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東京地方裁判所 平成14年(刑わ)2584号 判決 2003年2月25日

主文

被告人両名をそれぞれ懲役1年に処する。

被告人両名に対し,この裁判が確定した日から3年間それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは,鉄等の商品に関する貿易業,売買業,発電及び電気の供給等を目的とするC株式会社に産業機械部開発・産業プロジェクト第二室チームリーダーとして勤務していたもの,被告人Bは,同社に同開発・産業プロジェクト第二室マネージャーとして勤務していたものであるが,被告人両名は,外務省欧亜局ロシア課ロシア支援室総務班に課長補佐(班長)として勤務し,日本国とロシア連邦等との間で締結された支援委員会の設置に関する協定に基づき,日本国から国際機関である支援委員会に拠出された資金の使用につき,ロシア連邦等の受益諸国に対する具体的支援の実施方法を決定し,それを支援委員会に通報して実施させることに関する企画立案等の事務を担当していたD,同省国際情報局分析第一課に勤務していたE及びC株式会社に産業機械部開発・産業プロジェクト第二室員として勤務していたFと共謀の上,支援委員会事務局発注に係る北方四島住民支援国後島ディーゼル発電施設設置工事(以下「本件工事」ともいう。)の施工業者選定のための一般競争入札に関し,競争意思のある業者の入札参加を断念させる一方,競争意思のない業者を同入札に参加させるとともに,入札予定価格に関する情報を入手した上,その情報を基に,C株式会社が同価格をわずかに下回る金額で入札し,他の入札参加者にはこれを上回る金額で入札させることにより,C株式会社に入札予定価格とほぼ同額の金額で受注を得させようと企て,平成12年2月下旬又は同年3月上旬ころ,東京都千代田区(以下略)G株式会社に電話をかけ,本件工事を受注する意欲のない同社の従業員Hに対し,本件工事の入札に参加してC株式会社に協力するように働きかけ,同人にその旨承諾させるとともに,同年2月下旬又は同年3月上旬ころ,東京都港区(以下略)I株式会社に電話をかけ,本件工事を受注する意欲のない同社の従業員Jに対し,本件工事の入札に参加してC株式会社に協力するように働きかけ,同人にその旨承諾させ,さらに,同年3月10日ころ,東京都千代田区(以下略)C株式会社内において,本件工事の受注意欲を有していたK株式会社の提携先であるL株式会社の従業員Mらに対し,同社がK株式会社との提携を継続すれば,L株式会社の営業に支障が生じることになる旨を申し向け,その旨同人らを困惑させてK株式会社との提携を断念させ,その結果,同社に本件工事の受注意欲を放棄させて入札参加を断念させるなど,競争意思のある業者の入札参加を断念させた上,同月下旬ころ,同区(以下略)支援委員会事務局に電話をかけ,同事務局職員から,本件工事の入札予定価格である19億9400万円を算出する基礎となった積算金額を聞き出し,これらの情を秘して,同月31日,同区(以下略)N内の会議室で実施された本件工事の施工業者選定のための入札において,C株式会社,G株式会社及びI株式会社の3社のみが応札するに当たり,被告人BがC株式会社を代理して本件工事に係る上記入札予定価格をわずかに下回る19億9227万円で入札するとともに,G株式会社及びI株式会社の代理人に,それぞれ被告人Bらが指定した,いずれも19億9227万円を上回る金額で入札させ,本件工事に係る入札執行者である支援委員会事務局にC株式会社を第1交渉順位者として同社との本件工事に係る契約交渉を開始させ,同年4月7日,上記C株式会社内において,支援委員会事務局と同社との間で,請負代金額を19億9227万円とする工事請負契約を締結させ,よって,支援委員会事務局をして競争意思のある者による入札に基づく施工業者選定及び契約締結を不能ならしめ,もって偽計を用いて支援委員会事務局の業務を妨害した。

(量刑の理由)

本件は,C株式会社の従業員である被告人両名が,共犯者らと共謀の上,国際機関である支援委員会事務局発注に係る判示北方四島住民支援国後島ディーゼル発電施設設置工事の施工業者選定のための一般競争入札に関し,Cに入札予定価格とほぼ同額の金額で受注させるために,判示のとおりの態様で,支援委員会事務局の入札業務を妨害したという偽計業務妨害の事案である。

