大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成14年(ワ)9377号 判決 2003年8月04日

甲事件原告・乙事件被告

甲事件被告

大賀運輸株式会社

ほか一名

乙事件原告

関東交通共済協同組合

主文

(甲事件)

一  甲事件被告らは、連帯して、甲事件原告に対し、七〇万九一〇〇円及びこれに対する平成一三年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告のその余の請求を棄却する。

(乙事件)

三 乙事件被告は、乙事件原告に対し、九八万四六一五円及びこれに対する平成一四年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四 乙事件原告のその余の請求を棄却する。

(全事件)

五 訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じて、これを五分し、その三を甲事件原告・乙事件被告の負担とし、その余を甲事件被告ら及び乙事件原告の負担とする。

六 この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

※ 以下、甲事件原告・乙事件被告・Xを「X」と、甲事件被告・大賀運輸株式会社を「大賀運輸」と、甲事件被告・Y1を「Y1」と、乙事件原告・関東交通共済協同組合を「交通共済」と、それぞれ略称する。また、大賀運輸とY1とを合わせて、「大賀運輸ら」と略称することがある。

第一請求

一  甲事件

大賀運輸及びY1は、連帯して、Xに対し、九四万五四九九円及びこれに対する本件事故の日である平成一三年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

Xは、交通共済に対し、一二八万〇八八四円及びこれに対する代車使用料支払の日の翌日である平成一四年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、X所有の普通乗用自動車(以下「被害車両」という。)がY1運転の普通貨物自動車(以下「加害車両」という。)に追突され破損したとして、Xが、Y1及びその使用者である大賀運輸に対し、修理費用等九四万五四九九円の損害賠償を請求し(甲事件)、一方、加害車両につき共済契約を締結している交通共済が、Xが長期間にわたり代車を使用したとして、交通共済がレンタカー会社に支払った代車使用料のうち一二八万〇八八四円について、不当利得返還を請求した(乙事件)事案である。

本件の主要な争点は、第一に、被害車両が本件事故により経済的全損になったか否か、第二に、代車使用料として相当性の認められる範囲である。

1  当事者間に争いのない事実及び証拠上明らかな事実

(一)  本件事故の発生

(1) 日時 平成一三年九月二七日午前一〇時一〇分ころ

(2) 場所 東京都港区高輪三丁目二六番地先路上

(3) 加害車両 普通貨物自動車(八王子<省略>)

同運転者 Y1

同使用者 大賀運輸

(4) 被害車両 普通乗用自動車(品川<省略>)

同運転者 A

同所有者 X

(5) 態様 被害車両が赤信号に従い横断歩道手前で停止していたところ、Y1の運転する加害車両がこれに追突し、被害車両の後部が破損した。

(二)  責任原因

大賀運輸の従業員であるY1は、本件事故当時、大賀運輸の業務の執行として加害車両を運転していたものであるから、Y1は民法七〇九条に基づき、大賀運輸は民法七一五条に基づき、それぞれ、被害車両の所有者であるXに対し、被害車両に生じた損害を賠償する責任がある。

(三)  被害車両の修理費用

被害車両の修理費用として、八〇万〇四九九円を要した(乙八)。

(四)  Xによる代車使用

Xは、平成一三年九月二八日から平成一四年三月二八日までの一八一日間、被害車両の代車として、株式会社ジャパレン(以下「ジャパレン」という。)のレンタカー(ベンツC二〇〇)を使用した(甲一二、一七)。

(五)  交通共済による代車使用料の支払

(1) 交通共済は、交通事故による人身損害及び対物損害に対する共済等を目的とする事業協同組合であり、大賀運輸との間で、加害車両による対物賠償損害を填補する共済契約を締結している。

(2) 交通共済は、ジャパレンから前記一八一日分の代車使用料(消費税を含む。)として一四四万九〇〇〇円の請求を受け、平成一四年四月一八日、ジャパレンに対し、同額を支払った(甲一二、一三)。

