東京地方裁判所 平成14年(刑わ)410号 判決 2003年5月06日
主文
被告人を懲役6年に処する。
未決勾留日数中300日をその刑に算入する。
理由
(犯行に至る経緯等)
1 被告人は,昭和49年4月ころから,「二穣師女(にじょうしめ)」と名乗り,気学及び運命鑑定の会である二穣会を主宰していた。
Aは,かつて被告人の夫であった者であるが,「二穣東輝」と名乗って二穣会で活動するようになり,昭和56年か57年ころには,「念金」と称して,会員から金員を預かるようになり,被告人がこれを保管していた(被告人が述べるところによれば,「念金」とは,その人にとって,最高の数字である素数に基づいて預かった金員を,精魂込めて浄化するというもので,気学において神聖な行事であるという。)。ところが,Aは,被告人が保管していた念金等を持ち出すようになり,昭和63年ころには,Aが持ち出した金員の総額は少なくとも1億数千万円に達し,二穣会の会員からの念金の返還要求に応じることができなくなった。
そこで,被告人は,同会の会員や知人から借金をしたり,新たに念金をすると称して金員を預かるなどして,別の会員に対する念金の返還や借金の返済に充てる自転車操業を繰り返すようになった。
そのため,被告人は,二穣会の会員から念金として預かった金員の返還を求める民事訴訟を提起されるようになり,平成9年3月26日には,二穣会の会員であったBから念金として預かった金1億3500万円の返還を求められた民事訴訟について,被告人がBに対し金1億1700万円を支払って和解が成立した。もっとも,被告人は,他の会員から念金と称して金員を預かったり,借金をするなどして,上記和解金を支払うなどしたため,今度は,その念金の返還や借金の返済に窮するようになった。
2 他方,Cは,平成8年1月に,すい臓がんを患っていた夫が45歳で死去した後,3人の子供及び亡夫の母親とともに,甲市内の居宅で暮らし,亡夫が遺した預貯金約2億5000万円を管理していた。
Cは,夫を亡くしたことで大きな精神的ショックを受け,体調もすぐれなかったところ,同年秋ころ,二穣会の会員であった知人のDから被告人を紹介された。夫を亡くしたCの体調や精神状態がすぐれないことを知った被告人は,Cに対し,「ご主人が亡くなる前に知り合っていたら,癌を治してあげたのに。」とか,「二穣会でやっているお採水(被告人の説明によると,運気のよい方位に行って水をくみ,その水を飲むこと。)をすれば元気になる。」などと言った。
そして,Cは,平成9年6月16日,二穣会への入会を申し込み,同会の会員となった。
(犯罪事実)
被告人は,二穣会の会員に対する念金の返還や借金の返済に窮していたことから,同会の会員となったCから金員を詐取しようと企て,
第1平成9年6月下旬ころ,甲市a丁目b番c号D方において,いわゆる念金浄化をする意思がなく,かつ真実は受領する金員を自己の用途に費消する意図であり,確実に返還する意思及び能力がないのにその情を秘し,前記Cに対し,「中国の西安にいる御高祖師にお願いして現金を念じてもらえば,運気が伸びます。運気を伸ばすためには,念金浄化が一番いいですよ。今年の8月3日に成田から西安に現金を運びますので,それまでに3800万円を用意しなければなりません。」などと嘘を言い,上記Cをしてその旨誤信させ,よって,同年7月24日,上記D方において,上記Cから現金3800万円の交付を受け
第2同年7月下旬ころ,前記D方において,前同様の意図であるのにその情を秘し,前記Cに対し,「地相・家相が悪いため子供に学問や健康面で不幸が起こるから,子供たちにも念金浄化した方がいい。私が御高祖師の使者に手渡します。」旨の嘘を言い,上記Cをしてその旨誤信させ,よって,同年8月27日,前記D方において,上記Cから現金4450万円の交付を受け
第3同年12月ころ,甲市e丁目f番g号前記C方に電話をかけるなどして,同人に対し,真実は受領する金員を自己の用途に費消する意図であり,確実に返還する意思及び能力がないのにその情を秘し,前記Cに対し,「(Cが預金をしている)乙銀行はもう倒産する。自分の叔父が丙銀行の頭取をしているので分かる。私に預けておけば安心だから。」などと嘘を言い,上記Cをしてその旨誤信させ,よって,同年12月26日ころ,前記D方において,上記Cから現金300万円の交付を受け
