東京地方裁判所 平成14年(ワ)6844号 判決 2004年6月28日
原告
X1
ほか二名
被告
Y1
ほか一名
主文
一 被告Y1は、原告X1に対し、六八五万四九四〇円及びこれに対する平成一三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告Y1は、原告X2に対し、四九一万四八九三円及びこれに対する平成一三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告Y1は、原告X3に対し、三四二万一九四〇円及びこれに対する平成一三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告会社は、原告X1に対し、三一二万六三八三円及びこれに対する平成一四年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被告会社は、原告X2に対し、一五六万三一九一円及びこれに対する平成一四年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
六 被告会社は、原告X3に対し、一五六万三一九一円及びこれに対する平成一四年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
七 原告の被告Y1に対するその余の請求並びに被告会社に対するその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
八 訴訟費用は、原告らと被告Y1との間においてはこれを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告Y1の負担とし、原告らと被告会社との間においてはこれを六分し、その五を原告らの負担とし、その余を被告会社の負担とする。
九 この判決は、第一項ないし第六項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告会社に対する主位的請求
(1) 被告らは、原告X1に対し、各自一九一三万五四七〇円及びこれに対する平成一三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 被告らは、原告X2に対し、各自一一三七万六七七六円及びこれに対する平成一三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 被告らは、原告X3に対し、各自九六一万七七三五円及びこれに対する平成一三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告会社に対する予備的請求(一部請求)
(1) 被告会社は、原告X1に対し、一七八四万一七一一円及びこれに対する平成一三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 被告会社は、原告X2に対し、一〇六五万四六九一円及びこれに対する平成一三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 被告会社は、原告X3に対し、八九七万〇八五五円及びこれに対する平成一三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、後記一(1)の交通事故(以下「本件事故」という。)によって被害者であるAが死亡したとして、相続人である原告らが、加害車両の運転者である被告Y1に対しては、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条及び民法七〇九条に基づき、損害賠償金の支払を、被告会社に対しては、原告X2が被告会社との間で締結していた自動車保険契約(人身傷害補償特約)に基づき、主位的には死亡による損害賠償金と同額の保険金の連帯支払を、予備的には後遺障害による保険金又は同額の損害賠償金の一部支払を、それぞれ求めた事案である。
一 前提となる事実等(各項末の括弧内に証拠番号を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1) 本件事故の発生
ア 日時 平成一一年一一月一四日午後八時ころ
イ 場所 茨城県久慈郡<以下省略>先の路上(以下「本件道路」という。)
ウ 加害車両 被告Y1の運転する自家用普通乗用自動車(<番号省略>。以下「Y1車」という。)
エ 態様 本件道路を走行していたY1車が、本件道路を横断していた亡Aに衝突した。
オ 結果 亡Aは、頭部外傷・外傷性クモ膜下出血・脳梗塞・恥骨骨折の傷害を負った。(甲一)
(2) 亡Aの治療経過
亡Aは、次のとおり、合計四〇七日間入院し、治療を受けた。
ア 脳神経外科聖麗メモリアル病院(以下「聖麗病院」という。)
平成一一年一一月一四日から平成一二年六月二日まで(二〇二日間)
イ 医療法人博仁会志村大宮病院(以下「志村大宮病院」という。)
平成一二年六月二日から同年一二月二四日まで(二〇六日間)(乙二)
(3) 後遺障害診断書の作成
聖麗病院のB医師は、平成一二年九月二四日、亡Aにおいて重度の意識障害及び四肢機能障害が認められるところ、緩解の見通しがないとして、同年七月二五日に症状が固定したとの自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(以下「本件後遺障害診断書」という。)を作成した。(甲七、丙五)
(4) 亡Aの死亡及び相続等
亡Aは、平成一二年一二月二四日、MRSA敗血症により死亡した(当時七三歳)。原告X1は亡Aの夫であり、原告X2及び原告X3は亡Aの子であったから、亡Aの被告Y1に対する損害賠償請求権を、原告X1は二分の一の割合で、原告X2及び原告X3は各四分の一の割合で、それぞれ相続した。
なお、亡Aは、本件事故当時、原告X2と同居していた。(甲三一の一ないし五、三四)
(5) 被告Y1の責任原因
被告Y1は、本件事故当時、自己のためにY1車を運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、また、制限速度の超過及び前方不注視の過失があったから、民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任を負う。
(6) 被告Y1の加入する自動車共済契約
被告Y1は、本件事故当時、茨城県共済農業協同組合連合会(以下「本件農協連合会」という。)との間で、Y1車について自動車共済契約を締結していた。(甲二九)
(7) 原告X2の加入する自動車保険契約
原告X2は、平成一一年七月一八日、被告会社との間で、次の内容の自家用自動車総合保険契約(SAP。以下「本件契約」という。)を締結した。
ア 保険期間 平成一一年七月二二日午後四時から平成一二年七月二二日午後四時まで
イ 被保険自動車 ニッサン・プリメーラ(<番号省略>)
ウ 被保険者 原告X2
エ 人身傷害補償特約 被告会社は、被保険者(同居の親族を含む。)が被保険自動車以外の自動車の運行に起因する急激かつ偶発な外来の事故により死傷したことによって被保険者又はその父母、配偶者若しくは子が被る損害に対し、保険金額(一名につき五〇〇〇万円)を限度として保険金(以下「人身傷害補償保険金」という。)を支払う(以下「本件特約」という。)。(甲三二の一・二、丙一)
(8) 人身傷害補償保険金に関する書面
被告会社は、平成一二年三月一六日ころ、原告X2に対し、本件特約に基づく人身傷害補償保険金が傷害分四〇一万六七五〇円及び後遺障害分五七一九万一七七四円(合計六一二〇万八五二四円)になるとの記載のある「人身傷害保険金のご案内」と題する書面(以下「本件算定書」という。)を交付した。(甲三〇)
(9) 損害の填補
原告らは、平成一三年一二月二六日、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から、二一八一万円の支払を受けた。(甲五五)
二 争点
(1) 本件事故の具体的態様及び過失相殺の可否
(被告Y1の主張)
ア 被告Y1は、本件事故当時、Y1車を運転して、本件道路を時速約五〇kmの速度で走行し、対向車が来ても眩惑させないよう前照灯を下向きにしていた。被告Y1は、前方のセンターライン上付近に、人の膝の高さ辺りに白いビニール製の買物袋のようなものが右から左に動いているのが見えたため、人が本件道路を横断していると思い、急ブレーキをかけるとほぼ同時に、ハンドルを右に切って、衝突を避けようとした。しかし、Y1車の左前部が、亡Aと衝突してしまった。このような本件事故の態様からすると、亡Aにも少なくとも二〇%の過失が存在するところ、本件事故が夜間に発生したこと、亡AはY1車の直前を横断しようとしたことからすれば、少なくとも三〇%の過失が存在するというべきである。
