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東京地方裁判所 平成14年(合わ)427号 判決 2003年3月31日

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中一三〇日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第1  氏名不詳者と共謀の上、金品窃取の目的で、平成一四年七月三一日午後七時五五分ころ、東京都世田谷区代田<番地略>甲野太郎方の一階寝室掃き出し窓の施錠を外してそこから同人方に侵入し、同所において、同人ほか一名所有の現金一一万二八四一円及びネックレス七本等七〇点(時価合計約三八万七六〇〇円相当)を窃取した

第2  同日午後七時五七分ころ、東京都世田谷区代田<番地略>○○ハウス前路上において、甲野次郎(当時二〇歳)に対し、所携のバール(平成一四年押第一九三九号の一)でその胸部を三回突くなどの暴行を加え、よって、同人に、全治約一〇日間を要する前胸部打撲等の傷害を負わせた

ものである。

(証拠の標目)<省略>

(強盗致傷の訴因に対し窃盗と傷害を認定した理由)

1  本件起訴に係る訴因は、判示第1の住居侵入及び窃盗を犯した被告人が、「その際、同人方の戸締まりに来た甲野次郎(当二〇年)に発見されて追跡されたことから、逮捕を免れるため、同日午後七時五八分ころ、同都世田谷区代田<番地略>路上において、同人に対し、その胸部及び顔面を所携のバールで数回殴打するなどの暴行を加え、よって、同人に全治約一〇日間を要する顔面挫創等の傷害を負わせた。」という住居侵入及び強盗致傷の訴因であるが、この強盗致傷に対し、当裁判所は判示のとおりの窃盗と傷害とを認定したので、以下この点について説明する。

2  関係証拠によれば、以下の事実が明らかに認められる。

(1)  甲野次郎(以下「次郎」という)は、平成一四年七月三一日午後七時五五分ころ、戸締まりのために甲野太郎方に入った際に被告人を発見し、同人方外へ逃げた被告人を追い掛け、一〇〇メートルくらい追尾した地点で被告人に追い付き、もみ合いになった。

(2)  本件時、次郎は、全治約一〇日間を要する前胸部打撲、顔面挫創の傷害を負った。

(3)  次郎は、来合わせた乙野三郎(以下「乙野」という)とともに、同日午後七時五八日ころ、東京都世田谷区代田<番地略>○○ハウス前路上において、次郎が、うつ伏せになった被告人の首に自分の右腕を回してその首を絞めるとともに、被告人の腰の辺りに自分の背を乗せて、柔道の袈裟固めのような形で被告人の上半身を押さえ、乙野が、被告人の下半身を押さえて、被告人を現行犯逮捕した。

(4)  本件後、逮捕現場には被告人が所持していたペンライト、トランシーバー、バール等が散乱しており、バールは、被告人が取り押さえられた地点から、その際の被告人の体の右手側約2.4メートルの位置に落ちていた。

3  次に、次郎が被告人に追い付いてから被告人を現行犯逮捕するまでのもみ合いの状況について、次郎、被告人及び乙野の各供述を検討する。

(1)  次郎供述の内容

被告人が切り返そうとしたところで被告人に追い付き、対面するような形で、その左肩を右手で押さえた。この右手は、被告人を取り押さえるまでずっと離さなかった。左手も被告人の右手や腰の辺りをつかもうとしていたが、うまくつかめなかった。被告人は、私の手を振り払おうとするなどして逃げようとしていた。被告人に引っ張られて半ブロックほど移動したところで、お互いに前屈みとなって向かい合う姿勢になり、被告人が右手でズボンのポケットからバールを取り出して、下から突き上げるように、立て続けに三回胸を突いてきた。そのときはバールと分からなかったが、当たった感触から、硬くて、ある程度の断面積がある棒だと思った。それでも右手は被告人の左肩を離さず、更に半ブロックほど引っ張られて移動したところで、被告人が力が抜けたように地面に倒れ込んだため、右腕で首を絞める状態で取り押さえた。バールで突かれるまでは、被告人はほとんどこちらに背を向けていたが、その後は背中を向けたり向き合ったりが半々だった。

