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東京地方裁判所 平成14年(合わ)237号 判決 2002年11月15日

主文

被告人A1を懲役3年6月に,被告人A2を懲役3年に,被告人A3及び被告人A4をいずれも懲役2年6月に処する。

未決勾留日数中,被告人A1に対しては240日を,被告人A2に対しては120日を,被告人A3及び被告人A4に対してはいずれも130日を,それぞれその刑に算入する。

被告人4名から,押収してある偽造1万円紙幣2枚を,被告人A1から,押収してある偽造1万円紙幣8枚を,それぞれ没収する。

理由

(罪となるべき事実)

第1被告人4名は,B及び弁論分離前の相被告人Cらと共謀の上,

1  平成14年1月7日午後4時23分ころ,東京都新宿区ab丁目c番d号所在のDの1階にある化粧品等販売店株式会社EF店内において,被告人A3が,同店店員Gに対し,購入したシャンプー1個の代金892円の支払として,偽造に係る金額1万円の日本銀行券1枚を真正なものとして手交し,もって偽造の銀行券を行使した。

2  同日午後4時28分ころ,前記Dの1階にある化粧品等販売店株式会社HD店内において,被告人A1が,同店店員Iに対し,購入したネイル用品1個の代金399円の支払として,偽造に係る金額1万円の日本銀行券1枚を真正なものとして手交し,もって偽造の銀行券を行使した。

第2被告人A1は,Bと共謀の上,

1  同月8日午後1時53分ころ,静岡県e市f町g番h号所在の化粧品等販売店J店内において,同店店員Kに対し,購入したタオル1枚の代金525円の支払として,偽造に係る金額1万円の日本銀行券1枚を真正なものとして手交し,もって偽造の銀行券を行使した。

2  同日午後1時50分ころから同日午後2時5分ころまでの間に,e市f町g番i号所在の文房具店株式会社LM店店内において,同店店長Nに対し,購入した封筒1袋の代金367円の支払として,偽造に係る金額1万円の日本銀行券1枚を真正なものとして手交し,もって偽造の銀行券を行使した。

3  同日午後1時50分ころから同日午後2時5分ころまでの間に,e市f町g番j号所在の酒類等販売店株式会社O店内において,同店店員Pに対し,購入した煙草2箱の代金560円の支払として,偽造に係る金額1万円の日本銀行券1枚を真正なものとして手交し,もって偽造の銀行券を行使した。

4  同日午後1時50分ころから同日午後2時5分ころまでの間に,e市f町k番l号所在の書籍販売店株式会社Q書店店内において,同社社員Rに対し,購入した週刊誌1冊の代金320円の支払として,偽造に係る金額1万円の日本銀行券1枚を真正なものとして手交し,もって偽造の銀行券を行使した。

5  同日午後1時50分ころから同日午後2時5分ころまでの間に,e市f町m番n号所在の医薬品等販売店S店内において,同店経営者Tに対し,購入した胃腸薬ドリンク1本の代金420円の支払として,偽造に係る金額1万円の日本銀行券1枚を真正なものとして手交し,もって偽造の銀行券を行使した。

6  同日午後1時50分ころから同日午後2時5分ころまでの間に,e市f町o番p号所在の青果等販売店株式会社Uスーパー店内において,同社代表取締役Vに対し,購入したみかん1袋の代金262円の支払として,偽造に係る金額1万円の日本銀行券1枚を真正なものとして手交し,もって偽造の銀行券を行使した。

7  同日午後1時50分ころから同日午後2時5分ころまでの間に,e市f町q番r号所在の事務用品等販売店合資会社W店内において,同店店員Xに対し,購入した便せん1冊の代金315円の支払として,偽造に係る金額1万円の日本銀行券1枚を真正なものとして手交し,もって偽造の銀行券を行使した。

8  同日午後1時50分ころから同日午後2時5分ころまでの間に,e市f町q番s号所在の弁当等販売店株式会社YM店店内において,同店店員Zに対し,購入したペットボトル入り茶3本の代金441円の支払として,偽造に係る金額1万円の日本銀行券1枚を真正なものとして手交し,もって偽造の銀行券を行使した。

(事実認定の補足説明)

1  被告人A4の弁護人は,判示第1の各犯行(以下,この項においては「本件各犯行」という。)について,被告人A4は実行行為をしておらず,他の被告人との間で共謀もしていないから,同被告人には,共同正犯は成立せず,教唆犯又は幇助犯が成立するにとどまる旨主張している。そこで,当裁判所が,同被告人について共同正犯の成立を認めた理由を補足して説明する。