亡Aは、本件事故当時、七二歳であったが、特段、健康状態が悪いということはなく、足腰はしっかりしていたから、年齢だけで亡Aの過失を控え目に評価することは妥当ではない。
イ 被告Y1が「被害者A様の損害賠償に係る確認書」と題する書面(甲二九。以下「本件確認書」という。)に記名押印したことは事実であるが、決して過失相殺の主張を今後しないことまで原告らとの間で合意したものではない。
仮に原告らの主張が認められるとしたら、自動車事故といった突発的な事故が発生した直後、被害者側は加害者側に対し、執拗な圧力を加えて、脅迫又は脅迫に至らない威圧、執拗に繰り返し架電するなどの方法によって、加害者側から、自分が一方的に悪かったという言質を引き出し、これをもって後の損害賠償請求を有利にすることが、法的に是認されることにつながる。したがって、原告らの主張は不当である。
(原告らの主張)
ア 被告Y1は、本件事故当時、沿道に民家が連なる、片側一車線の曲がりくねった下り勾配の本件道路を、時速約八〇kmを上回る速度で走行していた。また、被告Y1は、亡Aが本件道路の端から渡り出してから亡Aに気付くまでに約三秒間もかかっており、著しい前方不注視があったことは明らかである。さらに、本件事故現場付近に横断歩道や歩道橋などが設置されていなかったから、亡Aは、ほかに安全に本件道路を横断する方法をとることができなかった。
したがって、亡Aの過失を斟酌する余地は全くない。
イ 被告Y1は、当初、過失相殺の主張をしていなかったのであり、本件訴訟に至ってから、突如、過失相殺の主張をすること自体、信義則に反し、許されないというべきである。
(2) 損害額
(原告らの主張)
ア 亡Aの損害額
(ア) 治療費 支払済み
a 聖麗病院 一三七〇万〇二九四円
亡Aは、本件農協連合会から、前記金額の支払を受けた。
b 志村大宮病院 五七七万三一三七円
亡Aは、被告会社から、前記金額の支払を受けた。
(イ) 入院雑費 六一万〇五〇〇円
入院雑費は、一日当たり一五〇〇円を下らないから、四〇七日間で合計六一万〇五〇〇円を下らない。
(ウ) 付添看護費 二六四万五五〇〇円
亡Aは、重篤な状態で長期間の入院を余儀なくされたため、原告X2は、入院期間中毎日、亡Aに付き添った。したがって、付添看護費は、一日当たり六五〇〇円を下らないから、四〇七日間で合計二六四万五五〇〇円を下らない。
(エ) 付添交通費 七七万五二〇〇円
原告X2は、亡Aに付き添うため、毎日通院したものであるところ、これに要した交通費は、七七万五二〇〇円を下らない。
(オ) 休業損害 三二七万六六二八円
亡Aは、本件事故当時、原告X1の介護をしながら家事労働に従事していたものであるところ、これを金銭に換算すると、平成一一年賃金センサス第一巻・第一表における六五歳以上の女性労働者の平均年収二九三万八五〇〇円を下らない。したがって、休業損害は、次の算式のとおり、三二七万六六二八円となる。
293万8500÷365×407=327万6628(小数点以下切捨て)
(カ) 家事労働に関する逸失利益 一二〇八万三一四一円
亡Aは、本件事故当時、夫である原告X1の介護を初めとする家事労働に従事していたものであるところ、平成一二年簡易生命表によれば、七三歳の女性の平均余命は、一五・七七年であるから、亡Aは、本件事故に遭わなければ、少なくとも平均余命の二分の一に相当する七年間は家事労働に従事することができたものである。したがって、前記(オ)のとおり、基礎となる収入を二九三万八五〇〇円とし、生活費控除率を三〇%、年五%の新ホフマン係数によって中間利息を控除すると、逸失利益は、次の算式のとおり、一二〇八万三一四一円となる。
293万8500×(1-0.3)×5.8743=1208万3141(小数点以下切捨て)
(キ) 年金に関する逸失利益 六二一万八〇〇八円
亡Aは、平成一二年において、合計一一九万八一二一円の老齢基礎年金及び厚生年金の支払を受けた。亡Aは、本件事故により死亡しなければ、平均余命である一五年間は、毎年同額以上の年金を受給することができたのであるから、生活費控除率を五〇%とし、年五%のライプニッツ係数によって中間利息を控除すると、逸失利益は、次の算式のとおり、六二一万八〇〇八円となる。
119万8121×(1-0.5)×10.3796=621万8008(小数点以下切捨て)
(ク) 入院慰謝料 四〇〇万〇〇〇〇円
亡Aは、本件事故により半身不随のため常時介護を要する重篤な障害を残し、四〇七日間にも及ぶ闘病生活を強いられた。したがって、入院慰謝料は、四〇〇万円を下らない。
(ケ) 死亡慰謝料 二二〇〇万〇〇〇〇円
(コ) 小計 五一六〇万八九七七円
前記(イ)ないし(ケ)を合計すると、五一六〇万八九七七円となる。
(サ) 原告ら各自の損害額
前記一(4)によれば、原告ら各自の損害額は、次のとおりとなる(円未満切捨て)。
a 原告X1 二五八〇万四四八八円
b 原告X2 一二九〇万二二四四円
c 原告X3 一二九〇万二二四四円
イ 原告X2固有の損害額
葬儀費用 一五〇万〇〇〇〇円
ウ 原告ら各自の損害額
前記ア(サ)及びイを合計すると、原告ら各自の損害額は、次のとおりとなる。
(ア) 原告X1 二五八〇万四四八八円
(イ) 原告X2 一四四〇万二二四四円
(ウ) 原告X3 一二九〇万二二四四円
エ 自賠責保険金の法定充当
本件事故日から自賠責保険金二一八一万円が支払われた平成一三年一二月二六日までの間(二年と四三日間)に発生した確定遅延損害金は、原告X1につき二七三万五九八二円、原告X2につき一五二万七〇三二円及び原告X3につき一三六万七九九一円であるから、前記二一八一万円を法定相続分の割合によって分けた金員をそれぞれ法定充当すると、損害残額は、次のとおりとなる。
(ア) 原告X1 一七六三万五四七〇円
(イ) 原告X2 一〇四七万六七七六円
(ウ) 原告X3 八八一万七七三五円
オ 弁護士費用
(ア) 原告X1 一五〇万〇〇〇〇円
(イ) 原告X2 九〇万〇〇〇〇円
(ウ) 原告X3 八〇万〇〇〇〇円
カ 合計
前記エ及びオを合計すると、原告各自の損害額は、次のとおりとなる(合計四〇一二万九九八一円)。
(ア) 原告X1 一九一三万五四七〇円
(イ) 原告X2 一一三七万六七七六円
(ウ) 原告X3 九六一万七七三五円
(被告Y1の認否及び主張)
ア 亡Aの損害額について
(ア) 治療費
aについては認めるが、bについては不知。
(イ) 入院雑費
一日当たり一一〇〇円として四〇七日間で合計四四万七七〇〇円の限度で認める。
(ウ) 付添看護費
一日当たり四〇〇〇円として四〇七日間で合計一六二万八〇〇〇円の限度で認める。
(エ) 付添交通費
不知。
(オ) 休業損害
原告X1が要介護の状況にあつたことは否認し、その余は不知。
(カ) 家事労働に関する逸失利益
基礎となる収入を平成一一年賃金センサス第一巻・第一表における六五歳以上の女性労働者の平均年収二九三万八五〇〇円の五〇%とし、生活費控除率を五〇%、就労可能年数を七年間とするのが相当であるから、家事労働に関する逸失利益は、次の算式のとおり、四二五万〇七六〇円となる。
(293万8500×0.5)×(1-0.5)×5.7863(7年に対応するライプニッツ係数)=425万0760(小数点以下切捨て)
(キ) 年金に関する逸失利益
生活費控除率は八〇%とすべきであるから、年金に関する逸失利益は、次の算式のとおり、二四八万七二〇三円となる。
119万8121×(1-0.8)×10.3796=248万7203(小数点以下切捨て)
(ク) 入院慰謝料
二四〇万円の限度で認める。
(ケ) 死亡慰謝料
不知。
イ 原告X2固有の損害額について
実際に要した費用については不知。ただし、一〇〇万円の限度で認める。
ウ 自賠責保険金の法定充当について
争う。
エ 弁護士費用について
不知。
(3) 被告会社が支払うべき人身傷害補償保険金
(原告らの主張)
被告会社は、次のとおり、亡Aの被告会社に対する本件特約に基づく後遺障害に係る人身傷害補償保険金の請求手続を重大な過失をもって懈怠し、その結果、保険金の支払前に亡Aが死亡したことを奇貨として、後遺障害に係る人身傷害補償保険金より低額である死亡に係る人身傷害補償保険金の支払いにとどめようとしているところ、このような主張は、信義則に反するというべきである。
