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東京地方裁判所 平成14年(行ウ)197号 判決 2004年2月27日

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告が原告に対して平成11年7月6日付けでした、原告の平成8年分所得税についての更正処分のうち、課税総所得金額1125万円、納付すべき税額145万3000円を超える部分を取り消す。

二  被告が原告に対して平成11年7月6日付けでした、原告の平成9年分所得税についての更正処分のうち、課税総所得金額1089万1000円、納付すべき税額154万5300円を超える部分を取り消す。

第二  事案の概要

一  事案の骨子

本件は、原告が、被告がした原告の平成8年分及び平成9年分の所得税の各更正処分は、所得区分の判断を誤った違法なものであるなどと主張して、各更正処分のうち、原告の従前勤務していた日本法人A株式会社の親会社であるアメリカ合衆国法人Aから付与されたストックオプションを行使したことにより取得した利益を一時所得に区分し、平成8年分の雑所得はないとして計算した課税総所得金額及び納付すべき税額を超える部分の取消しを求める事案である。被告は、上記利益が、主位的には給与所得に、予備的には雑所得に該当すると主張するのに対し、原告は、上記利益は一時所得に該当すると主張している。

なお、ストックオプションとは、一般に、特定の株式を、一定の条件の下、一定の期間内に、市場価格ではなく、あらかじめ定められた権利行使価格で取得することのできる権利ないし契約上の地位を意味しており、上記の利益とは、権利行使時における株式の市場価格と被付与者の払い込んだこの権利行使価格との差額のことである(以下、この利益を「権利行使益」という。)。

二  法令の定め等

1  所得税法における所得区分及び所得税額の計算について

所得税法21条1項1号は、居住者に課される所得税額の計算について、「その所得を利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得又は雑所得に区分し、これらの所得ごとに所得の金額を計算する。」と規定している。

これらの所得のうち、給与所得、一時所得及び雑所得の所得区分については、給与所得及び雑所得は、それぞれ同法28条及び同法35条の規定により計算した所得金額が所得税の課税標準とされる総所得金額に算入される(同法22条1項、2項1号)のに対し、一時所得は、同法34条の規定により計算した所得金額の2分の1に相当する金額が総所得金額に算入される(同法22条1項、2項2号)という大きな違いがある。

2  給与所得について

所得税法28条1項は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。」と規定している。これ以外に、給与所得の意義を定める法令は存在しない。

3  一時所得について

所得税法34条1項は、「一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定している。

4  雑所得について

所得税法35条1項は、「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定している。

三  前提となる事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、末尾掲記の証拠により容易に認定することができる事実である。

1  当事者等

原告は、日本の法人であるA株式会社(以下「日本A」という。)に勤務していた者である。

日本Aは、アメリカ合衆国の法人であるA(以下「米国A」という。)のいわゆる子会社であり、米国Aが日本Aの株式の100パーセントを保有している。

2  ストックオプションの付与

(一) 米国Aは、米国Aの役員及び使用人(以下「従業員等」という。)並びに米国Aの子会社の従業員等を対象者としてストックオプションを付与する制度を有しており、その概要は、以下のとおりである。

(1) 本ストックオプションプランの目的は、従業員等の経済的利益と株式を長期に保有することによる価値を結びつけることにより、実質的に責任ある職に最もふさわしい人材を誘引しかつ維持すること、当該人材に対して、付加的なインセンティブを提供すること及び会社の事業の成功を促進することである(A・コーポレーション1991年ストックオプションプラン1条。乙13。以下、このストックオプションプランを「本件プラン」という。なお、「インセンティブ」とは、励みや動機となるもの、報奨金等を意味する。)。

(2) ストックオプションは、米国Aの取締役会ないしは取締役会が本件プランを管理するものとして任命した委員会が、その裁量によって、米国A又はその子会社の従業員等に対して、当該ストックオプションの行使条件、株式数等を定めた上で付与することを決定する(本件プラン4条(b))。

(3) ストックオプションは、米国A又はその子会社が雇用する従業員等に対してのみ付与される(本件プラン5条(a))。

(4) 本件プランに基づいて付与されるストックオプションは、その付与の時に取締役会が決定し、本件プランの条件の下で許容される時期及び条件により行使することができる(本件プラン9条(a))。

(5) ストックオプションの被付与者は、その従業員等としての継続的な地位が終了した場合には、当該終了の日において行使可能なストックオプションに限り、これを行使することができる。ただし、当該行使は、当該終了の日から3か月以内にされなければならない。当該終了の日において行使可能ではなかったか、又は行使可能であったが、同期間内に行使されなかった場合には、当該ストックオプションは失効する(本件プラン9条(b))。

(6) ストックオプションを保有していた者が死亡した場合において、その者の遺言、遺贈又は相続によって当該ストックオプションを行使する権利を取得した者は、前記死亡の日から6か月以内に当該ストックオプションを行使することができる(本件プラン9条(d))。

(7) ストックオプションは、遺言による場合あるいは相続又は遺産分配に関する法令による場合を除き、譲渡、担保権設定その他いかなる方法による処分もすることはできず、ストックオプションの被付与者が生存中は、当該被付与者のみが行使することができる(本件プラン10条)。

(二) 原告は、平成3年7月5日に、米国Aから、本件プランに基づいてストックオプションを付与された(以下、この付与されたストックオプションを「本件ストックオプション」といい、原告と米国Aとの間の本件ストックオプションに係る付与契約を「本件付与契約」という。)。

本件ストックオプションは、米国Aの普通株式700株を、1株当たり61.75ドルで購入することができるというものである。また、本件ストックオプションについては、本件付与契約が対象とする株式の4分の1について、付与の時から1年6か月後に行使が可能となり、その後、6か月ごとに対象株式の8分の1ずつについて行使可能となること、原告がいかなる理由であれ従業員等としての地位を失った場合は、権利行使が可能となっていなかった分は、失効し、ゼロドルの価値しか有さないとみなされること、権利行使が可能となっていた分も、3か月以内に行使しないと失効すること、また、その付与日から10年で失効することなどが、本件付与契約において定められていた(乙20)。

3  本件ストックオプションの権利行使と課税処分の経緯等

(一) 原告は、平成8年及び平成9年の各年中に本件ストックオプションをそれぞれ行使し、平成8年中に1227万9556円、平成9年中に1147万6563円の権利行使益を得た(以下これらの権利行使益を「本件各権利行使益」という。)。

(二) 原告は、平成9年3月14日、平成8年中の本件ストックオプションの権利行使益が株式の譲渡所得に該当するとして、別紙1(課税処分等の経緯(平成8年分))の「確定申告」欄記載のとおり、平成8年分の所得税の確定申告をした。

原告は、平成10年3月16日、平成8年中の本件ストックオプションの権利行使益が一時所得に該当するとして、別紙1の「更正の請求」欄記載のとおり、平成8年分の所得税の更正の請求をした。

(三) 原告は、平成10年3月17日、平成9年中の本件ストックオプションの権利行使益が一時所得に該当するとして、別紙2(課税処分等の経緯(平成9年分))の「確定申告」欄記載のとおり、平成9年分の所得税の確定申告をした。

(四) これに対し、被告は、本件ストックオプションの権利行使益は給与所得に該当するとして、平成11年7月5日付けで、平成8年分の所得税について、前記原告の更正の請求に理由がない旨の通知をするとともに、同月6日付けで、平成8年分及び平成9年分の所得税について、別紙1の「更正処分」欄及び別紙2の「更正決定」欄記載のとおり、各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)をした。

(五) 原告は、平成11年7月30日、被告が平成8年分の所得税についてした前記更正の請求に理由がない旨の通知及び本件各更正処分を不服として、別紙1及び2の「異議申立て」欄記載のとおり、異議申立てをした。これに対し、被告は、平成12年5月24日付けで、上記異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。

(六) 原告は、上記決定を不服として、国税不服審判所長に対し、平成12年6月22日、審査請求をした。国税不服審判所長は、平成14年2月8日、同請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。

(七) 原告は、平成14年4月26日、本訴を提起した。

四  被告が主張する原告の所得税額

被告が本訴において主張する原告の所得税額の算出過程、算出根拠等は、以下のとおりである。原告は、このうち、本件各権利行使益が給与所得に該当することを前提とする部分及び平成8年分の雑所得の金額について争うものであり、その余の算出根拠となる数額、計算関係については争っていない。

1  平成8年分

(一) 総所得金額 1835万4804円

上記金額は、次の(1)及び(2)の合計額である。

(1) 給与所得の金額 1829万9135円

上記金額は、次のア及びイの各給与収入金額の合計額から所得税法28条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した金額である。

ア 日本Aからの給与収入金額 827万2166円

イ 本件ストックオプションの権利行使に係る米国Aからの給与等の収入金額 1277万9556円

(2) 雑所得の金額 5万5669円

上記金額は、平成8年中の為替差益に係る雑所得である。

(二) 所得控除の額の合計額 113万4306円

(三) 課税総所得金額 1722万円

上記金額は、前記(一)の金額から前記(二)の所得控除の額を控除した金額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

(四) 納付すべき税額 324万4000円

上記金額は、次の(1)から(2)及び(3)の合計額を差し引いた金額(ただし、国税通則法119条1項により100円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

(1) 課税総所得金額に対する税額 393万6000円

上記金額は、前記(三)の課税総所得金額に所得税法89条1項の税率を適用して算出した金額である。

(2) 特別減税額 5万円

上記金額は、平成8年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条の規定を適用して算出した金額である。

(3) 源泉徴収税額 64万2000円

2  平成9年分

(一) 総所得金額 1757万9251円

上記金額は、次の(1)及び(2)の合計額である。

(1) 給与所得の金額 1736万5960円

上記金額は、ア及びイの各給与収入金額の合計額から所得税法28条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した金額である。

ア 日本Aからの給与収入金額 859万2869円

イ 本件ストックオプションの権利行使に係る米国Aからの給与収入金額 1147万6563円

(2) 雑所得の金額 21万3291円

上記金額は、平成9年中の為替差益に係る雑所得である。

(二) 分離短期譲渡所得の金額 59万3944円

(三) 所得控除の額の合計額 123万6861円

(四) 課税総所得金額 1634万2000円

上記金額は、前記(一)の金額から前記(三)の所得控除の額を控除した金額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

(五) 課税分離短期譲渡所得金額 59万3000円

上記金額は、前記(二)の金額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

(六) 納付すべき税額 318万0600円

上記金額は、次の(1)及び(2)の合計額から(3)の額を差し引いた金額である。

(1) 課税総所得金額に対する税額 367万2600円

上記金額は、前記(四)の課税総所得金額に所得税法89条1項の税率を適用して算出した金額である。

(2) 課税分離短期譲渡所得金額に対する税額 23万7200円

上記金額は、前記(五)に租税措置法32条1項(平成10年法律23号による改正前のもの。)に規定する100分の40の税率を乗じて算出した金額である。

(3) 源泉徴収税額 72万9200円

五  争点及び争点に関する当事者の主張の要旨

本件の争点は、①本件ストックオプションを行使したことによる本件各権利行使益が、給与所得、一時所得又は雑所得のいずれに該当するか、②本件各更正処分が、租税法律主義、課税公平主義、理由付記又は信義則に違反した違法な処分であるか、③原告の平成8年分の雑所得について、為替差益と為替差損との相殺をすることにより雑所得が存在しないとすることができるかの3点である。

1  争点①(本件各権利行使益の所得区分)について

〔被告の主張〕

(一) 主位的主張(給与所得)

本件ストックオプションを行使したことによる本件各権利行使益は、以下のとおり、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価であって、給与所得に該当する。

そうすると、原告の平成8年分及び平成9年分の所得税の総所得金額及び納付すべき税額は、前記四のとおりとなり、別紙1及び2記載の本件各更正処分における総所得金額及び納付すべき税額を上回るから、本件各更正処分は適法ということになる。