2  甲事件に関する双方の主張

(一)  Xの主張

(1) 修理費用 八〇万〇四九九円

被害車両の修理費用は、前記のとおり、八〇万〇四九九円である。大賀運輸らは、被害車両の時価は四四万七〇〇〇円であり、被害車両は経済的全損であると主張するが、被害車両はそのように安価なものではない。被害車両の買受価格は五四七万九一〇〇円であり(乙二)、部品交換等によるメンテナンス代だけでも一六八万六〇五六円を支出しており(乙一一)、その付加価値を有している。その合計は七一六万五一五六円であり、その一〇%は約七一万六〇〇〇円となる。これに廃車代、買替諸費用等(乙一二)を加えると、九五万円を超える。また、大賀運輸ら提出の中古車価格の中で最高額のものは五八万円であるが(甲三)、被害車両は、形、色ともに特別限定車である上、屋根はスライディングルーフ式の高価なものである(乙一、二)。したがって、被害車両は、この五八万円の車両よりさらに高額である。この五八万円に消費税を加えると六〇万九〇〇〇円となり、廃車代、買替諸費用等を加えると八五万円以上となる。

したがって、被害車両については、時価と買替諸費用の方が修理費用より高額であり、大賀運輸らの経済的全損の主張は誤りである。

(2) 慰謝料その他の費用 四万五〇〇〇円

被害車両は、アウディ社の特別限定車であり、カラーもマザーオブパールエフェクトで国内では数少ない車両であって、Xとしては、特別愛着のある貴重な車両であった。本件事故に対しては、加害者は一度も謝罪をせず、また、Xが修理による原状回復を求めたにもかかわらず、大賀運輸らは、これに応じず、誠意のない対応に終始している。Xの精神的苦痛による慰謝料は、五〇万円を下回るものではない。

その他、本件に関しての交通費、文書取寄費用、催告・請求手続費用等を含めると、その損害額には著しいものがあるが、ここでは内金四万五〇〇〇円を請求する。

(3) 弁護士費用 一〇万〇〇〇〇円

(4) 合計 九四万五四九九円

なお、Xは、以上のとおり、修理費用と慰謝料等を請求するものであるが、仮に、被害車両が経済的全損とされるのであれば、買替諸費用を含む新車代が損害になるというべきである。

(二)  大賀運輸らの認否及び反論

(1) 修理費用について

被害車両の修理費用が八〇万〇四九九円であることは、不知。この修理費用を損害とすることは、争う。

本件事故前の被害車両の時価は、被害車両が法定耐用年数を超えているので、新車購入価格四四七万円(被害車両の新車は平成三年まで販売されており、同年の新車販売価格である。)の一〇分の一である四四万七〇〇〇円となる。したがって、X主張の修理費用は、被害車両の時価及び買替諸費用を大幅に超えているから、被害車両については、経済的全損として、その損害は四四万七〇〇〇円にとどまる。被害車両が、アウディ社の特別限定車で、非常に貴重なものであることは、否認する。

(2) 慰謝料その他の費用について

本件事故後、大賀運輸らが話合いをしようとしても全く聞く耳を持たず、電話を一方的に切ったり、本件訴訟の代理人が話合いの日時等を相談しようとしても、弁護士であることの証明と印鑑登録証明書付きの委任状の提示がなければ信用できないなどと言って、話合いを拒否したのは、Xの方である。解決が長引いている原因は、Xの側にある。

2  乙事件に関する双方の主張

(一)  交通共済の主張

(1) Xは、前記のとおり、平成一三年九月二八日から代車を使用していたところ、交通共済は、Xに対し、平成一三年一〇月一日、修理費用が被害車両の時価及び買替諸費用を大幅に超えているので、被害車両の損害については経済的全損として対応することを伝え、また、同月一一日、代車使用料について、被害車両に代わる車両を購入するまでの相当期間として原則として二週間の貸出料金のみを損害として支払うので、期間経過後は代車をジャパレンに返還するよう申し入れた。しかし、Xは、修理を希望してこの申入れを拒否し、同月二四日以降、本件訴訟の代理人が再三話合いと代車の返還を求めたが、これに応じず、前記のとおり、平成一四年三月二八日まで一八一日間、代車を使用した。

