東京地方裁判所 平成14年(行ウ)155号 判決 2005年9月22日
原告 甲
同訴訟代理人弁護士 坂本成
同 栄枝明典
被告
(平成14年(行ウ)第155号事件につき、北沢税務署長事務承継者)
渋谷税務署長 山本好
同指定代理人 中島千絵美
同 別所卓郎
同 北村勝
同 伊藤英一
同 中泉英知
同 丸尾典良
同 佐藤浩司
同 岩崎友紀
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 平成14年(行ウ)第155号事件関係
(1) 北沢税務署長が平成11年12月24日付けで原告に対してした、原告の平成9年分所得税に係る更正処分(ただし、平成12年6月21日付けの再更正処分による減額後のもの)のうち、総所得金額2億4434万2550円、納付すべき税額1億1373万5100円を超える部分を取り消す。
(2) 北沢税務署長が平成11年12月24日付けで原告に対してした、原告の平成10年分所得税に係る更正処分(ただし、平成12年6月21日付けの再更正処分による減額後のもの)のうち、総所得金額8209万4618円、納付すべき税額3224万3900円を超える部分を取り消す。
2 平成15年(行ウ)第328号事件関係
北沢税務署長が平成13年6月29日付けで原告に対してした、原告の平成11年分所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
第2事案の概要
本件は、原告が、勤務先の会社の親会社である米国法人から付与されたストック・オプション(会社が自社又は子会社の従業員、役員等に対して付与する、自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利)を行使したことにより、平成9年及び平成10年中にそれぞれ得た当該権利行使価格と当該株式の時価との差額(権利行使益)について、一時所得として各年分の所得税に係る確定申告をしたところ、所轄税務署長から、給与所得に当たるとしてそれぞれ更正処分を受け(平成14年(行ウ)第155号事件関係)、また、平成11年中に得た権利行使益について、給与所得として同年分の所得税に係る確定申告をした後、一時所得に当たるとして更正の請求をしたが、所轄税務署長から、更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けた(平成15年(行ウ)第328号事件関係)ため、各処分の取消しを求めている事案である。
1 関係法令の定め
(1) 所得税法(昭和40年法律第33号)は、居住者に対して課する所得税額の計算に関し、その所得を利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得又は雑所得に区分し、これらの所得ごとに所得の金額を計算する旨規定している(同法21条1項1号)。
(2) 給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう(同法28条1項)。
(3) 一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう(同法34条1項)。
(4) 雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう(同法35条1項)。
(5) 給与所得及び雑所得については、それぞれ同法28条2項又は35条2項の規定により計算した所得金額が、所得税の課税標準とされる総所得金額に算入されるのに対し、一時所得については、同法34条2項の規定により計算した所得金額の2分の1に相当する金額が、総所得金額に算入されることになる(同法22条1項、2項1号、2号)。
2 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
原告は、平成2年8月23日、アメリカ合衆国ワシントン州法人であるA(以下「米国A社」という。)の100パーセント子会社であるA株式会社(以下「日本A社」という。)に雇用され、平成11年5月1日付けで米国A社の子会社であるB(以下「B社」という。)に移籍し、平成11年6月30日まで同社に勤務していた。
なお、原告と米国A社との間には雇用契約又は役員委任契約はない。
(2) 米国A社が原告に付与したストック・オプションについて
ア 米国A社におけるストック・オプション制度
米国A社においては、有能な人材を維持すること、これらの者に付加的なインセンティブを提供すること、及び米国A社の事業の成功を促進することを目的とする、いわゆるインセンティブ・ストック・オプション制度が存在し、原告に対するストック・オプションの付与時ないし原告の権利行使時には、「A1991年ストック・オプションプラン(現行版)」(以下「本件プラン」という。)に従って、その運用が行われていた(乙13、14、16)。
イ 本件プランの概要
本件プランの概要は、以下のとおりである(乙13)。
(ア) ストック・オプションの内容
米国A社の普通株式をあらかじめ定められた価格(権利行使価格)で購入できる権利である。
(イ) 対象者
米国A社、その親会社又は子会社の従業員(役員を含む。以下「従業員等」という。)である。
(ウ) 対象となる株式
米国A社の普通株式。その上限は、本件プラン全体で1億6000万株である。
(エ) 権利行使価格
付与の日における株式の公正市場価格の100パーセント以上(ただし、被付与者が、米国A社、その親会社又は子会社の10パーセントを超える株式を保有しているときは、110パーセント以上)で米国A社の取締役会(取締役会が委員会を任命している場合には、当該委員会。以下「本件取締役会」という。)が決定する価格である。
(オ) 権利行使権者及び権利の譲渡制限
ストック・オプションの権利の行使は、被付与者が生存中は当該被付与者のみに限られる。
遺言又は相続法による以外の方法で、オプションに係る権利を譲渡、処分することはできない。
(カ) 権利行使の時期及び条件
ストック・オプションの権利行使は、米国A社の本件取締役会が決定した時期及び条件によるところ、本件においては、付与日から1年後に付与された株式数の8分の1についての権利の行使が可能となり、以後6か月を経過することに、8分の1ずつ行使できる権利が増加し、付与時から4年6か月を経過した時点からは付与された全株式数の権利の行使ができることとされている。
(キ) 権利の行使方法
権利の行使は、ストック・オプションを行使する資格を有する者が、米国A社に対し、書面による通知を行い、同社に権利行使価格に基づく支払をすることによって行う。
(ク) ストック・オプションの有効期間及び失効
ストック・オプションの有効期間は、付与時から10年を超えることはない範囲(付与時に米国A社、その親会社又はその子会社の全種類の株式の議決権の10パーセントを超える株式を保有する者に付与される場合は、その有効期間は付与の日から5年を超えない範囲)で、付与時に特定された期間による。
本件においては、付与日から7年を経過した場合には、ストック・オプションは失効するものとされている。
(ケ) 従業員等としての地位の終了
被付与者の米国A社、その親会社及びその子会社における従業員等の地位が終了した場合には、終了の日に行使できる限度でストック・オプションを行使することができる。当該権利行使は、当該地位の終了の日から3か月以内に行わなければならない。当該期間内に権利が行使されない場合には、当該ストック・オプションは失効する。
また、被付与者たる従業員等が死亡した場合には、その相続人は、死亡の日から6か月以内に、死亡した従業員等が死亡せずに死亡の日以後も引き続き1年間従業員等としての地位にとどまっていたならば生じたであろう権利の限度において、権利の行使をすることができるが、その余のストック・オプションは失効する。
(コ) ストック・オプション付与等の決定機関
ストック・オプションを誰に付与するか、その場合、どれだけの株式数のストック・オプションを与えるか、権利行使価格をいくらとするかについての決定権限は、本件取締役会の専権に属する。
(サ) 本件プランの変更又は終了の効果
本件プランが変更又は終了された場合にも、被付与者と米国A社の本件取締役会との間で別段の合意がなされない限り、既に付与されたストック・オプションには影響を与えず、当該ストック・オプションは本件プランの変更又は終了がなかったものとして取り扱われる。
ウ 原告に対するストック・オプションの付与
原告は、日本A社に在職中の平成3年から平成5年にかけて、計3回にわたり、米国A社から、同社のストック・オプション制度に基づき、同社の株式に係るストック・オプション(以下「本件ストック・オプション」という。)の付与を受けた。
