東京地方裁判所 平成14年(合わ)446号 判決 2003年12月19日
主文
被告人Aを懲役5年及び罰金70万円に,被告人B及び被告人Cをそれぞれ懲役3年及び罰金40万円に処する。
被告人らに対し,未決勾留日数中各320日を,それぞれその懲役刑に算入する。
被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間,その被告人を労役場に留置する。
被告人Cから,押収してあるあへん1包(紙に包まれているもの。平成14年押第2098号の2)及びMDMA1包(緑色の錠剤1錠及び半錠のもので,紙に包まれていたもの。同押号の3)を没収する。被告人ら各自から金1万5000円を追徴する。
理由
(罪となるべき事実)
第1被告人Aは,イラン・イスラム共和国の国籍を有する外国人であり,平成14年1月22日ころ,有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで,大韓民国から航空機で本邦の空港に到着した者であるが,そのころ同所に上陸した後引き続き同年8月16日まで東京都内等に居住するなどし,もって,本邦に上陸した後引き続き不法に在留し,
第2被告人Bは,イラン・イスラム共和国の国籍を有する外国人であり,平成13年5月上旬ころ,有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで,シンガポール共和国から航空機で本邦の空港に到着した者であるが,そのころ同所に上陸した後引き続き平成14年8月16日まで東京都内等に居住するなどし,もって,本邦に上陸した後引き続き不法に在留し,
第3被告人Cは,イラン・イスラム共和国の国籍を有する外国人であり,平成13年8月ころ,有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで,大韓民国から船で本邦の海岸に到着した者であるが,そのころ同所に上陸した後引き続き平成14年8月16日まで東京都内等に居住するなどし,もって,本邦に上陸した後引き続き不法に在留し,
第4被告人Aは,Dと共謀の上,営利の目的で,みだりに,同年8月17日,東京都渋谷区a町b番c号E店入口木枠上部において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶10.685グラム(平成14年押第2098号の4はその鑑定残量)を所持し,
第5被告人3名は,Fと共謀の上,みだりに,営利の目的で,平成14年8月17日,同区de丁目f番g号Gビル・H店前路上において,Iに対し,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶0.522グラム(平成14年押第2098号の1はその鑑定残量)を代金1万5000円で譲り渡し,
第6被告人Cは,みだりに,同年8月17日,同区hi丁目j番k号警視庁J警察署において,あへんである固形物0.114グラム(平成14年押第2098号の2はその鑑定残量)及び麻薬であるN・α-ジメチル-3・4-(メチレンジオキシ)フェネチルアミン(別名MDMA)塩酸塩を含有する錠剤0.419グラム(同押号の3はその鑑定残量)を所持した。
(弁護人の主張に対する判断)
1 判示第5の事実に係る公訴事実(検察官の冒頭陳述により更に具体化された内容を含む。以下,この「弁護人の主張に対する判断」の項では「本件」ともいう。)は,被告人AがIに対して本件覚せい剤を譲渡するに当たり,被告人B及び被告人Cらが共謀共同正犯としてこれに関与したというものであることが明らかであるところ,①各被告人の弁護人は,被告人AがIに覚せい剤を譲渡したという事実については争わないものの,被告人Aと同B及び同Cらとの間には本件覚せい剤の譲渡についての共謀はなく,被告人B及び同Cが被告人Aのために見張り行為をした事実もない旨主張し,また,②被告人Bの弁護人は,本件では警察官によっていわゆるおとり捜査が実施されて被告人らが逮捕されるに至ったものであるところ,仮に被告人Bが被告人Aの薬物譲渡に助力する意思を持ったとしても,その犯意は上記おとり捜査によって惹起,誘発されたものであるから,このようなおとり捜査は違法であり,本件について被告人Bを有罪とすることは許されない旨主張するので,以下,これらの点について補足して説明を加える。
2 前記①の主張について
(1) K周辺における薬物密売の状況について
