東京地方裁判所 平成14年(ワ)6168号 判決 2003年5月30日
原告
X
被告
株式会社クラレ
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
渡部喬一
同
小林好則
同
仲村晋一
同
松尾憲治
同
近藤勝彦
同
大石雅寛
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告に対し,5万3200円及びこれに対する平成3年12月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,9万8050円及びこれに対する平成14年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,160万8350円及びこれに対する平成14年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 訴訟物
本件は,被告に雇用されていた原告が,被告に対し,
(1) 請求の趣旨第1項
ア 主位的に,賞与(賃金)を減額されたとして不当利得返還請求権,
イ 予備的に不法行為に基づく損害賠償,
ウ さらに予備的に未払賞与(賃金)請求権,
エ アないしウに対する賞与減額の日の翌日から支払済みまで民法所定の遅延損害金,
(2) 請求の趣旨第2項
ア 未払賃金請求権,
イ 予備的に不法行為に基づく損害賠償請求権,
ウ ア及びイに対する請求の日の翌日から支払済みまで民法所定の遅延損害金,
(3) 請求の趣旨第3項
ア 未払賃金請求権,
イ アに対する請求の日の翌日から支払済みまで民法所定の遅延損害金
の各支払を求めた事案である。
2 争いがない事実
(1) 原告は,平成元年10月当時被告に雇用されており,被告から協和ガス化学工業株式会社(以下「協和ガス」という。)に出向し,協和ガスから賃金を得ていた。
(2) 被告は,同月,協和ガスを吸収合併した。
(3) 協和ガスの管理職従業員の処遇について,被告が作成した「協和ガス合併に伴う管理職の労働条件等の取扱い」と題する書面(以下「管理職処遇文書」という。)には,別紙1のとおりの記載がある。
(4) 原告と被告との労働契約における月々の賃金は,毎月15日締当月25日払とされていた(以下,当月25日支給分の賃金を「(当)月分」という。)。
3 請求原因(ただし,前記「2 争いがない事実」は除いた。)
(1) 平成3年冬季賞与の控除―5万3200円
ア 賞与の減額
被告は,原告に対し,平成3年12月15日に支給される賞与(以下「平成3年冬季賞与」という。)から,5万3200円を控除して支給した。
イ 減額に法律上の原因がなく,違法であること,
(ア) 被告は,アの減額の理由として,「平成3年4月支給分から同年10月支給分までの「その他手当Ⅰ」(以下「保障給」という。)を毎月7600円ずつ過払したため,7か月分として合計5万3200円が過払となった。そこで,調整的相殺として,賞与から同額を控除した。過誤による過払分について相殺したのであるから,原告の損失において被告が不当利得した関係にない。」と主張した。
(イ) しかし,調整的相殺が許されるには,a過払の時期と接着した時期においてされ,控除金額が多額にわたらない場合で,かつ,労働者に予告することが必要であるところ,被告主張の過払が生じたとする時期から7か月後に行われており,接着して行われたとはいえないし,控除額は月例賃金48万円余に対しその約11パーセント,手取額の15パーセントに当たり多額であり,原告の承諾を求め,拒否されるや一方的に相殺しており,予告といえるか疑わしい。したがって,調整的相殺として有効でなく,労働基準法24条1項に違反する。
(ウ) また,保障給は,被告査定による「段階的賃下げ手当」とでもいうべきもののようであるが,管理職処遇文書には,「保障給は賃金改定に伴う本給アップ額の2分の1を上限に賃下げする。」旨定められているところ,協和ガスが消滅した平成元年10月以降は,協和ガスの本給が存在しないため現実には保障給の算定は不可能である。平成元年7月分から平成4年12月分までの原告の本給と保障給の額を比較検討しても,その金額に脈絡があるとは思えない。管理職処遇文書によれば,保障給の支給は平成2年4月から行うべきであり,それ以前は本給として支給されるべきである。
(エ) 原告の協和ガス時代及び被告に吸収合併された当初の固定的賃金の構成とその金額は以下の表のとおりである。固定的手当は,平成元年7月(協和ガス時代)は,家族手当,勤務地手当,住宅手当,平成元年10月(吸収合併直後)は,勤務手当,家族手当,住宅手当の各合計である(<証拠省略>)。
<省略>
(オ) 合併の前後で資格給が増加し,本給が下がっている。通常の賃金体系では,資格給が増加し本給が減少することはないのに,このような事態が生じたのは,原告の固定的賃金を協和ガス時代と同様の48万1500円に抑えるため,本給の賃金表を無視し,本給を30万4000円に据え置いたことが疑われる。すなわち,能力給的基礎給である資格給が賃金表に基づいて10万5000円とされることから,基本給40万9000円からこれを差し引いて本給の額を決定したと思われる。被告はその旨自白している。
