東京地方裁判所 平成14年(合わ)412号 判決 2002年12月16日
主文
被告人を懲役一年に処する。
この裁判が確定した日から三年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都台東区《番地省略》に事務所を、東京都台東区《番地省略》に工場をそれぞれ置き、自動車販売修理業を営む有限会社A野の代表取締役であったもの、B山株式会社は、東京都足立区《番地省略》に事務所及び自動車の分解整備を行う事業場を置き、国土交通省関東運輸局長から指定自動車整備事業の指定を受け、自動車の整備及び継続検査手続等の業務を行い、道路運送車両法により、自動車の継続検査に際し、これが提出された場合には、当該自動車が、国土交通大臣に提示されて保安基準に適合するとみなされる保安基準適合証の作成交付等の業務を行っていたもの、Bは、同会社の代表取締役として、同会社の業務全般を統括管理するとともに、同事業場の自動車検査員として、同事業場で整備された自動車が法定の保安基準に適合するかどうかを検査し、その結果これに適合すると認めるときは当該自動車が保安基準に適合する旨を証明する業務に従事し、法令により公務に従事する職員とみなされるものであったもの、Cは、東京都足立区《番地省略》に事務所及び工場を置き、自動車分解整備事業を営む有限会社C川の代表取締役であったものである。
被告人は、Cと共謀の上、Bが、別紙一覧表「虚偽保安基準適合証の作成年月日」欄記載のとおり、平成一三年四月一七日ころから同年八月六日ころまでの間、前後一六回にわたり、いずれも上記B山株式会社事務所において、実際には同表「車種及び自動車登録番号」欄記載の自動車一六台について法定の整備・検査を全く行わず、その結果これらがいずれも保安基準に適合すると認めたときでないにもかかわらず、行使の目的をもって、ほしいままに、保安基準適合証用紙中の保安基準適合証明部分に上記各自動車の登録番号等を、「指定自動車整備事業者の氏名又は名称」欄に「B山株式会社代表取締役B」とその名称及び代表者氏名を上記事務所備付けのパーソナルコンピュータを利用してそれぞれ印字し、「次の自動車が道路運送車両の保安基準に適合していることを証明する。」との不動文字の次の「検査の年月日」欄に同表「虚偽保安基準適合証の作成年月日」欄記載の各年月日を、「自動車検査員の氏名」欄に「B」とその氏名をそれぞれ記載し、上記B山株式会社名下に「B山株式会社」と刻した印鑑を、B名下に「B印」と刻した印鑑をそれぞれ押なつし、もって、自動車検査員としての上記職務に関し、上記各自動車が保安基準に適合している旨の虚偽の証明をするとともに、指定自動車整備事業者の役員としての上記職務に関し、B山株式会社代表取締役B作成名義に係る内容虚偽の有印公文書である保安基準適合証合計一六通を作成した上、同表「左記文書行使年月日」欄記載のとおり、同年四月一七日ころから同年八月六日ころまでの間、前後一六回にわたり、いずれも東京都足立区《番地省略》所在の関東運輸局東京陸運支局足立自動車検査登録事務所において、D子をして、同所係員に対し、内容虚偽の上記保安基準適合証一六通をそれぞれ提出させて行使し、もって、公務に従事するものとみなされる自動車検査員及び指定自動車整備事業者の役員としての各職務に関し不正な行為をしたことに対する各報酬として、同表「贈賄年月日」欄記載のとおり、同年五月一〇日ころから同年九月一〇日ころまでの間、前後五回にわたり、いずれも上記B山株式会社事務所において、Bに対し、同表「小切手金額」欄記載のとおり、小切手五通(金額合計二三六万七七五〇円)を手交し、うち「賄賂金額」欄記載のとおり、金額合計一八万五八五〇円相当の利益を供与し、もって、Bが上記各職務上不正な行為をしたことに関し、それぞれ賄賂を供与した。
(証拠の標目)《省略》
(事実認定の補足説明)
一 弁護人は、①被告人はBがみなし公務員であることを知らなかったし、みなし公務員であることを基礎付ける事実の認識すらなかった、また、②被告人は、Cに支払った金のうちいくらがBに渡っていたのか知らず、Cに支払った金もあくまで正当な手数料であるという認識しかなかった、したがって、被告人は贈賄の故意を欠いており無罪であると主張する。
二 そこでまず、一①の主張について検討する。
被告人は、公判廷において、「Bが民間車検場であるB山社の社長であることは知っていたが、民間車検場は民間であり、公的なところだとは理解できなかった。」と述べる一方、「陸運局の行う車検制度が公的な制度であるということは分かっていたし、車検証が公的な文書であることも分かっていた。車検を受けるには自動車が基準に適合しているかを検査する必要があり、本来ならばそれは陸運局に自動車を持ち込んで検査をしてもらい、検査を通して車検証をもらうものであるが、その代わりに、民間車検場に自動車を持ち込んで検査をしてもらい、その後どういう手続を踏むのかは分かっていなかったけれども、何らかの手続を踏んで車検証が下りるということは分かっていた。」と供述している。