関係証拠によると,K周辺の路上では,かねてイラン人と思われる者らが通行人を相手に覚せい剤を含む薬物を密売する状況がうかがわれたため,警視庁生活安全部銃器薬物対策課の警察官らは,1箇月以上の期間にわたり,上記密売人と疑われる者らの行動をビデオ撮影したり,通行人を装った捜査官が様子を観察するなどの方法によって,内偵捜査を進めたこと,その結果,Kに面した東京都渋谷区a町b番l号Lの前から,Kの北にほぼ並行して走る井ノ頭通りに面した同区a町b番m号M店の前に至るまでの道路付近に,ほぼ決まった顔ぶれの約20人のイラン人ふうの者が連日のようにたむろし,路上にわざと置いてある紙屑やたばこの箱の中,あるいは建物の陰などに覚せい剤などの薬物を隠匿しておいた上,めぼしい通行人が通りかかると声をかけ,薬物を隠匿場所から取り出して密売するという行動を繰り返している様子が確認できたこと,上記イラン人ふうの者らは,その中の者に客がつくと,近くにいた他の者が,周囲を見回し,警戒して見張りをし,警察官が近づくと手を挙げたり,声をかけたりして,合図してやるなど,密売の実行と見張りなどの役割をその時々の状況に応じ適宜分担しながら協力して密売を行い,密売終了後周囲の者らが集まって金の分配を行うこともあるなどの様子も認められたこと,被告人3名と,分離前の相被告人であるFは,いずれも本邦に不法に入国していたイラン人であるが,本件当時,K周辺の上記LからM店に至る付近に頻繁に現れ,同所にたむろして,まさに上記約20人のグループの一員として行動し,グループ内の他の者に見張りをしてもらった上で自ら通行人に薬物を密売したり,他の者が薬物を密売するに当たりその見張りをしてやるなどの行動を繰り返していたこと等の事実を十分認定することができる。
以上の事実関係の認定について更に若干補足して説明すると,いずれも警視庁生活安全部銃器薬物対策課の警察官であるN,O及び上記Iは,いずれも上記認定に沿う内偵捜査の状況について公判で証言しているところ,Nらの各証言は,その内容が具体的,明確で,相互にもよく符合し,本件で取り調べた内偵捜査時のビデオ録画の内容などの関係証拠に照らしても,自然で無理がなく,反対尋問に対しても動揺がないのであって,その信用性に疑問をいれる点があるとは認められない。
上記認定事実中,被告人らの薬物密売状況に関する部分についても,上記3名の警察官ら,殊にNが,被告人らの薬物密売状況について,上記認定に沿う内容を証言している。
また,Dも,捜査段階で,検察官に対し,自分や被告人たちはいずれもLの前を拠点として薬物の密売をする仲間であった旨の供述をしている。Dは公判ではこれと異なる趣旨の証言をしているが,Dの上記捜査段階供述は,同人の公判での証言態度や,同人と被告人らとの従前の間柄等の事情に照らしても,公判証言に比して優に特信性が認められる(ちなみに,Dは,被告人らが薬物密売の仲間であると捜査官に供述したこと自体は,公判でも認める趣旨を述べている。)のみならず,その内容も,自然で無理がなく,Nらの上記証言とも基本的によく符合していることが認められるのであって,信用性に特段の疑問をいれる点があるとは認められない。
さらに,被告人Cも,捜査段階で,検察官に対し,一部変遷はあるものの,要するに,「私は,Kで薬物を密売したり,他のイラン人の薬物密売人のために日本人の客を連れて行き,あとで礼をもらったりしていた。他のイラン人の密売人が日本人の客と取引しているのに気付いたときには,辺りに警察官がいないかどうか見回して,もし警察官らしき人を見つけたときには教えてやるつもりで警戒していた。私が薬物を密売するときにも他のイラン人から見張りをしてもらっていた。」という趣旨の供述をしている(乙43ないし45)ところ,この供述は,その薬物とは大麻であると述べ,覚せい剤についてはむしろ否定的である点など,疑問とすべきところもあるとはいえ,Nらの上記各証言とも多くの点で符合しているということができる。もっとも,被告人Cは,公判では,自分が大麻を売ったことはあるが,そのときも自分の見張りをしているような人はいなかったし,自分と他の人が協力して薬物を売ったことはないなどと,多くの点で上記捜査段階供述とは異なる趣旨の供述をしているが,その公判供述は,渋谷では主にテレホンカードを売っていたとする点を始めとして,その内容自体が相当不自然,不合理で,関係証拠に照らして裏付けがない上,同被告人は,捜査段階での供述調書の作成経緯等について公判で尋ねられても,首肯できるような説明ができていないことが明らかである。結局,被告人Cの上記捜査段階供述は,公判供述に比して優に特信性が認められる(すなわち,被告人A及び同Bの関係で刑事訴訟法321条1項2号後段の要件が認められる。)のみならず,その信用性も相応に肯定することができる。
他方,被告人A及び同Bは,捜査段階及び公判で,これまで他の仲間らと協力し合って薬物を密売していたことを否定する趣旨の供述をしている。すなわち,被告人Aは,当初,捜査段階では,自己の薬物密売を一切否定する供述をしていたが,公判では,その供述を大きく変遷させ,これまでもK周辺で薬物を売ったことはあるなどと述べるに至ったが,なお他の仲間との協力については否定し,薬物を売るときは自分1人で行ったのであり,他人に見張りなどの協力をしてもらったことはない旨を述べている。また,被告人Bは,捜査段階から公判段階を通じ,これまで薬物の密売に関与したことはないと供述している。しかし,被告人A及び同Bのこれらの供述は,被告人Aの変更後の供述中,自身が薬物の密売をしていたことを認める部分は別として,上記摘示の各証拠とも矛盾して,それ自体不自然,不合理な点が多く,その信用性を到底認め難い。また,関係証拠を検討しても,Nらの上記証言の信用性に疑いをいれるような事情が他にあるともうかがうことはできない。