第4平成10年2月上旬ころから同年4月下旬ころまでの間,数回にわたり,前記C方に電話をかけるなどして,同人に対し,真実は前同様の意図であり,確実に返還する意思及び能力がないのにその情を秘し,「私が,いつ潰れるか分からない銀行から下ろしたお金を預かってあげる。お兄さんやお父さんが狙っているので,それから私がお金を守れる。」などと嘘を言い,上記Cをしてその旨誤信させ,よって,同年4月28日ころ,東京都内を走行中のタクシー内で,上記Cから現金3800万円の交付を受け
もって,人を欺いて財物の交付をさせたものである。
(証拠の標目)
略
(補足説明)
1 弁護人は,(1)判示第1,第2の各事実については,いずれも,被害者から公訴事実記載の各金員を受領したことは認めるが,その際,自己の用途に費消する意図はなく,念金浄化の祈祷をした後,被害者にこれを返還する意思及び能力はあったし,被害者に対し公訴事実記載の欺罔文言を言ったこともない,(2)判示第3の事実については,被害者から公訴事実記載の現金300万円を受領したことはなく,被害者に対し公訴事実記載の欺罔文言を言ったこともない,(3)判示第4の事実については,被害者から公訴事実記載の現金3800万円を受領したことは認めるが,その際,自己の用途に費消する意図はなく,後日被害者から求められればこれを返還する意思はあったし,被害者に対し公訴事実記載の欺罔文言を言ったこともない旨主張している。被告人は,捜査段階においては,「念金返還や借金返済に使うつもりなのに,Cさんには,『念金をする』とか『きちんと保管する』などと嘘を言って,Cさんを欺いてしまった。」旨の供述(乙12)もしていたが,当公判廷においては,弁護人の上記主張に沿う供述をしている。なお,弁護人は,被告人の警察官調書のうち7通(乙3ないし9)について,警察での取調べには無理があったとして任意性を争い,警察での取調状況について,「取調べを担当した警察官は,被告人の言うことが被害者側の言うところと食い違うと,机に手帳や書類などを叩きつけ,『詐欺師,ペテン師,大嘘つき。嘘もいい加減にしろ。』などと30回ほども繰り返し怒鳴りつけ,被告人が怯えていると,被害者側の話したとおりの筋書きを作り上げて,被告人がそのように供述したようにパソコンで調書を書き上げ,署名指印をするよう指示した。被告人が,調書の内容が自分が供述したところと違うので,署名指印を拒んでいると,『この世にばあさんは死ななきゃ出られないんだ。もう一生出られないからな。』などと言われた。被告人は,当時も糖尿病で体力が弱く,しかも,老齢のため,連日声を出して怒鳴られ,恐怖の余り神経が不安定になり,血糖値や血圧が異常に上がり,ショックで2,3日声が出なくなったことなどから,体力の限界を感じ,調書に署名指印してしまった。」などと主張し,被告人も当公判廷においてこれに沿う供述をしている。しかしながら,被告人には捜査段階から弁護人が選任されていた上,上記の警察官調書の中には,判示第3の300万円の受領を否認する内容の調書(乙5)が含まれていることや,被告人が念金等の返還に窮するようになり,二穣会の会員や知人から借金をしたり,新たに念金をすると称して金員を預かるなどして,別の会員に対する念金の返還や借金の返済に充てるようになった発端は被告人の元夫が念金等を持ち逃げしたことにある旨の供述(乙4)など被告人の言い分に沿った内容が含まれていること等に照らすと,警察での取調状況が弁護人の主張するようなものであったとはいえず,上記警察官調書7通(乙3ないし9)の任意性に疑いがあるとは認められない。
2 本件当時における被告人の財産状況等について
この点につき,関係証拠によれば,次の事実が認められる。
被告人は,かつて夫であったAが,被告人が保管していた念金等を持ち出すようになり,昭和63年ころには,Aが持ち出した金員の総額は少なくとも1億数千万円に達し,二穣会の会員からの念金の返還要求に応じることができなくなったため,同会の会員や知人から借金をしたり,新たに念金をすると称して金員を預かるなどして,別の会員に対する念金の返還や借金の返済に充てるようになり,平成9年3月には,会員から念金と称して預かった金員や借入金をBに対する和解金(1億1700万円)の支払に充てたため,今度は,その念金の返還や借金の返済を迫られることとなった。
