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東京地方裁判所 平成14年(特わ)6281号 判決 2003年5月02日

本籍 東京都

住居 東京都

職業 無職

被告人A

本籍 宮崎県

住居 埼玉県

職業 医師

被告人 B

主文

被告人Aを懲役1年2月及び罰金80万円に、被告人Bを懲役10月及び罰金50万円にそれぞれ処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から3年間それぞれその懲役刑の執行を猶予する。

被告人両名において、罰金を完納することができないときは、それぞれ金5000円を1日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人Aから金400万0986円を、被告人Bから金400万1147円をそれぞれ追徴する。

理由

(犯罪事実)

被告人Aは、株式会社C銀行財務開発部企業アドバイザリーグループに所属していたもの、被告人Bは被告人Aの友人であるが、被告人両名は、共謀の上、被告人Aがその職務に関し知った公開買付けの実施に関する事実の公表前に、公開買付けが実施される株券を買い付け、同事実の公表後に同株券を売り抜けて利益を得ようと企て、いずれも法定の除外事由がないのに、

第1C銀行が、D株式会社との間で、同会社が株式会社Eから、発行する株券を大阪証券取引所市場第二部に上場しているF株式会社の株式を購入するための仲介及び助言契約(以下「本件アドバイザリー契約」という。)を締結し、財務開発部企業アドバイザリーグループにおいて、同契約の締結、交渉ないし履行に関する事務に従事していたところ、被告人Aにおいて、平成12年12月25日ころ、同契約の締結、交渉ないし履行に関し、D株式会社の業務執行を決定する機関がF株式会社の株券の公開買付けを行うことについての決定をした旨のD株式会社による公開買付けの実施に関する事実を知り、同事実の公表前である平成13年2月27日及び28日の両日、前後3回にわたり、仙台市青葉所在のG証券H支店を介し、大阪市中央区所在の大阪証券取引所において、被告人B名義で、F株式会社の株券合計5000株を買付価額合計398万6000円で買い付けた

第2被告人Aにおいて、平成13年3月12日ころ、その職務に関し、C銀行財務開発部企業アドバイザリーグループに所属するIが、J株式会社代表取締役Kから職務上伝達を受けた、同会社の業務執行を決定する機関が、発行する株券を日本証券業協会に登録しているL株式会社の株券の公開買付けを行うことについての決定をした旨のJ株式会社による公開買付けの実施に関する事実を知り、同事実の公表前である同月30日から同年4月13日にかけて、前後8回にわたり、G証券H支店を介し、東京都中央区所在の株式会社ジャスダックにおいて、被告人B名義で、L株式会社の株券合計1万株を買付価額合計493万5000円で買い付けたものである。

(判示冒頭及び第1の事実に関する争点についての判断)

第1弁護人らの主張の要旨

被告人両名の弁護人らは、判示第1の事実について、被告人Aは、C銀行がD株式会社との間で締結した本件アドバイザリー契約の締結、交渉ないし履行に関する業務には従事していなかったから、同被告人が平成13年法律第129号による改正前の証券取引法167条1項(以下、単に「証券取引法167条1項」という。)4号にいう「当該契約の締結若しくは交渉又は履行に関し」D株式会社によるF株式会社の株券の公開買付け(以下「本件公開買付け」という。)の実施に関する事実を知ったと解することはできない旨、また、G証券H支店を介したF株式会社の株券の買付けは、被告人Bが同被告人の資金及び名義で行った単独取引であって、その取引の当時、被告人Bと被告人Aとの間で、利益の分配や損失の分担に関する合意は存在しなかったから、被告人両名に共謀があったとは言えない旨指摘して、被告人両名は無罪であると主張するので、以下、当裁判所が、被告人両名に対し、判示冒頭及び第1の事実を認定した理由について補足して説明する。