したがって、被告会社は、本件特約に基づき、少なくとも前記一(8)の六一二〇万八五二四円の範囲内である、被告Y1が負担すべき損害賠償金と同額の保険金支払義務を負っているものというべきである。
ア 被告会社の担当者であったCは、平成一二年一月二七日、被告会社の水戸サービスセンター(以下「水戸SC」という。)において、原告X2に対し、保険の手続をすべて任せてもらうとか、加害者との話合いも進めてゆくなどと述べた。
イ Cは、平成一二年三月一六日、被告会社の水戸SCにおいて、原告X2に対し、本件特約について説明した上で、本件算定書に記載された金額が支払われる旨述べ、保険の手続を速やかに行うと約束した。
ウ 原告X2は、平成一二年四月五日、被告会社の水戸SCにおいて、Cに対し、医療機関に対する同意書に署名押印した上で、これを提出した。
エ Cは、平成一二年五月一九日、原告X2に対し、被告会社の水戸SCにおいて、人身傷害補償保険金請求書兼同意書・確認書のコピーを示した上で、保険の手続が進んでいる旨の説明をした。
オ 原告X2は、平成一二年六月五日、Cに対し、被告会社の水戸SCにおいて、亡Aの症状を説明するとともに、亡Aの介護に専念しなければならないことから、保険の手続はくれぐれもお願いする旨述べた。
カ Cは、平成一二年七月三日、原告X2に対し、被告会社の水戸SCにおいて、志村大宮病院の診断書及び診療報酬明細書が必要であるから、同病院にこれらの書類を届けるよう依頼し、これを承諾した原告X2は、翌四日、これらの書類を届けた。
キ 原告X2は、平成一二年八月二五日及び同月三一日、Cに対し、被告の水戸SCにおいて、亡Aの症状を説明するとともに、保険の手続を速やかに行ってほしいと要請した。
ク 原告X2は、平成一二年九月に入ると、志村大宮病院に入院していた亡Aの介護に付きっきりとなったことから、Cに対し、何回も電話をかけ、保険の手続を進めてほしいと要請したが、Cは、何もしなかった。
ケ Cは、平成一二年九月一九日、原告X2に対し、被告会社の水戸SCにおいて、聖麗病院から自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を取り寄せてほしいと要請した。
コ 原告X2は、平成一二年九月二六日、Cに対し、聖麗病院から受け取った本件後遺障害診断書を郵送した。
サ 原告X2は、平成一二年九月三〇日、Cに対し、早く保険の手続をしてほしいと要請したところ、Cは、原告X2に対し、志村大宮病院の診断書及び診療報酬明細書が足りないため、手続ができない、すぐに手配するからもう少し待ってほしいと回答した。
シ 原告X2は、平成一二年一〇月から同年一一月にかけて、Cに対し、保険の手続を急いでほしいと要請し続けたが、Cは、もう少し待ってほしいと答えるにとどまった。
ス 原告X2は、平成一二年一二月二二日、志村大宮病院から、ようやく診断書及び診療報酬明細書を受け取った。
セ 原告X2は、平成一二年一二月二六日午後三時ころ、原告X2宅を訪れたCに対し、前記スの書面を交付したものの、被告会社は、亡Aが死亡した後の受付であるから、保険の手続の処理上は、後遺障害扱いではなく、死亡扱いであり、支払保険金は減額されると主張している。
(被告会社の認否及び主張)
争う。以下のとおり、被告会社は、原告X2に対し、可能な限りの対応をしていたものであって、被告会社の主張が信義則に反するとの主張は失当である。
アについて
否認する。原告X2が水戸SCを訪れたのは平成一二年一月二八日である。
イについて
Cが原告X2に対し本件特約について説明したことは認めるが、その余は否認する。
原告X2は、平成一二年三月一〇日、Cに対し、本件特約に基づく人身傷害補償保険金の試算を求めた。そこで、Cは、本件算定書を作成したが、あくまでも仮定の条件の下での試算であることは、原告X2に対し、十分に説明した。
ウについて
否認する。Cは、平成一二年四月五日、原告X2に対し、本件特約に基づく人身傷害補償保険金請求書及び後遺障害診断書用紙を交付したにすぎない。
エについて
否認する。原告X2は、平成一二年五月一九日、Cに対し、被告会社の水戸SCにおいて、人身傷害補償保険金請求書兼同意書・確認書を提出したが、その際、被告Y1の加入していた自動車共済に亡Aの治療費を支払わせたい旨述べ、本件特約に基づく人身傷害補償保険金請求手続の進行につき留保を求めた。
オについて
否認する。原告X2は、平成一二年六月五日、Cに対し、聖麗病院が被告Y1の加入する自動車共済に対し亡Aの症状固定日を連絡した場合、症状固定日後の亡Aの治療費の支払を受けられないおそれがあるとして、本件特約に基づく人身傷害補償保険金請求手続の進行につき留保を求めた。
カについて
否認する。Cは、平成一二年七月三日、原告X2宅を訪れたところ、原告X2は、亡Aの今後の治療費については、介護保険、障害者福祉手続を行い、その認定を受けて、治療費の給付が受けられることになった時点で、本件特約に基づく人身傷害補償保険金請求手続を進行させてほしいと述べた。
キについて
否認する。Cは、平成一二年八月二五日及び同月三一日、不在であったため、原告X2と応対していない。
クについて
否認する。原告X2が本件特約に基づく人身傷害補償保険金請求手続の進行留保を解除したのは平成一二年九月一九日であったから、それまでの間に本件特約に基づく人身傷害補償保険金請求手続の進行を求めた事実はない。
ケについて
認める。
コについて
本件後遺障害診断書が郵送された事実は否認し、その余は不知。本件後遺障害診断書が被告会社に提出されたのは、平成一二年一一月二二日である。
サについて
否認する。
シについて
不知又は否認する。
スについて
不知。
セについて
前段は認めるが、後段は争う。
なお、被告会社の本件特約に基づく人身傷害補償保険金支払債務は、次のとおりである。
ア 亡Aの損害額について
(ア) 入院雑費 四四万七七〇〇円
本件特約の人身傷害補償特約損害額算定基準(以下「本件基準」という。)に基づき、一日当たり一一〇〇円として四〇七日間で合計四四万七七〇〇円の限度で認める。
(イ) 付添看護費 一六二万八〇〇〇円
本件基準に基づき、一日当たり四〇〇〇円として四〇七日間で合計一六二万八〇〇〇円の限度で認める。
(ウ) 付添交通費 七七万五二〇〇円
原告らの主張する金額を認める。
(エ) 休業損害 二二三万八五〇〇円
亡Aは、本件事故当時、家事従事者であったから、本件基準に基づき、一日当たり五五〇〇円として四〇七日間で合計二二三万八五〇〇円の限度で認める。
(オ) 家事労働に関する逸失利益 七一四万〇三六七円
a 基礎となる収入
亡Aは、死亡時七三歳であったから、本件基準によれば、六八歳以上の女性の平均給与額は月額二三万一八〇〇円である。
b 生活費控除率
亡Aには被扶養者がいなかったから、本件基準によれば、生活費控除率は五〇%となる。
c 就労可能年数
亡Aは、死亡時七三歳であったところ、本件基準によれば、七三歳の女性の就労可能年数は、六年であり、これに対応する新ホフマン係数は、五・一三四である。
d したがって、逸失利益は、次の算式のとおり、七一四万〇三六七円となる。
(23万1800×12)×(1-0.5)×5.134=714万0367(小数点以下切捨て)
(カ) 年金に関する逸失利益 〇円
本件基準によれば、年金については逸失利益を算定すべきものとはされていない。
(キ) 入院慰謝料 二三三万三〇〇〇円
本件基準に基づき、二三三万三〇〇〇円の限度で認める。
(ク) 死亡慰謝料 一二五〇万〇〇〇〇円
亡Aは、死亡時七三歳と高齢者であったから、本件基準によれば、一二五〇万円となる。
(ケ) 小計 二七〇六万二七六七円
前記(ア)ないし(ク)を合計すると、二七〇六万二七六七円となる。
イ 原告X2固有の損害額について 六〇万〇〇〇〇円
本件基準は、葬儀費を原則として六〇万円とし、立証資料等により六〇万円を超えることが明らかな場合は、一〇〇万円を限度として実費を支払うものとしているところ、書証の提出がないから、認定することができるのは六〇万円となる。
ウ 小計 二七六六万二七六七円
前記ア(ケ)及びイを合計すると、損害額は、二七六六万二七六七円となる。
エ 自賠責保険金控除後の残額 五八五万二七六七円
前記ウから前記一(9)を控除すると、残額は、五八五万二七六七円となる。
(4) 被告Y1の損害賠償債務と被告会社の保険金支払債務との関係
(原告らの主張)