(2) 代車は相当な買替期間又は修理期間中に限り使用が認められるものであり、本件事故による代車使用料の相当額としては三週間分の一六万八一一六円(一日当たり約八〇〇五円)を超えることはないから、Xは、これと交通共済がジャパレンに支払った前記一四四万九〇〇〇円との差額一二八万〇八八四円につき、交通共済の損失により利益を得たことになる。

(二)  Xの認否及び反論

(1) 交通共済の主張は、否認し又は争う。

(2) 本件の代車は、加害者である大賀運輸らが、本件の解決まで、任意に無償で提供したものである。Xは、本件の代車がジャパレンの車で代車使用料が一日一万二〇〇〇円とは知らされず、全く承知していなかった。また、その費用負担についても、Xに何らの話もなかった。

(3) また、Xとしては、交通共済が廃車とか買替えといって修理をさせなかったために、代車使用をやむなく継続したものであって、修理を早期に行っていれば、早期に代車を返還できたものである。

(三)  Xの反論に対する交通共済の認否

大賀運輸らが本件の解決まで代車を任意に無償で提供したことは、否認する。また、Xが、本件の代車がジャパレンの車で代車使用料が一日一万二〇〇〇円とは知らなかったこと、その費用負担について何らの話もなかったことは、否認する。交通共済は、Xに対し、相当な買替期間又は修理期間中に限り代車の使用を認めたものであり、経済的全損であることが明らかになった後は、原則として二週間の買替期間中の貸出料金のみを損害として認める旨を通知したものである。

第三当裁判所の判断

一  甲事件について

(一)  はじめに

甲事件の請求は、Xが、大賀運輸らに対し、被害車両の修理費用八〇万〇四九九円等、合計九四万五四九九円の損害賠償を請求したのに対し、大賀運輸らが、被害車両は経済的全損であるとして、賠償額は被害車両の時価額四四万七〇〇〇円を限度とすると争っているものである。

ところで、車両が事故により損傷した場合には、一般には車両を修理して原状回復をするのに必要な費用(修理費用)が損害となるが、損害賠償制度の目的が被害者を被害を受ける前の利益状態に回復することにあることからすると、修理費用が事故時における被害車両の時価額等を上回る場合には、いわゆる経済的全損として、修理費用ではなく、被害車両の時価額等を限度として損害賠償が認められるべきである(なお、経済的全損であるからといって、被害者が被害車両を必ず廃車にしなければならないものではなく、法的な損害賠償の範囲が時価額等を限度とすることを意味する。)。

そして、このように被害車両が経済的全損と評価される場合には、被害者が元の利益状態を回復するには、被害車両と同種同等の中古車両を購入するほかはないから、この車両購入に伴って生ずる費用(買替諸費用)は、車両の取得行為に付随して通常必要とされる範囲において、事故による損害と認められる。事故車両についての残存車検価格や廃車費用も、同様に損害として認められるべきものである。したがって、経済的全損か否かを判断するに当たって修理費用と比較すべきものは、被害車両の時価額だけでなく、買替諸費用等を含めた全損害額と解すべきである。

(二)  修理費用

被害車両の修理費用として八〇万〇四九九円を要した事実は、前記のとおりである。

(三)  被害車両の時価額

甲二、乙一ないし三、一〇によれば、(一)被害車両は、アウディ九〇―二・三Eであり、初度登録は平成三年七月で、本件事故当時における走行距離は九万九〇九二kmであったこと、(二)被害車両は、アウディの同型の中でも特別限定車とされ、ボディーカラーはマザーオブパールエフェクトであったこと、(三)被害車両は、車両本体価格が四六三万円、付属品が一万八〇〇〇円、特別仕様Aが一二万四〇〇〇円であり、現金販売価格は四七七万二〇〇〇円であったこと、これに諸費用及び消費税を加えた額は五四七万九一〇〇円であったこと、(四)平成三年版レッドブックには、アウディ九〇―二・三Eの新車価格は四四七万円と掲載されていること、が認められる。