第2証券取引法167条1項4号の構成要件該当性ついて

1  関係各証拠によれば、被告人Aが、本件公開買付けの実施に関する事実を知った経緯は、以下のとおりである。すなわち、同被告人は、平成4年4月にC銀行に入行した後、平成12年5月に財務開発部に異動となり、当初は財務分析グループに所属していたが、同年11月からは企業アドバイザリーグループの所属となった。ところで、C銀行財務開発部は、企業の合併、買収等のM&Aに関する仲介業務、助言業務等を行う投資銀行部門で、平成12年から翌13年にかけては、企業アドバイザリーグループ、企業戦略グループ、財務分析グループの3グループから構成され、このうち、企業アドバイザリーグループは、C銀行本店営業部や各支店、支社等から寄せられる顧客の企業情報を基にM&Aに関する仲介業務、助言業務等を担当していた。また、財務開発部の人員構成は、同部を統括するM部長の下に各グループを担当する次長とメンバーが配置されており、企業アドバイザリーグループには担当次長であるNの下に主任調査役及び調査役等のメンバー15名前後がいて、二、三人でチームを組み各案件を担当していた。また、財務開発部では、各グループごとに月2回、M部長、3名の次長のほか、グループのメンバーが参加するグループ会議が開催され、各メンバーは、M部長から、他に重要な用件が入っていない限り、その職務の一環として自己の所属するグループのグループ会議に出席するよう指示されていた。そして、このグループ会議においては、それぞれのメンバーが自己の担当する案件の進捗状況や問題点を報告するとともに、M部長や他の出席者がその案件の問題点を指摘したり今後の進め方や参考事項を助言するなどし、そのことにより、各担当者が自己の案件を成約に導く参考にするほか、担当外の者は、他の案件に関する議論を通じて情報を共有することにより各自の担当業務を進める参考にするなどしていた。また、このグループ会議において使用されるM&Aの案件リストは、担当者が記載したものが事前に各メンバーに配布されると共に、そのファイルがイントラネットのサーバー内に保管され財務開発部の職員であれば誰で自由に閲覧できるような状態になっていた。ただ、これらの情報はいずれも高度の秘匿性を持つ企業情報等を含んでいたことから、その情報の共有は財務開発部内だけに限られ、他の部等との間では情報を遮断する措置がとられて、その秘匿性の確保が図られていた。

D株式会社による本件公開買付けについては、M部長及びN次長の下で、O主任調査役及びP調査役が担当していたが、被告人Aは、企業アドバイザリーグループのグループ会議に出席した折りなどに、O主任調査役らが行う報告を聞いてその進捗状況等を把握していた。すなわち、平成12年12月25日開催のグループ会議においては、C銀行が、D株式会社との間で、同会社が株式会社EからF株式会社の株券を相対取引で購入するための本件アドバイザリー契約を締結したことや、D株式会社が本件公開買付けを実施することを決定しそのアドバイザリー業務をQ株式会社に委託したことなどを、平成13年1月12日のグループ会議においては、D株式会社が本件公開買付けを実施するに当たってのスケジュールがほぼ確定したことや、O主任調査役等がF株式会社の企業価値評価作業を開始したことなどを、同年2月9日のグループ会議においては、O主任調査役等が株式会社EとD株式会社に対しF株式会社の企業価値評価レポートを提示し、あとは株式会社EとD株式会社との間で価格交渉を残すのみとなったことなどを知った。

2  ところで、公開買付けに関する内部者取引(インサイダー取引)を規制している証券取引法167条1項は、同項各号に掲げる公開買付者等関係者であって、上場等株券等の公開買付け等をする者の公開買付け等の実施に関する事実を当該各号に定めるところにより知ったものが、その事実の公表前に公開買付け等にかかる上場等株券等に係る買付け等をすることを禁止している。そして、同項1号ないし5号は、この公開買付者等関係者の具体的内容及び公開買付け等の実施に関する事実を知った状況について列挙しているところ、検察官は、被告人AがD株式会社による本件公開買付けの実施に関する事実を知ったのは同項4号に該当すると主張するのに対し、弁護人らは同項5号との対比でその該当性を争っている。そこで、同項4号を見ると、同号は、「当該公開買付者等と契約を締結している者又は締結の交渉をしている者」で「その者が法人であるときはその役員等」であって「当該公開買付者等の役員等以外のもの」が、「当該契約の締結若しくはその交渉又は履行に関し」公開買付け等の実施に関する事実を「知ったとき」を規制の対象としているのに対し、同項5号は、同項2号又は4「号に掲げる者であって法人であるものの役員等」(「その者が役員等である当該法人の他の役員等が」それぞれ2号又は4「号に定めるところにより当該公開買付者等の公開買付け等の実施に関する事実を知った場合におけるその者に限る」)が、「その者の職務に関し知ったとき」を規制の対象としている。そして、証券取引法166条1項1号によれば、ここでいう「役員等」は当該会社の「役員、代理人、使用人その他の従業者」をいうものとされているところ、被告人Aが、D株式会社との間で本件アドバイザリー契約を締結していたC銀行の「使用人その他の従業者」であったことは明らかであるから、本件においては、被告人AがD株式会社による本件公開買付けの実施に関する事実を知ったのが同項4号にいう「当該契約の締結若しくは交渉又は履行に関し知ったとき」に当たるのか、それとも同項5号の「その者の職務に関し知ったとき」に当たるのかが問題となる。