(1) 給与所得の意義

給与所得とは、一般に、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価をいうものと解すべきである。そして、給与所得の本質が、非独立的労働又は従属的労働の対価という点にあることなどからすると、この場合の対価は、役務提供の原因となる雇用契約等における反対給付に限定されるものではなく、従業員等の地位に基づいて給付される限り、労務の対価としての性質を有し、給与所得に該当するというべきである(最高裁判所昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁〔以下「昭和56年最高裁判決」という。〕、最高裁判所昭和37年8月10日第二小法廷判決・民集16巻8号1749頁〔以下「昭和37年最高裁判決」という。〕参照)。

(2) ストックオプション制度について

ア ストックオプション制度は、会社が自社又は子会社の従業員等に対し、自社又は子会社における勤務等を条件として、自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利を付与する契約を基礎としている制度である。同制度は、いわゆる長期インセンティブ報酬制度の一種であって、会社の成長、発展及び利益の維持と有能な従業員等を確保して勤務を継続させることを目的としており、従業員等にストックオプションを付与することにより、従業員等の精勤意欲の向上が期待され、会社も優秀な人材を誘引、確保するとともに会社の業績を向上させることを期待することができると考えられている(以下、ストックオプションを付与した会社を「付与会社」、ストックオプションの付与を受けた従業員等を「被付与者」ということがある。)。

イ このような長期インセンティブ報酬の目的を達成するために、ストックオプション制度は、被付与者の勤務会社における勤務と不可分に結びつけられた仕組みを持っている。

すなわち、ストックオプションを付与する対象が従業員等のみとされ、ストックオプションを行使する条件として、一定期間の勤務、権利行使期間、権利行使価格等が定められ、また、ストックオプションの譲渡が禁止され、退職等により雇用契約等が消滅した場合等には、ストックオプションが消滅したり、行使期間が制限されるなどとされているのである。

(3) 会社が自社の従業員等に対して自社の株式のストックオプションを付与する場合(以下、このような形式のストックオプションを「自社株方式ストックオプション」という。)について

本件は、親会社が子会社の従業員等に対して親会社の株式のストックオプションを付与する場合(以下、このような形式のストックオプションを「親会社株方式ストックオプション」という。)であるところ、論点の把握を容易にするため、まず、自社株方式ストックオプションについて論ずる。

ア 自社株方式ストックオプションの付与契約は、雇用契約等に従属する従たる契約(予約)とでもいうべきものであって、権利行使益を精勤に対する報酬として従業員等に取得させることを目的として締結される売買(株式譲渡)の一方の予約又はこれに類似する契約であり、従業員等の地位にある被付与者のみが予約完結権を行使するものとして譲渡が禁止され、かつ、会社における一定期間の勤務等の停止条件が付されたものということができる。

したがって、自社株方式ストックオプションを行使したことによる権利行使益は、従業員等の地位に基づいて付与されたものであって、当該会社において勤務していたからこそストックオプションを付与され、かつ、現実に勤務を継続したからこそ権利行使益を取得することができたのであるから、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価としての性質を有し、給与所得に該当することは明らかである。

イ 自社株方式ストックオプションを行使したことによる権利行使益に対する課税関係については、平成10年の税制改正において、租税特別措置法29条の2が改正され、一定の要件を満たすストックオプション(以下「税制適格オプション」という。)については、その権利行使価額が1000万円を超えない限度において権利行使時には課税しないこととし(同法29条の2第1項)、これにより取得した当該株式を譲渡した時点において譲渡所得として課税されることとされた(同第5項)。

そして、同規定が、同法第2章「所得税法の特例」中の第3節「給与所得及び退職所得」の中に置かれていることなどに照らすと、同法は、少なくとも自社株方式ストックオプションを行使したことによる権利行使益については、これが給与所得であることを前提とした上で、税制適格オプションについてのみ、課税の繰延べを認める趣旨で上記特例を設けているものであることは明らかである。

また、所得税法施行令84条は、同条1号ないし3号所定の商法上のストックオプションの収入金額(所得税法36条2項)については、ストックオプションを行使したことによる権利行使益とする旨規定して、権利行使益に課税する旨明示しており、同条について、所得税基本通達23~35共-6は、ストックオプションを与えられた従業員等がこれを行使した場合に権利行使益を給与所得とする旨定めている。

このような租税特別措置法29条の2及び所得税法施行令84条の趣旨に照らすと、商法上のストックオプションでなくとも、これと同様の性質を有するストックオプションについては、租税特別措置法29条の2のような特例規定の適用がない場合には、原則どおり、所得税法36条の解釈として、その権利行使時にその権利行使益に対して給与所得として課税されると解するのが相当である。

ウ ストックオプションによる権利行使益の発生の有無及びその多寡が、株価の変動や従業員等による行使時期の判断といった要素に左右される面があることは否定することができない。

しかしながら、所得税法は、所得の性質や発生の態様の違いなどによる質的担税力に着目して所得を分類しており、ストックオプションによる権利行使益の有無及びその多寡は、量的担税力には影響するとしても、このような質的担税力とは無関係である。

また、ストックオプション制度は、株価が変動するからこそインセンティブ報酬として成立するのであるし、また、いつの時点でストックオプションを行使するかの判断が従業員等にゆだねられていることによって、従業員等は勤務を続けながら株価の変動状況等を見て、株価上昇のために一層の精勤を行うことを動機付けられるのである。

したがって、従業員等が享受する権利行使益の有無及び多寡が、株価の変動や行使時期の判断によって左右されるとしても、このような事情は、ストックオプション制度自体に内在するものということができるのであるから、ストックオプションが給与所得に該当するという結論に何ら影響を及ぼすものではない。

(4) 親会社株方式ストックオプションについて

ア 自社株方式ストックオプションについて前記(3)において論じたことは、親会社株方式ストックオプションについても同様に妥当する。

すなわち、親会社は、子会社の株式を保有しているため、従業員等の精勤により当該子会社の業績が向上すればより多くの配当を受けられるばかりではなく、業績の向上により子会社の株式の時価が上昇すれば、親会社の実質的な資産が増加し、親会社の株式の時価も上昇するという関係にあることに着目して、子会社の従業員等の精勤に対する報酬として権利行使益を取得させることを目的に、親会社株方式ストックオプションを子会社の従業員等に付与していると解されるのであり、このことは何ら不自然・不合理ではない。

また、商法上のストックオプション以外のストックオプションについて、その権利行使益が給与所得に該当することは前記(3)イのとおりであるところ、商法上のストックオプションについては、平成13年11月の改正によりストックオプションの付与対象者の制限が廃止されたことに伴い、直接・間接にその株式の50パーセントを超える株式を保有する子会社の従業員等に対する親会社株方式ストックオプションも租税特別措置法29条の2の対象となっている。

イ 親会社株方式ストックオプションは、自社株方式ストックオプションの場合と異なり、雇用契約等の当事者とこれを前提とするストックオプション付与契約の当事者とが一致していない。

しかしながら、「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」であれば、指揮命令に服すべき使用者以外の者から給付されるものであっても、給与所得に該当するというべきである。そして、前記アにおいて見たような、親会社株方式ストックオプションにおけるストックオプション付与契約の趣旨、目的からすると、子会社の従業員等が取得する権利行使益が、使用者である子会社の指揮命令に服しての労務の提供に起因して親会社から得られるものであることは明らかであり、給与所得に該当する。

そもそも所得税法28条1項は、給与所得を雇用契約等の当事者である使用者からの給付に限定すると規定しておらず、使用者以外の者からの給付を給与所得から排斥していない。また、昭和37年最高裁判決、昭和56年最高裁判決には、「使用者から受ける給付」であることを給与所得の要件としているようにもみえる判示部分があるが、いずれの判決の事案も、本件のように雇用契約等の当事者と給与支給者が一致しない例外的な場合を前提とした判断ではなく、雇用契約等の当事者以外の第三者からの給付を給与所得から一切排除する趣旨のものとは解されない。

また、親会社株方式ストックオプションの場合は、一般的に、子会社が付与対象者を付与会社たる親会社に推薦し、グループ全体の利益向上や親会社の株価向上に最も効率的になるように被付与者を選択するものであり、同時に、グループ内の各会社の利益を財務諸表に正確に表示すべく、ストックオプションを付与した親会社は、その権利行使に係る出捐を被付与者の勤務する会社から回収して負担させているのであって、本件においても、米国Aが供与した本件各権利行使益の一部を日本Aが実質的に負担している可能性も否定することができない。

(5) 本件ストックオプションについて

原告の勤務していた日本Aは、米国Aの子会社であり、米国Aがその株式の100パーセントを所有しているところ、その株式の保有関係から見ても前記(4)アにおいて見たとおり、子会社の従業員である原告の勤労の成果によって、日本Aだけではなく、親会社である米国Aも利益を得るという関係にある。そして、本件プランは、Aグループにおいて、実質的に責任ある職に最もふさわしい人材を誘引し、かつ、維持することや、当該人材に付加的なインセンティブを提供し、会社の事業の成功を促進させることを目的としており、その目的達成のために、前記(2)イにおいて見たような条件が設定され、勤務会社における勤務と不可分に結びつけられているのであって、原告が日本Aに勤務し、同社に対する役務を提供することを基礎として、米国Aが当該役務提供の対価として、権利行使益を与えることをその趣旨・目的とするものであると解される。

そして、原告は、米国Aの子会社である日本Aに勤務し、Aグループの従業員等であったために、本件ストックオプションを付与され、その後も日本Aでの勤務を続けたからこそ本件ストックオプションを行使することができ、その結果、本件各権利行使益を得たのである。

したがって、本件ストックオプションによる本件各権利行使益が、「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」に当たり、給与所得に該当することは明らかである。

(6) 課税の対象及び課税の時期について

ア ストックオプションの場合、その付与と権利行使との間には時間的な間隔が存在し、ストックオプションに係る所得の発生をどの時点でとらえるかが問題となる。

ストックオプションに係る課税の対象となるのは、権利行使益そのものであり、その課税の時期は、ストックオプションの権利行使時である。すなわち、ストックオプションの法的性質は、雇用契約等を不可欠の前提とした、株式の売買の一方の予約における予約完結権であるところ、ストックオプションを付与された者が得る経済的利得は、正にこの予約完結権を行使して初めて株式譲渡の効力が生じて株式引渡請求権を取得したことにより発生・実現する権利行使益にほかならず、これが課税の対象となる「所得」を構成するのである。また、所得税法36条はいわゆる権利確定主義を採用したものと解されるところ、権利確定主義とは、現実の収入がなくとも「収入すべき権利の確定した金額」があればこれに課税するというものであって、外部の世界との間で取引が行われ、その対価を収受すべき権利が確定した時点をもって所得の実現の時期と見る考え方である。そうすると、ストックオプションによって得られる経済的利得は、ストックオプションの行使によって発生、実現するとともに、その享受する経済的利益の金額が確定するのであるから、その権利の行使時が、課税の時期になるというべきである。

イ これに対し、ストックオプションそのものは、課税の対象とはならず、ストックオプションの付与時ないし権利行使可能時においては、課税関係は生じないと解すべきである。すなわち、ストックオプションは、予約完結権であり、一種の形成権であるところ、その権利行使によって株式引渡請求権を取得することがあり得るとしても、形成権であるストックオプション自体は、所得税法36条1項にいう収入すべき権利には該当しない。また、ストックオプションの権利行使が可能になった時点においても、その時点において権利行使をしなければ、外部の世界との間の取引は全く行われないのであるから、その時点における株式の時価と権利行使価格の差額相当の経済的利得は、いまだ実現していないといわざるを得ない。

このような理解は、企業会計において、付与時に対価が発生しないストックオプションについては、その付与時ないし権利行使可能時において会計処理が行われず、権利行使時のみに会計処理が行われていること(平成14年3月29日付け「新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱い」)からも裏付けられる。

