東京地方裁判所 平成14年(ワ)5909号 判決 2002年11月26日
原告
ヴォルフガング・ドライズィング
被告
猪俣一夫
主文
一 被告は、原告に対し、一九九万七二四一円及びこれに対する平成一〇年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一〇八六万八〇一四円及びこれに対する平成一〇年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、自転車を運転して、本件事故現場に在る交差点(以下「本件交差点」という。)の横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)を横断中、交差道路を進行する被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)に衝突されて受傷した事故に関し、原告が被告に対して、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。主たる争点は、事故態様、すなわち、本件事故発生についての被告の過失の有無又は双方の過失割合である。
一 前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は、争いがない。)
1 本件事故の発生
(1) 日時 平成一〇年一一月一二日午後三時五〇分ころ
(2) 場所 東京都千代田区神田錦町三丁目二四番地先路上
(3) 被告車両 被告が運転する普通乗用自動車
(4) 態様 原告が本件横断歩道を自転車を運転して横断中、交差道路を走行する被告車両に側面から衝突されて受傷した。
2 原告の受傷内容(甲二、三)
左鎖骨骨折、左肩甲骨骨折、肋骨多発骨折、右第二、三指骨折、左腓骨骨折、頭部打撲
3 原告の治療経過(甲二、三、七の一ないし一四、原告本人)
(1) 駿河台日本大学病院
平成一〇年一一月一二日(本件事故当日、救急車にて搬送)
(2) 新行徳病院
平成一〇年一一月一二日から同月二六日まで入院(一五日)
同月二七日から平成一一年六月二九日まで通院(実日数一三日)
4 原告の後遺障害(甲四、一六)
原告は、平成一一年六月二九日に症状固定し、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)から、次のとおり、自動車損害賠償保障法施行令二条別表の後遺障害等級表に該当する後遺障害の認定を受けた。
(1) 左肩関節の機能障害として、一〇級一〇号
(2)ア 右手指の機能障害 八級四号
イ 右手関節の機能障害 八級六号
ウ 以上より、右上肢の機能障害として、六級相当
(3)ア 左鎖骨の変形 一二級五号
イ 肋骨の変形 一二級五号
ウ 肩甲骨の変形 一二級五号
エ 以上より、その他体幹骨の障害として、一一級相当
(4) 以上、(一)、(二)、(三)より、現症併合五級
(5) 慢性関節リウマチによる既存障害として、右手関節の機能障害が認められることから、既存八級六号
(6) 以上より、現症併合五級、既存八級六号の加重障害適用
二 本件の争点
1 事故態様
(1) 原告の主張
ア 被告は、前方不注視、信号無視、安全運転義務違反等の過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
イ すなわち、原告は、歩行者用信号が点滅を始めた状態で、本件横断歩道に自転車で進入したが、左方向を見たところ、車三台が停止線で停止していたため、まだ行けると判断して進行した。本件横断歩道の中間を過ぎてから歩行者用信号の表示が赤色に変わったが、原告は、もう少しなので引き返すよりはこのまま進んだ方がよいと判断してそのまま進行したところ、本件事故に遭ったものである。
ウ 原告運転の自転車の時速は推定一二kmであり、一秒間に進む距離は約三・三mとなる。そうすると、歩行者用信号が赤色に変わってから交差道路の車両用信号が青色に変わるまでの一・五秒間に原告が進んだ距離は約四・九mとなり、本件横断歩道の中間の地点から四・九m進むと本件横断歩道の南端から一三・三mの地点に達する。これは、実況見分調書添付の現場見取図上の衝突地点とされている本件横断歩道の残り三・六mの地点とほぼ一致する。すなわち、車両用信号が青色に変わった瞬間に、既に被告車両は衝突地点まで来ていたことになるから、被告には、車両用信号がまだ赤色を表示しているのに本件交差点に進入したという信号無視の過失がある。
