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東京地方裁判所 平成14年(刑わ)1872号 判決 2003年3月06日

主文

被告人を懲役1年6月に処する。

この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成9年3月3日から平成12年12月14日までの間,外務省欧亜局ロシア課ロシア支援室(平成10年10月19日以前の名称は「NIS支援室」)総務班に課長補佐(班長)として勤務し,日本国とロシア連邦等との間で締結された協定に基づいて設置された国際機関である支援委員会の資金の使用につき,日本国政府が同協定に定める受益諸国からの要請の検討等を考慮に入れて受益諸国間及び具体的使途間の配分並びに具体的支援の実施方法を決定して支援委員会に通報し,それを受けた支援委員会が必要な支払を支援委員会事務局に指示することとされていることから,上記ロシア支援室の所掌に係る日本国政府の行う上記具体的支援の実施方法等の企画立案等の事務を総括し,同協定により支援委員会のために日本国政府が行うべき事務を担当する者として,同協定を厳守し,同協定により定められた使途に従って具体的支援の実施方法を企画立案するなど,支援委員会のため誠実に職務を遂行すべき任務を負っていたものであるが,

第1同省国際情報局分析第一課に主任分析官として勤務していたAと共謀の上,イスラエル国のB大学C国際関係研究所所長D及びその妻が日本国を訪問し滞在するに当たり,Dらの日本国訪問が同研究所主催に係る国際学術会議の事前打合せを名目とするものであって,前記受益諸国に対する支援に関するものではないことなどから,支援委員会の資金をD及びその妻の旅費及び滞在費等に充てることが前記協定上許容されないにもかかわらず,被告人の前記任務に背き,被告人,A及び同人とかねてから親交があったDらの利益を図る目的をもって,平成12年1月12日ころ,東京都千代田区<以下略>外務省欧亜局ロシア課ロシア支援室において,被告人が上記資金から上記旅費及び滞在費等を支出する旨通報することを企画立案して決裁書を起案し,そのころ,同決裁書を同省欧亜局長Eに提出して,同人にその通報を決定させ,同月14日,同人の指示を受けた同局ロシア課ロシア支援室長Fにその旨を支援委員会に通報させ,支援委員会事務局職員に,同年5月31日,東京都港区<以下略>所在の株式会社G銀行東京公務部に開設された社団法人H協会名義の普通預金口座に332万1348円を振込送金させ,もって支援委員会に同額の財産上の損害を加え,

第2前記Aと共謀の上,被告人及びAほか15名が前記C国際関係研究所主催に係る国際学術会議に出席して,これに引き続きゴラン高原等を観光するに当たり,これらが前記受益諸国に対する支援に関するものではないことなどから,支援委員会の資金を同会議の参加費等に充てることが前記協定上許容されないにもかかわらず,被告人の前記任務に背き,被告人,A及び前記Dらの利益を図る目的をもって,平成12年2月28日ころ,前記ロシア支援室において,被告人が上記資金から被告人及びAほか15名が同会議に参加することなどに伴う費用を支出する旨通報することを企画立案して決裁書を起案し,そのころ,同決裁書を前記Eに提出して,同人にその通報を決定させ,同年3月16日,同人の指示を受けた前記Fにその旨を支援委員会に通報させ,支援委員会事務局職員に,同月29日から同年6月30日までの間,別表記載のとおり,被告人に現金270万8640円を交付させるとともに,前記社団法人H協会名義の普通預金口座等に合計2746万2376円を振込送金させ,もって支援委員会に同額の財産上の損害を加え,

第3A並びに鉄等の商品に関する貿易業,売買業,発電及び電気の供給等を目的とするI株式会社の産業機械部開発・産業プロジェクト第二室で,同室チームリーダーとして勤務していたJ,同室マネージャーとして勤務していたK及び同室員として勤務していたLと共謀の上,前記支援委員会事務局発注に係る北方四島住民支援国後島ディーゼル発電施設設置工事(以下「本件工事」ともいう。)の施工業者選定のための一般競争入札に関し,競争意思のある業者の入札参加を断念させる一方,競争意思のない業者を同入札に参加させるとともに,入札予定価格に関する情報を入手した上,その情報を基に,I株式会社が同価格をわずかに下回る金額で入札し,他の入札参加者にはこれを上回る金額で入札させることにより,I株式会社に入札予定価格とほぼ同額の金額で受注を得させようと企て,平成12年2月下旬又は同年3月上旬ころ,東京都千代田区<以下略>M株式会社に電話をかけ,本件工事を受注する意欲のない同社の従業員Nに対し,本件工事の入札に参加してI株式会社に協力するように働きかけ,同人にその旨承諾させるとともに,同年2月下旬又は同年3月上旬ころ,東京都港区<以下略>O株式会社に電話をかけ,本件工事を受注する意欲のない同社の従業員Pに対し,本件工事の入札に参加してI株式会社に協力するように働きかけ,同人にその旨承諾させ,さらに,同年3月10日ころ,東京都千代田区<以下略>I株式会社内において,本件工事の受注意欲を有していたQ株式会社の提携先であるR株式会社の従業員Sらに対し,同社がQ株式会社との提携を継続すれば,R株式会社の営業に支障が生じることになる旨を申し向け,その旨同人らを困惑させてQ株式会社との提携を断念させ,その結果,同社に本件工事の受注意欲を放棄させて入札参加を断念させるなど,競争意思のある業者の入札参加を断念させた上,同月下旬ころ,同区<以下略>支援委員会事務局に電話をかけ,同事務局職員から,本件工事の入札予定価格である19億9400万円を算出する基礎となった積算金額を聞き出し,これらの情を秘して,同月31日,同区<以下略>財団法人T内の会議室で実施された本件工事の施工業者選定のための入札において,I株式会社,M株式会社及びO株式会社の3社のみが応札するに当たり,KがI株式会社を代理して本件工事に係る上記入札予定価格をわずかに下回る19億9227万円で入札するとともに,M株式会社及びO株式会社の代理人に,それぞれKらが指定した,いずれも19億9227万円を上回る金額で入札させ,本件工事に係る入札執行者である支援委員会事務局にI株式会社を第1交渉順位者として同社との本件工事に係る契約交渉を開始させ,同年4月7日,上記I株式会社内において,支援委員会事務局と同社との間で,請負代金額を19億9227万円とする工事請負契約を締結させ,よって,支援委員会事務局をして競争意思のある者による入札に基づく施工業者選定及び契約締結を不能ならしめ,もって偽計を用いて支援委員会事務局の業務を妨害した。