結局,信用性を十分肯定できるN,O及びIの各証言に,その他の関係証拠を総合すると,K周辺における薬物密売状況として本項冒頭に摘示した上記事実を十分認定できることが明らかである。
(2) 本件犯行当時の状況
ア 関係証拠によると,本件犯行当時の状況として,以下の事実関係を認定することができる。
あ 警視庁生活安全部銃器薬物対策課の警察官らは,平成14年8月17日も,K周辺で前記イラン人ふう密売人がたむろして薬物を密売しようとしている状況が認められたことから,通行人を装った捜査官が覚せい剤を買い受け,その直後に犯人を現行犯逮捕するという方法で,いわゆるおとり捜査を実行することとし,Iが,買受人の役になり,KをP方向からLの方向に向かい歩いて行った。
い そのころ,被告人Aは,Lのショーウィンドーの前に腰掛けていたが,午後9時10分ころ,Iがやって来て,目が合うと,立ち上がってIに近寄り,「何欲しい。」と声をかけた。そこで,Iが「何ある。」と聞くと,同被告人は「何欲しい。」と繰り返し,しばらくそのようなやりとりになった後,Iの方から「エスあるか。」と尋ねた。すると,同被告人が「ある。1グラム1万5000円,いくつ欲しい。」と言ってきたので,Iが「1つ。」と答えると,同被告人は,Lの隣の店舗(東京都渋谷区a町b番c号E店。同店はLとM店との間に位置している。)前付近を指さして,「分かった,あそこで待ってて。」と言った。その際,Kの路上には,同被告人と数メートル離れた位置に被告人CやDがおり,更にそこから若干離れた位置に被告人Bもいたが,被告人Aは,このとき,被告人CやDのいる方向に向かって,手を挙げて下ろす動作をして合図し,それから,Lの前(K)からM店の前(井ノ頭通り)に通じる前記道路を3ないし4メートルくらい移動して,E店の前に行った。
う そして,被告人Aは,E店前の路上で,放置するようにして置かれていたたばこの空き箱を拾い上げ,中に指を入れて覚せい剤を取り出したが,その場でIに覚せい剤を渡すことはせず,「危ない,ここではもうやらない。」などと言って,前記道路を更に井ノ頭通りの方向に歩き,Iも被告人Aについて行った。
え ところで,前記のとおり,Iが被告人Aと接触したとき,L前のK路上には,被告人B,同C,Dらもいた。Iが被告人Aと接触する前,被告人Cは,Dらと雑談をするなどしていたが,Iが被告人Aと接触すると,急に話をやめ,同被告人とIの接触の様子を注視し,辺りを見回して,警戒する動作を始めた。前記のとおり,同被告人は,それからE店前に移動し,そこでたばこの空き箱から覚せい剤を取り出すなどしたが,この間,被告人Cは,引き続き被告人Aの近くの位置にいて,その様子を注視したり,回りを警戒するなどした。その後,同被告人がIを伴って井ノ頭通り方向に移動を始めると,今度は被告人Bが2人の直ぐ後を追尾して,周囲を警戒しながら,自らも井ノ頭通り方向に移動し,一方,被告人Cは,それらの様子を注視しつつ,被告人AとI,さらに被告人Bが井ノ頭通り方向に移動を始めた後も,自らはLの前にとどまって,通行人に声をかけたり,他のイラン人ふうの者と言葉を交わしたりしながら,井ノ頭通り方向の様子をしきりに確認する動作を続けた。
お 午後9時12分ころ,被告人Aは,井ノ頭通りに出て,左(西方向)に曲がり,井ノ頭通りの南側歩道に面したM店のショーウィンドーの前にIをしばらく待たせ,近くにいたイラン人ふうの者に声をかけたり,Iに自分の携帯電話の番号を教えるため,路上に止まっていた自動車の上で,電話番号をメモ用紙に書き付けるなどした。一方,被告人Bは,1人で被告人Aらを追尾して井ノ頭通りに出ると,いったん同通りを右(東方向)に曲がったが,その約1分後,Fと連れ立って,2人で井ノ頭通りの南側歩道上を西向きに歩いてきた。そして,被告人BとFは,若干早足で歩きながら,依然自動車のそばでメモを書いている被告人Aの直ぐ背後を通り過ぎ,さらに,M店のショーウィンドーの前で被告人Aを待っていたIの顔を見やったり,周囲を見渡すような仕草をするなど,2人で周囲を警戒しながら,Iの近くを通り過ぎ,その後直ぐ井ノ頭通りを横断した上,Q店R館(以下「R館」ともいう。)とQ店S館(以下「Q店S館」ともいう。)とにはさまれた道路を通って,公園通り(井ノ頭通りの北に位置する。)の方向に歩いて行った。
