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東京地方裁判所 平成14年(ワ)8982号 判決 2005年6月13日

原告 コニカミノルタホールディングス株式会社

代表者代表取締役 A

同訴訟代理人弁護士 山田正明

被告 株式会社ユーエフジェイ銀行

代表者代表取締役 B

同訴訟代理人弁護士 小沢征行

同 秋山泰夫

同 吉岡浩一

同 北村康央

同 小野孝明

同 安部智也

同 御子柴一彦

同 上野和哉

同 山崎篤士

同 平賀敏秋

同 上枝賢太郎

同 德田琢

同 笠井陽一

同 奥国範

同 峯金克弥

小沢征行復代理人弁護士 清水健次

同 倉品愛美

被告 さがみ信用金庫

代表者代表理事 C

同訴訟代理人弁護士 土屋博昭

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告らは、原告に対し、各自金1985万2133円及びこれに対する平成10年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  被告株式会社ユーエフジェイ銀行(以下「被告ユーエフジェイ」という。)

ア 原告の被告ユーエフジェイに対する請求を棄却する。

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

(2)  被告さがみ信用金庫

ア 原告の被告さがみ信用金庫に対する請求を棄却する。

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

(請求原因)

1  一括支払システム契約の締結

平成元年4月20日、原告は、被告ユーエフジェイ(平成14年1月15日以前の商号は株式会社三和銀行であった。)及び被告さがみ信用金庫との間で、一括支払システム協定書(以下「本件協定書」という。)に基づいて、一括支払システムに関する契約を締結し、また、有限会社田中鉄工(以下「田中鉄工」という。)及び被告さがみ信用金庫との間で一括支払システムに関する契約書(甲4号証、以下「本件基本契約書」という。)に基づいて、一括支払システムに関する契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。そして、同日、田中鉄工は、被告さがみ信用金庫との間で一括支払システム当座貸越契約を締結した。

上記各契約により、支払企業である原告、納入企業である田中鉄工、提携金融機関である被告さがみ信用金庫、元受金融機関である被告ユーエフジェイの間では、下記の方法で、いわゆる一括支払システムを利用した決済が行われることになった。

(1) 田中鉄工は、継続的取引関係に基づいて原告に納入した商品等の代金債権を支払期日前に資金化するため、被告さがみ信用金庫に当座貸越専用口座を開設し、同金庫から当座貸越の設定を受け、当該代金債権を担保として同金庫に譲渡する。

原告は、上記代金債権の譲渡に当たり、譲渡代金債権明細書兼承諾書を元受金融機関である被告ユーエフジェイに交付し、これによって上記の譲渡代金債権明細書記載の代金債権が被告さがみ信用金庫に譲渡されたことについて異議なく承諾する。

田中鉄工が現実に資金の調達を要する場合には、当該当座貸越を利用して被告信金より貸付けを受けることができる。当該貸付けの限度額は譲渡担保に供した各代金債権の額とする。

被告ユーエフジェイは、各代金債権の弁済期の前日までに、原告名義の当座預金口座から口座振替の方式により代金相当額を引き落とし、被告さがみ信用金庫の一括支払口に振込送金する方法で支払う。

被告さがみ信用金庫は、被告ユーエフジェイから送金された取立代り金を、当座貸越の方法により田中鉄工に貸し付けた債権がある場合には当座貸越専用口座に入金する方法で貸越金の返済に充当し、貸し付けた債権がない場合には上記の当座貸越専用口座とは異なる当座預金口座に入金する。

(2) 田中鉄工が被告さがみ信用金庫に譲渡した代金債権に対して、国税徴収法第24条、地方税法第14条の18及びこれと同旨の規定に基づいて譲渡担保権者に対する告知が発せられたときは、当該代金債権を担保とする当座貸越債権の弁済期が当然に到来し、同時に、当該代金債権が上記当座貸越債権の代物弁済に充当されるものとする(本件基本契約書3条の2、以下「本件代物弁済条項」という。)。

(3) 田中鉄工及び原告は、被告さがみ信用金庫に対し、譲渡担保に供する代金債権について譲渡・質入・差押等のないこと、その他なんらの瑕疵のないことを担保することとし、これに違反したことによって同金庫が損害を受けた場合には、田中鉄工または原告は、同金庫からの請求があり次第、同請求金額を直ちに同金庫に対して支払う(本件基本契約書4条、以下「本件瑕疵担保条項」という。)。

2  国税徴収法に基づく差押え

(1) 田中鉄工は、平成6年1月7日当時、原告に対し、下記のとおり、売掛代金債権合計2836万5573円を有していた。

ア 259万3746円(弁済期・平成6年1月31日)(以下「本件代金債権1」という。)

イ 156万7557円(弁済期・平成6年2月28日)(以下「本件代金債権2」という。)

ウ 279万1300円(弁済期・平成6年1月13日)(以下「本件代金債権3」という。)

エ 638万4970円(弁済期・平成6年2月14日)(以下「本件代金債権4」という。)

オ 171万0830円(弁済期・平成6年3月14日)(以下「本件代金債権5」という。)

カ 1084万5170円(弁済期・平成6年4月13日)(以下「本件代金債権6」という。)

キ 247万2000円(弁済期・平成6年5月13日)(以下「本件代金債権7」という。)

(2) 国は、田中鉄工が租税を滞納したため、同社に対する3189万2092円の租税債権を徴収すべく、国税徴収法に基づいて、平成6年1月7日、本件代金債権1ないし7(以下「本件各代金債権」という。)を含む田中鉄工の原告に対する売掛金債権合計4460万5583円を差し押さえ、同年2月17日、被告さがみ信用金庫に対し、上記売掛金債権から滞納租税を徴収する旨告知した(同法24条)。