本給の賃金表を無視したこの本給額の決定は,本給が賞与や退職金に反映されることから,正常な賃金体系を破壊するもので,労働条件の不利益変更に該当する。被告は,本給の賃金表を明らかにしないが,同一労働,同一賃金の原則,最高裁判例が「個々の労働者の同意がなければ,労働条件の一方的不利益変更は,その変更に高度の合理性と必要性がない限り,許されない。」としていること,原告の労働量と質に変化がないことから,原告の本給は,協和ガス時代と同等の32万3000円とすべきである。
管理職処遇文書に,本給について「<1>本人の資格,滞留及び職務遂行能力を勘案し,設定する。」と記載され,本給は年功的基礎給であるといえることからも裏付けられる。協和ガス時代の基本給から被告資格給を控除した残額を本給と決定することは,管理職処遇文書に反するものである。
また,固定的手当が1万8400円減額され,資格給が1万9000円増額し,増減でつりあっていることからも,本給は同額であったと推定される。
さらに,被告が提出した乙14の各号によれば,学歴,職種からして,原告の本給が不当に低く抑えられてきたことは明らかである。
ウ まとめ
(ア) 不当利得返還
原告は,被告に対し,不当利得返還請求権に基づき,5万3200円,及び,被告は悪意の受益者であるから,支給日の翌日である平成3年12月16日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。
(イ) 不法行為に基づく損害賠償
予備的に,原告は,被告に対し,平成3年12月15日の賞与の違法な減額による不法行為に基づく損害賠償として,5万3200円及びこれに対する不法行為後である平成14年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。
(ウ) 平成3年冬季の未払賞与
さらに予備的に,原告は,被告に対し,平成3年冬季賞与(賃金)として,5万3200円及びこれに対する支払期日後である平成14年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。
(2) 平成7年4月分から平成8年10月15日までの家族手当不足分―9万8050円
ア 平成7年5月,被告人事室は,原告に対し,「管理職(55才以降)95年度給与改定通知」(<証拠省略>)で,「原告の月例固定的賃金は35万0100円,うち家族手当は2万6300円である。」旨通知した。したがって,これが原告の労働条件であり,原告は,被告から毎月家族手当2万6300円の支払を受けることを条件に被告において就労した。
イ 被告が提出した乙6,7の定めは,被告の労働者に周知されておらず,原告はこれを知らなかった。被告が回覧文書で周知したとしても,出張したり休暇を取った場合には閲覧できないし,総務課に備え付けてあったとしても,被告は人事政策において極端な秘密主義をとっており,総務課で閲覧を申し出た者は冷たくあしらわれることが予想されたため,閲覧などとてもできない雰囲気であった。
また,乙6,7に基づく被告の主張は,被告がこの主張をする前に結審していい旨いったん陳述していることから,時機に遅れた攻撃防御である。
ウ 被告は,平成7年4月分から平成8年10月15日までの18.5か月の間,原告に対し,家族手当について毎月2万1000円しか支払わなかった。
エ まとめ
(ア) 未払賃金
原告は,被告に対し,上記ウの期間の未払賃金として9万8050円及びこれに対する支払期日後である平成14年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。
(イ) 不法行為に基づく損害賠償
予備的に,原告は,被告に対し,上記ウの期間の違法な家族手当減額による不法行為に基づく損害賠償として9万8050円及びこれに対する不法行為後である平成14年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。
(3) 平成元年10月分から平成8年10月15日までの本給減額―160万8350円
ア 合併時の本給の減額
前記(1)イ(エ)のとおり,被告は,原告の本給を1万9000円減額した。
イ 55歳時の固定的賃金の減額
被告は,55歳到達後である平成4年2月に,原告の固定的賃金を一方的に,49万5900円から37万9700円に減額した。(<証拠省略>)
ウ 58歳時の固定的賃金の減額
被告は,原告の58歳到達後である平成6年10月に,原告の固定的賃金を一方的に,39万0100円から34万6100円に減額した。(<証拠省略>)
エ アの本給の減額は,以下に述べる理由で違法である。
(ア) 同一労働,同一賃金の原則から,原告の労働量と質に変化がない以上,原告の本給は,協和ガス時代と同等とすべきである。固定的賃金には増減はないが,本給は,賞与や退職金に反映するのでこの減額は著しい不利益である。
(イ) 本給は,前記(1)イ(オ)に述べるとおり年功的基礎給であるから,資格給が上昇している以上,本給も上昇すべきで,少なくとも協和ガス時代と同等であるべきである。
(ウ) 固定的手当が1万8400円減額され,資格給が1万9000円増加したことで,増減がつりあっていることからしても,本給は据え置かれるべきである。
(エ) 最高裁判例が「個々の労働者の同意がなければ,労働条件の一方的不利益変更は,その変更に高度の合理性と必要性がない限り,許されない」としているが,原告は,本給の減額という不利益変更には,同意していない。