(第2事実関係の別表は省略)

(法令の適用の補足説明)

弁護人は,判示第3の事実に関し,刑法96条の3所定の公の入札に該当しない入札業務を妨害する行為は,それが暴行,傷害,脅迫,器物損壊等の構成要件に当たる場合にはそれらの罰条によって処罰し,本件のように暴力的な方法によらない妨害行為は訴追するに足りないという取扱いをする余地もあり,被告人に対して偽計業務妨害罪を適用してされた本件の訴追には疑問があると主張する。

この主張は,要するに,本件で支援委員会事務局が行った入札業務のように,刑法96条の3所定の公の入札に当たらない入札業務は,そもそも偽計業務妨害罪の対象にはならないと解する余地があるという趣旨をいうもののようにも解される。しかし,国際機関である支援委員会事務局が実施した本件工事に係る入札業務が偽計業務妨害罪を規定する同法233条所定の業務に当たることは,同条にいう「業務」の意義に照らしても明らかなところであり,被告人らの判示第3の行為が偽計業務妨害罪を構成することも,その内容自体に照らして明らかなところである。補足すると,刑法96条の3及び233条の各規定の趣旨ないし立法経緯等に照らして検討しても,刑法が同法96条の3所定の公の入札に該当しない入札業務を偽計業務妨害罪の対象から除外する趣旨であると解する根拠はないし,上記両規定の法定刑の差異など,弁護人が指摘する点も,特段弁護人の主張の根拠とするに足りるものではない。また,その他検討しても,判示第3事実に関する本件の訴追に疑問をいれる余地があるとは認められない。

したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。

(量刑の理由)

1  本件は,判示のとおり,被告人が,外務省欧亜局ロシア課ロシア支援室の課長補佐,総務班長として,日本国とロシア連邦等との間で締結された「支援委員会の設置に関する協定」(以下「協定」ともいう。)を厳守し,協定により定められた使途に従って受益諸国に対する具体的支援の実施方法を企画立案するなど,支援委員会のため誠実に職務を遂行すべき任務を負っていたのに,前記Aと共謀の上,自己の上記任務に背き,D夫妻の日本訪問の旅費及び滞在費等並びに判示第2の国際学術会議に被告人,Aら同判示の15名の者が参加する費用等を支援委員会の資金によって支出することがいずれも協定上許容されないにもかかわらず,被告人,Aなど各判示の者らの利益をそれぞれ図る目的で,あえてこれらの費用を支援委員会の資金から支出する旨企画立案して,その決裁書を起案し,ロシア支援室長にその旨通報させて,支援委員会事務局から上記各費用を支出させ,支援委員会に対して損害を負わせ(判示第1,第2),また,前記A,J,Kらと共謀の上,支援委員会事務局発注に係る国後島ディーゼル発電施設設置工事の施工業者選定のための一般競争入札に関し,競争意思のある業者に働きかけて入札への参加を断念させる一方,競争意思のない業者を入札に参加させ,さらに,入札予定価格を算出する基礎となる積算金額の情報を不正な手段によって入手して,I株式会社のため,入札予定価格をわずかに下回る金額で入札するとともに,他の入札参加業者にこれを上回る金額で入札させるといった不正な工作をして,支援委員会事務局にIとの間で本件工事の請負契約を締結するに至らせ,よって,支援委員会事務局が競争意思のある者による入札に基づいて施工業者を選定して契約を締結することをできなくさせて,その業務を妨害した(判示第3)という,各背任及び偽計業務妨害の事案である。