被告人の基本的な収入は二穣会の月会費及び運命鑑定によるもので,平成10年ころの会費収入は1か月50万円ないし100万円位(特別会費が入った月でも200万円位)であった。
被告人は,東京都内の借家に1人で居住しており,二穣会の月会費及び運命鑑定による収入から,20万円余りの家賃のほか,食費,公共料金,糖尿病の治療費等を支出していた。
被告人のめぼしい資産は,辛市内にある同人所有の山林のみであった。当時の時価は明らかではないが,Cが本件に関連する民事訴訟の勝訴判決を得て上記山林について申し立てた強制競売手続における売却価格は459万8000円であった。
これに対し,被告人は,当公判廷において,平成9年2月ころ,二穣会会員の温情により,上記山林を1億2000万円ないし1億4000万円で任意売却する話があった旨供述しているが,たとえ任意売却であっても当時そのような価格で売却可能であったとはおよそ考えがたいし,被告人自身が,捜査段階において,当時上記山林の買い手がすぐに見つかる状況ではなかった旨供述していたこと(乙11)とも矛盾している。従って,被告人の上記公判供述は信用できない。また,被告人は,当公判廷において,7000万円前後のいわゆる「たんす預金」があったとも述べているが,捜査段階において,「当時手持ちの金はなかった。」旨述べたこと(乙11)と矛盾している上,もしそのような「たんす預金」があったとすれば,Bに対する和解金の大部分を「たんす預金」によってまかなうことが可能であったはずであるが,平成9年3月当時の入金状況(甲58)や被告人の捜査段階の供述(乙11)等に照らすと,上記和解金の原資は他の二穣会会員から預かった念金や借入金であると認められる。従って,被告人の上記公判供述は信用できない。
3 本件の事実経過について
(1) 判示第1,第2についての事実経過
Cは,当公判廷において,二穣会に入会し,判示第1,第2の各金員を被告人に交付するに至った経緯について,概略次のとおり証言している。
「平成8年1月にすい臓がんを患っていた夫が45歳で死去したことに大きな精神的ショックを受け,体調もすぐれなかったところ,同年秋ころ,二穣会の会員であった知人のDから被告人を紹介された。その際,被告人は,Cに対し,『自分は,松本城主の末裔で,E医大に入ったが,途中からF大学に行き,その後,中国の西安に行って,御高祖師という,120歳位の中国の高僧に付いて気学を勉強した。二穣会は,気学を基にした会で,著名な俳優や政治家が会員となっており,めったに入れない特別な会である。』などと言った(その際,著名人の実名を数名挙げていた。)。また,被告人は,Cの夫が癌で亡くなったのを知っていたようであり,『ご主人が亡くなる前に知り合っていたら,癌を治してあげたのに。』とか,『二穣会でやっているお採水をすれば元気になる。お採水とは,運気のよい方位に行って水をくみ,その水を飲むことである。』などと言った。その時点では,月謝が高く,めったに入れないということを聞いていたので,入会しようとは思わなかった。その後,Dの誘いにより,平成9年6月16日に,Dの家で,被告人と会った。そのときDも同席していた。このとき,被告人から,二穣会の会員になりたがっている有名人も一杯いるが,御高祖師様があなたを特別に助けるとおっしゃったなどと言った。医者に通っていたがなかなか体調がよくならない状況にあったことなどから,月3万円の会費はちょっと高いと思ったが,それで自分が元気になれればという気持ちで,同日,二穣会に入会した。
同月末ころ,D方で,被告人から,C家の鑑定をしたとする鑑定証と『高祖師』作成名義の念金を許す旨の文書を渡され,その際,被告人から,『地相,家相が最悪なので,平成14年の50歳の時に死ぬ。』と言われた。もともと体が丈夫でなかった上,夫が亡くなった後も体調がすぐれなかったので,もしかしたら本当に死んでしまうかもしれないなどと思った。そして,被告人から,『中国の西安にいる御高祖師にお願いして現金を念じてもらえれば,運気が伸びます。運気を伸ばすためには,念金浄化が一番いいですよ。今年の8月3日に成田から西安に現金を運びますので,それまでに3800万円を用意しなければなりません。』と言われた。また,被告人から,3800万円のお金は,御高祖師に念じてもらった後,返してもらえる旨の説明があった。子供たちが一人前になるまでは元気でいなければならないという気持ちが強かったため,念金浄化をしてもらうことによって,運気が伸びて死ななくて済むなら,そうしてもらおうという思いから,念金をしようと決意した。そして,同年7月24日,乙銀行G支店の口座から3800万円を下ろした後,同日,D方でその現金を被告人に渡した。