(3) 被告ユーエフジェイは、同行の原告名義の当座預金口座から、平成6年1月13日に279万1300円、同月31日に259万3746円、同年2月14日に638万4970円、同月28日に156万7557円を、それぞれ被告さがみ信用金庫の一括支払口に振込送金した。

(4) 被告さがみ信用金庫は、平成6年3月9日、原告が本件各代金債権について期限の利益を喪失したため、速やかにその支払をするよう催告した。

原告は、同年6月15日、本件代金債権5ないし7に係る各債務ついて、債権者不確知を原因として供託した。

(5) 国は、原告に対し、平成8年5月7日、上記(2)の差押えに係る債権取立訴訟を東京地方裁判所に提起した。同裁判所は、同9年4月28日、国の請求を認容する旨の判決を言い渡した。これに対し、原告は控訴したが、同10年1月29日、東京高等裁判所は控訴棄却の判決を言い渡した。原告はこの控訴審判決に対して上告したが、最高裁判所は、同13年11月27日、上告棄却の判決を言い渡し、この判決は確定した。

これを受けて、原告は、同10年2月27日、国に対し、元金2836万5573円及び遅延損害金673万8358円の合計3510万3931円を支払った。

(6) 原告は、平成10年2月27日、上記本件代金債権5ないし7の供託金元利金合計1525万1798円を供託不受託により取り戻した。

3  被告らに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求

(1) 被告らは、いずれも金融機関であるところ、従来の手形発行による決済に代わる代金決済方法として一括支払システムを利用者に提供するに当たり、支払企業に二重払の危険が生じないシステムを構築する義務があった。

ところが、被告らは、過失によって上記義務を怠り、支払企業が二重払を強いられるような一括支払システム契約を構築し、原告との間で本件基本契約を締結し、その結果、上記のとおり、原告に合計1985万2133円の損害を被らせた。

(2) 本件基本契約の締結に当たり、原告と被告らが契約条項について協議するということは予定されておらず、原告は、被告らから完成された契約内容を提示されたものの、これに修正、変更を加える余地などなく、上記内容の契約を締結するか否かの自由があるだけであった。

上記のような事情の下においては、被告らは、本件基本契約の締結に当たり、原告がこれを採用するか否かの意思決定に関わる重要な事実について調査し、これを説明する義務を負っていたというべきである。本件において、納入企業が提携金融機関に担保に供した債権を国税当局から差し押えられた場合、本件代物弁済条項が無効とされて、支払企業である原告に二重払の危険があったのであるから、被告らには、原告に上記の危険について説明すべき義務があったというべきである。

ところが、被告らは、上記の二重払の危険があることにつき、本件基本契約の締結時にその説明を怠り、その結果、原告に1985万2133円の損害を生じさせた。

(3) 原告は、平成6年1月7日、原告が国から本件各代金債権の差押えを受けた際、被告ユーエフジェイにその旨を通知し、以後、被告ユーエフジェイの原告名義の預金口座からの引落しを停止するよう要請した。この要請により、被告ユーエフジェイには上記の引落しを停止する義務が生じていたにもかかわらず、被告ユーエフジェイは、上記要請後も引落しを続け、被告さがみ信用金庫は被告ユーエフジェイからの送金を受領した。

被告らの上記義務違反により、原告には1985万2133円の損害が生じた。

4  被告さがみ信用金庫に対する不当利得返還請求

(1) 強行法規の潜脱による無効

本件代物弁済条項は、被告らが国税徴収法24条の物的納税責任を回避することのみを目的として合意し、同条5項及び6項の趣旨及び目的を害する法的効果を生じさせようとする脱法行為というべきであるから、公序良俗に反するものとして無効である。

そうすると、原告は、法律上の原因なく、被告さがみ信用金庫に対して上記2の1333万7573円を支払ったことになるから、被告さがみ信用金庫は同額を不当に利得したものというべきである。

(2) 錯誤無効

原告は、本件基本契約につき、本件代物弁済条項を入れることにより、被告らにおいて、国税徴収法24条の物的納税責任を回避することができ、債権回収の確実性を確保し、原告も二重払の危険を回避することができるものと誤信して本件基本契約を締結した。本件基本契約は、その要素に錯誤があるから無効である。

したがって、被告さがみ信用金庫は法律上の原因なく1333万7573円を利得しているものというべきである。

(3) 国税債権者により差し押さえられた本件各代金債権の弁済

仮に本件代物弁済条項が有効であったとしても、本件各代金債権には国税債権者による差押えの効力が及んでおり、原告は国税徴収法62条により債務の履行を禁じられていた。被告さがみ信用金庫は、本件各代金債権の弁済を受ける権限を有しなかったにもかかわらず、同金庫に対して、平成6年1月13日に279万1300円、同月31日に259万3746円、同年2月14日に638万4970円、同月28日156万7657円の合計1333万7573円を、被告ユーエフジェイの原告名義の口座から被告さがみ信用金庫の一括支払口に振込送金する方法で支払った。

そうすると、被告さがみ信用金庫は法律上の原因なく1333万7573円を利得したものというべきである。

5  よって、原告は、被告らに対し、不法行為を理由とする損害賠償請求権に基づいて、各自金1985万2133円及びこれに対する平成10年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求め、また、被告さがみ信用金庫に対し、不当利得返還請求権に基づいて、金1333万7673円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

1  請求原因1(一括支払システム契約の締結)は認める。

2  請求原因2(国税徴収法に基づく差押え)は認める。

3  請求原因3(不法行為)の主張は争う。

本件代物弁済条項の有効性については、都市銀行が10か月にわたって検討し、また、権威ある民法学者から国税債権者に対抗できる旨の意見書を得た上で、これを導入したのであるから、本件代物弁済条項の効力が否定されることは予見できず、支払企業に二重払の危険が生じることについての予見可能性などなかった。このような状況にあったのであるから、被告らには、契約締結時に二重払の危険が生じないシステムを構築する義務はなく、また、二重払の危険が生ずる可能性について原告に説明する義務もなかったというべきである。

