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東京地方裁判所 平成14年(特わ)6497号 判決 2004年1月14日

主文

被告人株式会社Aを罰金7000万円に,被告人Bを懲役1年10月に処する。

被告人Bに対し,未決勾留日数中60日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社A(平成15年8月19日以前の商号は「株式会社A’」。以下「被告会社」という)は,東京都K区に本店を置き,スポーツイベントの企画及び興行等を目的とする株式会社であり,被告人B(以下「被告人」という)は,被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していたものであるが,被告人は,

第1被告会社の代理人として同会社の法人税確定申告手続に関与していた税理士である分離前の相被告人D,並びに,後記架空仕入等の計上に際して当該取引の相手方となった株式会社H,株式会社I及び有限会社Jの代表取締役ないし実質的経営者としてこれら3社の業務全般を統括していた分離前の相被告人Eと共謀の上,被告会社の業務に関して法人税を免れようと企て,架空仕入を計上するなどの方法により,所得を秘匿した上,

1  平成8年10月1日から平成9年9月30日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が1億3927万1437円であった(別紙1の修正損益計算書参照)にもかかわらず,確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である平成10年1月5日,東京都K区所轄K税務署において,同税務署長に対し,所得金額が7155万9804円で,これに対する法人税額が2115万8600円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成15年押第744号の1)を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,被告会社の同事業年度における正規の法人税額4655万0600円と上記申告税額との差額2539万2000円(別紙5のほ脱税額計算書参照)を免れ

2  平成9年10月1日から平成10年9月30日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が1億8061万6218円であった(別紙2の修正損益計算書参照)にもかかわらず,確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同年12月28日,上記所轄K税務署において,同税務署長に対し,所得金額が8849万5607円で,これに対する法人税額が2877万9100円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の2)を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,被告会社の同事業年度における正規の法人税額6332万4500円と上記申告税額との差額3454万5400円(別紙5のほ脱税額計算書参照)を免れ

3  平成10年10月1日から平成11年9月30日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が4億7684万8312円であった(別紙3の修正損益計算書参照)にもかかわらず,確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である平成12年1月4日,前記所轄K税務署において,同税務署長に対し,所得金額が9682万8388円で,これに対する法人税額が1988万5800円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の3)を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,被告会社の同事業年度における正規の法人税額1億5099万2700円と上記申告税額との差額1億3110万6900円(別紙6のほ脱税額計算書参照)を免れ

4  平成11年10月1日から平成12年9月30日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が5億9018万7707円であった(別紙4の修正損益計算書参照)にもかかわらず,確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同年12月28日,上記所轄K税務署において,同税務署長に対し,所得金額が2億2054万7231円で,これに対する法人税額が5601万7800円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の4)を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,被告会社の同事業年度における正規の法人税額1億6690万9800円と上記申告税額との差額1億1089万2000円(別紙6のほ脱税額計算書参照)を免れ

第2甲国税局査察部の国税犯則調査を受けている被告会社の法人税法違反事件につき,平成11年9月期及び平成12年9月期の法人税に係る簿外経費をねつ造するため,平成13年11月上旬ころ,東京都港区所在L法律事務所において,F及びGに対し,被告会社主催のA大会へのM出場に係る違約金条項を含む被告会社とGとの間の内容虚偽の契約書を作成するよう依頼し,F及びGをしてその旨決意させ,よって,これら両名をして,共謀の上,そのころから同月下旬ころまでの間,東京都千代田区Nホテル客室等において,GがMを前記大会に出場させること,被告会社はGに対し,Mのファイトマネー1000万ドルのうち500万ドルを前払いすること及び契約不履行をした当事者は違約金500万ドルを支払うこと等を合意した旨の被告会社とGとの間の内容虚偽の契約書である平成11年6月24日付け「DEED OFAGREEMENT」と題する書面及び同年10月11日付け「SUPPLEMENTARY DEED OF AGREEMENT」と題する書面を各作成の上,Gにおいてこれら書面に署名するなどに至らせ,もってF及びGによる前記被告会社の法人税法違反事件に関する証拠偽造を教唆したものである。

(証拠の標目)‐省略

(証拠偽造教唆に関する事実認定の補足説明)

1  弁護人は,判示第2の内容虚偽の契約書の作成につき,被告人からの働き掛けによりFの犯罪意思が形成されたとする証拠はないから,被告人に証拠偽造教唆の刑責を問えるか疑問がある,と主張するので,以下検討する。