(2) 被告の認否及び反論
ア 原告主張の事故態様は、争う。被告には、前方不注視、信号無視、安全運転義務違反等の過失はない。
イ 原告の主張によれば、歩行者用信号が赤色に変わったのは、本件横断歩道の中間を過ぎた時点とのことであるが、下記のとおり、これは事実に反する。
被告が進行した道路は、片側五車線の広い一方通行の道路であり、被告は、右から四番目の車線を走行していた。本件交差点の手前二〇~三〇mの所で、赤信号のためブレーキを踏んで停止しようとしたら、信号が青色に変わったので、スピードを落として、そのまま本件交差点に進入した。被告の右側の三車線には信号待ちの車両が四、五台ずつ在ったが、信号が青に変わり全車が発進した。
被告車両が本件交差点を渡り切る直前、右側車線を走行する車両に並びかける状態の時、右側車線の車両の陰から、被告車両の眼前に、信号を無視して横断を強行してきた原告運転の自転車が現れた。被告は、急いでブレーキを踏んだが、原告運転の自転車の側面に衝突してしまった。当時、被告車両と右側車線の車両との間隔は約一m半くらいであったから、被告にとっては、一m半くらい離れた右側車線の車両の陰から急に眼前に自転車が来たものであり、右側車線の車両が走行しているため、自転車の存在は全く分からなかった。
ウ ちなみに、原告は、後日、病院において、見舞いに行った被告に対し、本件交差点に入る前に既に歩行者信号は青色点滅を表示しており、本件交差点に入ると同時に赤信号になったが、語学学校で生徒が待っていて急いでいたので渡ってしまった、と述べていた。
2 原告の損害額(原告の主張)
(1) 治療関係費 一〇一万九七一三円
ア 駿河台日本大学病院(外来医療費) 一二万一〇六〇円
イ 新行徳病院(入院分。文書料を含む。) 七一万九〇〇〇円
ウ 同(通院分。文書料を含む。) 一二万〇〇六八円
エ 同(パイプレスコット代) 一七八五円
オ 蘭調剤薬局行徳店 一万六六五〇円
カ 肩装具代金 一万八九五〇円
キ 入院雑費 一万九五〇〇円
一三〇〇円×一五日=一万九五〇〇円
ク 通院交通費(病院の駐車場代を含む。) 二七〇〇円
(2) 事故証明書申請費用 一八〇〇円
(3) 通勤交通費 一四万九二九二円
原告は、本件事故により受傷したため、電車での通勤ができず、タクシー及び自家用車での迎えを要した。
(4) 自転車代 二万〇七九〇円
(5) 休業損害 五三万七六二八円
症状固定時である平成一一年六月二九日までの原告の休業損害は、平成九年の給与所得年額一一三万七〇〇〇円を基礎とすると、五三万七六二八円となる。
(6) 後遺障害による逸失利益 五二八万八八五一円
ア 自算会から認定された原告の後遺障害は、前記のとおり、「現症併合五級、既存八級六号」である。しかし、既存障害は右手関節の機能障害によるものであるところ、原告には、この右手関節の機能障害を除いても、本件交通事故により、左肩関節の機能障害(一〇級一〇号)、右手指の機能障害(八級四号)、その他の体幹骨の変形障害(併合一一級)の後遺障害が残っている。したがって、原告については、現症だけでも併合七級相当の後遺障害が認められる。
イ 原告は、年額一一三万七〇〇〇円の収入を得ていたところ、本件事故により後遺障害併合七級に対応する五六%の労働能力を喪失したから、症状固定時(六〇歳)から一一年間の逸失利益は、五二八万八八五一円となる。
113万7000円×0.56×8.3064=528万8851円
(7) 慰謝料 一一五七万〇〇〇〇円
ア 入通院慰謝料 一五七万〇〇〇〇円
イ 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万〇〇〇〇円
(8) (1)ないし(7)の小計 一八五八万八〇七四円
(9) 損害の填補 八七〇万〇〇六〇円
ア 被告より 一一五万〇〇六〇円
イ 自賠責保険より 七五五万〇〇〇〇円