か その後間もなくして,被告人Aは,Iが待っている場所に戻り,「次から電話して。」と言いながら,自己の携帯電話の番号を記載した前記メモをIに手渡し,次に覚せい剤を注文するときはここに電話するようにという趣旨を申し向けた。そして,同被告人は,場所を移動するようにIを促し,井ノ頭通りを横断し,被告人BとFが先に歩いて行ったR館とQ店S館との間の道路を歩いて公園通りに出て,午後9時16分ころ,同通り沿いにある東京都渋谷区de丁目f番g号Gビル・H店の前に至り,Iも被告人Aについて行った。なお,この移動の途中,同被告人は,Iに対し,同ビル内にあるT店を指してみせた上,「次からあそこ。」と言い,次回の覚せい剤取引に当たっては同所を待ち合わせ場所にするという趣旨を申し向けた。
き 被告人AとIがH店の前に着いたとき,同所付近路上には,先に被告人BとFが到着していて,被告人AとIの方向を見,周囲を警戒していた。
く 被告人Aは,H店の前に着くと,Iに「次電話したら,ここに来て。15分くらいで来る。」と言いながら,ビニール袋に包まれた覚せい剤(判示第5の覚せい剤)を手渡し,Iは,これを受け取ってポケットにしまうとともに,代金1万5000円を支払うため,1万円札2枚を差し出し,同被告人はこれを受け取った上,釣り銭として5000円札1枚を手渡し,Iはこれを受け取った。
け 被告人Aに隠れてその様子をうかがっていたU警部補らは,同被告人とIが釣り銭の授受を終えたのを確認すると,「ポリス」と声をかけた上,職務質問を開始した。その様子を見た被告人BとFは,向きを変え,R館とQ店S館との間の前記道路を井ノ頭通りの方向へ,小走りで逃げ出したが,別の警察官らによって確保され,H店の前に任意同行された。そして,被告人A及び同Bは,間もなく,上記覚せい剤に対する予試験の後,Fとともに,同所において現行犯逮捕された。
こ 一方,被告人Cは,被告人Aらが井ノ頭通りに出て視界から消えた後も,依然Lの前付近にとどまり,警視庁生活安全部銃器薬物対策課と協力して本件の捜査に従事していた警視庁渋谷警察署の警察官Vがその様子をうかがっていた。Vは,午後9時18分ころ,被告人Aが警察官によって身柄を確保されたという無線連絡を受けたが,その後間もなくして,被告人Cは,急に携帯電話を扱う動作を始め,近くにいたイラン人ふうの者らに声をかけ,その者らと連れ立って,KをPとは反対の西の方向に向かって足早に移動し始めた。この様子を見たVは,同被告人を停止させて職務質問を行うべく,同被告人の後を追い掛け,後ろから同被告人の腕に触り,「ポリス」と声をかけたが,同被告人は,直ぐにその手を振りきって逃げ続けた。そこで,Vは,引き続き同被告人の後を追い掛け,ほか1名の警察官とともに,同被告人の片腕をつかむなどして停止させた。Vらは,被告人Aが確保されたH店の前に被告人Cを任意同行すべく,一緒について来るよう同被告人に求めたところ,同被告人は,当初はVらに言われるまま,KをLの方向に向かって戻り始めたものの,その途中で,逃げ出そうとして,両腕を振り大声を出すなどして抵抗し始めた。Vらは,同被告人の腕や腰に手を当てて暴れるのを制止しようとしたが,午後9時38分ころ,予試験の結果覚せい剤の反応があったため被告人Aを逮捕した旨の無線連絡を受けたことから,被告人Cを被告人Aとの覚せい剤の共同所持の容疑によって現行犯逮捕することとし,午後9時40分ころ,Lよりやや西側に寄ったK上の地点である東京都渋谷区a町b番n号先路上で被告人Cを現行犯逮捕するに至った。
イ 前記アの事実認定について,若干補足して説明すると,アで摘示した以上の各事実は,I,O,N及びVの各警察官らの証言や,本件買受け捜査の状況を撮影したビデオテープ(平成14年押第2098号の70のビデオテープ1本及び同押号の71のデジタルビデオカセットテープ1本)の各録画内容等を始めとする関係証拠によって,十分認定することができる。
特に,上記Iは,自らが被告人Aと接触して,覚せい剤を購入する話を始め,同被告人とともに場所を移動して,本件覚せい剤を実際に買い受けるに至るまでの状況や,その際に目にした他のイラン人ふうの者らの挙動等について,Oは,同被告人とIの接触,移動の状況や,その周囲にいたイラン人ふうの者らの挙動等を,同被告人やIを追尾しつつ観察して,ビデオ撮影した状況等について,Nは,同被告人とIが接触して,井ノ頭通りに移動するまでの状況や,周辺にいたイラン人ふうの者らの挙動等を,ビデオを通して観察した状況等について,Vは,やはり同被告人とIの接触の状況や,L付近にいた被告人Cを始めとするイラン人ふうの者らのその際の挙動,さらに同被告人を現行犯逮捕するに至った経緯等について,それぞれ証言している。これらの証人の証言は,いずれも内容が明確,具体的で,相互にもよく符合し,関係の証拠や,前記(1)で認定したK周辺における被告人らの薬物密売の状況等に照らしても,自然な内容のものということができ,反対尋問に対しても動揺がない。また,上記各ビデオテープのうち,平成14年押第2098号の71は被告人AとIとの接触から,同被告人や被告人Bらが警察官によって身柄を確保されるに至るまでの状況全般を撮影録画し,同押号の70はLの前からM店の前に至る道路上の出来事を撮影録画したものであるが,その録画内容は,それ自体,アの認定事実に沿うものであるとともに,Iらの上記各証言の内容とよく符合していることが明らかである。