(オ) 被告は,本件訴訟において,「管理職であった原告に対する賃金規定はなく,人事企画室長が原告の給与を一方的に決定していた」旨認めたが,そのような措置は不合理である。
(カ) 管理職処遇文書の「1賃金に関する基本事項」の<2><3>並びに「3手当(1)固定的手当」の<2>は同一労働,同一賃金の原則及び最高裁判例に違反している。また,管理職処遇文書の「2(3)本給」には「<1>本人の資格,滞留及び職務遂行能力を勘案し設定する。」とされているのに,合併時の本給を協和ガス基本給から被告資格給を控除した額とする措置は,これに違反している。
(キ) 「合併に伴う労働条件等に関する協定書」には,「新本給Ⅱ=協和ガス基本給―(クラレ格付資格給+クラレ本給Ⅰ+AB区分変更による本給Ⅰ差額」とあるところ,被告は,「管理職には本給Ⅱしかなく,年齢給の本給Ⅰはない。」としている。そうすると,被告は,協和ガスの本給Ⅰを廃止し,不利益な変更を行ったのに,そのことの代償措置を行っていない。
オ イ及びウの賃金減額はエ(エ)の最高裁判例に反し,賃金という重大な労働条件を一方的に不利益に変更するものであって,無効かつ違法である。
(ア) 定年延長といえども賃金減額と抱き合わせに行うのであるから,違法であり,下げ率も恣意的であって不合理である。高年層になれば高賃金が支給されると予想して若いときに低賃金で社業に励んだ高年層従業員は,仕事から引き離され,社内失業者にされて被告を去っていった。
(イ) 原告は,平成3年夏ころ,管理職55歳以降の処遇制度について説明会に参加したことがあるが,その他の説明会は開催されていない。
(ウ) 役職定年については,原則55歳としつつ,被告の意向により恣意的に役職定年を延長できることになっている。このような差別的な定年制度は違法である。
(エ) 被告は,裁判所から,賃金減額の根拠について釈明を再三求められたが,何ら必要な主張をし得なかった。
カ 損害
(ア) 平成元年10月分から平成8年10月15日までの損害額は,別紙2「原告月例賃金一覧表」の「クラレ」<省略>欄に記載した本給額又は基本給額(本給と資格給の合計)から,「原告修正分」の本給額又は基本給額を差し引いたものを,別紙3「被告による給与未払額一覧表」<省略>に積算したとおり,160万8350円となる。
(イ) なお,平成3年11月の「原告修正分」の基本給と固定的手当の合計額を37万0200円としたのは,被告が,原告が55歳になったことを理由として,一方的に原告の平成3年11月の基本給と固定給の合計額を同年5月の49万1100円の73パーセントである35万7000に(ママ)減額したので,「原告修正分」の平成3年5月の基本給と固定給の合計額をこれに合わせ73パーセントに減額し算定したからである。
(ウ) 平成4年2月の「原告修正分」の基本給33万5600円は,被告が,平成4年2月に,平成3年11月以降の基本給相当分(357,000―61,300×73%=312,300)に1万0100円加算した32万2400円を基本給としたので,これに合わせて平成3年11月の「原告修正分」の基本給52万5500円に1万0100円を加算した額である。
(エ) 平成4年12月の「原告修正分」の基本給と固定的手当の合計額39万5100円は,被告が平成4年12月に基本給と固定的手当の合計を平成3年11月から2万4900円加算したので,「原告修正分」の同月分に同額を加算した。
(オ) 平成5年1月の「原告修正分」の固定的賃金39万9300円は,平成4年12月のそれに賃上げ額4200円を加算した。
(カ) 平成6年11月の「原告修正分」基本給29万8000円は,平成6年8月の「原告修正分」基本給34万3900円が標準基本給45万8500円の75パーセントであることから,その65パーセントとした。
キ まとめ
原告は,被告に対し,未払賃金として160万8350円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年2月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める。
2(ママ) 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)―平成3年冬季賞与の控除について
ア 請求原因(1)ア及びイ(ア)は認める。
イ 同(1)イ(イ)は争う。平成3年4月分から10月分までの過払について,過払が判明した直後の同年11月に予告した上,翌12月に相殺したのであるから,時間的間隔は一切ない。平成3年冬季賞与132万円に占める相殺額の割合は約4パーセントであって,原告の経済生活の安定を脅かすものではない。また,相殺を行う前に,被告総務部長は後記ウのとおり懇切な説明を行った。
同(1)イ(ウ)は争う。同(1)イ(エ)の賃金額は認め,その余は争う。
同(1)イ(オ)のうち,被告には,資格給表があることは認めるが,本給表はない。被告における本給を,協和ガス時代の基本給から被告における資格給10万5000円を控除した金額と決定したことは認める。
ウ 被告が協和ガスを合併吸収した際,原告のように被告の給与基準より高額の給与受給者に対し,基本給及び固定的手当は被告の給与基準とするが,給与総額が下がることがないように「保障給」を支給することとした。保障給は,賃金昇給の都度,その2分の1を上限として償却し,段階的に被告給与水準に近づけて,数年後に被告給与基準に統一することとした。