2  関係各証拠によれば,被告人A4と本件各犯行との関わりは,以下のとおりであったと認められる。すなわち,被告人A4は,

(1)  平成14年1月6日午後7時ころ,知人の被告人A2及び被告人A2の知り合いであるCから池袋のファミリーレストランに呼び出されて,偽造1万円札を見せられた上,「偽1万円札で買い物をする仕事をしないか。」,「おれたちもやってきたけど,全然気づかれなかった。100枚やってもらえれば,10万円を出す。」「だめなら人を紹介してくれれば紹介料を支払う。」などと誘われたが,犯行が発覚する危険を考えると自分自身が偽札の行使役となることについては躊躇を覚えたので,その場では,「自分がだめだったら誰かを当たってみる。」などと返答して,被告人A2らと別れた。

(2)  その後,当時金銭に窮していた知人の被告人A1に数回にわたって電話をかけ,「いい仕事がありますよ。」,「偽の1万円札ですが,かなりよくできています。私も見ましたが,すかしも入っています。100枚使ったら,10万円貰えるという話です。既に使った人がいて,全然大丈夫だったということです。」などと言って,偽造1万円札の行使役となるように誘い,被告人A1の承諾を得た上,被告人A2に対し,1人やってくれる人が決まったなどと連絡をし,また,被告人A2から,偽造1万円札の行使を同月7日に行うこと,その集合場所及び集合時刻を知らされた上,犯行に用いる車を調達するように依頼を受け,これを了承した。

(3)  同月7日午前10時30分ころ,被告人A1と新宿のレンタカー営業所で待ち合わせ,自己の名義でレンタカー1台を借り受け,その代金を支払った上,他の共犯者らとの集合場所である新宿のファーストフード店に向かい,そこで被告人A2,C,及びCから偽札の行使役として誘われた被告人A3らと落ち合って,同人らに被告人A1を紹介した。そして,自分は別の仕事があるとして,当日の犯行の実行役となることは断ったが,被告人A2が当日の犯行の役割分担や偽造1万円札を使う際の注意事項等を説明している際にその場に留まり,被告人A2,同A1らが被告人A4の借りた上記レンタカーに乗り込んで犯行現場へ出発した後,その場を離れた。

(4)  同日被告人A2らが千葉県内や本件各犯行を含む東京都内の数箇所で偽造1万円札を行使して買い物をしている際,数回にわたって被告人A2や被告人A1と犯行状況について電話で連絡を取り合ったほか,その夜,被告人A2と数回にわたって電話で連絡を取り合い,被告人A1が偽造1万円札を50枚ほど使ったこと,被告人A4の報酬は1万円と決まったが今度会ったときに払うことなどの報告を受けるとともに,翌8日にも偽造1万円札で買い物をすること,その実行役は被告人A1であること,翌日の集合時間が変更になったことなどを聞いた。また,その夜,被告人A1とも電話で連絡を取り合い,明日も頼むなどと激励した上,翌8日の集合時間が変更されたことなどについて話し,さらに,同月8日朝にも被告人A1に電話をかけ,同人がCなどと無事に落ち合えたかを確認するなどした。

2  そこで,以上の事実を前提として検討するに,被告人A4は,被告人A2から本件各犯行を含む当日の偽1万円札行使の計画を具体的に知らされていた上,被告人A2に対し,偽造1万円札の行使役として自分の身代わりに被告人A1を紹介しているのであるから,本件各犯行の共謀の成立過程において不可欠な役割を果たしたということができる。そして,偽造1万円札を大量に行使するには広範囲に渡って移動することが必要不可欠であるところ,被告人A4は,レンタカーの調達という重要な準備活動を自ら行っており,本件各犯行当日のファーストフード店における打合せにも,被告人A1を伴い,実行役が上記レンタカーで出発するまで自ら立ち会っている。さらに,被告人A4は,本件各犯行によって被告人A2から報酬を貰うことになっていたほか,本件各犯行当日の首尾や自分が紹介した被告人A1の働きぶり等に大きな関心を寄せていたことも認められる。

以上を総合すると,被告人A4は,自己の犯罪として本件各犯行に加功し,その結果の実現に必要不可欠な役割を果たしたということができるから,同被告人について共同正犯が成立することは明らかである。弁護人の主張は採用できない。

(量刑の理由)

1  本件は,被告人4名が,共犯者と共謀の上,東京都内のデパートにおいて,偽造1万円札を2回にわたって行使(判示第1の各犯行)し,その翌日,さらに被告人A1が,共犯者と共謀の上,静岡県内の商店街において,偽造1万円札を8回にわたって立て続けに行使(判示第2の各犯行)した事案である。