(10) 損害残額 九八八万八〇一四円
(11) 弁護士費用 九八万〇〇〇〇円
(12) 損害額合計 一〇八六万八〇一四円
第三争点に対する判断
一 事故態様(争点1)
1 甲一七、一八、原告本人、被告本人及び調査嘱託の結果によれば、本件事故発生に至る経過として、次の事実を認めることができる。
(1) 本件交差点は、白山通り方面からお茶の水通り方面に至る錦町通り(以下「東西道路」という。)と、靖国通り方面から皇居方面に至る道路(以下「南北道路」という。)とが交わる交差点である。
(2) 東西道路の車道は四車線から成り、その幅員は一六・八mである。東西道路は白山通り方面からお茶の水通り方面に通じる一方通行路であり、本件交差点の入口(西側)には車両の停止線が設けられ、その出口(東側)には南北に幅員四・〇mの本件横断歩道が設けられている。
(3) 原告は、神田に在る外国語学校に通勤する途中、自転車に乗って、南北道路を皇居方面から北進して本件交差点に至り、本件横断歩道を横断しようとした。なお、本件交差点には、自転車横断帯は設けられていない。原告が本件横断歩道に進入した時点では、既に歩行者用信号は青色点滅を表示していたが、原告は、授業の開始が午後四時〇五分であったことから、本件横断歩道を横断することとした。原告が本件横断歩道に進入して程なく、歩行者用信号の表示が赤色に変わった(歩行者用信号の表示が赤色に変わった地点については、後に検討をする。)。
(4) 原告が自転車を運転する速度は時速一二km程度であり、一秒間に走行する距離は約三・三mである。
(5) 本件横断歩道の歩行者用信号の表示が赤色に変わってから、東西道路の車両用信号の表示が青色に変わるまでの時間(いわゆる全赤)は、現在は、二秒である(本件事故当時の信号サイクルは明らかではないが、現在の信号サイクルと変わらないものと推定される。)。
(6) 一方、被告は、東西道路を白山通り方面から東進し、本件交差点に至った。被告は、当初、右側から三番目の車線を走行していたが、対面信号が赤色を表示し、前方に信号待ちの車両が停車していたため、やや減速して、停車車両のない四番目の車線に進路変更をした。被告が本件交差点に接近したところ、対面信号の表示が青色に変わったため、被告は、そのまま本件交差点を直進しようとした(車両用信号の表示が青色に変わった地点については、後に検討をする。)。
(7) 被告は、実況見分調書(甲一七)添付の現場見取図表示の<2>地点(以下、同現場見取図表示の地点を「<2>地点」のようにいう。)付近で、自転車に乗って本件横断歩道を横断してくる原告をア地点に発見し、急制動の措置をとったが、×地点で原告の自転車と衝突した。×地点は本件横断歩道の南端から一三・二m進行した地点であり、これから本件横断歩道の北端までの距離は三・六mであった。
2 ところで、原告は、「被告には、車両用信号がまだ赤色を表示しているのに本件交差点に進入したという信号無視の過失がある」と主張し、他方、被告は、「本件交差点の手前二〇~三〇mの所で、車両用信号の表示が青色に変わった」と主張している。この点につき、甲一七によれば、被告は、本件事故直後に実施された実況見分において、<1>地点で東西道路の車両用信号の表示が青色に変わるのを確認し、<2>地点で原告を発見して急制動の措置をとり、<3>地点で原告の自転車と衝突した、旨を指示説明していることが認められる。また、本件訴訟の被告本人尋問においても、<1>地点か、もう少し本件交差点寄りに進行した地点で、車両用信号の表示が青色に変わるのを確認して本件交差点に進入したと供述している。この被告本人の供述は、右側の三つの車線に停止していた車両が発進した状況にも言及するもので、実況見分の際の指示説明からほぼ一貫しており、これを虚偽と判断することはできない。したがって、被告が本件交差点に進入した時点では、対面する車両用信号は青色表示に変わっていたと認めるのが相当である。
もっとも、車両用信号の表示が青色に変わった地点が、<1>地点か、もう少し本件交差点寄りに進行した地点であるという被告本人の供述部分には、以下のとおり、疑問がある。