(7) 経済協力開発機構(OECD)租税委員会の第一作業部会における検討内容経済協力開発機構(OECD)租税委員会の第一作業部会は、OECDモデル租税条約に基づく関連条項の適用について検討し、適宜、可能な解釈と解決策を提示しているところ、「従業員ストックオプション制度から生じるクロスボーダーの所得税問題」と題する討議資料を公表している。この討議資料は、ストックオプションを行使したことによる権利行使益を給与所得とする解釈を採用している。この解釈は、あくまで条約適用上の問題に関するもので、国内法による給与所得としての課税を権利行使時に義務付けるものではないものの、国際的に見て、ストックオプションについてのあるべき解釈の方針を示すものということができる。

(二) 予備的主張(雑所得)

(1) 被告は、前記(一)のとおり、本件各権利行使益は給与所得に該当すると主張するものであるが、仮にそうでないとしても、本件各権利行使益は、「利子所得」、「配当所得」、「不動産所得」、「事業所得」、「退職所得」、「山林所得」及び「譲渡所得」のいずれにも該当しないことが明らかであり、かつ、次項に述べるとおり、「一時所得」にも該当しないので、所得税法35条1項により、雑所得に当たることとなる。

この場合には、前記四において給与所得に該当するとした本件各権利行使益の金額である平成8年分の1277万9556円及び平成9年分の1147万6563円はそれぞれ各年分の雑所得の金額となる。したがって、各年分の総所得金額及び納付すべき税額は、本件各更正処分における総所得金額及び納付すべき税額を上回るから、本件各更正処分は適法ということになる。

(2) 本件各権利行使益が一時所得に該当しないことについて

ア 権利行使益そのものは、株価の変動及び権利行使の時期に関する判断によってその発生の有無及び金額が左右されるという偶発性、一時性があるものであったとしても、権利行使の結果である権利行使益の取得自体は、行使時期の判断がゆだねられている従業員等による選択の結果であって、従業員等は、確実に意図した利益を得ることができる状況の下で権利行使しているのであるから、権利行使益を偶然に取得したものということはできない。

また、所得は何らかの経済取引から生ずるものであるから、その発生過程の中に偶発的な要素や当該所得を得た者の判断が含まれることは少なくないが、これらは所得の有無や多寡を決定する要素の一つにすぎず、当該要素が含まれることをもって一律に所得区分を判断することはできない。

イ 一時所得は、一時的・恩恵的・偶発的な所得であって担税力が低いとされていることから、所得税法34条の規定により計算した所得金額の2分の1の金額が総所得金額に算入されて、いわゆる2分の1課税がされているものである。

また、役務提供の対価たる所得については、たとえ一時的なものであっても、偶発的に生じたものではなく、類型的に2分の1課税を認めるほど担税力が低いものではないことから、一時所得から除外されている。

本件ストックオプションの権利行使益は、納税者が労務を提供したことに由来する所得であって、一時的・恩恵的・偶発的なものではないから、一時所得と同一に取り扱い、2分の1課税の対象とすることは、所得税法の趣旨に反する。

ウ 一時所得(所得税法34条1項)に該当するためには、「利子所得…(中略)…譲渡所得以外の所得」であって、「労務その他の役務…(中略)…の対価としての性質を有しないもの」でなければならない。

仮に、給与所得該当性の判断において労務の対価性が認められないとしても、直ちに一時所得の消極的要件としての対価性がないことになるわけではない。

雑所得該当性の判断の観点から、「労務その他の役務…(中略)…の対価」の有無を積極的に判断しなければならない。そして、雑所得か否かの所得区分の基準となる「対価性」は、双務契約における一方の履行に対する他方の給付という意味での「対価」としての性質にとどまらず、「労務その他の役務」が契約上の義務として行われた場合だけでなく、当該労務その他の役務を提供したことを評価し、これに対して金銭その他の経済的利益が給付された場合をも含むというべきである。

本件ストックオプションによる権利行使益が、子会社の従業員等としての地位及びその勤務に密接に関係する所得であって、一時所得の消極的要件である「労務その他の役務…(中略)…の対価としての性質」を有するものに当たることは明らかであるから、これを一時所得に該当するという余地はないというべきである。

エ 一時所得は「資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」(所得税法34条1項)であるところ、仮に、原告が、ストックオプションという資産を取得したものとして、ストックオプションの付与時に課税し得ると考えるのが正しいとすると、本件各権利行使益は当該資産である本件ストックオプションを行使した結果取得するものであり、資産の対価としての性質を有することとなり、この点からしても、本件各権利行使益は、一時所得に該当しないというべきである。

〔原告の主張〕

(一)(1) 所得税法28条1項は、給与所得を「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与…(中略)…に係る所得」と定義しているところ、ここにいう給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうとされ、このような給与所得に当たるかどうかを判断するに当たっては、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重要な要素になる(昭和56年最高裁判決)。

(2) しかしながら、ストックオプションの権利行使益の発生の有無及びその金額は、その時の株式の市場価格の推移により異なるという不安定な性質を有する利益である。また、権利行使益は、本来の給与と比較して数倍、十数倍もの多額な利益となる場合もあり、偶然性の強い性格のものである。このような権利行使益の性質からすれば、権利行使益は労務の提供に対する対価であるということはできない。

(3) ストックオプションを行使したことによる権利行使益は、個別具体的な行為に対する対価であると認定すること自体困難である。また、株式の市場価格は、会社の業績だけでなく他の様々な要素によって形成されていくものであり、一子会社の一従業員の精勤によって株価が上昇するなどということは考えられない。そうすると、権利行使益は労務の提供に対する対価であるということはできない。

(4) また、原告と本件ストックオプションの付与者である米国Aとの間には、何ら雇用関係又はこれに類する関係は存在しない。原告は、現実にも、米国Aの指揮命令に服したことも、その時間的、空間的な拘束の下で労務を提供したこともなく、米国Aに対して、人的役務をおよそ提供しておらず、同社に出張派遣されたこともなければ、その職務内容として同社の役員や幹部に面談したことすらない。したがって、本件各権利行使益は、労務の対価としての性質を有しない。

(5) 原告の日本Aに対する精勤が米国Aに間接的に寄与しているとしても、かかる間接的な漠然とした親会社への寄与は、権利行使益がその対価的給付であるということができるような、具体的な役務提供ということはできない。

(6) 法人税法34条及び35条は、法人の役員給与につき、内国法人がその役員に対して支給した給与を予定している。したがって、親会社が親会社の従業員に対して支給するものが給与であり、親会社が子会社の従業員に対して供与する経済的利益等は、法人税法上の給与に該当しない。

(7) 被告は、租税特別措置法29条の2が給与所得の特例の節に掲げられていることをもって、本件各権利行使益が給与所得であると主張する。

しかし、租税特別措置法29条の2は、ストックオプションに対する課税に関し、その対象や課税価格の算定について様々な問題点が存することから、とりあえず、租税特別措置法上のストックオプションに限って、給与所得としての位置づけを与えた上で、課税の特例を定めたものであり、本件各権利行使益については、適用がない。

(8) 被告は、本件ストックオプションの行使について日本Aに一定期間勤務していること等の制約があることを本件各権利行使益が労務の対価であることの根拠として主張する。

しかし、贈与においても一定の制約を付けることがあるのは周知の事実であるから、被告の主張には理由がない。

(二)(1) 本件各権利行使益は、以下の(2)ないし(4)に見るとおり、一時所得に該当するので、雑所得には当たらない。

(2) 権利行使益の発生の有無及び多寡は、株価の偶発的な変動により大きく左右される偶然性の強い性格のものである。株式の市場価格は、企業の業績のほか、金利、為替、株価格付け、国際情勢等の様々な要素によって形成されていくものであり、一時的・偶発的な性質を有する。

(3) ストックオプションの付与は、使用者が一方的に決定するものであり、継続的付与が予定されているという性格のものではない。したがって、ストックオプションの行使による権利行使益は、一時的・偶発的なものである。

(4) 本件各権利行使益が、給与所得に該当せず、一時所得の意義を定める所得税法34条1項が他に列挙する利子所得等の所得にも該当しないこと、そして、本件各権利行使益が、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の所得であり、かつ、労務その他の役務の対価としての性質を有しないものであることは、前記(一)に論じたところから明らかである。したがって、本件各権利行使益は、同項の定める一時所得の定義に合致する。

2  争点②(課税公平主義、租税法律主義、理由付記及び信義則違反)について

〔原告の主張〕

(一) 課税公平主義違反、租税法律主義違反

(1) 被告が主張する「親会社」と「子会社」の概念は、税法に規定がなく、親会社と子会社の範囲が不明確であるから、本件各更正処分は、課税要件法定主義、課税要件明確主義を予定している租税法律主義に違反する。

また、仮に付与会社が被付与者の勤務会社の株式の80パーセントを保有していた場合にストックオプションの権利行使益が給与所得に当たらないのであれば、勤務会社の株式の100パーセントを保有する本件の場合との相違が不明確であり、本件各更正処分は、課税公平主義に違反する。

(2) 平成8年6月18日付け「『所得税基本通達』の一部改正について」の通達改正の適用時期前の平成8年において、従業員が勤務会社から有利発行による増資割り当てを受けた場合の経済的利益については、それが「給与等に代えて行われたものでない場合」には一時所得とされたのであるから、平成8年中にストックオプションを行使したことによって得た権利行使益を給与所得とすることは、不公平な違法な課税処分である。

(二) 理由付記の不備

本件各更正処分は、その通知書に何ら具体的な理由が記載されていないから、理由付記不備の違法がある。

(三) 信義則違反

課税庁は、十数年にわたり、ストックオプションの権利行使益は一時所得として課税すべきであるという見解を示していた。

原告は、平成8年分の所得税について、「株式等に係る譲渡所得等」として、いったん申告したが、平成9年分の所得税の申告の際に、課税庁の上記見解に基づき、これを信頼して、本件各権利行使益を一時所得として、申告又は更正の請求をしたのであるから、かかる信頼は保護されるべきである。

したがって、ストックオプション行使による権利行使益を給与所得とした本件各更正処分は、信義則に違反する違法なものである。

〔被告の主張〕

(一) 租税法律主義違反について

前記のとおり、本件各権利行使益は、所得税法28条の解釈上、同条所定の「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与」に該当すると解されるから、本件各更正処分は、法律に基づくものであり、何ら租税法律主義に違反しない。

(二) 理由付記不備の違法について

所得税法は、155条2項所定の更正処分以外の更正処分については、理由付記を要求しておらず、本件各更正処分は、同項所定の更正処分には該当しない。したがって、本件各更正処分に理由を付記しなかったとしても何ら違法ではない。

(三) 信義則違反について

(1) 租税法の分野においては、租税法律主義の下に公平な課税を実現しなければならないから、信義則の法理の適用に際しては、少なくとも、①税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したこと、②納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したこと、③後に上記表示に反する課税処分が行われたこと、④そのために納税者が経済的不利益を受けたこと、⑤納税者が税務官庁の上記表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないことを不可欠のものとして検討した上で、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情を備えているか否かにつき検討する必要がある。

そして、上記②の事由については、納税者が単なる誤った申告を行ったことはこれに当たらず、信頼に基づいて申告以外の何らかの行動をしたことが必要であるというべきである。上記④の事由についても、単に当該課税処分によって税額が増加したことでは足りず、申告以外の何らかの具体的な行動をとったことにより具体的に経済的不利益を受けたことが必要であるというべきである。

(2) しかしながら、原告は、本件各権利行使益を所得申告するに際して、課税庁の従来の取扱い等に従って本件各権利行使益を一時所得として申告したというにとどまるのであるから、前記②及び④の事由が存しないことは明らかである。

したがって、本件各更正処分に係る課税を免れしめて原告の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情があると認めることは到底できないから、原告の前記主張に理由がないことは明らかである。

3  争点③(平成8年分の雑所得の金額)について

〔原告の主張〕

外貨預金から生じる為替差損益については、為替予約が付されている場合を除き、その所得区分は、雑所得になる。原告には、平成8年11月1日に2万1090円及び同月8日に5万4835円の外貨預金による為替差損が発生しており、被告の主張する為替差益合計5万5669円と相殺したから、同年の雑所得の金額は、零円である。

