東京地方裁判所 平成14年(行ウ)369号 判決 2003年12月19日
主文
一 本件訴えのうち、被告八王子市長が訴外近鉄不動産株式会社に対して行った建築基準法56条の2第1項ただし書に基づく平成14年4月12日付け許可処分並びに建築基準法86条の2第1項に基づく平成14年4月10日付け公告対象区域内における同一敷地内建築物以外の建築物の位置及び構造の認定処分の各取消し又は各無効確認を求める訴えをいずれも却下する。
二 本件訴えのうち、被告八王子市長が訴外近鉄不動産株式会社に対して行った八王子都市計画高度地区の変更(八王子市決定・平成14年八王子市告示第19号)4(3)に基づく平成14年4月12日付け許可処分及び被告財団法人日本建築センターが訴外近鉄不動産株式会社に対して行った建築基準法6条の2に基づく平成14年5月2日付け建築確認処分の各取消し又は各無効確認を求める、原告P1、同P2、同P3、同P4、同P5、同P6、同P7、同P8、同P9、同P10、同P11、同P12、同P13及び同P14の訴えをいずれも却下する。
三 本件訴えのうち、被告八王子市長が訴外近鉄不動産株式会社に対して行った八王子都市計画高度地区の変更(八王子市決定・平成14年八王子市告示第19号)4(3)に基づく平成14年4月12日付け許可処分及び被告財団法人日本建築センターが訴外近鉄不動産株式会社に対して行った建築基準法6条の2に基づく平成14年5月2日付け建築確認処分の各取消しを求める、原告P15、同P16の訴えをいずれも却下する。
四 原告P15、同P16の、被告八王子市長が訴外近鉄不動産株式会社に対して行った八王子都市計画高度地区の変更(八王子市決定・平成14年八王子市告示第19号)4(3)に基づく平成14年4月12日付け許可処分及び被告財団法人日本建築センターが訴外近鉄不動産株式会社に対して行った建築基準法6条の2に基づく平成14年5月2日付け建築確認処分の各無効確認を求める請求をいずれも棄却する。
五 本件訴えのうち、被告財団法人日本建築センターが訴外近鉄不動産株式会社に対して行った建築基準法6条の2に基づく平成14年5月2日付け建築確認処分の取消しを求める、原告P17、同P18、同P19、同P20、同P21、同P22、同P23、同P24、同P25、同P26、同P27、同P28、同P29、同P30、同P31、同P32、同P33、同P34、同P35、同P36、同P37、同P38、同P39及び同P40の訴えをいずれも却下する。
六 原告P17、同P18、同P19、同P20、同P21、同P22、同P23、同P24、同P25、同P26、同P27、同P28、同P29、同P30、同P31、同P32、同P33、同P34、同P35、同P36、同P37、同P38、同P39及び同P40の、被告八王子市長が訴外近鉄不動産株式会社に対して行った八王子都市計画高度地区の変更(八王子市決定・平成14年八王子市告示第19号)4(3)に基づく平成14年4月12日付け許可処分の取消し又は無効確認を求める請求及び被告財団法人日本建築センターが訴外近鉄不動産株式会社に対して行った建築基準法6条の2に基づく平成14年5月2日付け建築確認処分の無効確認を求める請求をいずれも棄却する。
七 原告P41、同P42、同P43、同P44、同P45、同P46、同P47、同P48、同P49、同P50、同P51、同P52、同P53、同P54、同P55、同P56、同P57、同P58、同P59及び同P60の、被告八王子市長が訴外近鉄不動産株式会社に対して行った八王子都市計画高度地区の変更(八王子市決定・平成14年八王子市告示第19号)4(3)に基づく平成14年4月12日付け許可処分及び被告財団法人日本建築センターが訴外近鉄不動産株式会社に対して行った建築基準法6条の2に基づく平成14年5月2日付け建築確認処分の各取消し又は各無効確認を求める請求をいずれも棄却する。
八 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 主位的請求
1 被告八王子市長が訴外近鉄不動産株式会社に対し、別紙2(建築計画概要書)記載の建物についてした、次の各処分をいずれも取り消す。
(一)建築基準法56条の2第1項ただし書に基づく平成14年4月12日付け許可処分
(二)八王子都市計画高度地区の変更(八王子市決定・平成14年八王子市告示第19号)4(3)に基づく平成14年4月12日付け許可処分
(三)建築基準法86条の2第1項に基づく平成14年4月10日付け公告対象区域内における同一敷地内建築物以外の建築物の位置及び構造の認定処分
2 被告財団法人日本建築センターが訴外近鉄不動産株式会社に対し、別紙2(建築計画概要書)記載の建物についてした、建築基準法6条の2に基づく平成14年5月2日付け建築確認処分を取り消す。
二 予備的請求
1 被告八王子市長が訴外近鉄不動産株式会社に対し、別紙2(建築計画概要書)記載の建物についてした、次の各処分の無効を確認する。
(一)建築基準法56条の2第1項ただし書に基づく平成14年4月12日付け許可処分
(二)八王子都市計画高度地区の変更(八王子市決定・平成14年八王子市告示第19号)4(3)に基づく平成14年4月12日付け許可処分
(三)建築基準法86条の2第1項に基づく平成14年4月10日付け公告対象区域内における同一敷地内建築物以外の建築物の位置及び構造の認定処分
2 被告財団法人日本建築センターが訴外近鉄不動産株式会社に対し、別紙2(建築計画概要書)記載の建物についてした、建築基準法6条の2に基づく平成14年5月2日付け建築確認処分の無効を確認する。
第二事案の概要
本件は、訴外近鉄不動産株式会社(以下「近鉄不動産」という。)が東京都八王子市αに建設している高層住宅である別紙2(建築計画概要書)記載の建物(以下「本件建物」という。)の近隣住民である原告らが、被告八王子市長が近鉄不動産に対して本件建物についてした、①建築基準法(以下、単に「法」という。)56条の2第1項ただし書に基づく平成14年4月12日付け許可処分(以下「本件日影制限除外許可処分」という。)、②八王子都市計画高度地区の変更(八王子市決定・平成14年八王子市告示第19号)4(3)に基づく同日付け許可処分(以下「本件高さ制限除外許可処分」という。)及び③法86条の2第1項に基づく同月10日付け公告対象区域内における同一敷地内建築物以外の建築物の位置及び構造の認定処分(以下「本件同一敷地内建築物認定処分」という。)、並びに被告財団法人日本建築センター(以下「被告建築センター」という。)が近鉄不動産に対して本件建物についてした、④法6条の2に基づく同年5月2日付け建築確認処分(以下「本件建築確認処分」という。)は、いずれも、日照侵害、眺望侵害、プライバシー侵害及び風害を原告らに与えるものであって違法ないし無効であるなどと主張して、上記各処分について、主位的にその取消しを、予備的にその無効確認を求める事案である。
一 関係法令の定め
1 本件日影制限除外許可処分の関連法規等
(一)法56条の2第1項本文は、地方公共団体が条例で指定する対象区域内にある法別表第四(ろ)所定の建築物について、同表第四(い)所定の用途地域の区別等に応じて、冬至日の真太陽時による午前8時から午後4時まで(道の区域内にあっては、午前9時から午後3時まで)の間において、平均地盤面から同表第四(は)所定の高さの水平面(対象区域外の部分及び当該建築物の敷地内の部分を除く。)のうち敷地境界線からの水平距離が5メートルを超える範囲において、地方公共団体がその地方の気候及び風土、土地利用の状況等勘案して条例で指定する号に掲げる時間以上日影となる部分を生じさせることがないものとしなければならない旨規定して、中高層建築物について、いわゆる日影規制を行っている(以下、法56条の2第1項本文に基づく日影規制を「本件日影制限」という。)。
(二)八王子市は、本件建物の敷地を含む区域を、第一種中高層住居専用地域に指定し、また、法別表第四(に)欄の定める日影規制値については、(一)号を指定している。
(三)上記(一)及び(二)により、本件建物の敷地についての本件日影制限の内容は、本件建物の敷地について、高さが10メートルを超える建築物を建築する場合には、冬至日の真太陽時による午前8時から午後4時まで(道の区域内にあっては、午前9時から午後3時まで)の間において、平均地盤面からの高さが4メートルの高さの水平面(対象区域外の部分及び当該建築物の敷地内の部分を除く。)に、敷地境界線からの水平距離が5メートルを超えて10メートル以内の範囲において3時間(道の区域内にあっては2時間)以上の、敷地境界線からの水平距離が10メートルを超える範囲において2時間(道の区域内にあっては1.5時間)以上の日影となる部分を生じさせることがないものとしなければならないというものとなる。
(四)これに対し、法56条の2第1項ただし書は、「特定行政庁が土地の状況等により周囲の居住環境を害するおそれがないと認めて建築審査会の同意を得て許可した場合においては、この限りでない。」と規定して、本件日影制限からの除外を許可することができることを認めている。
(五)また、法56条の2第3項は、建築物の敷地が道路、川又は海その他これらに類するものに接する場合、当該敷地とこれに接する隣地との高低差が著しい場合その他これらに類する特別の事情がある場合における本件日影制限の適用の緩和に関する措置は、政令で定める旨定めている。
これを受けて、建築基準法施行令135条の4の2第1項1号は、建築物の敷地が道路、水面、線路敷その他これらに類するもの(以下「道路等」という。)に接する場合においては、当該道路等に接する敷地境界線は、当該道路等の幅の2分の1だけ外側にあるものとみなし、当該道路等の幅が10メートルを超えるときは、当該道路等の反対側の境界線から当該敷地の側に水平距離5メートルの線を敷地境界線とみなす旨規定している(以下、この緩和規定を「本件日影制限緩和規定」という。)。
2 本件高さ制限除外許可処分の関連法規等
(一)法58条は、地方公共団体が都市計画における高度地区として指定した地域内においては、「建築物の高さは、高度地区に関する都市計画において定められた内容に適合するものでなければならない。」と規定している。
(二)そして、都市計画法9条16項は、高度地区について、「用途地域内において市街地の環境を維持し、又は土地利用の増進を図るため、建築物の高さの最高限度又は最低限度を定める地区とする。」と規定している。
(三)八王子市は、八王子都市計画高度地区の変更(八王子市決定・平成14年八王子市告示第19号。以下「本件高度地区計画」という。)において、高度地区に関する都市計画の内容として、高度地区の種類及び範囲を定めるとともに、高度地区の種類に応じて、建築物の高さの最高限度又は最低限度を定めているところ、本件建物の敷地を含む第2種高度地区については、「建築物の各部分の高さは、当該部分から前面道路の反対側の境界線又は隣地境界線までの真北方向の水平距離が8メートル以内の範囲にあっては、当該水平距離の1.25倍に5メートルを加えたもの以下とし、当該真北方向の水平距離が8メートルを超える範囲にあっては、当該水平距離から8メートルを減じたものの0.6倍に15メートルを加えたもの以下とする。」と規定している(以下、この制限を「本件高さ制限」という。)。
(四)そして、本件高度地区計画1(1)は、本件高さ制限を緩和する規定として、「北側の前面道路の反対側に水面、線路敷その他これらに類するもの(以下「水面等」という。)がある場合又は敷地の北側の隣地境界線に接して水面等がある場合においては、当該前面道路の反対側の境界線又は当該水面等に接する隣地境界線は、当該水面等の幅の2分の1だけ外側にあるものとみなす。」という定めをもうけている(以下、この緩和規定を「本件高度地区緩和規定」という。)。
(五)さらに、本件高度地区計画4(3)は、特定行政庁が、あらかじめ建築審査会の同意を得た上で、「その他公益上やむを得ないと認め、又は周囲の状況等により環境上支障がないと認められる建築物」に該当するとして許可した場合には、本件高さ制限による制限を適用しない旨規定して、本件高さ制限からの除外を許可することができることを認めている。
3 本件同一敷地内建築物認定処分の関連法規等
(一)法86条の2第1項は、一団地内に二以上の構えを成す建築物で総合設計によって建築されるもののうち、国土交通省令で定めるところにより、特定行政庁がその各建築物の位置及び構造が安全上、防火上及び衛生上支障がないと認定して、法86条6項により公告された対象区域(以下「公告対象区域」という。)内における当該建築物以外の建築物の建築について、「前条1項又は2項の規定により同一敷地内にあるものとみなされる建築物(以下「同一敷地内建築物」という。)以外の建築物を建築しようとする者は、国土交通省令で定めるところにより、当該建築物の位置及び構造が当該公告対象区域内の他の同一敷地内建築物の位置及び構造との関係において安全上、防火上及び衛生上支障がない旨の特定行政庁の認定を受けなければならない。」と規定している。そして、この認定を受けた建築物については、法86条の2第4項により準用される法86条1項及び2項並びに法86条の2第5項が適用される結果、法52条、56条、56条の2等を含む多数の「特定対象規定」の適用において、同一敷地内にある建築物とみなされることになる。
(二)法86条の2第2項は、上記認定をした場合には、遅滞なく、国土交通省令で定めるところにより、その旨を公告しなければならない旨定めている。
4 本件建築確認処分の関連法規等
(一)法6条1項は、建築主が、同項1号から3号までに掲げる建築物を建築しようとする場合においては、当該工事に着手する前に、その計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け、確認済証の交付を受けなければならない旨規定している。
(二)また、法6条の2第1項は、法6条1項各号に掲げる建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて、法77条の18から法77条の21までの規定の定めるところにより国土交通大臣又は都道府県知事が指定確認検査機関として指定した者の確認を受け、国土交通省令で定めるところにより確認済証の交付を受けたときは、当該確認は法6条1項の規定による確認と、当該確認済証は、同項の確認済証とみなす旨規定している。
二 前提となる事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠により容易に認められる事実である。
1 原告らの居住関係、本件建物敷地との位置関係等
(一)原告らのうち4人は、八王子市α所在のβ1号棟(地上10階建て)の1階ないし5階部分に、原告らのうち47人は、β3号棟(地上9階建て)の1階ないし9階部分に、7人は、β4号棟(地上4階建て)の1階ないし4階部分に、原告らのうち2人は、八王子市α所在のγ参番館又は四番館(いずれも地上3階建て)の2階又は3階部分に、それぞれ区分所有建物を所有して、居住している者である。
各原告の所有及び居住する区分所有建物は、別紙3(原告居住関係一覧表)記載のとおりである。なお、別紙3の住所欄記載の住所のうち、末尾3桁の100の位の数字が当該原告が居住している区分所有建物の所在する階数を示している(以下、個々の原告については、別紙3の原告番号欄記載の番号に従い、「原告1」などという。)。
(二)本件建物の敷地と、β1号棟、3号棟及び4号棟並びにγ参番館及び四番館(以下、これらを併せて「原告ら建物」という。)の位置関係は、別紙4(建物位置関係図)記載のとおりである。別紙4において、本件建物は、黒塗りの建物でG棟と記載された建物である。本件建物は、原告ら建物のほぼ西方向に位置している。原告ら建物の主採光面(採光のための最も主要な窓・バルコニーのある面)は、本件建物に最も近いβ3号棟については、当該建物の南西側の面であり、他の建物については、当該各建物の南東ないし南南東側の面であり、原告らの所有する各区分所有建物の多くから本件建物を望見することができるものの、本件建物が原告ら建物の主採光面の正面に位置しているわけではない。本件建物に最も近いβ3号棟と本件建物との最近接距離は約28メートルであり、最も遠いγ四番館と本件建物との最近接距離は約180メートルである。
(三)本件建物の北方向に、訴外東京電力株式会社所有の鉄塔用地(174平方メートル。以下「本件鉄塔敷地」という。)が存在している。本件鉄塔敷地には、高さ約50メートルの鉄塔が設置されている。
(四)国土交通大臣は、本件建物の建築計画について、平成13年2月23日付けで、新住宅市街地開発法22条1項に基づく認可を行った。
(五)被告八王子市長は、平成13年12月18日、近鉄不動産の申請に対し、別紙4の太線で囲まれた部分の敷地(以下「本件一団地認定敷地」という。)について、別紙4記載のA棟からE棟までの建物及びその付属建物15棟を対象として、法86条1項に基づき、同一敷地内にある建築物とみなされるためのいわゆる一団地認定を行った。なお、近鉄不動産が本件一団地認定敷地を所有しており、本件建物の敷地は、本件一団地認定敷地に含まれている(以下、本件建物の敷地を「本件建物敷地部分」という。)。