2  前掲の被告人及びFの各検察官調書等の関係証拠によれば,本件証拠偽造に至る経緯等として,次の各事実を認めることができる。

(1)  平成13年9月3日被告会社に国税局の査察調査が入り,その翌日ころから,被告人は,Fに対応を相談していた。Fは,被告人に対し,逮捕及び実刑判決を免れるためには,脱税額を少なくする必要があり,架空でもいいから簿外経費を作って,それを国税局に認めてもらうしかないなどと助言した。

(2)  そこで,被告人は,プロモーターに対し選手育成費を支払ったことにするという案を考えてFに話し,脱税の共犯者であるEの協力を得るなどして,プロモーター4名との間で,被告会社が選手育成費名目で合計約1億3000万円を支出した旨の架空経費作出についての口裏合わせを行った。

(3)  それに加えて,被告人は,有名プロボクサーであるMを日本のA大会に出場させるという計画に絡めて,被告会社が金員を支払ったことにして架空経費を作るのはどうか,とFに話した。また,被告人は,架空経費の作出につき,知人の外国人Gに協力してもらおうと考え,自ら,Gに連絡して,その旨を依頼し同人の承諾を取り付けた。

(4)  その後,被告人は,Fから,M関係の架空経費については,契約不履行に基づく違約金が経費として認められることを利用して,違約金条項を盛り込んだ契約書を作ればよいと教えられ,良い方法だと思い,その方法をGにも説明してほしいとFに依頼した。

(5)  こうして,同年11月上旬ころ,L法律事務所において,被告人,F及びGの三者による会合が持たれ,FからGに対し上記方法の説明がなされ,Gもそれを了解して,虚偽の契約書を作成する話がまとまった。被告人は,契約書の作成方法がよく分からず,また,国税局が査察調査を行っている中で直接Gと連絡を取り合うのはまずいと思い,FとGの2人で契約書を作成してもらおうと考え,両名に対してその旨を依頼し各承諾を得た。

(6)  その後,FとGが連絡を取り合うなどして,虚偽の契約書が作成されるに至った。

3  以上のとおり,被告人は,相談相手のFから架空経費の作出を教示されて,その名目を自ら発案し,プロモーターに対する選手育成費の支払に関しては経費作出の実行を主導したこと,Mの招聘に関しても,経費支払の相手役としてGを選定し,同人の承諾を取り付けたこと,虚偽契約書の作成という方法をFから教示されて,三者会合を持ち,その場で,上記方法による本件証拠偽造の実行方をF及びGに依頼し,両名の承諾を得たことといった一連の経過を認めることができるのであり,これに照らすと,前記会合の席で,被告人からF及びGに対し本件証拠偽造を実行するよう働き掛けがなされ,これに応じて,GはもとよりFも,その実行方を決意したものと認めることができる。弁護人は,Fにおいてそれ以前に既に本件証拠偽造に関する犯罪意思を形成していた旨主張するが,Fは,被告人の相談相手として本件証拠偽造の方法を考案しこれを被告人に教示してはいたものの,それを自らが正犯として実行しようとの意思は,被告人の上記働き掛けによって初めて生じさせられたものと認めることができる。

4  したがって,被告人がF及びGに対し本件証拠偽造を教唆した事実を優に認めることができるから,前記1の弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

第1被告会社について

罰 条

判示第1の1の事実

法人税法164条1項,平成10年法律第24号による改正前の法人税法159条1項,平成13年法律第6号による改正前の法人税法159条2項

判示第1の2及び3の各事実

いずれも,法人税法164条1項,平成12年法律第14号による改正前の法人税法159条1項,平成13年法律第6号による改正前の法人税法159条2項

判示第1の4の事実

法人税法164条1項,平成13年法律第6号による改正前の法人税法159条1項,2項

併合罪の処理刑法45条前段,48条2項

第2被告人について

罰 条

判示第1の1の所為

刑法60条,平成10年法律第24号による改正前の法人税法159条1項

判示第1の2及び3の各所為

いずれも,刑法60条,平成12年法律第14号による改正前の法人税法159条1項

判示第1の4の所為

刑法60条,平成13年法律第6号による改正前の法人税法159条1項

判示第2の所為

刑法61条1項,104条

刑種の選択

判示各罪につきいずれも懲役刑

併合罪の処理

刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い判示第1の3の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数算入