平成3年度の昇給の際,事務処理のミスで,4月分から10月分までの7か月間,この償却を行わず原告を含む12名について過払となったため,平成3年11月分,12月分の定例給与又は平成3年冬季賞与で過払分を調整的に相殺した。
平成3年度の賃金昇給額が1万5200円であったため,原告の場合,その2分の1(7600円)を平成3年4月分の保障給から減額すべきところ,事務処理のミスにより,7か月分を減額せずに支払った。そこで,被告総務部長が原告を含む12名に対し,この旨の説明をし,調整的相殺の了承を得ようとしたところ,原告のみが調整的相殺を拒否したのである。
(2) 平成7年4月分から平成8年10月15日までの家族手当不足分―9万8050円について
ア 請求原因(2)アの事実のうち,通知は認め,その余は否認する。
被告の「家族手当支給規定」(<証拠省略>)は,家族手当の受給対象家族は配偶者と18歳未完(ママ)の第1子,第2子となっており,労使で合意された家族手当支給規定運用基準(<証拠省略>)によれば,「家族手当支給規定に定める18歳未満とは,制度運用上18歳の到達日が属する賃金年度の末日までを指すものとする。」とされていた。
原告は,配偶者(2万1000円)と第一子(5300円)の家族手当が支給されていたが,第一子が平成6年6月24日に18歳に達したので,規定により平成7年5月度から受給対象からはずれ,家族手当は配偶者の2万1000円のみの支給となった。
イ 同(2)イは否認する。
被告の就業規則は事業所に備え付けられ,いつでも閲覧可能な状態におかれ,周知されていた。
ウ 同(2)ウは認める。
(3) 平成元年10月分から平成8年10月15日までの本給減額―160万8350円について
ア 請求原因(3)アないしウの減額は認める。同(3)エオの減額が違法であるとの主張は争う。
イ 同(3)アの減額の理由について
被告が協和ガスを合併吸収した際,管理職については管理職処遇文書により,組合員については「合併に伴う労働条件等に関する協定書」(<証拠省略>)により,労働条件を決定した。すなわち,協和ガスにおける資格を被告の資格に格付けして対応資格給を決定し,協和ガス時代の基本給から資格給(組合員については,資格給に年齢給表により決定される本給Ⅰを加えた金員)を差し引いた金額を本給(組合員については本給Ⅱ)として決定した。このような措置は,原告のみならず,協和ガスから被告に移行したすべての従業員を対象としたものである。
原告は,管理職であったから,管理職処遇文書に基づいて,まず,協和ガス時代の主査の資格を被告の資格で対応する主査1号に格付けして資格給10万5000円を決定し(協和ガス時代より1万9000円増額している。),協和ガス時代の基本給から資格給を控除した金額を本給とした。したがって,被告が協和ガスとの合併に際し,原告の賃金を不当に減額したことは一切ない。
また,合併当時,被告及び協和ガスの給与体系は,組合員については,本給Ⅰ(年齢給)と本給Ⅱ(職能給)に区別されていたが,管理職についてはそのような区分はされておらず,本給に一本化されていたから,原告の本給Ⅰを不当に廃止したということもない。
原告のような管理職の本給は,毎年,各人別に昇給額等が加算され,本給額が決定するのであって,本給表というものは存在しない。当時,管理職の本給の改定は,各部署がその年度の各人の成績等を勘案し,各人をランク付けし,それをもとに人事企画室が部署間のバランス調整をした上で決定していた。
ウ 同(3)ウエの理由について
昭和50年代,「高齢者等の雇用の安定等に関する法律」を始め,定年延長が社会的な要請となったことから,被告は,昭和55年,定年を55歳から60歳に延長することとし,労使で協定を締結した。そして,管理職についても,これと同様の制度を導入し,55歳以降,主査の場合に,基本給,固定的手当,保障給の70%から75%に減額することとした。原告の賃金もこの制度に従って72%減額した。管理職に関し,平成4年2月,賃金減額の緩和のため,55歳時と58歳時の2段階で賃金減額を行う制度にした。
55歳~57歳:基本給×75%,家族手当×80%,住宅手当×80%,勤務手当×100%
57歳から59歳:基本給×65%,家族手当×80%,住宅手当×80%,勤務手当×100%
賃金減額については,いずれの場合においても,被告は,管理職に対する説明会を行っている。(<証拠省略>)
エ 損害額
賃金の減額により原告には何らの損害も生じていない。
3(ママ) 抗弁
(1) 消滅時効の抗弁―平成3年冬季賞与減額の不法行為に基づく損害賠償請求に対し
ア 平成3年12月15日の3年後である平成6年12月15日は経過した。
イ 被告は,原告に対し,平成15年3月14日本件第10回口頭弁論期日において,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(2) 消滅時効の抗弁―平成3年冬季の未払賞与請求に対し
ア 賞与支給日である平成3年12月15日の2年後の平成5年12月15日は経過した。
イ 被告は,原告に対し,平成14年5月15日本件第2回口頭弁論期日において,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(3) 消滅時効の抗弁―平成7年4月から平成8年10月15日までの未払賃金請求に対し
