東京地方裁判所 平成14年(行ウ)467号 判決 2004年3月25日
原告 甲
被告 江東東税務署長
山谷正義
同指定代理人 石川さおり
同 櫻井保晴
同 鍋内幸一
同 實川嘉晴
同 為我井利昌
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が平成13年6月27日付けでした原告の平成12年分所得税の更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、自己所有の土地建物を譲渡し、同譲渡に係る所得につき分離長期譲渡所得として所得税の確定申告をした原告が、同譲渡に係る売買代金を自己の債務の弁済に充てたことから、同譲渡に係る所得は非課税所得に該当し、又は、債務の弁済額は譲渡費用に該当するとして、所得税の更正の請求をしたところ、被告が、同請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を行ったため、同処分の取消しを求めるものである。
2 判断の前提となる事実(認定根拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがないか当裁判所に顕著な事実である。)
(1) 原告による土地建物の譲渡等
ア 原告は、平成10年11月27日付けで、株式会社A(以下「A」という。)との間で1億4000万円を借り入れる旨の金銭消費貸借契約を締結した(乙3)。
イ Aは、東京都杉並区久我山に所在する原告所有の宅地等(以下「本件土地」という。)及び同所所在の原告所有の居宅(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件土地建物」という。)について、競売申立てをし、平成11年8月2日、同申立てに係る競売開始決定がされた(東京地方裁判所平成11年(ケ)第3181号。以下「本件不動産競売事件」という。)。
ウ 原告は、平成11年12月24日、株式会社Bとの間で、本件土地建物を2億2300万円で売却する旨の売買契約を締結した(以下「本件譲渡」という。乙4)。
エ 原告は、自らが原告となっている東京地方裁判所平成11年(ワ)第21313号不当利得返還請求事件につき、平成12年1月14日、同事件の被告であるAとの間で、和解(以下「本件和解」という。)をした。
本件和解は、①原告は、平成10年11月27日付け金銭消費貸借契約に基づく元本及び遅延損害金等として、Aに対し、1億6500万円の支払義務があることを認め、和解の席上でこれを支払い、②Aは、本件土地建物についてされた抵当権設定登記及び条件付賃借権設定仮登記をそれぞれ抹消し、③Aは、本件不動産競売請求事件を同日取り下げるという内容であった。
原告は、本件和解当日、Aに対し、元本及び遅延損害金等として1億6500万円(以下「本件返済金」という。)を支払ったが、本件返済金は、Bから受領した本件土地建物の譲渡代金の一部であった。
オ 原告は、平成12年1月31日、江東区北砂所在のマンションを代金2680万円で購入し、同代金を現金及び小切手で支払った(乙6)。
(2) 本件訴訟に至る経緯
ア 原告は、平成13年3月15日、平成12年分所得税について期限内申告を行った(甲30)。
イ 原告は、平成13年5月30日、被告に対し、平成12年分所得税について、更正の請求を行った(甲31)。
ウ 被告は、平成13年6月27日、原告に対し、本件更正の請求について、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
エ 原告は、平成13年8月27日、被告に対し、本件通知処分に係る異議申立てをした(甲11)が、被告は、同年11月16日、同申立てを棄却する旨の決定をした(甲12)。
オ 原告は、平成13年12月20日、国税不服審判所長に対し、本件通知処分に係る審査請求をした(甲32)が、同所長は、平成14年9月12日付けで、同審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。本件裁決にかかる裁決書謄本は、平成14年9月20日、原告の自宅に送達された(乙2)。
カ 原告は、平成14年10月15日、本件裁決は首肯し難いとして、国税不服審判所長に対し、本件裁決にかかる審査請求をしたが(甲2、甲3)、
国税不服審判所長は、同年12月10日付けで、同審査請求を却下する旨の裁決をし(甲7の1ないし3)、同審査請求は、同年12月18日に原告に送達された(甲8)。
キ 原告は、平成14年12月20日に本件訴えを提起した。
第3 当事者の主張
1 被告
(1) 課税根拠に関する被告の主張
被告が本訴において主張する原告の平成12年分の分離長期譲渡所得の金額、課税長期譲渡所得金額及び納付すべき税額は、次のとおりであり、いずれも原告が提出した本件申告書に記載された金額である。
ア 分離長期譲渡所得の金額 2億0585万円
