東京地方裁判所 平成14年(行ウ)63号 判決 2004年7月30日
原告 甲
訴訟代理人弁護士 中村眞一
山崎惠
中下裕子
被告 渋谷税務署長 山田弘
指定代理人 千葉俊之
佐藤昌永
櫻井保晴
篠原正明
髙橋博之
嶺山登
主文
一 本件訴えのうち、被告が平成12年3月15日付けでした原告の平成8年分、平成9年分及び平成10年分所得税の各過少申告加算税賦課決定のうち被告が平成12年9月8日付けでした各変更決定により一部取り消された部分の取消請求に係る訴えをいずれも却下する。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告が平成12年3月15日付けでした原告の平成8年分所得税の更正のうち総所得金額816万0277円、納付すべき税額103万2200円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。
二 被告が平成12年3月15日付けでした原告の平成9年分所得税の更正のうち総所得金額817万4173円、納付すべき税額108万3800円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。
三 被告が平成12年3月15日付けでした原告の平成10年分所得税の更正のうち総所得金額874万1314円、納付すべき税額115万5600円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。
四 被告が平成12年3月15日付けでした原告の平成10年1月1日から同年12月31日までの課税期間分の消費税及び地方消費税の決定並びに無申告加算税賦課決定を取り消す。
第二 事案の概要
一 本件は、株式会社A(以下「A」という。)から別紙物件目録三記載の建物(以下「本件建物」という。)を賃借し、同建物を営業所とするストリップ劇場である「B劇場」(以下「本件劇場」という。)を転貸し、賃料を収受していた原告が、被告が平成12年3月15日付けでした、原告の平成8年分、平成9年分及び平成10年分所得税の各更正(以下、平成8年分のものを「本件更正1」と、平成9年分のものを「本件更正2」と、平成10年分のものを「本件更正3」といい、これら三件の更正を合わせて「本件各更正」という。)及び各過少申告加算税賦課決定(以下、同様に、順次「本件賦課決定1」などといい、三件を合わせて「本件各賦課決定」といい、さらに、これと本件各更正を合わせて「本件各更正等」という。)、並びに被告が同日付けでした、原告の平成10年1月1日から同年12月31日までの課税期間分の消費税と地方消費税の決定(以下「本件決定」という。)及び無申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定4」といい、これと本件決定を合わせて「本件決定等」という。)は、いずれも、原告の上記賃料に係る不動産所得の金額を過大に認定してした違法な処分であるなどと主張して、被告に対し、本件更正1のうち、総所得金額816万0277円、納付すべき税額103万2200円を超える部分、本件更正2のうち、総所得金額817万4173円、納付すべき税額108万3800円を超える部分、本件更正3のうち、総所得金額874万1314円、納付すべき税額115万5600円を超える部分及び本件各賦課決定並びに本件決定等の各取消しを求めるものである。
二 法令の定め
1 所得税法26条
(一) 1項
不動産所得とは、不動産、不動産の上に存する権利、船舶又は航空機(以下この項において「不動産等」という。)の貸付け(地上権又は永小作権の設定その他他人に不動産等を使用させることを含む。)による所得(事業所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。
(二) 2項
不動産所得の金額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。
2 消費税法28条1項
課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額に相当する額を含まないものとする。以下この項及び次項において同じ。)とする。(以下省略)
3 地方税法72条の82
地方消費税については、第20条の4の2第1項の規定にかかわらず、消費税額を課税標準額とする。
三 前提となる事実
以下の事実は、当事者間に争いのない事実又は証拠(甲第1ないし第10号証、第21及び第22号証)及び弁論の全趣旨により容易に認定することのできる事実である。
1 原告は、Aから本件建物を賃借し、本件劇場としてこれを転貸していた者である。
原告は、被告から所得税の青色申告の承認を受けていた。
