大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成14年(行ウ)277号 判決 2003年1月24日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が原告に対し平成13年6月21日付けでした「東京都大田区所在の神命愛心会(又は神命大神宮ともいう。宗教団体)或はその会員であるAを視察対象として決定した会議の議事録及び視察結果についての神奈川県警察本部警備部からの報告書」に係る行政文書不開示決定処分を取り消す。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は、原告が、平成13年5月31日、被告に対し、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき、「東京都大田区所在の神命愛心会(又は神命大神宮ともいう。宗教団体)或はその会員であるAを視察対象として決定した会議の議事録及び視察結果についての神奈川県警察本部警備部からの報告書」と題する行政文書(以下「本件文書」という。)の開示請求(以下「本件請求」という。)を行ったところ、被告が同年6月21日付けで行政文書不開示決定(以下「本件決定」という。)を行ったため、本件決定は、本件文書が法所定の不開示事由に該当しないにもかかわらず、法5条4号、同2号及び同1号に該当し、本件文書が存在しているか否かを答えるだけで、不開示情報を開示することとなるため、行政文書の存否自体を回答できないものとしてされた違法なものであるとして、本件処分の取消しを求めるものである。

2  前提事実(認定根拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  原告は、平成13年5月31日、被告に対し、法4条1項の規定に基づき、本件文書の開示請求(本件請求)を行った(甲1)。

(2)  被告は、平成13年6月21日、特定団体又は特定個人に対する警察による情報収集活動事実の有無に関する情報は、これを公にすると警察の情報収集活動に支障を及ぼすおそれがあるため法5条4号(公共安全情報)に該当するとともに、同条2号(法人等情報)又は1号(個人情報)に該当し、本件請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで、不開示情報を開示することとなるため、行政文書の存否自体を回答できない(法8条)として、開示しないことと決定(本件決定)し、そのころ、行政文書不開示決定通知書により原告に告知した(甲2)。

(3)  原告は、本件決定を不服として、被告に対して異議申立てを行ったため、被告が平成14年2月8日に情報公開審査会に諮問したところ、同年3月19日、審査会から、存否応答するだけで法5条1号又は2号、4号に該当する不開示情報を開示したのと同様の影響があるので、法8条に基づき、存否応答自体を拒否した被告の本件決定を妥当とする答申がされ(甲7)、これをうけて、被告は、同年6月20日原告の異議申立てを棄却する決定をした(甲10)。

(4)  原告は、平成14年6月24日、本件訴えを提起した。

3  当事者の主張

(1)  被告

本件文書は、その存否を答えるだけで、法5条1号又は2号、さらには同条4号の不開示情報を開示することとなるものであり、被告が法8条の規定に基づいて、行政文書の存否を明らかにすることなく不開示決定をしたことは適法である。

ア 法8条の趣旨

一般に、行政文書の開示請求がされた場合、行政機関の長は、開示請求に係る行政文書が存在していれば、当該文書に法5条各号に定める不開示情報が記録されているか否かを検討した上で、開示決定又は不開示決定を行い、開示請求に係る行政文書が存在していなければ、不存在を理由とする不開示決定を行うことになる。そして、これらの場合、行政文書の不存在を理由とする不開示決定を除いては、原則として行政文書の存在が前提となっている。

しかしながら、例えば、特定個人の病歴に関する行政文書が開示請求された場合のように、開示請求に係る行政文書の存否を明らかにするだけで、法5条各号の不開示情報を開示することとなる場合がある。そこで、法8条は、「開示請求に対し、当該開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで、不開示情報を開示することとなるときは、行政機関の長は、当該行政文書の存否を明らかにしないで、当該開示請求を拒否することができる。」と規定し、行政文書の存否自体を明らかにしないで拒否処分(いわゆる存否応答拒否)をすることができることを規定している。

イ 本件文書の存否を明らかにすることで開示されることとなる不開示情報本件請求は、本件文書を対象とするものであって、特定の個人及び団体の名前を挙げて、神奈川県警察本部警備課が収集し、警察庁に報告したとする行政文書につき開示請求がされている。したがって、本件請求に対して行政文書の存否を明確にすれば、名を挙げて特定されている個人及び団体について、それらの者が神奈川県警察本部警備課の情報収集活動の対象となっているか否かという事実が開示されることとなる。

そして、特定の団体が警察の情報収集活動の対象とされているか否かという情報は、当該団体の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある情報である上に、法5条2号ただし書に該当しないことから、同号の不開示情報に該当し、また、特定の個人が警察の情報収集活動の対象とされているか否かは、個人に関する情報であり、当該個人を識別することができる情報であるし、法5条1号ただし書のいずれにも該当しないことから、同号の不開示情報にも該当する。