そして、本件代物弁済条項が国に対して有効であり、支払企業が二重払の危険を負うか否かという点は法解釈の問題であって、原告もまた上記の点について独自に検討の上、本件一括支払システムを導入するか否かを決定すべきであったのである。この点からしても被告らに説明義務があったなどということはできない。原告が本件基本契約を締結したのは、本件代物弁済条項により二重払の危険はないと判断したことの証左であり、法解釈に係る自らのこうした判断は原告の自己責任に属すべき問題である。自らの判断と異なる判断が最高裁判所で下されたからといって、後になって相手方当事者の説明義務が生じる理由はない。

さらに、本件代金債権1ないし4については、原告は国税債権者からの差押えがあったことを知った後も、引落しを止めるよう要請することなく、これを放置していたのであるから、因果関係もないというべきである。

また、原告が平成6年1月の時点で被告ユーエフジェイに対して引落しを停止するよう要請した事実はなく、また、そのような事実があったとしても、被告ユーエフジェイにはこのような引落しの要請に応ずる義務はなかったというべきであるから、被告ユーエフジェイの引落し及び被告さがみ信用金庫の振込送金の受領が不法行為を構成するなどということはできない。

4  請求原因4(不当利得)の主張は争う。

一括支払システムは従来の手形割引に代わるシステムとして導入された。

このシステムにおいて、金融機関は、支払企業の信用に依拠して納入企業に与信しているのである。手形割引や一括支払システムのように日常的に発生する定型的な金融サービスにおいては、個々の納入企業の信用を審査することは現実の要請にも適合しない。そうすると、納入企業の倒産に伴うリスクを、金融機関ではなく支払企業が負う旨の約定は、実情に即した合理的なものというべきである。金融機関が納入企業の倒産リスクを負うべきであるとの公序など存在しない。

したがって、本件代物弁済条項は、国税債権者との関係で強行法規違反として効力を否定されることがあり得るとしても、それが公序良俗に反するものであるとして対内的な効力までが否定されるいわれはない。

(抗弁)

1  被告らの主張

(1) 過失相殺(請求原因3(1)ないし(3)に対し)

原告は、社内に法務部を有し、顧問弁護士もいたのであるから、契約の締結に当たっては、契約書の内容を理解し、そのリスクの有無を判断する十分な能力を有していた。ところが、原告は、本件基本契約締結時及び二重払の危険が告知された平成5年10月の時点ないし本件引落しが行われた同6年1月以降も、法務部や顧問弁護士の見解を確認するなどの措置をとらなかった。

これは、原告の過失というべきであるから、原告の損害に対する賠償額は過失相殺により減額されなければならない。

(2) 瑕疵担保責任条項(請求原因4(1)ないし(3)に対し)

本件基本契約上、上記1(3)のとおり、国税債権者による差押えがあった場合、被告さがみ信用金庫に生ずる損害は最終的には原告がこれを負担することとされていた。

本件代物弁済条項が無効とされることに伴って、被告さがみ信用金庫が受領した弁済金を返還すべき場合でも、同金庫は、これを返還することによって同額の損害を被ることになるから、本件瑕疵担保条項により瑕疵担保責任を原告に追及し得ることになる。

(3) 異議なき承諾(請求原因4(1)ないし(3)に対し)

原告は、田中鉄工が被告さがみ信用金庫に対して本件各代金債権を譲渡する際、いずれも異議を留めずに譲渡を承諾した。

異議なき承諾をすることによって切断される抗弁には、債権の帰属に関する事由も含まれると解すべきである。したがって、原告は、差押えがあったことを被告さがみ信用金庫に対抗することができず、同金庫は譲渡担保権者として原告からの弁済を受けられると解すべきである。

また、本件協定書6条において、原告は、譲渡した代金債権に係る一切の抗弁を放棄する旨約していたから、被告さがみ信用金庫に対して、国税債権者が優先することを主張することができないというべきである。

(4) 信義則違反(請求原因4(2)に対し)

一括支払システムを採用した当時、原告が二重払の危険について錯誤に陥っていたとしても、原告は、平成5年10月、二重払の危険が存在することを認識し、さらに、同6年1月初旬には上記の危険が現実化したことを認識しながら、一括支払システムの利用を継続していたのであり、その結果、原告に損失が生じたのであるから、原告が錯誤無効を主張することは信義則に反して許されない。

2  被告さがみ信用金庫の主張

(1) 信義則違反(請求原因4(1)及び(2)に対し)

田中鉄工の滞納国税の法定納期限は、いずれも田中鉄工に対する当座貸越の融資実行日より前であり、原告及び田中鉄工は譲渡担保に優先する国税債権の存在を知りながら田中鉄工の原告に対する売掛金債権を譲渡担保に供したのである。したがって、原告は、信義則上、本件基本契約の無効を主張することはできない。

(2) 非債弁済(請求原因4(3)に対し)

原告は、本件代金債権1ないし4の弁済をした時点において、本件差押えの事実を知った上で上記各弁済に及んだ。また、上記各代金債権の弁済は、第三者である田中鉄工の被告さがみ信用金庫に対する当座貸越債務の弁済の実質を有するところ、田中鉄工の被告さがみ信用金庫に対する当座貸越債務は、商事消滅時効の完成により消滅した。したがって、民法705条及び707条の準用により、上記各代金債権についての不当利得返還請求をすることは許されないというべきである。

(3) 相殺(請求原因4(1)ないし(3)に対し)

仮に、国税滞納処分による差押えとの関係で、被告さがみ信用金庫が不当利得返還債務を負担する場合には、被告さがみ信用金庫は原告に対し、本件瑕疵担保条項により同額の損害賠償請求権を取得することとなるので、被告さがみ信用金庫は、平成16年6月4日、当該不当利得返還債務と損害賠償請求債権を対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(抗弁に対する認否)