2(1)  判示第1及び第2の各背任の犯行の事情についてみると,被告人は,共犯者と共謀の上,支援委員会のため誠実に職務を遂行すべき自己の任務に違背し,支援委員会の資金を充てることが許されない前記各費用に合計約3350万円の支援委員会の資金を支出するに至らせ,支援委員会に同額の損害を被らせたものであって,我が国と受益諸国との協定に基づき受益諸国の改革支援等のために設置された国際機関であり,我が国の国庫によって支出された資金によりその活動をまかなわれる支援委員会の公的性格にもかんがみるとき,本件は,その態様,結果とも,到底軽視し難いものがあるといわなければならない。なお,弁護人は,Dらの招へいや判示国際学術会議への参加者派遣等は,国益上も有意義なものであって,外務省の予算からその費用等を支出するなら許されないものではなかったなどの指摘をして,本件各背任の犯行の違法性は大きなものではなかったという趣旨の主張をする。しかし,弁護人指摘の上記の点は,ひとまずそれを前提としても,国際機関である支援委員会のため誠実に職務を遂行すべき任務に違背して,前記態様で同委員会に損害を被らせたことを内容とする本件各犯罪の犯情の評価について,弁護人が主張するほどの重要性を持つものではないといわざるを得ない。その上,関係証拠によると,被告人らは,支援委員会資金の支出については外務省大臣官房会計課や会計検査院の検査等が及ばないことに乗じて,本件の支出について,虚偽を交えた見積書を作成させるなどの不明朗な処理をし,一部については,被告人の個人口座で保管する裏金としたなどの事情も認められるのであって,本件は,このような点に照らしても,態様が相当に悪いと認められる。

また,本件における被告人自身の役割をみても,被告人は,支援委員会のため誠実に職務を遂行すべき自己の任務に違背し,上記支出に支援委員会の資金を充てるべく,その趣旨を記載した判示の各決裁書を自ら起案したことなどをはじめとして,各背任の実行について不可欠で重要な役割を果たしたことが明らかである。

(2)  次に,判示第3の偽計業務妨害の犯行についてみても,判示のような本件競争入札業務の妨害の内容等に照らし,犯行態様は巧妙かつ悪質といわざるを得ない。被告人らの本件犯行によって,I株式会社は予定価格の約99.9パーセントという高額で本件工事を落札するという利益を現に享受した一方,競争意思のある者による自由公正な入札に基づいて施工業者を選定し,施工契約を締結するという支援委員会事務局の業務が実際に大きく妨害され,同委員会の利益が損なわれたことは明らかであり,支援委員会の上記のような公的性格にもかんがみるとき,本件犯行の結果にもまた大きなものがある。そのほか,被告人らは,本件の前年に行われた色丹島及び択捉島におけるディーゼル発電施設設置工事の競争入札に当たっても,競争意思のある業者を入札から排除し,競争意思のない業者を参加させて競争入札を形ばかりのものにしようとして,種々の工作をし,本件はいわばそれを引き継いだ方法で行われたなどの事情も,本件の犯情を考察するに当たって看過することはできないところである。

被告人の個別の役割についてみても,被告人は,かねてKらから,Iに本件工事の受注を得させるための協力を依頼されてこれを承諾し,入札予定価格算定の基礎となる積算価格の情報を教えてほしい旨Kから依頼されると,もとよりこの種の情報は外部に対して秘密にされなければならないものであるのに,ロシア支援室の総務班長としての立場を利用し,事情を隠して支援委員会事務局の職員から上記情報を聞き出して,それをKに教え,同人が予定価格に極めて近接した金額で入札することを可能にしてやったことなどをはじめとして,本件偽計業務妨害の犯罪の遂行に当たり重要な役割を果たしたことが明らかである。

このような犯行の経緯,態様の悪質さ,結果の重大性及び被告人の役割の重要性等の諸事情に照らすとき,かねてODAの入札案件については,業者間で実質的な競争を排除して受注業者をあらかじめ絞り込む工作が行われることが少なからずあったことが,本件の一つの背景事情となっているようにうかがわれるなどの事情を考慮しても,この犯行の犯情にも悪質なものがあるというべきである。

(3)  以上で検討した事情に照らすと,被告人の刑責は相当に重いというほかはない。

3  他方,被告人は,いずれの犯行についても罪を認め,反省の態度を示していること,被告人は,本件各犯行のため外務省を懲戒免職となるなど,それなりの社会的制裁を受けていること,本件各犯罪のいずれについても,被告人が主導的な立場に立ってその遂行等に当たったとは認められないこと,判示第1及び第2の各背任については,被告人が起案した各決裁書の決裁手続に関与した被告人の上司らもまた,本件支援委員会資金の支出について,前記のような問題があるにもかかわらず,種々の思惑から,それを容認する姿勢をとっていたことがうかがわれ,この点は被告人の犯情の評価に当たり無視することはできないと考えられること,被告人には前科がなく,その妻が被告人のため裁判所に上申書を提出していること等,被告人にとって酌むべき事情も認められる。

4  そこで,以上の諸事情を総合考慮し,被告人に対しては,主文の刑を量定した上,その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木口信之 裁判官 幅田勝行 裁判官 北村治樹)

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