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東京地方裁判所 平成14年(特わ)5910号 判決 2003年4月16日

主文

被告人を懲役3年に処する。

未決勾留日数中90日をその刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は,法定の除外事由がないのに,平成14年10月中旬ころから同月23日までの間,神奈川県内又はその周辺において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン又はその塩類若干量を自己の身体に摂取し,もって,覚せい剤を使用した。

(証拠)<省略>

(証拠能力についての補足説明)

1  弁護人は,本件は,警察官らが別件の自動車窃盗の被疑事実に基づく逮捕状の緊急執行として被告人を逮捕し,引き続き,被告人から尿を押収して鑑定に付したところ,その尿から覚せい剤の反応が出たという経過をたどるが,そもそも,上記逮捕は,被告人が被告人方にいることを認識していた警察官らが逮捕状を取り寄せる十分な時間的余裕があったにもかかわらず,これを怠り,安易に逮捕状の緊急執行という方法でなされたものであって,逮捕状の緊急執行について定める刑事訴訟法201条2項,73条3項の「急速を要するとき」の要件に欠け,この逮捕手続には令状主義の精神を没却する重大な違法があり,したがって,違法な身柄拘束中にとられた尿に関する鑑定嘱託書謄本(甲4)及び鑑定書(甲5)は,将来における違法捜査を抑制するという見地から,いずれも違法収集証拠としてその証拠能力を否定されるべきものであると主張している。又,被告人は,逮捕される際,被疑事実の要旨を告げられていない旨述べている。そこで,上記各証拠について,その証拠能力を認めた理由を,以下,補足して説明する。

2  前掲証拠欄掲記の関係各証拠に,捜査報告書(甲1),被疑者引渡書謄本(甲11),通常逮捕手続書謄本(甲12),複写報告書(甲14),逮捕状謄本(甲15)を加えて検討すると,被告人を被告人方付近で逮捕した経緯について,次の事実を認めることができる。すなわち,被告人は,自動車窃盗の容疑で警視庁西新井警察署から指名手配されていて,同容疑を被疑事実とする逮捕状が平成14年10月20日に東京簡易裁判所裁判官から発付(再度の発付)され,請求者である西新井警察署警察官に交付されていたところ,被告人は,神奈川県相模原市麻溝台<番地略>の被告人方において,内妻とともに生活していることが判明したため,神奈川県相模原警察署甲太郎警部補以下警察官6人が同月23日午前2時ころから被告人が屋外に出てきたところを逮捕するために被告人方付近で張り込みを開始した。甲警部補らは,同日午前7時30分ころまで被告人が外出するのを待ったが,その気配がなかったので,そのころ,被告人方の勝手口や玄関等を叩いて,被告人に出てくるよう促したものの反応はなく,同日午前8時10分,被告人方2階のベランダの窓に内妻の姿が見えたことから,警察官の1人がベランダにのぼり,同女に警察手帳を示して窓を開けて中に入れてもらい,同女とともに階下にいた被告人のところに来た(なお,被告人は,警察官が勝手に侵入してきた旨述べるが,同女は,特に取り乱すこともなく警察官とともに階段を下りてきた上,被告人に対し,「刑事さん」と述べていることからすると警察官が同女の承諾なく無理矢理侵入した事実は認められない。)。甲警部補は,玄関の外に出てきた被告人に対し,警察手帳を示して,西新井の事件のことで聞きたいことがあると言ったが,その後,被告人は携帯電話をかけたり,2階で着替えをするなどした。そして,被告人は,同日午前9時40分,同市麻溝台<番地略>先駐車場に駐車中の捜査用車両内において,警察官から逮捕状が出ている旨及び指名手配(通報)書記載の被疑事実の要旨(その内容は,上記逮捕状記載の被疑事実の要旨と同一である。)を告げられて通常逮捕状の緊急執行手続により逮捕されたが,その際,被告人は,「おれには関係ないけれども行きましょう。」と述べた(なお,被告人は,逮捕の際,「西新井の件」としか言われなかった旨述べるが,後に述べる信用性の高い証人甲の公判供述からして採用できない。)。その後,被告人は,同日午後1時1分,相模原警察署において,西新井警察署の警察官から上記逮捕状を示され,同日中に同署に連行されて尿の任意提出を促されたが,これを拒んだため,同月24日,東京地方裁判所裁判官から被告人の尿の捜索差押許可状が発付され,翌25日午後4時35分,都内の病院において,被告人の方から「尿を出す。」と言って,自発的に排尿し,警察官がこれを差し押さえた。

3  ところで,甲警部補は,証人として尋問を受けた際,逮捕状を示して逮捕するというのが原則であることは承知していたが,被告人を逮捕する本件の場合は,逮捕状の緊急執行という方針でいたので,張り込み中に逮捕状を取りに行くことは考えなかった,逮捕状の緊急執行は県外からの指名手配被疑者の場合が多く,また,被告人が被告人方にいることは逮捕前日の夜に確認していた,実際に被告人方に捜査員が入るまでの間に逮捕状を取り寄せることを困難にする理由は特になく,仮に取りに行くとした場合の所要時間は3,4時間程度と思う,などという趣旨の供述をしている。

甲警部補の公判供述は,具体的で詳細であり,被告人を逮捕するまでの経過についても自然な流れに沿っている上,警察に不利と思われる事柄についても正直に述べており,その信用性は全体的に高いということができる。