すなわち、被告は、前記のとおり、実況見分において、<1>地点で車両用信号が青色に変わるのを確認し、<2>地点で原告を発見して急制動の措置をとり、<3>地点で原告の自転車と衝突したと説明している。そして、実況見分調書(甲一七)によれば、<1>地点から<3>地点までの距離は二七・六mであると認められるところ、仮に、被告が本人尋問で述べるように時速四〇km(秒速一一・一m)で走行していたとすると、<2>地点で急制動の措置をとっていることをも考慮に入れるならば、被告が<1>地点から<3>地点に走行するまで、少なくとも三秒程度を要する計算である。
しかし、他方、前認定のとおり、本件横断歩道の南端から×地点までの距離は一三・二mであり、仮に、被告が主張するように、原告が本件横断歩道に進入した時点で歩行者用信号の表示が赤色に変わったとしても、全赤二秒を経て車両用信号の表示が青色に変わり、これから上記三秒を経過した時点では、原告は、×地点を通り過ぎ、ほぼ長さ一六・八mの本件横断歩道を渡り終えていることになる(三・三m×五秒=一六・五m)。計算上は、原告が本件横断歩道に進入した時点で歩行者用信号の表示が赤色に変わったとしても、×地点で原告の自転車と被告車両とが衝突するためには、車両用信号の表示が青色に変わって二秒後に、被告が<3>地点に到達する必要がある(一三・二m÷三・三m=四秒。四秒-二秒=二秒)。そうすると、被告が東西道路の車両用信号の表示が青色に変わったのを確認したのは、<1>の地点ではなく、これから恐らく一〇m前後は本件交差点に接近した地点であると考えるのが合理的である。
3 一方、対面する歩行者用信号の表示について、原告は、「歩行者用信号が点滅を始めた状態で、本件横断歩道に自転車で進入し、本件横断歩道の中間を過ぎてから歩行者用信号の表示が赤色に変わった」と主張し、原告本人は、おおむね、これに沿った供述をしている。
しかし、原告の主張するように、本件横断歩道の中間を過ぎた時点、すなわち、原告が本件横断歩道上を八・四m余り走行した地点で歩行者用信号の表示が赤色に変わったとすると、東西道路の車両用信号の表示が青色に変わるまでの全赤の二秒間に、原告はさらに六・六m進行し、もう一・八mほど走行すれば本件横断歩道を渡り終える位置に来ていることになり、前記のとおり車両用信号の表示が青色に変わった後に本件交差点に進入した被告車両との衝突事故は発生しないことになる。
そうすると、原告の対面する歩行者用信号の表示が赤色に変わったのは、原告の主張する前記地点より前であると考えられる。
4 以上によれば、本件の事故態様は、原告が、本件横断歩道の歩行者用信号が青色点滅を表示している時に、自転車に乗って本件横断歩道の横断を開始し、程なくして歩行者用信号の表示が赤色に変わり、一方、被告車両は、東西道路の車両用信号の表示が青色に変わってから、さほど間がない時に本件交差点に進入し、信号が変わって二秒くらいの間に×地点で原告の自転車と衝突した、というものであると認めるのが相当である。これ以上に詳細な事故態様は、客観的な証拠のない本件では確定することが難しい。
5 4の事実を前提として、被告の責任を検討する。
被告は、東西道路の車両用信号が青色に変わってから、さほど間がない時に本件交差点に進入したものであるが、信号の変り目においては、歩行者用信号の表示が赤色に変わった後でも、既に横断を開始していた歩行者や自転車が横断歩道上を通行することがあるから、交差道路を走行する車両の運転者としては、徐行をするとともに前方左右を注視して横断歩道上を通行する歩行者等の存在に注意し、これとの衝突を回避すべき注意義務がある。しかるに、被告は、車両用信号の表示が青色に変わったことに気を許し、それからさほど間がない時に、かなりの速度で本件交差点に進入し、その結果、本件横断歩道を横断しつつあった原告の自転車と衝突したものである。