第三  当裁判所の判断

一  争点①(本件各権利行使益の所得区分)について

1  本件においては、本件各権利行使益が、給与所得、一時所得又は雑所得のいずれに該当するかが問題となっている。そこで、所得税法の定め方を見ると、同法34条1項は、一時所得について、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定し、また、同法35条1項は、雑所得について、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定している。したがって、一時所得又は雑所得に該当するというためには、給与所得に該当しないことを要することとなる。

そうすると、本件各権利行使益の所得区分を判断するに当たっては、まず、本件各権利行使益が給与所得に該当するか否かが検討されるべきである。

2(一)  そこで検討するに、所得税法28条1項は、給与所得について、「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。」と規定しており、これが給与所得の定義である。そして、「俸給」、「給料」、「賃金」、「賞与」といった言葉の通常の意味、同項が「これらの性質を有する給与」を付け加えており、支給の際の名称にこだわって所得区分をしているわけではないこと、さらに、他の所得区分との相違点等を勘案すると、基本的な考え方としては、昭和56年最高裁判決の判示するとおり、給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいい、給与所得に該当するか否かを検討するに当たっては、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならないものと解される。

(二)  本件各権利行使益が給与所得に該当するか否かについても、上記観点からこれを検討すべきであるところ、前記前提となる事実を総合すると、本件プランに基づく米国Aのストックオプションは、米国A及びその子会社の責任ある職の従業員等を選定して、職務への精励に報いることにより、その職に最もふさわしい人材を誘引して、その就労を維持させるとともに、一層の職務精励への動機付けを与え、米国A及びその子会社からなるいわゆるAグループの業績を向上させるために、米国A及びその子会社の役員及び従業員に対してのみ付与されるものであり、これを付与された従業員等は、本件プランの条件に従ってのみ権利行使をして、株式の市場価格と所定の権利行使価格との差額の利益を取得することができ、従業員等としての地位を失った場合には、当該地位の終了の日において行使可能となっていなかったストックオプションについては権利を失い、行使可能であった分も一定期間後に行使することができなくなるものと認めることができる。

そうすると、本件ストックオプションは、被付与社が日本Aの従業員等として優れた労務を提供し、十分な成果を挙げているからこそ、その地位、とりわけ重要な地位に基づき、報奨を与えて更なる職務への精励と勤務の継続を求めるために付与されたものということができる。したがって、本件ストックオプションの付与は、後述するように、それ自体を所得と見ることは困難であるものの、我が国の雇用関係上支給されていることの多い「賞与」の性質を有するものであり、ただ、通常の現金や証券等の交付とは異なり、その行使によって実際に利益を取得することができるか否か、また、その利益の多寡が、当該従業員等の職務への精励と勤務の継続によって影響を受け得るように特別に工夫された労務の対価の給付の新たな一方式であると考えるのが自然である。そうだとすれば、本件ストックオプションの行使によって発生した本件各権利行使益も、同じ性質のものと考えるのが最も自然ということができよう。

また、給与所得の他の所得区分との相違という観点から考えてみても、本件各権利行使益は、自己の計算と危険において独立して営まれる事業から生ずるものではないので、事業所得と見る余地がないのはもちろん、従業員等としての地位から離れてたまたま付与されたものから生じたものではなく、前記のように労務の対価として付与された本件ストックオプションから生じたものであることからすると、これを「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」という一時所得に該当すると見ることも、容易ではないというべきである。

もっとも、本件各権利行使益については、ストックオプションそれ自体でも、また、勤務する会社から直接受け取ったものでもなく、日本Aの従業員であった原告が、日本Aの親会社である米国Aから本件ストックオプションを付与され、これを行使したことにより、権利行使時における米国A株式の市場価格と払い込んだ権利行使価格との差額に当たる経済的利益を取得したものであるという特殊性があり、前述した給与所得についての基本的な考え方に一見そぐわない面もある。したがって、本件各権利行使益が給与所得に該当すると判断するためには、上記で論じたところに加え、さらに、①ストックオプションによる権利行使益が発生するか否か、また、権利行使益が発生するとして、どのような金額になるのかが、使用者側の決定ないし判断ばかりではなく、むしろ株式相場の動向やいつの時点においてストックオプションを行使するのかについての従業員等の判断によって定まるのではないかということが問題となるところ、それでも権利行使益は使用者から受ける給付といえるのか、また、これによる労務の対価性への影響についてどのように考えるのか(以下、これらの問題点を「本件問題点①」という。)、及び②本件各権利行使益は、原告との間の雇用契約の当事者である日本Aからではなく、米国Aから付与されたものではないかということが問題となるところ、この使用者と直接給付した者とのかい離、ないしはこれによる労務の対価性への影響についてどのように考えるのか(以下、これらの問題点を「本件問題点②」という。)、という二組の問題点に注目しながら、前述した給与所得と解するための基本的な考え方に照らして、更に吟味する必要がある。

なお、上記二組の問題点は、二つの観点を示しているものに近く、検討自体は、内容的に関連する部分があるが、本件各権利行使益が給与所得に該当するか否かを判断するに当たっては、便宜上、まず、本件問題点①の観点から検討し、次いで本件問題点②の観点に立って検討を加えることとする。

3  本件問題点①について

(一) ストックオプション制度とは、典型的には、株式会社が自社又は子会社の従業員等に対し、自社又は子会社における勤務等を条件として、自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利(売買予約の予約完結権に当たる。)を付与するものである。したがって、ストックオプションを付与されただけでは、権利行使益が生ずるのか否か、あるいは生ずるとしてもその金額が幾らとなるかは、全く確定しておらず、ストックオプションを行使することによって権利行使益を発生させるためには、当該権利行使の時点における株式の市場価格が、ストックオプション付与契約において定められた権利行使価格を上回ることを要し、ストックオプションの行使時点における株式の市場価格と権利行使価格との差額がその権利行使益の額となるのである。

そして、株式の市場価格は、当該会社の業績、一般的な経済状況、株式市場の状況その他様々な要因によって定まるものであることは公知の事実であるから、株価の変動の形成要因を一義的に認定することは困難であるということができる。また、ストックオプションを付与された従業員等は、ストックオプションの行使を義務付けられているわけではなく、一定の条件の下で、自由にストックオプションを行使する時期を選択することができ、あるいは行使しないままとすることもできるのであり、このことは本件ストックオプションにおいても同様である。このように、ストックオプションを行使したことによる権利行使益の発生の有無及びその多寡については、株価の変動及び従業員等による権利行使の時期についての判断により左右されることが明らかであり、このようなストックオプションの特殊な性質は、自社株方式ストックオプションの場合でも、親会社株方式ストックオプションの場合でも、いずれにおいでも同様であるということができる。

(二) 問題点①ⅰ(付与会社から受ける給付か)について

(1) 以上のようなストックオプションの特殊性に照らすと、そもそもストックオプションを行使したことによる権利行使益については、付与会社から受ける給付といえるのかという点がまず問題となり得る(これを「問題点①ⅰ」という。)。

すなわち、権利行使益は従業員等がストックオプションを行使することによって初めて発生するものであること、権利行使益の具体的な額は、従業員等がその判断によりストックオプションを行使した時点における株価に応じて定まること、その株価は、多様な要因によって定まるものであり、付与会社が決定することができるものではないことからすると、現実に権利行使益が発生するか、また、その価額が幾らであるかは、付与会社が決定したものではないと考えることも可能であろう。そうすると、ストックオプションを行使したことによる権利行使益については、そもそも従業員等が付与会社から受ける給付ではないという見解も、あり得ないわけではないと考えられる。

(2) しかしながら、付与会社は、従業員等がストックオプションを行使した場合には、自社株式をあらかじめ定められた権利行使価格で当該従業員等に対して引き渡す義務を負うのであり、その結果として、当該従業員等は、ストックオプションを行使したことによる権利行使益を取得することとなるのである。

また、これを別な観点から見ると、従業員等がストックオプションを行使したことにより権利行使益を取得した場合には、付与会社にとって、本来自ら保持し、処分することができたはずの当該権利行使益に相当する株式の含み益を従業員等に対して移転させていることを意味するのである。そして、従業員等が行使したストックオプションは、従業員等と付与会社との間において締結されたストックオプション付与契約に基づいて付与会社から従業員等に対して与えられたものにほかならないところ、付与会社は、従業員等がストックオプションを行使することによって、上記のとおり、従業員等に対して権利行使益に相当する株式の含み益を移転させることになる場合があることを、ストックオプション付与契約の当然の内容として了解していたということができる。そして、ストックオプション付与契約によって、その権利行使の条件、期間、権利行使価格等も具体的に定められていたのである。従業員等がストックオプションを行使して、現実に権利行使益を取得するということは、このように既にストックオプション付与契約の内容として定められていたことが現実化したにすぎないということができる。

また、ストックオプション制度では、当該株式の市場価格が権利行使価格より下回ったときは、単に権利行使をしなければよいのであって、現に、だれも権利行使をしないであろうから、一般の株式投資のように、投資者の判断次第で損失が生ずるということはなく、常に、経済的利益が生ずるか又は経済的利益が生じないこととなるにすぎないのである。

(3) このように見てくると、ストックオプションを行使したことによる権利行使益の発生の有無及びその多寡が、株価の変動や従業員等による権利行使の時期についての判断に左右されることはそのとおりであるとしても、現実に従業員等が権利行使益を取得した場合には、当該権利行使益は、付与会社が、その定めた一定の条件の下に、当該権利行使益に相当する株式の含み益を従業員等に移転させることを予定していたところ、付与会社が被付与者に株式を交付することにより、その予定を現実化したものであり、外形的に見れば株式の交付、実質的に見ればこのような含み益の移転によって、付与会社が付与したものであると認めることができる。

(4) 以上によれば、ストックオプションを行使したことによる権利行使益は、従業員等が付与会社から受ける給付であるというべきであり、本件各権利行使益についていえば、米国A、ないしは、後述するように、米国Aを親会社とする日本Aを含むAグループ(以下、これらを合わせて「米国A等」ということがある。)から受ける給付ということができる。

(三) 問題点①ⅱ(権利行使益の不確定性と労務の対価性)について

(1) 前記(二)のとおり、本件各権利行使益は米国A等から原告が受け取った給付ということができるから、本件問題点①における残された問題は、ストックオプションによる権利行使益の発生及びその多寡が株価の変動及び従業員等による権利行使の時期についての判断に左右される流動的なものであることを考慮に入れた上で、なお本件各権利行使益が、たまたま生じたものなどではなく、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価であるということができるのかという点になる(これを「問題点①ⅱ」という。)。

(2) そこで検討するに、本件各権利行使益は、本件ストックオプションを行使したことにより原告が取得したものであるところ、本件ストックオプションは、本件プラン及びこれに基づく原告と米国Aとの間の本件付与契約によって、米国A等から原告に対して付与されたものである。そして、本件付与契約は、本件プランに従って締結されたものであるから、本件ストックオプションの趣旨、内容、行使方法等は、本件プラン及びこれを受けた本件付与契約において定められているということができる。

そうだとすれば、米国A等から原告に対して付与された本件各権利行使益が、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価に該当するか否かを判断するに当たっては、本件プラン及び本件付与契約の趣旨、目的、内容等を検討することが極めて重要であるというべきである。

(3)ア そこで、本件プラン及び本件付与契約の趣旨、目的、内容等を見るに、まず、米国型のストックオプション制度は、会社が自社又は子会社の従業員等に対し、自社又は子会社における勤務等を条件として、自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利を付与する制度であるところ、乙第1号証、第2号証の1、第3、第5及び第29号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、ストックオプションは、1920年代ころから、アメリカ合衆国において、現金による支給に代えて考案された報酬制度の一種であり、当初は、節税目的や、あるいは、役員だけの報奨金という使われ方が多かったが、徐々に利用範囲が広がり、現在では、一般に、ストックオプションを従業員等に対して付与するのは、要職に就いている従業員等の貢献ないし職務への精励に報い、当該従業員等の一層の職務精励と就労の継続の確保を期待し、これによる会社の業績向上を図るからであり、このようなストックオプション制度の趣旨は、自社株方式ストックオプションと親会社株方式ストックオプションとにおいて特に異なるものではないことが認められる。