同月末ころ,D方において,被告人から,子供の念金について記載された書面を渡された際,子供たちの運命について,『地相,家相が悪いので,健康は害するし,進学も失敗する。C家は男の人は早死になので,長男の達三君もあまり長生きできない。』『私が御高祖師の使者に手渡します。』などと,子供たちについても念金浄化をするよう言われた。子供たちの将来がかかっているので,子供たちにも念金浄化をしてもらうことにした。その後,被告人から,子供たちの念金を銀行から下ろすときに,同じ銀行から何度も下ろすと疑われるので,先に他の銀行に口座を作って振込んでおくように言われた。そこで,同年8月22日,丁銀行甲支店に新しい口座を開設する一方,同月25日,乙銀行の定期預金を解約して,5400万円余りを丁銀行甲支店に開設した新しい口座に移し替えた。そして,同月27日,丁銀行甲支店の口座から,被告人が言っていた子供たちの念金の合計額である4450万円を下ろし,同日,D方でその現金を被告人に渡した。被告人は,この4450万円を必ずお返ししますと言っていた。」。
Cの上記証言の内容は,二穣会に入会し,判示第1,第2の各金員を被告人に交付するに至った経緯について,当時の心情も交えて具体的に語っている上,Dの証言や,資金捜査報告書(甲4の同意部分),二穣会や念金等に関する書面(甲14ないし20)の記載内容とも符合している。また,Cは,被告人に対し,念金等の返還を求めて本件と関連する民事訴訟を提起していた者であるが,Cの上記証言に現われている被告人の発言内容は,特異な内容を含んでおり,到底Cが創作できるようなものとは認められない。その他,Cが被告人を罪に陥れるためにことさら虚偽の供述をしたことを疑わせるような事情は見当たらない。
以上によれば,Cの上記証言の信用性は高い。
そして,関係証拠によれば,被告人は松本城主の末裔ではなく,E医大やF大学で学んだこともないことが認められる。従って,被告人が,これらの点について,Cに対し,虚偽の事実を告げたことが認められる。
また,中国の西安において念金浄化をする者とされる御高祖師なる120歳位の高僧が実在しないことは,当事者間においても争いがないところである。
(2) 判示第3についての事実経過
この点,Cは,判示第3の300万円を被告人に交付した経緯について,概略次のとおり証言している。
「平成9年12月ころ,被告人から電話で,『(Cが預金をしている)乙銀行はもう倒産する。自分の叔父が丙銀行の頭取をしているので分かる。私に預けておけば安心だから。』などと言われ,乙銀行から預金を下ろして被告人に預けることにした。その際,被告人は,そのお金は念金と違うので,銀行と同じようにいつでも出せると言われた。
そして,乙銀行G支店で約1億3000万円の預金全額を下ろすつもりでいたところ,被告人から,「私が一緒に叔母ということでついていってあげます。」と言われた。そして,同月26日,被告人と共に同支店に赴き,預金を全額下ろそうとしたところ,支店長から,『暮れだから急に言われてもそんな大金は下ろせないし,銀行の成績にもかかわる。』などと言われ,預金全額を下ろすことは断られた。そうしたところ,隣に座っていた被告人から,『せっかく私が来たからには300万円だけでも下ろしましょう。』と言われたため,371万円余りの定期預金を解約し,その後,D方でそのうち300万円を被告人に渡した。」。
そこで,Cの上記証言の信用性について検討する。まず,Cが,平成9年12月26日に乙銀行G支店において371万円余りの定期預金を解約したことは客観的な証拠(甲4の同意部分)によって裏付けられている上,その際,被告人は,預金解約のため同支店に赴いたCに同行し,同支店の応接室でも同席していたことは被告人自身も認めている(被告人の当公判廷における供述,乙5)。この点,被告人は,上記応接室内で定期預金の解約手続や現金のやりとりがなされたのを見ていない旨供述しているが,被告人の述べるところによっても,その応接室は3,4畳くらいの狭い部屋で,被告人が途中で席を外したこともなかったというのであるから,上記応接室内で定期預金の解約手続や現金のやりとりがなされたのを見ていないとの被告人の供述は不自然というほかない。