(2)  被告人供述の内容

次郎に追い付かれて後ろから両肩をつかまれ、歩いて前進する間に右腕で首を絞め上げられた。窒息しそうになって苦しかったから、これを外そうと思って、ショルダーバッグからバールを取り出して右手で持ち、次郎の右腕をねらって右肩越しに三回振ったが、このうち一回は何かの上を滑ったような感触がした。このとき、二人の体は密着しており、次郎の右肩が私の右肩にかぶさるような形だった。三回振った後、腕から力が抜けて、バールが下に落ちた。次郎の腕がゆるんで少し呼吸が楽になったが、また強く締められ、後ろから押されて前方へ歩いたところで、次郎に足を掛けられて倒れた。次郎と向かい合う体勢になったことはない。

(3)  乙野供述の内容

次郎と被告人に気付いたとき、被告人は次郎に背を向けており、次郎が右手で被告人の右肩を、左手で左腰を持っていたように見えた。二人はもみ合いながら近付いてきたが、次郎が被告人の背後から腕をつかんで引き寄せようとしたり、力ずくで被告人の体の向きを変えて、その両腕をつかんで向かい合う状態になったりを繰り返していた。向かい合っている時間はそんなに長くはなかった。また、二人の体は、常に、被告人の肩を持つ次郎の腕の分だけ離れており、次郎が被告人の首を絞めたのは取り押さえたときだけだった。二人との距離が二メートル半くらいになったところで、被告人がバールを持っているのに気付いた。その直後に、私が被告人の腰の辺りにタックルして被告人を引き倒し、そのとき被告人の手からバールが落ちた。二人がもみ合っていた間に、被告人がバールを振り回すとか突き出すとかいうような動きをしたのは見ていない。

(4)  そこで、これらの供述の信用性を検討する。

次郎の供述は、客観的に認められる前記2の事実のうち、前胸部打撲の傷害を合理的に説明し得るものである上、後述のように信用性の高い乙野供述と、もみ合いながらの移動の模様や被告人の首を絞めた状況など、おおむねにおいて一致している。そして、次郎は、目の下の傷はいつできたか分からないと述べるなど、記憶にないことを無理に推測して述べるようなことはしていない。しかも、供述の内容は具体的で特に不自然な点は見受けられない上、次郎は被告人と面識がなく、殊更被告人に不利益な嘘を付く理由は見いだせない。これらの事情に照らすと、次郎の供述は信憑性が高く、十分信用することができる。

一方、被告人の供述は、客観的に認められる前記2の事実のうち、バールが落ちていた地点を説明できない上、次郎と向かい合ったことはなく体は密着していたという点で、後述のように信用できる乙野の供述とも合致しない。さらに、被告人の供述するような暴行態様では、前記2の事実のうち次郎の前胸部打撲及び顔面挫創の傷害を説明しにくいこと、次郎が背後から被告人の首を締め上げたというような体勢では、次郎がそのまま被告人の体を押して歩くというのも不自然である上、乙野の供述するようなタックルもしにくいこと等、内容においても合理的とはいえない。したがって、もみ合いの状況に関する被告人の供述は、信用するに足りない。

そして、乙野の供述は、バールの落ちていた地点を合理的に説明し得るものであり、次郎と被告人がもみ合っているのに気付いた後も、喧嘩かもしれないし、凶器を持っている可能性もあると考えてそのまま二人を注視し、そして近付いていったというのであるから、本件当時、正確な判断をすべく冷静な観察を心掛けていたと認められる。また、乙野は公判廷においても誠実な供述態度を示している上、その供述は当時の心境を交えた具体的なものであり、内容も合理的である。加えて、乙野は、被告人とも次郎とも面識がなく、殊更一方に不利益な、他方に利益な嘘を付く理由は見いだせない。これらの事情に照らすと、乙野の供述の信用性は高い。