(3) 原告のストック・オプションの権利行使益等に対する課税処分の経緯等
ア 原告は、平成9年から平成11年にかけて、本件ストック・オプションを行使して、下記のとおり米国A社から経済的利益(権利行使益)を得た(以下、各年分に応じて、それぞれ「平成9年分権利行使益」、「平成10年分権利行使益」、「平成11年分権利行使益」といい、これらを総称する場合には、「本件権利行使益」という。)。
平成9年分権利行使益合計4億5972万4561円平成10年分権利行使益合計1億3864万4374円平成11年分権利行使益合計5億7525万5421円
イ 平成9年分権利行使益及び平成10年分権利行使益について
(ア) 原告は、平成10年3月12日、原告の住所地(当時「東京都世田谷区」)を管轄する北沢税務署長に対し、原告の平成9年分の所得税につき、平成9年分権利行使益が一時所得に該当するとして、確定申告書(以下「平成9年分確定申告書」という。)を提出した。
(イ) 原告は、平成11年3月9日、北沢税務署長に対し、原告の平成10年分の所得税につき、平成10年分権利行使益が一時所得に該当するとして、確定申告書(以下「平成10年分確定申告書」という。)を提出した。
(ウ) これに対し、北沢税務署長は、平成9年分権利行使益及び平成10年分権利行使益をいずれも給与所得であるとして、平成11年12月24日付けで、原告に対して更正処分を行い、その後平成12年6月21日付けで、平成9年分、平成10年分の各所得税に係る総所得金額(給与所得の金額)及び納付すべき税額を一部減額する内容の再更正処分を行った。
上記各更正処分及び再更正処分並びに各更正処分に対する不服申立て等の経緯は、別紙1-1及び1-29)とおりである(以下、各年分の更正処分(ただし、いずれも平成12年6月21日付けの再更正処分による減額後のもの)を、それぞれ「平成9年分更正処分」、「平成10年分更正処分」といい、これらを総称する場合には、「本件各更正処分」という。)。
(エ) 原告は、平成12年1月24日付けで、北沢税務署長に対し、本件各更正処分を不服として異議申立てをしたが、申立て後3か月を経過しても決定がない。
(オ) そこで、原告は、平成12年5月17日、国税不服審判所長に対し、本件各更正処分に対する審査請求を行ったところ、国税不服審判所長は、平成13年12月25日付けで、原告の審査請求を棄却する旨の裁決を行った。
ウ 平成11年分権利行使益について
(ア) 原告は、平成12年3月14日、北沢税務署長に対し、原告の平成11年分の所得税につき、平成11年分権利行使益を給与所得に該当するとした内容の確定申告書(以下「平成11年分確定申告書」という。)を提出した。
(イ) 原告は、平成13年3月7日付けで、北沢税務署長に対し、平成11年分所得税について、平成11年分権利行使益を一時所得であるとして、更正の請求書を提出した。
(ウ) これに対し、北沢税務署長は、平成13年6月29日付けで、上記更正の請求に対し、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)を行った。
(エ) 原告は、平成13年8月28日、北沢税務署長に対し、本件通知処分を不服として異議申立てをしたが、同税務署長は、同年11月27日付けで、原告の上記異議申立てを棄却する旨の決定を行った。
(オ) そこで、原告は、平成13年12月26日付けで、国税不服審判所長に対し、本件通知処分に対する審査請求を行ったが、国税不服審判所長は、平成15年3月5日付けで、原告の審査請求を棄却する旨の裁決を行った。
(カ) 本件通知処分及びこれに対する不服申立て等の経緯は、別紙1-3のとおりである。
エ 原告は、平成14年6月に肩書住所地に転居し、本件各更正処分及び本件通知処分に関する処分庁としての地位は、被告が承継した。
(4) 本件権利行使益を給与所得又は雑所得とした場合の本件各更正処分及び本件通知処分の計算
ア 本件権利行使益を給与所得とした場合の、平成9年分、平成10年分及び平成11年分所得税の各課税標準及び納付すべき税額の計算は、順次、別紙2-1、2-2及び2-3のとおりとなる。
イ 本件権利行使益を雑所得とした場合の、平成9年分、平成10年分及び平成11年分所得税の各課税標準及び納付すべき税額の計算は、順次、別紙3-1、3-2及び3-3のとおりとなる。
3 争点(各争点に対する当事者の具体的主張内容は、別紙4記載のとおりである。)
(1) 本件権利行使益が、給与所得、一時所得又は雑所得のいずれに該当するか。
(2) 本件各更正処分及び本件通知処分について、租税法律主義違反を理由とする取消しが認められるか否か。
(3) 本件各更正処分及び本件通知処分について、信義則違反を理由とする取消しが認められるか否か。
(4) 本件各更正処分及び本件通知処分について、平等原則違反を理由とする取消しが認められるか否か。
(5) 本件各更正処分について、理由附記の不存在による違法を理由とする取消しが認められるか否か。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(本件権利行使益の所得区分)について
(1) 被告は、ストック・オプションについて、権利行使時に株式の時価とあらかじめ定められた権利行使価格との差額に相当する行使益(権利行使益)が存在する場合、その所得税法上の所得区分は給与所得に当たり、仮に給与所得に該当しないとしても、雑所得に当たると主張するのに対し、原告は、これが一時所得に当たるものと主張する。
そこで、本件権利行使益の所得区分について判断する必要があるところ、前記関係法令の定め(第2の1)のとおり、給与所得が「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」と規定されているのに対し、一時所得は、給与所得を含む8つの所得類型以外の所得であることがその要件の一つとされており、さらに、雑所得が、その他の所得類型のいずれにも該当しない所得をいうものとされていることに照らせば、本件権利行使益の所得区分を検討するに当たっては、まず、給与所得に該当するか否かを検討した上で、給与所得に該当しない場合に、一時所得に該当するか否か、さらには、雑所得に該当するか否かを検討すべきである。
(2) 前記前提事実(第2の2)によれば、本件プランに基づき付与された本件ストック・オプションについては、被付与者の生存中は、その者のみがこれを行使することができ、その権利を譲渡し、又は移転することはできないものとされているというのであり、被付与者は、これを行使することによって、初めて経済的な利益を受けることができるものとされているということができる。そうであるとすれば、米国A社は、原告に対し、本件プランに基づき本件ストック・オプションを付与し、その約定に従って所定の権利行使価格で株式を取得させたことによって、本件権利行使益を得させたものであるということができるから、本件権利行使益は、米国A社から原告に与えられた給付に当たるものというべきである。本件権利行使益の発生及びその金額が米国A社の株価の動向と権利行使時期に関する原告の判断に左右されたものであるとしても、そのことを理由として、本件権利行使益が米国A社から原告に与えられた給付に当たることを否定することはできない。
ところで、本件権利行使益は、原告が就労していた日本A社からではなく、米国A社から与えられたものである。しかしながら、前記前提事実によれば、米国A社は、日本A社の発行済み株式の100パーセントを有している親会社であるというのであるから、米国A社は、日本A社の役員の人事権等の実権を握ってこれを支配しているものとみることができるのであって、原告は、米国A社の統括の下に日本A社の従業員としての職務を遂行していたものということができる。そして、前記前提事実によれば、本件プランは、米国A社、その親会社又は子会社の一定の従業員等に対する精勤の動機付けとすること等を企図して設けられているものであり、米国A社は、原告が上記のように職務を遂行しているからこそ、本件プランに基づき原告に対して本件ストック・オプションを付与したものであって、本件権利行使益が原告が上記のとおり職務を遂行したことに対する対価としての性質を有する経済的利益であることは明らかというべきである。そうであるとすれば、本件権利行使益は、雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして、所得税法28条1項所定の給与所得に当たるというべきである。(以上につき、最高裁判所平成17年1月25日第三小法廷判決・民集59巻1号64頁参照)
(3) この点、原告は、ストック・オプションの被付与者が子会社の役員である場合と従業員にすぎない場合とでは事情が異なる旨主張する。