刑法21条

(量刑の理由)

1 本件は,スポーツイベントの企画及び興行等を目的とする被告会社の代表取締役である被告人が,(1) 顧問税理士のD及び会社経営者のEと共謀の上,4事業年度にわたり,虚偽過少申告を行って被告会社の法人税をほ脱した法人税法違反,(2)同法人税法違反事件について,簿外経費をねつ造して脱税額を少なく見せかけるため,知人のF及びGに対し,有名プロボクサーのA大会への出場に関する違約金支払約束を含む虚偽の契約書の作成方を教唆し,その実行に至らせた証拠偽造教唆の各事案である。

2  法人税法違反について

(1)  ほ脱税額は4期合計で約3億0193万円と多額であり,通算のほ脱率も66パーセント余りと少なくなく,犯行の結果は重い。

(2)  犯行の態様は,4事業年度にもわたる期間において,被告会社の収益であるA大会関連商品の売上金を被告人の実弟名義や別の会社名義の預金口座に振り込むなどして売上を除外したり,被告会社所有の資金を,共犯者D又は同Eが管理又は実質的に経営する会社等に送金して裏金を作り,これらを架空の外注費や仕入高として計上したり,被告会社の第三者に対する貸付金を外注費及び仕入高に振り替えたり,A大会に選手を出場させた複数の団体に対し選手育成資金を提供するかの如く装って架空経費を計上したりと,様々な工作を施して,被告会社に帰属する合計約9億0949万円もの多額の所得を秘匿し,納付すべき法人税額を減少させたもので,非常に計画的で巧妙というべきである。

特に,共犯者らの管理,経営する会社等への送金による資金移動は,約3年半の間に15回も繰り返され,その総額は9億7000万円余りと多額で,1回当たりの移動額もほとんどが数千万円から億単位に上り,しかも,うち10回分につき,被告人は,1回当たり数百万円から1億円強までの金額を,自己に還流させていたのであって,大胆かつ悪質というほかない。

(3)  このような犯行にあって,被告人は,被告会社の各期の申告所得額及び納税額等の大枠を決め,それに合わせて架空経費等の金額や被告会社の資金の移動先などを考案してきた共犯者らに承諾,指示を与えて裏金作りを実行させたほか,被告会社の設立前より自ら行っていたA大会関連商品の売上除外を本件においても継続することに決め,また,選手育成費の架空計上については自身でこれを発案して,それらの実行を共犯者らに指示したものである。さらに,貸付金を経費科目へ振り替えることにつき,Dから損金に落とすことはできない旨告げられたにもかかわらず,なおもそれを求めて実行させてもいる。こうしてみると,被告人は,本件脱税を主導した,正に主犯であるということができる。

被告人は,本件脱税の動機について,A大会の維持及び規模の拡大,あるいは,興行に失敗した際の損失補てんなどのため,自らが自由に使用できる資金として多額の裏金を手元に確保しておきたかった旨供述しているが,そのような資金は,納税義務をないがしろにするのでなく,健全な経営努力を重ねることにより確保すべきものであって,その動機を特段斟酌することはできない。

(4)  さらに,被告人は,被告会社に対する税務調査が入った後,被告会社と架空経費支払先との間に真実取引が存在したかの如く装うための内容虚偽の契約書類を作成するなどしたばかりでなく,査察開始後には,本件証拠偽造教唆を伴う大がかりな罪証隠滅工作にも及んでおり,犯行後の情状は芳しくない。

3  証拠偽造教唆について

(1)  犯行までの経過は前記認定のとおりであるところ,被告人は,本件脱税により自分が逮捕されたり実刑判決を受けたりすれば,被告会社が潰れ,A大会も壊滅してしまうと強く恐れ,これを避けるためには,架空の簿外経費を作って脱税額を少なくするしかないとして,有名プロボクサーをA大会に出場させる計画に絡めてGを相手方とする架空経費を立てようと考え,Fの教示に従って,違約金条項を盛り込んだ虚偽の契約書を作成することを決意し,F及びGに対しその作成方を依頼したものであり,犯行の動機は自己中心的で,酌量の余地がない。