2 原告は、被告に対し、平成9年3月3日、平成8年分所得税につき、総所得金額を816万0277円(不動産所得の金額816万0277円)、納付すべき税額を103万2200円とする期限内申告をした。
3 原告は、被告に対し、平成10年3月9日、平成9年分所得税につき、総所得金額を817万4173円(不動産所得の金額817万4173円)、納付すべき税額を108万3800円とする期限内申告をした。
4 原告は、被告に対し、平成11年3月3日、平成10年分所得税につき、総所得金額を874万1314円(不動産所得の金額874万1314円)、納付すべき税額を115万5600円とする期限内申告をした。
5 被告は、原告に対し、平成12年3月15日付けで、所得税法150条1項1号所定の取消事由に該当することを理由として、平成8年分以降の所得税の青色申告の承認取消処分をした。
6 本件各更正等と本件決定等
(一) 被告は、原告に対し、平成12年3月15日付けで、原告の平成8年分所得税につき、総所得金額を4820万4601円(不動産所得の金額4820万4601円)、納付すべき税額を1747万2500円とする本件更正1及び過少申告加算税の額を241万4000円とする本件賦課決定1をした。
(二) 被告は、原告に対し、平成12年3月15日付けで、原告の平成9年分所得税につき、総所得金額を4806万0477円(不動産所得の金額4806万0477円)、納付すべき税額を1744万8000円とする本件更正2及び過少申告加算税の額を240万円とする本件賦課決定2をした。
(三) 被告は、原告に対し、平成12年3月15日付けで、原告の平成10年分所得税につき、総所得金額を4800万6994円(不動産所得の金額4800万6994円)、納付すべき税額を1737万4000円とする本件更正3及び過少申告加算税の額を237万4000円とする本件賦課決定3をした。
(四) 被告は、原告に対し、平成12年3月15日付けで、原告の平成10年1月1日から同年12月31日までの課税期間分の消費税及び地方消費税につき、消費税の課税標準額を5391万円、消費税及び地方消費税の合計税額を269万5500円とする本件決定並びに無申告加算税の額を40万3500円とする本件賦課決定4をした。
7 原告は、被告に対し、平成12年4月28日に本件各更正等に対する異議申立てを、同年5月2日に本件決定等に対する異議申立てをそれぞれした。被告は、同年7月6日付けで、上記異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。
8 原告は、国税不服審判所長に対し、平成12年7月19日、上記異議棄却決定に対する審査請求をした。
9 被告は、原告に対し、平成12年9月8日付けで、本件賦課決定1により納付すべき過少申告加算税の額を241万1000円に、本件賦課決定2により納付すべき過少申告加算税の額を239万7000円に、本件賦課決定3により納付すべき過少申告加算税の額を237万0500円にそれぞれ減額する旨の各変更決定をした。
10 国税不服審判所長は、平成13年11月22日付けで、上記審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。
四 争点
本件における争点は、(1)原告の平成8年分、平成9年分及び平成10年分の不動産所得の金額、具体的には、本件劇場の賃料の額、(2)調査手続の違法の有無、(3)理由附記の不備の有無である。原告は、これらに関連する部分を除き、被告の主張に係る金額及び計算関係を争っていない。
五 当事者の主張の要旨
1 被告の主張の要旨
(一) 本件各更正及び本件決定の根拠
(1) 本件更正1の根拠。
原告の平成8年分所得税の総所得金額及び納付すべき税額は、次のとおりである。
ア 不動産所得の金額 4840万7163円
この金額は、(ア)の金額から(イ)の金額を控除した後の金額である。
(ア) 不動産所得に係る総収入金額 5695万8886円
この金額は、aの金額及びbの金額の合計額である。
a 本件劇場の賃料 5475万0000円
この金額は、本件劇場の賃料である日額15万円に営業日数である365日を乗じて算出した金額である。
b 本件劇場の電気料金等相当額 220万8886円
この金額は、原告がAに対して平成8年1月1日から同年12月31日までの分として支払った本件劇場の電気料金165万0886円及び共益費55万8000円の合計額である(なお、原告は、本件劇場の転借人からこれらの金員と同額の金員を収受していた。以下同じ。)。
(イ) 必要経費の額 855万1723円
この金額は、aないしeの金額の合計額である。
a 租税公課 28万7400円
b 損害保険料 36万2270円
c 地代家賃 568万5600円