しかし、米国A社が、日本A社を支配しているとみることができるから、その従業員である原告も、米国A社の統括の下に職務を遂行していたものということができるとともに、本件プランは、米国A社、その親会社又は子会社の一定の従業員等に対する精勤の動機付けとすることを企図して設けられているものであり、役員であるか従業員であるかを区別していないことは上記(2)のとおりであるから、原告の上記主張は理由がない。
(4) したがって、本件権利行使益は給与所得に当たり、一時所得又は雑所得には当たらないものというべきである。
2 争点(2)(租税法律主義違反の有無)について
原告は、本件権利行使益を給与所得と認定することは憲法84条(租税法律主義)に違反する旨主張する。
しかしながら、上記権利行使益の所得区分について、所得税法28条の定める「給与所得」の合理的解釈として許容される限度を超えない限り、租税法律主義違反となることはないものというべきところ、本件権利行使益について、前記1(2)のとおり、関係当事者や契約の内容、特質等に照らし、同条の定める「給与所得」に当たると解することは、同規定の合理的解釈として許容されるものであって、「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更する」場合に当たらないことはもとより、これが不当な拡大解釈に当たるものでも、課税要件が不明確となっているものでもないというべきである。そして、このことは、かつて、課税庁において、ストック・オプションの権利行使益を一時所得ととらえていた時期があったことや、裁判実務において、これを一時所得とする見解があったことにより、左右されるものではない。
したがって、本件各更正処分及び本件通知処分について、租税法律主義違反を理由とする取消しも認められない。
3 争点(3)(信義則違反の有無)について
原告は、本件各更正処分は、課税当局の従来の統一的方針(公的見解)を覆し、原告に多大な損害を与えたものであるから、信義則に違反する旨主張する。
しかしながら、信義則違反により課税処分が取り消されるのは、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情がある場合に限られるべきであると解される(最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決・判例時報1262号91頁参照)。
そして、このような特別の事情があるというためには、課税庁が納税者に対して公的見解を表示し、納税者において、その責めに帰すべき事由によらずに上記表示を信頼し、それゆえに申告とは別個独立の経済的行動をした後、上記表示に反する課税処分がされた結果、上記経済的行動をした時点では予期し得なかった損害を受け、その損害を納税者に受忍させることが酷であると認められることが必要と解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記前提事実(3)のアないしウ並びに証拠(乙11の1ないし9)及び弁論の全趣旨によれば、外国の親会社から付与されたストック・オプションの権利行使に係る所得区分について、東京国税局直税部長監修、同局所得税課長編「所得税質疑応答集」(財団法人大蔵財務協会刊行)の昭和60年版から平成6年版までの解説に、「ストック・オプションを与えられた場合の課税」の項の回答欄に、「現実に権利を行使した本年分の一時所得として課税されます。」、解説欄に、「(中略)そこで、ストック・オプションを与えられたことによる経済的利益については、給与、退職金に代えて与えられている場合を除き、通常、一時所得として課税されます。」と記載され、さらに、昭和63年版から平成4年版については、その末尾に「(基達23~35共-6と同旨)」と記載されていたこと、しかし、この回答及び解説の内容は、原告が平成10年分確定申告書を提出する以前の平成10年7月1日に発行された平成10年版(乙11の9)から、上記所得区分を「給与所得」とする内容に明確に変更されたこと、原告自身、平成11年分権利行使益については、給与所得に当たるとして平成11年分確定申告書を提出したことが認められ、課税庁が原告に対し、平成10年分権利行使益及び平成11年分権利行使益を一時所得として申告すべき旨指導したことを認めるに足りる証拠はない。
上記に照らせば、課税庁は、平成10年分及び平成11年分の所得税の申告期において、ストック・オプションに係る権利行使益が給与所得に当たる旨の公的見解を表示したということはできない。また、仮に、課税庁が、平成9年分の所得税の申告期においては、ストック・オプションに係る権利行使について、給与に代えて支払う場合を除き、一時所得として扱う旨の公的見解を表示していたといい得るとしても、原告が、本件ストック・オプションにつき、給与に代えて支払われたものではないと信じたがゆえにその権利を行使したことを認めるに足りる証拠はなく、原告主張の事実によっても、原告は、平成11年6月30日にB社を退職したというのであって、上記表示を信頼したことから直ちに退職をしたと認めるに足りる証拠はなく、本件各更正処分及び本件通知処分を受けたことに伴う損害を受忍させることが酷であるとまではいい難い。
以上によれば、原告について、いまだ、納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情は認められないものといわざるを得ない。
したがって、本件各更正処分及び本件通知処分について、信義則違反を理由とする取消しも認められない。
4 争点(4)(平等原則違反の有無)について
原告は、税務当局の方針変更により、ストック・オプションの権利行使益を得た者の間で税額が異なったり、税務署間でも異なる扱いがされるなどの不合理・不平等が生じる結果となっていることから、本件各更正処分及び本件通知処分は憲法14条に違反する旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、本件権利行使益が給与所得に当たると解することが所得税法28条の合理的な解釈に合致すると認められる以上、原告が指摘する、いわゆる擬似ストック・オプションに対する課税やストック・オプションの付与会社である親会社が日本法人である場合との違いは、立法政策の当否を論難するにとどまるものといわざるを得ず、かえって、ストック・オプションに係る権利行使益について、上記解釈に従って納税をしている者も存在するとみられること(弁論の全趣旨)との公平も考慮すると、原告の上記主張は採用できない。
5 争点(5)(理由附記の不存在による違法性の有無)について
原告は、本件各更正処分の通知書には更正の理由が附記されておらず(理由附記がないことは争いがない。)、本件権利行使益について、課税庁の方針変更により給与所得として課税された理由を知ることができないから、本件各更正処分には、理由附記の不存在による違法がある旨主張する。
しかしながら、所得税法155条2項は、所得税の更正に関し、青色申告書に係る年分の総所得金額、退職所得金額若しくは山林所得金額又は純損失の金額の更正をする場合には、更正通知書に更正の理由を附記しなければならない旨規定しているのに対し、青色申告書以外の申告書に係る更正については、更正通知書に処分の根拠となった理由を附記しなければならないとする法律上の規定はおかれていないこと、及び所得税の更正処分については、処分をした税務署長に対する異議申立てと国税不服審判所長に対する審査請求という行政部内の不服申立手続を通じて更正処分の理由が明示され、処分の適正化と争点の明確化が図られることが予定されていることに照らせば、青色申告書以外の申告書に係る更正処分については、更正通知書に処分理由の附記を要しないと解すべきであって、このように解しても、憲法14条、31条に反するものではない。
したがって、本件各更正処分に係る更正通知書に理由附記がないことをもって、同処分が違法であるということはできない。
第4結論
1 以上より、本件権利行使益が給与所得に当たることを前提として、平成9年分及び平成10年分の各所得税に係る総所得金額及び納付すべき税額について判断すると、それぞれ別紙2-1及び2-2のとおりであり、これらは、それぞれ平成9年分及び平成10年分の各更正処分に係る総所得金額及び納付すべき税額と同額であるから、本件各更正処分は適法である。
2 同様に、平成11年分所得税に係る総所得金額及び納付すべき税額を計算すると、別紙2-3のとおりであり、これは平成11年分確定申告書記載の納付すべき税額と同額であるから、本件通知処分は適法である。
3 よって、原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 大門匡 裁判官 関口剛弘 裁判官 菊池章)
(別紙1-1)
課税処分等の経緯(平成9年分)
