮処分決定の手続又はその執行手続における不服申立制度である保全異議,保全抗告,執行異議等において主張すべきものであって,当該仮処分の本案訴訟において,原告の請求に対する抗弁として主張することはできない。

したがって,被告の上記主張は,失当というべきである。

9  原告による本件土地建物等の明渡しの要求は,不当なものといえるかについて(争点(10))

被告は,①本件仮処分決定は,原告の詐欺によるものであり,原告は,被告と田中健治とを差別する取扱いをしている,②原告は,補償金の額についても,被告を不当に差別する取扱いをしており,そのような不当な補償金の供託によって明渡しは正当化されない旨主張する。

しかし,まず,①については,前記8において判示したとおり,仮処分決定の違法は,当該仮処分の本案訴訟において,原告の請求に対する抗弁として主張することはできないから,被告の主張は失当というべきである。また,②についても,前記7において判示したとおり,被告に対する補償金の額が不当に低額であるとは認め難いから,被告の上記主張は採用することができない。

10  まとめ

以上によれば,被告の主張は,いずれも失当であって,採用することができない。そして,そのほか,前記認定の本件再開発事業の手続等を検討しても,何ら違法な点は見当たらないから,本件権利変換計画及びその認可処分等についてこれを無効とすべき事由は全くないというべきである。

第4  結論

以上によれば,原告の請求はすべて理由があるから認容し,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉原則彦 裁判官 市原義孝 裁判官 島村典男)

別紙

物件目録<省略>

図面1〜6<省略>

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