これによれば、被告人は、指定自動車整備事業場における車検の手順、すなわち、自動車検査員が保安基準適合証明をし、同事業場において保安基準適合証を作成・交付するという手順の詳細を具体的に認識していなかったものの、民間車検場において自動車の検査をした上で手続を踏んで車検証の交付を受けることになること、すなわち、民間車検場の職員が陸運局と同様の法的効果を生ずる検査を行っていることを認識していたものというべきであり、結局のところ、被告人は、車検を受けるための自動車の検査について、民間車検場の職員等は陸運局の職員と同様の立場にあることを認識していたものにほかならないというべきである。そうすると、被告人は、自動車検査員や指定自動車整備事業者(民間車検場)の役員が刑法の適用について公務員とみなされることを直接知らなかったとしても、その実質的根拠となる事実の認識はあったものというべきであり、そうした立場にあるBに対して賄賂を供与することが賄賂罪を成立させることになるその違法の実質を基礎付ける事実の認識に欠けるところはないというべきであるから、この点において、被告人につき本件贈賄罪の故意責任は阻却されない。
三 次に、一②の主張について検討する。
(1) 被告人は、公判廷において、上記二で示した被告人の認識に加えて、「ペーパー車検が不正なものであることは分かっていた。Bからペーパー車検の費用についての話はなく、自分はCに手数料を支払うだけであったが、Cに支払った手数料からある程度の金がBのところに支払われているということは当時から想像できたし、それはペーパー車検に対する対価だった。」と述べている。
そうすると、被告人は、B山社が自動車の検査をせずに車検証の交付を受けるという不正行為の対価として自分がCに支払った手数料の一部が上記二で述べたような立場にあるBに支払われていることを認識していたと認められるのであるから、被告人の賄賂性に関する事実の認識についても欠けるところはないと認められる。
(2) ところで、弁護人は、一般人からすれば車検の通らないような車両について通常の手数料より多額の金員を支払って車検を通してもらう場合には不正の報酬を供与しているとの認識を持ち得るが、被告人は車検に通るだけの整備を施された車両につき通常よりも安い値段で車検を取得したのであるから、正当な手数料を支払っているとの認識しか持ち得ないはずであると主張する。
しかしながら、被告人がペーパー車検が不正であることを認識していたことは前記のとおりであるから、被告人が正当な手数料であったとの認識しか持ち得なかったとの弁護人の主張は採用できない。
四 以上のとおり、弁護人の主張はいずれも採用できず、判示のとおり、被告人につき本件贈賄罪の成立を認めることができる。
(法令の適用)
被告人の判示各行為は別紙一覧表の各番号ごとにいずれも刑法六〇条、一九八条(一九七条の三第二項)、道路運送車両法九四条の七に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い別紙一覧表番号四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間その刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
一 本件は、被告人が、有限会社C川のCと共謀の上、指定自動車整備事業場であるB山株式会社のBが、平成一三年四月一七日ころから同年八月六日ころまでの間、前後一六回にわたり、合計一六台の車両について法定の整備・検査をせずに書類のみで保安基準適合証を作成、提出して車検を通すいわゆるペーパー車検を行ったことの報酬として、前後五回にわたり、その報酬合計一八万五八五〇円分を含む小切手をBに手交して賄賂を供与したという事案である。
二(1) 被告人は、安い手数料で車検を依頼することによって自己が代表取締役をしていたA野社の利益を上げたいなどとの利欲目的から、極めて自己中心的かつ安易に本件犯行に及んだものであって、その経緯、動機に酌量の余地はないというべきである。
(2) 犯行態様についてみると、被告人は、指定自動車整備事業制度を悪用する目的で、合計一六回という多数のペーパー車検に対する報酬として賄賂を供与したもので、悪質である。
(3) その結果、被告人は、今日の交通手段として極めて重要性の高い自動車の安全確保を担う自動車検査業務の公正及びこれに対する社会一般の信頼を害したものである。賄賂金額が一八万円余と高額とまではいえないことを考慮しても、生じた結果は決して軽くない。
(4) 被告人は、本件各自動車のペーパー車検をB山社に依頼し、被告人がC川社に支払ったその報酬の一部が本件の賄賂としてBに支払われていたものである。被告人は本件犯行において重要な役割を担ったということができる。
(5) 以上の事情に照らせば、被告人の刑事責任は相応に重いといわなければならない。
三 しかしながら、他方、被告人は、捜査・公判を通じ、不正なペーパー車検を依頼してそれに対する対価を支払っていたことについては反省し、二度とこのようなことで迷惑を掛けないようにする旨述べていること、被告人が本件を省みてA野社の代表取締役を退いたこと、被告人には昭和五一年に暴行罪の罰金前科一犯があるほかには前科がないことなど、被告人にとって酌むべき事情も認められる。
四 そこで、以上の事情その他諸般の事情を総合考慮して、被告人に対しては、主文の刑を科した上、その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑 懲役一年)
(裁判長裁判官 小川正持 裁判官 浅香竜太 渡邉史朗)
<以下省略>