file_2.jpgcole ze ale coe olame a cle = om ele x = 0 oleoRRRe lee SRR saneonain | eesRZR le mR & om] 24,302.50 7,907,412 - [erm ee ee] use ooo] seerzera] —unsenom] 1,100, «47,907.41 - Ble -semmoee] 250,173,470 | 223, 173,470 d| -| Remo see 1,425,002 1.485, 1.425, 6 - * eee ee a 2,916,000] 446,481,000 - n+ <2 eal 218,901, 109 113,726,100] 215,517, 600 = a> ee mm el = of 10,179,000 of arr FORE? 2D. BOM EES 2RD1 ROSMEDS
(別紙1-2)
課税処分等の経緯(平成10年分)
file_3.jpgtie = FA) ~ xale ee ale © 8 o[R me x | 0 o|uneosene ® — a|om sele =z ® be S\_| gaussaon [eausizaza | sauemiacen | 9 moian | eauesame | eeomizaze B® & wm] — son.e1s] 145,209,122] s2,004,e18] 52,004,618] 144,073,909 zi y(eeeeoem| ese] ws, 4,073, 999 - * la enoee - Ei RSD oe ol m4 1,474, 114 = * Rue me oF 00 42, 599,000 = eit + <= ml 2,245,000 233,40] - aoe a mm Bi =| 5.181, 000 | of 3,098, 00 or) cEe2RO1 8 as
(別紙1-3)
本件通知処分等の経緯(平成11年分)
file_4.jpga Soe ee ee ee Slee mao om 560, x 4,531, 766) feemoanel cimom| csc] | E 164 cae] ye ee on, ee ee ee 1 25 a ) #1, WARE? 2B 22 BORER 290 1 ROEM:
(別紙2-1)
1 総所得金額 4億4790万7412円
上記金額は、次のア及びイの合計額から所得税法28条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した後の金額である。
ア 日本A社からの給与収入金額 1354万6400円
上記金額は、原告が平成9年分確定申告書に給与所得の収入金額として記載した金額と同額である。
イ ストック・オプションの権利行使に係る米国A社からの給与収入金額 4億5972万4561円
上記金額は、原告が米国A社から得たストック・オプションの平成9年中の権利行使に係る経済的利益の金額である。
2 所得控除の額の合計額 142万5632円
上記金額は、原告の所得控除の額の合計額であり、原告が平成9年分確定申告書に記載した所得控除の額の合計額と同額である。
3 課税総所得金額 4億4648万1000円
上記金額は、前記1の総所得金額4億4790万7412円から前記2の所得控除の額の合計額142万5632円を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
4 納付すべき税額 2億1551万7600円
上記金額は、次のアの金額からイの金額を差し引いた後の金額である。
ア 課税総所得金額に対する税額 2億1721万0500円
上記金額は、前記3の課税総所得金額4億4648万1000円に所得税法89条1項の税率を乗じて算出した金額である。
イ 源泉徴収税額 169万2900円
上記金額は、原告が平成9年分確定申告書に記載した源泉徴収税額と同額である。
(別紙2-2)
1 総所得金額 1億4407万3992円
上記金額は、次のア及びイの合計額から所得税法28条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した後の金額である。
ア 日本A社からの給与収入金額 1480万1934円
上記金額は、原告が平成10年分確定申告書に給与所得の収入金額として記載した金額と同額である。
イ ストック・オプションの権利行使に係る米国A社からの給与収入金額 1億3864万4374円
上記金額は、原告が米国A社から得たストック・オプションの平成10年中の権利行使に係る経済的利益の金額である。
2 所得控除の額の合計額 147万4114円
上記金額は、原告の所得控除の額の合計額であり、原告が平成10年分確定申告書に記載した所得控除の額の合計額と同額である。
3 課税総所得金額 1億4259万9000円
上記金額は、前記1の総所得金額1億4407万3992円から前記2の所得控除の額の合計額147万4114円を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
4 納付すべき税額 6323万3400円
上記金額は、次のアの金額からイ及びウの金額を差し引いた後の金額である。
ア 課税総所得金額に対する税額 6526万9500円
上記金額は、前記3の課税総所得金額1億4259万9000円に所得税法89条1項の税率を乗じて算出した金額である。
イ 特別減税額 3万8000円
上記金額は、平成10年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条の規定に基づいて計算した金額であり、原告が平成10年分確定申告書に記載した特別減税額と同額である。
ウ 源泉徴収税額 199万8100円
上記金額は、原告が平成10年分確定申告書に記載した源泉徴収税額と同額である。
(別紙2-3)
1 総所得金額 5億5081万5372円
上記金額は、次のア及びイの合計額から所得税法28条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した後の金額である。
ア B社からの給与収入金額 633万9708円
上記金額は、原告が平成11年分確定申告書に添付された平成11年分給与所得の源泉徴収票の支払金額欄に記載された金額と同額である。
イ ストック・オプションの権利行使に係る米国A社からの給与収入金額 5億7525万5421円
上記金額は、原告が米国A社から得たストック・オプションの平成11年中の権利行使に係る経済的利益の金額であり、平成11年分確定申告書に添付された所得の内訳書に記載されている金額と同額である。
2 所得控除の額の合計額 118万5365円
上記金額は、原告の所得控除の額の合計額であり、原告が平成11年分確定申告書に記載した所得控除の額の合計額と同額である。
3 課税総所得金額 5億4963万円
上記金額は、前記1の総所得金額5億5081万5372円から前記2の所得控除の額の合計額118万5365円を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
4 納付すべき税額 2億1400円
上記金額は、次のアの金額からイ及びウの金額を差し引いた後の金額である。
ア 課税総所得金額に対する税額 2億0087万3100円
上記金額は、前記3の課税総所得金額5億4963万円に所得税法89条1項の税率(経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律(平成11年法律第8号)4条の特例を適用したもの)を乗じて算出した金額である。
イ 定率減税額 25万円
上記金額は、経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律6条2項の規定により計算した金額であり、原告が平成11年分確定申告書に記載した定率減税額と同額である。
ウ 源泉徴収税額 62万1677円
上記金額は、原告が平成11年分確定申告書に記載した源泉徴収税額と同額である。
(別紙3-1)
1 総所得金額 4億7089万3641円
上記金額は、次のア及びイの合計額である。
ア 給与所得の額 1116万9080円
上記金額は、原告が平成9年分確定申告書に給与所得の収入金額として記載した、日本A社からの給与収入金額1354万6400円から所得税法28条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した後の金額である。
イ 雑所得の金額 4億5972万4561円
上記金額は、原告が米国A社から得たストック・オプションの平成9年中の権利行使に係る経済的利益の金額である。