3  そこで、検討するに、内部者取引が処罰される趣旨は、公開買付者等の役員等一定の関係にある者は、公開買付け等の実施に関する事実の発生に自ら関与し、あるいはその事実を知り得る立場にあるから、そのような者が、当該事実を知って、その公表前に公開買付けに係る上場等株券等の買付け等の取引を行うことは、その事実が公表されない限りその発生を知り得ない立場にある一般投資家と比べて著しく有利であって不公平であり、このような取引が横行すれば、証券市場は健全な投資家の信頼を失い、証券市場としての機能を十分に果たすことができなくなるためであると解される。したがって、平成14年法律第65号による改正前の証券取引法198条18号(以下、単に「証券取引法198条18号」ともいう。)、証券取引法167条1項は、証券市場の公平性と健全性に対する一般投資家の信頼を確保するという観点から、公開買付者等の役員等一定の関係にある者が、公開買付け等の実施に関する内部情報を知った場合には、それが公表される前に公開買付けの対象となる株券等の買付け等の取引を行うことを禁止し、これに違反した者を処罰しようとするものである。そして、同項1号ないし5号に掲げられている公開買付者等関係者は、いずれも公開買付者等の役員等と一定の関係があり、その地位、職務等により公開買付者等の内部にある公開買付け等の実施に関する未公表の情報を知り得る立場にあると考えられる者であり、このうち、同項1号ないし4号が処罰の対象としている、公開買付者等の役員等(1号)、商法293条ノ6第1項等の規定に基づき公開買付者等に対し会計帳簿閲覧権等を有する者(2号)、公開買付者等に対し法令に基づく権限を有する者(3号)、公開買付者等と契約を締結している者等(4号)は、いずれもその地位や職務等からみて通常公開買付け等の実施に関する事実についての内部情報を知り得る立場にある者であるのに対し、同項5号は、同項2号及び4号に該当する法人の役員等のうち、その地位や職務等からみて通常は公開買付け等の実施に関する事実についての内部情報を知り得る立場にはないものの、状況によっては、その者の職務に関してその内部情報を知ることがあり、その場合には情報受領者の立場にあるとはいえ、その者が2号又は4号に該当する法人の役員等という立場にあることに鑑み、同項1号ないし4号に該当する者と同様、公開買付者等関係者として処罰しようとした趣旨と理解される。しかも、公開買付者等関係者が法人であるときは、公開買付け等の実施に関する事実に係わる業務等が、当該法人の特定の部門において組織的に行われ、その内部情報を共有している状況にあることに鑑み、当該法人の「使用人その他の従業者」をも広く処罰の対象にしたと解される。そうすると、同項4号にいう「当該契約の締結若しくは交渉又は履行に関し知ったとき」とは、契約の締結若しくは交渉又は履行行為自体によって知った場合はもとより、これと密接に関連する行為により知った場合を含むと解されるが、それは、契約の締結又は交渉について権限を有し、あるいはその履行について義務を負う者がそれらの行為の際に知ったときだけでなく、これを補助する担当者が知ったときを含み、さらに、この担当者等からその職務上当該契約の締結若しくは交渉又は履行の状況等について報告を受ける立場にある上司や同僚等がその報告等の機会に知った場合をも含むと解するのが相当である。