ア 人身交通事故が発生した場合、被害者は、加害者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を取得すると同時に、被害者が人身傷害補償保険金の請求権者であるときは、保険会社に対し、保険契約に基づく保険金請求権を取得する。両請求権は、別個の請求権であり、かつ、優先劣後の関係にあるものではないから、加害者の不法行為に基づく損害賠償債務と保険会社の保険金支払債務とは、不真正連帯債務の関係に立つことは、当然である。<1>支払うべき保険金の額を算定するに際し、保険約款上定められた算定基準により算定された損害額から、自賠責保険から支払われた額を控除したり、<2>保険会社が保険金を支払った場合に、最終的な負担を負うべき不法行為者又はその賠償責任保険者である自賠責保険会社に対し、求償することができるのは、その当然の帰結である。
イ 現行民事訴訟法の下では、第一審の判決における加害者に対する損害賠償請求権の認容額と控訴審又は上告審の判決におけるそれとが異なる場合もあるから、第一審の判決が言い渡されることをもって、「すでに給付が決定し」た場合に当たることにはならない。
ウ なお、原告らが被告Y1又は本件農協連合会から本件事故に基づく損害賠償債務の履行としての給付を受けたときは、実体法上、不真正連帯債務であっても、原告らの被告会社に対する人身傷害補償保険金請求権は、同給付の額の分だけ消滅するのであるし、訴訟法上も、口頭弁論終結後の債権の消滅事由は既判力に抵触せず、執行法上も、弁済証書は執行停止文書であるから、不真正連帯債務と解することに支障はない。
(被告会社の主張)
本件特約には、「対人賠償保険等によって賠償義務者が(中略)損害賠償・責任を負担することによって被る損害に対してすでに給付が決定しまたは支払われた保険金もしくは共済金の額を控除する」との規定があるところ、この規定は、賠償義務者が対人賠償保険等の任意保険に加入している場合には、判決等で認容された賠償を履行することが確実であることから、被保険者の人身損害賠償において、賠償義務者からの賠償につき、算定基準に基づき算定された金額を確保することができることが明らかであるため、その金額を算定された保険金額から控除することとしたものである。そうすると、対人賠償保険等の任意保険に加入している賠償義務者に対し賠償義務を認める判決がされた場合、「対人賠償保険等によって賠償義務者が損害賠償責任を負担することによって被る損害に対してすでに給付が決定し」た場合に当たることは明らかである。
ところで、本件事故の賠償義務者である被告Y1は、本件農協連合会との間で、被告車について対人賠償共済契約を締結していた。したがって、本訴において、被告Y1に対する損害賠償責任を認める判決が言い渡された場合、前記要件に当たるから、算定基準によって算定された保険金額から、給付額を控除すべきであり、被告Y1の損害賠償債務と被告会社の保険金支払債務とは、連帯債務の関係に立つものではない。
(5) 請求の基礎の同一性の有無(予備的請求に関する争点)
(原告らの主張)
主位的請求は、本件特約に基づく人身傷害補償保険金請求であり、主要な争点は、被告会社が亡Aの後遺障害に係る人身傷害補償保険金請求の手続を重大な過失をもって懈怠し、その結果、保険金の支払前に亡Aが死亡したのであるから、被告会社としては支払うべき保険金を後遺障害に係る人身傷害補償保険金よりも減額し、しかも、死亡により現実に発生した損害よりも更に過少の保険金に限定して主張することが信義則に反するか否かという点、具体的には、<1>亡Aの後遺障害に係る人身傷害補償保険金の請求の有無、<2>被告会社における保険金請求手続の懈怠の有無及び<3>懈怠についての重過失の有無であるところ、予備的請求においても、これらが主要な争点であり、かつ、訴訟資料、証拠資料を利用し合える関係にあることは明らかである。また、主位的請求も予備的請求もその利益主張が、社会生活上は同一又は一連の紛争に関するものとみられる場合に当たることも、説明を要しない。
したがって、両請求に請求の基礎の同一性はあるというべきである。
(被告会社の主張)
主位的請求は、本件特約に基づく人身傷害補償保険金請求であるのに対し、予備的請求は、Cに義務懈怠行為があったことを前提とした不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求であるから、請求の基礎に変更がある場合に当たり、不適法というべきである。
(6) 症状固定の有無(予備的請求に関する争点)
(原告らの主張)
亡Aは、平成一二年七月二五日、自賠法施行令別表の後遺障害等級一級三号の後遺障害を残して症状が固定した。
(被告会社の認否)
否認する。
(7) 被告会社は後遺障害による保険金又はこれと同額の損害賠償金の支払義務を負うか(予備的請求に関する争点)
(原告らの主張)
被告会社は、本件契約に基づき、所定の手続による請求を受けたときは、本件基準により算定された人身傷害補償保険金を支払うべき義務を負っている。
ところで、亡Aにおいては、平成一二年四月一日の時点で、左半身麻痺及び意識障害があり、後遺障害等級一級三号の後遺障害が残存する見込みが確実となっていたところ、原告X2は、亡Aの代理人として又は事務管理行為として、被告会社に対し、同月五日又は同年五月一九日、亡Aの後遺障害の等級認定を受ける手続を依頼し、同意書に署名押印した上でこれを提出した。このような経過からすれば、被告会社は、亡Aに対し、後遺障害の認定手続等、後遺障害に係る保険金請求の準備行為を速やかに行うべき信義則上の義務を負ったものというべきである。
ところが、被告会社は、原告X2からの再三にわたる催告にもかかわらず、前記義務を重過失をもって懈怠し、その結果、亡Aは、後遺障害に係る人身傷害補償保険金を取得することができないまま、同年一二月二四日、死亡するに至った。
したがって、前記懈怠行為は、亡Aの後遺障害に係る人身傷害補償保険金請求権を侵害する不法行為を構成し、被告会社は、民法七一五条又は同法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。
また、前記懈怠行為は、準事務管理上の債務不履行にも当たる。
さらに、被告会社は、故意に前記義務を懈怠したものともいえるから、民法一三〇条又は同法一二八条の趣旨により、条件成就とみなされ、亡Aは、被告会社に対し、後遺障害に係る人身傷害補償保険金請求権を取得したものというべきである。
(被告会社の主張)
交通事故の被害者が加害者に対して損害賠償請求をするのか、又は自己の加入する保険会社に対して人身傷害補償保険金請求をするのかは、その意思如何によるところ、前記(3)において主張したとおり、原告X2は、加害者である被告Y1及び本件農協連合会に対し、損害賠償義務の履行を強く求めていた。そのため、被告会社は、本件特約に基づく人身傷害補償保険金請求手続の進行を留保し、加害者側に対する損害賠償義務の履行を求めるという原告X2の意思を確認した上で、原告X2の相談に応じ、加害者側に対する請求について助言していたものである。したがって、原告X2において、本件特約に基づく被告会社における請求手続の進行留保を解除された平成一二年九月一九日以降、被告会社の手続を進めた。これに対し、原告X2からは、本件後遺障害診断書が同年一一月二二日に提出されたものの、同診断書において症状固定日とされた同年七月二五日当時、亡Aは既に志村大宮病院に転院していたため、後遺障害の認定に当たっては、同病院の診断書や診療報酬明細書が必要となるところ、被告会社は、原告X2に対し、その旨の説明をするとともに、同病院に対し、提出の督促をした。しかしながら、前記書面が提出されないうちに、亡Aが死亡したため、被告会社としては、後遺障害の有無及び等級認定を調査するに至らなかったものである。
このように、被告会社としては、原告X2の要望に対し、可能な限りの対応をしていたものであるから、原告の主張する信義則上の義務を負わないことは明らかである。
したがって、被告会社は、民法七一五条又は同法七〇九条に基づく損害賠償責任を負うものではなく、準事務管理上の債務不履行に基づく損害賠償責任を負うものでもない。また、民法一三〇条又は同法一二八条の趣旨による条件成就の結果、亡Aが後遺障害に係る人身傷害補償保険金請求権を取得することもない。
(8) 後遺障害による保険金額又は損害額(予備的請求に関する争点)
(原告らの主張)
ア 本件契約によれば、仮に亡Aが本件事故によって死亡せず症状が固定し、後遺障害等級一級三号と認定された場合、次のとおりの後遺障害に係る人身傷害補償保険金を受領することができる状況にあった。
(ア) 逸失利益 一四二八万〇七三四円
(イ) 後遺障害慰謝料 一八〇〇万〇〇〇〇円
(ウ) 将来の介護費用 二四九一万一〇四〇円
(エ) 合計 五七一九万一七七四円