そして,アの事実関係に加え,前記(1)で認定した被告人らによる一連の薬物密売の状況等にも照らすと,被告人Bが,Lの前辺りから被告人AとIの後を追尾して移動を始め,途中でFも加えて,井ノ頭通り上で同被告人やIの周囲を警戒するなどした上,同被告人らと同じく場所を移動して,更にH店の前辺りで同被告人とIの様子を見,周囲を警戒するなどしたのは,同被告人に覚せい剤の客(I)がついたのを見て,Fとともに同被告人のため見張りをする趣旨に出た行動であったことが明らかであり,被告人Cが,被告人AとIが接触した当初,同被告人がIと覚せい剤取引の話を始め,道路上に放置するようにして置かれ,覚せい剤を隠匿してあったたばこの空き箱から覚せい剤を実際に取り出すなど,本件覚せい剤譲渡に当たって極めて重要な行為を行う間,同被告人らの近くにいて,その様子を注視し,周囲を警戒するなどし,同被告人らやその後を追尾した被告人Bが井ノ頭通りに出て見えなくなるころまで警戒を続けるなどしたのも,被告人Bらと役割を分担しつつ,自らもまた被告人Aの本件譲渡のため見張りをしてやる趣旨に出たものであったことが明らかというべきである。
補足すると,被告人Cは,捜査段階で,「8月17日の夜9時過ぎ,私がLの前付近で密売の客を探していたところ,アリ(被告人Aの意)が日本人の客に対して薬物を密売しようとしていることに気付いた。それで私は,アリのために近くに警察官がいないかどうか,もしいればアリに知らせるつもりで回りを見回して警戒した。しばらく警戒していたが,アリはその日本人の客を連れてWの方へ行ったので,私はまた客を探し始めた。」(乙44)などと,要するに,被告人Aの本件薬物譲渡のため見張りをしてやったことを自認する趣旨の供述をしている。被告人Cの捜査段階供述は,自らが関与していた薬物として専ら大麻を挙げ,覚せい剤については否定的である点など,必ずしもそのままでは信用し難いところもあることは既に説示したとおりではあるが,その点はひとまずおいても,本件について被告人Aの薬物譲渡のため見張りをしてやったことを自認する被告人Cの上記供述部分は,上記のとおり信用性を十分肯定できるIらの証言や,上記各ビデオテープ,とりわけ,Oの撮影に係るもの(平成14年押第2098号の71)によって認められる同被告人の行動状況とよく符合する内容のものということができ,その信用性を相応に肯定することができる。すなわち,同被告人のこの供述は,上記のとおり同被告人が被告人Aの本件覚せい剤譲渡のため見張りをしてやったとの事実を認定するについて,これを支持する証拠価値を持つものということができる。もっとも,被告人Cは,公判で,被告人AとIが接触した際,同被告人やIの存在自体にすら気付かなかったなどと供述するが,この供述は,前記認定の被告人Aと同Cの位置関係や被告人Cの行動状況等に照らし,極めて不自然,不合理で,およそ信用するに足りず,捜査段階で上記のような供述をした理由について,首肯できる説明ができているとも到底認められないのであって,上記捜査段階供述の信用性を左右するような意味を持つものではない(もとより,上記供述を録取した同被告人の検察官面前調書については,被告人A及び同Bの関係で,刑事訴訟法321条1項2号後段の特信性も認めることができる。)。
この点について更に補足すると,被告人Aの弁護人は,同被告人が被告人Cらのいる方向に向かってしたとされる合図(前記アい)を同被告人が実際に目にしたとは認められないから,被告人Aが合図をしたために被告人Cが本件犯行に協力した旨の警察官証人の証言は不自然であるという点を指摘する。なるほど,前記平成14年押第2098号の70のビデオテープ及びその映像を写真化した甲98の写真等によると,被告人AがIと接触して,被告人CやDのいる方向に向かって手を挙げて下ろす動作をしてみせた(前記アい)瞬間には,被告人C自身はたまたま他所に目を向けていたようにもうかがわれ,同被告人がこの合図を実際に目にしたとまで認めることができるかどうかについては疑いをいれる余地があるようにもうかがえる。しかし,そもそも,Iらは,被告人Cが被告人Aの手を挙げて下ろす合図を現認していたと証言しているわけではないし,関係証拠によれば,被告人Cは,被告人Aの手を挙げて下ろす合図を現認したかどうかにかかわらず,覚せい剤密売のためIと接触し,Iとともに覚せい剤の隠匿場所に場所を移すなどした被告人Aの挙動全体を見て,本件犯行への関与を開始したと認められるところ,Iらもこのような観点から被告人Cの本件犯行への関与について証言していることが明らかであるから,Iらの証言には同弁護人が指摘するような不自然な点はなく,同弁護人の上記主張は採用することができない。