2 本件日影制限除外許可処分、本件高さ制限除外許可処分、本件同一敷地内建築物認定処分及び本件建築確認処分(以下、これらを併せて「本件各処分」という。)の経緯
(一)近鉄不動産は、被告八王子市長に対し、平成14年3月22日、本件日影制限除外許可処分、本件高さ制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分について、それぞれ申請書を提出した。
(二)被告八王子市長は、平成14年4月5日、本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分について、法56条の2第1項ただし書及び本件高度地区計画4(3)がそれぞれ規定する八王子市建築審査会の同意を得た。
(三)被告八王子市長は、近鉄不動産に対し、平成14年4月10日に本件同一敷地内建築物認定処分を、同月12日に本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分をそれぞれ行った。なお、本件同一敷地内建築物認定処分は、別紙4記載のF棟(以下「本件F棟」という。)及びG棟(本件建物)を対象とするものである。
(四)被告八王子市長は、平成14年4月12日、本件同一敷地内建築物認定処分について、公告(八王子市公告第139号。以下「本件公告」という。)を行った。
(五)被告建築センターは、近鉄不動産に対し、平成14年5月2日、本件建築確認処分を行った。被告建築センターは、法77条の18から法77条の21までの規定により、指定確認検査機関として指定された者である。
近鉄不動産から工事を請け負った訴外三井建設株式会社は、同月ころ、本件建物の工事に着工した。本件建物は、完成すると地上24階建てで、高さが地上77.51メートルというものである。
3 本件各処分に対する審査請求
(一)原告53、55ないし59を除く原告らは、八王子市建築審査会に対し、平成14年5月29日、本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分の取消しを求める審査請求を行った。同審査会は、平成15年1月28日、本件日影制限除外許可処分に関する審査請求を棄却し、本件高さ制限除外許可処分に関する審査請求を却下する旨の各裁決を行った。
(二)原告1ないし4、9、18ないし23、27ないし30、32、33、40、42、43、45ないし52及び60は、八王子市建築審査会に対し、平成14年8月8日、本件同一敷地内建築物認定処分及び本件建築確認処分の取消しを求める審査請求を行った。同審査会は、平成15年1月28日、本件同一敷地内建築物認定処分に関する審査請求を却下し、本件建築確認処分に関する審査請求を棄却する旨の各裁決を行った。なお、その余の原告らについては、本件建築確認処分及び本件同一敷地内建築物認定処分について、審査請求を行っていない。
4 本件各処分に対する訴訟提起等
原告らは、平成14年9月13日、被告建築センターに対し、本件建築確認処分の取消し又は無効確認を求める訴え(当庁平成14年(行ウ)第369号特例許可処分取消等請求事件)を提起した。
さらに、原告らは、同月20日、被告八王子市長に対し、本件日影制限除外許可処分、本件高さ制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分の取消し又は無効確認を求める訴え(当庁平成14年(行ウ)第377号特例許可処分取消等請求事件)を提起した。
三 争点及び当事者の主張の要旨
1 争点1
原告らは、本件各処分の取消し又は無効確認を求める本件訴えについて原告適格を有するか。
(一)原告らの主張の要旨
(1)法は、1条において「この法律は…(中略)…国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と規定して、一般的な生活環境の保全という公共的利益の維持増進を目的とする旨定めているが、これにとどまらず、第一種低層住居専用地域における建築物の絶対的高さを制限し(法55条)、また、建築物の各部分の高さを制限し(法56条)、さらに日影による中高層の建築物の高さを制限している(法56条の2)。これらは、日照、防災及び衛生といった近隣住民の個別的、具体的な生活利益を保護しようとする趣旨に出たものであることは明らかである。
(2)原告らは、以下に述べるとおり、本件建物が完成することによって、法及びその関連法規等によって法律上保護された利益に対する侵害、すなわち、日照侵害、眺望侵害、プライバシー侵害及び風害を被る。したがって、原告らが本件訴えについて原告適格を有することは明らかである。
ア 日照被害について
本件建物が完成することによって、原告らは、別紙5(日照被害一覧)記載のとおりの日照被害を受ける。八王子市建築審査会は、本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分について、本件建物が、本件鉄塔敷地以外の本件一団地認定敷地外の土地に対して、規制を超える日影を生じさせていないとして、同意した。しかしながら、原告らが受ける日照被害は、本件日影制限の範囲内の日影であるとしてもかなりの程度現実に存在する。
イ 眺望及びプライバシーに対する被害について
本件建物が完成することによって、原告らのうち原告18ないし48の31名については、それまで見えていた富士山、丹沢山渓、別所坂公園及びδ駅周辺のすべてにつき、その全部又は一部が見えなくなってしまう。特に、β3号棟の原告らについては、同棟から約28メートルないし40メートルという、ごく間近に24階建ての本件建物の巨大な壁面が立ちはだかることとなって、景観のみならず天空すらほとんどすべて消失してしまうのであり、その圧迫感は、日常生活において耐え難い苦痛を与える。さらに、本件建物は、その東側面が各戸全面窓付きの設計であるため、β3号棟の原告らは、本件建物の居住者に上方からのぞかれることとなり、そのプライバシーを著しく侵害され、また、風向きによっては本件建物における話し声が換気口から聞こえてくるなどして、平穏な居住と生活を営む権利を侵害される。
ウ 風害について
(ア)原告ら建物及び本件建物の敷地は、もともと標高差約30メートルの大きな丘の上に所在しており、現在においても日常の風が強く、突風が発生しやすい。また、原告らは、通勤、通学等のために、本件建物の南側にある階段状の遊歩道(以下「本件遊歩道」という。)を使用しているところ、本件遊歩道は、本件建物からの最短距離が約7メートルしかなく、全長約185メートル、高低差約18メートルの階段状の坂道であって、下方から吹き上げる風が著しく強い。また、本件遊歩道と接する形で、本件建物の南側から約10メートル離れたところに別所坂公園があり、子供たちとの遊戯、休憩及び散策等に使用されている。
(イ)近鉄不動産において実験し作成した風洞実験報告書(甲12)及び原告らが平成14年6月2日から同年11月24日までの間に実施した風速観測の結果(甲14ないし16)を総合して計算すると、本件建物の完成後の周辺における風速は、建築前よりも2倍ないし最大3.5倍も増加し、年平均の風速は、毎秒4.29メートルとなり、1年のうち、風速毎秒10メートルを超える日が354日、毎秒15メートルを超える日が240日というものとなる。また、最大風速については、原告らが観測した同年8月8日及び同月15日の地上最大風速は毎秒約13メートルであるところ、原告らの計算によれば本件建物の完成後は毎秒約53.6メートルというとんでもない風速となってしまう。
このような風環境は、一般的に用いられている4段階評価(甲12)によると、最も悪い風環境とされる「好ましくない風環境 年平均風速2.3メートル/秒超」に該当し、村上周三教授らによる風環境評価尺度(甲17)によると、住宅街においては許容されない風環境に該当する。
(ウ)このように、本件建物の完成によって、原告ら建物、本件遊歩道、別所坂公園、周辺の駐車場やゴミ置場等において風害が発生する。具体的には、原告らの区分所有建物の出入り、窓の開閉、ベランダ使用等に支障をきたし、また、本件建物の居住者が使用する物品が落下したり、本件遊歩道を通行する者が階段を踏み外して転倒したりすることによる事故が発生するおそれがある。
(3)本件各処分の根拠規定が、日照権の保護にとどまらない、個々人の個別的利益をも保護していることは、以下のとおり、規定の趣旨、目的、保護すべき利益の内容、関連法規によって形成される法体系等を検討することによって明らかである。
ア 本件高さ制限に関連する規定についてみれば、法58条及び都市計画法9条16項等の規定は、いわゆる集団規定と呼ばれるものであって、建築物を周辺地域の他の建築物や住民との関連においてとらえ、都市計画的観点から支障のない用途、規模、形態を保障し、法の道路斜線、隣地斜線及び北側隣地斜線の各制限とあいまって、用途地域に対応した当該住区の建築物の高さと形態を制限することによって、面としての良好な住環境を維持しようとするものである。
イ 本件日影制限除外許可処分の根拠規定である法56条の2第1項ただし書は「土地の状況等により周囲の居住環境を害するおそれがない」との文言を、本件高さ制限除外許可処分の根拠規定である本件高度地区計画4(3)は「周囲の状況等により環境上支障がない」との文言をそれぞれ採用しており、これらの規定が、単に建物敷地の北側隣地の日照のみを保護すべきものとしているわけではないことは明らかである。
ウ 原告らは、前記(2)ウのとおり、本件建物の完成によって発生する風害により、その生命、身体の安全、財産に対し、直接的かつ重大な被害を受けるおそれがあるのであって、このような被害の性質にかんがみれば、原告らに原告適格があることは明らかである。
エ なお、東京都中高層建築物の建築に係る紛争の予防と調整に関する条例2条4号(甲22)は、予定建築物の高さの2倍の距離内の者を、中高層建築による紛争の予防等に関する調停の申請適格者に含めているし、神奈川県においては、用途地域の例外許可を行う場合の事前手続における聴聞の際の通知を行う対象を、予定建築物から半径50メートル以内の居住者としており、これらにかんがみても、本件各処分の根拠規定が、単に隣地の日照等のみを保護しているわけではないことは明らかである。
(二)被告八王子市長の主張の要旨
(1)原告らが主張する本件建物による被害は、仮にこれがあったとしても、以下に述べるとおり、法律上保護された利益に対する侵害には当たらない。したがって、原告らは、本件訴えについて、原告適格を有しない。
ア 日照被害について
(ア)本件日影制限は、あくまで法別表第四、二(一)に規定された限度における日照の利益を保護するものであり、本件日影制限除外許可処分は、このような本件日影制限を緩和する規定である。しかし、本件建物は、原告らも自認するように、本件日影制限を超える日影を原告ら建物に生じさせておらず、本件日影制限によって保護された日照に対する利益を一切侵害していない。
なお、原告らは、冬至日以外における日照被害をも問題としているが、法は、冬至日以外における日照の制限について格別の定めをしていないから、本件日影制限による保護の対象外のものである。
(イ)本件高さ制限は、用途地域内における市街地の環境を維持することを目的とし、当該建物の真北方向の隣地境界線からの距離に応じた高さの最高限度を設けることによって、建物の北側隣地の日照等を確保しようとするものである。本件高さ制限除外許可処分は、このような本件高さ制限を緩和する規定である。
しかしながら、本件建物は、原告らとの関係においてみれば、本件高さ制限により保護された限度の日照に対する利益を何ら侵害していない。
すなわち、本件高さ制限の内容は、本件鉄塔敷地との関係においては、別紙6(八王子都市計画の変更 第2種高度地区の高さ制限の概要1)記載の「鉄塔敷地からの第2種高度斜線B」(以下「被告主張高度斜線B」という。)による制限を受けるというものになるが、被告主張高度斜線Bは、本件一団地認定敷地と北側隣地との敷地境界線からの高度斜線である別紙6記載のA線(以下「本件高度斜線A」という。)よりもはるかに低いものである。そして、原告ら建物は、本件建物の北側隣地にあるわけではないし、本件建物の真北方向には、本件建物とほぼ同じ高さの25階建ての本件F棟が建築されることとなっているから、本件建物による原告ら建物に対する日照の影響は現実には考えられない。
(ウ)本件建物のうち本件高さ制限を受ける部分は、別紙6及び別紙7(時刻日影図(冬至))記載の斜線部分、すなわち本件建物の全体幅約32メートルのうち約0メートルないし17メートル、全体の高さ約77メートルのうち約31メートルないし77メートルの部分(以下「本件高さ制限適用部分」という。)である。本件建物のうち本件高さ制限適用部分以外の部分(以下「本件既適格部分」という。)については、本件高さ制限除外許可処分をまつことなく建築することができる。
原告らが本件建物による日影として主張しているものは、本件既適格部分によって生じる日影の中にすべて吸収されてしまう。したがって、本件高さ制限適用部分によって生ずる日影というものは元々存在しないのであるから、原告らは、日影を理由として本件高さ制限除外処分の取消し又は無効確認を求める原告適格を有しない。
イ 眺望及びプライバシーに対する被害について
法その他の関連法規において、眺望及びプライバシーに対する利益を個人の個別的利益として保護すべきものとした規定は存在しない。このような利益は、たまたま原告ら建物の隣地に建物が存在しないことによるいわゆる反射的な利益にすぎない。
ウ 風害について
法その他の関連法規において、風害を被らない利益を個人の個別的利益として保護すべきものとした規定は存在しない。原告らは、本件遊歩道の通行及び別所坂公園の利用に支障がある旨主張するが、これらを利用する利益は、公物が一般公衆の用に供されていることによる反射的利益にすぎない。
(2)原告らは、本件高度地区計画について、集団規定論なる概念を持ち出し、また、法56条の2第1項ただし書及び本件高度地区計画4(3)の文言を根拠として、原告らは本件訴えについて原告適格を有する旨主張する。しかしながら、法はいわゆる単体規定及び集団規定の概念的区分をした規定の仕方をしていないし、仮に、集団規定という概念が法上存在するとしても、同概念は、都市計画上の観点から当該市街地の都市計画的な共通的利益の増進を図ることを目的としたものであり、個々人の個別的利益を保護することを目的としたものではない。同様のことは、法56条の2第1項ただし書及び本件高度地区計画4(3)についてもいうことができる。
また、原告らは東京都や神奈川県の規定を引用するが、当該規定による付近住民の参加の制度は、地域の健全な住環境の維持という公益を目的としたものであり、近隣住民の個別的利益の保護を目的としたものではない。
(3)本件同一敷地内建築物認定処分の根拠規定である法86条の2第1項が「他の同一敷地内建築物の位置及び構造との関係において安全上、防火上及び衛生上支障がない旨の特定行政庁の認定」との文言を使用していることにかんがみれば、同項による認定は、既に法86条第1項又は2項による認定を受けた一団地内の複数の建物と本件建物のような新規の建物相互の関係において支障が生ずることを防止することを目的とする規定と解される。
そうすると、原告らは、本件建物や本件F棟その他本件一団地認定敷地内の複数の建物に居住する者ではないのであるから、原告らが、本件同一敷地内建築物認定処分について、その取消し又は無効確認を求める原告適格を有しないことは明らかである。
2 争点2
本件訴えは、本件各処分についての審査請求を経た適法なものということができるか。
(一)原告らの主張の要旨
(1)原告らのうち本件各処分の審査請求を経由していない者については、行政事件訴訟法8条2項2号にいう「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たるとして本件訴えを提起したものであり、その訴えは適法である。
(2)被告八王子市長は、本件高さ制限除外許可処分について、八王子市建築審査会に対する審査請求は不適法である旨主張する。しかし、本件高さ制限除外許可処分については、原告らは、八王子市建築指導課からの指示に基づき、八王子市建築審査会に対して審査請求を行ったのであり、同審査会の審理においても何ら異議を述べられたことはない。仮に、同審査請求が不適法であったとしても、少なくとも、行政事件訴訟法8条2項3号にいう「その他裁決を経ないことにつき正当の理由があるとき」に該当する。
(3)被告八王子市長は、本件同一敷地内建築物認定処分について、審査請求期間は本件公告の日の翌日から起算すべきであり、原告らの行った審査請求は、審査請求期間経過後にされた不適法なものである旨主張する。しかし、原告らは、本件同一敷地内建築物認定処分の名宛人ではないから、同処分の存在を本件公告直後に知るすべはない。したがって、本件同一敷地内建築物認定処分の審査請求期間は、原告らが現実にこの処分を知った日である平成14年6月下旬から起算すべきであるから、原告らが同年8月8日に行った審査請求は適法である。