(5)  以上からすると、もみ合いの状況については、次郎及び乙野の供述するとおり、被告人が、次郎を振り切って逃げようとする中で、互いに前屈みで向かい合う姿勢になった際に次郎の胸部をバールで三回突き上げ、それでも次郎を振りきれずに背を向けたり向かい合ったりを繰り返しながら移動した末、乙野のタックルを受けて転倒し、次郎に首を締められるなどして取り押さえられたという事実を認定することができる。この点、乙野は、被告人がバールを突き出すような手の動きをしたのは見ていないと供述するが、乙野がもみ合いに気付いたのは、胸部に対する暴行がなされた後であった可能性があるし、そうでないとしても、その暴行が行われた際、乙野は、前屈みになった被告人の背後方向のやや離れたところから見ていたことになるから、被告人の腕の動きを認識しなかったとしても不自然とはいえない。

4 以上の事実関係及び関係証拠に基づいて、被告人の行為が事後強盗罪にいう暴行に当たるか、すなわち、逮捕を免れるために行った被告人の暴行が、相手方の逮捕意思を制圧すべき程度に達していたか否かを検討する。

被告人が所持していたバールは、元々は住居侵入のための用具で、全長23.5センチメートルの比較的小振りのものであり、被告人は、その柄の部分を持ち、次郎とお互いに前屈みで向かい合う姿勢になって、柄から直角に曲がった釘抜き部分の上部の平らな面で立て続けに次郎の胸部を突き上げたと認められる。バールの打撃面に一定程度の面積があることや上記のような打撃の体勢及び態様からすれば、この打撃が格別強力なものであったとは考えにくく、実際にも、胸部の打撲傷は、暫くの間発赤しただけで、あざや痛みが残ることもなく、特に治療の必要もない程度のものに止まっている。そして、次郎は、この暴行の際に乙野が近付いてくるのを認識し、その後ほとんど同人の存在が意識からなくなったとはいえ、直後にその加勢を得て、被告人を完全に動けない状態にして取り押さえたものである。この間、次郎は、上記暴行を受けても、なお被告人を逃がすまいとして、その肩をつかんだ手を離すことはなかったのであり、二人の様子を注視していた乙野は、次郎が一方的に被告人を引き寄せようとしており、常に次郎の方が少し優勢であるように見えたと供述する。他方、被告人は、次郎の胸を突いた後も倒れ込むまでバールを手にし続けていたものの、その暴行以外に殊更次郎に攻撃を加えようとした事実は認められない。また、次郎は身長一八二センチメートルで体重八四キログラム、被告人は身長一六三センチメートルで体重六三キログラムであるから、両者の体格差は顕著である。

なお、顔面挫創の傷害は、もみ合いの際に被告人のバールを使用した何らかの暴行により生じたものと推認されるが、当の次郎でさえいつどのように生じたものかを全く認識していない以上、これを逮捕意思制圧の程度を考察する上で重視することはできないし、凶器を持って抵抗されて助からないかもしれないと思った旨の次郎の供述も、前述のような打撃の強度や傷害の結果に加えて次郎の実際の行動が上記のとおりであったことからすれば、これを特別に考慮すべきであるともいえない。

以上からすると、被告人は、午後八時ころ、人通りの少ない場所で、素手の次郎に対してバールを用いて暴行を加え、次郎にかなりの恐怖感を与えたものではあるけれども、これによっても次郎は逮捕意思を失うことなく、優勢を保ったまま被告人を取り押さえるに至ったのであり、さらに、バールの形状や用法、暴行の態様及び程度並びに傷害の結果、加勢者である乙野の存在や被告人と次郎の体格差等の事情を総合すると、被告人の暴行は相手方の逮捕意思を制圧すべき程度には達していなかったと認められる。