1  抗弁1(1)の主張は争う。

原告に過失があるということはできない。

2  抗弁1(2)の主張は争う。

本件瑕疵担保条項は、被告さがみ信用金庫に対して、債権譲渡の時点において各債権についての瑕疵がないことを担保しているにすぎないから、本件においては適用されない。

3  抗弁1(3)の主張は争う。

異議なき承諾をすることによって対抗し得なくなる事由には、債権の帰属は含まれないと解すべきである。

また、本件協定書6条の抗弁の放棄については、異議なき承諾以上の意味を持つものではないから、債権の帰属について抗弁を放棄したものではない。

4  抗弁1(4)の主張は争う。

平成5年10月29日に行われた原告に対する説明によっては、二重払の危険が生ずることは明確に示されていなかった。したがって、原告が二重払の危険を認識しながら一括支払システムの利用を継続していたということはできない。

5  抗弁2の主張は争う。

理由

1  請求原因1(当事者)及び同2(国税徴収法に基づく差押え)の事実は当事者間に争いがない。

2  本件における事実経過

上記当事者間に争いがない事実と<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件における事実経過として、次の各事実が認められる。

(1)  一括支払システムは、いわゆるペーパーレス化という時代の要請に対応する形で、従来の手形決済に代わる決済手段として考案されたものであり、昭和61年10月に株式会社丸井が初めて導入した後、一年半の間に約40の企業(支払企業)が一括支払システムを導入するようになった。

上記のとおり、一括支払システムは、手形を発行することなく納入企業が代金債権を担保に資金調達をすることが可能となるシステムとして開発されたものであり、支払企業にとっては、手形の発行・交付・管理に係る事務を削減し、また、手形に貼付する印紙代・手形用紙代等の経費の削減を図りつつ、一定の猶予期間後に決済を行うことができるという利点があり、また、納入企業にとっては、手形集金事務・手形受取領収書発行事務を削減し、また、領収書に貼付する印紙の削減及び手形取立手数料を節約し、支払企業に対する債権額を極度額とする融資を受けられるという利点があった。

(2)  昭和62年ころ、一括支払システムを利用していた納入企業が税金を滞納し、国税徴収法及び地方税法に基づく差押えを受け、法定納期限との関係で、譲渡担保権者である金融機関が国税徴収法24条に基づく物的納税責任を負担することになるという事態が生じ、これに伴って二重払のリスクが発生するとの懸念が現実的なものとなり(二重払の危険は、譲渡担保の設定が国税の法定納期限後であり、かつ、滞納者の財産につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認められる場合に現実化する。)、「リスクは意外と大きいのではないか」との意見が強くなった。これを受けて、各都市銀行は、協議を重ね、本件代物弁済条項を追加することによって国税債権者による差押えが行われた場合にも金融機関が代金債権を確定的に取得するという手法を採ることにより、金融機関が物的納税責任を負わないようにすることが検討された。その際、本件代物弁済条項の有効性について、上記各都市銀行は、D東京大学教授(当時)及びE東京大学名誉教授に意見を求め、国税債権者に対しても対抗できる旨の意見書(乙2及び3号証)の提出を受けた。そして、上記各都市銀行は、一括支払システムの採用を勧誘するに当たり、勧誘先の企業に対し、上記両教授から本件代物弁済条項が有効である旨の意見書が出されている旨説明していた。

上記のD教授の意見書(乙2号証)には、「仕入先の代金債権を目的とした譲渡担保債権に対しては、国税に対し現行国税徴収法24条に基づく第二次納税義務を追及する余地をまったく否定するシステムであるということになろう。」「譲渡担保の実行手続に関しては、実定法上も解釈論としても、空白のままである。とくに実行の終了と告知との前後関係で、第二次納税義務の追及の可否が決せられる点からいえば、何時実行が完了するかは、国税にとって重要な関心事であるはずである。それにも拘わらず、同法上なんらの規定も設けられていないのは、その問題を譲渡担保権者と設定者との合意に委ねたものとみるほかない。またそう解しないかぎり、関係者間の法的安定を害することになろう。以上のように解するならば、譲渡担保権の実行完了時点をどのように設定するかは、担保権者とその設定者との合意に委ねられており、その合意内容が不法に脱税を意図したものでない限り、国税との関係でも、有効と解さるべきである。」「滞納処分の排除には、脱税をことさら企てたというような不法目的は認められないのみならず、合理的根拠達成のためのスキームとして、修正案のような契約を締結すること、かつそれが有効と認められることは、契約自由の原則上肯定されるべきものと考えられる。」旨記載されている。

(3)  原告(従前の社名は「コニカ株式会社」)は、写真機械及び附属品並びにその他の光学機械、写真感光材料一般の製造及び販売等を目的とする資本金375億1934万3528円の業界大手の会社であるが、平成元年ころ、取引金融機関である株式会社三菱銀行ほか数行から、一括支払システムについての説明及び採用の勧誘を受けた(なお、当時、原告のいわゆるメインバンクは三菱銀行であった。)。その際、原告は、被告ユーエフジェイ(当時は「三和銀行」)から、「手形支払に代る企業間信用サービス、一括支払システム・期日振込管理サービスのご案内」と題する書面(甲7号証)の交付を受け、この書面に基づいて、被告ユーエフジェイ担当者から、二重払の危険と本件代物弁済条項の関係等についても説明を受けた(なお、上記書面上、元受金融機関の受ける手数料は、①口座登録料(1000円×納入企業数)②月間基本手数料(2万円)③取扱手数料(300円×自行振込データ件数)④他行取次手数料(300円×自行振込データ件数+1万円×提携行数)とされている。)。