4  これを本件について言えば、被告人Aは、確かに、D株式会社による本件公開買付けに関する案件を直接担当していた者ではなかったとはいえ、C銀行とD株式会社との間の本件アドバイザリー契約を担当していた財務開発部企業アドバイザリーグループに所属し、しかも、同グループにおいては、M部長の方針もあって、グループのメンバーが参加するグループ会議において、各案件の担当者がその進捗状況や問題点を報告するとともに、M部長やその他の出席者が各案件の問題点を指摘したり今後の進め方や参考事項を助言するなどの議論が行われていた上、このグループ会議で報告される各案件に関する資料は、事前にグループのメンバーに配布され、かつ、そのファイルがイントラネットのサーバー内に保管されていて財務開発部の職員であれば誰でも自由に閲覧することできる状態になっており、各案件に関する情報は少なくとも企業アドバイザリーグループのメンバーの間においては共有されていたことに照らすと、被告人Aは、その職務上このグループ会議等を通じてC銀行とD株式会社との間の本件アドバイザリー契約に関してその担当者から報告を受ける立場にあったと言うことができる。そして、実際にも、被告人Aは、このグループ会議等を通じてD株式会社による本件公開買付けの実施に関する事実を知ったのであるから、同被告人をして単なる情報受領者と見るのは相当でない。

5  以上によれば、被告人Aが、D株式会社による本件公開買付けの実施に関する事実を知ったのは、証券取引法167条1項4号にいう本件アドバイザリー契約の「締結若しくは交渉又は履行に関し知ったとき」に当たると解すべきである。