本件ストックオプションについてみても、前示のとおりの本件プランの内容、特に、ストックオプションの付与対象者、その選定方法、ストックオプションの権利行使についての期間ないし条件等に加え、弁論の全趣旨を総合考慮すると、本件プランは、自社株方式ストックオプションと親会社株方式ストックオプションとを区別することなく、その目的を「従業員等の経済的利益と株式を長期に保有することによる価値を結びつけることにより、実質的に責任ある職に最もふさわしい人材を誘引しかつ維持すること、当該人材に対して、付加的なインセンティブを提供すること及び会社の事業の成功を促進すること」であると規定しており、ストックオプションを従業員等に対して付与する趣旨が、一般的な米国型ストックオプションと変わるものではないことは、明らかである(なお、「インセンティブ」とは、励みや動機となるもの、報奨金等を意味する。)。

そして、一般に、ストックオプション制度においては、ストックオプションの付与の対象者が従業員等に限定されており、ストックオプションは、従業員等の地位があるからこそ付与されるものであること、ストックオプションをだれに付与するのかの選定は、会社にとっての当該従業員等の貢献度ないし勤続の確保と職務精励の重要度により左右されるものであること、ストックオプションを行使する条件として一定期間の勤務の継続が必要であること、また、ストックオプションの譲渡が禁止され、退職等により雇用契約が消滅した場合等には、ストックオプションが消滅したり、その行使期間が制限されることがその内容として定められていることが多いところ(乙1、2の1、3、5及び29並びに弁論の全趣旨により認められる。)、本件付与契約も同様であることは、既に判示したところから明らかである。

イ このような本件付与契約ひいてはストックオプション制度一般の趣旨、目的、内容等に照らして、以下、ストックオプションの行使しによる権利行使益の性質について検討することとする。

(ア) ストックオプション制度は、従業員等が、当該株式の市場価格が権利行使価格を上回っている状況においてストックオプションを行使することにより、権利行使益を取得することができるということをその内容としている。

そして、前記のとおり、ストックオプションを従業員等に対して付与するのは、要職にある従業員等に報いることにより、一層職務に精励し、就労を継続するであろうことを期待するからであるところ、乙第1号証、第2号証の1、第3、第5及び第29号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、ストックオプションがいわゆるインセンティブ報酬の一種であるとされるゆえんは、従業員等が勤務会社において就労を継続することがストックオプションの権利行使の要件になるとともに、一層の職務への精励が、勤務会社の業績の向上につながり、ひいては親会社である付与会社の株価の上昇に貢献し、その株価の上昇がストックオプションを行使することによる権利行使益の額の増加につながり得るからこそ、当該従業員等も、就労を継続し、職務に励むことを動機付けられるという関係にあり、会社はこのような関係に着目してストックオプション付与契約を締結していると認めることができる。

もっとも、株式の市場価格は、当該会社の業績のみならず、一般的な経済状況、株式相場の動向その他多様な要因によって定まるものであることからすると、従業員等の勤務会社における職務精励の継続が、実際に付与会社の株価の上昇にどの程度貢献するのかという点は、検証不可能な問題である。

また、原告の指摘するように、大規模な会社の場合、ストックオプションの付与を受けた一人一人の従業員等の貢献は微々たるものではないかという問題もある。

しかしながら、株価の変動が多種多様な形成要因によって定まるものであるとしても、当該会社の業績が、当該会社の株価を形成する重大な要素の一つであることは明らかである。そして、会社の業績というものは、従業員等が当該会社に提供する労務が集合した成果であることにかんがみれば、従業員等の勤務会社における職務への精励が、付与会社の株価の上昇に貢献し得るという関係にあることもまた明らかというべきである。

さらに、より重要なことは、ストックオプション制度を採用した会社が、どのような意図の下で、この制度を構築したのかということである。このような観点から見ると、ストックオプション制度は、被付与者全員をまとめて見るならば、被付与者たちが職務に精励し続けることが、付与会社の利益になり、かつ、付与会社の株価の上昇にもつながるので、一層の職務精励の動機付けになるという考え方に立って、制度が作られていることは明らかというべきである。実際の結果として、個々の権利行使益につき、従業員等の職務精励の継続が株価の上昇をどの程度実現させたものであるかは、ストックオプション付与契約、ひいてはストックオプション制度の趣旨、内容を認定する上で重要ではなく、ストックオプション制度において、従業員等の勤務会社における職務精励の継続が付与会社の株価の上昇に貢献し得るという関係にあることに着目して当該ストックオプション付与契約が締結されたものであるという前記認定判断に影響するものではないというべきである。

そうすると、このように、ストックオプション制度は、要職にある従業員等の勤務会社における職務精励の継続が、勤務会社の業績の向上、ひいては付与会社の株価の上昇に貢献し得ることをその本質的要素ないし前提として、構築されているものということができる。

以上によれば、付与会社が従業員等に対してストックオプションを付与するのは、要職にある従業員等に報い、一層の職務への精励と勤務の継続を期待するからであるところ、このようにストックオプションを付与することによって、当該従業員等の職務精励の継続を期待することができるのは、単に何らかの経済的利益となり得るものを付与したからというだけではなく、ストックオプションを付与された従業員等にとって、勤務会社で引き続き職務に精励することが権利行使に必要である上、それが勤務会社の業績の向上と付与会社の株価の上昇に貢献し得、結局、権利行使益の発生及び増額につながると考えられるからにほかならない。そうすると、ストックオプションを行使したことによる権利行使益の付与は、従業員等の勤務会社における貢献ないし職務精励に報い、その継続を確保するためのものであるから、ストックオプション付与前あるいは付与時における勤務会社への労務の提供のみならず、付与から権利行使までの間の労務の提供とも密接な関係があることは明らかというべきである。

(イ) さらに、別な観点から見ても、前記のとおり、米国型のストックオプション制度においては、一般に、ストックオプションの付与対象者が自社又は子会社の従業員等に限定されているほか、ストックオプションを行使する前提条件として、一定期間の勤務が要求され、また、ストックオプションの権利行使期間、権利行使価格等が定められている上、ストックオプションの譲渡が禁止され、退職等により雇用契約等が消滅した場合等には、ストックオプションが消滅したり、その行使期間が制限されるものとされているところ、これらは、権利行使価格の点等の定めを除けば、いずれもストックオプションを行使する前提として勤務会社に対して労務を提供することを要求するものである。すなわち、ストックオプションを行使して権利行使益を取得するためには、まず、勤務会社に対して労務を提供しなければならないということが、ストックオプション制度の本質的要素なのである。

また、付与会社は、従業員等がストックオプションを行使した場合には、権利行使益に相当する株式の含み益を当該従業員等に移転させることとなるところ、株式会社が何らの見返りもなく経済的負担を負うとは考え難いのであるから、付与会社が従業員等に権利行使益を取得させるのは、当該従業員等の勤務会社におけるストックオプション付与前ないしは付与時の労務の提供及び付与後の職務精励の継続に付与会社が着目しているからにほかならないというべきである。

(ウ) 以上によると、このような権利行使益と従業員等の労務の提供との関係に着目するならば、ストックオプションを行使したことによる権利行使益は、勤務会社における貢献と職務への精励及びその継続に対して付与されるものであると認めるのが相当である。

(エ) なお、ストックオプションを行使したことによる権利行使益が従業員等の勤務会社における貢献と職務への精励及びその継続に対して付与されるものであることは、自社株方式ストックオプションと親会社株方式ストックオプションとで、基本的に異なるところはないものというべきである。すなわち、後に4(四)(4)において述べるとおり、従業員等が日本Aに提供する優れた労務が、結局、米国Aが保有する資産の価値の向上ひいては米国Aの株価の上昇に貢献し得る関係にあるという考え方に立脚して、本件プランが作られているのである。

また、より事案に即して検討を進めてみても、乙第15、第43及び第45号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、米国Aが日本Aの従業員等に対してストックオプションを付与するか否かを決定する際には、まず、日本Aが面接などを含む人事考課を行った上で、米国Aに対して推薦を行い、これを受けて米国Aにおいて決定すること、上記推薦の際には、当該従業員等の過去における職務上の努力と功績、将来に及ぶAグループへの長期的貢献及び当該従業員等が当該グループを退職した場合における潜在的な影響といった要因を考慮して行われることがそれぞれ認められる。これらの事実にかんがみると、米国Aは、日本Aの従業員等の日本Aにおける具体的な勤務内容等に着目し、職務への精励と成果を相当程度に分析評価した上、さらに、ストックオプションを付与した後における職務精励の継続の確保や米国A等への貢献の可能性等を考慮した上でストックオプションを付与しているものと推認することができる。このことからしても、原告の日本Aにおける貢献と職務への精励及びその継続に対して、本件ストックオプション及びその権利行使益が付与されているということができる。

(4) 以上のとおり、本件プラン及び本件付与契約ひいてはストックオプション制度の趣旨、目的、内容等に照らして考えると、ストックオプションを行使したことによる権利行使益は、従業員等の勤務会社における貢献と職務への精励及びその継続に対して付与されるものということができ、本件についていえば、本件各権利行使益は、原告の日本Aにおける貢献と職務への精励及びその継続に対して付与されたものであると認めることができる。

したがって、問題点①ⅱ(権利行使益の不確定性と労務の対価性)の観点から検討してみても、本件各権利行使益は、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価ということができる。

(四) 原告の主張について

(1) 原告は、前記のように、ストックオプションの権利行使益の発生の有無及び多寡は、偶発的な株式市場の諸要因によって決まる不安定なものであること、株式の市場価格は、会社の実績だけではなく、他の様々な要素によって形成されていくものであること、一従業員の精勤によって株式の市場価格が上昇するなどとは考えられないこと、権利行使益を個別具体的な行為に対する対価と認定することは困難であること等を指摘して、本件各権利行使益は、労務の提供によるものではないから、原告が日本Aに提供した労務と本件各権利行使益との間に対価性はなく、本件各権利行使益は一時所得に該当するなどと主張するので以下検討する。

(2) まず、給与所得か否かを判断するために当該利益と労務の提供との対価性を検討する場合、特定の給与と、個別具体的な特定の労務との対価関係を認定する必要があると解すべき理由はない。所得税法上の所得区分を定めるという局面においては、当該人の労務の提供一般に対して給付がされていることを認定するのみでも十分である。したがって、この点に関する原告の主張は、採用することができない。

(3)ア 次に、前記のとおり、ストックオプションを行使したことによる権利行使益の発生の有無及びその多寡が、株式の市場価格の変動及び従業員等による権利行使時期に関する判断に左右されることは、原告主張のとおりである。そして、株式の市場価格は、会社の業績、一般的な経済状況、株式相場の動向その他多様な要因から形成されるものであるから、従業員等が現実に権利行使益を取得した場合において、従業員等が勤務会社において職務への精励を継続したことと当該権利行使時点における株価との間に数量的な関連性を認めることは、実際上はほとんど不可能ということができる。

したがって、従業員等がストックオプションを行使することにより取得した権利行使益については、当該従業員等が勤務会社に対して提供した労務の内容ないし量に応じてその多寡が定まるという相関関係は極めて希薄であるというべきである。

イ しかしながら、以下のとおり、労務の内容とこれに対して支給される経済的利益の多寡との関係について見てみた場合、確かに、両者の間に何らかの相関関係があること、例えば、10の労務(便宜上、その労務の量を観念的に数値で表現することとする。)を提供した者と20の労務を提供した者とがいる場合において、前者に対して10万円の経済的利益が付与されるならば、後者に対して2倍の20万円、あるいは、少なくとも10万円を超える経済的利益が付与されることが、一般的な感覚として望ましいということはいえるであろうが、現に発生した所得が給与所得に該当するか否かという問題を検討する場合に、給与所得に該当するための要件として、提供された労務とこれに対して支給される経済的利益との間にこのような相関関係があることが要求されるべきであるとする合理的根拠は見いだすことができず、そのような立場は、採用することができない。