(二)被告八王子市長の主張の要旨
(1)原告53、55ないし59は、本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分について、八王子市建築審査会に対する審査請求をしていないので、その訴えは不適法である(法96条、行政事件訴訟法8条1項)。
(2)原告53、55ないし59以外の原告らは、本件高さ制限除外許可処分について、八王子市建築審査会に対する審査請求を行っている。しかしながら、本件高さ制限除外許可処分は、本件高度地区計画に基づく処分であって、法及びその付属法令に基づく処分ではないから、同審査会に対する審査請求は不適法である(法94条、96条)。したがって、本件高さ制限除外許可処分については、本件訴えを提起した時点において、その出訴期間が既に徒過しているので、訴えは不適法である。
(3)原告5ないし8、10ないし17、24ないし26、31、34ないし39、41、44、53ないし59は、本件同一敷地内建築物認定処分について、八王子市建築審査会に対する審査請求をしておらず、その訴えは不適法である。
また、上記原告ら以外の原告らは、同審査会に対する審査請求を行ってはいる。しかしながら、本件同一敷地内建築物認定処分の審査請求期間は、本件公告がされた平成14年4月12日の翌日から起算される(最高裁判所昭和61年6月19日第一小法廷判決・判例時報1206号21頁、最高裁判所平成14年10月24日第一小法廷判決・判例時報1805号32頁)ので、同原告らが審査請求をした平成14年8月8日の時点において、審査請求期間が既に徒過しているので、その訴えは不適法である。
(4)この点について、原告らは、行政事件訴訟法8条2項2号に基づいて本件訴えを提起したのであり、審査請求を経由していないことは違法ではない旨主張する。しかしながら、同号は、3か月の出訴期間を遵守した訴えについて、審査請求を経由させるのが相当でない理由がある場合に審査請求の省略を認める規定であり、原告らのように、出訴期間を徒過している場合には、そもそも適用がない。
(三)被告建築センターの主張の要旨
原告5ないし8、10ないし17、24ないし26、31、34ないし39、41及び44、53ないし59は、本件建築確認処分について、八王子市建築審査会に対する審査請求をしておらず、出訴期間が徒過してから訴えを提起しているので、その訴えは不適法である。
3 争点3
本件日影制限除外許可処分の適法性について。特に、本件鉄塔敷地に本件日影制限が及ぶか、また、本件建物が法56条の2第1項ただし書にいう「土地の状況等により周囲の居住環境を害するおそれがない」との要件を満たすか否かについて。
(一)被告八王子市長の主張の要旨
(1)本件鉄塔敷地には、以下のとおり、本件日影制限は及ばない。
ア 本件鉄塔敷地については、高圧電線を支持する鉄塔があり、人の利用はないのが常態であるから、その日照の保護の必要性はない。したがって、本件鉄塔敷地には、本件日影制限の緩和規定である本件日影制限緩和規定が適用され、その結果、本件建物の敷地と本件鉄塔敷地との敷地境界線は、本件鉄塔敷地の反対側の境界線からその内側に水平距離で5メートルの線とみなされることとなる(以下、この境界線を「本件みなし隣地境界線1」という。)。
イ 本件日影制限は、建物敷地の外に対するものであり、当該建物の敷地内には適用されないところ(法56条の2第1項及び2項)、本件建物は、本件同一敷地内建築物認定処分を受けたことによって本件一団地認定敷地の同一敷地内にあるものとみなされる。
ウ 本件日影制限は、敷地境界線から5メートルを超える範囲内において日影規制をするものであるところ(法56条の2第1項本文)、本件みなし隣地境界線1から水平線で5メートルの範囲を超える土地の部分は、本件一団地認定敷地内となる。
エ したがって、本件日影制限は、本件鉄塔敷地との関係においては、本件一団地認定敷地である同一敷地内に対するものとなり、結局その制限は及ばない。
オ この点について、原告らは、本件鉄塔敷地に本件日影制限緩和規定は適用されない旨主張する。しかし、本件鉄塔敷地に本件日影制限緩和規定の適用があることについては前記アのとおりであるし、本件日影制限緩和規定が、本件鉄塔敷地に対する本件日影制限を緩和するものであることからすれば、原告らの上記主張は、行政事件訴訟法10条1項により、自己の法律上の利益に関しないものとして許されない。
(2)本件日影制限除外許可処分は、原告ら建物との関係においても不要のものであり、適法であることが明らかである。
すなわち、前記(1)のとおり、本件日影制限は、本件鉄塔敷地には及ばないし、また、本件建物は、原告らも自認するように本件建物敷地部分の隣地である原告ら建物の敷地に対して本件日影制限を超える日影を生じさせてはいない。したがって、本件日影制限除外許可処分は、原告らとの関係においては、本来不要のものである。本件日影制限除外許可処分は、原告らが、被告八王子市長との折衝において、同処分を行う必要性を主張したことから、念のため、問題がないことを確認するための事実上の行為として行ったものにすぎない。
(二)原告らの主張の要旨
(1)本件建物は、本件鉄塔敷地との関係において、本件日影制限を受けるところ、本件建物の本件鉄塔敷地における日影時間は、本件日影制限よりも3分ないし16分間超過している。
ア この点について、被告八王子市長は、本件鉄塔敷地に本件日影制限緩和規定の適用がある旨主張する。しかし、行政通達である「線路敷に係る敷地の斜線制限の取扱い」(昭和46.11.19住街発1164。甲23)は、斜線制限の緩和について、「基本的な考え方としては、斜線制限の緩和を考慮できるのは、その趣旨から考えて空き地等と同じ状態が担保できるものに限るなどできるだけ乱用を避けるべきである」としているところ、本件鉄塔敷地については、約50メートルもある極めて規模の大きい鉄塔があり、空き地等と同じ状態が担保できるものとはいえないから、その保安、防災等の法上の総合的観点からしても、本件日影制限緩和規定の適用はない。また、本件鉄塔敷地は、訴外東京電力株式会社の所有地であるから、将来、同土地が第三者に譲渡処分され宅地化される可能性が全くないとはいえない。
イ 被告八王子市長は、本件建物は、本件同一敷地内建築物認定処分を受けており、本件みなし隣地境界線1から水平距離で5メートルの線を超えるところは、本件一団地認定敷地の同一敷地内となるから、本件日影制限は及ばない旨主張する。
しかしながら、被告八王子市長の上記主張は、法86条の2第1項の認定処分を既に受けた2つの敷地を前提にした議論にすぎないところ、本件日影制限除外許可処分がされた時点においては、本件同一敷地内建築物認定処分はされていなかったのっであるから、同主張は失当である。
(2)原告らは、本件建物の完成によって、前記1(一)(2)記載のとおりの被害を被る。したがって、本件建物が、周囲の居住環境に対して悪影響を与えることは明らかであり、法56条の2第1項ただし書にいう「土地の状況等により周囲の居住環境を害するおそれがない」との要件を満たさない。
4 争点4
本件高さ制限除外許可処分の適法性、すなわち、本件建物が、本件高度地区計画4(3)にいう「周囲の状況等により環境上支障がない」の要件を満たすか否か等について。
(一)被告八王子市長の主張の要旨
(1)本件鉄塔敷地については、その用途・性質にかんがみて、本件高度地区緩和規定が適用される。その結果、本件鉄塔敷地と本件建物敷地との敷地境界線は、本件高さ制限の適用において、本件鉄塔敷地の幅の2分の1だけその外側にある線とみなされる(以下、この境界線を「本件みなし隣地境界線2」という。)。
したがって、本件建物は、本件高さ制限について、本件みなし隣地境界線2からの被告主張高度斜線Bによる制限を受けることとなる。すなわち、別紙6及び7記載の斜線部分である本件高さ制限適用部分が、本件鉄塔敷地との関係において、本件高さ制限に抵触することとなる。
しかしながら、本件建物は、原告ら建物との関係においては、前記1(二)(1)ア(イ)に記載のとおり、本件高さ制限により保護された日照に対する利益を何ら侵害していない。したがって、本件高さ制限除外許可処分は、原告らとの関係においては、無意味かつ不要のものであるから、適法であることが明らかである。
(2)本件建物は、以下のとおり、本件高度地区計画4(3)にいう「周囲の状況等により環境上支障がないと認められる建物」に該当し、本件高さ制限除外許可処分は適法である。
ア 本件高さ制限は、当該建物の北側隣地の日照等を確保しようとするものと解されるところ、本件建物の北側隣地である本件鉄塔敷地については、その性質・用途の特殊性にかんがみると、その日照等に対する影響を考慮する必要はない。
イ 前記1(二)(1)ア(イ)においてみたとおり、本件建物による原告ら建物に対する日照の影響は現実的には考えられない。また、本件建物は、原告ら建物に対し、冬至日において、本件日影制限を超える日影を生じさせていないし、春分秋分における日影も大きなものとまではいえない。
ウ 原告らは、本件建物により、眺望やプライバシー等に被害が生ずる旨主張する。しかしながら、本件建物が、原告ら建物の西側に位置しており、その主採光面の正面に位置するものではないこと、本件建物と原告ら建物との最近接距離が約28メートルないし180メートルであること等を総合して考えると、本件建物により、原告らの眺望、プライバシー等に対する大きな支障が生ずることはない。そもそも、仮に本件建物が原告らが適法と主張する11階建てであったとしても、β3号棟の最上階である9階からですら富士山の眺望は臨めない。また、本件建物に一番近いβ3号棟との距離は約28メートルであるところ、β1号棟ないし5号棟の相互間の間隔の方がこれよりも接近している。
エ 原告らが主張する風害は、仮に発生するとしても、本件建物の建築によるものであるか大いに疑問であるし、本件建物や原告ら建物付近の地形等による影響である可能性が高い。また、訴外三井建設株式会社が実施した風洞実験によると、本件建物の完成後において、それほど大きな風速の増減は認められず、住宅地としての風環境が維持される旨予測されている。また、東京都総合設計許可要綱(乙4)によれば、建物は敷地境界線から4.5メートル以上離せばよいのに対して、本件建物は、敷地境界線から7メートル後退させており、本件建物からの落下物の危険性を考えることはできない。
(二)原告らの主張の要旨
(1)本件建物は、本件高さ制限として、別紙8(八王子都市計画の変更第2種高度地区の高さ制限の概要2)記載の「本件建物敷地(C線)からの第2種高度斜線C」(以下「原告主張高度斜線C」という。)による制限を受け、別紙8記載の斜線部分が、本件高さ制限に違反する部分である。なお、被告八王子市長は、本件鉄塔敷地について、本件高度地区緩和規定の適用がある旨主張する。しかし、前記3(二)(1)アにおいて述べたとおり、本件鉄塔敷地に本件高度地区緩和規定の適用はない。
(2)原告らは、本件建物の完成によって、前記1(一)(2)記載のとおりの被害を被る。したがって、本件建物が、八王子都市計画高度地区計画4(3)にいう「周囲の状況等により環境上支障がない」という要件を満たさないことは明らかであり、本件高さ制限除外許可処分は、違法ないし無効である。なお、原告らの多くは、本件遊歩道と低層住戸群、建物から見下ろす別所坂公園、さらに富士山等の景観の素晴らしさが動機となって、区分所有建物を購入しており、購入の際に、売主から本件鉄塔敷地があるので、本件建物敷地部分に高い建物は建築不可能だとの説明を受けている。
5 争点5
本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分は、新住宅市街地開発法施行令4条1項3号の2に基づく民間住宅事業者向用地建設指針に違反したものであり、違法ないし無効な処分であるか。
(一)原告らの主張の要旨
(1)本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分は、新住宅市街地開発法施行令4条1項3号の2に基づく民間住宅事業者向用地建設指針(以下「本件建設指針」という。)に明白に違反しており、違法ないし無効な処分である。
ア 本件建物敷地部分及び原告ら建物の敷地を含むε地区は、都市基盤整備公団(以下「公団」という。)が、新住宅市街地開発法21条及び22条の施行者として、同法に基づく施工計画及び処分計画に従って、近鉄不動産等の第三者に売却処分した土地である。
イ 新住宅市街地開発法施行令4条1項3号の2は、施行者に対して、事業において定められた指針に従って事業を行うべきことを定めているところ、ε地区については、以下(ア)ないし(エ)のような内容を含んだ本件建設指針(甲10の3)が定められている。
(ア)基本方針
「…(中略)… 当該敷地では、隣接する西側谷戸部及びδ駅周辺からは勿論、京王線沿線、ニュータウン幹線沿いからの見えがかりや都立大方面からの遠望など、広範囲に渡る景観に十分配慮し、周辺街区とも調和のとれた質の高い居住環境となることを目指している。」
(イ)特定区域等に建設される住宅の位置
「西側谷戸部、隣接する集合住宅、公園・緑地に対する日影、景観に配慮すること。」
(ウ)留意事項(1)
「当該敷地はδ駅方面に向いて突き出した台地の先端に位置することから、計画する住宅については、周辺からの視認性が高く、ε地区の景観形成に大きな影響を与える特性を持っている。従って住棟の高さや配置を計画するにあたっては、多摩ニュータウン全体の景観保全の観点からこうした特性に十分配慮する必要がある。①住棟の配置は、δ駅からの景観に特に配慮すると共に、西側谷戸部及び南側歩行者専用道路に対し、圧迫感を与えないよう努めること。…(以下省略)」
(エ)留意事項(3)
「ε地区の骨格的空間の一つである南側歩行者専用道路沿いは、別所坂公園の緑と一体となった潤いのある空間とし、歩行者に快適な印象を与えるものとすること。…(以下省略)」
ウ 公団から本件一団地認定敷地を譲り受けた近鉄不動産は、本件建設指針に従って、その建築計画を定めるべきであるにもかかわらず、本件建物の建築計画は、本件建設指針のほとんどすべてを無視したものである。なお、本件建設指針に従い、本件遊歩道を挟んで建っているγ参番館及び四番館が3階建てに、本件遊歩道沿いにあるβ4号棟及び5号棟が4階建てに制限されて建築されており、原告らは、区分所有建物を購入する際、売主から、本件建物敷地部分は、公団所有の土地であるから当然に本件建設指針の基準が課せられるとの説明を受けた。
(2)公団が、新住宅市街地開発法22条1項の認可を得たことは事実であるが、このことは、本件建築計画が本件建設指針に合致していることを意味しない。すなわち、同認可は、公団から土地を譲り受けた者が将来において本件建設指針を当然に遵守することを前提にされたものであるが、近鉄不動産が現実に建築施工するものとして申請した本件建物の建築計画は、本件建設指針とは全く相反するものであったのである。
(二)被告八王子市長の主張の要旨
本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分は、法及び本件高度地区計画に基づくものである。したがって、仮に、原告らが主張するような違反があったとしても、別途、新住宅市街地開発法による是正がされるべきものであり、法及び本件高度地区計画に反することにはならない。
また、近鉄不動産は、公団の設計コンペにおいて、本件建設指針に従って審査された上で当選して本件一団地認定敷地を取得したのであるし、本件建物を含む本件一団地認定敷地内の建物の建築計画については、国土交通大臣によって、平成13年2月23日付けで新住宅市街地開発法22条1項に基づく認可がされている。
したがって、この点に関する原告らの主張には理由がない。
6 争点6
被告八王子市長が法56条の2第1項ただし書及び本件高度地区計画4(3)に基づく各許可処分についてその審査基準を明らかにしていないことが、本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分の違法ないし無効事由に該当するか。
(一)原告らの主張の要旨
行政手続法5条は、行政庁は、申請により求められた許認可等をするかどうかについての審査基準を公に明らかにしなければならない旨規定している。しかしながら、被告八王子市長は、法56条の2第1項ただし書及び本件高度地区計画4(3)に基づく各許可処分について、そもそも審査基準を定めていなかった。
したがって、本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分は、重大な手続上の瑕疵があるので、違法ないし無効な処分である。