d 水道光熱費 165万0886円
e その他の経費 56万5567円
イ 総所得金額(アの金額と同じ。) 4840万7163円
ウ 所得控除の額の合計額 109万8760円
エ 課税総所得金額 4730万8000円
この金額は、イの総所得金額からウの所得控除の額の合計額を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項の規定により1000円未満の端数金額を切り捨てたもの。以下同じ。)である。
オ 課税総所得金額に対する税額 1762万4000円
この金額は、エの課税総所得金額に所得税法89条1項所定の税率を適用して算出した金額である。
カ 特別減税額 5万0000円
この金額は、平成8年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条の規定を適用して算出した金額である。
キ 納付すべき税額 1757万4000円
この金額は、オの課税総所得金額に対する税額からカの特別減税額を控除した後の金額である。
(2)本件更正2の根拠
原告の平成9年分所得税の総所得金額及び納付すべき税額は、次のとおりである。
ア 不動産所得の金額 4829万8031円
この金額は、(ア)の金額から(イ)の金額を控除した後の金額である。
(ア) 不動産所得に係る総収入金額 5684万3858円
この金額は、aの金額及びbの金額の合計額である。
a 本件劇場の賃料 5460万0000円
この金額は、本件劇場の賃料である日額15万円に営業日数である364日を乗じて算出した金額である。
b 本件劇場の電気料金等相当額 224万3858円
この金額は、原告がAに対して平成9年1月1日から同年12月31日までの分として支払った本件劇場の電気料金168万5858円及び共益費55万8000円の合計額である。
(イ) 必要経費の額 854万5827円
この金額は、aないしeの金額の合計額である。
a 租税公課 27万8000円
b 損害保険料 23万6880円
c 地代家賃 577万7600円
d 水道光熱費 168万5858円
e その他の経費 56万7489円
イ 総所得金額(アの金額と同じ。) 4829万8031円
ウ 所得控除の額の合計額 110万4250円
エ 課税総所得金額 4719万3000円
この金額は、イの総所得金額からウの所得控除の額の合計額を控除した後の金額である。
オ 課税総所得金額に対する税額 1756万6500円
この金額は、エの課税総所得金額に所得税法89条1項所定の税率を適用して算出した金額である。
カ 納付すべき税額(オの金額と同じ) 1756万6500円
(3) 本件更正3の根拠
原告の平成10年分所得税の総所得金額及び納付すべき税額は、次のとおりである。
ア 不動産所得の金額 4827万2180円
この金額は、(ア)の金額から(イ)の金額を控除した後の金額である。
(ア) 不動産所得に係る総収入金額 5687万1490円
この金額は、aの金額及びbの金額の合計額である。
a 本件劇場の賃料 5460万0000円
この金額は、本件劇場の賃料である日額15万円に営業日数である364日を乗じて算出した金額である。
b 本件劇場の電気料金等相当額 227万1490円
この金額は、原告がAに対して平成10年1月1日から同年12月31日までの分として支払った本件劇場の電気料金171万3490円及び共益費55万8000円の合計額である。
(イ) 必要経費の額 859万9310円
この金額は、aないしeの金額の合計額である。
a 租税公課 27万8700円
b 損害保険料 24万5880円
c 地代家賃 579万6000円
d 水道光熱費 171万3490円
e その他の経費 56万5240円
イ 総所得金額(アの金額と同じ。) 4827万2180円
ウ 所得控除の額の合計額 112万2840円
エ 課税総所得金額 4714万9000円
この金額は、イの総所得金額からウの所得控除の額の合計額を控除した後の金額である。
オ 課税総所得金額に対する税額 1754万4500円
この金額は、エの課税総所得金額に所得税法89条1項所定の税率を適用して算出した金額である。
カ 特別減税額 3万8000円
この金額は、平成10年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条の規定を適用して算出した金額である。
キ 納付すべき税額 1750万6500円
この金額は、オの課税総所得金額に対する税額からカの特別減税額を控除した後の金額である。
(4) 本件決定の根拠
原告の平成10年1月1日から同年12月31日までの課税期間分の消費税の課税標準額並びに消費税及び地方消費税の合計税額は、次のとおりである。