さらに、特定の団体又は個人が警察の情報収集活動の対象とされているか否かという情報は、警察の情報収集活動(又は方針、関心事項)等に関する情報であり、これが明らかになることによって、警察の情報収集活動の実態が露呈されることとなり、犯罪行為を企図している者等において各種活動を潜在化、巧妙化させるなどの防衛措置が講じられるおそれがある。したがって、行政機関の長が犯罪の予防、鎮圧又は捜査等の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると認めることにつき相当の理由があると認められるので、法5条4号に該当する。

ウ 法8条に基づく本件決定の適法性

以上のとおり、本件請求のように団体又は個人を特定して、警察の情報収集活動に係る行政文書について開示請求が行われた場合は、当該行政文書の存否を答えるだけで、特定の団体又は個人に対して警察が情報収集活動を行っているか否かの事実が明らかとなり、法5条1号、2号又は4号に該当する不開示情報を開示することとなる。

したがって、本件請求に対し、被告が開示請求に係る行政文書の存否を答えれば、法5条1号又は2号、さらには同条4号の不開示情報を開示することとなるとして、法8条に基づく存否応答拒否をしたことが適法であることは明らかである。

(2)  原告

ア 行政の責任

法1条には、法の目的が「国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。」ことであるとうたわれており、したがって、行政機関の保有する文書は原則開示するものであり、法に特に定められた一定の要件を充たす文書のみ不開示とされるべきであり、不開示とされる情報は個別案件ごとに判断されるべきだと考える。

イ 法5条1号非該当性

法が個人に関する情報を不開示としたのは個人のプライバシー保護のためである。したがって、当該本人からの請求であればプライバシーを侵害することにはならないのであるから、法5条1号の情報には該当しないというべきである。個人に関する情報について当該本人が自己の情報の公開を請求した場合であっても法5条1号をもって不開示の決定を行うのは情報の性質だけで不開示とする画一的決定にほかならない。プライバシーの侵害とは個人の情報が第三者に知れ渡ることであり、個人の情報が個人に知れ渡るのはプライバシーの侵害ではなく、法5条1号で不開示と定めた趣旨とは明らかに異なる。

また、本件文書の開示は、不当な捜査の対象とされている可能性のある本人が、自らの身体、健康及び生活を守る上で必要とされるものであり、法5条1号ロに該当する。

ウ 法5条4号

原告は、既に不当にも神奈川県警察の視察対象とされていることを確信しており、本件文書の公開によって原告において防衛措置を強化したり、巧妙化させて警察の情報収集活動に支障を及ぼさせることはないから、法5条4号には該当しない。

警察の情報収集活動に係る情報が公開されると警察の情報収集活動に支障を及ぼすとして本件文書を不開示とした理由は、公開によって未然に防ぐことも、また公開することで警察の誤った捜査や行き過ぎを抑止する効果もあることを考えて、本件請求に対して個別に検討して不開示の決定をした理由であるとはいい難い。

エ 法8条非該当性

前記のとおり、本件情報は、法5条1号及び4号に該当せず、また、法5条1号ロに該当し、不開示事由が存在しない以上、法8条に該当するとはいえないし、前記のとおり、原告は既に神奈川県警察の視察対象とされていることを確信しているのであるから、少なくとも存否を応答したとしても何ら支障が発生するものではない。

オ 部分開示

警察は、原告が特定宗教団体に加入していることを理由に情報収集活動の対象としているものと考えられるが、警察の調査上、団体部分は除いたとしても、原告に関する部分だけでも公開すべきである。

第3当裁判所の判断

1  本件文書は、「東京都大田区所在の神命愛心会(又は神命大神宮ともいう。宗教団体)或はその会員であるAを視察対象として決定した会議の議事録及び視察結果についての神奈川県警察本部警備部からの報告書」と題する書面であり、その表題によれば、同文書は、原告と同人が会員となっている神命愛心会又は神命大神宮と称する宗教団体について、神奈川県警察本部又は被告が、警備若しくは情報収集等の目的で視察対象として決定した会議の議事録と、警備若しくは情報収集等の目的で前記宗教団体と原告に対し行った視察の結果について神奈川県警察本部警備部から被告に提出された報告書を指すものと解され、この点について当事者双方に争いはない。