なお、被告八王子市長は、行政事件訴訟法10条1項を根拠として、原告らの上記主張が許されない旨主張する。しかしながら、同法38条は、無効確認訴訟における取消訴訟の規定の準用対象から同法10条を除外しており、同法の立法担当者も、無効確認訴訟において同法10条を準用すべきではないと考えていた。したがって、被告八王子市長の上記主張は、少なくとも、本件訴えのうち本件各処分の無効確認を求める部分に関しては当てはまらない。
(二)被告八王子市長の主張の要旨
行政手続法5条の趣旨・目的は、許認可等を申請しようとする国民に対して、どのような場合に許認可等が得られるか、申請の際にどのような資料等を準備したらよいかなどについての予測を与え、もって、当該申請者らの利益を保護しようとするものと解すべきである。そうすると、上記原告らの主張は、自己の法律上の利益に関しないものであって、行政事件訴訟法10条1項に違反し、許されない。なお、無効確認訴訟も、取消訴訟と同様に違法な処分による権利利益の侵害を排除し、自己の権利利益の救済を図ることを目的とする主観訴訟であることにかんがみると、同項が無効確認訴訟に類推適用されることは明らかである。
また、仮に、本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分が、行政手続法5条に違反するとしても、同条は訓示規定とみる余地があり、申請者の利益を保護するものであることなどにかんがみると、同条に反することが直ちにこれらの処分を違法とするものではないと解すべきである。
7 争点7
本件同一敷地内建築物認定処分が行われた時点において、本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分が行われていなかったことが、本件同一敷地内建築物認定処分の違法ないし無効事由となるか。
(一)原告らの主張の要旨
法86条の2第1項に基づく認定処分をするためには、一団地敷地内の複数建築物がそれぞれの建物自体において何ら法に違反していないことが必要である。しかしながら、本件同一敷地内建築物認定処分がされた平成14年4月10日の時点では、本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分はいまだ存在しておらず、本件建物は、同時点において、明らかに違法な建築物であった。また、本件同一敷地内建築物認定処分の申請は、本来、本件建物が違法ではない場合に行われるべきであるにもかかわらず、本来両立が不可能である本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分の申請とともに行われており、これ自体が矛盾である。
(二)被告八王子市長の主張の要旨
法は、法86条の2第1項に基づく認定処分と法56条の2第1項ただし書に基づく許可処分及び本件高度地区計画4(3)に基づく許可処分との先後関係について、特に規定していない。したがって、仮に原告らが主張するようなことを問題とするとしても、本件公告がされ、本件同一敷地内建築物認定処分の効力が発生した日である平成14年4月12日の時点で、本件日影制限除外許可処分及び本件高さ制限除外許可処分はされていたのであるから、原告らの主張には理由がない。
また、被告八王子市長は、本件同一敷地内建築物認定処分の申請書及び添付書類の内容を審査した上で、「建築基準法第86条第1項、同条第2項及び第86条の2第1項の規定に基づく認定基準」(八王子市制定)に基づき本件同一敷地内建築物認定処分をしており、適法であることは明らかである。
8 争点8
本件建築確認処分が違法ないし無効であるか。特に、本件日影制限除外許可処分、本件高さ制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分の違法性が、本件建築確認処分に承継されるか否かについて。
(一)原告らの主張の要旨
本件建築確認処分は、その先行処分たる本件日影制限除外許可処分、本件高さ制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分に違法事由があることを看過してされた違法なものである。
この点について、被告建築センターは、先行処分である本件日影制限除外許可処分、本件高さ制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分について無効ないし取消の裁判が確定しない限り、後行処分である本件建築確認処分に対する取消訴訟は提起し得ない旨主張する。
しかしながら、先行処分について無効ないし取消しの裁判が確定することを待っている間に、後行処分である本件建築確認処分に基づく本件建物の工事自体は終了してしまうのが通例であるから、被告建築センターの上記主張によると、事実上、後行処分である本件建築確認処分についての取消訴訟の提起が不可能となってしまう。
一般論として先行処分の違法が当然には後行処分に承継されないとしても、先行処分の取消訴訟の出訴期間の厳守を要求することが必ずしも妥当でない特段の事情がある場合には、違法性の承継が認められるべきである。
(二)被告建築センターの主張の要旨
原告らが本件建築確認処分が違法である理由として主張するところは、被告八王子市長が行った本件日影制限除外許可処分、本件高さ制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分が違法であるということに尽きる。先行処分たる本件日影制限除外許可処分、本件高さ制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分と本件建築確認処分との間に共通の違法事由など存在せず、被告建築センターは、そもそも先行処分についての審査権限を有していないのであるから、先行処分の瑕疵を看過する違法など想定することはできない。先行処分がいまだ取り消されていないにもかかわらず、後行処分の取消訴訟内において先行処分の違法を主張することは許されず、先行処分の違法性は、あくまで先行処分の取消訴訟において主張すべきである。
指定確認検査機関である被告建築センターは、本件日影制限除外許可処分、本件高さ制限除外許可処分、本件同一敷地内建築物認定処分及び本件公告については、被告八王子市長がこれらを行ったのか否かをそれぞれ確認すれば足り、これらが適法であるか否かまで審査する権限はない。
したがって、本件建築確認処分が適法であることは明らかである。
第三争点に対する判断
一 争点1(原告適格)について
1 行政事件訴訟法9条は、処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる旨定めている。同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解される。そして、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も上記の法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通じて保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(以上については、最高裁判所平成4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁、同平成9年1月28日第三小法廷判決・民集51巻1号250頁等参照)。
また、行政事件訴訟法36条は、処分の無効等確認の訴えは、無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができる旨定めている。同条にいう「法律上の利益を有する者」の意義も、行政事件訴訟法9条について前記のとおり述べたところと同じであると解される(前掲最高裁判所平成4年9月22日第三小法廷判決参照)。
2 上記見地のもとに、原告らが、本件各処分の取消し又は無効確認を求める本件訴えについて、原告適格を有するのか否かにつき検討する。この点について、原告らは、本件建物によって、原告らが、日照侵害、眺望侵害、プライバシー等侵害及び風害を被ると主張し、そのことを理由として、原告らに原告適格がある旨主張する。
したがって、原告らが本件訴えについて原告適格を有しているといえるためには、本件各処分についての各根拠法規が、日照、眺望、プライバシー等及び風環境に対する利益を、個々人の個別的利益として保護しており、かつ、原告らが本件各処分により、そのような個別的利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがある者に当たることを要するというべきである。
(一)本件日影制限除外許可処分について
(1)本件日影制限除外許可処分の根拠法規である法56条の2第1項ただし書が、日照、眺望、プライバシー等及び風環境に対する利益を個々人の個別的利益として保護していると解することができるかについて、まず検討することとする。
ア 法56条の2第1項ただし書は、前記のとおり、対象区域内の建物について、「特定行政庁が土地の状況等により周囲の居住環境を害するおそれがないと認めて建築審査会の同意を得て許可した場合」には、法56条の2第1項本文による規制、すなわち本件日影制限の適用が除外されることを定めている。
イ そこで、本件日影制限についてみると、法56条の2第1項本文の規定は、建物による日影時間を制限するものであって、その内容は、前記第二、一、1(一)ないし(三)においてみたとおり、規制の及ぶ地域又は区域、制限を受ける建築物、冬至日における一定の日影時間、その測定方法等を客観的かつ具体的に明示する内容となっている。そして、日影による被害は、後述するように生命・身体の安全を直接侵害するものではないものの、長時間の日影、特に冬期における長時間の日影は、住環境の快適さを害し、ひいては居住者の健康にも影響し得るものであることにかんがみると、法56条の2第1項本文は、当該建物の近隣住民の日照に対する利益を、個々人の個別具体的な利益として保護するものであると解するのが相当である。
そうだとすると、このような本件日影制限の適用を除外する法56条の2第1項ただし書に基づく許可は、本件日影制限によって個々人の個別的利益として本来保護されていた日照に対する利益を制約し得ることとなるという法的効果を当然に持つということができるから、この許可によって本件日影制限により保護された日照に対する利益に影響を受けることとなる者は、法律上の利益を侵害されるおそれがある者に当たるというべきである。
別の観点からこれを説明すると、法56条の2第1項ただし書は、本件日影制限によって個々人の個別的利益として保護された日照に対する利益を制限することを可能ならしめるという法的効果を、その条文の構造上当然に有するのであるから、特定行政庁は、法56条の2第1項ただし書に基づく許可を行うにあたり、本件日影制限によって保護された日照に対する利益に対する影響の有無、程度等を個別具体的に考慮した上で、その可否を検討すべきことを要求されているものと解される。そうすると、法56条の2第1項ただし書は、本件日影制限によって保護された限度の日照に対する利益について、これを制限するか否かを特定行政庁による許可という行政処分に掛からしめることを通じて、これを個々人の個別的利益として保護する趣旨を含んでいるものと解することができる。
ウ ところで、法56条の2第1項ただし書が、日照に対する利益一般を個々人の個別的利益として、保護しているとまでいえるか否かについて、次に検討すると、前記イにおいて検討した諸点に加え、①法56条の2第1項ただし書による許可の要件は、「土地の状況等により周囲の居住環境を害するおそれがない」と認めるときと定められているだけであって、本件日影制限を除外する許可要件自体は、具体的なものとはいい難いこと、②同項本文は、「その地方の気候及び風土、土地利用の状況等を勘案して条例で指定する号に掲げる時間以上日影となる部分を生じさせることのないものとしなければならない。」と規定し、中高層の建築物によって生ずる日影を制限することによって、当該建築物の周囲の居住環境を良好に保つことを目的としていると解されるものの、一定地域の全体的な属性に着目した日影規制を行っており、必ずしも個々の建物の位置関係や実際の居住状況等に着目した規制を行っているわけではないこと、③日影による被害は、生命・身体の安全を直接侵害するものではないので、例えば建物倒壊や地盤の崩壊による被害などの場合のように、その性質上から、個々人の利益の侵害としてとらえやすいものであるとまではいえないことを総合勘案すると、同項ただし書は、前記イにおいて説示したとおり、具体的なものである本件日影制限によって保護された限度における日照を保護していると解することはできるものの、これを超えて、建物の近隣住民の日照に関する利益一般を個々人の個別的利益としてすべて法的に保護しているとまで解することはできないというべきである。
エ さらに、法56条の2第1項ただし書が、前記の日照に対する利益以外の眺望、プライバシー等及び風環境に対する利益を、個々人の個別的な利益として保護していると解することができるか否かについて検討すると、法56条の2第1項ただし書にいう「周囲の居住環境」に、個々人の眺望、プライバシー等及び風環境に対する利益を含めて考えることができないかが一応問題となる。
しかしながら、「周囲の居住環境を害するおそれがない」との文言は、一般的かつ抽象的なものといわざるを得ず、また、前記のとおり、法56条の2第1項ただし書に基づく許可は、本件日影制限を緩和することをその内容としていることにかんがみると、法56条の2第1項ただし書が、個々人の個別的利益として、眺望、プライバシー等及び風環境に対する利益を保護しているものと認めることは困難であるといわざるを得ない。
オ これに対して、原告らは、法は、建物の近隣住民の個別的、具体的な生活利益を保護しようとする趣旨に出たものであることは明らかであり、特に、風害については、その生命、身体の安全に侵害を与えるおそれがあることを重視すべきである旨主張する。
しかし、眺望やプライバシー及び平穏な居住と生活を営む利益に対する影響については、生命・身体の安全を直接害するものではないので、眺望、プライバシー等に対する支障が生じにくい良好な住環境を維持、形成しようとすることが、その性質上当然に個々人の利益の保護に当たるとまではいい難いこと、眺望やプライバシー等は、他の建物が新たに建築されることにより一定程度の影響を受けることが社会通念上当然に予想されるものであることからすると、明示的な定めなしに、法が個々人の個別的利益として眺望やプライバシー及び平穏な居住と生活を営む利益を保護していると解することはできないものといわざるを得ない。そして、法56条の2第1項ただし書及びその関係規定には、眺望やプライバシー等の保護に言及する条項は存在しないのであるから、原告らの上記主張は、採用することができない。
なお、証拠(甲28、29の1、2、30ないし33)及び弁論の全趣旨を総合すると、原告らの中には、その区分所有建物を購入する際、本件鉄塔敷地が存在することにより今後高い建築物は建設されることはないとの説明を受けるなどして、将来周辺に高い建築物が建たないと信じたり、あるいは、眺望の良さや豊富な空地・緑地による良好な周辺環境等を高く評価し、今後ともその眺望や良好な周辺環境等が維持されると信じたことが、当該区分所有建物を購入した大きな動機の一つとなった者が相当数いることが認められる。そうだとすると、本件建物の建築によりこのような信頼が裏切られることに対して抱くであろう原告らの不利益感の大きさは、十分に理解し得るところである。そして、近隣住民のこのような信頼が裏切られることとなった経緯及び理由については、当裁判所としても了解し難い点もあり、都市基盤整備公団や原告らに区分所有建物を分譲した者、あるいは本件建物の建築主等において近隣住民への十分な説明、配慮を尽くしたのか否か疑いも残るところではある。しかしながら、仮に、このような点に問題があったとしても、行政処分は、もちろん法令に従って行わなければならず、私人間の説明や信頼、期待等によって左右されることはできないのであるから、本件日影制限除外許可処分に関する実定法の定めが前示のとおりであり、結局、法によって保護されていたものとはいえない近隣住民の信頼、期待等が裏切られることとなったとしても、それ自体は不幸な現実ではあるものの、本件日影制限除外許可処分によって法律上の利益が侵害されるおそれがあるかという本件の問題の判断には何ら影響を与えるものではないといわざるを得ない。