第3被告人両名の間における共謀の存在について

1  関係各証拠によれば、被告人BがG証券H支店を介してF株式会社の株券の買付け等をした経緯等は以下のとおりであったと認められる。すなわち、被告人Aは、上記のとおり、平成12年5月にC銀行財務開発部に異動となり、同年11月からは企業アドバイザリーグループに所属して企業の合併、買収等のM&Aに関する仲介業務、助言業務等の仕事に従事し、自ら担当する業務を遂行する過程やグループ会議の席上等において、高度の秘匿性を持つ企業の内部情報に接する機会を得ていた。当時企業アドバイザリーグループでは、被告人Aが担当していた株式会社Rによる自社株公開買付けの案件のほかに、D株式会社による本件公開買付けの案件、J株式会社によるL株式会社の株式に対する公開買付けの案件などが進行しており、これら公開買付けの対象となる株式については、公開買付けの公表前に購入すれば、その公表によって確実に値上がりを見込むことができた。他方、被告人Aは、同年12月当時、クレジットカードの借金の返済に追われており、キャッシング等も含めた同カードの未払い残高がピーク時で約300万円にも達していた。そのような折、被告人Aは、被告人Bから結婚する旨の話を聞くとともに、同被告人が結婚資金として400万円程度を用意していることを知り、被告人A自身が企業アドバイザリーグループ内において職務上知り得た内部情報を基に被告人Bに株式取引を持ちかければ、ご祝儀代わりに同被告人の結婚資金を増やしてあげられるほか、相当な利益が出てその分け前をもらえればクレジットカードの返済資金の一部に充てることもできるのではないかと考えた。そこで、被告人Aは、平成13年1月ころ、被告人Bに対し、被告人Aが所属する財務開発部は企業の合併や買収を扱っており、会計処理や経営のアドバイスもしているので企業の内部情報を知ることができること、企業買収の方法として、対象企業の株式の公開買付けがあり、これをTOBと言っているが、このTOBが実施されれば株価が上昇すること、財務開発部ではTOBの仕事もしていて、TOBの対象となる銘柄をアドバイスできることなどを話して株式取引を始めるように勧めた。その上で、「TOBでは、買収する企業が、買収される企業の株式を一定期間一定の価格で市場を通さず買い付けることになる。その際、市場価格に一定のプレミアムを付けないと、買収される企業の株式を持っている人は、TOBに応じたがらないので、買付け価格は市場価格にプレミアムを付けた価格になる。そうすると、市場価格も、プレミアムを付けた買付け価格に向けて上昇する。TOBの対象となる銘柄を事前に購入しておけば、TOBに応募してプレミアムの付いた買付け価格で売却することができるし、TOBの公表により上昇した市場価格で売却することもできる。今、うちの職場では株式会社R、F株式会社、L株式会社の3銘柄について、TOBの実施に向けた業務を担当している。」などと説明し、さらに利益の予想について「400万円の1割くらいは儲けられるんじゃないの。結婚式の花代くらいにはなるんじゃないの」と話した。その後、被告人Bが、被告人Aの勧めに従って、同年2月22日、G証券H支店に証券取引口座を開設したことから、被告人Aは、被告人Bに株式の購入方法等について説明した上で、「とりあえず株式会社Rの公開買付けが実施される予定なので、これを指値340円で買ってみたら。取引単位はミニマムの1000株にしたら」と話した。そして、被告人Bは、この勧めに従って同月26日G証券H支店において指値340円で株式会社Rの株式1000株の買い注文を出したが、成約には至らなかった。一方、被告人Aは、上記のとおり、同月9日までに開催された企業アドバイザリーグループのグループ会議を通じて、D株式会社が、株式会社EからF株式会社の発行済み株式総数の三十数パーセントの株式を相対取引で取得した上で、51パーセント以上の株式の取得を目指して公開買付けを実施する予定であり、あとは株式会社EとD株式会社との間での売買価格の交渉が残っているだけであるとの報告を受けていたところ、同月26日財務開発部の部屋において、この案件を担当しているO主任調査役がM部長に対し価格交渉の経過を報告しているのを聞いて本件公開買付けの実施日が近づいていることを知った。そこで、被告人Aは、その夜被告人Bに電話をかけ、株式会社Rの株式の買い注文をキャンセルするように指示した上で、「F株式会社の公開買付けが行われそうだから、F株式会社を2000株買おう。指値は証券会社の人に聞いてみて」などと話し、これを受けて被告人Bは、翌27日にG証券H支店において、指値799円でFの株式2000株の買い注文を出して買い付けた。また、被告人Aは、その日財務開発部の部屋において、O主任調査役がN次長に対し「D株式会社から最終のオファーがありました。これでいけると思います」と報告しているのを聞き、本件公開買付けの実施日が差し迫ったことが分かったので、すぐに被告人Bに電話をかけ、「F株式会社の公開買付けが決まった。あと追加で2000株買って」と話した。そこで、被告人Bは、G証券H支店に電話をかけ、指値799円でF株式会社の株式2000株の買い注文を出して買い付けた。さらに、被告人Aは、企業アドバイザリーグループのプリンターが置いてある所に行った際、D株式会社の案件を担当しているP調査役がプレスリリース用の資料の原稿を手にしていたことから「F株式会社の件はうまくいったの」と問いかけ、本件公開買付けの実施日が3月1日に決まったことを聞き出した。そして、その夜被告人Bに電話して「3月1日にF株式会社のプレスリリースが行われることになった。資金的にあと1000株買えるかな」「それなら、F株式会社を明日中にあと1000株買って。指値は、証券会社の人に聞いて」などと話した。そこで、被告人Bは、翌28日の昼ころ、G証券H支店に電話をかけ、指値790円でF株式会社の株式1000株の買い注文を出して買い付けた。その後被告人Bは、被告人Aに電話をかけ、F株式会社の株式の売却時期について尋ねたところ、被告人Aは「売るタイミングは僕が教えるから」と答えておいた。そして、翌3月1日D株式会社は、株式会社EからF株式会社の株式を相対取引で取得したことと同株式の公開買付けを1株1160円で実施する旨を公表し、その結果、F株式会社の株式の株価は高騰した。そして、3月5日夜被告人Aは、被告人Bに電話をかけ、「いよいよ明日くらいに値がついて売りに出せる。とりあえず1150円に指値を置いて全部売ってみようか」と話し、これを受けて被告人Bは翌6日指値1150円でF株式会社の株式5000株の売り注文を出したものの、成約には至らなかった。また、被告人Aは、同月7日夜被告人Bに電話をかけ「1150円じゃあ、値がついてないよね。それじゃ、指値を1050円に下げて売ってみて」と話し、被告人Bが翌8日指値1050円でF株式会社の株式5000株の売り注文を出したところ、4100株については1050円で、900株については1051円で売却することができた。そこで、被告人Bは、被告人Aに電話をかけてその結果を報告し「100万円以上儲かった」旨の話をしたところ、被告人Aは、儲けは「半分ずつ分けようか。その代わり、利益が半々だったら、損も半々だ」と提案した。その後、被告人Bもこれを了承し、同月13日C銀行大伝馬町支店に開設された被告人A名義の普通預金口座にFの株式の売却益の半額に相当する56万円を振り込み送金した。