さらに,上記300万円の交付については,二穣師女作成名義の覚書(甲23)の記載内容とも符合していること(しかも,Cがこのような書面をあえてねつ造したことを疑わせる事情は見当たらない。)。また,被告人が,上記定期預金解約の1か月余り後の平成10年2月初旬に,二穣会の会員などに対し,金400万円,金1400万円といった高額の返済をしている。以上の事実を総合すれば,Cの上記証言の信用性は高い。もっとも,Dは,同人方において,Cが被告人に現金300万円を交付したのを見ていない旨証言しているが,Dは,被告人とCがいる場所からたびたび席を外してお茶を入れたり,トイレに行くなどしていたというのであって,Dが上記300万円の交付を見ていなかったとしても,何ら不自然ではなく,Cの上記証言の信用性は動揺しない。
そして,関係証拠によれば,本件当時,乙銀行が倒産の危機に瀕していなかったこと,被告人には丙銀行の頭取をしている叔父などいないことが認められる。従って,被告人が,これらの点について,Cに対し,虚偽の事実を告げたことが認められる。
(3) 判示第4についての事実経過
この点,Cは,概略次のとおり証言している。
「平成9年12月以降も,被告人から,『私に(預金を)全部預ければ守ってあげる。』などと言われ,平成10年1月26日,被告人及び同人の甥と一緒に,預金を全額下ろすため,乙銀行G支店に赴いたが,そこで待っていたCの父親や兄などの親族たちから預金の全額引き下ろしを反対され,預金を下ろすことはできなかった。その際,被告人に相談したところ,別の支店に預金全額を移すように助言され,同支店に預金していた約1億3000万円を同銀行H支店に移した。その後,Cは,被告人から,Cの兄に尾行されるなどの嫌がらせをされた旨何度も言われた。そして,同年2月27日付で,被告人の指示により,『両親及び兄夫婦とは今後一切交渉を持ちたくありません。』などという内容の念書を書かされ,親族から孤立した。
その後,同年2月ころから,被告人から電話で,『乙銀行が倒産するのがわかっているので,とにかく(預金を)下ろして私が守ってあげるし,お兄さんやお父さんがねらっているので,それから私がお金を守れるから。私に預けておけば,子供たちもちゃんと立派に育てて,一人前にできるようになるから。』,『私が,いつ潰れるか分からない銀行から下ろしたお金を預かってあげる。』などと繰り返し言われた。さらに,被告人から,『乙銀行が倒産しそうなので,もっと大きいしっかりした銀行,東京の大手の銀行に預けなさい。』と言われた。そこで,同年3月27日,乙銀行H支店で預金全額を解約し,戊銀行I支店に開設した口座に送金した。その後,被告人の指示に従い,同年4月28日,この口座から3800万円を下ろして,東京都内を走行中のタクシー内で被告人にこれを渡した。」Cの上記証言は,極めて具体的に,判示第3から第4に至る経緯について語っており,迫真性に富んでいる上,念書(甲24)や覚書(甲25)の記載内容とも符合し,乙銀行G支店に預金していた約1億3000万円を同銀行H支店の口座に移し,さらに,この口座を解約して戊銀行I支店に送金した点については,客観的な証拠(甲4の同意部分)によって裏付けられている。
以上によれば,Cの上記証言の信用性は高い。
これに対し,被告人は,判示第4の3800万円について,この金員は,Cが,同人の親族が被告人に迷惑をかけたので,迷惑料として渡そうとしたものであったが,迷惑料としては受け取れないので,これを預かった旨弁解している。しかしながら,そもそもCが3800万円もの大金を迷惑料として支払うような事情は全く見当たらないのであって,被告人の弁解は信用できない。
4 被告人が,Cから判示各金員の交付を受ける際,これを自己の用途に費消する意図であり,確実に返還する意思及び能力がなかったこと(さらに,判示第1,第2については,いわゆる念金浄化をする意思もなかったこと)について