また、風環境に対する利益については、①新たな建築物が風環境に与える影響は、当該地域に吹く風の方向・程度(季節、気候、天気等によっても日々異なり得ることは公知の事実である。)、既存の建物と当該新築建物との相互の位置関係、各建物の形状、当該地域の地形等が、相互に複雑に関係しあって生ずるものであること、②したがって、風害は、新たな建築物の建築のみによって生ずるものでも、新たな建築物の高さや大きさのみによって左右されるものでもないこと、③しかるに、法56条の2第1項ただし書は、このような客観的事情に何ら着目せずに、単に「周囲の居住環境を害するおそれがないと認め」という抽象的な定め方をしているにすぎず、前記のような風環境に関する地域性、気候、特定の既存建物と当該建築物との位置関係、各建物の形状、地形等に着目して、同項本文による規制を変更するものではないこと、また、④本件日影制限除外許可処分それ自体は、前記のとおり本件日影制限の適用を除外することを内容とするものであって、当該処分がされたことによる影響として当然に近隣の住民の生命、身体に侵害を与えることが予想されるものではないことにかんがみると、やはり、法56条の2第1項ただし書が個々人の個別具体的な利益として風環境に対する利益を保護していると解する余地はないものといわざるを得ない。
カ 以上によると、本件日影制限除外許可処分の根拠法規である法56条の2第1項ただし書は、本件日影制限によって保護されている限度の日照に対する利益を制限し得ることとなるという法的効果を有するから、このように保護された日照に対する利益について影響を受けるおそれのある者は、法56条の2第1項ただし書に基づく許可について、その取消し又は無効確認を求めることについて法律上の利益を有するというべきである。
他方において、法56条の2第1項ただし書が、上記を超えた日照に対する一般的利益、眺望、プライバシー等及び風環境に対する利益を、個々人の個別的利益として保護しているということはできず、これらに対する影響を受けることを根拠として、本件日影制限除外許可処分の取消し又は無効確認を求める訴えについての原告適格を有するということはできないものといわざるを得ない。
(2)次に、原告らについて、本件日影制限によって個々人の個別的利益として保護された日照に対する利益を侵害されるおそれがあるといえるか否かについて検討する。
この点につき、本件日影制限によって保護される日照に対する利益の内容は、前記のとおり、冬至日の真太陽時による午前8時から午後4時までの間、平均地盤面からの高さが4メートルの水平面において、所定の領域の日影時間が3時間又は2時間以内であるという限度における利益であるところ、本件建物が完成した場合に、本件建物が原告ら建物に対して、本件日影制限により保護された限度を超える日影を生じさせないことについては当事者間に争いがない。
そうだとすると、原告らは、本件日影制限除外許可処分によって、本件日影制限が個々人の個別的利益として保護している限度の日照に対する利益を侵害されるおそれがないことは明らかである。これを言い換えるならば、法56条の2第1項ただし書は同項本文とあいまって、当該建築物周辺の同項本文によって保護される一定範囲の近隣住民の日照に対する利益を個々人の個別的利益として保護していると解し得るものの、原告らは、このような保護のある範囲内の建物に居住する者とは認められないということになる。したがって、原告らは、本件日影制限除外許可処分の取消し又は無効確認を求める法律上の利益を有していないというべきである。
なお、この点について、原告らは、本件建物が本件鉄塔敷地との関係において、3分間ないし16分間の限度で、本件日影制限に違反している旨主張する。しかし、原告らは、本件鉄塔敷地上に居住する者ではなく、また、そこで長時間生活することがないことも明らかであるから、本件鉄塔敷地に対する日照の阻害を根拠として、原告らとの関係において、本件日影制限除外許可処分の取消し又は無効確認を求める法律上の利益を基礎付けることはできないものというべきである。
(3)以上のとおりであるから、原告らは、本件日影制限除外許可処分の取消し又は無効確認を求める法律上の利益を有していないといわざるを得ない。したがって、本件訴えのうち、本件日影制限除外許可処分の取消し又は無効確認を求める訴えは、原告適格を有していない不適法な訴えというべきである。
(二)本件高さ制限除外許可処分について
(1)本件高さ制限除外許可処分の根拠法規である本件高度地区計画4(3)が、日照、眺望、プライバシー及び風環境に対する利益を個々人の個別的利益として保護していると解することができるか否かについて、まず検討する。
ア 本件高度地区計画4(3)は、特定行政庁が、本件高さ制限を受けることとなる建物について、「その他公益上やむを得ないと認め、又は周囲の状況等により環境上支障がないと認められる建築物」に該当すると認めた場合に、あらかじめ建築審査会の同意を得た上で許可をすることによって、本件高さ制限の適用を除外するというものである。
イ そこで、まず、本件高さ制限についてみると、①本件高さ制限の前提となる高度地区の指定自体は、都市計画法9条16項により、「用途地域内において市街地の環境を維持し、又は土地利用の増進を図るため、建築物の高さの最高限度又は最低限度を定める地区とする。」と規定されており、都市計画上の観点から、公衆一般の共通的利益を保護する目的を有するものというべきであること、②しかし、本件高さ制限は、建築物の各部分の高さについて、前面道路の反対側境界線又は隣地境界線までの真北方向の距離に応じて、その高さを制限するという、いわゆる北側斜線の方式を採るものであるところ、このような北側斜線方式による高さの制限は、建物の北側隣地との境界線から、建物敷地の上空に向かって一定角度で斜線を引き、建物がこの斜線の上側にはみ出すことを許さないことによって、北側隣地の上空を一定角度で解放することをその内容としており、その性質上、当該建物の主として北側隣地に対する日照を確保する趣旨が含まれていると解されること、③本件高さ制限は、法58条を受けて八王子市が定めた本件高度地区計画に基づくものであって、本件日影制限に基づく建物の高さ制限に更に制限を加えるものであること、④本件高さ制限は、規制内容が一定の数値によるものであって、極めて具体的であること、⑤前記のとおり、日影による被害が居住者の健康にも影響し得るものであることを総合考慮すると、本件高さ制限は、当該建物の隣接地における日照を個々人の個別的利益として保護するものであるというべきである。
ウ そうだとすると、このような本件高さ制限の適用を除外する本件高度地区計画4(3)に基づく許可は、本件高さ制限によって個々人の個別的利益として保護された日照に対する利益を侵害し得ることとなるという法的効果を持つということができる。したがって、本件高度地区計画4(3)に基づく許可によって本件高さ制限により保護された日照に対する利益に影響を受けるおそれのある者は、その取消し又は無効確認を求めることについて、法律上の利益を有するというべきである。これを言い換えれば、本件高度地区計画4(3)は、個々人の個別的利益として本件高さ制限によって保護された日照に対する利益を制限することを可能ならしめるという法的効果をその条文の構造上当然に有することにかんがみると、特定行政庁は、本件高度地区計画4(3)に基づく許可をするか否かを判断する際に、本件高さ制限によって保護された日照に対する利益への影響の有無、程度等を個別具体的に考慮した上で、その可否を検討すべきことを要求されているものと解すべきである。そうだとすると、本件高度地区計画4(3)は、本件高さ制限によって保護された日照に対する利益について、これを制限し得るか否かを特定行政庁による許可という行政処分に掛からしめることを通じて、個々人の個別的利益としてこれを保護する趣旨を含んでいるものと解することができる。
エ ところで、本件高さ制限は、以上のとおり、建物の隣接地の日照に対する利益を個々人の個別的利益として保護したものと解されるが、その規制の仕方については、建物の北側の道路ないし隣地との真北方向の距離に着目した上で、建物の高さを制限するというものである。
しかし、前記前提となる事実のとおり、原告ら建物は、本件建物の北側ではなく、ほぼその東側に位置しているのであるから、本件高度地区計画4(3)が、本件高さ制限と相まって、建物の隣接地の日照に対する利益を保護しているとしても、当該建物の北側隣地以外の敷地その他に居住する近隣住民も、そのような保護のある一定範囲に居住する近隣住民に含まれ得るのか否かが問題となる。
そこで検討するに、本件高度地区計画は、いわゆる北側斜線制限の方式により、真北方向の距離に着目して、建物の部分の高さを制限しているのであるから、本件高さ制限が、主に北側隣地の住民等の日照に着目した上で作られた規定であることは明らかということができる。しかしながら、そもそも建物によって発生する日影というものは、太陽の位置の推移、建物や周囲の土地の状況等に応じて、多様な態様で、広範囲にわたって生ずるものであり、当然に北側隣地以外の土地にも生じ得るものである。また、北側隣地すなわち建物の真北方向に居住する者と、北側隣地からずれてはいるものの建物の隣接地に居住する者との間において、日照に対する利益の保護の必要性の程度に差があることは否めないとしても、北側隣地内に居住しているか否かのみを根拠として、その保護の必要性の有無を一律に画然と区別する理由は見いだし難いといわざるを得ない。このようにみてくると、本件高さ制限が、真北方向に着目して高さ制限をしたのは、前記のとおり日影については、多様な要素に応じて、多方向かつ多様な態様で生ずるものではあるが、日影が最も広がるのは建物の北側方向であるという事実に着目した上で、日影を制限するための基準として、真北方向の距離に着目したにすぎないと解すべきであって、本件高さ制限が北側斜線制限を採用したからといって、北側隣地のみの日照を保護し、他の隣接地における日照に対する利益は一切保護しないという規定であると解することは困難である。そうだとすると、本件高度地区計画4(3)は、本件高さ制限と相まって、近隣住民の日照に対する利益を個々人の個別的利益として保護する趣旨を含むものと解されるところ、その保護の範囲についてこれを特に北側のみに限定しているものではないと解するのが相当である。
したがって、本件高度地区計画4(3)に基づく許可については、本件高さ制限によって保護された日照に対する利益を侵害されるおそれがあるといえる者については、上記許可の取消し又は無効確認を求める訴えにつき法律上の利益を有するということができる。
オ さらに、本件高度地区計画4(3)が、これら日照に対する利益以外、すなわち眺望、プライバシー等及び風環境に対する利益を、個々人の個別的利益として保護しているといえるか否かについて検討すると、①本件高度地区計画4(3)にいう「公益上やむを得ないと認め、又は周囲の状況等により環境上支障がないと認められる建築物」という文言は、一般的かつ抽象的なものといわざるを得ないこと、②本件高度地区計画4(3)は、前記のとおりの本件高さ制限の適用を除外するものであること、③前記(一)(1)エ及びオにおいてみたような眺望、プライバシー等及び風環境に対する利益の性質を合わせ考慮すると、本件高度地区計画4(3)が、眺望やプライバシー及び平穏な居住と生活を営む利益を個々人の個別的利益として保護していると解することはできないものといわざるを得ない。
(2)次に、原告らが、本件高さ制限が個々人の個別的利益として保護している日照に対する利益を本件高さ制限除外許可処分によって侵害されるおそれがある者に当たるか否かについて検討する。
ア 甲第24号証の1ないし10、第41号証、第42号証、第43号証の1及び2、第44号証の1及び2、第48号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件建物が完成することによって、原告5ないし48、55及び56(以下「原告5ほか45名」という。)の所有する区分所有建物における別紙9(β3号棟西側各部屋の開口部)記載の各開口部において、以下(ア)ないし(ケ)のとおりの日照に対する影響が発生することが認められる。
(ア)β3号棟1階に居住している原告ら
原告5及び6は、開口部①から⑦において、冬至日の午後3時10分から午後4時30分までの間に、1時間ないし1時間20分の日影が、春秋分日の午後1時40分から午後5時20分までの間において、2時間30分ないし3時間の日影が発生する。そして、仮に本件建物が10階建て程度の高さだった場合に生じる日影と上記日影との差は、冬至日には存在せず、春秋分日において30分ないし2時間程度である(以下、この意味における日影の差を「差としての日影」という。)。
原告7及び8は、開口部⑧から⑩において、冬至日の午後3時50分から午後4時30分までの間に、20分ないし40分の日影が、春秋分日の午後2時30分から午後5時50分までの間に、3時間の日影が発生する。差としての日影は、冬至日には存在せず、春秋分日において30分程度である。
原告9は、冬至日の午後4時20分から午後4時30分までの間に、開口部⑪において10分の日影が発生し、春秋分日の午後3時から午後5時50分までの間に、開口部⑪から⑬において、2時間30分ないし2時間50分の日影が発生する。差としての日影は、冬至日には存在せず、春秋分日において20分ないし30分程度である。
(イ)β3号棟2階に居住している原告ら
原告10及び11は、開口部①から⑦において、冬至日の午後3時10分から午後4時30分までの間に、1時間ないし1時間20分の日影が、春秋分日の午後1時40分から午後5時20分までの間、2時間30分ないし3時間の日影が発生する。差としての日影は、冬至日には存在せず、春秋分日において30分ないし2時間30分程度である。
原告12の日照に対する影響は、原告7及び8と同様である。ただし、原告12の差としての日影は、春秋分日において、40分程度である。
原告55及び56の日照に対する影響は、原告9と同程度である。なお、甲第43号証の1及び2には、原告55及び56についての記載はない。しかしながら、原告55及び56は、β3号棟の2階204号室に居住しているところ、甲第24号証の1ないし4、第41号証、第42号証及び弁論の全趣旨によると、β3号棟の103号室に居住している原告9の日照に対する影響と同程度のものであると認めることができる。
(ウ)β3号棟3階に居住している原告ら
原告13ないし15は、開口部①から⑦において、冬至日の午後3時10分から午後4時30分までの間に、1時間ないし1時間20分の日影が、春秋分日の午後1時40分から午後5時20分までの間に、2時間30分ないし3時間の日影が発生する。差としての日影は、冬至日において10分、春秋分日において50分ないし2時間40分程度である。
原告16及び17の日照に対する影響は、原告7及び8と同様である。ただし、原告16及び17の差としての日影は、春秋分日において1時間程度である。
原告18及び19の日照に対する影響は、原告9と同様である。ただし、原告18及び19の差としての日影は、春秋分日において50分ないし1時間程度である。
(エ)β3号棟4階に居住している原告ら
原告20及び21は、開口部①から⑦において、冬至日の午後3時10分から午後4時30分までの間に、1時間ないし1時間20分の日影が、春秋分日の午後1時50分から午後5時20分までの間に、2時間20分ないし3時間の日影が発生する。差としての日影は、冬至日において10分、春秋分日において1時間10分ないし2時間40分程度である。
原告22及び23は、開口部⑧から⑩において、冬至日の午後3時50分から午後4時30分までの間に、20分ないし40分の日影が、春秋分日の午後2時30分から午後5時50分までの間に、3時間の日影が発生する。差としての日影は、冬至日には存在せず、春秋分日において1時間10分程度である。
原告24ないし26は、冬至日の午後4時20分から午後4時30分までの間に、開口部⑪において10分の日影が、春秋分日の午後3時から午後5時50分までの間に、開口部⑪から⑬において、2時間30分ないし2時間50分程度の日影が発生する。差としての日影は、冬至日には存在せず、春秋分日において1時間ないし1時間10分程度である。
(オ)β3号棟5階に居住している原告ら
原告27及び28は、開口部①から⑦において、冬至日の午後3時10分から午後4時30分までの間に、1時間ないし1時間20分の日影が、春秋分日の午後1時50分から午後5時20分までの間に、2時間20分ないし3時間の日影が発生する。差としての日影は、冬至日において10分、春秋分日において1時間40分ないし2時間30分程度である。
原告29及び30は、開口部⑧から⑩において、冬至日の午後3時50分から午後4時30分までの間に、20分ないし40分の日影が、春秋分日の午後2時30分から午後5時50分までの間に、3時間の日影が発生する。差としての日影は、冬至日には存在せず、春秋分日において1時間30分ないし1時間40分程度である。
原告31の日照に対する影響は、原告24ないし26と同様である。ただし、原告31の差としての日影は、春秋分日において、1時間10分程度である。
(カ)β3号棟6階に居住している原告ら
原告32及び33の日照に対する影響は、原告22及び23と同様である。ただし、原告32及び33の差としての日影は、春秋分日において、1時間40分ないし1時間50分程度である。