(2)  犯行の状況等をみると,被告人は,第三者であるF及びGに働き掛けて証拠偽造の実行を決意させ,両名をして,被告会社とGとの間で,有名プロボクサーをA大会に出場させることや契約不履行をした当事者は500万ドルの違約金を支払うこと等を合意した旨の虚偽の契約書2種類を作成させ,多額に上る簿外経費が実在するかのような虚偽の外観を作り出すに至らせたものである。そうすると,本件教唆は,他人を犯罪に引き込んだ点で卑劣であり,その結果ともいうべき証拠偽造の犯罪が非常に大胆かつ巧妙なものであることも併せみると,かなり悪質な犯行といわなければならない。

(3)  さらに,その後,Gらの発案によるとはいえ,本件虚偽の契約書記載の内容が真実のものであることを前提とした民事訴訟を裁判所に係属させるなどして,罪証隠滅工作を重ね,本件脱税の捜査等に相当程度の支障を来したことも,犯行後の情状として看過することができない。

4  以上の各犯行の情状に加えて,本件脱税は,近時国民の間に広く知られるようになったA大会を主催する被告会社の法人税をほ脱したものである点で,国民の納税意識を阻害し,申告納税制度に悪影響を及ぼすおそれが多分に存することや,本件証拠偽造教唆は,被告会社の経営者である被告人が,主犯として犯した本件脱税について,他人に働き掛けて脱税の規模を縮減するための不正な行為に至らせたものである点で,社会に多大な衝撃を与えたとみられることを併せ考慮すると,被告人の刑事責任は相当に重く,また,被告会社の刑事責任も軽視することができない。

5  他方,被告会社及び被告人には,以下のような斟酌し得る情状が存する。

(1)  法人税法違反について

まず,被告会社において,修正申告を了した上,被告人の協力を得るなどして,本税及び附帯税の全額を完納している。

次に,共犯者であるD及びEは,いずれも,架空経費計上による裏金を自己の借金の返済や経営する会社の事業資金等に充てたいとの動機の下に,税務及び経理にさほど詳しくない被告人に対し,架空経費計上の方法を教示したり,その額や資金移動のための送金先を提案したりした上,それらに関わる経理事務を処理するなどして,犯行の実現に積極的に関与したものであり,実際にも,前記の資金移動された金額のうち,それぞれ,一部を脱税協力の報酬として取得したほか,相当多額の金員を借金返済や事業資金等に流用しており,そのために,被告人に還流された金額は,移動額全体の半分よりかなり少ない程度に止まっている。その意味で,被告人は,共犯者らに付け込まれ,利得を貪られた面があることは否めない。

さらに,被告会社代表者及び被告人は,いずれも,本件脱税の事実を認めており,殊に被告人は,本件脱税を企てた上,共犯者らに対して実行の指示をしたことなどから,自分が主犯であると素直に認め,深い反省の情を示している。また,被告会社にあっては,経理システムを見直し,組織改編を実施するなどして,同種事犯の再発防止に向けた体制の整備に努めている。

(2)  証拠偽造教唆について

本件虚偽の契約書の作成自体を発案,教示したのは,Fであり,被告人は,それに乗じた上で,犯行に及んだものである。総じて,本件教唆を含む一連の罪証隠滅工作は,Fの教示に負うところが大きく,また,後にはGの協力も加わって展開していったもので,被告人は,その中心にいたとはいえ,共犯者らに引きずられた面がかなりあるといえる。

そして,被告人は,逮捕された直後から本件教唆の事実を全面的に認め,公判でも反省,悔悟の情をあらわにしている。

(3)  その他,被告人は,特段の前科がなく,本件脱税の起訴前に被告会社の代表者から身を引くなどして,一定の社会的制裁を受けている。また,被告会社の存続及びA大会の維持,発展のために,被告人の存在が今後も必要とされている。

6  しかしながら,これらの事情を十分斟酌しても,上記の被告人及び被告会社の各刑事責任の重さにかんがみると,被告人に対して懲役刑の執行を猶予するのが相当であるとはいえず,また,被告会社も相応の罰金刑を免れない。

そこで,以上の諸事情を総合考慮し,被告会社及び被告人を主文の各刑に処することとした。

(求刑-被告会社に対して罰金9000万円,被告人に対して懲役3年6月)

(裁判長裁判官 飯田喜信 裁判官 佐藤基 裁判官 木畑聡子)

(別紙修正損益計算書及びほ脱税額計算書‐省略)

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