上記金額は、租税特別措置法31条1項に規定する分離長期譲渡所得の金額であって、譲渡収入金額(本件土地建物の譲渡代金)2億2300万円から取得費(措置法31条の4第1項に規定する分離長期譲渡所得の概算取得費の額)1115万円、譲渡費用(本件譲渡に係る仲介手数料)600万円の合計額1715万円を控除した金額である。
イ 課税長期譲渡所得金額 1億7547万円
前記アの分離長期譲渡所得の金額2億0585万円から、措置法35条1項1号に規定する特別控除額3000万円及び所得税法86条の規定による基礎控除の額38万円を控除した金額である。
ウ 納付すべき税額 2307万0500円
課税長期譲渡所得金額1億7547万円に措置法31条の3第1項2号の規定に基づき算出した金額2332万0500円から所得税法及び法人税の負担軽減措置に関する法律6条2項の規定により算定した定率の税額控除の額25万円を控除した金額である。
(2) 本件訴えが出訴期間経過後にされたものであることについて
ア 本件裁決書は、平成14年9月20日に原告の自宅に郵送により送達されたことは、原告も自認するところであり、したがって、同日において社会通念上本件裁決があったことを知り得べき状態に置かれたものといえるから、特段の事情がない限り、原告は、同日に本件裁決があったことを知ったものと推認される。
そうすると、本件訴えに係る出訴期間の起算日である「裁決があったことを知った日」(行政事件訴訟法14条1項)とは、平成14年9月20日であり、出訴期間の末日は同年12月19日であるから、その翌日の同月20日に提起された本件訴えは出訴期間経過後にされた不適法なものである。
イ これに対し、原告は、原告の開封日が翌日であることを主張するが、仮に、原告が本件裁決の内容を読みとったのが送達の翌日であったとしても、本件裁決書が自宅に送達された平成14年9月20日の時点において、社会通念上、原告が、本件裁決を知り得べき状態に置かれたことに変わりはない。
ウ また、原告は、国税不服審判所長が誤った教示をしたかのように述べ、民事訴訟法97条1項にいう当事者がその責めに帰することのできない事由により不変期間を遵守することができなかった場合に該当すると主張する。
しかしながら,原告が本件通知処分の出訴期限を尋ねたとしても、そもそも、処分の取消訴訟の出訴期間を教示すべき義務のない国税不服審判所職員が,原告に対し、そのような教示をするとは考え難いし、国税不服審判所職員において、取消訴訟の出訴期間につき、一般的説明をすることがあるとしても、出訴期間は、裁決書が到達した日が明確にならない限り定まらないものであって、国税不服審判所職員が裁決書の到達日を確認することなく、出訴期限は12月20日であるというような教示をすることはあり得ない。
原告としては、出訴期間について不明な点があれば、自ら法規を調査したり、弁護士に相談するなどして確認すべきであり、そうすれば、本件における出訴期限が平成14年12月19日であることを容易に知り得たはずであり、原告において、当事者として通常求められる注意義務を尽くしたとはいえないのであるから、本件において民事訴訟法97条1項にいう「当事者の責めに帰することができない事由」があったとは認められない。
(3) 本件通知処分の適法性について
ア 原告は、本件通知処分は違法であり、無効又は取り消されるべきであると主張するものの、違法の具体的内容については何ら特定していない。
そもそも、更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、申告により確定した税額等を納税者に有利に変更することを求めるのであるから、納税者において、確定申告書が真実と異なる旨の立証責任を負うものであると解すべきである。
したがって、原告は、本件通知処分につき、いかなる違法があるかについて具体的に特定して主張すべきであり、かかる特定を欠く原告の主張は失当である。
イ 本件譲渡代金は非課税所得には当たらないこと
(ア) 所得税法9条1項10号は、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における国税通則法第2条第10号(定義)に規定する強制換価手続による資産の譲渡による所得その他これに類するものとして政令で定める所得(第33条第2項第1号譲渡に含まれない所得)の規定に該当するものを除く)を非課税所得として規定している。
そして、所得税法施行令26条は、法第9条第1項第10号(非課税所得)に規定する政令で定める所得は、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり、かつ、国税通則法第2条第10号に規定する強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡による所得で、その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたものとすると規定しており、ここに「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」とは、債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができないと認められる場合をいい、これに該当するかどうかは、これらの規定に定める資産を譲渡したときの現況により判定すると解されている。