すなわち、給与所得に該当することに問題のないことが多いであろう使用者から交付される給料、賞与等について見てみても、その経済的利益の多寡が、現実に提供した労務との関係が薄い要素によって決定される場合があることは明らかである。例えば、会社の業績が極めて好調な場合には、昨年に20の労務について50万円の賞与を支給したところ、本年はその者が10の労務しか提供していないのに、100万円の賞与を支給するということもあり得よう。

逆に、会社の業績が悪化したり、あるいは、経済的状況の見通しが悪い場合などには、昨年に20の労務を提供した者が、本年は30の労務を提供しているにもかかわらず、給料や賞与の額を下げられるという事態も考えられるであろう。また、そもそも賞与の支給額について、当該業績に対する貢献度に応じて個々人ごとにその多寡を決定しているというような会社ばかりとは限らないことは、公知の事実である。さらに、労務に対して支給される給料の額が、年功序列や従業員等の費用補償、福利厚生等、必ずしも当該労務の量とは関係しない要素に基づいて決定される場合も少なくないことも、公知の事実である。

ウ また、権利行使益は、発生しないこともあり得るわけであるが、給与所得に該当するか否かという問題は、現実に収入が発生した場合において、当該収入が、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価に該当するか否かという問題であるから、当該収入が、雇用契約に基づいて提供された労務に対して支払われたことが認められるにもかかわらず、当該収入が発生しない場合もあるとか、当該収入の多寡が当該労務の内容と関係のない要素によっても左右されることを理由として、当該収入の給与所得該当性を否定することには合理性がないというべきである。さらにいえば、仮に、給与所得に該当するための要件として、労務の量と支給される経済的利益の額との間の相関関係が必要であるとするならば、給与所得に該当するか否かを判断するためには、支給された経済的利益の算出根拠と労務の内容との関係が常に吟味されるべきであるということとなるが、このような吟味方法は、前記のとおりの給与等の支給実態から見ても、不自然かつ不合理であるというべきである。

エ このように見てくると、給与所得該当性を判断する上で、提供された労務と支給された経済的利益との間に何らかの相関関係があるか否かという観点は、あくまで当該経済的利益が当該労務の対価か否かを判断する上での考慮要素の一つになり得るにすぎず、それ以上の意味は有しないというべきである。

したがって、ストックオプションを行使したことによる権利行使益の多寡と当該従業員等が勤務会社に提供した労務の内容ないし量との関係が希薄であることは、当該権利行使益が当該労務に対する対価であることを否定するものではないというべきであり、他の面から「労務の対価」であることを認定することができるのであれば、上記相関関係を吟味する必要はないということができる。

オ なお、ストックオプションを行使したことによる権利行使益の多寡が、株価の変動及び権利行使時期についての判断に左右されることからすると、さほど勤務会社の業績に貢献していなかったにもかかわらず、景気の状況その他の要因から株価が高騰している時点でストックオプションを行使することによって莫大な利益を得る者がいたり、他方において、会社の業績に対して極めて大きな貢献をしたにもかかわらず、不況その他の理由から株価は全く上昇せず、権利行使益を取得することができなかった者もあり得るということができる。また、米国Aのような大会社を念頭に置いた場合、原告の指摘するとおり、その株価の上下に関して、実際には、一従業員の職務精励の重要性はほとんど存しないのではないかということもできよう。このような事例を想定するならば、原告の主張するように、権利行使益と現実に提供した労務との間の相関関係は余りにも希薄であって、権利行使益は偶然的性格が強すぎると論難する見解もあり得よう。

しかしながら、既に説示したとおり、ストックオプション制度が、全体として、被付与社の勤務会社における職務への精励の継続が、勤務会社の業績の向上ひいては付与会社の株価の上昇に貢献し得ることをその本質的要素としており、ストックオプションを行使することによって生ずる権利行使益は、付与会社から見れば、当該従業員等の勤務会社における職務精励の継続が付与会社の業績の向上、ひいては株価の上昇に貢献し得ることに着目した上で、当該職務精励の継続等に対して付与したものである。そうすると、付与会社においてこのようなものであると考えられているストックオプションが付与されている以上、結果的に、権利行使益が生じなかったり、あるいは権利行使益の額が予想以上に増加したとしても、権利行使益が、勤務会社における職務精励の継続等に対して支給されたものであることを否定する理由にはなり得ないというべきである。

カ さらに、昨今の株価の変動の激しさに照らすと、ストックオプションの行使による権利行使益と労務の提供との間の相関関係は更に希薄になっており、本件各権利行使益の取得については、むしろ当該従業員等の株価の変動に対する投資的な判断によるところが大きいのではないか、また、このことが権利行使益の給与所得該当性の判断に影響するのではないかということも一応問題となり得る。

しかしながら、そもそもストックオプション制度においては、当該株式の価格が権利行使価格より下回ったときは、単に権利行使をしなければよいのであって、現に、だれも権利行使をしないであろうから、一般の株式投資のように、投資者の判断次第で、損失が生ずるということはない。また、権利行使益については、あらかじめ投資しておくことは不要であり、常に経済的利益が生ずるか、又は経済的利益がゼロとなるにすぎないのであって、従業員等が自己の計算においてリスクを負担した上で投資したことにより、後に利益を取得するという仕組みになっているわけではない。そうすると、ストックオプションの権利行使時期の判断には、従業員等による投資的判断としての側面もあるということはできるとしても、株式投資などのいわゆる投資行為とは全く異質のものであることは明らかというべきである。

また、確かにストックオプションの権利行使時期についての判断は、従業員等に任されているという面があることは否定することができない。しかし、従業員等によるストックオプションの行使については、あくまで、従業員等と付与会社との間で締結されたストックオプション付与契約の内容に従って行われるべきものであって、従業員等の権利行使時期についての判断に一定の自由があるのも、このようなストックオプション付与契約の内容として定められているものにすぎない。そして、ストックオプション制度が、インセンティブ報酬制度の一つであることにかんがみれば、ストックオプション付与契約は、契約という形態をとってはいるものの、ストックオプションの付与対象者、ストックオプションの数量、権利行使可能時期等を付与会社が一方的に定めており、従業員等は付与会社の定めた契約内容をただ承諾しているものにすぎないことは容易に推認することができる。そうだとすると、従業員等の権利行使の時期についての判断に一定の自由があるということは、あくまで付与会社から従業員等に対して、ストックオプション付与契約を通じて、いわば許容されたものにすぎず、従業員等は、このように付与会社が定めたストックオプション付与契約の内容、すなわち、権利行使可能期間、権利行使可能株式の数量等を遵守した上で、その枠の中において権利行使ができるにすぎないというべきである。

また、ストックオプション制度においては、ストックオプションを行使するためには、必ず一定期間の勤務が条件となっており、権利行使益が、ストックオプション付与時までの間の貢献と職務への精励のほか、付与時から権利行使時までの間に勤務会社に対して提供された職務精励の継続に着目して、これらに対し付与されるものであることは、前記のとおりである。

以上の検討によると、権利行使益の発生の有無及び多寡は従業員等の投資的な判断によるという面が一定程度あるとしても、このことはいわゆる株式投資における投資判断とは全く異質のものであって、何らストックオプションを行使したことによる権利行使益が給与所得に該当することを否定する事情には当たらないというべきである。

キ 以上によれば、本件各権利行使益の発生及びその多寡が株価の変動及び原告による権利行使時期についての判断に左右されるものであるということは、前記のとおり、原告が日本Aに提供した労務の対価として本件各権利行使益を受け取ったという結論を左右するものではないというべきである。したがって、原告の前記(1)の主張は、いずれも採用することができない。

(4) なお、ストックオプションの付与から従業員等によるストックオプションの行使に至るまでの一連の流れについて見た場合、従業員等が会社から受け取ったのは、ストックオプションそれ自体であって、権利行使益は、既に受領したストックオプションを従業員等の側において運用して得たものにすぎないのではないかという見方も、所得税の課税という観点を離れて考えれば、あり得ないわけではない。

しかしながら、何らかの経済的利得が所得税法28条1項にいう給与所得に当たるというためには、その前提として、当該経済的利得が所得税法にいう「所得」すなわち担税力を増加させる経済的利得に該当することが必要であるところ、前記前提となる事実のとおり、ストックオプション制度におけるストックオプションそれ自体には、譲渡禁止特約がついているので、その交換価値は存在していない。したがって、ストックオプションに基づいて従業員等が現実的収入を得るためには、ストックオプションを行使する方法しかあり得ないのであるが、通常、ストックオプションの権利行使価格は、付与時における株価と近似しているため(そうでなければ、長期インセンティブ報酬としての意味がない。)、ストックオプションを付与された時点においてこれを行使しても、経済的利益は生じない仕組みとなっており、かつ、一定の期間を経てから、一定の条件の下でなければこれを行使することができないこととされている。そして、そのような条件等に従って従業員等が権利行使をしたことにより取得した権利行使益は、付与を受けた時点におけるストックオプションそれ自体の価値とは大きく異なるものであることは明らかである。

そうだとすると、このようなストックオプションそれ自体が、担税力を増加させる経済的利得たる「所得」に該当するとは、到底解し難いというべきである。なお、ストックオプションに譲渡禁止特約等の条件が付いていることを前提条件とした上で、ストックオプションそれ自体の理論的な経済的価値を算出することは、一定の仮定の下では、不可能ではないものと考えられる。しかしながら、ストックオプションそれ自体の理論的価値を算出することができるということと、ストックオプションそれ自体が担税力ある経済的利得に該当するということは全く別次元の問題であるというべきであり、既に述べたストックオプションの内容からすると、ストックオプションの付与を受けた時点で、当該従業員等の担税力に何の増加もないことは明らかというべきである。

以上のとおり、ストックオプションそれ自体を所得とみた上で、権利行使益をその運用益として別個に把握することは相当ではないというべきである。

(5) また、原告は、租税特別措置法29条の2の規定や、本件ストックオプションの行使につき一定の制約があることは、本件各権利行使益が給与所得であることの根拠とはならないなどと多彩な主張をするが、いずれも、既に述べた本件ストックオプションを給与所得と判断した理由に照らすと、本件の結論を左右するものではない。なお、原告は、贈与においても一定の制約が付されていることがある旨主張するが、ストックオプションの権利行使益の付与が単なる贈与でないことは、既に述べたところから明らかである。

(五) 以上によれば、本件問題点①について詳細に検討してみても、本件各権利行使益の給与所得該当性を肯認するすることができるというべきである。

4  本件問題点②について

(一) 前記のとおり、給与所得とは、基本的には、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものと解されるところ、この点について、被告は、本件各権利行使益は、原告が日本Aの指揮命令に服して労務を提供したことに対する対価として、米国Aから付与された給付である旨主張する。

これに対し、原告は、本件問題点②について、給与所得は、労務の提供先である使用者(以下、この意味における使用者を「指揮命令者」という。)と当該経済的利益を支給する者(以下「支給者」という。)とが一致している必要があり、原告は日本Aに雇用されていた者であって、原告と米国Aとの間には雇用関係又はこれに類する関係はなく、米国Aの指揮命令に服したり、その役員や幹部と面談したことさえないから、本件各権利行使益は給与所得に該当しない旨主張する。

(二) そこで検討するに、原告が日本Aに勤務していた者であることは前記前提となる事実のとおりであって、原告が日本Aの指揮命令に服して日本Aに対して労務を提供していたことは、弁論の全趣旨により容易に認めることができる。そして、前記前提となる事実によれば、本件各権利行使益は、本件ストックオプションを行使したことにより生じたものであって、本件ストックオプションは原告と米国Aとの間において締結された本件付与契約に基づいて原告に与えられたものである。したがって、本件付与契約に着目して考えると、本件各権利行使益を付与した者は、日本Aではなく、米国Aであると解することができる。

そうすると、本件問題点②は、さらに、給与所得該当性を判断する上で、一般に、指揮命令者と支給者とがかい離していることそれ自体から直ちに給与所得該当性を否定することができるのか(これを「問題点②i」という。)、また、一般論はさておくとして、本件事案において、原告との間の雇用契約の当事者である日本Aからではなく、米国Aから本件各権利行使益を受け取っているとしても、労務の提供との対価性を肯定することができるのか(これを「問題点②ⅱ」という。)という二つの問題に帰着するということができる。