次に,被告人BとFの見張りの状況について補足すると,同被告人は,その供述内容にかなりの変遷もあるものの,捜査段階及び公判段階を通じ,要するに,自分が前記アのとおりの移動をしたことや,途中からFと一緒に行動したこと自体はおおむねこれを認めつつ,薬物密売のための見張りをしたのではないという趣旨の供述をしている(Gビルにあるマクドナルドに食事をしようと思って同所に向かっていたにすぎないと供述している。)。しかし,薬物の密売状況全般に関する被告人Bの供述が全体として信用性に乏しいことは既に前記(1)で説示したとおりであるのみならず,同被告人の上記摘示の供述部分も,Iらの証言や前記ビデオテープによって認められる同被告人の行動状況自体などに照らして極めて不自然,不合理で,およそ信用するに足りないというほかはない。
なお,被告人Bの見張りの点については,被告人A及び同Bの弁護人が,被告人Bは,Lの前から井ノ頭通りに至ると,同通りを被告人Aらとは反対の方向にいったん曲がったり,Fとともに,途中で被告人AやIを追い越して先にH店の前に赴いたりするなど(前記アお,か),同被告人の後を終始追尾する行動をしていたわけではないのであるから,被告人Aと同Bらとの間の共謀を認めることはできないという趣旨と解される主張もしている。しかし,関係証拠により認められる前記アの事実関係,殊に,被告人Bが井ノ頭通りを被告人Aらとは反対方向に曲がってから,Fを伴って再び被告人Aのところに戻ってくるまでの時間はごくわずかであったことや,その後の被告人BとFの行動状況などに照らせば,むしろ,同被告人が,Fとともに見張りをするため,井ノ頭通りに至った際いったん被告人Aらと反対の方向に曲がってFがいるところへ行き,同人を呼びよせて,以後同人とともに見張りをすることとしたものと推認することができる。また,被告人BとFが被告人Aを追い越していったという点についても,関係証拠によれば,被告人Aは本件覚せい剤の授受をH店の前辺りで行うことをあらかじめ決めていたようにうかがわれ,Iに対し次回からも同所で取引を行うなどと述べていることなどにも照らすと,被告人Aは同所を薬物の授受場所として利用する意図を有しており,そのことは被告人Bや同じグループの者たちも知っていたと推認できる。それに加え,被告人BがFとともに井ノ頭通り上で被告人AとIの様子をうかがって,同被告人らのそばを通り過ぎた後,先にH店の前に行き,現に同所で同被告人とIとの間の覚せい剤取引の様子をうかがい,周囲を警戒していた状況等にも照らすと,被告人BとFは,被告人AがH店の前で本件覚せい剤の授受に及ぶという事情を了解した上で先に同所に赴いていたと優に推認することができるのである。
最後に,被告人Aの供述についてみると,同被告人は,前記(1)で引用したとおり,捜査段階では,これまで他人に薬物を売ったことはない旨を述べ,本件についても,覚せい剤であるとは分からないまま,他のイラン人に言われたものをIに手渡したにすぎないという趣旨を述べていたが,公判では,自分が覚せい剤を密売していたことや,本件で自分がIに対して実際に覚せい剤を譲渡したことは認める供述をするに至っている。もっとも,同被告人は,このように供述を変更した後も,被告人B及び同Cらと共謀したことはなく,本件の譲渡について他人に助けてもらったことはないという趣旨を述べている。しかし,薬物密売状況に関する被告人Aの供述が全体として信用し難いことは前記(1)で説示したところによっても明らかであるのみならず,本件覚せい剤譲渡について被告人B,同Cらが関与したことを否定する被告人Aの供述は,Iらの証言や前記ビデオテープによって認められる同被告人や被告人B,同Cらの行動状況自体に照らしても不自然であって,信用性が著しく低いことが明らかである。
(3) 結論
以上のとおり,被告人A,同B及び同Cは,Fを含む約20人のイラン人ふう外国人とともにK周辺でたむろし,その者たちとともに覚せい剤を含む薬物密売のための一つのグループを形成し,これらの者は,グループ内のある者に客がつけば周囲にいた他の者が見張りをしてやるなど,その時々の状況に応じて適宜役割を分担しながら,協力して薬物を密売する旨の了解を遂げ,またその協力を繰り返していたところ,平成14年8月17日午後9時10分ころ,被告人Aに客(I)がついて,覚せい剤取引のための接触を始めるや,付近にいた被告人Cが,その旨を認識して被告人Aの密売の意思を察知し,上記のような了解の下に,同被告人の薬物密売の実行に協力する意図で,同被告人がIと覚せい剤取引の話を始め,本件覚せい剤を隠匿していたたばこの空き箱から取り出すなど,本件覚せい剤譲渡に当たって極めて重要な行為を行う間,その近くにいて,同被告人らの様子を注視したり,その周囲を警戒し,同被告人らやその後を追尾した被告人Bが井ノ頭通りに出て見えなくなるころまで警戒を続けるという態様の見張り行為を行ったものであり,またこのときL付近にいた被告人Bも,被告人Aに客がついたことを認識してその密売の意思を察知し,上記のような了解の下に,同被告人の薬物密売の実行に協力する意図で,周囲を警戒しながら同被告人を追尾して自らも移動し,さらに,Fも加えて,同被告人とIの周囲をうかがうなどした上,薬物の密売場所であるH店前路上まで先に移動し,その直ぐ後に同被告人とIが同所付近に到着すると,Fとともに同被告人らの付近に立って周囲を警戒するという態様の見張り行為をしたという事実を,関係証拠上優に認めることができる。