原告の社内においては、経理部財務グループが一括支払システムの採否につき検討し、取締役による稟議を経て、上記システムを採用することが決定された。なお、原告は、上記のとおり、業界大手のいわゆる大企業であって、当時、法務部門として総務部法務グループを擁し、6、7名の者がその業務に従事し、各種契約の締結に当たって重要な法律問題等がある場合は、この法務部門において検討をすることになっていた。

平成元年4月、原告は、納入企業である田中鉄工、元受金融機関である被告ユーエフジェイ、提携金融機関である被告さがみ信用金庫との間で、一括支払システムに関する契約を締結した。

こうして、請求原因1記載のとおり、被告さがみ信用金庫による当座貸越の実行と代金債権の譲渡担保の組合せにより、原告と田中鉄工は、従来の手形決済に代えて、上記一括支払システムによる決済を行うようになった。

(4)  平成4年、一括支払システムを採用していた会社(支払企業)において、その納入企業が破産し、金融機関が当座貸越の担保として譲渡を受けていた代金債権につき、国税債権者による差押えの告知を受けるという事態が生じた。これに対し、当該金融機関は、上記告知処分について不服申立てを行ったが、同年12月に上記申立ては棄却された。そこで、金融機関側は、国税不服審判所に対して審査請求を行った。

平成5年9月ないし10月ころ、都市銀行懇談会において、上記の国税債権者との間の紛争において表れた本件代物弁済条項の問題点について、金融機関の採るべき対応策が検討され、その結果、本件代物弁済特約の有効性について、国税当局との間に見解の相違が生じており、支払企業に二重払のリスクが生じ得ることにつき、各代表元受行において、各企業(支払企業)に対してその旨の説明及び周知徹底を図ることとされ、また、仮に本件代物弁済条項が無効とされた場合、支払企業が二重払の危険を負うことを了承する旨記載した念書を上記各企業から差し入れてもらうこととした。

(5)  平成5年6月25日から同年10月26日までの間、田中鉄工は、被告さがみ信用金庫に対し、別紙一覧表「譲渡日」欄各記載の日に本件各代金債権を譲渡し、原告は各債権譲渡について、別紙一覧表「確定日付」欄各記載の日に確定日付を付してこれらの債権譲渡を承諾した。

そして、田中鉄工は、別紙一覧表「融資日」欄各記載の日に、いずれも本件各代金債権の額と同額の融資を受けた。

(6)  平成5年10月19日、三菱銀行の担当者は、原告の代表元受行として、同社に対し、国税当局との間に本件代物弁済条項の有効性に関して見解の相違が生じている旨を伝えるとともに、「契約書第3条の2は代金債権が税当局に差し押さえられることによる、支払企業の「2重払リスク」を避けるために設けられたものであります。最悪第3条の2が無効との判決がなされた場合、支払企業に「2重払リスク」が発生することになってしまいます。従って、貴社におかれましては、今後本システムを利用する際、こうした事情を十分ご理解の上、ご対応いただきたくご報告申し上げる次第です。」として、本件代物弁済条項が無効とされた場合、原告が二重払の危険を負担することになる可能性がある旨を伝えた。

同5年11月19日、被告ユーエフジェイの法人部担当者であるF(以下「F」という。)は、被告ユーエフジェイの担当部長に対し、支払企業に対する説明がほぼ終了した旨を報告し、説明を終えた企業のうち3社が、上記事態につき検討の上、一括支払システムをやめる方向で検討している旨、仕入先(納入企業)の追加は見合わせるという企業もある旨、しかし、多くの企業は二重払をするつもりはないとしつつ、事態を静観するとの態度をとっている旨報告した。

原告も、上記の多くの企業と同様、事態を静観することとした。

(7)  平成6年1月4日、田中鉄工は1回目の手形不渡処分を受けた。同月7日、国は、田中鉄工に対して3189万2092円の租税債権を有しているとして、田中鉄工の原告に対する本件各代金債権を含む田中鉄工の有する売掛金債権を差し押さえた(この差押えの通知は平成6年1月7日に原告に到達した。)。

同月10日、田中鉄工は2回目の手形不渡を出して、事実上倒産した。

(8)  上記(7)の滞納処分による差押えが行われた後、被告ユーエフジェイの担当者のFは、原告に対して状況説明を行った。そして、Fは、平成6年1月11日、原告担当者が、期日がこれからくる債権については被告さがみ信用金庫に支払いたくない旨、また、一括支払システムにおける国税の問題については三菱銀行から説明を受けて内容を理解しているが、当事者となった今は供託も辞さないと述べている旨を担当部長に報告した。

(9)  被告ユーエフジェイは、平成6年1月13日に279万1300円、同月31日に259万3746円、同年2月14日には638万4970円を原告名義の当座預金口座から被告さがみ信用金庫の一括支払口に振込送金した。

(10)  平成6年2月15日、国は、被告さがみ信用金庫に対し、田中鉄工が被告さがみ信用金庫に担保として譲渡し、国が同年1月7日に差し押さえた上記代金債権について、国税徴収法24条に基づいて滞納国税を徴収する旨の告知をし、上記告知は同年2月18日に被告さがみ信用金庫に到達した。

(11)  平成6年2月28日、被告ユーエフジェイは、156万7757円を原告名義の当座預金口座から被告さがみ信用金庫の一括支払口に振込送金した。

上記のとおり、被告ユーエフジェイは、同年1月13日、1月31日、2月14日及び2月28日の4回にわたり、各債権相当額を原告名義の当座預金口座から引き落とし、これを被告さがみ信用金庫の一括支払口に振込送金したが、これに対し、原告が被告ユーエフジェイに対して異議を述べるといったことはなかった。