このように、被害車両は、本件事故時には、初度登録から既に一〇年を経過しており、走行距離もほぼ一〇万kmに達していて、レッドブックにはもはや被害車両と同種同等の車両の中古車価格は掲載されていない。

この点に関し、甲三の一ないし三によれば、インターネットによる中古車情報の上では、被害車両と同じ平成三年初度登録のアウディ九〇―二・三Eが三八万円ないし五八万円で販売されていること、中には、被害車両と同じく色がパールの特別限定車も存在すること(甲一九参照)、これらの走行距離は五万km台から七万km台であること、が認められる。被害車両は、走行距離が約一〇万kmに達しているものの、乙一一によれば、相当の費用を掛けて保守・整備が行われており、車両の状態は良好であると認められるから、この中古車情報の価格も一つの参考となり得るものである。

ところで、初度登録から長期間が経過していて、車両の中古車市場における価格を算定すべき適切な資料がない場合には、減価償却の方法を参考として車両の時価額を認定することも、必ずしも不合理とはいえない。そして、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年三月三一日号外大蔵省令第一五号)一条一号別表第一によれば、自家用自動車(新車)の耐用年数は六年であり、定率法により減価償却した六年後の残存率は一〇%とされている。そうすると、前認定のとおり、本件車両の新車価格は四七七万二〇〇〇円(諸費用及び消費税を含まない額。レッドブックに掲載された新車価格ではなく、実際の現金販売価格による。)であるから、本件事故当時の被害車両の時価額は、四七万七〇〇〇円と認めるのが相当である。この価格は、前記のインターネットによる中古車情報における価格と対比しても、十分に合理性が認められると考えられる。

したがって、被害車両と同種同等の中古車両の再調達価格(買替諸費用を除く。)は、消費税を加えた五〇万〇八五〇円となる。

(四)  買替諸費用等

ここで買替諸費用等とは、被害車両に代えて新車を購入した場合に要する諸費用ではなく、被害車両と同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車(最二小判昭和四九・四・一五民集二八巻三号三八五頁参照)を中古車市場において取得した場合に要する諸費用等をいう。事故車両の残存車検価格((二))や廃車に要する費用((五))も、損害であり、便宜、ここに計上する。乙一三の一・二、一四、弁論の全趣旨によれば、被害車両の買替諸費用等として、次の費用を要すると認められる。

(1) 自動車取得税 二万三八五〇円

本件事故当時における被害車両の時価は、前記のとおり四七万七〇〇〇円であり、これと同程度の中古車両を取得するのに要する自動車取得税は、次のとおりである。

47万7000円×0.05=2万3850円

(2) 自動車重量税 二万一〇〇〇円

自動車重量税については、事故車両の自動車検査証の有効期間に未経過分があったとしても、自動車税及び自賠責保険料のように還付されることはないから、次のとおり未経過分一〇月に相当する事故車両の自動車重量税額は、事故による損害というべきである。

7万5600円×10/36=2万1000円

(3) 移転登録費用 五九〇〇円

(4) 車庫証明費用 二五〇〇円

(5) 廃車費用 三万五〇〇〇円

(6) 登録代行費用・車庫証明手続代行費用・納車費用 四万〇〇〇〇円

これらは、販売店の提供する労務に対する報酬であるところ、車両を取得する都度、登録・車庫証明の手続や納車が必要となり、通常、車両購入者がそれらを販売店に依頼している実情にかんがみると、これらの費用も、買替えに付随するものとして損害賠償の対象とするのが相当である。これらの費用としては、消費税を含めて合計四万円を相当と認める。