(三) 問題点②i(指揮命令者と支給者とのかい離)について

(1) まず、給与所得に該当するか否かを判断するに当たり、一般的に、指揮命令者と支給者がかい離していることから直ちに給与所得該当性が否定されることとなるのか、すなわち、指揮命令者と支給者が一致することが給与所得であるための絶対の前提条件であるのかという観点から、これを検討することとする。

(2) 最初に、法律の規定を見てみると、所得税法28条1項は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与…(中略)…に係る所得をいう。」と定めるのみであって、同規定の文言上、給与所得該当性の前提条件として、指揮命令者と支給者とが一致することが要求されていると解することはできない。その他、給与所得について、指揮命令者と支給者が一致することを前提条件として定めているものと解される規定は見当たらない。

(3) また、所得税法は、所得を利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得又は雑所得に区分しているところ(同法21条1項1号)、同法が上記のとおり所得を区分しているのは、各種所得をその源泉ないし性質に応じて分類し、その金額の計算において、それぞれの担税力の相違を加味しようという考慮に基づくものと解することができる。

そうすると、従業員等が雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として経済的利益を受け取っている場合には、当該経済的利益を直接付与した者が指揮命令者であるのか又はそれ以外の者であるのかという点のみによって、担税力やその所得の性質に相違が生ずるものとは解されないことからすると、当該経済的利益を付与した者がだれであるのかによって、給与所得に分類されたり、それ以外の所得に分類されたりし、その結果、税額の計算方法が大きく異なることとなることに合理性があるものとは、到底解することができない。

したがって、実質的に考えてみても、指揮命令者と支給者の一致を給与所得該当性判断の一般的な基準とする合理的理由はないものといわざるを得ない。

(4) もっとも、従業員等が雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して労務を提供した場合において、従業員等に対して指揮命令を行っておらず、当該労務の提供を受けていない第三者が、当該労務に対する対価として経済的利益を供与するということは、通常は考え難いということはできる。

しかしながら、雇用ないし労働の仕組みや経済的取引の仕組みは、極めて多様であって、かつ、時代とともに変化していくものである。例えば、A社が雇用する従業員Bに対する報酬の支払のためA社の取引先Cに対する債権を譲渡し、これをBが取り立てて自己のものとするという仕組みを採れば、労働基準法上の問題は残るとしても、経済的には、Bの取得した金員の支給者は外形上は指揮命令をしているA社ではなく、その取引先であるCということになる。Cが、A社と何らかの取引関係等にあるため、A社とCの事情により、Bに対する報酬の支給を肩代わりする場合も同じである。また、そのような極端な場合ではなくとも、親会社が子会社と企業グループを形成して営業しているような場合には、法人格としては複数の法人があり、法人格否認の法理が適用されず、各別の雇用契約が成立しているときにも、親会社が子会社の従業員の福利厚生についても面倒を見たり、何らかの給付をすることも、その適否ないし当否は別として考え得るところであろう。さらに、派遣労働の場合を想定すれば、実際に労務の提供を受け、現実に指揮監督をしている者は支給者である派遣元会社ではなく、勤務している派遣先会社であるという見方もあり得るであろう。

要するに、指揮命令者と支給者とが一致しないことは、通常は、給与所得該当性を否定させる方向の事情となるであろうが、それのみで結論が決まるわけではなく、あくまで、所得区分が問題となっている所得が労務の対価として給与所得に当たるか否かを判断する上で検討されるべき事情の一つにすぎないというべきである。

(5) このように見てくると、外形上、指揮命令者以外の者が付与した経済的利益であっても、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として受け取ったものであると認めることができる場合であれば、指揮命令者と支給者とが一致しないことのみを理由として直ちに当該経済的利益の給与所得該当性を否定する合理的な根拠はないものと考えられる。したがって、指揮命令者と支給者とが外形上相違する場合にも、その給与所得該当性を直ちに否定すべきではなく、そのような事情を踏まえた上で、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価に該当するのか否かという点を基本に検討して、その給与所得該当性を判断すべきときもあるというべきである。

(6) 昭和56年最高裁判決について

ア ところで、原告の援用する昭和56年最高裁判決は、「給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」(下線は、便宜上付加したものである。)と判示している。そのため、給与所得については、指揮命令者と支給者とが一致していることを当然の前提とするのが昭和56年最高裁判決の趣旨であると解する余地もあるので、以下、この点について検討することとする。

イ 確かに、昭和56年最高裁判決の前記判示部分のうち、下線を付した二つの「使用者」及び「給与支給者」という文言は、文脈上は、同一の者を指すと読むのが自然であるから、上記判示部分の文言のすべてが不可欠の意義を有するとすれば、同判決は、給与所得と解するためには、指揮命令者が当該給付を与えることを前提条件としていることを判示していると読むのが自然な解釈である。

ウ しかしながら、昭和56年最高裁判決は、弁護士の顧問料収入が事業所得又は給与所得のいずれに該当するのかが争点となった事案について判断したものであり、同事案においては、指揮命令者と経済的利益の支給者とが一致することは当然の前提事実となっており、給与所得該当性の判断において、指揮命令者と支給者とがかい離している否か、また、給付や支給者の意義といった点については、何ら争点となっていない。

そうだとすると、昭和56年最高裁判決は、指揮命令者と経済的利益の支給者とが一致する事実関係を前提として、事業所得又は給与所得の分類について判断したものであるというべきであるから、同判決が、前記判示部分のうちの「使用者の指揮命令に服して」にいう「使用者」が、後の部分の「使用者」あるいは「給与支給者」と常に一致しなければならず、指揮命令者と支給者が一致することが一般に給与所得該当性の前提条件であるということまでをも判示したものであると解するのは、相当でないというべきである。

このことは、昭和56年最高裁判決が、前記判示部分の直前において、「およそ業務の遂行ないし労務の提供から生ずる所得が所得税法上の事業所得(同法27条1項、同法施行令63条12号)と給与所得(同法28条1項)のいずれに該当するかを判断するにあたっては、…(中略)…当該業務ないし労務及び所得の態様等を考察しなければならない。したがつて、弁護士の顧問料についても、…(中略)…その顧問業務の具体的態様に応じて、その法的性格を判断しなければならないが、その場合、判断の一応の基準として、両者を次のように区別するのが相当である。」と判示していることからも裏付けられるものということができる(下線は、着目する便宜上付加したものである。)。

エ さらにいえば、もし、昭和56年最高裁判決中の前記アの判示部分における前段の末尾部分の「使用者」及び後段の「給与支給者」という文言にも一定の意義があり、これらはその文脈上前段の最初に出てくる「使用者」と同一の者を指すと解すべきであるという立場に立ったとしても、その場合には、前示のとおり、昭和56年最高裁判決は、使用者と支給者の一致、不一致ないしは給付や支給者の意義等について判断した判例ではないのであるから、前段末尾部分の「使用者から受ける給付」及び後段の「給与支給者」という文言については、実態に即した柔軟な解釈をすることも許されるというべきである。

すなわち、ストックオプション制度を採用する場合、子会社の株式の大部分を親会社が保有しているときは、子会社が自社株式を従業員等に付与することは、子会社の所有者たる支配的株主が親会社であるという状況を崩していくことを意味するということができる。そうすると、そのような子会社において、インセンティブ報酬制度の一種たるストックオプション制度を採用する場合には、自社株方式ストックオプションではなく、親会社株方式ストックオプションを採用するのが通常であるということができる。そして、本件ストックオプションのように、親会社である米国Aが子会社である日本Aの株式の100パーセントを保有しているという状況における親会社株方式ストックオプションの権利行使益については、これを形式的に見るならば、指揮命令者は子会社であって、支給者は親会社であり、両者が相違していることになるものの、米国Aは子会社である日本Aのいわば所有者なのであるから、給与所得該当性の判断をするために指揮命令関係や対価関係を検討する局面においては、両者を一つのグループと見て、実質的には、米国Aが支配している、日本Aを含む上記グループをもって、前記判示部分の前段末尾部分の「使用者」及び後段の「給与支給者」と解することも許されるはずである。

本件ストックオプションについて具体的に見ても、乙第15、第20、第43及び第45号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、日本Aは、従業員等の採用条件として、米国Aから付与されるストックオプションを盛り込んでいること、米国Aが日本Aの従業員等に対するストックオプションの付与を決定するに当たっては、日本Aが、面接などを含む人事考課を行った上で、米国Aに対して推薦が行われ、これを検討した上で、米国Aにおいてストックオプションの付与が決定されることが認められる。また、前記前提となる事実によると、本件プランにおいては、ストックオプションは米国Aと子会社の従業員等に付与されるものであって、米国Aの従業員等と子会社の従業員等とは、その付与対象者となり得るか否かという点やストックオプションの権利行使の条件等において、格別区別されていないことが認められる。このような事実からすると、日本Aは、ストックオプションの付与対象者の決定に積極的かつ主体的に関与しており、かつ、米国Aは、ストックオプションの付与については、当該従業員等が自社の直接雇用する者か、それとも子会社の雇用する者かにこだわってはいないということができる。このように個別的に検討してみても、やはり、本件各権利行使益は、所得税の課税という観点からみれば、実質的には、日本Aを含む米国Aによって統轄される企業グループから付与されたものであると解することができるというべきである。

このように見てくると、仮に、昭和56年最高裁判決の前記判示部分中の前段末尾部分の「使用者」及び後段の「給与支給者」という文言に着目して検討すべきであるとしても、本件は、実質的には、昭和56年最高裁判決の判示と矛盾しない事案であるということができる。

オ したがって、本件のように、指揮命令者と支給者とが外形上かい離している場合であっても、昭和56年最高裁判決が、そのことのみを理由として、直ちにストックオプションの権利行使益の給与所得該当性を否定するものであると解することは妥当ではないというべきである。

(7) 以上のように問題点②ⅰの観点から検討してみても、給与所得に該当するか否かを判断するに当たり、指揮命令者と支給者とが外形上かい離していることから、直ちに労務との対価性ないし給与所得該当性を否定することはできないというべきである。

(四) 問題点②ⅱ(指揮命令者・支給者のかい離と労務の対価性)について

(1) 次に、本件事案に即して検討した場合に、本件付与契約上、本件各権利行使益が、原告との間の雇用契約の当事者である日本Aからではなく、米国Aから付与されているとみることができることをどのように考えるのかが問題となるが、以下のとおり、米国Aと日本Aの関係にかんがみれば、米国Aが日本Aの従業員等に対して労務の対価としてストックオプションを付与し、その権利行使益を与えることは、何ら不自然、不合理ではないというべきである。

(2) 一般に、ストックオプション制度において、会社が従業員等に対してストックオプションを付与するのは、従業員等の貢献と職務への精励に報い、勤務会社における一層の職務への精励とその継続を期待するからであること、また、本件付与契約の趣旨、目的も同様であることについては、既に判示したとおりである。

(3) そして、ストックオプション制度の趣旨が、被付与者に報いるとともに職務への精励とその継続を期待することにあることについては前記のとおりであるところ、自社株方式ストックオプションについて見れば、付与会社が自社の従業員等に対してストックオプションを付与するのは、これにより期待される被付与者の職務への精励の継続が付与会社の利益となるからにほかならない。更にいうならば、後述するとおり、被付与者の職務への精励の継続が付与会社の株価上昇につながり得ることに着目しているからこそ、ストックオプションを付与することにより、被付与者の職務への一層の精励の継続を期待することができるという関係にあるということができる。

(4) これに対して、本件のような親会社株方式ストックオプションの場合には、親会社と子会社とは別個の法人格を有することから、原告の指摘するように、子会社における従業員等の職務への精励とその継続が、親会社の利益となるのかが問題になるということができる。