4  上記の検討したところからすると,甲警部補ら神奈川県警察の警察官は,指名手配中の被告人が被告人方にいることを逮捕前日の夜に確認し,被告人が被告人方から出てきたところを逮捕する方針で,逮捕当日の深夜午前2時ころから被告人方の張り込みを実施し,同日午前7時30分に同人方の玄関等を叩くなどして被告人に出てくるように促し,同日午前9時40分に逮捕状の緊急執行の手続きにより被告人を逮捕したことが認められるが,被告人の所在の確認がとれた逮捕前日の夜から警察官が被告人の逮捕に向けた行動を起こした逮捕当日午前7時30分までの間に逮捕状を取り寄せることにつき,それを困難とする事情は全く認められず,かえって,甲警部補らは,当初から緊急執行でいくという方針をとっていたため,逮捕状を取り寄せることは考慮すらしなかったことが認められる。

ところで,逮捕状の緊急執行は,もとより,被疑者を逮捕する際には,逮捕状を被疑者に示さなければならないとする原則の例外であって,逮捕状を所持しないためこれを被疑者に示すことができない場合において,急速を要するときにのみ行うことができる(刑事訴訟法201条,73条3項)。本件の場合,たしかに,逮捕した時点に限定して考えると,逮捕状が手元になく,しかも,その場で逮捕しなければ逃亡等の可能性があったとして,「急速を要するとき」の要件を満たしているとみえなくもない。しかしながら,本件は,被疑者が直ちに立ち去る可能性のある場所で逮捕すべき被疑者を発見した場合等とは異なり,少なくとも逮捕の前・当日は,捜査機関が被告人の逮捕に向けた行動をとっていることが被告人に察知されない限り,被告人が直ちに被告人方から行方をくらますことなど考え難い上(現に,警察官が被告人方の勝手口や玄関等を叩くまで被告人は警察官が来たことに全く気が付かなかったことが認められる。),被告人の所在を確認した後,被告人の逮捕に向けた行動をとるまでに逮捕状を取り寄せる時間的余裕も十分存在したのであって,それを困難にする事情は全く認められないのであるから,逮捕状を取り寄せる努力を怠り,ただちに,緊急執行の手続きで被告人を逮捕した本件逮捕手続は,「急速を要するとき」の要件を満たしておらず,違法とみる余地がある。

しかしながら,西新井警察署の警察官は,被告人の覚せい剤取締法違反罪の前科や被告人の態度,状態等から覚せい剤使用の嫌疑をもち,被告人に尿の任意提出を求めた後,裁判所に被告人の尿の捜索差押許可状の発付を請求し,これが認められて,同日,同許可状が発付されていること,その翌日には,被告人が自発的に排尿して,その尿が同許可状に基づき差し押さえられていること,西新井警察署の警察官はもとより甲警部補ら神奈川県警察の警察官らにも令状主義に関する諸規定を潜脱しようとするまでの意図があったとは認められないことからすると,逮捕の手続は先に述べたとおり違法とみる余地があるけれども,その後に行われた尿の差押手続やそれの鑑定手続が違法となる余地はなく,その結果得られた各証拠についても,その証拠能力を肯定することができるし,仮に,違法という身柄拘束中になされたこれらの手続も違法性を帯びているという前提にたったとしても,その違法の程度は,令状主義の精神を没却するほどの重大なものではないというべきであり,その結果得られた各証拠についても,将来の違法捜査抑制の見地からみて,違法収集証拠としてその証拠能力を否定すべき場合には当たらないといえる。

5  以上の次第で,前掲1掲記の各証拠の証拠能力は,これを肯定することができるのであるから,弁護人の主張は採用しない。

(累犯前科)

被告人は,平成8年7月24日東京地方裁判所で大麻取締法違反,覚せい剤取締法違反罪により懲役3年に処せられ,平成11年10月25日その刑の執行を受け終ったものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書(乙6)によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は覚せい剤取締法41条の3第1項1号,19条に該当するところ,被告人には上記の前科があるので刑法56条1項,57条により再犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入することとし,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は,被告人が覚せい剤を自己使用したという事案である。

覚せい剤の害悪が社会問題となり,その取締りも強化されている折,覚せい剤を使用すること自体,厳しい非難を免れないところ,被告人は,さしたる抵抗感もなく,覚せい剤を自己使用するに及んでおり,しかも,被告人の述べるところによれば,中学生のころに覚せい剤を使用し始め,成人してからもほぼ断続的に覚せい剤を使用していたというのであるから,本件は被告人のこのような覚せい剤使用の延長上の犯行ともみることができ,犯情は悪質である。しかも,被告人には,本件と同種の累犯前科があるほか,昭和57年から平成4年までの間に覚せい剤取締法違反罪により懲役刑に処せられた前科が4件あり,いずれも被告人は服役していることや他にも罰金刑や懲役刑に処せられた前科があることをも考慮すると,被告人の覚せい剤に対する親和性,依存性は高く,規範意識も希薄というほかない。

したがって,被告人の刑事責任は軽くない。

そこで,被告人は,覚せい剤の自己使用の事実そのものについては捜査段階からこれを認めて反省後悔していること,今後は覚せい剤に手を出さず,真面目に働く旨述べていること,被告人の仕事仲間が自分の家の近くに住まわせるなどして被告人を監督していく旨当公判廷で述べていることなど被告人に有利な情状をも総合考慮して主文の刑を量定した。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官・市川太志)

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