2  以上の事実によれば、被告人Aは、同被告人が所属するC銀行財務開発部企業アドバイザリーグループのグループ会議等の機会に、同銀行がD株式会社との間で締結していた本件アドバイザリー契約に基づいて、同会社が株式会社Eから相対取引でF株式会社の株式の三十数パーセントを取得するとともに、本件公開買付けを実施する事実を知った上、その事実が公表される前である同年3月26日及び27日の両日、3回にわたって被告人Bに電話をかけ、F株式会社の株式の買付けを勧め、被告人Bは、被告人Aのこの勧めに従って同月27日及び28日の両日、G証券H支店を介して、3回にわたり、F株式会社の株式合計5000株を合計398万6000円で買い付けたことが明らかである。他方、被告人Bにおいても、被告人Aがどのような経緯でD株式会社による本件公開買付けの実施に関する事実を知ったのかの詳細までは認識していなかったとはいえ、被告人Aから、同被告人が所属するC銀行財務開発部企業アドバイザリーグループでは、企業の合併や買収を扱う中で公開買付けの仕事もしており、企業の内部情報である公開買付けの情報を得ることができることや公開買付けに係る株式は公開買付けが実施されれば株価が上昇することから、その公表前に購入しておけば、その後の公開買付けの公表によって上昇した市場価格で売却できることなどの話を聞いてG証券H支店に株式取引口座を開設し、その後被告人Aから、F株式会社の株式について本件公開買付けが行われるとの話を聞いて、同月27日及び28日の両日に、3回にわたって、G証券H支店を介してF株式会社の株式の買い注文を出して合計5000株を買い付けたことが認められ、これによれば、F株式会社の株式の取引は、被告人Aと被告人Bが相互に連絡し合って行ったことが明らかである。のみならず、被告人Bは、被告人Aから勧められて株式取引を始め、その取引の方法等について教えてもらっていたというだけでなく、F株式会社の株式の実際の取引に当たっては、上記で認定したとおり、被告人Aから勧められたとおりに逐一同株式の買い注文を出して買付けを行い、その後本件公開買付けが公表された後は、被告人Aから勧められたとおりに同株式の売り注文を出して売却していたことが明らかであって、このような取引の形態に鑑みると、F株式会社の株式の取引は、被告人Aが、被告人Bの名義で同被告人の資金を使って行ったと見ることができ、いわば被告人両名が一体となって行った取引であったと評価するのが相当であり、同株式の取引による経済的利益が誰に帰属することになっていたかにかかわらず、被告人両名が共謀の上で行ったと認めることができる。

3  なお、被告人両名の弁護人らは、F株式会社の株式の取引は、被告人Bが自らの結婚資金等を元手に同被告人の名義で行ったものである上、その利益の分配や損失の分担について事前に合意がなかったから、被告人Bの単独取引と見るべきである旨主張する。確かに、関係各証拠によれば、F株式会社の株式の取引の利益の分配については、同株式の売却後に被告人両名が話し合った結果、折半する旨の合意に達したことが認められる。しかし、内部者取引を禁止している趣旨は、上述したとおり、公開買付者等の役員等と一定の関係があり、その地位、職務等により公開買付者等の内部にある公開買付け等の実施に関する未公表の情報を知り得る立場にあると考えられる者が、その職務等に関してその事実を知り、それが公表される前に公開買付けの対象となる株券等の買付け等の取引を行うことは、その事実が公表されない限りその発生を知り得ない立場にある一般投資家と比べて著しく有利であって不公平であることから、証券市場の公正性と健全性に対する一般投資家の信頼を確保しようとしたことにあることからすれば、公開買付けの実施に関する事実を知った公開買付者等関係者が、その内部情報に基づいて、その事実が公表される前に公開買付けの対象となる株式等の買付け等の取引を行えば、証券取引法167条1項に違反すると解されるのであって、その取引の結果公開買付者等関係者がどのような利益を得、損失を被るかによって犯罪の成否が決定されるとは解されない。したがって、被告人両名の間において、被告人BがF株式会社の株式を買い付ける前に、利益の分配や損失の分担に関する合意が存在していなかったとしても、そのことが、証券取引法198条18号、同法167条1項4号の罪について、被告人両名の間に共謀を認めることの妨げになるとは言えず、弁護人らの主張は採用できない。