(7) 合計 一二万八二五〇円

(五)  車両損害に関するまとめ

以上によれば、被害車両の修理費用は八〇万〇四九九円であり、これに対し、被害車両の再調達価格、買替諸費用等の合計額は六二万九一〇〇円であるから、被害車両は、本件事故の損傷により経済的全損の状態になったと判断される。したがって、本件事故によってXが被った車両損害は、被害車両の再調達価格等である六二万九一〇〇円と認めるべきである。そして、Xは、車両損害として修理費用の支払を求めているが、仮に経済的全損と認定された場合には、被害車両の再調達価格等の支払を求めているものと解されるから、前記六二万九一〇〇円が損害として認められる。

(六)  慰謝料その他の費用

乙九、一一、X本人によれば、Xは、アウディ九〇―二・三Eの中でも特別限定車とされる被害車両に強い愛着を持ち、相当の費用を掛けて保守・整備を行っていたこと、本件において、加害者本人からXに謝罪がされたことはないこと等の事実が認められるが、このような事情が存在するだけでは、財産的権利の侵害を理由に慰謝料を請求することはできないと解すべきである(本件の交渉過程について、大賀運輸らないし交通共済側に特段責められるべき点のないことは、後記のとおりである。)。

一方、Xは、本件事故による損害の賠償を請求するため、後記のとおり、通信費用を要したほか、買替諸費用の見積書(乙一二、一三の一・二)を取得し、これに費用を要しているから、これらの費用のうち一万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(七)  弁護士費用

本件事案の内容、本件訴訟の経過、本件の認容額(前記(五)と(六)の損害の合計額は、六三万九一〇〇円である。)等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、七万円が相当である。

二  乙事件について

(一)  前記のとおり、Xは、平成一三年九月二八日から平成一四年三月二八日までの一八一日間、被害車両の代車としてジャパレンのレンタカー(ベンツC二〇〇)を使用し、交通共済は、ジャパレンから前記一八一日分の代車使用料(消費税を含む。)として一四四万九〇〇〇円の請求を受け、平成一四年四月一八日、ジャパレンに対し、同額を支払ったものである。交通共済は、三週間分の代車使用料一六万八一一六円を超える一二八万〇八八四円について、Xに不当利得返還を請求しており、これに対し、Xは、代車は大賀運輸から任意に無償で提供を受けたものであり、あるいは、代車使用を継続する必要があったと反論して、交通共済の請求を争っている。

ところで、本件のように被害車両が経済的全損になった場合には、代車使用が認められるのは、買替えに要する相当期間についてであるが、これには、買替え自体に要する期間のほか、事情に応じ、見積りその他の交渉をするのに必要な期間も含まれるものというべきである。特に、自己の所有車両を何の落ち度もなく傷つけられた被害者としては、損害賠償をめぐる初期の交渉段階において、保険会社(共済)の提示した賠償条件に直ちに納得しないというのも無理からぬところであって、加害者に代わって損害賠償の交渉を行う保険会社の担当者ないしその代理人としては、被害者に対して、修理が可能かそれとも経済的全損として買替えが必要か等について、十分な説明をし、被害者の理解を得るように真摯な努力をすべきものである。他方、被害者としても、紛争の一方当事者として、できるだけ損害の拡大を防止し、紛争解決のために努力をする義務があり、また、保険会社の意向いかんにかかわらず自らの判断で修理をすることが可能であることを考えると、合理的な検討期間が経過した後は、自らの判断で修理に着手するか、買替えをすべきものである。そして、合理的な検討期間が経過したのになお被害者が修理に着手しない場合等には、もはや、以後の交渉期間における代車使用料は損害として相当生を認めることができないものと解される(二〇〇三年版民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準三四四頁以下参照)。