イ 前記(7)において主張した亡Aの取得した損害賠償請求権又は後遺障害に係る人身傷害補償保険金について、原告らは、前記一(4)のとおり、相続したから、原告ら各自の損害額又は保険金額は、次のとおりとなる(円未満切捨て)。
(ア) 原告X1 二八五九万五八八七円
(イ) 原告X2 一四二九万七九四三円
(ウ) 原告X3 一四二九万七九四三円
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(本件事故の具体的態様及び過失相殺の可否)について
(1) 証拠(甲二ないし五、三四、乙一、五、六、被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の態様等について次の事実が認められる(地点を示す符号は、別紙図面記載のとおりである。)。
ア 本件道路は、北側の金砂郷町久米方面と南側の常陸太田市藤田町方面とを結ぶ県道和田上河合線であり、縁石によって歩車道が区別されている。車道の中央には白い破線が、両端には白い実線が、それぞれ標示され、片側一車線となっている。路面は、アスファルトで舖装され、平坦である。本件事故現場付近においては、本件道路は、久米方面から藤田町方面に向かって、緩やかに右にカーブするとともに、上り勾配になっているが、前方の見通しは良好である。沿道には民家が点在しているところ、横断歩道は設けられていないため、住民は、適宜本件道路を横断して往来している。最高速度は、時速五〇kmに制限されている。
本件事故当時、天候は晴れであり、路面は乾燥していた。また、交通量は閑散としており、街路灯が設置されていないため、本件事故現場は、暗かった。
イ 被告Y1は、本件事故当時、自宅から自分の経営する動物病院に行くために、Y1車を運転して、本件道路を久米方面から藤田町方面に向かって時速約六〇kmの速度で走行していた。被告Y1は、本件道路を毎日のように走行していた。
ウ 亡Aは、本件事故当時、本件道路の西側にあるDの家でお茶を飲みながら雑談を交わした後、本件道路の東側にある自宅に帰るために、本件道路を横断しようとしていた。
エ 被告Y1は、対向車の運転者が眩惑されないように<1>地点で前照灯を下向きにし、時速約五〇kmに減速したところ、<2>地点で亡Aが<ア>地点を向かって右から左に小走りに横断しているのに気付き、あわてて急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを右に切って、亡Aとの衝突を回避しようとした。しかしながら、<×>地点で被告車の左前部付近が亡Aに衝突し、亡Aは、<イ>地点に倒れた。
なお、被告車の前照灯を下向きにした状態では、<ア>地点に歩行者がいることを、その手前約三二・三mの地点で見通すことができた。
(2)ア 原告らは、亡Aが<ア>地点から<×>地点まで(約一・二m)到達する間に、Y1車が<2>地点から<×>地点まで(約一六・六m)走行しているところ、亡Aの小走りの速度を時速約六kmであったとすると、Y1車の速度は時速約八三kmになると主張する。
しかしながら、亡Aの小走りの速度がどの程度であったかは、これを認めるに足りる的確な証拠はないし、被告Y1においても、<2>地点で亡Aを発見した後、急ブレーキをかけたのであるから、単純に距離を比較してY1車の速度を算定することは相当であるとはいえない。
したがって、原告の前記主張は採用することができない。
イ また、原告らは、亡Aが本件道路の横断を開始した路端から<ア>地点に至るまで約三・四mの距離を、秒速約一mの速度で歩行したとすると、被告Y1は、実に三秒間余りも亡Aの存在に気付いていなかったことになるから、著しい前方不注視があったことは明らかであると主張する。
しかしながら、前記距離は、平成一一年一一月一七日付け実況見分調書添付の交通事故現場見取図(乙一)上の距離を測定した結果に基づくものであるところ、このような現場見取図上の距離が必ずしも正確なものであるとはいえないし、本件事故現場が暗く、かつ、本件道路がY1車の進行方向に向かって右にカーブしていることも考慮すると、前照灯を下向きにしている場合は、対向車線の歩道寄りの側から本件道路を横断しようとする歩行者の姿が直ちに被告Y1の視界に入ってくるものとの前提に立つことができるかについては、慎重に検討すべきものであって、直ちにこれを肯定することはできない。
したがって、原告の前記主張は採用することができない。
(3) 前記(1)及び(2)によれば、本件事故は、基本的には、前方を注視しつつ、前照灯の照射距離及び範囲に応じて、本件道路を横断する歩行者があれば、これとの衝突を避けられるように速度を調整して走行すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、本件道路を横断する歩行者などいないものと軽信してY1車を運転していた被告Y1の過失によるものというべきであるが、他方、亡Aにおいても、辺りが暗く、運転者からは発見が困難であったのであるから、本件道路を横断するに当たっては、左右の安全確認を十分すべきであったのに、必ずしも十分であったとはいえないという点で過失を否定することはできない。
そこで、両者の過失の態様等を比較すると、亡Aの過失は、二〇%とみるのが相当である。
(4) ところで、原告らは、被告Y1が本件訴訟前は過失相殺を主張していなかったと指摘した上で、これに沿う証拠として、被告Y1の記名押印がされた本件確認書を提出する。
確かに、本件確認書には、亡Aにも落ち度があったから、総損害が減額されてしかるべきである旨の文言は記載されていない。しかしながら、同書面は、損害の各費目の算定について説明したものにすぎないのであって、これをもって、被告Y1及び本件農協連合会が亡Aとの間で今後過失相殺を一切しないとの合意をしたものとみることは早計である。そして、このように、加害者が単に訴訟前に過失相殺を積極的に主張しなかったからといって、訴訟係属後に過失相殺を主張することが直ちに信義則に反することにはならないものというべきである。
したがって、この点に関する原告の主張は、採用することができない。
二 争点(2)(損害額)について
(1) 亡Aの損害額
ア 治療費 一七七一万二七一二円
この点について、原告らは、支払済みであるとして、本訴では請求していないが、前記一(3)のとおり、本件事故の発生については亡Aにも過失があったから、被告Y1の負担すべき損害額の算定に当たっては、これを計上するのが相当である。
(ア) 聖麗病院 一二九一万四二三〇円
証拠(甲一〇ないし一六、丙六の二・四・六・八・一〇・一二・一四)によれば、聖麗病院における治療費は、平成一一年一一月分が三二一万三九一一円、同年一二月分が一九三万七二〇三円、平成一二年一月分が二六九万三〇〇九円、同年二月分が一三七万一七四三円、同年三月分が一三二万八八〇七円、同年四月分が一二〇万五四〇二円、同年五月分及び同年六月分が一一六万四一五五円であったことが認められるから、これらを合計すると、一二九一万四二三〇円となる。
(イ) 志村大宮病院 四七九万八四八二円
証拠(甲一七ないし二〇、二一の一ないし八、丙七の二ないし五)及び弁論の全趣旨によれば、志村大宮病院における治療費は、平成一二年六月分が一五三万九二七九円、同年七月分が一三一万三四五一円、同年八月分が一二七万六八九六円、同年九月分が一二七万五八七五円、同年一〇月分が八万二八九九円、同年一一月分が一一万一二八四円、同年一二月分が一八万二四三二円であった(合計五七八万二一一六円)が、被告会社は、志村大宮病院との間で交渉した結果、総額四七九万八四八二円とすることで合意したことが認められる。
イ 入院雑費 五二万九一〇〇円
入院雑費は、一日当たり一三〇〇円が相当であるから、入院期間四〇七日間について五二万九一〇〇円となる。
ウ 付添看護費 二四四万二〇〇〇円
証拠(甲三四)及び弁論の全趣旨によれば、原告X2は、亡Aが入院している間、毎日、病院に通っては亡Aの看病をしていたことが認められる。
したがって、付添看護費は、一日当たり六〇〇〇円が相当であるから、入院期間四〇七日間について二四四万二〇〇〇円となる。
エ 付添交通費 四〇万七〇〇〇円
証拠(甲三四)によれば、原告X2は、亡Aが入院している間、毎日、自家用自動車を利用して、自宅と亡Aが入院していた病院との間を往復していたことが認められるが、具体的にどのくらいの費用を要したかについてはこれを認めるに足りる的確な証拠はない。そこで、一日当たりの交通費を一〇〇〇円として、入院期間四〇七日間について四〇万七〇〇〇円とみるのが相当である。
オ 休業損害 二六二万一〇八〇円