原告34及び35に対する日照の影響は、原告24ないし26と同様である。ただし、原告34及び35の差としての日影は、春秋分日において、1時間20分ないし1時間30分程度である。
(キ)β3号棟7階に居住している原告ら
原告36及び37は、開口部①から⑦において、冬至日の午後3時10分から午後4時30分までの間に、1時間ないし1時間20分の日影が、春秋分日の午後2時10分から午後5時20分までの間に、2時間ないし3時間の日影が発生する。差としての日影は、冬至日において30分ないし50分程度、春秋分日において2時間ないし3時間程度である。
原告38及び39は、開口部⑧から⑩において、冬至日の午後3時50分から午後4時30分までの間に、20分ないし40分の、春秋分日の午後2時30分から午後5時50分までの間に、3時間の日影が発生する。差としての日影は、冬至日において、0分ないし20分程度、春秋分日において2時間ないし2時間20分程度である。
原告40及び41は、冬至日の午後4時20分から午後4時30分までの間に、開口部⑪において10分の日影が、春秋分日の午後3時から午後5時50分までの間に、開口部⑪から⑬において2時間30分ないし2時間50分の日影が発生する。差としての日影は、冬至日には存在せず、春秋分日において1時間50分ないし2時間程度である。
(ク)β3号棟8階に居住している原告ら
原告42及び43は、冬至日の午後3時50分から午後4時30分までの間、開口部⑧から⑩において20分ないし40分の、午後3時10分から午後4時30分までの間、開口部⑭から⑰において50分ないし1時間の日影が、春秋分日の午後2時30分から午後5時50分までの間に、開口部⑧から⑩において3時間の日影が、午後2時10分から午後5時20分までの間に、開口部⑭から⑰において2時間30分ないし3時間の日影が発生する。差としての日影は、冬至日において開口部⑧から⑩において20分ないし40分程度、開口部⑭から⑰において50分ないし1時間程度、春秋分日において、開口部⑧から⑩において2時間40分ないし3時間程度である。
(ケ)β3号棟9階に居住している原告ら
原告45及び46は、冬至日の午後3時50分から午後4時30分までの間に、開口部⑧から⑩において20分ないし40分の、午後3時30分から午後4時30分までの間に、開口部⑱及び⑲において50分ないし1時間の、春秋分日の午後2時30分から午後5時50分までの間に、開口部⑧から⑩において3時間の、午後2時30分から午後5時20分までの間に、開口部⑱及び⑲において2時間30分ないし2時間50分の日影がそれぞれ発生する。差としての日影は、冬至日において、開口部⑧から⑩において20分ないし40分程度、開口部⑱及び⑲において50分ないし1時間、春秋分日において、開口部⑧から⑩において3時間程度、開口部⑱及び⑲において2時間30分ないし2時間50分程度である。
原告47及び48は、冬至日の午後4時20分から午後4時30分までの間に、開口部⑪において10分の、春秋分日の午後3時から午後5時50分までの間に、開口部⑪から⑬において、2時間30分ないし2時間50分の日照被害を受ける。差としての日影は、冬至日において10分程度、春秋分日において、2時間30分ないし2時間50分程度である。
イ 原告らのうち、原告5ほか45名以外の原告ら、すなわち原告1ないし4、49ないし54及び57ないし60(以下「原告1ほか13名」という。)については、本件建物の完成によって、その所有する区分所有建物の日照に対する影響が発生することは、本件全証拠によってもこれを認めることができない。
すなわち、原告1ないし4は、β1号棟に居住する者であるところ、甲第24号証の1及び2によると、β1号棟においては、春秋分日の午後4時ころに本件建物による日影が生じると解する余地がないではない。しかしながら、β1号棟は、本件建物のほぼ東北東の方向にβ3号棟を挟んで位置しており、そのバルコニーは南東方向を向いているところ、仮に上記のような日影が生じるとしても、本件建物によるものかは明らかではなく、かえってβ1号棟自身によるものとも解され、原告1ないし4について、本件建物によってその日照に影響が発生すると認めることはできない。その他、本件建物によって、原告1ないし4の日照に影響が発生することを認めるに足りる証拠はない。
原告49ないし52、54及び57ないし59は、β4号棟に居住する者であるところ、β4号棟は、本件建物のほぼ真東の方向にβ3号棟を挟んで位置しており、甲第24号証の1ないし10によると、春秋分日においてβ4号棟には本件建物による日影が発生していないことが認められ、その他、本件建物によって、β4号棟の日照に影響が発生することを認めるに足りる証拠はない。
原告52及び60は、γ参番館又はγ四番館に居住する者であるところ、両建物は、本件建物のほぼ東方向に位置しており、甲第24号証の1ないし10によると、春秋分日においてγ参番館又はγ四番館には本件建物による日影が発生しないことが認められる。その他、本件建物によってその日照に影響が発生することを認めるに足りる証拠はない。
また、原告53は、β3号棟の306号室に居住する者であるところ、甲第24号証の1ないし10によると、同306号室は、β3号棟の一番端にある区分所有建物であって、春秋分日において、306号室には本件建物による日影が発生しないことが認められる。その他、本件建物によって、その日照に影響が発生することを認めるに足りる証拠はない。
(3)ア 以上のとおり、原告5ほか45名については、本件建物の完成によって、その日照に影響が発生することが認められるところ、この点について、被告八王子市長は、本件建物のうち本件高さ制限の規制を受けるのは、別紙7記載のG棟の斜線部分である本件高さ制限適用部分であって、本件建物により原告らが受ける日影のうち、本件高さ制限適用部分による日影は、その余の本件既適格部分(別紙7記載のG棟の斜線が付されていない部分)による日影に吸収されてしまうから、本件高さ制限除外許可処分が原告らの日照に対して影響を及ぼすということはできない旨主張する。
そこで検討するに、確かに乙第1号証の1及び2によると、本件既適格部分のみによって発生するであろう日影を超えて、本件高さ制限適用部分による新たな日影は、ほとんど生じないことが認められる。
そして、本件高さ制限除外許可処分が周囲の日照に与える影響を検討するためには、本件建物によって現実に発生し得る日影を検討する必要があるというべきであり、その場合には、既に存在している別個の建物によって発生する日影や、そのような日影相互の関係なども考慮に入れるべきということがいえ、さらには、本件建物について、本件高さ制限除外許可処分の適用を受ける建物部分と本件高さ制限に抵触しない建物部分とを区別して考察することもまた必要な場合があるということは否定することができない。
イ しかしながら、仮に、本件高さ制限除外許可処分を受ける建物部分と本件高さ制限に抵触しない建物部分とを区別して考察する必要がある場合においても、このような区別は、本件高さ制限除外許可処分の取消し又は無効確認を求める法律上の利益があるか否かを判断する上で問題となるものである。したがって、このような区別を問題とすべきであるのは、本件高さ制限の適用が問題となる建物部分についてのみであるというべきである。
これを本件についていうならば、本件高さ制限の適用が問題となるのは、本件建物のうち本件鉄塔敷地の真南に位置している建物部分(別紙7記載の斜線部分)のみであって、その余の建物部分(別紙7記載の斜線部分以外の部分)については、そもそも高さ制限の適用は問題とならない部分であるということができ、同部分については、本件高さ制限除外許可処分の取消し又は無効確認を求める法律上の利益の有無を検討する上で考慮の対象とすべきものではないというべきである。
被告八王子市長の前記主張は、本件既適格部分のうち被告主張高度斜線Bを超える建物部分によって生ずるであろう日影を前提としたものであるところ、上記建物部分は、そもそも本件高さ制限の法的効果が問題とならない部分であって、本件高さ制限除外許可処分の取消し又は無効確認を求める法律上の利益の有無を検討する上で考慮の対象とすべきものではない。被告八王子市長の前記主張は、ある許可処分を行うことによって建築可能となった建物(仮にA建物という。)によって生ずる日影を検討する場合において、隣接地に当該許可処分の有無が問題とならない高層の別個の建物(仮にB建物という。)が建設可能であり、A建物によって生じる日影以上の日影がB建物によって生じ得るとして、それを前提に議論するのと同じことであって、妥当ではないことは明らかというべきである。
ウ また、別の観点から被告八王子市長の前記主張について検討すると、乙第5号証及び弁論の全趣旨によると、近鉄不動産は、高層建築である本件建物の建築を計画して、被告八王子市長に対し、本件建物の用途、構造及び階数を明らかにした上で、本件高さ制限除外許可処分の申請を行ったのであり、被告八王子市長としても、本件既適格部分ないし本件高さ制限適用部分を区別するのではなく、本件建物全体の構造、本件建物が周囲に与える影響等を検討した上で、本件高さ制限除外許可処分を行ったものと認められ、近鉄不動産が本件既適格部分のみからなる不整形の建物を建築するとは到底考えられない。さらに、甲第45号証の1ないし3、47号証の1及び2並びに弁論の全趣旨によると、そもそも、建築基準関係法令を遵守した上で、本件既適格部分のみによる建物を建築することは相当に困難であると認められる。そうだとすると、被告八王子市長の前記主張は、予定建物の階数や高さよりも少ない階数あるいは低い建物に変更する場合のように、社会通念上、そのような変更もあり得る場合の議論とは異なるものであって、本件高さ制限の適用が問題とならないような建物部分からなる建物の建設があり得るか否かという点を度外視して、観念上想定し得るにすぎない建物部分を勝手に想定して、それによる日影の影響を前提として論ずる主張であり、この点からも、法的に保護された利益の侵害のおそれがあるか否かを判断するという原告適格の判断の仕方としては失当であることが明らかというべきである。
(4)なお、上記検討によると、本件高さ制限除外許可処分の取消し又は無効確認を求める法律上の利益を検討するためには、厳密にいうと、本件建物のうち、本件鉄塔敷地の真南にある建物部分について、24階建ての場合の建物部分による日影と、本件建物のうち本件高さ制限に抵触しない建物部分、すなわち本件鉄塔敷地の真南に位置する建物部分のうち、いわゆる北側斜線制限によって上部を切り取った残りの建物部分による日影とを比較することが必要となる。そして、その場合には、本件高度地区計画緩和規定の適用があるか否か、すなわち、上記北側斜線が、被告主張高度斜線Bであるのか、原告主張高度斜線Cであるのかを判断することが必要であるということになる。
しかしながら、本件建物が24階建てであること、本件高さ制限における北側斜線の入射角の程度、被告主張高度斜線Bと原告主張高度斜線Cとは約5メートルの差にすぎないこと(弁論の全趣旨により認められる。)に、前記認定のとおりの原告5ほか45名の日照に対する影響の内容、特に差としての日影が発生することを総合考慮すると、いずれにせよ、原告5ほか45名の日照に対する利益については、本件高さ制限除外許可処分による影響があると推認するのが相当である。
(5)以上によれば、原告5ほか45名については、本件建物の完成によって、その居住する区分所有建物に対する日照に影響が発生するのであるから、日照に対する利益への影響を根拠として、本件高さ制限除外許可処分の取消し又は無効確認を求める法律上の利益を有しており、原告適格があるというべきである。他方において、原告1ほか13名については、その居住する区分所有建物に対する日照への影響が発生すると認めることができないから、結局、本件訴えのうち、本件高さ制限除外許可処分の取消し又は無効確認を求める訴えについては、原告適格がなく、不適法であるというべきである。
(三)本件同一敷地内建築物認定処分について
(1)本件同一敷地内建築物認定処分の根拠法規である法86条の2第1項は、公告対象区域内(本件においては、本件一団地認定敷地内がこれに当たる。)において、法86条1項又は2項の規定により同一敷地内にあるものとみなされる建築物(本件においては、別紙4記載のA棟からE棟までがこれに当たる。)以外の建築物(本件においては、本件F棟及び本件建物がこれに当たる。)を建築しようとする者は、国土交通省令で定めるところにより、当該建築物の位置及び構造が、当該公告対象区域内の他の同一敷地内建築物の位置及び構造との関係において、安全上、防火上及び衛生上支障がない旨の特定行政庁の認定(本件では、本件同一敷地内建築物認定処分がこれに当たる。)を受けなければならない旨定めている。
(2)そこで検討するに、法86条の2第1項は「他の同一敷地内建築物の位置及び構造との関係において安全上、防火上及び衛生上支障がない旨の特定行政庁の認定」との文言を用いており、このような文言にかんがみれば、同項による認定は、既に法86条1項又は2項による認定を受けた一団地内の複数建築物の存在を前提として、公告対象区域内のこれら複数建築物と新規の当該建物相互の関係において、支障が生ずることを防止することを目的とする規定であることが明らかというべきである。そして、原告らは、上記A棟ないしF棟あるいは本件建物に居住する者ではなく、本件一団地認定敷地外にその区分所有建物を所有する者であるから、法86条の2第1項によって、個々人の個別的利益として何らかの利益を保護されているとみる余地はないものといわざるを得ない。
(3)なお、法86条の2第4項は、この認定を受けた建築物について、法86条1項及び2項を準用する旨定めており、さらに、同条1項は、所定の認定がされた場合に、一団地内の複数の建築物につき、法52条、56条、56条の2等を含む多数の「特例対象規定」の適用については、これらの建築物を同一敷地内にあるものとみなす旨定めている。
したがって、法86条の2第1項に基づく認定は、法86条1項が摘示する特例対象規定に基づく諸制限を緩和するなどの法的効果を有するということができる。そして、このような特例対象規定には、建築物の容積率制限を定めた法52条や、高さ制限について定めた法56条が含まれていることにかんがみると、法86条の2第1項による認定が、結果的に公告対象区域の外の住民の日照等に対して影響を与える場合もあり得ることも否定することができない。
しかしながら、法86条の2第4項が、特例対象規定をその緩和の対象とした趣旨は、法が一つの建物について一つの敷地を想定することを原則としていることから、法86条1項又は2項により複数建物が同一敷地内にあるとみなされていても、同敷地内に新規に建築物を建てる場合には、上記複数建物と新規建物は別個の敷地にあることとなり、その相互において斜線制限等が問題となるところ、これを避けるためのものであって、公告対象区域外の土地との関係で問題となっている何らかの法的制限を緩和する目的及び法的効果を有するわけではない。
そうだとすれば、法86条の2第1項による認定が結果的に、公告対象区域の外の住民の日照等に対して影響を与え得るとしても、このことは、公告対象区域外の住民において、同認定の取消し又は無効確認を求めることについて法律上の利益を有することの根拠とはなり得ないというべきである。
(4)以上によれば、本件同一敷地内建築物認定処分の根拠法規である法86条の2第1項が、原告らの日照、眺望、プライバシー等及び風環境に対する利益を、個々人の個別的利益として保護していると解することはできない。そうすると、これら利益に対する影響を根拠として、本件同一敷地内建築物認定処分の取消し又は無効確認を求める法律上の利益があり、原告適格を有するということはできないというべきである。
したがって、本件訴えのうち、本件同一敷地内建築物認定処分の取消し又は無効確認を求める訴えについては、不適法であるといわざるを得ない。
(四)本件建築確認処分について
本件建築確認処分は、被告建築センターが、本件建物について、法6条にいう「建築基準関係規定(この法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定…(中略)…)に適合するものであること」を確認したものである。そして、本件高さ制限は、法58条を受けて八王子市が定めた本件高度地区計画に基づくものであるから、本件建物が本件高さ制限に違反していないことは、当然に本件建築確認処分による確認の対象に含まれていたということができる。
そして、本件高さ制限及び本件高度地区計画4(3)が隣接地の居住者の日照に対する利益を個々人の個別的利益として保護するものであること、また、本件建築確認処分の対象である本件建物が完成することによって、原告5ほか45名が、その日照に対して影響を受けるおそれがあることについては、前記(二)(2)においてみたとおりであるから、原告5ほか45名は、本件建築確認処分の取消し又は無効確認を求める法律上の利益を有するというべきである。