第4結論

以上のとおり、関係各証拠によれば、被告人両名は、共謀の上、被告人Aが本件アドバイザリー契約の締結、交渉ないし履行に関し本件公開買付けの実施に関する事実を知り、その公表前に被告人B名義でF株式会社の株券合計5000株を買い付けたことが明らかであって、判示冒頭及び第1のとおりの事実を優に認定することができるから、被告人両名の弁護人らの主張は理由がない。

(法令の適用)

罰条

第1の事実 刑法60条、平成14年法律第65号附則83条により同法律による改正前の証券取引法198条18号、平成13年法律第129号附則2号により同法律による改正前の証券取引法167条1項4号、証券取引法167条2項(被告人Bについては、さらに刑法65条1項)

第2の事実 刑法60条、平成14年法律第65号附則83条により同法律による改正前の証券取引法198条18号、証券取引法167条3項、平成13年法律第129号附則2号により同法律による改正前の証券取引法167条1項1号、証券取引法167条2項(被告人Bについては、さらに刑法65条1項)

刑種の選択  いずれも懲役刑及び罰金刑を選択

併合罪処理  刑法45条前段(懲役刑については刑法47条本文、10条により犯情の重い第2の罪の刑に法定の加重、罰金刑については同法48条2項により罰金の多額を合計)

執行猶予  懲役刑について同法25条1項

労役場留置  同法18条

追徴  証券取引法198条の2第1項1号、2項

(量刑の理由)

本件は、いわゆる内部者取引の事案であるところ、被告人Aは、C銀行で企業の合併、買収等のM&Aに関する仲介業務、助言業務等を担当していた投資銀行部門に所属し、株式の公開買付けの実施に関する事実についての内部情報を入手できたことから、被告人Bに儲けさせてやるとともに苦慮していた自己のクレジットカードの返済資金を得ようと企て、被告人Bに対し自己が得た内部情報を基に株式取引を行うことを勧め、他方、被告人Bも被告人Aの内部情報に基づく指示に従って株式取引を行えば利益が出るとの期待からこれを了解し、被告人両名共謀の上で、被告人Aが得たD株式会社によるF株式会社の株式の公開買付けの実施に関する事実及びJ株式会社によるL株式会社の株式の公開買付けの実施に関する事実を基に、いずれもその公表前にF株式会社の株式5000株及びK株式会社の株式1万株を買い付けた上、その公表後にこれらの株式を売却して利益を得たというのであって、本件はいずれも自己の経済的利益のみを追求した余りにも自己中心的で身勝手な犯行というほかない。その上、被告人両名は、被告人Aが得た内部情報を基に2回にわたって内部者取引を繰り返している上、F株式会社の株式の取引においては112万円余りの、L株式会社の株式の取引において189万円余りの利益を得ており、被告人両名の利得額も大きい。さらに、本件は、日本を代表する都市銀行が顧客との間で締結したアドバイザリー契約に絡んで得られた株式の公開買付けの実施に関する事実についての内部情報を利用して行われた内部者取引であって、証券市場において守られるべき公平性や健全性に対する一般投資家の信頼を傷つけたというにとどまらず、金融機関に対する社会一般の信用を大きく毀損したことも否定し難く、これらの事情に照らすと、本件は悪質な犯行と言わざるを得ない。さらに、内部者取引は、容易に多額の利益を上げることができるため、極めて誘惑的で、模倣性が強い犯罪であることを考えると、本件においては一般予防の見地も無視できない。