2 所得控除の額の合計額 142万5632円
上記金額は、原告の所得控除の額の合計額であり、原告が平成9年分確定申告書に記載した所得控除の額の合計額と同額である。
3 課税総所得金額 4億6946万8000円
上記金額は、前記1の総所得金額4億7089万3641円から前記2の所得控除の額の合計額142万5632円を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
4 納付すべき税額 2億2701万1100円
上記金額は、次のアの金額からイの金額を差し引いた後の金額である。
ア 課税総所得金額に対する税額 2億2870万4000円
上記金額は、前記3の課税総所得金額4億6946万8000円に所得税法89条1項の税率を乗じて算出した金額である。
イ 源泉徴収税額 169万2900円
上記金額は、原告が平成9年分確定申告書に記載した源泉徴収税額と同額である。
(別紙3-2)
1 総所得金額 1億5100万6211円
上記金額は、次のア及びイの合計額である。
ア 給与所得の額 1236万1837円
上記金額は、原告が平成10年分確定申告書に給与所得の収入金額として記載した、日本A社からの給与収入金額1480万1934円から所得税法28条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した後の金額である。
イ 雑所得の金額 1億3864万4374円
上記金額は、原告が米国A社から得たストック・オプションの平成10年中の権利行使に係る経済的利益の金額である。
2 所得控除の額の合計額 147万4114円
上記金額は、原告の所得控除の額の合計額であり、原告が平成10年分確定申告書に記載した所得控除の額の合計額と同額である。
3 課税総所得金額 1億4953万2000円
上記金額は、前記1の総所得金額1億5100万6211円から前記2の所得控除の額の合計額147万4114円を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
4 納付すべき税額 6669万9900円
上記金額は、次のアの金額からイ及びウの金額を差し引いた後の金額である。
ア 課税総所得金額に対する税額 6873万6000円
上記金額は、前記3の課税総所得金額1億4953万2000円に所得税法89条1項の税率を乗じて算出した金額である。
イ 特別減税額 3万8000円
上記金額は、平成10年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条の規定に基づいて計算した金額であり、原告が平成10年分確定申告書に記載した特別減税額と同額である。
ウ 源泉徴収税額 199万8100円
上記金額は、原告が平成10年分確定申告書に記載した源泉徴収税額と同額である。
(別紙3-3)
1 総所得金額 5億7978万4221円
上記金額は、次のア及びイの合計額である。
ア 給与所得の金額 452万8800円
上記金額は、原告がB社からの給与収入金額633万9708円を基礎として、所得税法28条4項の規定に基づき、同法別表第5により求めた金額である。
イ 雑所得の金額 5億7525万5421円
上記金額は、原告が米国A社から得たストック・オプションの平成11年中の権利行使に係る経済的利益の金額である。
2 所得控除の額の合計額 118万5365円
上記金額は、原告め所得控除の額の合計額であり、原告が平成11年分確定申告書に記載した所得控除の額の合計額と同額である。
3 課税総所得金額 5億7859万8000円
上記金額は、前記1の総所得金額5億7978万4221円から前記2の所得控除の額の合計額118万5365円を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項により10'00円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
4 納付すべき税額 2億1071万9500円
上記金額は、次のアの金額からイ及びウの金額を差し引いた後の金額(ただし、国税通則法119条1項により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
ア 課税総所得金額に対する税額 2億1159万1260円
上記金額は、前記3の課税総所得金額5億7859万8000円に所得税法89条1項の税率(経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律(平成11年法律第8号)4条の特例を適用したもの)を乗じて算出した金額である。
イ 定率減税額 25万円
上記金額は、経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律6条2項の規定により計算した金額であり、原告が平成11年分確定申告書に記載した定率減税額と同額である。
ウ 源泉徴収税額 62万1677円
上記金額は、原告が平成11年分確定申告書に記載した源泉徴収税額と同額である。
(別紙4)
争点に関する当事者の主張
(1) 本件権利行使益の所得区分(本件権利行使益が、給与所得、一時所得又は雑所得のいずれに該当するか。)
ア 被告の主張
(ア) 本件権利行使益が給与所得に該当すること
a 最高裁判所平成17年1月25日第三小法廷判決・民集59巻1号64頁は、米国法人の子会社である日本法人の代表取締役であった上告人が親会社から付与されたストック・オプションを行使して得た、本件と同様の権利行使益の所得区分が争われた事案において、ストック・オプションの権利行使益の給与所得該当性につき、「本件ストックオプション制度に基づき付与されたストックオプションについては、被付与者の生存中は、その者のみがこれを行使することができ、その権利を譲渡し、又は移転することはできないものとされているというのであり、被付与者は、これを行使することによって、初めて経済的な利益を受けることができるものとされているということができる。そうであるとすれば、米国D社は、上告人に対し、本件付与契約により本件ストックオプションを付与し、その約定に従って所定の権利行使価格で株式を取得させたことによって、本件権利行使益を得させたものであるということができるから、本件権利行使益は、米国D社から上告人に与えられた給付に当たるものというべきである。本件権利行使益の発生及びその金額が米国D社の株価の動向と権利行使時期に関する上告人の判断に左右されたものであるとしても、そのことを理由として、本件権利行使益が米国D社から上告人に与えられた給付に当たることを否定することはできない。」と判示して、これを肯定した。
さらに、同判決は、前記権利行使益が親会社から付与されていることにつき、「本件権利行使益は、上告人が代表取締役であった日本D社からではなく、米国D社から与えられたものである。しかしながら、前記事実関係によれば、米国D社は、日本D社の発行済み株式の100%を有している親会社であるというのであるから、米国D社は、日本D社の役員の人事権等の実権を握ってこれを支配しているものとみることができるのであって、上告人は、米国D社の統括の下に日本D社の代表取締役としての職務を遂行していたものということができる。そして、前記事実関係によれば、本件ストックオプション制度は、Dグループの一定の執行役員及び主要な従業員に対する精勤の動機付けとすることなどを企図して設けられているものであり、米国D社は、上告人が上記のとおり職務を遂行しているからこそ、本件ストックオプション制度に基づき上告人との間で本件付与契約を締結して上告人に対して本件ストックオプションを付与したものであって、本件権利行使益が上告人が上記のとおり職務を遂行したことに対する対価としての性質を有する経済的利益であることは明らかというべきである。そうであるとすれば、本件権利行使益は、雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして、所得税法28条1項所定の給与所得に当たるというべきである。」と判示し、権利行使益が、給与所得に該当することを明らかにした。
b 本件において、米国A社は、日本A社及びB社(併せて以下「日本A社等」という。)の発行済み株式のすべてを所有しているのであるから、米国A社は、日本A社等の人事権等の実権を握ってこれを支配しているものとみることができ、原告は、米国A社の統括の下に日本A社等の従業員としての職務を遂行していたものということができる。