ア 消費税の課税標準額 5416万3000円
この金額は、消費税法28条1項の規定に基づき、原告の平成10年分の不動産所得に係る総収入金額5687万1490円(前記(3)ア(ア)の金額)に105分の100を乗じて算出した金額(ただし、国税通則法118条1項の規定により1000円未満の端数金額を切り捨てた後のもの)である。
イ 消費税額 216万6520円
この金額は、消費税法29条の規定に基づき、アの消費税の課税標準額に100分の4を乗じて算出した金額である。
ウ 消費税の納付すべき税額 216万6500円
この金額は、イの消費税額につき、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数金額を切り捨てた後の金額である。
エ 地方消費税の譲渡割額 54万1625円
この金額は、地方税法72条の83の規定に基づき、ウの消費税の納付すべき税額に100分の25を乗じて算出した金額である。
オ 地方消費税の納付譲渡割額 54万1600円
この金額は、エの地方消費税の譲渡割額につき、地方税法20条の4の2第3項の規定により100円未満の端数金額を切り捨てた後の金額である。
カ 消費税及び地方消費税の合計税額 270万8100円
この金額は、ウの消費税の納付すべき税額及びオの地方消費税の納付譲渡割額の合計額である。
(二) 原告の平成8年分、平成9年分及び平成10年分の不動産所得の金額
原告は、乙(以下「乙」という。)に対し、平成8年1月1日から平成10年12月31日までの期間、本件劇場を転貸し、乙は、原告に対し、ほぼ毎日、本件劇場の支配人であった丙(以下「丙」という。)を通じて、本件劇場の賃料として、休演日である毎年12月31日を除き、日額15万円の割合の金員及び電気料金等相当額を現金で支払っていた。
(三) 本件各更正及び本件決定の適法性 以上のように、原告の平成8年分所得税の総所得金額は4840万7163円、納付すべき税額は1757万4000円、平成9年分所得税の総所得金額は4829万8031円、納付すべき税額は1756万6500円、平成10年分所得税の総所得金額は4827万2180円、納付すべき税額は1750万6500円であるから、いずれも本件各更正における総所得金額及び納付すべき税額を上回っている。したがって、本件各更正は、いずれも適法な処分である。
また、原告の平成10年1月1日から同年12月31日までの課税期間分の消費税の課税標準額は5416万3000円、消費税及び地方消費税の合計税額は270万8100円であるから、本件決定における消費税の課税標準額、消費税及び地方消費税の合計税額を上回っている。したがって、本件決定も、適法な処分である。
(四) 本件各賦課決定及び本件賦課決定4の根拠及び適法性
(1) 本件賦課決定1の根拠及び適法性
ア 平成8年分所得税の過少申告加算税の額 241万1000円
この金額は、本件更正1に基づき新たに納付すべき税額1644万0300円から正当な理由があると認めることができる事実に基づく税額2万円を控除した1642万円(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数金額を切り捨てた後のもの。以下同じ。)に同法65条1項、2項の規定を適用して計算した金額である。
イ このように、原告の平成8年分所得税の過少申告加算税の額は、本件賦課決定1(ただし、被告が平成12年9月8日付けでした変更決定により一部取り消された後のもの。以下同じ。)により納付すべき過少申告加算税の額と同額であるから、本件賦課決定1は、適法な処分である。
(2) 本件賦課決定2の根拠及び適法性
ア 平成9年分所得税の過少申告加算税の額 239万7000円
この金額は、本件更正2に基づき新たに納付すべき税額1636万4200円から正当な理由があると認めることができる事実に基づく税額2万円を控除した1634万円に国税通則法65条1項、2項の規定を適用して計算した金額である。
イ このように、原告の平成9年分所得税の過少申告加算税の額は、本件賦課決定2(ただし、被告が平成12年9月8日付けでした変更決定により一部取り消された後のもの。以下同じ。)により納付すべき過少申告加算税の額と同額であるから、本件賦課決定2は、適法な処分である。
(3) 本件賦課決定3の根拠及び適法性
ア 平成10年分所得税の過少申告加算税の額 237万1000円
この金額は、本件更正3に基づき新たに納付すべき税額1621万8400円から正当な理由があると認めることができる事実に基づく税額2万円を控除した1619万円に国税通則法65条1項、2項の規定を適用して計算した金額である。