よって、被告人の行為は事後強盗罪にいう暴行には当たらず、窃盗と傷害を認定するのが相当であると判断した。

(法令の適用)

罰条

判示第1の所為のうち 住居侵入の点 刑法六〇条、一三〇条前段

窃盗の点 刑法六〇条、二三五条

判示第2の所為 刑法二〇四条

科刑上一罪の処理

判示第1 刑法五四条一項後段、一〇条(住居侵入と窃盗との間には手段結果の関係があるので、一罪として重い窃盗罪の刑で処断)

刑種の選択 判示第2の罪 懲役刑を選択

併合罪処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第1の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入 刑法二一条

訴訟費用の不負担 刑訴法一八一条一項ただし書

(量刑の事情)

本件は、被告人が、共犯者一名と共謀の上、金品窃取の目的で他人の住居に侵入して現金や装飾品等を窃取するとともに、その際、同所に戸締まりに来た居住者の孫に発見されて逃走し、追い付かれてもみ合う中で同人に暴行を加えて傷害を負わせたという事案である。

まず、住居侵入及び窃盗についてみると、被告人は、本件の約二か月前に来日した後、仕事に就くこともなく、わずか約半月でパスポート及び帰路の航空券を売却し、約一か月で共犯者とともに他人の住居に侵入して金品を窃取しては買取所に持ち込んで換金するようになり、これを数回繰り返した末に本件に及んだというのであり、窃盗で稼ぐために日本に滞在していたともうかがわれるから、犯行の経緯及び動機に酌量の余地はない。被告人らは、事前にバールや軍手、ペンライトなどを準備するとともに、実行役と見張り役を分担して、トランシーバーで連絡を取り合いながら犯行に及んでおり、計画性は高い。また、被告人は、家人の留守を確認した上、一階の掃き出し窓のガラスをバールで破損し、その穴から指を差し入れて施錠を外し、同所から室内に入ったものであるから、侵入態様は悪質である。さらに、被告人は、複数の部屋のたんす等を手当たり次第に物色して、現金一一万円余及び七〇点に及ぶ装飾品等を窃取し、これらの金品の合計額は約五〇万円に上るから、窃取の被害も大きい。こうしてみると、本件は職業的な犯行であるといい得るところ、被告人は、共犯者に誘われて侵入盗を繰り返すようになったとはいえ、役割分担も利益分配も平等に行ってきており、本件では実行役を務めたのであるから、その果たした役割は重要である。

次に、傷害についてみると、被害者から逃げようとして暴行に及んだという経緯に格別酌量すべき事情は見当たらないし、被告人は、バールで被害者の胸部を三回突くとともに、具体的態様は定かでないものの、このバールによって被害者の目の下数センチのところにも傷害を負わせたのであるから、その暴行は、相手方の逮捕意思を制圧すべき程度に達していなかったとはいえ、相当に悪質かつ危険なものであったというべきである。そして、この暴行により、被害者は全治約一〇日間を要する前胸部打撲、顔面挫創の傷害を負い、特に顔面の傷は二針の縫合を要したことからすると、その結果も軽視できない。

しかるに、被告人は、本件各被害者に対し、特段慰謝の措置を講じておらず、各被害者の処罰感情も厳しい。

以上によれば、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

他方で、本件については、次のような斟酌すべき事情が認められる。被告人が現行犯逮捕されたためとはいえ、窃取に係る金品はすべて押収され、窃盗被害の回復は確実である。被告人は、暴行態様に関する供述については一部信用し難い面もあるものの、捜査段階から、当裁判所が認定した犯罪事実をおおむね認め、当法廷において、悪いことをした、申し訳ないとの反省の言葉を述べている。いまだ若年である上、日本における前科は見当たらない。そして、本国に、被告人の帰りを待つ両親、内妻及び子供がいる。

以上の諸般の事情を総合考慮して、被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。

(裁判長裁判官・飯田喜信、裁判官・中島経太、裁判官・木畑聡子)

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