また、本件プランによれば、本件ストック・オプション制度は、「従業員の経済的利益と株式を長期に保有することによる価値を結びつけることにより、実質的に責任ある職に最も相応しい人材を誘引しかつ維持すること、当該人材に対して、付加的なインセンティブを提供すること及び会社の事業の成功を促進すること」を目的とし、ストック・オプションの被付与者が、米国A社、その親会社又は子会社との雇用関係を退職などの理由により終了した場合には、すでに行使可能なストック・オプションについて3か月以内に行使しない限り、当該オプションは終了(失効)することとされているのであるから、米国A社、その親会社又は子会社の一定の従業員等に対する精勤の動機付けとすることなどを企図して設けられているものであり、米国A社は、原告が上記のとおり職務を遂行しているからこそ、本件ストック・オプション制度に基づき原告との間で本件付与契約を締結して原告に対して本件ストック・オプションを付与したものであって、本件権利行使益が原告が上記のとおり職務を遂行したことに対する対価としての性質を有する経済的利益であることは明らかというべきである。
したがって、上記最高裁平成17年判決が判示するとおり、本件権利行使益は、雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして、所得税法28条1項所定の給与所得に該当するというべきである。
(イ) 本件権利行使益が雑所得に該当すること(予備的主張)
本件権利行使益が、給与所得に該当せず、その発生の有無及び金額が、株価の変動及び権利行使の時期に関する判断によって決定される、偶発的・一時的なものであったとしても、本件権利行使益は、原告の勤務先会社である日本A社における従業員等としての地位及びその勤務に密接に関係する所得であることは明白であるから、労務提供の対価とみるほかなく、「労務その他の役務・・・の対価としての性質」を有するものに当たるものであって、一時所得には当たらないといわざるを得ない。
したがって、本件権利行使益は、仮に給与所得に該当しないとしても、一時所得にも該当せず、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得のいずれにも該当しない以上、雑所得に該当するというべきである。
そして、本件権利行使益が雑所得に該当するものとして原告の平成9年分ないし平成11年分所得税に係る納付すべき税額を算出すると、別紙3-1、3-2、3-3のとおりとなり、本件各更正処分に係る納付すべき税額を上回るから、本件各更正処分及び本件通知処分は適法ということができる。
イ 原告の主張
(ア) 本件権利行使益が給与所得に当たらないこと
a 所得税法28条1項の規定する「給与」とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいい、その該当性の判断に当たっては、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け継続的ないし断続的に労務の提供があり、その対価として支給されるものであるかが重視されなければならない(最高裁判所昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁参照)。
そこで、本件権利行使益が給与所得に該当するというためには、それが、「雇用契約又はこれに類する原因に基づくもの」であるとともに、「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」として「使用者から受ける給付」であることが必要である。
b ところが、本件ストック・オプションの付与者である米国A社と原告との間には雇用契約又はこれに類する原因はない。すなわち、原告は、日本A社に雇用され、その空間的・時間的拘束を受けて同社に労務を提供したのであり、ストック・オプションは、原告の日本A社入社時の条件ではなく、原告と日本A社間の雇用契約の内容にはなっておらず、本件ストック・オプションの付与は、米国A社が決定するものであって、日本A社は付与に関与せず、同社において、本件権利行使益が原告の労務の対価として給付されたという認識はなかった。
c また、本件権利行使益が労務の対価と認められるためには、労務と支給関係が互いに向かい合う関係になっていることが必要というべきであるから、その付与者と使用者は一致しなければならないと解されるところ、原告が労務の提供をしたのは、日本A社に対してであって、米国A社に対してではない。
米国A社と日本A社との間に、親子会社の関係が存在するからといって、直ちに米国A社による日本A社の従業員等への権利行使益の供与が、実質的に同社がその従業員等に対し支払うべき報酬の一部であるということはできず、本件権利行使益について、日本A社が原告の勤務に対して支払うべき報酬の一部を実質的に米国A社が支払ったものと評価し得る事情もない。
d さらに、本件権利行使益は、米国A社の株価の推移と原告の投資判断という、就労とはおよそ異なり、付与会社の支配できない偶然的な要因によって決まるものであり、むしろ、本件ストック・オプションの運用益と評価すべきものであって、これを労務の対価とみることはできない。権利行使の方法について、付与会社と被付与者との間の契約で制約されていたとしても、被付与者はその制約の中で自ら判断を行い、偶然性の支配する市場において、その権利行使益を確定することができるのである。
労務の「対価」と評価できるためには、従業員が提供した労務の質及び量と当該給付との間に何らかの相関関係がなければならないものと解されるところ、原告の就労と米国A社の株価上昇との間にこのような相関関係が存在するということは困難である。
ストック・オプションが「インセンティブ報酬」といわれるのも、株価の上昇に対する期待感を表現した感覚的な表現にとどまり、ストック・オプションを行使する前提として勤務会社に対して労務を提供することが要求されているとしても、被付与者に期待感を抱かせて勤務会社に対する労務の提供を要求しただけであって、たまたま株価の値上がりという結果に至ったとしても、値上がり益が労務の対価であるということにはならない。例えていえば、ストック・オプションの付与は、「宝くじ」を付与したようなものであって、被付与者において、その「宝くじ」が値上がりするかもしれないと期待したとしても、主観的な期待に過ぎず、付与者から値上がり益を与えられたものではないのである。
e 本件ストック・オプションの内容は、要するに、原告が一定期間日本A社に就労することを条件として、米国A社の普通株式を権利行使価格で買い受ける権利を付与するものであり、このように特定の株式等を一定の価格(権利行使価格)で買い受ける権利(新株予約権)は、金融派生商品(いわゆるデリバティブ商品)の中のコール・オプションといわれるものであって、その価格は理論的に算定可能であると考えられており、実際にも一定の価格(オプション価格)が定められ、取引の対象となっていることは周知の事実である。本件ストック・オプションは、原告に対し、一定期間の就労を条件として、コール・オプションという経済的価値のある権利(一種の期待権)を無償で与えるものと解することができる。
f 権利行使益は、既にストック・オプションの付与を受けた従業員等に発生していた内部的利益がその後権利行使によって実現したものであり、付与されたストック・オプション自体の経済的価値を給与として考えることはできても、その後の値上がり益について給与所得として課税することは、際限のない課税を認めるものとして許されないというべきである。
ストック・オプションについて権利行使がされた場合、付与時に決定された権利行使価格が会社に対して支払われることになるが、権利行使を受けた付与会社が、自社株式を予め定められた権利行使価格で当該従業員に対して交付する義務は、権利行使の時点で発生するものではなく、ストック・オプションの付与時において既に発生しており、現実の引渡しが将来の権利行使時まで猶予されているに過ぎないとみることができる。付与会社は、付与時において予測不可能な株式の値上がり益(含み益)を権利行使時に自ら保持し、これを従業員等に対して移転したものではなく、一定の条件のもとで将来権利行使できる権利を従業員に付与したにすぎないのであって、将来権利行使したときに、その時点でたまたま得られる値上がり利益を付与会社が与えたことにはならない。
g 以上によれば、本件権利行使益は、雇用契約又はこれに類する原因に基づくものではなく、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付ということもできないから、給与所得に当たらないというべきである。
(イ) 本件権利行使益が一時所得に当たること