(イ) 本件譲渡は、任意売却であって、国税通則法2条10号に規定する強制換価手続によるものではない。
また、原告は、本件譲渡代金2億2300万円のうち1億6500万円をAに弁済したにすぎないから、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であるとも認められず、強制換価手続の執行が避けられないと認められるような事情は見当たらない。
また、所得税法2条1項10号の趣旨は、資産の譲渡者の租税の納付能力がないことを考慮して設けられたものであるから、債務の弁済以外にその資産の譲渡対価の一部が流用されるということは、未だ納付能力を失っていないということができ、このような場合にまで同条を適用すべきではない。
本件において、原告は、本件譲渡代金2億2300万円のうち1億6500万円をAに弁済したにすぎず、残額については、自宅マンションの購入資金に充てるなどしていたのであって、本件譲渡に係る対の全額ないし全額に近い額が原告の債務の弁済に充てられていたとは認められない。
(ウ) したがって、本件譲渡が、所得税法2条1項10号の規定の要件を満たさないことは明らかである。
ウ 本件返済金は譲渡費用とは認められないことについて
(ア) 所得税法33条3項は、譲渡所得の金額は、その年中の譲渡所得に係る総収入金額から当該所得の起因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に用した費用の額の合計額を控除し、その残額から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とする旨規定している。
所得税基本通達33-7は、譲渡費用の範囲として、資産の譲渡に際して支出した仲介手数料等当該譲渡のために直接用した費用及び借家人を立ち退かせるための立退料等当該資産の譲渡価額を増加させるため当該譲渡に際して支出した費用等をいうと規定している。
(イ) 本件返済金は、自己の債務を返済したものであり、「譲渡のために直接かつ通常必要な費用」に該当しないことは明らかである。
したがって、本件返済金につき、譲渡所得の金額の計算上譲渡費用と認めることはできない。
2 原告
(1) 出訴期間について
原告は、平成14年10月15日に本件裁決に係る審査請求書を郵送により提出し、その後、同月22日に国税不服審判所に出向き、20代後半から30代前半と思われる職員と面接した際、同職員から「(本件裁決に係る審査請求を)出しても、あなたの請求は棄却される。」と言われ、それに対し原告が、「それじゃ、今度来る裁決書で出訴期間が決まる。」と言ったところ、同職員は「いや、違う。あんたの期限は12月20日である。」と述べた。
原告は、この教示のやりとりにしたがって、平成14年12月20日に本件訴えを提起したものであり、それを前提にすれば、本件訴えは適法なものというべきである。
(2) 本件通知処分の違法性
本件譲渡は、原告が訴外Aに対して提起した不当利得返還請求訴訟において、証拠調べ前に裁判所から本件土地建物の譲渡を前提とした和解勧告があったので、それにしたがってされたものであり、原告が求めてされたものではない。そして、そもそもの不当利得返還請求訴訟がAの貸金業法違反の事実により、原告が競売申立てを受けたことに端を発するものであることを考慮すれば、本件譲渡は、原告の債務の弁済のためにやむを得ずされたものというべきであるし、Aへの返済に当たられた部分は譲渡費用・必要経費に当たるというべきであり、譲渡費用又は必要経費に当たらないことについては処分庁に立証責任があるというべきである。
第4 争点及び争点に関する当裁判所の判断
本件の争点は、①本件訴えの適法性(争点1)、②本件通知処分の適法性(争点2)である。
1 争点1(本件訴えの適法性)
被告は、本件訴えが不適法なものである旨の主張をし、前記第2、2(3)の本件訴えに至る経緯によれば、本件通知処分の取消しの訴えの出訴期間は、平成14年12月19日となり、本件訴えは、その翌日である平成14年12月20日に提起されたものであるから、本件訴えは、客観的には出訴期間を経過したものということとなり、本件訴えの適法性には疑問があることは、被告の指摘するとおりである。しかし、原告は、国税不服審判所の職員が誤った教示をした旨主張し、原告の「教示に関する原告の申立書」と題する書面によると、この主張に係る事実があったことがうかがえないでもないところである。
もっとも、本件については、後記2のとおり、原告の請求に理由のないことが明らかであるから、争点1に関する判断は留保して、本案についての判断をすることとする。
2 争点2(本件通知処分の適法性)