一方、道路交通法施行令二条一項によれば、「人の形の記号を有する青色の灯火の点滅」の信号は、「歩行者は、道路の横断を始めてはならず、また、道路を横断している歩行者は、すみやかに、その横断を終わるか、又は横断をやめて引き返さなければならないこと」を意味するものとされている。原告は、軽車両である自転車に乗車していたものであるが、横断歩道上を走行しようとしていたのであるから、この歩行者用信号の表示に従うべきものであった。そして、前認定のとおり、原告が本件横断歩道に進入しようとした時点では、歩行者用信号は既に青色点滅を表示していたのであるから(弁論の全趣旨によれば、この青色点滅の時間は五秒と認められるから、原告が本件横断歩道に進入したのは、青色点滅が始まって何秒か経過した時点であったものと推測される。)、原告としては本件横断歩道の横断を始めてはならなかったのであり、歩行者用信号が青色点滅を表示しているにもかかわらず本件横断歩道の横断を開始した原告には、本件事故の発生につき軽視することのできない過失がある。
以上の双方の過失の程度・態様を比較すると、本件事故発生についての過失割合は、原告三五:被告六五と認めるのが相当である。
二 原告の損害額(争点2)
1 治療関係費 一〇一万九七一三円
(1) 甲五の一、二によれば駿河台日本大学病院の外来医療費として一二万一〇六〇円が、甲六によれば新行徳病院の入院治療費(文書料を含む。)として七一万九〇〇〇円が、甲七の一ないし一五によれば同病院の通院治療費(文書料を含む。)として一二万〇〇六八円が、甲八によれば同病院のパイプレスコット代として一七八五円が、甲九の一、二によれば蘭調剤薬局行徳店の薬剤費として一万六六五〇円が、甲一〇によれば肩装具代金として一万八九五〇円が、それぞれ支払われた事実が認められる。これらの合計は、九九万七五一三円である。
(2) 入院雑費としては、入院一五日分につき一日一三〇〇円の割合で認めるのが相当であり、その合計額は一万九五〇〇円となる。
(3) 甲一一の一、二によれば、通院交通費(病院の駐車場代を含む。)として二七〇〇円が支払われた事実が認められる。
2 事故証明書申請費用 一八〇〇円
甲一二によれば、交通事故証明書の申請費用として一八〇〇円が支払われた事実が認められる。
3 通勤交通費 一四万九二九二円
甲一三の一ないし四、一五の一ないし三、原告本人によれば、原告は、本件事故当時、宗教法人カトリック聖ドミニコ修道会の経営するトーマス外語学院においてドイツ語の教師をしていたが、本件事故により前記のような傷害を負い、階段の昇降等が不自由となったため、電車で通勤することができず、平成一一年一月七日から三月二九日までの間、タクシーないし妻の運転する自家用車で通勤し、タクシー代及び自家用車のガソリン代として合計一四万九二九二円が支払われた事実が認められる。
4 自転車代 一万〇〇〇〇円
甲一四、一八及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の際に原告が乗車していた自転車は全損し、原告は平成一二年三月五日に二万〇七九〇円で新たに自転車を購入した事実が認められる。本件事故により全損となった自転車の本件事故当時の価格は、一万円と推認するのが相当である。
5 休業損害 五四万八三三五円
甲一三の四、一五の一ないし三、原告本人によれば、事故の前年である平成九年における原告のトーマス外語学院からの収入は、一一三万七〇〇〇円(日額三一一五円。円未満切り捨て、以下同じ。)であったこと、原告は、本件事故の翌日である平成一〇年一一月一三日から同年一二月末まで同外語学院における仕事を休んだこと、原告は、平成一一年一月に仕事に復帰し、同月は一〇万五〇〇〇円、同年二月及び三月は各三万円の給与の支払を受けたこと、しかし、原告は、本件事故により階段の昇降等が不自由になり、電車による通勤が困難になったことから、同年三月末をもってトーマス外語学院を退職したことが認められる。
以上によれば、原告は、平成一〇年一二月末までは完全に休業し、また、平成一一年一月からトーマス外語学院における仕事に復帰したものの、本件事故による傷害のため収入が減少したと認められるから、この間の減収分は休業損害として認めることができる。そして、原告は、同年三月末をもって同外語学院を退職したものであるが、本件事故に遭わなければ、その後も、少なくとも同年六月二九日の症状固定時まで同外語学院における仕事を継続することができたと考えられるから、この間も休業損害を認めるのが相当である。したがって、原告の休業損害は、日額三一一五円を基礎とし、平成一〇年一一月一三日から平成一一年六月二九日までの二二九日間について算定するのが相当である(ただし、この間、支払を受けた給与に相当する額は差し引くことになる。)。