本件権利行使益は、原告が、勤務先でない米国法人から一方的に付与されるものであり、法人からの贈与に当たるところ、所得税基本通達(平成10年10月1日付課法8-2ほか1課共同による改正前のもの)34-1は、「法人からの贈与により取得する金品は一時所得に該当する」と定め、さらに、所得税基本通達23~35共-6は、「新株を取得する権利が与えられた場合の所得は、一時所得とする」としている。
このように、本件権利行使益は、給与所得又はその他の利子所得、配当所得等の所得区分のいずれにも該当せず、偶発的、一時的な性格を有する経済的利益であって、労務その他の役務の対価としての性質を有しないものであるから、所得税法34条1項所定の一時所得に該当するものというべきである。そして、本件権利行使益が一時所得に該当する以上、雑所得に該当するものということはできない。
(ウ) 最高裁判所平成17年1月25日判決は、本件と同種の事案について、ストック・オプションの権利行使益を給与所得と判断したものであるが、同判決の解釈は是認できない。
(エ) 原告の平成9年分ないし平成11年分の所得税に係る納付すべき税額の算定について、本件権利行使益を一時所得に当たるものとして計算すると、別紙1-1、1-2の各「審査請求」欄記載のとおり、原告の平成9年分所得税に係る総所得金額2億4434万2550円、納付すべき税額1億1373万5100円、平成10年分所得税に係る総所得金額8209万4618円、納付すべき税額3224万3900円となり、また、原告の平成11年分所得税に係る納付すべき税額は平成11年分確定申告書記載の総所得金額及び納付すべき税額を下回ることが明らかであるから、本件各更正処分のうち上記金額を上回る部分及び本件通知処分は違法なものとして、取り消されるべきである。
(2) 租税法律主義違反を理由とする本件各更正処分及び本件通知処分の取消しの可否について
ア 原告の主張
(ア) 本件各更正処分及び本件通知処分は、当該処分後、法令が変更されていないのに、従来の解釈を変更し、過去に遡って課税を行うものであるから、租税法律主義(憲法84条)に違反する。
(イ) すなわち、米国親会社から日本子会社の使用人に対して付与されたストック・オプションを行使して得た経済的利益の所得区分について、平成6年版から平成10年版までの東京国税局所得税課長編「所得税質疑応答集」(大蔵財務協会)では、海外親会社から付与されたストック・オプションの行使に係る課税関係についての質疑応答として、「ストック・オプションの贈与が給与又は退職金に代えて行なわれたものではない場合には、退職時にストック・オプションの権利を行使したとしても退職所得とはなりません。」と記載され、このような見解は、被告ら税務当局の統一的方針として、広く明確に表明されていたものである。
なお、平成8年7月8日の国税速報でも、「所得税基本通達の一部改正について」と題する記事において、国税庁法人税課課長補佐伊東博之氏が、明確に「有利な発行価額による新株を取得する権利を与える者が外国法人で、その権利を受ける者がその外国法人と直接雇用関係を有しない子会社の役員又は使用人である場合には一時所得とされ、また外国法人の日本支店の役員又は使用人については、本来支給すべきであった給与等に代えて権利を与えたと認められる場合を除いて、一時所得として課税されているものと思われます。」と記載されていたものである。
(ウ) 租税法律主義は、租税の領域における法的安定性と法的予測可能性とを担保することを要請するものであり、このような見地から、本件権利行使益が、給与所得として課税されることが、法令上予め国民にとって予測可能でなければならないところ、給与所得について、所得税法28条は、「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得」と定義しており、納税者たる国民にとって、同条に掲げられた給与の概念を広く理解しても、直接の契約又は法律関係のないところで付与されるものを給与と理解し、予測することは困難というほかない。
ストック・オプションの権利行使益が給与所得であるかどうかについて、地方裁判所において判断が分かれた事実も、国民にとって、租税に関する法律を見て、ストック・オプションの権利行使益が疑いの余地なく給与所得と考えられるものではないことを如実に示すものといえる。
(エ) 給与の代表的な例である賃金について、労働基準法11条も、「この労働の対償として、使用者が労働者に支払うものに明確に限定しており、同条に関する通達上も、ストック・オプションは、権利付与を受けた労働者が権利行使を行うか否か、また、権利行使をするとした場合において、その時期や株式売却時期を何時にするかは労働者の判断と決定にゆだねられているので、その付与は労働基準法の定義する賃金には当たらないとされている(平成9年6月1日基発412号)。
親会社と子会社を一括して一つの法的人格を有するものとみることはできないし、給与は特定された誰かから付与されるという法的な関係が必要なのであって、グループから付与される給与という概念はあり得ない。
税法上、給与の意義について、労働法とは別個の観点からその意味内容を定義することが可能であるとしても、租税法律主義の要請から、その意義については、日本語として誰もが素直に理解できるものでなければならないところ、本件権利行使益のように、使用者以外の者から付与された本件ストック・オプションに係る給付を、給与に当たると解することは、このような理解の範囲を超えているというべきである。
租税法規の解釈にあたって、複数の見解が一応成り立つ場合でも、疑わしい場合には納税者の利益に解釈すべきであり、国民の予測可能性を保障する租税法律主義の趣旨を満たすことこそ、課税における合法性の原則にかなうものといえる。
(オ) 課税当局は、本件権利行使益について、従前の解釈・方針を変更して給与所得としての課税をするに当たっては、事前に関係法令を改正する等の方法で、国民に周知させる努力を行うべきであったのであり、このような過程を経ることなく、本件権利行使益について給与所得として課税を行うことは、租税法律主義に反し、許されないというべきである。
イ 被告の主張
(ア) わが国において、ストック・オプションは、平成7年11月に、新規事業法の改正により、商法の特例措置として限定的に導入され、平成9年5月商法改正により新株引受権方式のストック・オプションが新設されたものであったため、課税庁は、平成9年分の確定申告以前の段階では、制度の内容・特徴を正確に認識していなかったものである。そのため、親会社が子会社の従業員等に付与した場合を含め、当時の所得税基本通達23~35共6により、給与等に代えて与えたと認められる場合以外は一時所得と取り扱う例が多かったが、その後、課税庁は、ストック・オプション制度の概要について十分認識し、平成10年分所得税の確定申告期以降、米国の親会社から日本の子会社の従業員等に付与されたストック・オプションに係る権利行使益の所得区分について、一時所得から給与所得に見解を改め、統一的に執行するに至っている。
このように、本件各更正処分及び本件通知処分は、法律の解釈を変えてこれを過去に遡って課税したものではなく、また、通達を改正して課税をしたものでもない。
(イ) また、憲法84条の下で、「租税を創設し、改廃するのはもとより、納税義務者、課税標準、徴税の手続はすべて(中略)法律に基いて定められなければならないと同時に法律に基いて定めるところに委せられている」(最高裁昭和30年3月23日大法廷判決・民集9巻3号336頁)のであって、このようにして定められた法律を前提として、これを解釈し、適用することが、租税の創設、改廃、変更に当たらないことは明らかであり、したがってまた、法律の解釈ないし通達等の取扱いの変更が、憲法84条の「現行の租税を変更する」ことに該当せず、憲法84条に反しないことも明らかである。
(ウ) 最高裁判所平成17年1月18日第三小法廷決定も、同裁判所平成17年第三小法廷判決と同一の原審判決に対する上告受理申立事件についての決定であるところ、租税法律主義違反の主張を含む上告理由に対して、「本件上告理由は、違憲をいうが、その実質は事実誤認若しくは単なる法令違反をいうものであるか、又は所論の前提となる事実を欠くもの若しくは立法政策の当否をいうに帰するものであって、明らかに上記各項(民訴法312条1項及び2項)に規定する事由に該当しない。」と判示して上告受理の申立てを棄却し、同事件における各更正処分が租税法律主義に違反するものではないことを明らかにしている。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
(3) 信義則違反を理由とする本件各更正処分及び本件通知処分の取消しの可否について
ア 原告の主張
(ア) 税務当局は、平成10年まで、親会社から付与されたストック・オプションの行使による利益を一時所得として扱っており、税務署職員は、所得税基本通達の23~35共-6を根拠とし、この通達を説明した国税庁職員及び東京国税局職員の著述を引用して、納税者の指導に当たっていた。ところが、平成12年に突如、このような公的見解を覆し、給与所得としての課税を行うに至ったものである。