証拠(甲三四、乙一、原告X2本人)によれば、本件事故当時、無職であった夫の原告X1が脳梗塞や老人性痴呆症を患っていたため、亡Aは、原告X1の身の回りの世話を初めとして家事全般に従事していたことが認められる。
そうすると、基礎となる収入は、平成一一年賃金センサス第一巻・第一表における産業計・企業規模計・学歴計による六五歳以上の女性労働者の平均年収二九三万八五〇〇円の八割に相当する二三五万〇八〇〇円とみるのが相当であるから、一日当たりの収入は、次の算式のとおり、六四四〇円となる。したがって、休業損害は、入院期間四〇七日間について二六二万一〇八〇円となる。
235万0800÷365=6440(小数点以下切捨て)
カ 家事労働に関する逸失利益 九五二万一七〇三円
(ア) 基礎となる収入
前記オと同様、二三五万〇八〇〇円を採用するのが相当である。
(イ) 就労可能年数
亡Aは、死亡時七三歳であったところ、七三歳の女性の平均余命は、一五・七七年であるから(平成一二年簡易生命表)、その二分の一に相当する七年間は、就労可能であったものとみるのが相当である。
(ウ) したがって、亡Aの家事労働に関する逸失利益は、生活費控除率を三〇%として、中間利息の控除率は年五%のライプニッツ係数を用いると、次の算式のとおり、九五二万一七〇三円となる。
235万0800×(1-0.3)×5.7863=952万1703(小数点以下切捨て)
キ 年金に関する逸失利益 三七三万〇八〇五円
(ア) 基礎となる収入
証拠(甲二六)によれば、亡Aは、平成一二年の一年間で、老齢基礎厚生年金として総額一一九万八一二一円の支給を受けていたことが認められる。
(イ) 取得可能年数
亡Aは、平均余命である一五年間は、老齢基礎厚生年金を取得することができた蓋然性があるものとみるべきである。
(ウ) したがって、亡Aの年金に関する逸失利益は、生活費控除率を七〇%として、次の算式のとおり、三七三万〇八〇五円となる。
119万8121×(1-0.7)×10.3796=373万0805(小数点以下切捨て)
ク 入院慰謝料 三六〇万〇〇〇〇円
亡Aの入院期間のほか、傷害の部位及び程度などを考慮すると、三六〇万円と認めるのが相当である。
ケ 死亡慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円
亡Aの年齢、職業、家族状況など本件に顕れた一切の事情を総合的に考慮すると、二〇〇〇万円と認めるのが相当である。
コ 小計 六〇五六万四四〇〇円
前記アないしケを合計すると、六〇五六万四四〇〇円となる。
サ 原告ら各自の損害額
前記第二の一(4)によれば、原告ら各自の損害額は、次のとおりとなる。
(ア) 原告X1 三〇二八万二二〇〇円
(イ) 原告X2 一五一四万一一〇〇円
(ウ) 原告X3 一五一四万一一〇〇円
(2) 原告X2固有の損害額(葬儀費用) 一五〇万〇〇〇〇円
証拠(甲三七ないし四六、四七の一ないし六、四八ないし五〇、五一の一ないし四)及び弁論の全趣旨によれば、原告X2は、亡Aの葬儀費用として一五〇万円を超える金員を支出したことが認められるところ、本件事故との間に相当因果関係がある損害としては、一五〇万円が相当である。
(3) 原告ら各自の損害額
前記(1)サ及び(2)を合計すると、原告ら各自の損害額は、次のとおりとなる。
ア 原告X1 三〇二八万二二〇〇円
イ 原告X2 一六六四万一一〇〇円
ウ 原告X3 一五一四万一一〇〇円
(4) 過失相殺後の残額
前記一(2)に説示した過失割合によれば、原告ら各自の損害残額は、次のとおりとなる。
ア 原告X1 二四二二万五七六〇円
3028万2200×(1-0.2)=2422万5760
イ 原告X2 一三三一万二八八〇円
1664万1100×(1-0.2)=1331万2880
ウ 原告X3 一二一一万二八八〇円
1514万1100×(1-0.2)=1211万2880
(5) 自賠責保険金以外の損害の填補
本件農協連合会は聖麗病院に対し一二九一万四二三〇円を、被告会社は志村大宮病院に対し四七九万八四八二円を、それぞれ支払っている(弁論の全趣旨)から、これらを前記第二の一(4)の相続割合に応じて填補すると、原告ら各自の損害残額は、次のとおりとなる。
ア 原告X1 一五三六万九四〇四円
2422万5760-(1291万4230+479万8482)×1/2=1536万9404
イ 原告X2 八八八万四七〇二円
1331万2880-(1291万4230+479万8482)×1/4=888万4702
ウ 原告X3 七六八万四七〇二円
1211万2880-(1291万4230+479万8482)×1/4=768万4702
(6) 弁護士費用
本件事案の内容、本件訴訟の経緯、後記(8)の認容額等を考慮すると、本件事故との間に相当因果関係がある弁護士費用としては、原告ら各自について次のとおりとするのが相当である。
ア 原告X1 六九万〇〇〇〇円
イ 原告X2 四九万〇〇〇〇円
ウ 原告X3 三四万〇〇〇〇円
(7) 小括
前記(5)及び(6)を合計すると、原告ら各自の損害額は、次のとおりとなる。
ア 原告X1 一六〇五万九四〇四円
イ 原告X2 九三七万四七〇二円
ウ 原告X3 八〇二万四七〇二円
(8) 自賠責保険金の法定充当
原告らが支払を受けた自賠責保険金二一八一万円を法定相続分の割合で分けた金員を、本件事故日から自賠責保険金の支払日である平成一三年一二月二六日までの二年と四三日間に発生した原告ら各自の確定遅延損害金にまず充当し、次に残額を原告ら各自の損害元本に充当すると、原告ら各自の損害残額は、次のとおりとなる。
ア 原告X1 六八五万四九四〇円
1605万9404-{2181万0000×1/2-1605万9404×0.05×(2+43÷365)}=685万4940(小数点以下切捨て)
イ 原告X2 四九一万四八九三円
937万4702-{2181万0000×1/4-937万4702×0.05×(2+43÷365)}=491万4893(小数点以下切捨て)
ウ 原告X3 三四二万一九四〇円
802万4702-{2181万0000×1/4-802万4702×0.05×(2+43÷365)}=342万1940(小数点以下切捨て)
三 争点(3)(被告会社が支払うべき保険金)について
(1) 証拠(甲八、二九、三〇、三四、三五、五二、乙二、丙二ないし四、証人C、証人E、原告X2本人、被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故後から亡Aが死亡するまでの間における被告会社との交渉等について次の事実が認められる。
ア 平成一一年一一月一五日、旅先で本件事故の発生を知った原告X2は、直ちに聖麗病院に駆け付けたものの、心もとなかったことなどから、日頃から頼りにしているEに電話をかけ、聖麗病院に来てもらい、今後のことなどについて助言をしてもらった。その結果、原告X2は、本件契約を取り扱った被告会社の代理店であるマルサン企画に本件事故のことを伝えた。
イ 平成一一年一一月一八日ころ、Cは、マルサン企画の担当者とともに、原告X2宅を訪れ、原告X2及びEに対し、本件事故による被告Y1に対する損害賠償請求については、何でも相談してほしいなどと述べた。
ウ 平成一一年一二月六日、原告X2は、Eとともに、原告X2宅において、被告Y1及び本件農協連合会の担当者二名と会い、本件確認書を受け取るなどして、差し当たり聖麗病院の治療費を支払ってもらうこととなった。
エ 平成一二年一月二七日、原告X2及びEは、水戸SCにおいて、Cと面談し、Cから、本件特約に基づく人身傷害補償保険金の支払手続を引き受けさせてもらうなどと説明を受けた。
オ 平成一二年三月一〇日、原告X2は、Cに対し、参考のために本件特約に基づく人身傷害補償保険金がどのくらいになるか試算してほしいと頼み、Cは、本件算定書を作成した。
カ 平成一二年三月一六日、原告X2は、Eとともに、水戸SCを訪れ、Cから、本件算定書を示された上で、人身傷害補償特約の仕組みについて説明を受けた。その際、Cは、あくまでも仮定の条件の下での算定であることを説明し、後遺障害の認定手続に当たっては、後遺障害診断書等の必要書類の提出を受けた上で、自賠責保険調査事務所による等級認定が必要であることなどを説明した。
キ 平成一二年四月五日、原告X2は、Eとともに、水戸SCを訪れ、Cから、人身傷害補償保険金請求書及び自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書の定型用紙を交付された。