そうすると、原告の休業損害は、次のとおり五四万八三三五円となる。
3115円×229日=71万3335円
71万3335円-16万5000円=54万8335円
6 後遺障害による逸失利益 四三八万九七八六円
前記のとおり、原告は、本件事故による後遺障害として、自算会から「現症併合五級、既存八級六号の加重障害適用」との認定を受けている。この場合に、労働省労働基準局長通牒(昭和三二年七月二日基発第五五一号)の定める労働能力喪失率表を適用すれば、原告は、本件事故前、既に四五%の労働能力を喪失していたところ、本件事故後、七九%の労働能力を喪失した状態になったから、本件事故により加重された労働能力喪失率はその差である三四%ということになる(この点につき、原告は、右手関節の機能障害以外の後遺障害は、本件事故により新たに発生したものであり、これらだけでも併合七級に当たると主張するが、右手指の機能障害は、実務上、既存障害である右手関節の機能障害と同一系列の障害として扱われるから、新たな身体障害として労働能力喪失率を算定することはできない。)。
しかし、前記のとおり、原告は、本件事故前は、慢性関節リウマチによる右手関節の機能障害があったものの、電車で通勤してドイツ語教師として稼働することができたのに、本件事故の結果、これに加えて、左肩関節の機能障害、右手指の機能障害、左鎖骨・肋骨・肩甲骨等の体幹骨の変形障害が残ったため、階段の昇降等が不自由になり、電車による通勤が困難となって、二十数年間勤務していたトーマス外語学院におけるドイツ語教師の仕事を辞めざるを得なくなったこと等の事情を考慮すると、本件事故を原因とする原告の新たな労働能力喪失の程度は五〇%と認めるのが相当である。
そして、原告は、一九三九年(昭和一四年)三月一一日生まれであり、前記の症状固定時において六〇歳であったから、本件事故に遭わなければ、平成一一年簡易生命表による六〇歳男子の平均余命二〇・九一年の二分の一に当たる一〇年間は稼働が可能であったとして、逸失利益を算定するのが相当である。そこで、平成九年の年収一一三万七〇〇〇円を基礎に原告の逸失利益の現価を算定すると、次のとおり四三八万九七八六円となる。
113万7000円×0.5×7.7217(10年間のライプニッツ係数)=438万9786円
7 入通院慰謝料 一三〇万〇〇〇〇円
原告は、本件事故により、入院一五日、通院約七か月(実日数一三日)を要する傷害を負ったものであるところ、原告に対する入通院慰謝料としては、その傷害の程度も考慮し、一三〇万円と認めるのが相当である。
8 後遺障害慰謝料 八五〇万〇〇〇〇円
原告に対する後遺障害慰謝料としては、本件事故による原告の実質的な労働能力喪失の程度を考慮し、八五〇万円と認めるのが相当である。
9 小計 一五九一万八九二六円
10 過失相殺後の損害額 一〇三四万七三〇一円
前記の過失割合に従い、9の損害額から三五%を控除すると、残額は一〇三四万七三〇一円となる。
1591万8926円×(1-0.35)=1034万7301円
11 損害填補後の損害額 一六四万七二四一円
被告及び自賠責保険から損害の填補として八七〇万〇〇六〇円の支払を受けたことは、原告の自認するところであるから、10の過失相殺後の損害額からこれを控除すると、残額は一六四万七二四一円となる
1034万7301円-870万0060円=164万7241円
12 弁護士費用 三五万〇〇〇〇円
本件事案の内容、本件の審理経過、本件の認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、三五万円と認められる。
13 損害額合計 一九九万七二四一円
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、一九九万七二四一円及びこれに対する本件事故発生の日である平成一〇年一一月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 河邉義典)