(12)  しかし、平成6年3月8日に至ると、原告は、被告さがみ信用金庫に対しては、「支払停止のご通知」と題する書面を送付して東京国税局からの差押え後の被告さがみ信用金庫への支払が無効とされる可能性があるため、本件代金債権5ないし7について支払を停止する旨通知し、また、被告ユーエフジェイに対しては、「引落停止のご通知」と題する書面を送付して、本件代金債権5ないし7について、被告ユーエフジェイにおける原告名義の当座預金口座から被告さがみ信用金庫の一括支払口に支払う扱いを停止するよう要請した。

これを受けて、被告ユーエフジェイ新宿新都心支店の次長であったGは、同日、原告を訪問し、「1、一括支払システムに関する契約書(以下基本契約書という)第4条の差押えには、債権譲渡時点の前後を問わず、貴行の譲渡担保権の実行迄の一切の国税徴収法及び地方税法に基づく滞納処分による差押えが含まれていること、2、従って、万一基本契約書第3条の2に基づく代物弁済が、国税や地方税等の公租公課に対し対抗力がなく、その結果担保として債権を取得した金融機関が損失を受けた場合は当該損失を当社で補填すること」を確認する旨の「証」と題する書面(甲15号証)を持参して、新規の一括支払システムに関する契約を締結する際には上記書面の提出が必要になる旨説明した。Gと面談した原告経理部財務グループのHは、被告ユーエフジェイから、上記書面を受領したものの、これに押印して被告ユーエフジェイに提出することはなかった。

(13)  また、平成6年3月9日、被告さがみ信用金庫は、原告に対し、本件告知により本件代金債権5ないし7の支払期限が到来したので、直ちにこれを支払うよう求める催告書を内容証明郵便で送付した。

(14)  平成6年6月15日、原告は、本件代金債権5ないし7の合計1502万8000円を、債権者不確知を原因として供託した。

なお、同6年当時、原告との間で一括支払システムを利用していた取引先企業(納入企業)は合計70社ないし80社に上っていた。

(15)  国は、上記(10)のとおり滞納処分による差押えをしていたところ、平成8年5月7日、東京地方裁判所に対し、本件各代金債権の支払を求める取立訴訟を提起した(東京地方裁判所平成8年(ワ)第8268号)。これに対し、東京地方裁判所は、平成9年4月28日、国の請求を認容する判決を言い渡した。原告は、この判決に対して控訴したが、同10年1月29日、東京高等裁判所は控訴棄却の判決を言い渡した。原告は、この控訴審判決に対して上告したが、同13年11月27日、最高裁判所は上告棄却の判決を言い渡し、判決が確定した。

(16)  平成10年2月13日、原告は、供託不受諾を理由として本件供託金の取戻し請求をし、同月23日、1525万1798円の払戻しを受け、同月27日、国に対して3510万3931円を支払った。

(17)  平成14年4月26日、原告は、本訴を提起した。その後、原告は、同年11月7日、被告ユーエフジェイに対し、一括支払システム基本契約を解約したい旨申し入れ、上記契約は合意解約された。

この間、同14年1月から同年7月にかけて、原告は、毎月3600万円から7000万円程度、上記の一括支払システムによる決済を行っていた。

(18)  被告ユーエフジェイにおいては、平成9年11月ころ、一括支払システムに代わる制度として、債権譲渡方式(一括ファクタリング)と一括決済システム(並存できる債務引受方式)を導入し、以後、漸次、取扱高を増やしている状況にあり、現在、一括支払システムの新規募集を行っていない。しかし、平成15年5月時点で、被告ユーエフジェイにおいて、一括支払システムに係る取扱金額は、なお560億円(月次)相当、支払企業数75社、納入企業数2614社となっている。

この間、原告は、一括支払システムの利用を止めることを検討するようになっていたが、これを利用している取引先(納入企業)が100社を超えていたため、漸次、支払方法を変更していくこととし、同14年6月、取引先に対し、一括支払システムを漸次、停止していくことにつき、「支払方法の変更について(依頼)」と題する書面を送付した。

その後、同14年11月、元受金融機関4行(被告ユーエフジェイ、東京三菱銀行、三井住友銀行及び群馬銀行)に対し、「一括支払システムの基本契約解約の依頼」と題する書面を送付し、そのころ、本件基本契約は合意解約された。

3  不法行為を理由とする損害賠償請求(請求原因3)について

まず、原告は、被告らが金融機関であること等を理由に、被告らには、原告に二重払の危険が生じないシステムを構築すべき義務があった旨、また、契約締結の際、本件代物弁済条項が無効とされる結果、原告に二重払の危険が生ずる可能性があることを説明する義務があった旨それぞれ主張する。

確かに、一括支払システムは大手都市銀行を中心として、多数の金融機関が協議を重ねて構築したシステムであったわけであり、金融機関である被告らは、一括支払システム導入に伴う各種リスクの予測と対策の策定に関する知識等を有していたということができる。

しかし、一括支払システムは、支払企業の信用に依拠して納入企業に対して代金債権支払期日前に金融を与えるシステムであり、支払企業としては比較的大きな規模の会社が想定されていたことが窺われるから、契約の当事者となる支払企業としても、独自に契約内容を検討して、契約締結に伴うメリットとリスクを予測した上で契約を締結することに格別の支障があったわけではない。原告も、上記2のとおり、写真機械等、写真感光材料一般の製造及び販売等を目的とする業界大手の会社であり、法務部門を有し、各種契約の締結に当たっては、数名の者が所属する総務部法務グループによって、重要な法律問題等の検討を行うこととされていたのである。そして、一括支払システムの導入を企業に働きかけていた被告ユーエフジェイを含む都市銀行各社は、利用者に対し、二重払の危険性に係る問題点につきこれを開示した上、本件代物弁済条項によってこの問題を解決できるとして、これに沿う法学者2名の意見書がある旨伝えるなどしていたのである。原告は、これを受けて、一括支払システムに関する契約上、支払企業に二重払の危険が生じるか否か、また、その可能性があるとして、本件代物弁済条項によってこれを回避できるか否か、そして、その法的効力についても検討することができたはずである。本件基本契約書の条項は10か条に満たないもので、その約旨は明瞭であり、どのような場合に二重払の危険が現実化するのかということ、また、これに対する措置として本件代物弁済条項が設けられたことも明確にされていたのである。上記契約の締結に当たり、①都市銀行等の見解及びそこで支えとされた法学者の意見をそのまま受け入れるか、②これを受けて、独自に検討し、契約条項の変更を求めるなどするか、③契約を締結せず、従来どおりの手形発行という方法をとるかは、いずれも当該企業の自由である。そして、当該企業が選択した結果は、当然のことながら、その責任に帰するのである。