しかしながら、親会社が子会社の株式を保有している場合には、親会社にとってみれば、子会社の株式ひいては子会社そのものが親会社の資産の一部を形成していることを意味するのであり、このことは、本件のように親会社である米国Aが子会社である日本Aの株式の100パーセントを保有している場合にはなおさらそうであるということができる。

そうだとすれば、子会社である日本Aの従業員等である被付与者の職務精励の継続により子会社の業績が向上することは、ひいては親会社である米国Aの保有資産の価値の上昇を意味し、結局、親会社の業績の向上、株価の上昇等、親会社の利益につながり得ることが明らかであるというべきである。

(5) このように見てくると、従業員等の子会社における職務への精励とその継続は親会社の利益につながり得るという関係にあるのであるから、親会社である米国Aにおいて、子会社である日本Aの従業員である原告に対して、その労務の対価としてストックオプションを付与してその権利行使益を与えることは、不自然、不合理であるとはいえないというべきである。そして、前記のとおり、従業員等の子会社における職務への精励の継続が親会社の利益につながり得るという関係にあり、これを期待して、親会社株方式ストックオプションが付与されているのである。

以上によれば、本件ストックオプションは、原告が子会社である日本Aに勤務していたからこそ付与されたものというべきであり、直接には、子会社ではなく、親会社が経済的利益を給付したものではあるものの、それでもなお原告が日本Aに提供した労務の対価として本件ストックオプションによる権利行使益を受け取ったと評価することができるというべきである。

したがって、問題点②ⅱの観点から本件事案に即して考えても、外形上、指揮命令者たる子会社と支給者である親会社との法人格が異なることを理由に、本件ストックオプションによる権利行使益の労務の対価性を否定することはできないというべきである。

(五) 原告の主張について

(1) 原告は、原告の精勤の親会社に対する寄与が間接的で漠然としたものにすぎない点などをとらえて、このような寄与をもって、権利行使益が対価的給付であるということはできない旨主張する。

確かに、実際の結果として、ストックオプションを付与された子会社の従業員等の職務への精励の継続が、子会社の業績にどの程度寄与したのか、また、子会社の業績向上がどの程度親会社の株価を押し上げることとなったのかは、検証不可能な場合が多いと考えられる。

しかし、ここで問題とされているのは、このような結果的検証の成否ではなく、ストックオプションがどのような趣旨、目的、内容を有するものとして付与されたかであり、その検討の結果、前示のとおり、米国AないしAグループとしては、本件のストックオプション制度によって、従業員等の貢献と職務への精励に報い、一層の職務精励とその継続を確保するために、権利行使益を付与していると認めることができるのである。したがって、権利行使益と当該付与を受けた従業員等の労務の提供との対価性を肯定するには十分であるというべきである。原告の前記主張は、採用することができない。

(2) また、原告は、法人税法34条及び35条の規定を援用して、本件各権利行使益は給与所得に該当しないなどと主張するが、既に述べた本件ストックオプションを給与所得と判断した理由に照らすと、本件の結論を左右するものではないので、同主張は採用することができない。

(六) そうすると、本件問題点②について詳細に検討してみても、本件権利各権利行使益の給与所得該当性は揺るがないというべきである。

5  以上によれば、本件各権利行使益は、原告が日本Aに対して提供した労務に対する対価として、米国AないしAグループから付与されたものであって、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として受けた給付に該当するというべきである。したがって、本件各権利行使益は、所得税法28条1項所定の給与所得に該当する。

二  争点②(課税公平主義、租税法律主義、理由付記及び信義則違反)について

1(一)  原告は、被告が主張する「親会社」と「子会社」の概念は、税法に規定がなく、親会社と子会社の範囲が不明確であるから、本件各更正処分は、課税要件法定主義、課税要件明確主義を予定している租税法律主義に違反するなどと主張する。

しかし、所得税法に、「親会社」、「子会社」の定義規定がなくても、本件各権利行使益が、所得税法28条1項にいう給与所得に該当することについては前記一においてみたとおりである。そして、本件各更正処分は、同条項等の租税法規の規定に基づいてされたものであるということができる。したがって、本件各更正処分が課税要件法定主義、課税要件明確主義に反するということはできないから、原告の上記主張には理由がない。

(二)  また、原告は、仮に、付与会社が、被付与者の勤務会社の株式の80パーセントを保有していた場合に、ストックオプションの権利行使益が給与所得に当たらないのであれば、付与会社が被付与者の勤務会社の株式の100パーセントを保有する本件の場合との相違が不明確であり、本件各更正処分は、課税公平主義に違反するなどと主張する。

しかし、前記のとおり、本件各権利行使益が給与所得とされるのは、本件各権利行使益が、原告が日本Aに対して提供した労務に対する対価として、米国AないしAグループから付与されたものであって、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として受けた給付に該当するということができるからであり、付与会社が被付与者の勤務会社の株式を100パーセント保有している場合にのみ、権利行使益が給与所得に該当するというものではない。また、付与会社が被付与者の勤務会社の株式のわずかしか保有していない場合には、果たして、本件のようなストックオプションプランが採用され得るのか否かも疑問である。さらに、そのような場合に親会社からのストックオプションの付与があったとしても、事案が異なれば、そのストックオプションの趣旨、内容等は、改めて吟味する必要性があり、その結果、権利行使益と労務との対価性が否定されるのであれば、当該利益の性質が異なる以上、所得区分も変わることは当然である。

したがって、付与会社が被付与者の勤務会社の株式を100パーセント保有している場合とその他の場合とを比較して、本件各更正処分が不公平であるという原告の主張は、的を射ないものであって、採用することができない。

(三)  さらに、原告は、平成8年6月18日付け「『所得税基本通達』の一部改正について」の通達改正の適用時期前の平成8年において、従業員が勤務会社から有利発行による増資割り当てを受けた場合の経済的利益については、それが「給与等に代えて行われたものでない場合」には一時所得とされたことを理由として、平成8年中に得た権利行使益を給与所得とすることは不公平であり、違法であるなどと主張する。

しかし、本件各権利行使益が、所得税法28条1項にいう給与所得に該当することについては前記一においてみたとおりであり、「給与等に代えて行われたものでない場合」における増資割り当てによって得た経済的利益の所得区分と本件各権利行使益の所得区分とを同一に扱うべき理由はない。したがって、本件各更正処分が不公平であるとの原告の主張は、不公平か否かの判断における比較の対象を誤ったものであり、理由がない。

2  原告は、本件各更正処分は、その通知書に何ら具体的な理由が記載されていないから、理由付記不備の違法があるなどと主張する。

しかし、国税通則法74条の2第1項は、国税に関する法律に基づき行われる処分について、行政庁の不利益処分に理由を示さなければならない旨定める行政手続法14条1項を適用しないことを規定している。また、所得税法も、同法155条2項所定の更正処分以外の更正処分については、更正通知書にその更正の理由を付記することを要求していない。そして、本件各更正処分は、所得税という国税に関する法律に基づき行われる処分であるから、行政手続法14条1項の適用はなく、また、所得税法155条2項所定の更正処分でもない。

したがって、本件各更正処分に理由を付記しなければならないということはできないから、仮に本件各更正処分の通知書の理由の記載が不十分であったとしても、本件各更正処分が違法であるということはできない。

3  原告は、課税庁は、十数年にわたり、ストックオプションの権利行使益は一時所得として課税すべきであるという見解を示していたにもかかわらず、本件各更正処分を行ったものであるから、本件各更正処分は信義則に反し違法である旨主張する。

そこで検討するに、確かに、乙第9及び第10号証及び第11号証の1ないし7並びに弁論の全趣旨によると、従来の課税実務においては、ストックオプションを行使したことによる権利行使益については、一時所得として課税する例が多かったにもかかわらず、平成10年ころからは、税制適格オプション以外のストックオプションを行使したことによる権利行使益について、給与所得として課税するとの方針の下、課税庁における取扱いが統一されたことを認めることができる。そして、原告は、少なくとも平成9年分の権利行使益については、このような方針確立前の過去の取扱いを知らされていた上、これに従う形で一時所得として確定申告をしたことが窺われないではない。そうだとすれば、原告が平成10年3月に所得税の確定申告をした際には、よもや権利行使益が給与所得に当たるとして、後に更正処分がされるとは考えていなかったはずであるから、平成11年に至ってされた本件各更正処分に大きな不満と憤りを感じるであろうことは、十分理解し得るところである。

しかしながら、前記一において検討したとおり、本件各権利行使益は給与所得に該当するというべきであるところ、租税法が租税法律主義の一側面としてのいわゆる合法性の原則に支配されるべきであり、租税法規は納税者に平等、公平に適用されなければならないことにかんがみると、本件各更正処分が信義則に反するとして、これらを取り消すためには、このような合法性の原則ないし平等・公平な租税法規適用の要請を犠牲にしてもなお原告の信頼利益等を保護すべきであるというような特段の事情が必要であるというべきである。

これを本件について見ると、原告は、課税庁の過去の取扱いに従って確定申告をしたと主張するだけであって、所得税におけるストックオプションについての過去の取扱いを知らされたがゆえに、本件付与契約を締結したり、本件ストックオプションを行使するなどの行動に出て所得を得たというような特別な事情が存在することは窺われない。また、本件各更正処分を受けることによって納税額は増加するが、本件各権利行使益は給与所得に該当するのであるから、上記納税額の増加は本来あってしかるべき額に戻るだけであって、これを著しい経済的不利益と評価することは相当ではない。他方、原告の信頼の保護を優先して、本件各権利行使益を一時所得と取り扱う場合には、法に従う場合に徴収されるべき多額の所得税を徴収しないこととなる上、平成10年ころ以降に正当な取扱いへの統一がされた後にストックオプションの権利行使益を給与所得として申告し、あるいは納税した者との間に、法の適用につき著しい不平等が生ずることとなり、かえって正義に反する事態になるといわざるを得ない。

そうすると、本件については、前記の合法性の原則ないし平等・公平な租税法規適用の要請を犠牲にしてもなお原告の信頼利益を保護すべき特段の事情は存しないというべきである。

以上によれば、原告の前記主張は、採用することができない。

三  争点③(平成8年の雑所得の金額)について

原告は、平成8年11月1日に2万1090円及び同月8日に5万4835円の外貨預金による為替差損が発生しており、被告の主張する為替差益合計5万5669円と相殺したから、同年の雑所得の金額は零円であるなどと主張する。

しかし、原告主張のとおり、同年の雑所得の金額を零円として計算しても、原告の平成8年分の課税総所得金額及び納付すべき税額は、原告の平成8年分の所得税についての更正処分における課税所得金額及び納付すべき税額を上回ることが認められる。

したがって、原告の主張は、平成8年分の所得税についての更正処分の適法性に影響を及ぼすものではない。

四  総括

前記前提となる事実に甲第6号証及び第8号証の2並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告は、本件各権利行使益が給与所得に該当することを前提として税額を計算した上で本件各更正処分を行ったものであること、平成8年分の雑所得の金額を除く上記計算の基となった算出根拠、計算過程等については、被告の主張のとおりであって、原告の平成8年分及び平成9年分の課税総所得金額及び納付すべき税額は、上記平成8年分の雑所得の金額いかんにかかわらず、本件各更正処分における金額及び税額を上回ることが認められる。

以上によれば、本件各更正処分は適法である。

第四  結論

よって、原告の請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野博之 裁判官 内野俊夫 裁判官 中西正治)

別紙

当事者目録

原告甲

訴訟代理人弁護士 鳥飼重和

好美清光

多田郁夫

村瀬孝子

今坂雅彦

橋本浩史

吉田良夫

権田修一

内田久美子

高田剛

小出一郎

間瀬まゆ子

國貞美和

佐藤香織

加藤祐一

野口葉子

松本賢人

訴訟復代理人弁護士 福﨑剛志

堀招子

補佐人税理士 佐野幸雄

原木規江

被告 渋谷税務署長

春日勝三

指定代理人 小沢正明

中村芳一

信本努

松尾啓一

伊倉博

安井和彦

別紙1

課税処分等の経緯(平成8年分)

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別紙2

課税処分等の経緯(平成9年分)

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