特に、前記解説書は、官職名を表示して、政府系の出版機関である財団法人大蔵財務協会から出版されており、全国の税務署職員がこれに基づき納税者を指導していることからすれば、その記載は公的見解というほかない。仮に、これが公的見解でないとすれば、全国の税務署職員は、それぞれが個人的見解に基づき、不統一な税務行政を行っていることになり、その後に統一的かつ遡及的に納税者に不利な見解に基づく課税処分を行うことは租税法律主義に反するというべきである。特に、本件においては、一部の課税担当者が個人的な過誤からたまたま間違った指導をしたのを改めたのではなく、税務当局の統一的な方針を覆したものであり、このような事案においては、信義則の法理について、被告が引用する判例が示した要件がそのまま適用されるものではなく、法治主義の要請から、課税庁は、国民に対し、一定の行動を行うに際して予測できなかった不利益を与えるような処分をしてはならないというべきである。
(イ) 原告は、上記のような課税当局の方針に従い、課税当局の公的見解を信頼して、平成9年分及び平成10年分の所得税の申告を行うとともに、平成11年分の所得税に係る更正の請求を行ったものであり、その責にすべき理由はない。
(ウ) 原告は、平成11年6月にB社を退職したが、これは、本件ストック・オプションに係る権利行使による利益が見込まれたことから、これを頼りに退職することとしたものである。原告は、当時、本件権利行使益が一時所得に当たるものとして納税を予定しており、仮に当時給与所得として莫大な課税をされ、手元に残る金額が少なくなることを知っていたならば、高給を手放して日本A社を退職することはなかった。
税務当局の方針変更は、原告の人生設計を大きく狂わせ、多大な損害を与えたものである。
(エ) 以上のとおり、本件各更正処分及び本件通知処分は、原告の責に帰すべき理由がないにもかかわらず、課税当局の従来の統一的方針(公的見解)を覆し、これを信頼した原告に多大な損害を与えるものであるから、信義則に違反する。
イ 被告の主張
(ア) 信義則違反により課税処分が取り消されるのは、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情がある場合に限られるべきであり、具体的には、①課税庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したこと、②納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したこと、③課税庁が後に①の表示に反する課税処分を行い、そのために納税者が経済的不利益を受けたこと、④納税者が課税庁による①の表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないことが必要である(最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決・判例時報1262号91頁)。
ところが、信義則違反に関する原告の主張は、課税庁の従来の取扱いに従って本件権利行使益を一時所得として申告したというにとどまり、上記要件を満たさないことが明らかであって、納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情は認められない。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
(4) 平等原則違反を理由とする本件各更正処分及び本件通知処分の取消しの可否について
ア 原告の主張
税務当局は、従来一時所得として扱ってきたものを、平成12年になって方針を変更して、過去に遡って課税することになったから、時効になった平成7年分以前のストック・オプションの行使利益を得た者については更正処分をしていない。従来税務署はストック・オプションの行使による利益を一時所得として扱ってきたから、これを信じた者は、税務署が過去に遡って課税額を変えるとは思わず、権利行使の時期によって税額が違ってくるとは予想もしなかった。ところが、どの時期に行使したかによって、税金額が決定的に違う結果となったものであり、また、税務署の方針変更の時期等の違いにより、同じく平成8年、9年分の所得税でありながら、税務署によっては時効により課税されていない人もいる。
このような不合理・不正義を是正するためには、遡って一律に給与所得として課税をするのではなく、一時所得として統一的に課税を行い、既に給与所得として課税した者がいれば、その者に対して過大な税額分を返還するのが、租税法規の平等・公平な適用というべきである。
したがって、本件各更正処分及び本件通知処分は、憲法14条の規定に基づく平等原則に違反する。
イ 被告の主張
課税庁は、平成10年分所得税の確定申告期以降、親会社株式のストック・オプションに係る権利行使益について、これを給与所得とする統一的執行を行うに至ったものであり、申告内容及び資料情報内容によって把握した者について、除斥期間等の法令の範囲内で可能な限り統一的に所得区分の是正を図ってきたものであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。
租税は、常に、租税法の定めるところに従い、一律に客観的かつ公正に課されなければならないものとされており、本件についても、ストック・オプション制度に関係する調査の結果、権利行使益を一時所得とする申告納税が誤りであることが判明した以上、課税庁は、通則法70条1項所定の期間内の所得税について、所得税法28条1項に基づき、租税法の執行機関として、公正な課税を実現すべきであり、何らの合理的根拠なくして納税義務を免除することはできないのである。
なお、いわゆる分離型の新株引受権付社債(平成13年法律第128号による改正前の商法341条ノ8第2項5号)を発行した後、新株引受権証券(ワラント)の部分を買い戻して従業員等に支給する、いわゆる擬似ストック・オプションの場合に、支給時において当該ワラントの価額相当部分について給与所得として課税するのは、ワラントがそれ自体有価証券として譲渡性を認められており、支給された時点で経済的利益が実現されたと評価できるからであって、ストック・オプションについて付与時でなく権利行使時において課税することとは矛盾しない。特に、擬似ストック・オプションについては、会社と被付与者との問で譲渡禁止の合意をした場合であっても、会社との関係で合意違反の問題を生ずるにとどまり、ワラント自体の譲渡性が奪われるものではないから、証券が発行されず、およそ譲渡の余地がない本件ストック・オプションとは性質を異にするものである。
また、相続人が被相続人の有していたストック・オプションを相続した場合、相続時において株価と権利行使価格との差額に相続税が課されるのは、相続税が金銭に見積もることのできる経済的価値のすべてを課税物件とすることによるものであり、所得税法上の課税物件である「所得」は、ストック・オプションが行使されない限り発生しないことから、その付与時又は権利行使可能時に課税されないのであって、これらの取扱いは相互に矛盾するものではない。
(5) 理由附記の不存在を理由とする本件各更正処分の可否について
ア 原告の主張
青色申告書に係る所得金額等の更正処分については、更正の通知書に処分の理由を附記するものとされており(所得税法第155条2項)、その趣旨は、課税庁の判断を慎重ならしめて、その恣意を防ぐとともに、処分の根拠を明らかにして、納税者に不服申立の権利を保障することにあり、このような理由附記は、事業等をしていないため青色申告ができない納税者についても、憲法14条、31条により等しく保障されるべきである。
ところが、本件各更正処分の通知書には更正の理由が附記されておらず、原告は、本件権利行使益について、課税庁の方針変更により給与所得として課税された理由を知ることができない。
したがって、本件各更正処分には、理由附記の不存在による違法がある。
イ 被告の主張
課税処分について、制定法に特段の定めがない場合に憲法上当然に理由附記が必要とされるものではなく、更正処分が大量であり、その事務の円滑な遂行を確保する必要がある一方、所得税の更正処分については、原則として処分をした税務署長に対する異議申立と国税不服審判所長に対する審査請求の二段階の行政不服申立手続を通じて更正処分の理由が明示され、処分の適正化と争点の明確化が図られることが保障されていることからすると、本件各更正処分について理由附記をしなかったことが違憲・違法であるということはできない。この点に関する原告の主張も理由がない。