東京地方裁判所 平成14年(特わ)1231号 判決 2002年12月10日
主文
被告人を懲役2年及び罰金4300万円に処する。
その罰金を完納することができないときは,金20万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判が確定した日から4年間その懲役刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人は,平成10年12月21日まで神奈川県鎌倉市AB丁目C番D号を,同月22日から平成11年8月3日まで山形県酒田市E町F番G号を,同月4日から平成12年8月22日まで神奈川県鎌倉市AB丁目C番D号を,同月23日から東京都千代田区H町I丁目J番K号LM号を住所地と定め,株式会社Nの代表取締役等を務めていたものであるが,自己の所得税を免れようと企て,雑所得となるべき収入を除外するなどの方法により所得を秘匿した上,
第1 平成9年分の実際総所得金額が1億8136万円であった(別紙1の所得金額総括表及び修正損益計算書参照)にもかかわらず,平成10年3月16日,神奈川県鎌倉市OP丁目Q番R号所轄S税務署において,同税務署長に対し,所得金額が3136万円で,源泉所得税額等を控除すると136万5040円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(平成14年押第1411号の1)を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,同年分の正規の所得税額7349万2900円と上記申告税額との合計7485万7900円(別紙5のほ脱税額計算書参照)を免れ,
第2 平成10年分の実際総所得金額が4229万2500円であった(別紙2の所得金額総括表及び修正損益計算書参照)にもかかわらず,平成11年3月12日,山形県酒田市TU丁目V番W号所轄X税務署において,同税務署長に対し,所得金額が3229万2500円で,源泉所得税額等を控除すると162万5365円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,同年分の正規の所得税額322万5800円と上記申告税額との合計485万1100円(別紙6のほ脱税額計算書参照)を免れ,
第3 平成11年分の実際総所得金額が1億585万円であった(別紙3の所得金額総括表及び修正損益計算書参照)にもかかわらず,平成12年3月10日,前記S税務署において,同税務署長に対し,所得金額が2785万円で,源泉所得税額等を控除すると150万7436円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の3)を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,同年分の正規の所得税額2698万4400円と上記申告税額との合計2849万1800円(別紙6のほ脱税額計算書参照)を免れ,
第4 平成12年分の実際総所得金額が2億284万9160円であった(別紙4の所得金額総括表及び修正損益計算書参照)にもかかわらず,平成13年3月15日,東京都千代田区YZ丁目a番b号所轄c税務署において,同税務署長に対し,所得金額が2562万5000円で,源泉所得税額等を控除すると134万6820円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の4)を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,同年分の正規の所得税額6392万7200円と上記申告税額との合計6527万4000円(別紙6のほ脱税額計算書参照)を免れた(別紙添付省略)。
(法令の適用)
1 罰条
第1の行為 平成10年法律第24号による改正前の所得税法238条1項,所得税法238条2項
第2の行為 所得税法238条1項
第3,第4の各行為 いずれも所得税法238条1項,2項
2 刑種の選択
各罪 いずれも懲役刑及び罰金刑
3 併合罪の処理 刑法45条前段
懲役刑 刑法47条本文,10条(犯情の最も重い第1の罪の刑に加重)
罰金刑 刑法48条2項
4 労役場留置 刑法18条
5 刑の執行猶予 刑法25条1項(懲役刑につき)
(量刑の理由)
本件は,衆議院議員の事務所代表を務めていた被告人が,いわゆる口利き料などとして得た収入を除外するなどの方法により自己の所得を秘匿し,4年分にわたり所得税を免れた事案である。
本件のほ脱額は,合計約1億7300万円余と多額であり,ほ脱率も,通算約85パーセントとかなりの高率である。被告人が除外した収入は,①芸能プロダクション社長から,同人のとばくに関する捜査のもみ消しを依頼されて警察の捜査情報を入手するなどし,その謝礼として受け取った現金1億5000万円,②ゴルフ場開発事業の譲渡に関与し,譲受人から譲渡人に支払われたいわゆる裏リベートの中から仲介手数料として取得した現金5000万円,③上記議員の地元の県内で行われる道路関係の公共事業を受注するための新会社を設立し,これに参加した同県内の建設業者7名に参加の謝礼金として支払わせた現金合計1億2000万円,④同地元県内で行われる水道関係の公共工事の受注につき,電機会社から助力を依頼されて同県関係者に口利きをし,その後同工事を落札した同会社から謝礼として振込送金を受けた約4400万円など様々で,その総額は4億1500万円余に上る。被告人は,これらの雑所得となるべき収入を一切申告せず,自己経営の輸出入代行会社から得た給与所得等のみを申告するという虚偽過少申告を繰り返し,源泉徴収分の還付まで受けていたものである。こうしてみると,本件は大胆で悪質なほ脱事犯といわなければならない。国会議員の事務所代表兼私設秘書というその立場や,除外された収入の内容に照らすと,被告人は,納税を惜しむとともに,上記収入の源泉を秘匿することを意図して本件犯行に及んだと推察されるが,このような利己的あるいは自己保身的な動機に酌量の余地はない。しかも,被告人は,捜査がわが身に及ぶことを察知するや,関係者との口裏合わせを行うなどして罪証の隠滅を図り,また,捜査官に対し,脱税自体を認めた後もほ脱所得の使途等につき詳細を明かさなかったもので,犯行後の情状も芳しくない。さらに,国会議員の活動を補佐することを通じて国政に関わりを持っていた被告人が,その地位に関連して得た収入にまつわる本件脱税を行ったことにより,国民の政治に対する信頼が大いに損なわれたことも,看過することができない。
これらの事情に照らすと,被告人の刑事責任を軽くみるわけにはいかない。
しかしながら,他方で,被告人は,本件各事実を認め,当公判廷において反省の弁を述べていること,既に修正申告を行い,本税及び重加算税を完納していること,前科がないこと,200万円を贖罪寄附したことなど,有利に斟酌すべき事情も存する。
そこで,以上の諸事情を総合考慮し,被告人に対しては,主文の各刑を量定した上,その懲役刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
(求刑-懲役2年及び罰金5000万円)
(裁判長裁判官 飯田喜信 裁判官 中島経太 裁判官 富張邦夫)