そうすると,L前の路上で被告人AとIが接触を始め,被告人Cが上記見張り行為を開始した時点において,被告人Aと被告人Cとの間で,本件覚せい剤の営利目的譲渡に係る共謀が成立し,また,被告人AがIとともにE店の前から井ノ頭通り方向へ移動を始めたのを見て,被告人Bがその追尾を始めた時点では,被告人Bとの間でも上記共謀が成立するに至ったものと優に認定できることが明らかである(なお,Fが被告人Bとともに見張りを始めた時点で,Fもまたこの共謀に加わったものと認めることができる。)。なお,補足すると,被告人Aも,被告人B,同C及びFのそれぞれの見張り行為をいずれも認識し,これらの者と意思を通じた上で本件譲渡の実行行為に及んだこともまた,関係証拠に照らして優に認定することができる。
補足すると,被告人B,同C及びFは,被告人Aによる本件覚せい剤の営利目的譲渡の犯行について,その実行行為自体を自ら行ったのではないが,前記認定のとおり,被告人A,同B,同C及びFを含むイラン人ふう外国人の薬物密売グループの者らは,警察等による取締りから逃れるために,仲間の密売人に客がつくとその付近にいる他の密売人らが見張りをするなど,他の密売人による見張りを不可欠なものとして相互に利用しあって薬物密売を行っていたのであり,本件各見張り行為を行った被告人B,同C及びFも,自己の犯罪を実現する意思をもって,上記のとおり,まさに本件覚せい剤の営利目的譲渡の犯行の実現に不可欠で重要な関与をしたものと認められるのであるから,本件各見張り行為を行った被告人B,同C及びFには,本件覚せい剤の営利目的譲渡の犯行について共謀共同正犯が成立することが明らかである。
以上の次第であるから,被告人Aが被告人B,同C及びFと共謀の上,営利の目的でIに対し本件覚せい剤を譲渡したという判示第5の犯罪事実を十分認定することができ,また,被告人B,同C及びFが被告人Aのためその見張りをしたという事実も優に認めることができるから,各被告人の弁護人による前記①の主張は採用することができない。
3 前記②の主張について
前記のとおり,被告人Bの弁護人は,同被告人が被告人Aの薬物譲渡に協力する意思を持ったとしても,その犯意は警察官らのおとり捜査によって惹起,誘発されたものであるから,本件のおとり捜査は違法であるというが,既に詳細に認定,説示したとおり,被告人Bらは,約20人のイラン人ふう外国人から成る薬物密売グループの一員として,グループ内の他の者に見張りをしてもらった上で自ら通行人に薬物を密売したり,他の者が薬物を密売するに当たりその見張りをしてやるなどの行動を繰り返す中で本件犯行に及んだものであり,したがって,同被告人らは,Iが被告人Aに接触する前から,上記グループ内の他の者に薬物密売の客がついたときにはその見張りをするなどして,その譲渡についてまさに不可欠な関与をする意思を有していたことが明らかであるから,同弁護人の上記主張は,当裁判所の認定と異なる事実を前提にするものであるといわなければならない。被告人Bの弁護人の上記主張は,本件おとり捜査の違法を理由として,この捜査によって収集された証拠の証拠能力を争い,あるいは本件の公訴の提起自体を争う趣旨のようにも解されないではないが,この主張は,上記のように,その前提に誤りがあって,採用することができない。
(量刑の理由)
本件は,被告人3名が,それぞれ有効な旅券等を所持しないで本邦に上陸した後,引き続き不法に在留したという出入国管理及び難民認定法違反(判示第1ないし第3),共謀の上,営利の目的で覚せい剤0.522グラムを代金1万5000円で譲り渡したという覚せい剤取締法違反(判示第5),被告人Aが,他のイラン人(前記D)と共謀の上,営利の目的で覚せい剤10.685グラムを所持したという覚せい剤取締法違反(判示第4)及び被告人Cが,あへん0.114グラム及びMDMAを含有する錠剤0.419グラムを所持したというあへん法違反,麻薬及び向精神薬取締法違反(判示第6)とから成る事案である。
被告人らに共通の判示第5の覚せい剤の営利目的譲渡についてみると,このような犯行の内容自体,社会的に強い非難に値することはいうまでもない上,既に詳細に説示したとおり,被告人3名を含む前記密売人グループの者らは,K周辺という都内でも有数の繁華街に連日のようにたむろして,目をつけた通行人に声をかけ,相手が応じると,隠匿場所から薬物を取り出して路上で販売するという方法で,覚せい剤を含む薬物の販売を繰り返し,また,その際には,グループ中の者に客がつくと,グループ内の他の者らが見張りをして危険を知らせ,摘発を防ぐなど,互いに協力し,時々の状況に応じながら適宜役割を分担しつつ,密売を行うというように,誠に大胆,巧妙かつ組織的な方法で薬物の密売を職業的に累行していたのであり,本件は,まさにこのような被告人らの継続的な薬物密売状況の一環として,通行中の者に誘いかけた上,密売の実行者と見張り役が協力しながら,隠匿していた覚せい剤を密売するという方法で敢行された犯行であることが明らかであって,その態様が誠に悪質といわなければならない。もとより,各被告人が本件に及んだ動機等に酌むような事情があるとはおよそ認めることができない。