イ このように、原告の平成10年分所得税の過少申告加算税の額は、本件賦課決定3(ただし、被告が平成12年9月8日付けでした変更決定により一部取り消された後のもの。以下同じ。)により納付すべき過少申告加算税の額を上回っているから、本件賦課決定3は、適法な処分である。
(4) 本件賦課決定4の根拠及び適法性
ア 平成10年1月1日から同年12月31日までの課税期間分の消費税及び地方消費税の無申告加算税の額 40万3500円
この金額は、消費税及び地方消費税の合計税額269万円(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数金額を切り捨てた後のもの)に同法66条1項の規定により100分の15の割合を乗じて計算した金額である。
イ このように、原告の平成10年1月1日から同年12月31日までの課税期間分の消費税及び地方消費税の無申告加算税の額は、本件賦課決定4により納付すべき無申告加算税の額と同額であるから、本件賦課決定4は、適法な処分である。
2 原告の主張の要旨
本件各更正等と本件決定等は、以下のとおり、いずれも違法な処分である。
(一) 原告の平成8年分、平成9年分及び平成10年分の不動産所得の金額について本件劇場の真実の経営者は、乙ではなく、丁(以下「丁」という。)であった。
丁は、原告から賃料月額150万円で本件劇場を転借し、乙を名義上の責任者として、本件劇場を経営していたが、平成2年1月、本件劇場が摘発され、指名手配を受けたことから、身柄を拘束されている期間、乙に本件劇場の経営をゆだねることとした。原告、丁及び乙は、(1)丁は原告に対して本件劇場の賃料として月額170万円を支払う、(2)乙は丁に対して上記賃料の原資として同額の金員を支払う、(3)乙は本件劇場の利益のうち月額450万円を取得する、(4)丁は本件劇場のその余の利益を取得する旨の合意をし、その後、(1)丁が原告に対して支払うべき本件劇場の賃料を月額150万円に改定する、(2)本件劇場の利益のうち丁が取得する部分の額は月額300万円を目標とする旨の合意をした。
丁は、乙から集金し、原告に対し、本件劇場の賃料を支払っていたが、平成3年5月に逮捕された。そのため、原告は、丁に代わって、乙から集金するようになり、乙から2、3日ごとに封金の状態の金員を集金し、これを丁に交付して、丁から本件劇場の賃料として月額150万円の支払を受けていた。
以上のとおり、原告は、本件劇場を丁に転貸し、丁は、原告に本件劇場の賃料として月額150万円を支払っていた。それにもかかわらず、被告は、原告が乙から本件劇場の賃料として日額15万円及び電気料金等相当額の支払を受けていたとして、原告の平成8年分、平成9年分及び平成10年分の不動産所得の金額を過大に認定し、本件各更正等と本件決定等をしたのであるから、本件各更正等と本件決定等は、いずれも違法な処分である。
(二) 調査手続の違法
被告が本件各更正等に先立って原告の平成8年分、平成9年分及び平成10年分の各所得税についてした調査は、一方的で、理由の開示もない違法なものである。
(三) 理由附記の不備
被告は、本件各更正等の通知書に処分理由を附記しなかったので、本件各更正等は、いずれも違法な処分である。
第三 当裁判所の判断
一 前記前提となる事実のとおり、被告は、原告に対し、平成12年9月8日付けで、本件各賦課決定により納付すべき過少申告加算税の額を減額する旨の各変更決定をし、本件各賦課決定を一部取り消したのであるから、本件訴えのうち、本件各賦課決定のうち上記各変更決定により一部取り消された部分の取消請求に係る訴えは、いずれも訴えの利益を欠く、不適法な訴えというべきである。
二 争点(1)(原告の平成8年分、平成9年分及び平成10年分の不動産所得の金額)について
1 乙第1、第2号証、第3号証の1、2及び第4ないし第7号証によると、被告が主張するように、原告は、乙に対し、平成8年1月1日から平成10年12月31日までの期間、本件劇場を転貸し、乙は、原告に対し、ほぼ毎日、本件劇場の支配人であった丙を通じて、本件劇場の賃料として、休演日である毎年12月31日を除き、日額15万円の割合の金員及び電気料金等相当額を現金で支払っていた事実を認めることができる。
2 これに対し、原告は、本件劇場を丁に転貸し、丁が、原告に本件劇場の賃料として月額150万円を支払っていたなどと主張し、甲第27号証(原告が平成15年6月2日付けで作成した報告書)及び第28号証(原告代理人が同年10月10日付けで作成した丁の供述録取書)、乙第8号証(原告の司法警察員に対する平成11年1月25日付け供述調書)並びに原告本人の供述の中には、この主張に沿う部分がある。