そして、被告人Aは、その職務上常に顧客企業の内部情報を知り得る立場にあったことから、銀行内部における講習などを通じて内部者取引の違法性について十分学んでいたはずであるのに、銀行員として職業倫理を省みず、自己のクレジットカードの返済資金を得るという極めて利己的な目的から被告人Bを本件に誘い込み、各犯行を主導したものであって、その刑事責任は重いと言うほかない。他方、被告人Bは、被告人Aを信頼する余り多少違法性の意識が薄かった面があるとはいえ、それが社会的倫理的に悪いことであるとの認識を有しながら、自己の結婚資金等を増やしたいといった身勝手な動機から被告人Aの誘いに乗り、自己の名義や資金を提供して本件各犯行に及んだものであって、被告人Bの刑事責任も決して軽いとは言えない。

他方、被告人Aは、今では本件を含む数銘柄について内部者取引を行ったことの重大性や自己の規範意識が乏しかったことを理解するとともに、これらの内部者取引によって銀行関係者や顧客等多くの人たちに深刻な影響を与えたことを反省し、もう2度と過ちは犯さないと誓っていること、また、当然とはいえ既にC銀行から懲戒解雇され職場を失っていること、これまで前科は一切ないことなど酌むべき事情も認められるので、これらの事情を総合考慮し、同被告人に対しては、懲役1年2月及び罰金80万円に処した上でその懲役刑の執行を猶予し社会内において更生する機会を与えることにした。

また、被告人Bも、今では本件に及んだことを反省、後悔しており、これからは慎重な行動をとり、2度と過ちは犯さないと誓っていること、また、本件各犯行では被告人Aとの関係で従属的立場にあったと認められること、さらに、現在勤務しているS機関の上司や大学院での指導講師が被告人Bのこれまでの業績や医学に対する真摯な態度について述べるとともに今後の指導監督を誓う旨の陳述書や上申書を当裁判所宛てに提出していること、その他、本件において禁錮以上の刑を受けるとたとえその執行を猶予されても国家公務員としての身分を失うこと、これまでは酒気帯び運転の罪による罰金前科しかないことなど、同被告人のために酌むべき事情が認められるが、本件各犯行の罪質、動機、態様、結果等に照らすと、本件が同被告人に対し罰金刑を選択するのが相当な事案であるとまでは言えず、同被告人に対しては懲役10月及び罰金50万円に処した上で、その懲役刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。

なお、被告人両名に対する追徴額について説明しておくと、証券取引法198条の2第1項1号、平成14年法律第65号による改正前の証券取引法198条18号は、「犯罪行為により得た財産」につき必要的没収を定め、証券取引法198条の2第2項は、上記財産を没収できないときはその価額の必要的追徴を規定しているところ、これによれば、判示第1に関しF株式会社の株式を売却した514万9478円と、判示第2に関しL株式会社の株式を売却した687万8410円の合計額1202万7888円を被告人両名から追徴すべきこととなる。しかし、同条1項本文は、財産の「取得の状況、損害賠償の履行の状況その他の事情に照らし、当該財産の全部又は一部を没収することが相当でないときは、これを没収しないことができる」と定めているところ、判示第1のF株式会社の株式の売却代金の相当部分は判示第2のL株式会社の株式の購入代金に充てられていることからすれば、被告人両名から追徴すべき金額は、判示第2のL株式会社の株式の売却代金687万8410円と判示第1のF株式会社の株式の売却利益112万3723円の合計額800万2133円とするのが相当である。そして、それぞれの株式の売却利益のうち、被告人Aが取得したのはF株式会社の株式についての56万円とL株式会社の株式についての95万円の合計151万円であり、一方、被告人Bが取得したのは、F株式会社の株式についての56万3723円とL株式会社の株式についての94万6438円の合計151万0161円である。また、L株式会社の株式の売却額からその利益を差し引いた498万1972円の負担割合は被告人両名の合意に従って2分の1ずつとすると、それぞれが249万0986円ずつを負担することになる。そこで、これを合算し、被告人Aについては、400万0986円を、被告人Bについては400万1147円をそれぞれ追徴するのが相当であると判断した。

(検察官 竹村彰出席)

(求刑 被告人Aに対し懲役1年2月及び罰金80万円、追徴400万0986円、被告人Bに対し懲役10月及び罰金50万円、追徴400万1147円)

(裁判官 川口宰護)

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