ア 平成8年10月15日までの賃金の支払日である同月25日の2年後である平成10年10月25日は経過した。
イ 被告は,原告に対し,平成14年6月5日本件第3回口頭弁論期日において,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(4) 消滅時効の抗弁―平成7年4月から平成8年10月15日までの家族手当不支給の不法行為に対し
ア 平成8年10月15日までの賃金の支払日である同月25日の3年後である平成11年10月25日は経過した。
イ 被告は,原告に対し,平成15年3月14日本件第10回口頭弁論期日において,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(5) 消滅時効の抗弁―平成元年10月分から平成8年10月15日までの未払賃金(本給)請求に対し
ア 平成8年10月15日までの未払賃金の支払日である同月25日の2年後である平成10年10月25日は経過した。
イ 被告は,原告に対し,平成15年3月14日本件第10回口頭弁論期日において,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
4(ママ) 抗弁に対する認否
(1) 抗弁(1)ないし(5)について
原告は,平成8年10月に被告を退職したが,平成6年から同11年9月までは被告の命により被告とは別の特殊法人に勤務していた。そのため,原告が被告を提訴すれば,被告が原告に勤務地や賃金の面で報復的措置を行うことにより勝訴額を上回る損害を被ることが予見されたので,原告は,平成11年9月末までは被告に権利を行使することができなかった。
(2) 抗弁(5)について
原告は,本件訴訟において,被告が管理職処遇文書(<証拠省略>)を提出するまで,本給を月額1万9000円不当に減額されて支給されてきたことを知り得なかった。原告が,上記未払賃金の権利を行使できるようになったのは,平成14年3月であるから,消滅時効は完成していない。
5(ママ) 再抗弁(権利の濫用)―抗弁(1)ないし(5)に対し
以下の各事情の下では,被告の消滅時効の援用は信義則上許されず,権利の濫用である。
(1) 原告は,平成3年12月,被告東京事業所総務部長に対し,被告による過払金の請求について,本給に関連づけた適切な説明を求めたが,被告はこれに答えず問題の先送りをし,平成8年12月4日,原告が,控除された平成3年冬季賞与5万3000円を請求をしたところ,同月20日,消滅時効を主張した。
平成13年,原告が被告に請求した際には,被告は,調整的相殺として賞与の減額が認められているとの主張に終始した。原告がこれに反論し,形成(ママ)不利と見るや,被告は消滅時効を主張した。
(2) 被告は,使用者と従業員間の力関係の差を見越して,根拠のない相殺を十分な説明もなく行ったもので,被告に消滅時効の援用を認めると賃金全額払の原則に違反する違法行為を容認する結果となる。
(3) 被告には信義則に反する過失があり,被告の時効の援用を認めると,実体法の認める損害賠償請求権は形骸化し,正当な権利者の権利保護が不可能になる。被告は,調整的相殺についての最高裁判例に違反したり,通知書に家族手当の金額を記載して原告を騙したり,賃金を一方的に減額しており重大な過失がある。
(4) 原告の在職中,被告は原告に対し,以下のとおり不信義を重ねてきた。法は不信義を好まないので,被告に時効の保護を与える必要はない。
ア 被告は入社時の約束に違反した。すなわち,原告は,大学卒業の2年後に教職を目指すため出身大学の学部に学士入学したところ,学部事務局長を通じ,「原告が被告に応募するなら,被告は,営業職で昭和35年卒入社の待遇にする。」旨申入れがあった。面接時,被告人事部長も賃金表らしきものを見つつ「原告の以前勤務した会社での賃金は,被告賃金表で昭和35年卒入社の者と同様である。」旨言っており,この約束があることを裏付けた。しかし,入社半年後に同時期に原告と同様途中入社した者と賃金を対照したところ,原告の賃金は昭和37年卒入社の者より2000円多いだけで,昭和35年卒入社の者と比較し3000円ほど足りなかった。その後も約束は守られなかった。
イ 原告は,昭和38年に出向した協和ガスで被告から出向してきた人事係長や人事課長から高圧的な応対をされ,原告が反論すると,昭和41年ころには,人事部署から,会社に従順でない要注意人物とされた。
ウ 原告は,昭和44年ころに被告出身の経理部長,同45年ころに被告出身の総務部長に,アの約束が守られていない旨訴えたが,回答がなかった。
エ 協和ガスでは学卒入社後9年程度で課長職に昇進するところ,原告の昇進はなかった。
オ 昭和47年ころ,原告は,当時国鉄が行っていた遵法闘争に関し打開策を総裁に陳情するため国鉄本社を訪れたところ,応接した総裁秘書が原告の背広を破るなどの暴行を行った。原告は,丸の内警察署に被害申告したところ,原告の勤務場所に国鉄職員5名ほどが押し掛け,国鉄との取引があった被告に圧力をかけ,原告に示談を迫った。原告は解決を上司の企画部長に一任したところ,被害届の取り下げはされたが,原告の背広の弁償はされなかった。原告は,示談内容に不満であったが,被告の窮状を思い,譲歩したのであった。