被告人Aは,前記のように,上記覚せい剤営利目的譲渡の犯行に当たって,覚せい剤密売の実行行為を行い,最も重要な役割を果たしたものである上,同被告人は,別のイラン人(D)と共謀の上,覚せい剤を営利目的で所持する判示第4の犯行にまで及んでいるところ,この犯行も,同被告人らが上記のように薬物密売を職業的に繰り返す中で,10.6グラム余もの覚せい剤を買い求めた上,密売目的で所持していたというものであり,これまた動機等に酌む点はないし,態様も,上記のように相当量にのぼる覚せい剤を,0.5グラム前後の合計20袋のビニール袋に小分けした状態で,判示店舗建物の入口木枠の上部に隠しておき,上記密売の一環として,客がつけばいつでも譲渡できるような状態で所持していたというものであって,悪質というほかはない。同被告人の判示第1の出入国管理及び難民認定法違反の犯行も,同被告人が偽造旅券を使い,不正に本邦に入国した上,不法に在留したというもので,その経緯,態様等に酌む点があるとは認められないし,在留中の行状が芳しくなかった点ももとより軽視することができない。そうすると,同被告人の刑責は特に重いというべきである。
被告人Bは,上記覚せい剤営利目的譲渡の犯行に当たり,被告人AがIとともに密売場所に移動して覚せい剤の授受を終えるまで,おおむね同被告人らの付近にいて,同被告人らとともに場所を移動し,途中からはFも引き入れて,見張りに当たるなど,積極的に本件犯行に関与し,本件の実行に当たり不可欠で重要な役割を果たしたことが明らかである。また,被告人Bの判示第2の出入国管理及び難民認定法違反の犯行も,同被告人が,偽造旅券を使い,不正に本邦に入国した上,不法に在留したというもので,経緯,態様等に酌む点があるとは認められないし,在留中の行状がやはり芳しくなかったことも明らかである。そうすると,同被告人の刑責も相当に重いというほかはない。
次に,被告人Cについてみると,同被告人は,上記覚せい剤営利目的譲渡の犯行に当たり,上記のとおり,被告人Aが客のIと接触を始め,覚せい剤を隠匿したたばこの空き箱を置いてある場所まで移動して,この空き箱から覚せい剤を取り出して準備し,引き続きIを促して密売場所に向け移動するなどした際,その近くにいて,同被告人らの様子を注視し,周囲を警戒して見張りをしてやるなどしたものであって,その後の密売場所における見張り等については被告人Bらにゆだねたことがうかがえるとはいえ,本件犯行の実現にとってやはり不可欠で重要な意味を持つ関与をしたことが明らかである。その上,被告人Cは,このほかにも,あへんや麻薬を自己使用目的で所持する判示第6の犯行をも行ったものであるところ,この犯行の経緯,態様等にもおよそ酌むような点があるとは認められないし,同被告人の判示第3の出入国管理及び難民認定法違反の犯行も,密航船に乗船して本邦に不正に入国した上,不法在留に及んだというもので,その経緯,態様等に酌む点があるとはやはり認められず,同被告人の在留中の行状もまた芳しくなかったことが明らかである。そうすると,同被告人の刑責もまた相当に重いといわなければならない。
他方,判示第5の覚せい剤営利目的譲渡については,被告人らが本件犯行自体によって譲渡した覚せい剤の量が,上記の程度にとどまり,それほど多量であるとはいえないこと(ただし,本件が末端使用者に対する譲渡を想定した事案であることなどを考えれば,譲渡された覚せい剤の量がそれほど多くないのは当然ともいえるから,この点を被告人らのためあまり過大に評価することはできないことにも留意すべきである。),被告人B及び同Cについては,密売の実行自体を行ったのではなく,また複数の見張り役の1人として本件に関与したものであって,本件犯行自体の遂行に当たり中心的な役割を果たしたとは認められないこと,上記犯行は,警察官がおとりとなったもので,一般市民へ覚せい剤の害悪を拡散させるには至らなかったこと等の事情も認められる。そのほか,判示第1ないし第3の出入国管理及び難民認定法違反の各犯行については,いずれの被告人も不法在留期間が約7箇月ないし約1年3箇月程度と比較的短期間であること,被告人Aらの判示第4の犯行に係る覚せい剤も,他に売却されないうちに発見,押収されたこと,いずれの被告人にも本邦での前科前歴がないことなどの事情も,各被告人のためそれぞれに考慮すべきであると考えられる。
そこで,以上の諸事情を総合考慮し,各被告人に対しそれぞれ主文掲記の刑を科するのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木口信之 裁判官 小林正樹 裁判官 鈴木涼子)