他方において、原告1ほか13名については、本件建物が完成することによって、その日照に影響を受けるとは認められない。また、本件建物の完成による被害である旨同原告らが主張する、眺望、プライバシー等及び風害に対する利益については、前記のとおり、本件日影制限除外許可処分、本件高さ制限除外許可処分又は本件同一敷地内建築物認定処分の各根拠法規が個々人の個別的利益としてこれを保護していると解することはできない。さらに、本件建築確認処分が、これらの利益を個々人の個別的利益として保護していると解すべき根拠となる法の規定も存しない。したがって、原告1ほか13名は、本件建築確認処分の取消し又は無効確認を求める法律上の利益を有しておらず、原告適格がないというべきであるから、その訴えは不適法である。
(五)以上のとおりであるから、原告らは、いずれも、本件日影制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分の取消し又は無効確認を求める訴えの原告適格がなく、また、原告5ほか45名については、本件高さ制限除外許可処分及び本件建築確認処分の取消し又は無効確認を求める訴えの原告適格を有するといえるが、原告1ほか13名については、本件高さ制限除外許可処分及び本件建築確認処分の取消し又は無効確認を求める訴えの原告適格も有しないというべきである。
したがって、本件訴えのうち、本件日影制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分の取消し又は無効確認を求める訴えについては、争点2、3及び7について検討するまでもなく、いずれも不適法であり、本件訴えのうち、原告1ほか13名が本件高さ制限除外許可処分及び本件建築確認処分の取消し又は無効確認を求める訴えについては、争点2ないし8について検討するまでもなく、不適法であるというべきである。
二 争点2(審査請求前置)について
1 原告5ほか45名のうち、原告9、18ないし23、27ないし30、32、33、40、42、43及び45ないし48が、本件高さ制限除外許可処分及び本件建築確認処分について、八王子市建築審査会に対する審査請求を経ていることは、前記前提となる事実のとおりである。
この点について、被告八王子市長は、本件高さ制限除外許可処分は、本件高度地区計画に基づく処分であって、法及びその付属法令に基づく処分ではないから、八王子市建築審査会に対する審査請求は不適法である旨主張する。
そこで検討するに、法94条及び96条は、「建築基準法令の規定」による特定行政庁、指定確認検査機関等の処分又はこれに係る不作為に不服がある者は、建築審査会に対して審査請求をすることができ、上記処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求に対する建築審査会の裁決を経た後でなければ、提起することができない旨規定している。そして、上記「建築基準法令の規定」については、法6条1項において、「この法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定」と定義されている。そして、本件高さ制限除外許可処分は、法58条にいう都市計画において定められた内容にかかわるものであって、その法的効果は、結局は、同条に基づくものであるから、この「建築基準法令の規定」に該当することは明らかというべきである。したがって、被告八王子市長の上記主張は、採用することができない。
2 原告5ないし8、10ないし17、24ないし26、31、34ないし39、41、44、55及び56が、本件建築確認処分について、原告55及び56が、本件高さ制限除外許可処分について、八王子市建築審査会に対する審査請求を行っていないことについては、当事者間に争いがない。
この点について、同原告らは、行政事件訴訟法8条2項2号にいう「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たるとして、建築審査会の裁決を経ることなく本件訴えを提起したものである旨主張する。
しかしながら、行政事件訴訟法8条2項1号及び2号は、審査請求に対する裁決を経ることを要求することによって取消訴訟の出訴が遅延することとなる場合に、これによる弊害を回避するために例外的に裁決を経ることなく直ちに取消訴訟を提起することを認めたものであるから、そもそも審査請求の申出の期間及び取消訴訟の出訴期間を超えてから、取消訴訟を提起した本件について、行政事件訴訟法8条2項1号及び2号の適用がないことは明らかというべきである。
したがって、本件訴えのうち、原告5ないし8、10ないし17、24ないし26、31、34ないし39、41、44、55及び56による本件建築確認処分の取消しを求める訴え並びに原告55及び56による本件高さ制限除外許可処分の取消しを求める訴えについては、いずれも法96条に反する訴えとして、不適法であることが明らかというべきである。
三 争点5(民間住宅事業者向用地建設指針違反)について
原告5ほか45名については、争点4ないし6及び8が問題となるところ、このうち、争点4ないし6については、いずれも本件高さ制限除外許可処分の適法性についてのものである。以下においては、便宜上、争点5及び6を検討した上で、争点4を検討する。
1 原告らは、本件高さ制限除外許可処分は、本件建設指針に明白に違反しているから、違法ないし無効な処分である旨主張する。
そこで検討するに、甲第10号証の3及び弁論の全趣旨によると、本件建設指針は、新住宅市街地開発法施行令4条1項3号の2イに基づく指針であると認められる。そこで新住宅市街地開発法及び同法施行令についてみると、下記のとおりの定めがある。
記
新住宅市街地開発法23条
処分計画においては、造成宅地等は、政令で特別の定めをするものを除き、少なくとも次の各号に掲げる要件を備えた者を公募し、それらの者のうちから公正な方法で選考して譲受人を決定するように定めなければならない。…(中略)…
一 自己若しくは使用人の居住又は自己の業務の用に供する宅地を必要とする者であること
二 譲渡の対価の支払能力がある者であること
新住宅市街地開発法施行令4条1項
処分計画においては、次に掲げる造成宅地等は、公募をしないで譲受人を決定するものとして定めることができる。
一ないし三 …(略)…
三の二
住区内の公共施設又は公益的施設(公園、学校、鉄道の停車場、購買施設その他の国土交通省令で定めるものに限る。)の用に供する土地の近隣の特定の区域(…(中略)…以下「特定区域」という。)において次に掲げる要件に該当する事業を行う者であつて、当該事業を遂行するために必要な資力、信用及び技術的能力を有する者(…(中略)…)が当該事業の用に供する造成宅地等
イ 健全かつ良好な住宅市街地の開発を促進するため、特定区域内に建設されるべき集団住宅(通路、児童遊園等の附帯施設を含む。以下同じ。)が良好な居住環境を形成することとなるために必要な事項として国土交通省令で定める事項につき、当該処分計画において定める指針に従つて行われる事業で、当該事業に係る計画がその開発を促進する上で最も適切かつ効果的な計画であるものであること。
ロないしホ
…(略)…
四ないし六 …(略)…
以上の規定内容にかんがみると、本件建設指針の根拠規定である新住宅市街地開発法施行令4条1項は、施行者が、本来公募で定めるべき譲受人を、例外的に公募をしないで決定できる場合として、同項各号をそれぞれ定めているということができる。そして、本件建設指針は、同施行令4条1項3号の2イに基づく指針であるから、本件建設指針については、施行者である公団が同法23条に定める公募をすることなく譲受人を決定する場合において、当該譲受人が従うべき指針であるというべきである。ところが、本件については、甲第33号証及び弁論の全趣旨によると、近鉄不動産は、本件一団地認定敷地について、同法23条に定める公募の手続を経た上でこれを公団から譲り受けたことが認められる。そうだとすると、近鉄不動産は、原告5ほか45名がその根拠とする新住宅市街地開発法施行令4条1項に基づく本件建設指針を遵守すべき理由はないものといわざるを得ない。また、新住宅市街地開発法及び同法施行令を精査しても、公募を経て本件一団地認定敷地を取得した近鉄不動産が本件建設指針に従うべきことを定めた規定は見当たらない。
以上によれば、被告八王子市長が、本件高さ制限除外許可処分を行う際に、本件建設指針をその参考にすることはあり得るとしても、そもそも本件建物が本件建設指針に適合していなければならないということを認めることができないのであるから、被告八王子市長において、本件建物が本件建設指針に適合していないとして本件高さ制限除外許可処分の申請を却下すべき義務があるということはできない。
したがって、この点に関する原告5ほか45名の前記主張には、理由がないというべきである。
四 争点6(審査基準の不開示)について
1 原告5ほか45名は、被告八王子市長が、本件高度地区計画4(3)に基づく許可について、その審査基準を明らかにしていないことが、本件高さ制限除外許可処分の違法ないし無効事由に該当する旨主張する。
2 そこで検討するに、確かに、行政手続法5条1項は、行政庁は、申請により求められた許認可等をするかどうかを判断するために必要とされる審査基準を定めるものとする旨規定し、同条2項は、行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、当該許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない旨規定し、同条3項は、行政庁は、一定の場合を除き、審査基準を公にしておかなければならない旨規定している。また、同法12条1項は、行政庁は、不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分とするかについて判断するために必要とされる処分基準を定め、かつ、これを公にしておくよう努めなければならない旨規定し、同条2項は、行政庁は、処分基準を定めるに当たっては、当該不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない旨規定している。
このような行政手続法の規定にかんがみると、八王子市長は、本件高度地区計画4(3)に基づく許可をするか否かについて、同法5条にいう審査基準として、何らかの具体的な基準を定め、これを公にすべき法的義務があるということができる。なお、本件高度地区計画4(3)に基づく許可は、本来的には、その申請をした者に対する受益処分であるが、同時に、その対象となる建物の近隣住民との関係においては、これら住民の日照に対する利益を侵害し得るものであるから、近隣住民との関係においてみても、その審査基準を定めることが望ましいということができる。
3 そこで、本件についてみるに、弁論の全趣旨によると、被告八王子市長は、本件高度地区計画4(3)に基づく許可について何らの審査基準を定めていないことが認められる。そして、甲第3号証、第4号証、第32号証、第33号証、第38号証の3及び4及び弁論の全趣旨によると、本件高度地区計画4(3)の解釈、特に本件高度地区計画緩和規定の適用の有無及びその内容、本件高度地区計画4(3)が適用されるか否かについて、近鉄不動産ないしは八王子市の担当者の説明は十分でなかった点があり、その説明内容が変遷するなどしたこと、また、原告らに対して、この点について充分な説明のされないままに本件高さ制限除外許可処分がされ、その後の説明も十分とはいえなかったことが認められる。仮に、被告八王子市長において、本件高度地区計画4(3)を含む本件高度地区計画について、何らかの審査基準が作成されていたならば、本件のような紛争に至らなかったかどうかは別論としても、少なくとも原告ら住民と八王子市側との行き違いや認識の食い違いを避けることが可能であったかもしれないということができる。そうだとすると、被告八王子市長が本件高度地区計画4(3)に基づく許可について何らの審査基準を定めていなかったことは、著しく妥当性を欠くものであるということができる。
4 しかしながら、八王子市において、本件高度地区計画4(3)に基づく許可につき何らの審査基準を定めていなかったことは、本件高さ制限除外許可処分それ自体の違法ないし無効事由になるということはできないというべきである。すなわち、行政手続法は、あくまで許認可等の申請者の利益のための法律であり、審査基準を定めなかった場合の効果については何ら定めていない。また、審査基準を定めたか否かという問題は、審査基準を定めないままに現実に行われた処分が適法であるかどうかとは全く別次元の問題というべきであり、審査基準を定めていないことが、当該処分の違法性を間接的に基礎付ける何らかの間接事情になり得ることはあるとしても、審査基準を定めなかったそのこと自体が、現実に行われた当該処分が違法である理由とならないことは明らかというべきである。
したがって、原告5ほか45名の前記主張には理由がないというべきである。
五 争点4(本件高度地区計画4(3)の要件の充足等)について
1 本件高さ制限除外許可処分の根拠法規である本件高度地区計画4(3)は、特定行政庁が、本件高さ制限を受ける建物について、「公益上やむを得ないと認め、又は周囲の状況等により環境上支障がないと認められる建築物」に該当すると認めた場合には、あらかじめ建築審査会の同意を得た上で許可をすることにより、本件高さ制限による制限を免れる旨規定しているところ、前記前提となる事実のとおり、被告八王子市長は、本件高さ制限除外許可処分について、あらかじめ八王子市建築審査会の同意を得ている。そして、甲第33号証、乙第5号証及び弁論の全趣旨によると、被告八王子市長が、本件建物について「周囲の状況等により環境上支障がないと認められる建築物」に該当すると認めて、本件高さ制限除外許可処分を行ったことが認められる。
そこで、さらに進んで、被告八王子市長が、本件建物について「周囲の状況等により環境上支障がないと認められる建築物」であると認めたことの適否について検討することとする。
2 なお、弁論の全趣旨によれば、本件鉄塔敷地との関係において本件高さ制限に抵触することから、本件高さ制限除外許可処分がされたものと認めることができる。しかし、本件鉄塔敷地について本件高度地区計画緩和規定の適用があるのか否かについては、当事者間に争いがあり、この点について原告ら住民と八王子市側との協議が相当に重ねられていた(弁論の全趣旨により認められる。)というのであるから、念のため、まず、この点につき検討することとする。
本件高度地区緩和規定は本件高さ制限についての緩和規定であるところ、前記のとおり、本件高さ制限は当該建物の隣接地の日照を保護することを目的とした規定であること、本件高度地区緩和規定の文言は、「水面、線路敷その他これらに類するもの」として、当該土地の性質に着目した内容となっていることにかんがみると、本件高度地区緩和規定の適用があるか否かは、その適用が問題となる土地の日照を保護する必要があるか否かという観点から判断するものと解すべきである。そして、本件鉄塔敷地についてこれを検討するに、本件鉄塔敷地を所有しているのは訴外東京電力株式会社であり、本件鉄塔敷地にある鉄塔の性質・規模、本件鉄塔敷地が第三者に譲渡され宅地化されるということは容易には考え難いこと、本件鉄塔敷地内で人が生活することはないことを総合考慮すると、本件鉄塔敷地についてその日照を保護する必要性はほとんどないということができる。
したがって、本件鉄塔敷地は、本件高度地区緩和規定にいう「水面、線路敷その他これらに類するもの」に該当するというべきである。
3 そこで以下、被告八王子市長が、本件建物について、「周囲の状況等により環境上支障がないと認められる建築物」であると認めたことが適法か否かについて検討する。
この点について、原告5ほか45名は、本件建物が完成することによって、自己の日照、眺望、プライバシー等及び風環境に対する利益が侵害される旨主張し、このことをとらえて、被告八王子市長が本件建物について「周囲の状況等により環境上支障がないと認められる建築物」であると認めたことは違法である旨主張する。したがって、以下においては、原告5ほか45名が上記のとおり主張する、日照、眺望、プライバシー等及び風環境に対する影響についてそれぞれ検討した上で、本件高さ制限除外許可処分の適法性について判断することとする。
(一)日照に対する影響について