カ その後上司となった資材部長は,昭和48年ころ,原告を課長に推挙したが,他の部署の反対にあい不発に終わった。
キ 昭和50年に協和ガスの専務は,原告に対し,厚さ5センチほどの人事ファイルを示して,「君について書いたものを呼(ママ)んだが,君は被告から悪く書かれておるのお。国鉄とけんかしたことも書いてある。」といった。被告は,原告のオの譲歩についてまったく評価していないことが判明した。
ク 被告において学卒者は12年程度で課長職に昇進するが,原告は29年勤めて管理職の最下位である主査(課長職)1号でしかなかった。昭和35年卒入社の者は,ほぼ全員が主幹職(部長職)に昇進していた。勤続30年後においても原告は管理職の最下位であり,原告は20年間まともに昇進させないとの不法な手段で退職強要を受けたといえる。
ケ 55歳及び58歳到達時,原告の固定的賃金を一方的に27パーセント及び35パーセント減額し,かかる減額は労働条件の一方的不利益変更であり違法である。
6(ママ) 再抗弁に対する認否
原告の主張する事実は,時効の援用を排斥する信義則ないし権利濫用の評価根拠事実とはならない。協和ガスとの合併時の給与格差の是正は原告のみに対し行われたのではなく,協和ガス従業員全員との間に行われたからである。
第3当裁判所の判断
1 平成3年冬季賞与の減額―5万3200円について
(1) 前提とした事実
証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおり認められる。
ア 原告の出向
原告は,昭和37年ころ被告に入社し,平成元年10月当時は協和ガスに出向し,協和ガスから賃金を支給されていた。
イ 協和ガス及び被告の賃金体系
協和ガスにおいて月ごとに一定額を定めて支給される賃金(以下「固定的賃金」という。)は,本給Ⅰ,本給Ⅱ,資格給,家族手当,勤務地手当(以下「勤務手当」という。),住宅手当及び通勤手当等からなり,このうち,基本給を構成するものとして本給及び資格給があった。ただし,管理職には,本給Ⅰ,Ⅱの区分はなく,本給とのみ称されていた。
他方,被告において固定的賃金は,本給Ⅰ,本給Ⅱ,資格給,家族手当,勤務地手当,住宅手当及び通勤手当等からなり,このうち基本給を構成するものとして本給Ⅰ,本給Ⅱ及び資格給があった。ただし,管理職には年齢給である本給Ⅰはないため,本給とのみ称し,Ⅰ,Ⅱの区分はなかった。
ウ 協和ガスの吸収合併による同社従業員の処遇についての合意等
被告は,平成元年10月,協和ガスを吸収合併した。合併に伴う協和ガスの従業員の処遇については,平成元年9月29日,協和ガスと協和ガスの従業員で組織する労働組合とは「合併に伴う労働条件等に関する協定書」のとおり合意し,その内容は別紙4のとおりであった(以下「組合員処遇文書」という。)。非組合員である管理職についても,組合員に準じることとし,管理職処遇文書のとおり労働条件を決めることとなった。
エ ウの合意等の内容の概略
組合員処遇文書及び管理職処遇文書による賃金の定め方は,概略,下記のとおりであった。
記
協和ガスの従業員の賃金は,平成元年10月分から存続会社である被告の就業規則による賃金体系に従って支給する。その際,固定的賃金総額については減額を行わない。基本給とそれ以外の部分(以下「固定的手当」という。)に区分し,この区分の枠内でも減額がないよう金額を定める。協和ガスにおける固定的賃金が被告におけるそれより高額であった場合には,その差額を保障給として支給し,平成2年4月分給与から保障給を償却する。より具体的には(ア)ないし(ウ)のとおりとする。
(ア) 基本給の定め方
当該従業員の協和ガスの資格に対応する被告の資格に格付けることを原則とするが,その際,当該従業員の職務遂行能力,学歴,勤続,滞留期間も考慮する。被告資格による格付けに対応する資格給を新資格給とする。
次に,当該従業員の年齢に基づいて,対応する本給Ⅰの賃金表の金額を本給Ⅰとする。さらに,本給Ⅱは,基本的には,協和ガス基本給から,新資格給及び本給Ⅰを除した金額とする。
管理職は,本給Ⅰがないので,本給は,協和ガス基本給から新資格給を除した金額とする。
(イ) 固定的手当の定め方
固定的手当は,被告の就業規則による金額を支給するものとする。被告の固定的手当の額が協和ガスのそれを下回るときは,その差額を保障給として支給することにし,給与明細には,「その他手当Ⅰ」等と表示する。
(ウ) 保障給償却の方法
管理職については,賃金改定時に,賃金改定額(定期昇給及びベースアップ額。以下同じ。)の50パーセント以内を,保障給額から控除し,これを新年度からの保障給とし,給与区分に応じた加算は,賃金改定額の残りの部分について行う。組合員については,賃金改訂時にその賃金改定額の50パーセント及び本給Ⅱの増額調整額の50パーセントで行う。
オ 原告の合併前後の固定的賃金の額及びその内訳
原告の合併前後の固定的賃金の額は以下<右上の表-編注>のとおりであった。
カ 原告の賃金額の決定方法
原告の合併後の賃金額がオのとおりとされたのは,以下の理由による。
<省略>
原告の協和ガスでの資格は主査であったので,前記エ(ア)のとおり,これを基準として,原告の職務遂行能力,学歴,勤続,滞留期間を加味して,被告資格制度の主査1号に原告を格付けし,この資格に対応する資格給10万5000円を新資格給とした。さらに,原告は管理職であったため,前記エ(ア)のとおり,協和ガス基本給40万9000円から新資格給10万5000円を除した金額である30万4000円を本給とした。