ク 平成一二年五月一九日、原告X2は、Eとともに、水戸SCを訪れ、Cに対し、原告X2が作成した人身傷害補償保険金請求書兼同意書・確認書(丙三)及び亡Aの診断書及び診療報酬明細書の交付を受けることなどについて同意する旨のB医師宛ての同意書(丙四)を交付した。その際、原告X2は、亡Aの治療費については、被告Y1の加入していた本件農協連合会に支払わせたいとの意向を表明したため、Cは、本件特約に基づく人身傷害補償保険金の支払手続は留保することとした。
ケ 平成一二年五月二三日、原告X3は、妻とともに、志村大宮病院を訪れ、聖麗病院からの転院依頼をし、同年六月二日の予約を入れてもらった。そして、被告Y1に誠意が乏しく、被告Y1から連絡があっても、原告X3に無断で亡Aの症状が固定したと伝えることのないよう申入れをした。これに対しては、介護保険の申請をするように言われた。
コ 平成一二年六月五日、原告X2は、Eとともに、水戸SCを訪れ、Cに対し、床ずれがひどいなど亡Aの病状を説明するとともに、同月二日に転院した志村大宮病院の対応に不満があり、亡Aの介護に専念しなければならないことなどを述べた。
サ 平成一二年七月二五日ころ、原告X2は、Cに対し、聖麗病院のG医師の作成した身体障害者診断書・意見書(甲八)を送付した。
シ 平成一二年九月一二日、Cは、原告X2から、亡Aに対し身体障害者手帳が交付されたことを知らされた。
ス 平成一二年九月一九日、原告X2は、Eとともに、水戸SCを訪れ、Cに対し、本件特約に基づく人身傷害補償保険金の支払手続をしてほしいと述べた。そこで、Cは、原告X2に対し、聖麗病院から自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を取り寄せてほしいと要請した。
セ 平成一二年九月二五日、原告X2は、聖麗病院から、本件後遺障害診断書ができあがったとの連絡を受けたので、翌二六日、Eとともに、聖麗病院に赴き、本件後遺障害診断書を受け取り、これを被告会社又はC宛てに送付した。
ソ 平成一二年一〇月から同年一一月にかけて、原告X2は、Cに対し、人身傷害補償保険金の支払手続を急いでほしいと要請し続けた。これに対し、Cは、志村大宮病院の診断書及び診療報酬明細書が必要であり、もう少し待ってほしいと答えるとともに、志村大宮病院に対し、何回か前記書面の催促をした。
タ 平成一二年一二月二二日、原告X2は、志村大宮病院から、ようやく診断書及び診療報酬明細書を受け取り、同月二六日、Cに対し、これを交付した。
(2) 前記(1)において認定した事実によれば、原告X2は、症状固定の判断が出てしまうと、その後の治療費が支払われなくなることを考慮して、介護保険又は身体障害者福祉法に基づく給付が確実なものとなるまで本件特約に基づく人身傷害補償保険金の請求手続を進めることをためらっていたところ、遅くとも平成一二年九月一九日までには、身体障害者の認定を受け、給付を受けられる見通しが立ったため、本件特約に基づく人身傷害補償保険金の請求手続を進める意思が明確になったものというべきである。したがって、<1>これ以後、被告会社において保険金請求手続を進めることにつき、重大な懈怠があり、<2>この懈怠がなければ、亡Aが死亡するまでに後遺障害に係る人身傷害保険金が支払われたであろうと認められる場合には、原告らの主張を採用する余地がある。
しかしながら、後遺障害の認定手続に当たっては、後遺障害診断書のほかに、診断書及び診療報酬明細書等の資料が必要とされるところ、本件においては、本件後遺障害診断書は、平成一二年九月二四日付けで作成されているところ(前記第二の一(3))、被告会社がこれを受領したのは、原告らの主張する同月二六日ころであるのか、或いは被告会社の主張する同年一一月二五日ころであるのかは、証拠上いずれとも決し難い上、この点は、仮に原告の主張するとおりであったとしても、ほかに志村大宮病院の診断書及び診療報酬明細書を取り付けることが必要であったのであり、さらに、これらの書類が速やかに被告会社の手元に渡ったとしても、被告会社から損害調査事務所に送付されて、亡Aにいかなる後遺障害が残存しているかの判断が出るまでには一定の時間を要するものと見込まれることなどを考慮すると、果たして亡Aが死亡するまでの間に後遺障害の認定手続が完了していたとは直ちにいうことはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は、採用することができない。
(3) ところで、原告らの被告会社に対する主位的請求は、本件特約に基づく人身傷害補償保険金請求であるから、原告らとしては、黙示的には本件特約によって算定されるべき保険金の支払いを請求しているものと解するのが相当である。
そこで、これを検討すると、証拠(丙一)によれば、被告会社が保険金を支払うべき損害の額は、被保険者が傷害、後遺障害又は死亡のいずれかに該当した場合に、その区分ごとに、それぞれ本件基準に従い算定した金額の合計額とするものとされていることが認められる。亡Aは、前記第二の一(2)及び(4)のとおり、本件事故により一年余り入院加療生活を余儀なくされた後、死亡したものであるから、傷害による損害及び死亡による損害が、保険金支払いの対象となるから、これに従って損害項目を算定すると、次のとおりとなる(アないしオが傷害による損害、カないしクが後遺障害による損害)。
ア 入院雑費 四四万七七〇〇円
本件基準によれば、一日につき一一〇〇円とされているから、四〇七日間で四四万七七〇〇円となる。
イ 付添看護費 一六二万八〇〇〇円
本件基準によれば、一日につき四〇〇〇円とされているから、四〇七日間で一六二万八〇〇〇円となる。
ウ 付添交通費 七七万五二〇〇円
被告会社は、原告らの請求を自認しているから、これを認めることとする。
エ 休業損害 二二三万八五〇〇円
本件基準によれば、家事従事者については、現実に家事に従事できなかった日数に対し、一日につき五五〇〇円とされているから、四〇七日間で二二三万八五〇〇円となる。
オ 傷害による精神的損害 二三三万三〇〇〇円
本件基準によれば、入院期間が一三か月にわたる場合は一八四万五〇〇〇円、一四か月にわたる場合は一八八万二〇〇〇円とされ、一か月未満の端数が生じた場合、その端数については、各期間別の精神的損害額を日割計算するとされているところ、亡Aの入院期間は、前記第二の一(2)のとおり、一三か月と一一日間に及んでいるから、次の算式<1>のとおり、一八五万八五六六円となる。
そして、本件基準は、「被保険者の受傷の態様が重傷の場合は、具体的な傷害の部位・程度、治療の内容等を勘案し、二五%の範囲内で割増をした金額を支払います。」と規定しているところ、亡Aについては、前記事情を勘案すると、最大限の割増(二五%)をすべき場合に当たるということができるから、次の算式<2>のとおり、二三二万三二〇七円となるが、被告会社は、これを上回る二三三万三〇〇〇円を自認しているから、これを損害とするのが相当である。
<1> 184万5000+(188万2000-184万5000)÷30×11=185万8566(小数点以下切捨て)
<2> 185万8566×(1+0.25)=232万3207(小数点以下切捨て)
カ 葬儀費 一〇〇万〇〇〇〇円
本件基準によれば、六〇万円を超えることが明らかな場合は、一〇〇万円を限度として実費を支払うこととされているところ、前記二(2)によれば、六〇万円を超える支出がされているから、一〇〇万円となる。
キ 逸失利益 七一四万〇三六七円
本件基準によれば、家事従事者については、年齢別平均給与額から生活費を控除した残額に就労可能年数に対応する新ホフマン係数を乗じた額とされ、年齢別平均給与額は、六八歳以上の女性は月額二三万一八〇〇円、生活費は被扶養者がない場合は五〇%、七三歳の新ホフマン係数は五・一三四とされていみから、逸失利益は、次の算式のとおり、七一四万〇三六七円となる。
(23万1800×12)×(1-0.5)×5.134=714万0367(小数点以下切捨て)
ク 死亡による精神的損害 一二五〇万〇〇〇〇円
本件基準によれば、被保険者が高齢者である場合は一二五〇万円とされているところ、亡Aは、高齢者であったということができるから、一二五〇万円が相当である。
ケ 小計 二八〇六万二七六七円
前記アないしクを合計すると、二八〇六万二七六七円となる。
コ 自賠責保険金控除後の残額 六二五万二七六七円
本件特約の一一条一項によれば、被告会社が支払う人身傷害補償保険金の額は、「第九条(損害額の決定)第一項の規定により決定される損害の額」から自賠責保険によって既に支払われた金額を控除した額とされているから、前記ケから前記第二の一(9)の自賠責保険金を控除すると、残額は、六二五万二七六七円となる。
サ 原告ら各自の人身傷害補償保険金
前記第二の一(4)によれば、原告ら各自の人身傷害補償保険金は、次のとおりとなる(円未満切捨て)。