原告5ほか45名は、本件建物が完成することによって、前記一、2(二)(2)アにおいて認定したとおりの日照に対する影響を被ることとなる。そこでその日照に対する影響の内容についてみるに、最も日照の重要性が高い冬至日における日影の内容について検討すると、原告5ほか45名は、その区分所有建物のバルコニーにおいて、10分から最長の者で1時間20分の日影を受けることが認められる。しかしながら、これらの日影時間は長時間とはいえない上、いずれの日影も、その重要性が相対的には低い午後3時ないし4時20分以降に生じる日影である。しかも、原告5ほか45名のうち、β3号棟の1階ないし5階に居住している原告5ないし31についてみた場合、本件建物が10階建てである場合と24階建てである場合との日影の差については、原告13ないし15、20、21、27及び28が開口部で10分間の差が出るのを除き、それ以外の原告らにおいては、そもそも日影の差は発生していないということができる。また、その余の原告らも、最長で1時間程度の差があるだけである。このような冬至日における日影が発生する時間帯、日影時間、差としての日影等を総合考慮すると、上記冬至日における日影が、原告5ほか45名の生活に与える影響は、小さいというべきである。
次に、原告5ほか45名の春秋分日における日影の内容をみると、その区分所有建物のバルコニーにおいて、2時間30分ないし3時間程度の日影を受け、本件建物が10階建てである場合と24階建てである場合との日影の差も最長では3時間に及ぶというものであって、相当時間の日影が生ずるということができる。しかしながら、上記日影については、そのほとんどが午後2時以降に発生するというものであり、その季節、時間帯、日影時間、差としての日影等を総合考慮すると、上記日影が、原告5ほか45名の生活に与える影響は、著しく大きいとまでは認めることができない。
以上の検討に加え、本件高さ制限除外許可処分は、本件鉄塔敷地との関係で問題となっているところ、前記2において検討したとおり、本件鉄塔敷地の日照については保護する必要がないこと、また、本件鉄塔敷地を囲む形で、近鉄不動産が所有する本件一団地認定敷地が存在しており、これら敷地との関係における日影も考慮する必要がないことを合わせ考えると、原告5ほか45名の日照に対して本件建物が与える影響は、本件建物について、「周囲の状況等により環境上支障がない」との要件を満たさないということを基礎付ける事情ということはできないといわざるを得ない。
(二)眺望やプライバシー等に対する影響について
眺望やプライバシー等に対する利益については、そもそも本件高さ制限及び本件高度地区計画によって、個々人の個別的利益として保護されているものと認めることができないことについては、前記一、2(二)(1)オのとおりである。したがって、本件建物が原告5ほか45名の眺望及びプライバシーに影響を与えるとしても、このことから当然に、本件高さ制限除外許可処分が違法となるということはできないというべきである。
さらに眺望やプライバシー等が守られている状態を一般的な良い環境の一部ととらえてみても、他の建物によって眺望が妨げられないという状態及び他の建物からのぞかれるなどしてプライバシーが侵害されることのない状態、あるいは平穏に居住、生活することができる状態というものは、たまたま隣接地に住居等がないことによって享受されているものであるところ、隣接地に建物を建てるか否かは基本的に当該土地の所有者において自由に決定され、これを制限するには法令によるべきものである。したがって、その性質上、他の建物の建築によって眺望やプライバシー等の保護に良好な状態が悪影響を受けることとなっても、特段の事情があると認められない限り、これを受忍せざるを得ないものということができる。
これを本件について検討するに、甲第26号証、第27号証の1ないし4、第35号証、第40号証の1ないし4及び弁論の全趣旨によると、本件建物が建つことによって、原告5ほか45名の眺望及びプライバシーに対する悪影響が生じることが認められ、殊に、β3号棟の西側に居住する者については、本件建物の規模が大きいことによる景観上の圧迫感には相当なものがあると認めることができる。また、前記認定のように、原告5ほか45名のうちの相当数の者が、①β3号棟付近の景観、区分所有建物からの見晴らしの良さを、区分所有建物を購入する際の大きな動機としていたこと、②また、その区分所有建物を購入する際に、本件鉄塔敷地が存在することにより今後高い建築物は建設されることはないとの説明を受けるなどしたこと、③眺望の良さを高く評価し、今後ともその眺望が維持されると信じたことが認められる。そして、そのような原告らの立場に立ってみれば、自己の所有する区分所有建物の近くに、24階建てという相当に巨大な建物である本件建物が建設されることとなってしまうことについては、大きな被害感情を抱くことも想像に難くない。
しかしながら、本件高さ制限及び本件高さ制限除外許可処分は、もともと眺望及びプライバシー等に対する利益については個々人の個別的利益として保護しているものとは解されないこと、前述したとおりの他の建物との関係における眺望及びプライバシー等の利益の性質、さらに、本件建物とβ3号棟との距離が最近接距離でも約28メートル離れていることや、本件建物がβ3号棟のほぼ西方向に位置しており、β3号棟の主な採光面である南西側の面とは、別紙4のとおり、正対していないこと、他の原告ら建物は、β3号棟の場合よりも大きく本件建物と離れていることなどにかんがみると、本件建物が周辺の眺望及びプライバシー等に与える前記の影響については、本件建物について、「周囲の状況等により環境上支障がない」との要件を満たさないということを基礎付ける事情とまで評価することはできないといわざるを得ない。
(三)風環境に対する影響について
前記のとおり、本件高さ制限及び本件高度地区計画4(3)は、風環境に対する利益については、これを個々人の個別的利益として保護しているものとは解されない。
しかしながら、風環境の悪化は、転倒事故の発生など、生命、身体の安全の問題につながり得るものであること、本件高度地区計画4(3)に基づく許可が問題となるような規模の建物であれば、その風環境に対してもある程度の影響があるものと予想されることにかんがみると、被告八王子市長は、本件高度地区計画4(3)に基づく許可をする際に、風環境に対する影響をその考慮に入れるべきであるというべきである。そして、乙第2号証及び弁論の全趣旨によると、訴外三井建設株式会社が風洞実験による風環境評価を行い、平成13年7月17日付けで評価書面を作成しており、被告八王子市長は、同書面を本件高さ制限除外許可処分の検討資料の一つとしていることが認められる(以下、訴外三井建設株式会社の行った風洞実験を「本件風洞実験」という。)。
この点について、原告5ほか45名は、本件風洞実験について作成された風洞実験報告書(甲12、乙2)及び原告らが平成14年6月2日から同年11月24日までの間に実施した風速観測の結果(甲14ないし16及び18)を根拠として、原告らの計算によると、本件建物の完成後の風速が建築前よりも2倍ないし最大3.5倍も増加し、年平均の風速が毎秒約4.29メートルとなる旨主張する。
そこで検討するに、原告らの上記計算は、β3号棟脇における平成14年6月2日から同年11月24日までの平均風速が約1.04メートルであること及び本件風洞実験の結果によると本件遊歩道上である、別紙10記載の30地点及び31地点における風速が本件建物の完成後に2倍ないし3.5倍に増加することをその前提とするものである。
しかしながら、甲第12号証及び乙第2号証によると、本件風洞実験において、別紙10記載の30地点における風速については、北東方向の風は本件建物の完成により約3.5倍に増加し、北北東、南南東及び南方向の風は、若干増加しているものの、それ以外の方向の風は、同じ程度か、かえって減少しており、同31地点における風速については、北東方向の風は本件建物の完成により約2倍に増加し、北北東、東及び南方向の風は約1.3倍程度に増加するものの、北、東北東、東南東、南東及び南南西方向の風については同じ程度か、わずかに減少し、北北西方向の風については約2分の1程度に、北西、西北西、西、西南西及び南西方向の風については、約3分の1以下に減少していることが記載されており、別紙10の25から29地点等についてみても、総じてみれば、本件建物の完成後の方が風速が著しく増大するとはいえないこと、また、甲第16号証によると、平成14年6月8日から同月11日までの間についてではあるが、前記風洞実験において、本件建物の完成により風速が大幅に増すとされている北東方向の風はほとんど吹いていないことが認められる。これらにかんがみると、上記原告らの主張は、その計算の前提となる事実ないし事実の評価が正確ではないといわざるを得ず、これを直ちに採用することはできない。
また、原告5ほか45名は、本件風洞実験は、八王子市役所屋上の風向き及び風速を資料としているところ、本件建物周辺の風環境は八王子市役所屋上よりも相当に悪いのであるから、八王子市役所屋上における風向き及び風速をその資料とすること自体が誤りである旨主張し、これに沿う証拠(甲51、52、53の1ないし3)もある。しかしながら、原告らが上記主張の前提としている甲第52号証は、八王子市役所屋上の測定結果について、測定地点が地上49.8メートルであることから、地上4メートルの風速に換算し直した上で、原告ら建物周辺の風速の観測結果と比較したものであるところ、本件風洞実験において、訴外三井建設株式会社が、八王子市役所屋上の風速を高さを基準として修正したのか否か、修正したとしてこれをどのように行ったのかは明らかではない。そうだとすると、原告らが上記主張の前提としている甲第52号証自体の証拠価値についても、これを重視することはできないといわざるを得ない。
ただし、本件風洞実験において、その前提資料とされた八王子市役所屋上における風環境と、本件建物周辺における風環境が同じであるのか否か、また違うのであるならばその違いを適正に修正した上で計算に用いたのか否かについては、甲第12号証及び乙第2号証によっても明らかではないのであるから、この点についていえば、本件高さ制限除外許可処分において、本件建物周辺の風環境評価として使用された本件風洞実験による風環境評価(甲12、乙2)が、厳密にみて正確な評価であるとは言い切れないといわざるを得ない。
しかしながら、これらの検討を、本件高さ制限除外許可処分が違法ないし無効な処分であるか否かという観点からみた場合、本件風洞実験による風環境評価については、原告5ほか45名が指摘するような問題点もあることは否定することができないとしても、その評価が虚偽のものであると疑わせる事情や、他の実験方法と比較してその適正さに特段の疑義を生じさせるような事情を認めることはできず、むしろ、甲第12号証及び乙第2号証の内容によれば、本件建物の建築による周辺地域の風速の変化について、そのおおむねの可能性を示すものであると認めることができる。そして、このような本件風洞実験による風環境評価が、結論として、本件建物建設後の風環境について、本件建物建設前と同様に住宅地としての風環境が保たれるものと予測されるという評価をしていることは、十分考慮に値するというべきである。
もっとも、甲第12号証、第51号証、第52号証、第54号証、第56号証のの1及び2並びに弁論の全趣旨によると、本件建物が完成した後において、本件建物や原告ら建物付近における風環境が、悪化する可能性も窺われなくはない。そして、β3号棟その他の原告ら建物においては、多数の家族が暮らしているのであるから、そのような原告らにおいて、上記のような風環境の悪化を憂うことも至極当然ということができる。しかしながら、そもそも、新たな建築物が風環境に与える影響は、当該地域に吹く風の方向や程度、既存の建物と当該新築建物との相互の位置関係、各建物の形状、当該地域の地形等が、相互に複雑に関係しあって生ずるものであって、一人新たな建物のみによって左右されるものではないところ、とりわけ本件建物の周辺には、別紙4のとおり、既に原告ら建物があるほか、A棟から本件F棟までの建物が建築されるのであり、また、原告らの主張によっても本件建物が10階までは建築し得ることからすると、仮に強風が吹くことがあった場合に、その原因が本件建物の高さによると判断することは、本件の全証拠をもってしても極めて困難といわざるを得ない。この点に、前示のとおり、被告八王子市長による本件高さ制限除外許可処分は、本件風洞実験による風環境評価を考慮した上で行われたものであること、同評価については厳密にみて正確な評価であるとまでいうことはできないものの、とりたててその適正さに問題があるとまではいい難いことを合わせ考えると、前記の風環境の悪化の可能性を考慮に入れたとしても、被告八王子市長において、同評価を考慮して、本件建物完成後の風環境について「周囲の状況等により環境上支障がない」と判断したことについて、その判断に違法な点があるとまで認めることはできないというべきである。
そうだとすると、原告5ほか45名の風環境に与える影響は、本件建物について、「周囲の状況等により環境上支障がない」との要件を満たさないということを基礎付ける事情とまでいうことはできないといわざるを得ない。
(四)以上(一)ないし(三)において検討してきたところにかんがみれば、原告5ほか45名の日照、眺望、プライバシー等及び風環境に対する影響は、これらを総合考慮しても、本件建物について、被告八王子市長が「周囲の状況等により環境上支障がない」と判断したことについて、その違法性を基礎付ける事情ということはできない。そのほか、被告八王子市長が、本件建物について、「周囲の状況等により環境上支障がないと認められる建築物」であると認めたことを誤りとすべき理由は見当たらないから、前記の審査基準の定めがなかったことの不当さを勘案しても、本件高さ制限除外許可処分は、適法な処分というべきである。
六 争点8(本件建築確認処分の適法性)について
原告5ほか45名は、本件建築確認処分について、本件建築確認処分の先行処分である本件日影制限除外許可処分、本件高さ制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分が違法又は無効であることを根拠として、本件建築確認処分が違法又は無効である旨主張する。
しかしながら、原告5ほか45名が、本件日影制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分の取消しを求める訴えについて原告適格を有しないこと、原告5ほか45名のうち、原告5ないし8、10ないし17、24ないし26、31、34ないし39、41、44、55及び56が、本件建築確認処分について八王子市建築審査会に対する審査請求を経ていないこと、また、本件高さ制限除外許可処分が適法な処分であることについては、前示のとおりであり、本件日影制限除外許可処分及び本件同一敷地内建築物認定処分に、これを無効とするような重大明白な瑕疵があることを認めるに足りる証拠はない。その他本件建築確認処分が違法ないし無効であることを窺わせる事実を認めることはできない。
したがって、原告5ほか45名のうち原告5ないし8、10ないし17、24ないし26、31、34ないし39、41、44、55及び56の本件建築確認処分の取消しを求める訴えについては、不適法であることが、原告5ほか45名のうちその余の原告の本件建築確認処分の取消し又は無効確認を求める請求については、その理由がないことが明らかである。
第四結論
以上によれば、本件訴えのうち、被告八王子市長の行った本件日影制限除外許可処分及び本件同一敷地建築物認定処分の各取消し又は各無効確認を求める訴えについては、いずれも不適法であるから、これを却下することとし、本件訴えのうち、被告八王子市長の行った本件高さ制限除外許可処分及び被告建築センターの行った本件建築確認処分の各取消し又は各無効確認を求める、原告1ほか13名の訴えについては、いずれも不適法であるから、これを却下することとし、本件訴えのうち、被告八王子市長の行った本件高さ制限除外許可処分及び被告建築センターの行った本件建築確認処分の各取消しを求める、原告55及び56の訴えについては、いずれも不適法であるから、これを却下することとし、被告八王子市長の行った本件高さ制限除外許可処分及び被告建築センターの行った本件建築確認処分の各無効確認を求める原告55及び56の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、本件訴えのうち、被告建築センターの行った本件建築確認処分の取消しを求める、原告5ないし8、10ないし17、24ないし26、31、34ないし39、41及び44の訴えについては、いずれも不適法であるから、これを却下することとし、被告八王子市長の行った本件高さ制限除外許可処分の取消し又は無効確認、及び被告建築センターの行った本件建築確認処分の無効確認を求める、原告5ないし8、10ないし17、24ないし26、31、34ないし39、41及び44の請求については、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、被告八王子市長の行った本件高さ制限除外許可処分及び被告建築センターの行った本件建築確認処分の各取消し又は各無効確認を求める、原告9、18ないし23、27ないし30、32、33、40、42、43及び45ないし48の請求については、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菅野博之 裁判官 内野俊夫 裁判官 村田一広)