原告に被告の就業規則を適用したところ,家族手当2万3000円,住宅手当1万3000円,勤務手当1万8000円であった。この合計は,原告の協和ガスにおける固定的手当に1万8400円不足するため,前記エ(イ)のとおり,同額を保障給とし,「その他手当Ⅰ」として支給することとした。
キ 平成3年10月分までに支給された原告の賃金
原告の固定的賃金は,平成元年10月分から平成2年3月分までは,前記オのとおり,平成2年4月分から平成3年10月分まで以下のとおり支給された。なお,4月分の賃金改定額による増加分は5月分支給時に支給された。
<省略>
ク 賃金改定による原告の保障給の償却等
平成2年4月時の賃金改定額は1万2000円となったため,前記エ(ウ)に従い,その2分の1を超えない6000円を原告の従前の保障給から除した1万2400円を平成2年4月分以降の保障給とし,同額を支払った(賃金改定額のその他の部分は,本給,資格給,勤務手当に加算して支払われた。)。
平成3年4月時の賃金改定額が1万5200円となったため,前記エ(ウ)に従い,その2分の1を超えない7600円を従前の保障給額から除した4800円を平成3年4月分以降の保障給とすべきところ,過誤のため,「その他手当1」として1万2400円,「ホショウキュウ」として4800円合計1万7200円支払った(賃金改定額のその他の部分は本給,資格給,勤務手当,家族手当に加算して支払われた。)。
ケ 被告による平成3年12月冬季賞与の減額とその説明
被告は,平成3年11月8日,「同年4月分から10月分の保障給を4800円とすべきところ,事務の過誤により1万2400円支払ったため,合計5万3200円の過払を生じている。これを同年12月に支給する賞与から同額除することで調整したいので,了承されたい。」旨文書で通知した。
原告は,これに同意しなかったが,被告は,平成3年12月15日に支給される同年冬季賞与132万円から5万3200円を除した旨記載した給与明細を交付した上,原告に残額(ただし,その源泉徴収後の額)を支給した。
(2) 不当利得返還請求について
ア 以上の各事実によれば,平成3年冬期賞与から5万3200円が減額されたのは,原告の平成3年4月分から平成10(ママ)月分までの保障給は,4800円であったところ,過誤により,前記期間中1万7200円を保障給として原告に支給したため,過払分のうち5万3200円を相殺したためであると認められる。そうすると,被告の前記減額支給により,原告は,同額の賞与の支給を受けられないが,他方,被告の原告に対する不当利得返還請求は免れ得る結果となり,損失を被ったとはいえない。そして,被告は,同額の被告の原告に対する不当利得返還請求権を失うので,利得は生じていない。したがって,被告の前記減額支給により,原告の被告に対する不当利得返還請求権が発生するとはいえないというべきである。
イ(ア) 原告は,前記減額にかかる相殺は,調整的相殺の有効要件を満たしていないから,賃金全額払原則に反し無効であると主張するが,調整的相殺として無効であれば,原告は被告に対し同額の賞与請求権を有する反面,被告は原告に対する同額の不当利得返還請求債権を失わないことになるだけであって,前記減額の効果として,原告に損失が生じたとも,被告に利得が生じたともいえないことに変わりはない。原告の主張は採用できない。
(イ) 原告は,保障給を被告査定による「段階的賃下げ手当」とでもいうべきものであり,平成元年10月以降は,協和ガスが消滅したから算定は不可能であって,平成元年10月分からではなく,平成2年4月から保障給の支給は行うべきであり,それ以前は本給として支給されるべきである等と主張するが,前記(1)エ(イ)のとおり,保障給は,協和ガスの従業員であった者に被告の就業規則に基づく固定的手当を支給した場合に,協和ガスの水準に及ばない部分について,差額を調整するため設けられた手当であるから,採用できない。また,管理職処遇文書及び組合員処遇文書によれば,保障給は合併直後の平成元年10月分から設けられ,平成2年4月時の賃金改定から償却をすべきとされたことは明らかである。
(ウ) 原告は,合併の前後で資格給が増加し,本給が下がっているのは,原告の固定的賃金を協和ガス時代と同額に抑えるため,本給の賃金表を無視し,本給を30万4000円に据え置いたためであり,本給の賃金表を無視した本給の決定は,正常な賃金体系を破壊するもので,労働条件の不利益変更に該当する旨主張する。原告の合併直後の本給が,資格格付けにより定まる原告の新資格給を,原告の協和ガス時代の基本給から除した額に決定されたことは,前記(1)カのとおりである。しかし,原告主張の本給表があることはこれを認めるに足りる証拠はなく,前記決定方法が本給表に反しているとの原告の主張は採用できない。仮に,被告の本給表が存在したとしても,労働者に周知されていない場合には,被告の内部的文書にすぎず,労働契約の内容となっているとはいえないから,本給表と異なる定め方をすることをもって,労働条件の不利益変更であるとはいえないというべきである。