前記認定のとおり,被告人は,本件の約10年前である昭和63年ころには二穣会の会員からの念金の返還要求に応じることができなくなり,以降,同会の会員や知人から借金をしたり,新たに念金をすると称して金員を預かるなどして,別の会員に対する念金の返還や借金の返済に充てる自転車操業に陥り,平成9年3月には,会員から念金と称して預かった金員や借入金をBに対する和解金(1億1700万円)の支払に充てたため,今度は,その念金の返還や借金の返済に窮するようになっていたものである。そして,関係証拠(甲58等)によれば,被告人は,Cから判示第1,第2,第4の各金員の交付を受けた直後ないし比較的近接した時期(概ね1か月以内)に,別の会員に対する念金の返還や借金の返済のため高額の出金をしている。また,判示第3の300万円については,その交付を受けた直後には100万円を超える高額の出金はないものの,その1か月余り後の平成10年2月初旬には,金400万円,金1400万円といった高額の返済がなされている。以上の事実に加えて,本件当時における被告人の財産状況等(前記2)や本件の事実経過(前記3)にも照らせば,被告人がCから判示各金員の交付を受ける際,これを自己の用途に費消する意図であり,確実に返還する意思及び能力がなかったこと(さらに,判示第1,第2については,いわゆる念金浄化をする意思もなかったこと)が優に認められる。
5 結論
以上によれば,被告人が,Cから金員を詐取しようと企て,真実は受領する金員を自己の用途に費消する意図であり,確実に返還する意思及び能力がないのにその情を秘し(なお,判示第1,第2については,Cから受領する金員につき,いわゆる念金浄化をする意思がなかったのにその情を秘していたことも認められる。),Cに対し,判示の各欺罔文言を告げて,同人から,4回にわたり,現金を詐取したことは明らかである。
(法令の適用)
略
(量刑の理由)
本件は,気学及び運命鑑定の会を主宰していた被告人が,会員に対する念金の返還や借金の返済に窮していたことから,同会の会員であった被害者に対し,真実は受領する金員を自己の用途に費消する意図であり,確実に返還する意思及び能力がないのにその情を秘し,「運気を伸ばすためには,念金浄化が一番いい。」,「地相・家相が悪いため子供に学問や健康面で不幸が起こるから,子供たちにも念金浄化した方がいい。」旨嘘を言ったり,「(被害者が預金を有している)銀行の経営が危ない。私が,いつ潰れるか分からない銀行から下ろしたお金を預かってあげる。」旨嘘を言い,被害者をしてその旨誤信させ,前後4回にわたって合計1億2350万円の現金を騙し取ったという事案である。
被告人は,気学及び運命鑑定の会を主宰していたところ,念金の返還や借金の返済に窮していたところ,同会の会員や知人から借金をしたり,新たに念金をすると称して金員を預かるなどして,別の会員に対する念金の返還や借金の返済に充てる自転車操業を繰り返した挙げ句,被害者が,夫を亡くしたことで大きな精神的ショックを受け,体調もすぐれなかったことなどにつけ込み,繰り返し被害者から高額の現金を騙し取ったもので,本件の一連の経緯において,被害者をして同人の預金を別の支店や銀行に移し替えさせたり,親族から孤立させていることなどにも照らせば,本件は執拗かつ卑劣な犯行というほかない。弁護人は,本件犯行の手口は稚拙である旨主張しているが,被害者が,本件当時,夫を亡くして心身共にすぐれない状況にあったことや本件の事実経過などに照らすと,苦しい状況にある人間の心の弱さや不安に巧みにつけ込んだ犯行ということができる。被害者に大きな落ち度があったとも認められない。
本件被害総額は合計1億2350万円と非常に高額であり,結果も重大である。
被害者は,本件に関連する民事訴訟を提起し,勝訴判決を得て被告人が所有する山林について強制競売を申し立てたが,その手続によって配当を受けた金額は,手続費用を除くと35万円余りにすぎない。
被告人は,捜査段階においては,検察官の取調べに対し,被害者を騙したことを認め,反省の弁を述べていたものの,当公判廷においては,不合理な弁解をしており,現在,真摯な反省の態度が示されているとは言い難い。
以上によれば,被告人の刑事責任は重い。
もっとも,他方,被告人が念金等の返還に窮するようになった発端は,被告人の元夫が念金等を持ち逃げしたことにあったこと,被告人には前科がないこと,被告人が現在73歳と高齢であることや健康状態等,被告人のために酌むべき事情も認められる。
そこで,以上の諸事情を総合考慮し,主文の刑が相当と判断した。
(求刑 懲役8年)
(裁判官 早川幸男)