(ア) 原告X1 三一二万六三八三円
(イ) 原告X2 一五六万三一九一円
(ウ) 原告X3 一五六万三一九一円
シ 弁護士費用 〇円
本件特約の九条一項は、被告会社が人身傷害補償保険金を支払うべき損害の額は、被保険者が傷害、後遺障害または死亡のいずれかに該当した場合に、その区分ごとに、それぞれ本件基準に従い算出した金額の合計額とするものと規定し、本件基準には、弁護士費用が支払の対象になることは明記されていない(丙一)。そして、対人賠償保険や無保険車傷害保険のように、保険者が支払うべき保険金について、弁護士費用を含むものと解される「被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額」とは規定していない(丙一)。
したがって、弁護士費用は、本件特約による支払の対象とはならないものと解するのが相当である。
ス 遅延損害金
弁護士費用と同様、本件基準には、加害者が負担する事故の日から発生する遅延損害金が支払いの対象になることは明記されていないことに加え、対人賠償保険のように、「被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額」とは別に、「第五条(当会社による解決―対人賠償)第一項の規定に基づく訴訟または被保険者が当会社の書面による同意を得て行った訴訟の判決による遅延損害金」を支払うものとは規定されていないこと(丙一)からすれば、加害者に対しては請求し得る遅延損害金は、本件特約による支払いの対象とはならないものと解するのが相当である。
そうすると、原告らが被告会社に対して請求し得るのは、本件特約に基づく人身傷害補償保険金支払債務が遅滞したことによる遅延損害金になるところ、本件特約の一七条は、「当会社は、保険金請求権者が前条第二項の手続をした日からその日を含めて三〇日以内に保険金を支払います。」と規定するとともに、「前条第二項の手続」に際しては一定の書類を保険証券に添付することを要求している(一六条二項)ところ、原告らが被告会社に対しこの添付書類を提出したか否かは、証拠上必ずしも明らかではないから、被告会社が遅滞に陥ったのは、本件訴状が被告会社に対し送達されたことが記録上明らかな平成一四年五月七日から三〇日を経過した同年六月六日というべきである。
四 争点(4)(被告Y1の債務と被告会社の債務との関係)について
一般に、人身傷害補償保険の被保険者である交通事故の被害者が、加害者に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を行使するのか、それとも、保険会社に対し人身傷害補償保険に基づく保険金請求権を行使するのかは、被害者の自由な意思によるものであることに異論はないところである。
そして、本件特約の一一条一項によれば、被告会社が支払う人身傷害補償保険金の額は、「第九条(損害額の決定)第一項の規定により決定される損害の額」から、既に支払われた自賠責保険金の額のほか、対人賠償保険(共済を含む。)によって賠償義務者が損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して既に支払われた保険金(共済金を含む。)や、保険金請求権者が賠償義務者自身から既に取得した損害賠償金の額などを控除することになっていること、また、二〇条は、保険金請求権者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合には、その損害に対して支払った保険金の額の限度内で、保険金請求権者がその者に対して有する権利を取得するものと規定していることなど(丙一)からすれば、被告Y1の負担する不法行為に基づく損害賠償債務と被告会社の負担する本件特約に基づく人身傷害補償保険金支払債務とは、被害者がいずれかの債務の履行を受けた場合、損害の填補として消滅することになっているものと解される。
そうだとすれば、両債務は、いわゆる不真正連帯債務の関係に立つか否かは別にしても、これに類似した関係に立つものとみるのが相当である。
本件特約の一一条一項三号は、対人賠償保険(共済を含む。)によって賠償義務者が損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して「すでに給付が決定し」た保険金(共済金を含む。)の額が、「第九条(損害額の決定)第一項の規定により決定される損害の額」から控除されるものと規定するところ、賠償義務者に対する損害賠償金の支払を命ずる第一審判決が言い渡された限りでは、上告審における判決等による変更の余地がある以上は、「すでに給付が決定し」た場合に当たるとはいえないというべきであるから、この点に関する被告会社の主張は採用することができない。
五 争点(5)(請求の基礎の同一性の有無)について
被告会社に対する主位的請求は、形式的には本件特約に基づく保険金請求ではあるものの、その内実としては、亡Aは、本来、後遺障害保険金を取得することができたにもかかわらず、被告会社の手続懈怠により、これを取得する前に死亡したため、被告会社は、信義則上、死亡保険金の支払をすれば責任を免れるものではなく、亡Aが取得することができたであろう後遺障害保険金の範囲内で、被告Y1の負担する損害賠償債務と同額の保険金支払債務を負うというものであるから、被告会社の手続懈怠を根拠とする被告会社に対する予備的請求とは、基礎を同一にするものということができる。
六 争点(6)(症状固定の有無)について
聖麗病院のB医師は、脳神経外科医の立場から、発熱などの症状が出なくなったり、脳梗塞の状態が落ち着いた辺りの時期をもって、症状が固定したと言ってもよいところ、亡Aについては、平成一二年三月ころ、点滴治療を止めて流動食を補給するだけの状態となっていたことから、このころには症状が固定したと言えると供述する(乙一)。
しかしながら、志村大宮病院のH医師は、<1>亡Aの死亡する直前である平成一二年一二月二二日、水戸地方検察庁検察官事務取扱副検事大賀一に対する症状照会回答書において、「症状固定又はその見込み」の欄を空欄にしていること(甲二四)に加え、<2>内科医の立場から、交通事故による傷害の結果、寝たきりの状態になった患者は、脳梗塞などの症状が落ち着いた段階では未だ症状が固定したとは断定できないのであって、むしろ亡Aにおいては、聖麗病院からの転院時に既に仙骨部にⅢ度に属する重い褥創が存在しており、これに対する治療にもかかわらず、最終的にはⅣ度にまで悪化し、MRSAの除菌が困難になったため、死因となった敗血症に罹患したことなどを考慮すると、症状が固定したものと判断するのは時期尚早であると供述していること(乙一)などを考慮すると、本件後遺障害診断書の記載をもってしても、亡Aの症状が固定していたとまでは認めることはできない。
そうだとすれば、亡Aの症状が固定していたことを前提とする予備的請求は、その余の点を検討するまでもなく、理由がないというべきである。
七 結論
以上の次第で、原告X1の被告Y1に対する請求は六八五万四九四〇円及びこれに対する自賠責保険金の支払日の翌日である平成一三年一二月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、原告X2の被告Y1に対する請求は四九一万四八九三円及びこれに対する自賠責保険金の支払日の翌日である平成一三年一二月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告X3の被告Y1に対する請求は三四二万一九四〇円及びこれに対する自賠責保険金の支払日の翌日である平成一三年一二月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、また、原告X1の被告会社に対する主位的請求は三一二万六三八三円及びこれに対する本件訴状が送達された日から三〇日間が経過した平成一四年六月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、原告X2及び原告X3の被告会社に対する各主位的請求は一五六万三一九一円及びこれに対する本件訴状が送達された日から三〇日間が経過した平成一四年六月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、いずれも理由があるから、これらを認容し、原告らの被告Y1に対するその余の請求並びに被告会社に対するその余の主位的請求及び予備的請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 森剛)
別紙 <省略>