(エ) 原告は,「原告の労働量と質に変化がないこと,管理職処遇文書の記載から本給は年功的基礎給と考えられること,固定的手当が1万8400円減額され,資格給が1万9000円増額し,増減でつりあっていること,被告が提出した乙14の各号によれば,学歴,職種からして,原告の本給が不当に低く抑えられてきたこと」等を根拠に,原告の合併直後の本給は,協和ガス時代と同等とすべきである旨主張するが,労働条件は,労働契約によって定まるのであり,労働量,労働の質,学歴,職種等から本給の額が当然に定まるとはいえない上,原告の合併直後の本給は,原告の協和ガスにおける労働条件を被告の就業規則に合致させるため,基本給の総額及び固定的賃金の総額を減額することがないよう定められたのであるから,原告の主張は採用できない。
(3) 不法行為について
ア 前記(2)アのとおり,平成3年冬期賞与から5万3200円が減額されたのは,平成3年4月分から同年10月分まで保障給の過払があり,過払分のうち5万3200円を相殺したためであると認められるから,仮に,減額控除が賃金全額払原則に違反し違法であるとしても,原告には何ら損害は生じていないから,不法行為は成立しない。よって,原告のこの点についての請求は理由がない。
イ(ア) 仮に,不法行為が成立するとしても,平成3年冬期賞与の支給期日である平成3年12月15日の3年後である平成6年12月15日は経過し,被告は消滅時効を暖用した(顕著な事実)。
(イ) 原告は,第2の4(1)のとおり,「平成11年9月末まで権利を行使できなかった。」旨主張するが,民法166条1項「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは,法律上の障害がないことをさすところ,原告の主張するところはいずれも事実上の障害にすぎないからこれに当たらず,採用できない。
(ウ) 原告は第2の5のとおり,「同(1)ないし(4)の事実関係の下では,消滅時効の援用は,信義則上許されず,権利の濫用である。」旨主張する。しかし,時効制度は,権利の上に眠る者を保護しないこと,一定期間続いた事実状態を尊重すること,時間の経過によって証拠が失われ真実発見が困難となることをその趣旨とするところ,このような時効制度の趣旨からして,原告主張の事実関係があったとしても,被告の消滅時効の援用が権利濫用となるとはいえないから,いずれも失当であるというべきであり,採用できない。
(エ) 以上から,消滅時効の点からも,原告のこの点についての請求は理由がない。
(4) 未払賞与請求について
平成3年冬期賞与の支給期日である平成3年12月15日から2年後である平成5年12月15日は経過し,被告は消滅時効を援用した(顕著な事実)。
原告の第2の4(1)及び第2の5の各主張が採用できないことは,前記(3)イ(イ)(ウ)のとおりである。
したがって,その余の点について検討するまでもなく,原告のこの点についての請求は理由がない。
2 平成7年4月分から平成8年10月15日までの家族手当不足分―9万8050円について
(1) 未払賃金請求について
平成8年10月15日までの賃金支払日である同月25日の2年後である平成10年10月25日は経過し,被告は,消滅時効を援用する旨の意思表示をした(顕著な事実)。
原告の第2の4(1)及び第2の5の各主張が採用できないことは,前記(3)イ(イ)(ウ)のとおりである。
したがって,その余の点について検討するまでもなく,原告のこの点についての請求は理由がない。
(2) 不法行為に基づく損害賠償について
平成8年10月15日までの賃金支払日である同月25日の3年後である平成11年10月25日は経過し,被告は,消滅時効を援用する旨の意思表示をした(顕著な事実)。
原告の第2の4(1)及び第2の5の各主張が採用できないことは,前記(3)イ(イ)(ウ)のとおりである。
したがって,その余の点について検討するまでもなく,原告のこの点についての請求は理由がない。
3 平成元年10月分から平成8年10月15日までの本給減額―160万8350円について
平成8年10月15日までの賃金の支払日である同月25日の2年後である平成10年10月25日は経過し,被告は,原告に対し,消滅時効を援用する旨の意思表示をした(顕著な事実)。
証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,協和ガスと被告の合併時,55歳時の減額時及び58歳時の減額時,いずれもその前後にわたり協和ガスないし被告から給与明細の交付を受けており,固定的賃金の減額やその内訳について知り得たことが認められる。そうすると,賃金支払日が到来した後は,原告の権利行使について,法律上の障害はなかったというべきであるから,原告の第2の4(2)の主張は採用できない。
原告の第2の4(1)及び第2の5の各主張が採用できないことは,前記(3)イ(イ)(ウ)のとおりである。
したがって,その余の点について検討するまでもなく,原告のこの点についての請求は理由がない。
4 以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判官 伊藤由紀子)
別紙1 協和ガス合併に伴う管理職の労働条件等の取扱い
合併に伴う管理職(資格主査以上)の労働条件及び諸制度の見直しないし調整に関して下記の通り定める。
本取扱いに定める以外の事項については,原則として組合員に準じて取り扱うものとする。但し,疑義のある事項については,その都度人事室長が決定する。
<省略>
別紙4 合併に伴う労働条件等に関する協定書
<省略>
以上