上記2認定の事実関係によれば、本件代物弁済条項は、当初の一括支払システム基本契約書には存在しなかったもので、昭和62年ころに国税徴収法24条の告知が行われた場合には金融機関が物的納税責任を負担し、結果として(一括支払システムに関する契約書第4条を理由として)支払企業に二重払の危険が生ずる可能性があるという問題点が浮き彫りにされたことを契機として、都市銀行の関係者が約10か月にわたって対策を協議した結果、新たに追加されたものである。これによれば、被告らを含む上記各金融機関は、国税徴収法24条の告知を受けた場合、二重払の危険が生ずる可能性があることを認識しつつ、対応策として本件代物弁済条項を付加することによって上記二重払の危険の可能性が排除されると解釈するに至ったのである。本件代物弁済条項を導入した当時、この条項が無効とされることを予見して、これを利用者に説明するなどということは通常考えられないことである。むしろ、原告は、被告ら金融機関から一括支払システムに二重払の危険が存することは開示されており、これに対する対応策として本件代物弁済条項が付加されたことも説明を受けていたのであるから、自ら擁していた法務部門により、また、顧問弁護士を介して独自に本件代物弁済条項の有効性について検討し、上記金融機関の見解に従うか否かを検討することが期待されていたのである(なお、原告経理部財務グループに所属していたIは、証人尋問において、法務グループの方に持って行って、特に子細に検討した記憶はないので、法務グループで事前に検討したということはないと思う旨供述するが、上記一括支払システムの採用に当たり、原告法務グループがどのような検討をしたのかは判然としない。)。

そうすると、被告らが金融機関であるからといって、被告らにおいて一方的に瑕疵のないシステムを構築する義務を負っていたなどということはできないし、また、上記のような事情の下においては、平成5年の段階であればともかく、被告らが原告に対して一括支払システムの契約締結を勧誘した昭和63年から平成元年1月までの間、被告らにおいて、本件代物弁済条項が無効である旨判断される可能性がある旨を原告に説明する義務があったなどということもできない。

また、原告は、平成6年1月の時点で被告ユーエフジェイ及び被告さがみ信用金庫に対して本件各代金債権相当額を被告ユーエフジェイの原告名義の当座預金口座から引き落とさないように要請した旨主張する。

なるほど、証拠(乙12号証)によれば、原告担当者は、平成6年1月10日ころ、被告さがみ信用金庫の担当者に対し、本件各代金債権につき、「払いたくない。」と述べていたことが窺われる。しかし、原告担当者が被告さがみ信用金庫担当者に対して上記意向を示したのも、上記2認定のその後の経緯を見ると、原告においてもこれに沿った対応をしておらず、むしろこれに整合しない対応をしていことが窺われるのである。本件基本契約の性格を考慮すると、上記のような引落しの停止を求める意思表示は、当然のことながら、書面をもってされるのが通常であろう(現に、原告経理部財務グループのHも、その証人尋問において、口頭の依頼だけでとめられるはずはないと思っていた旨供述しているところである。そして、原告は、同年3月8日に至り、被告さがみ信用金庫に対し、書面をもって支払停止の通知を発しているのである。この書面上、原告が同年1月10日に上記の引落し停止要請をしていたことを窺わせる記載はない。)。そうすると、原告担当者の被告さがみ信用金庫担当者に対する上記言辞をもって、原告から明確に引落しの停止を求める意思表示がされていたなどと認めることはできない。

そもそも、一括支払システムは、納入企業の支払企業に対する債権を担保にその弁済期前に金融機関から融資を受けることを可能とすることを目的としたものであって、後記のとおり、本件瑕疵担保条項に端的に現れているように、金融機関は支払に関するリスクを負担しないこととされているのであるから、原告から上記のような引落し要請があっても、これに対し、金融機関が、事実上これにどう対応するかはともかく、これに応じて引落しを停止する義務があるということはできないのである。

したがって、原告の上記各主張はいずれも失当であって、被告らが不法行為責任を負う理由はないというべきである。

4  不当利得返還請求(請求原因4)について

まず、本件代物弁済条項の効力について検討する。

上記条項に係る合意は、金融機関に担保のために譲渡された代金債権について、国税徴収法24条3項の告知が発せられたときは、間髪を入れず、これを担保とした金融機関の当座貸越債権は何らの手続を要せず弁済期が到来するものとし、同時に担保のため譲渡した代金債権は上記貸越債権の代物弁済に充当されるものとするものである。その結果、上記の告知が譲渡担保権者に到達してその効力が発生する時点においては、常に譲渡担保の目的となる代金債権は消滅していることになり、国税債権者が譲渡担保財産から徴収することが不可能となるのである。

そうすると、本件代物弁済条項は、国税徴収法24条5項に定められた譲渡担保権者の第二次納税義務を回避することを目的として、すなわち、同条5項の適用を回避すべく設けられたものであるから、本件代物弁済条項に係る合意は、その効力を認めることができない(最高裁判所第二小法廷平成15年12月19日判決・民集57巻11号2292頁以下)。