(1)ア 原告は、本件譲渡が、Aの貸金業法違反行為により原告が競売申立てを受けたことに端を発する原告のAに対する不当利得返還請求訴訟において、裁判所から譲渡を前提とした和解勧告を受けたことによるものであって、債務の弁済のためにやむを得ずされたものである旨を主張する。同主張は、本件譲渡による所得が所得税法9条1項10号の定める非課税所得に該当するものであるとの主張であると解するほかないため、本件譲渡による所得が非課税所得に該当するか否かを検討する。
イ 所得税法9条1項10号は、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における国税通則法第2条第10号に規定する強制換価手続(滞納処分(その他の例による処分を含む。)、強制執行、担保権の実行としての競売、企業担保権の実行手続及び破産手続をいう。)による資産の譲渡による所得その他これに類するものとして政令で定める所得(所得税法33条2項1号(譲渡所得に含まれない所得)の規定に該当するものを除く。)については、所得税を課さないと定める。同条の定めを受けて、所得税法施行令26条は、前記「政令で定める所得」につき、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり、かつ、国税通則法2条10号に規定する強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡による所得で、その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたものとする旨定めており、同条もまた、債務者の債務超過の状態が著しいことを要件としているのである。
これを本件についてみるに、原告の本件譲渡は、その経緯からみて、原告の主張するとおり、Aの競売申立てに端を発した原告のAに対する不当利得返還請求訴訟における和解のためにされたものと認められるが、甲第18ないし第23号証、第26、第27号証及び弁論の全趣旨によると、当該競売申立ては、原告が同社からの借受け当初に受領すべき消費貸借金のうち700万円について未だ受領していないとして同金員の受領と利息の支払を同時履行とする旨を同社に通告し、一方的に利息の支払をしなくなったことに対する対抗手段としてされたものであって、同通告以前には利息の支払を怠っていなかったことが認められ、このことからすると、この時点においては、原告が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難な状態には至っていなかったと認めるのが相当であり、このことは、原告が、前記第2、2(1)記載のとおり、本件譲渡により2億2300万円の売買代金を得て、そのうち1億6500万円をAに対する弁済に充てたものの、譲渡代金の全てが債務の弁済に充てられているわけではなく、その後、マンションを購入して、その支払を現金及び小切手で行っていることからもうかがえるところであり、これを覆すに足りる証拠ではない。
そうすると、本件譲渡は、所得税法2条1項10号及び同法施行令26条所定の場合には該当しないとせず、本件譲渡による所得は、所得税法2条1項10号の非課税所得には該当しないものというべきであり、原告の主張は採用し得ない。
(2)ア また、原告は、本件譲渡につき、その売買代金中債務の弁済に充てられた部分については、譲渡費用又は必要経費に該当する旨の主張をする。
イ 所得税法33条3項は、譲渡所得の金額は、資産譲渡による所得につき、それぞれその年中の当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、その残額の合計額から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とする旨定めるところ、「その資産の譲渡に要した費用」とは、登記・登録に要する費用や支払った仲介手数料など資産の譲渡に際して支出した費用や、譲渡のために借家人を立ち退かせるための立退料やより良い条件で他に譲渡するために契約を解除したことに伴う違約金など資産の譲渡価額を増加させるために支出した費用をいうと解されるところ、資産の譲渡費用を原資として自己債務の弁済を行ったとしても、その債務の弁済は、譲渡のために支出した費用や資産の譲渡価額を増加させるために要した費用に当たらないことは明らかであり、原告の主張は失当といわざるを得ない。
(3) 以上によれば、原告の指摘する本件通知処分の違法事由に関する主張は、いずれも理由がないものといわざるを得ず、他に本件通知処分につきその違法をうかがわせる事由はないから、本件通知処分は、違法ではないものと認められる。
3 なお、原告は、国税不服審判所の手続についても違法がある旨主張するが、その点は本件通知処分の違法事由となるものではなく、それ自体失当である。
第5 結論
以上の次第で原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 廣澤諭 裁判官 加藤晴子)