2  まず,本件各犯行で用いられた偽造1万円札は,手触りや色合いが真券と若干異なるものの,一見しただけでは容易に真贋を判別し難い外観を有しており,すかしまで施されていて,実に精巧に偽造されたものである。そして,被告人らは,外国人の共犯者から偽造1万円札で買い物を行うように持ち掛けられるや,順次意思を通じ合わせて共謀を成立させた上,犯行に用いるレンタカーを借りるなどの事前準備を行い,防犯カメラがありそうな店は避ける,偽造紙幣に指紋が付かないように気を付ける,怪しまれたら小銭を出すなどと事前に事細かな打合せをし,偽造紙幣を実際に行使する役と見張り役とに役割を分担するなどして,周到に犯行に臨んだものであって,本件各犯行は,いずれも計画的かつ組織的に敢行されたものと認められる。偽造通貨の行使は,それ自体,通貨に対する社会的信用を著しく阻害し,我が国の通貨秩序を根底から脅かす重大かつ悪質な犯罪であるところ,判示第2の各犯行の被害者の中には警察から問い合わせを受けるまで偽造通貨であることに気が付かなかった者も複数認められるのであって,通貨に対する社会的信用が現実に阻害された程度は大きい。また,被告人A2及びCは,外国人の共犯者から最初に誘いを受けた際,ビニール袋に入れられた大量の偽造1万円札を見た旨供述しており,判示第2の各犯行については,犯行後,被告人A1らが乗っていた自動車の内部から100枚以上の偽造1万円札が実際に発見されている上,本件各犯行で用いられた偽造1万円札と同種の偽造紙幣は今までに全国各地から合計2000枚近く発見されているというのであり,本件各犯行には,大がかりな組織的背景があることがうかがわれ,その反社会性は極めて顕著であり,この種事案の中においても犯情は著しく悪質である。

3  次に,被告人各人の個別の情状について検討する。

(1)  まず,被告人A1は,かつて所属していた暴力団からの逃亡生活を送る中で生活費に窮した挙げ句,被告人A4の誘いを受けて,報酬欲しさから偽造通貨の行使役となることを了承し,起訴されているだけでも9回にわたって実際に偽造1万円札合計9枚を行使したものであるが,判示第1の犯行の後,その熱心さを評価されて,日本人の共犯者中で最も多額の5万円の報酬を取得し,さらに,判示第2の各犯行の際も,わずか15分ほどの短時間の内に商店街に立ち並んだ店舗8軒において次々と偽造1万円札合計8枚を行使しており,発覚のおそれにも何ら躊躇することなく,誠に積極的かつ大胆な姿勢で犯行に臨んでいる。被告人A1は,被告人A4から本件に加担するよう勧誘を受け,同A2やCから偽造紙幣行使についての指示を受けており,報酬額もこの3者によって決められるままに受け入れていたもので,これらの者との関係においては従属的な立場にあったとも評価できるが,報酬欲しさから自己の意思に基づいて犯行への加担を決意している上,判示第1の犯行後も思いとどまることなく,翌日の判示第2の各犯行に及び,その際には,自己の出身地で土地勘のある静岡県富士市で犯行に及ぶことを決め,共犯者を同行させているのであるから,判示第2の各犯行については実行行為を主導したとすらいえるのである。そうすると,被告人A1を組織的犯行の末端と評価することは妥当ではなく,偽造紙幣の行使役という役割の重要性やその行使の態様,通貨に対する社会的信用という法益を実際に侵害した程度をも考慮すると,本件の共同被告人中で,最も重い刑事責任を免れないものである。

(2)  次に,被告人A2は,外国人の共犯者から偽造1万円札の行使を持ち掛けられるや,Cと共に被告人A3や被告人A4に声を掛け,行使のための仲間を募り,共犯者間の連絡を取り持った上,判示第1の各犯行の当日には,あらかじめ実行役の共犯者に対し,犯行に及ぶ際の注意事項を事細かに説明し,実行役の共犯者を犯行現場まで運ぶレンタカーを運転し,これらの者の報酬についてもCと2人で取り決めているのであって,Cと共に判示第1の各犯行について主導的な役割を果たしたものである。また,被告人A2が,被告人A3や同A4に声を掛けたのは,発覚の危険をおそれて,自分自身が実行行為を行うことを避けようとしたものであって,自らの安全の確保のみを図って,他の者を犯罪に巻き込んだという点においても厳しい非難に値するし,被告人A4の報酬分1万円を含めた4万5千円を現実に利得しており,この点においても犯情は芳しくない。そうすると,本件の共同被告人中で,被告人A2の刑事責任は,被告人A1に次いで重いというべきである。