被告らは、本件代物弁済条項が国税債権者との関係で強行法規違反としてその効力を否定されるとしても、その対内的な効力までが否定されるいわれはない旨主張するので検討を加える。

なるほど、本件代物弁済条項は国税徴収法24条5項に定められた譲渡担保権者の第二次納税義務を回避することを目的とするものであるから、国税債権者との関係で効力(対外効)を否定すれば足りるのであって、当事者間における効力(対内効)まで否定する必要はないとの見方があり得る。

しかし、国税徴収法が、国税は、原則として、すべての公課その他の債権に先だって徴収する旨規定した上(同法8条)、例外として、担保の付された私債権との調整を別途定めているのは、国税の徴収が国家活動の経済的な基礎をなすものであり、その公益性が高いことによるのである。このように、国税は国家存立の財政的裏付けとなるものであるから、国税債権の特殊性を考慮して定められた国税の徴収に関する他の私法上の債権との調整規定は、国家社会の一般的利益に関わるものである。

そして、本件代物弁済条項は、契約自由の原則を標榜しつつ、国税の徴収を排除し、物的納税責任を回避することのみを目的として設けられたものであり、また、一括支払システムに関する契約における他の規定との関係を見ても、当事者間においてこれを無効としても他の規定に格別の影響を及ぼすことはないのである。

そうすると、本件代物弁済条項に係る合意は、国家社会の一般的利益を害するから、公序に反するものとして当事者間においてもその効力を認めることができない。

したがって、被告さがみ信用金庫は、本件各代金債権につき譲渡担保権者として物的納税責任を負っており、上記各代金債権の支払を受けることができない地位にあったにもかかわらず、原告がこれを支払ったことにより、本件代金債権1ないし4の合計金額1333万7573円を法律上の原因なく利得したことになる。

なお、原告は、本件基本契約について、本件代物弁済条項の挿入により国税徴収法24条の物的納税責任を回避して債権回収の確実性を確保し、二重払の危険を避けることができると誤信して契約を締結したとして、本件基本契約はその要素に錯誤があるから無効である旨主張する(原告が本件基本契約全体の無効を主張している趣旨は判然としない。)。しかし、一括支払システムに関する契約における本件代物弁済条項は、結局、その効力が否定され、契約当事者の予期に反する結果となったわけであるが、金融機関も、原告を含む利用者に対し、契約上の問題点を明らかにした上、金融機関の拠って立つ見解を示していたのである。原告としても、これを検討した上、金融機関の見解に従ったものと見るほかない。そうすると、予期に反した点も、法解釈に関する誤解があったにすぎず、契約当事者が共に負うべきリスクであったのである。そうすると、本件基本契約の締結に当たり、原告に錯誤があったなどということはできない。

5  本件瑕疵担保条項の効力(抗弁1(2))について

上記2認定のとおり、本件基本契約上、田中鉄工及び原告は、被告さがみ信用金庫に対し、譲渡担保に供する代金債権について譲渡・質入・差押等のないこと、その他なんらの瑕疵のないことを担保することとし、これに違反したことによって同金庫が損害を受けた場合には、田中鉄工または原告は、同金庫からの請求があり次第、同請求金額を直ちに同金庫に対して支払う旨規定されている。

そこで、この本件瑕疵担保条項の効力について検討する。

そもそも、一括支払システムは、手形の発行と交付及びその管理に係る事務の削減を図るべく考案され、納入企業の支払企業に対する債権を担保としてその弁済期前に金融機関から融資を受けることを可能にするものである。金融機関は、代金債権を担保として融資をする場合、当該債権の債務者である支払企業の信用を基礎として融資の可否を判断するのであり、また、一括支払システムに関する契約の締結に当たっても、専ら支払企業に相当程度の信用力があることが契約締結の前提となっているのである。このことは、一括支払システムが手形割引に代わるシステムとして導入されたという経緯や、納入企業の倒産リスクは金融機関よりも支払企業がよりよく把握しうるものであることとも見合っているのである(なお、本件協定書2条において、原告と被告らが納入企業の選定を予め支払企業たる原告において行うこととし、本件基本契約に基づく紛議を原告が責任を持って解決する旨約していることも同様の趣旨に基づくものである。)。本件基本契約書の各規定からすると、本件瑕疵担保条項に端的に現れているように、金融機関は支払に関するリスクを負担しないことになっており、これは本件基本契約の基調をなすものである。これを不当とする見方があり得るが、一括支払システムの趣旨等からすると、これを不当とまでいうことはできない。

原告は、本件代物弁済条項につき、債権譲渡担保提供時における代金債権について瑕疵のないことを担保しているにすぎない旨主張するが、上記事情からすると、それは、債権の譲渡担保提供時における代金債権の瑕疵について担保することを約したにとどまらず、一括支払システムの運用に当たって、支払企業が譲渡担保債権について瑕疵がないことを担保することを約したものということができる。

そうすると、本件代物弁済条項が無効であることにより、被告さがみ信用金庫が物的納税責任を負うことになっても、同信用金庫としては、本件瑕疵担保条項に基づいて、原告から本件代金債権1ないし4の合計1333万7375円について損害の填補を受け得る地位にあったのである。

したがって、原告の被告さがみ信用金庫に対する不当利得返還請求権は成立しないというべきである。

同様に、本件代金債権1ないし4については、支払の差止めを受けた債権について弁済を受けたと評価する余地はあるものの、上記各代金債権の合計額については本件瑕疵担保条項に基づいて本来支払を受けうる地位にあったと認められるのであるから、原告は被告さがみ信用金庫に対して不当利得の返還を求めることができないというべきである。

以上のとおりであって、原告の不当利得の主張も理由がない。

6  結論

以上のとおりであって、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原敏雄 裁判官 皆川更 裁判官工藤正は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 原敏雄)

<以下省略>

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