被告人らは,本件工事の入札参加に意欲を見せていたK株式会社を入札から排除するため,Kの重要な提携先であるL株式会社の関係者を呼び出し,O衆議院議員との関係などにも言及しつつ,圧力をかける趣旨の言動に及んで,結局Kとの提携を解消させ,その結果,Kにも入札参加を断念するに至らせて,同社を入札から排除するとともに,Cに対する協力を表明しているG株式会社及びI株式会社を入札に参加させて,競争入札の体裁を整え,さらに,入札予定価格算定の基礎となる積算価格をコンサルタント会社から聞き出そうとしたものの,担当者の協力を得られないとみるや,ロシア等に対する支援事業等を担当する部署に所属する外務省職員である共犯者Dを介し,もとより外部に対して秘密にされていなければならない上記積算価格の情報を支援委員会事務局職員から聞き出して入手し,Cのため,現に予定価格をわずかに下回る金額で入札する一方,G等にはこれを上回る金額で入札させるなどして,結局Cに同社の上記入札金額で本件工事を落札させ,もって,本件入札業務を妨害したものであって,その犯行態様は巧妙かつ悪質というほかはない。

被告人らの本件犯行によって,Cは予定価格の約99.9パーセントという高額で本件工事を落札するという利益を現に享受した一方,競争意思のある者による自由公正な入札に基づいて施工業者を選定し,施工契約を締結するという支援委員会事務局の業務が実際に大きく妨害され,同委員会の利益が損なわれたことは明らかであり,我が国と受益諸国との協定に基づき受益諸国の改革支援等のために設置された国際機関であり,我が国の国庫によって支出された資金によりその活動をまかなわれる支援委員会の公的性格にもかんがみるとき,本件の結果にもまた大きなものがある。

以上のほか,被告人らは,本件の前年に行われた色丹島及び択捉島におけるディーゼル発電施設設置工事の競争入札に当たっても,競争意思のある業者を入札から排除し,競争意思のない業者を参加させて競争入札を形ばかりのものにしようとして,種々の工作をし,本件はいわばそれを引き継いだ方法で行われたなどの事情も,本件の犯情を考察するに当たって看過することはできないところである。

各被告人の個別の役割をみても,被告人Bは,Cで本件工事の受注に係る事務を主として行う担当者の立場にあり,共犯者らや関係者らと積極的に連絡をとって,判示のとおりの本件犯行の実行行為の多くを自ら行うという重要な役割を果たしたことが明らかである。また,被告人Aも,北方領土におけるディーゼル発電施設設置工事に係る情報を,かねて交際があった前記Eから入手して,Cがその受注に向けて活動する契機を作り,その後も,被告人BとDを引き合わせ,折に触れ被告人Bから報告を受けるなどし,特に,本件工事については,被告人Bの所属するチームのチームリーダーとして,同被告人から報告を受け助言するなどするとともに,Lの関係者を呼び出して,被告人Bとともに面談し,Kとの提携を解消するよう自ら圧力をかける言動に及んだり,被告人Bが積算価格を知ることができないでいるとみると,Dに聞いてみたらよいと,不正な手段で積算価格に関する情報を得るようしょうようするなど,本件犯行の遂行の上で重要な役割を果たしたことが明らかである(被告人Aの弁護人の主張中には,この認定と異なる前提に立って,本件における同被告人の役割が小さかったという趣旨を主張する部分があるが,採用することはできない。)。

このような本件の経緯,態様の悪質さ,結果の重大性及び被告人らそれぞれの役割の重要性等の諸事情に照らすとき,各弁護人が指摘するように,かねてODAの入札案件については,業者間で実質的な競争を排除して受注業者をあらかじめ絞り込む工作が行われることが少なからずあったことが,本件の一つの背景事情となっているようにうかがわれるなどの事情を考慮してもなお,被告人らの刑責はいずれも重いといわざるを得ない。

他方,被告人両名は,本件犯行を認め,反省の態度を示していること,被告人両名はいずれも,本件犯行によって個人的な利得を得たものではないこと,被告人両名にはいずれも前科がないこと,被告人Aの知人や被告人Bの妻が,公判に出頭して,それぞれの被告人のため証言していること等,被告人らにとって酌むべき事情が認められる。

そこで,以上の諸事情を総合考慮して,被告人両名に対しては,それぞれ主文掲記の刑を科した上,いずれもその刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木口信之 裁判官 幅田勝行 裁判官 北村治樹)

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