(3)  被告人A4は,被告人A2らに被告人A1を紹介して行使役を担わせたものであって,直接的には犯行に参加していないものの,犯行計画については細部にわたるまで十分に認識していた上,共謀の成立過程で不可欠な役割を果たし,犯行の成否についても直接的な利害関係を有していたのであって,共同正犯の刑責を免れないことは,前記判示のとおりである。そして,被告人A4は,被告人A2らから犯行への加担を誘われた際,その危険性の高さから自分自身が行使役になることは躊躇する一方,なお被告人A1を行使役に据えることで自らも報酬を得ようとしたものであって,他人の犠牲の下で安易に自己の金銭的利得を図ろうとするその姿勢は卑劣というほかない。そうすると,被告人A4の刑事責任は,被告人A1や被告人A2に次ぐものとはいえ,決して軽視できない。

(4)  被告人A3は,偽造紙幣の行使役として判示第1の各犯行に臨み,判示第1の1の犯行を実行した者であるが,本件における行使役の重要さに鑑みると,その果たした役割は小さくない。この点,被告人A3は,当公判廷において,偽造1万円札を現実に見せられて怖くなったが,義理のあるCから行使役となるように言われ,断り切れなかったなどとも供述するが,偽造通貨行使という犯罪の重大性と対比するとき,安易に犯行に加担したとの評価は免れない。また,被告人A3は,偽札を使えば使うほど儲けが多くなると聞かされて本件犯行に加担し,実際に報酬として1万5千円を取得していることも認められるから,その犯行動機に利欲的側面があることは明らかである。そうすると,被告人A3が,被告人A2やCとの関係で従属的な立場にあったことなどを考慮しても,被告人A3の刑事責任は,被告人A4と同様に,決して軽視できない。

(5)  加えて,被告人らは,本件犯行当時,いずれも定職についておらず,暴力団構成員となったり,カード詐欺等の犯罪行為を繰り返すなどの不良な生活状況にあったことがうかがわれる。特に,被告人A1は,長い間,暴力団構成員として活動し,覚せい剤取締法違反等の前科3犯を有し,被告人A2及び同A3も韓国において有罪判決を受けた経験があるとうかがわれ,被告人らの本件各犯行の背景には,このような生活状況等に培われた法規範無視の姿勢があることは明らかである。

4  他方,以下のとおり,被告人らのために酌むべき事情も認められる。すなわち,被告人らは,事実関係を概ね認めた上,被告人A2や同A3においては反省文や上申書を作成しているなど,それぞれに自己の犯した犯行を反省する姿勢を示している。また,本件各犯行で用いられた偽造1万円札は,いずれも行使後間もなく偽造通貨であることが発覚しており,再度の流通に置かれる事態には至っていない。被告人A1については,判示第2の1の犯行により現行犯逮捕された後,捜査機関に対し,判示第2のその余の犯行や判示第1の各犯行についても供述し,事件の解明に寄与したことがうかがわれる。被告人A2については,判示第1の各犯行の被害会社のうち1社とは2万円の賠償金を支払って示談が成立し,もう1社に対しても示談の申入れを行い,その内諾を得ていたことが認められ,また,自分が指名手配になっていることを知った後,東京に赴き,自ら警察に出頭しようとしたこともうかがわれ,これまで国内における前科は傷害による罰金前科1犯しかない。被告人A4については,本件各犯行自体への関与は他の共犯者に比べて薄いということができるし,これまで前科もない。被告人A3についても,現在21歳といまだ若年であり,被告人らの中では従属的な立場にあった上,所属していた暴力団にも脱会届を提出して受理されており,国内における前科は認められない。さらに,被告人A1については妻が,被告人A4については実家の家業を継いだ実弟が,被告人A3については母親が,それぞれ当公判廷に出廷の上,被告人らのそれぞれの今後の監督を約束しており,被告人A2についても逮捕当時の勤務先の上司が,当公判廷において被告人A2を職場に復帰させる用意がある旨述べ,その旨の嘆願書を提出している。

5  しかしながら,本件各犯行の悪質性や重大性に鑑みるならば,上記の被告人らのために酌むべき事情を最大限考慮しても,最も多数の実行行為を積極的に累行した被告人A1や判示第1の各犯行を主導した被告人A2はもとより,これと比較すれば関与の程度が軽い被告人A4や同A3についても,その刑の執行を猶予することは相当と認められないのであって,以上の諸事情を刑期の量定において総合考慮した上,被告人A1については懲役3年6月,被告人A2については懲役3年,被告人A4及び被告人A3については,いずれも懲役2年6月の実刑に処するのが相当と判断した。

(求刑 被告人A1について懲役5年,同A2について懲役4年6月,同A3及び同A4について懲役4年,偽造通貨の没収)

(裁判長裁判官 杉山愼治 裁判官 横山泰造 裁判官 蛯原意)

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