(二)  これを本件について見るに、甲四ないし一一、一四、一五、一七、一八、乙五ないし七、証人B、X本人によれば、本件事故後の交通共済とXとの交渉経緯として、次の事実が認められる(以下、平成一三年の出来事については、月日だけを表示する。)。

(1) 本件事故当日である九月二七日、交通共済で交通事故の物損に関する補償業務を担当しているBが、Xに電話を掛けたところ、Xから左ハンドルの代車を出してほしいとの申出があり、翌二八日朝、ジャパレンからXに代車が届けられた。料金は、当初は一日一万二〇〇〇円の約束であったが、レンタル期間が長期化したために後に減額された(Xは、この代車料金のことは聞いていない。)。

(2) Bがアジャスターに被害車両の時価と修理費用の調査を依頼したところ、九月二九日に、アジャスターから、修理費用は八〇万円から一〇〇万円、被害車両の時価は四四万七〇〇〇円との報告(速報)があった。

(3) そこで、Bは、一〇月一日にXに電話をして、被害車両は経済的全損であり、その時価額四四万七〇〇〇円を賠償する旨伝えたところ、Xは、修理をするよう要求し、経済的全損として扱うことに応じなかった。Bが再び同月三日に電話をすると、Xは、今ヤナセで見積りをしているので、見積書が来たら請求書を送ると言った。その後、Bは、何回かXに電話をしたが、不在ということでXと連絡が取れなかった。

(4) Xは、一〇月一一日にBに電話を掛け、話が付くまで代車に乗ると話した。これに対し、Bは、基本的に代車使用料は二週間までしか払えないと伝えたが、Xは、修理を要求してBの話に応じなかった。Bは、交渉が進捗しないため、上司と相談した上、同日、本件訴訟における交通共済の代理人であるC弁護士に本件の解決を委任した。

(5) C弁護士は、一〇月一二日以降、何回かXの事務所に電話を掛けたが、いずれも不在であったり応答がなかったりで、連絡が取れなかった。そこで、C弁護士は、同月二四日にファックスで「受任のご連絡」という文書(甲四)をXに送付し、本件の示談交渉の委任を受けたことを通知するとともに、「修理費が時価相当額四四万七〇〇〇円を大幅に超えているので、四四万七〇〇〇円を損害額として提案する。代車使用料については、相当な買替期間中のみ認められるので、これを超えた部分は支払できかねる。」と連絡した。

(6) しかし、Xから応答がなかったので、C弁護士は、一〇月二九日にXに電話をしたところ、Xは、自分も弁護士を立てると言って電話を切った。その後、Xから連絡がなかったので、C弁護士は、一一月一五日にファックスで「ご通知」という文書(甲五)をXに送付し、連絡をするよう頼むとともに、代車の返還を請求した。

(7) これに対し、Xは、一一月一六日にC弁護士にファックスを送付して、「本当に弁護士であることの証明(例えば身元確認の資料の提示)」と「大賀運輸らの印鑑証明書添付の委任状の提示」を求めるとともに、来訪を求めた(甲六)。その後、同月二〇日にC弁護士が訪問する日時等を打ち合わせたいとのファックス(甲七)を送ると、Xは、同月二六日に、再び、「本当に弁護士であることの証明」等を求めるファックス(甲八)をC弁護士に送付し、さらに、同月三〇日にも、大賀運輸らの印鑑証明書添付の委任状を提示するようにとのファックス(甲一〇、乙七)をC弁護士に送付した。Xは、後者のファックスに、「代車の性格上修理完了までの代車は無償にて預かります。」と記載した。

(8) 一方、ジャパレンの東京支店営業部のDも、一二月一三日に、Xに連絡をして代車の返還を求めたが、Xは、廃車(全損)には納得しておらず、修理完了まで代車を返還するつもりはないと答えた。

(9) C弁護士は、受任して一か月以上経過しても、Xが話合いに応じず、代車も返還しないため、平成一四年一月一一日、Xを被告として東京地方裁判所に債務不存在確認請求訴訟(東京地方裁判所平成一四年(ワ)第三九九号)を提起した。