2  警察法2条は「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持にあたることをもってその責務とする。」と規定し、警察は、犯罪の予防をはじめ、公共の安全と秩序の維持を責務としているのであって、同条の趣旨にかんがみれば、警察が犯罪の予防や公共の安全・秩序の維持のため、任意手段としての情報収集活動等を行うこともその職責であると解されるところ、そのような情報収集活動を行っていることが、情報収集の相手方の知るところとなれば、情報収集活動自体の遂行が困難になるばかりか、情報収集の相手方が、情報収集活動の存在を前提として活動することになり、いずれにしても情報収集の目的である犯罪の予防、公共の安全や秩序の維持を達成することが著しく困難になるといえ、情報収集活動等は、一般的には秘密裡に行われることによってその目的を達し得るものといえる。他方、情報収集活動を行っていないことが明らかになった場合においても、そのことを契機として、犯罪や公共の安全や秩序を害する行為が企図されたり、犯罪や公共の安全や秩序を害する行為を企図していた者が、その行為に及ぶ可能性が高まることとなる。

3  本件において、本件文書の開示請求がされた場合に、仮に同文書を法所定の不開示事由該当を理由に不開示とする処分をしたとしても、同処分は同文書が存在していることを前提としてのものであるから、そのことのみによって、前記宗教団体又は原告に対し、神奈川県警察本部又は被告が何らかの視察活動を行なおうとしていること又は現に行っていることが明らかとなる。また、仮に、同文書が不存在であることを理由に不開示とする処分をしたとしても、同処分のみにより、前記宗教団体及び原告が、神奈川県警察本部又は被告の視察活動の対象となっていないことが明らかにされることとなる。そうすると、前記の情報収集活動の特質を考慮した場合、本件請求に対し、不開示決定をしたとしても、本件文書の存在又は不存在を明らかにした場合には、当該情報収集活動等が阻害され、犯罪の予防、鎮圧その他公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼす可能性が生じる。

したがって、本件文書は、その存否に関する情報を明らかにした場合、法5条4号にいう犯罪の予防や鎮圧をはじめ公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると認めるにつき相当な理由がある情報であると認められる。

この点について、原告は、既に原告が神奈川県警察本部又は被告による視察活動の存在を既に認識しているのであるから、仮に、その存否を原告に明らかにしたとしても、その活動に支障はない旨の主張をするが、このような主張を容認すると、請求者が自己について情報収集がされていると申し立てるだけで、同条4号該当性を理由とする不開示決定ができないこととなりかねず、そのような事態を招くことは同号を規定した意義を失わせるものというほかないことからすると、同号所定の情報については、その全部又は一部を請求者が既に知っているか否かにかかわらず不開示情報として取り扱うというのが同号の趣旨であるというべきであり、原告の主張は採用し得ない。

4  本件文書を前記1のとおりのものであると解した場合、本件文書の存否が原告に明らかにされることのみによって、神命愛心会又は神命大神宮という宗教団体が、神奈川県警察本部又は被告の視察活動の対象となっているか否かが原告に明らかにされることとなるが、このような情報は、仮に公にされた場合、同団体の正当な利益を害することは明らかであるから、同情報はその存否を明らかにすることのみによって法5条2号イに該当する不開示情報を開示することとなり、このことは原告が、同団体の構成員であることを前提としても何ら影響を受けるものではないし、また、これらの情報が人の生命、健康、生活又は財産を保護するため公にすることが必要であると認められるもの(法5条2号ただし書)であることを認めるに足りる証拠はない。なお、原告は、警察が違法な情報収集活動をしている旨主張し、甲第3号証の1及び2、第4号証並びに第12号証の1ないし8には、これに沿う部分もあるが、これらによって原告の主張を認めることはできないし、原告があくまでもこのような事実が存在するとしてそれからの救済を求めるならば、端的にそれらの事実の存在を根拠とする国家賠償請求等を行うべきものである。

5  以上によれば、本件文書は、これを公にすることのみによって、法5条4号、2号に該当する不開示情報を開示することとなるものであるといえるから、法8条に定めるいわゆる存否応答拒否情報に該当し、同条1号該当性を検討するまでもなく、本件処分は適法ということになる。

なお、原告は、文書に記載されている本人が請求している以上、法5条1号の個人情報には該当しないし、仮に、同条に該当するとしても、本件情報が法5条1号ロに該当する旨も主張した上、本人情報の部分について法6条による一部開示を行うべきである旨の主張をするが、本件文書が、その存否を明らかにしたのみで法5条4号及び2号に該当する不開示情報を開示することとなるのは前記のとおりであるから、これらの主張は失当であるといわざるを得ない。

第4結論

よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 廣澤諭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例