(三)  ところで、乙四、九、X本人によれば、Xとしては、交通共済が被害車両を経済的全損であると判断し、四四万七〇〇〇円しか賠償しないとの対応を採ったことに強い不満を持っていたこと、また、Xの娘であり被害車両の運転者であるAが頸椎捻挫等の傷害を負ったのに、加害者側が謝罪に訪れないことにも不満を持っていたことから、(二)に認定したとおり、修理が完了するまで代車を返還しないとの態度に出たものであると推察される。この点は、被害者の心情としては理解できないではないが、Xは、交通共済の委任を受けたC弁護士が話合いを求めて、何回か連絡をしてきたにもかかわらず、「本当に弁護士であることの証明」と「大賀運輸らの印鑑証明書添付の委任状の提示」を求めるなど、交渉を求める弁護士に対し難癖ともいうべき注文を付けて、事実上、交渉を拒否し、紛争解決のための努力を怠るとともに、一方的に、被害車両の修理を要求して、代車の使用を継続してきたものであって、その対応は、被害者の立場にある者といえども正当化されない不適切なものであったといわなければならない。Xとしては、修理を相当と考えるのであれば、交通共済と意見が一致しないと判断した時点で、速やかに被害車両の修理を終え、代車を返還するとともに、修理代金を交通共済に請求するという手段を採るべきであった(そうすれば、代車使用料につき不当利得返還を請求されることもなかった。)。

他方、経済的全損か否かの判断は、前記のとおり、買替諸費用等の問題も絡んで必ずしも容易ではない場合があるから、交通共済としては、単にレッドブック一冊に依拠して時価を判断するだけでなく、事故車両について個別性を考慮した時価の把握に努めるとともに、買替諸費用等についても検討し、これらについてXに説明資料を送付するなどして、Xの理解を求めるよう努力すべきであったと考えられる。交通共済が、交渉の初期の段階において、被害者の理解を得るような真摯な努力をしたとは評価し難い(実際、本件において、被害車両の再調達価格、買替諸費用等の合計額が六二万九一〇〇円となることは、前記のとおりである。)。しかし、前記のようなXの不適切な対応にかんがみると、XがC弁護士に対し、再度、「本当に弁護士であることの証明」等を求めるファックスを送付した平成一三年一一月二六日以降は、もはや、必要な交渉期間と評価することはできず、以後の代車使用料は損害として相当性を認めることができない。

(四)  そのほか、Xの主張するような、大賀運輸らがXに対し本件の解決まで代車を任意に無償で提供した事実は、これを認めるに足りる証拠がない。なお、Xにおいて代車使用料の金額を知っていたとは認められないが、本件において代車が特に無償で提供されていたと判断すべき合理的な根拠はないから、この点は本件の結論を左右するものではない。

(五)  したがって、平成一三年一一月二六日から平成一四年三月二八日までの一二三日間におけるXの代車使用は、必要性の認められないものであり、この間の代車使用料九八万四六一五円(一日八〇〇五円として算定する。)は、これをジャパレンに支払った交通共済の損失においてXが利益を得ているものであって、Xは、交通共済に同額を返還する必要がある。もっとも、Xは悪意の受益者とまではいえないから、その不当利得返還債務は期限の定めのない債務として成立するものであり、他に交通共済から履行の請求をした事実の立証のない本件においては、Xは、乙事件の訴状が送達された日の翌日である平成一四年七月一七日から、不当利得返還債務について遅滞の責めを負うと解される。

第四結論

以上によれば、甲事件の請求は、Xが、大賀運輸及びY1に対し、連帯して、七〇万九一〇〇円及びこれに対する本件事故の日である平成一三年九月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、乙事件の請求は、交通共済が、Xに対し、九八万四六一五円及びこれに対する代車使用料支払の後の日である平成一四年七月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 河邊義典)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例