3 しかし、前記乙号各証、すなわち、①前記認定事実を裏付ける乙第1号証(被告所部の調査官が平成11年6月22日付けで作成した乙からの聴取書)、第2号証(同調査官が同年10月4日付けで作成した乙からの聴取書)、第4号証(同調査官が同年8月9日付けで作成した丙からの聴取書)、第5号証(同調査官が平成12年3月13日付けで作成した丙からの聴取書)、第6号証(乙の司法警察員に対する平成11年1月7日付け供述調書)及び第7号証(乙の司法警察員に対する同月13日付け供述調書)は、いずれも一貫しており、主要な部分において一致していること、②前記乙第3号証の1、2(現金出納ノート)は、その体裁及び記載内容並びに乙第5号証に照らし、丙が平成10年5月21日から同年11月24日までの期間について作成した本件劇場の現金の出納に関するノートであると認めることができること、③このノートは、1日ごとに、入金の内訳と、出金の費目及び金額が記載されており、その体裁及び記載内容に照らし、丙が後にまとめて虚偽を記載したものとは認め難く、すべて正確なものか否かは別として、おおむねこのような出金があったものと認めることができること、④このノートには、ほとんどの日に「甲」、「150,000」との記載がされており、同記載が欠けている部分についても、後にその支払をしている記載もあるところ、これらの記載がすべて後に書き加えられたものであることを疑わせるべき根拠は見当たらないことを総合考慮すると、これらの証拠は、少なくとも、本件劇場の転貸借における賃料の額に関しては、いずれも十分に信用することができるというべきである。
4 これに対し、原告の主張及びその援用する前掲各証については、①原告は、平成14年7月26日付け準備書面(2)において、「丁は、原告から本件劇場を転借し、本件劇場を経営していたが、平成2年2月ころ、本件劇場の経営から退くこととなった。
本件劇場の支配人であった乙は、同年3月、(1)乙は原告に対して本件劇場の賃料として月額170万円を支払う、(2)乙は本件劇場の利益のうち月額450万円を取得する、(3)丁は本件劇場のその余の利益を取得する旨の約定で、丁から本件劇場の経営を引き継いだ。丁は、乙から自らの取得分と乙が原告に対して本件劇場の賃料として支払う金員とを集金し、原告に対し、上記賃料として、月額150万円を交付していた。」旨主張していたが、「乙は、原告に対し、本件劇場の賃料、滞納賃料及び貸金の返済として、日額15万円を支払っていた。」旨の記載がある前記乙第8号証が原告に対して平成14年12月3日に送付されると、平成15年1月17日付け準備書面(5)を提出して、「本件劇場の真実の経営者は、乙ではなく、丁であった。丁は、乙から10日ごとに150万円ずつを集金し、原告に対し、本件劇場の賃料として、月額150万円を支払っていたが、平成3年5月に逮捕された。そのため、原告は、丁に代わって、乙から集金し、本件劇場の賃料の支払を受けていた。」などとして、乙が経営者ではない旨主張を変更したこと、②原告は、その後、上記変更後の主張に沿う記載がある原告作成の前記甲第27号証を提出したが、平成15年9月12日に実施された原告本人尋問において、「原告は、乙から2、3日ごとに封金の状態の金員を集金し、丁に対してこれを交付して、丁から本件劇場の賃料として月額150万円の支払を受けていた。」旨同号証と異なる供述をし、同供述と同旨の平成16年4月23日付け準備書面(6)を提出して、再度、主張を変更したこと、③通常、転貸借の当事者、賃料の支払方法等転貸借契約に関する重要な事実について記憶が曖昧になることはないにもかかわらず、原告は、上記のような主張の変遷について合理的な理由を示していないこと、④これらに加えて、原告本人の供述には、曖昧な部分が多く、原告及び丁については、真摯な供述ないし陳述態度が窺われないことなどを総合考慮すると、前記甲第27及び第28号証、乙第8号証及び原告本人の供述のうち、原告の前記主張に沿う部分は、いずれも信用することができないというべきである。
5 さらに、甲第12号証(原告と乙との間の平成2年2月27日付け営業委託契約書)、第13号証(原告と乙との間の同日付け営業譲渡に関する確認書)及び第14号証(丁と乙との間の同日付け念書)については、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告、丁及び乙は、当事者間の法律関係を書面による合意をもって規律しようとする意思を有しておらず、口頭でされた真実の合意と異なる内容の書面を適宜作成していたにすぎないと認めることができるのであって、上記甲号各証は、およそ採用することができないというべきである。
また、甲第24号証の1ないし4、第25号証の1ないし9によれば、日額15万円という賃料は、本件劇場の周辺にある事務所、店舗の賃料相場と比較して極めて高額なものであると認めることができる。しかし、前記のとおり、本件劇場は、ストリップ劇場の経営という特殊な目的に使用されるものであること、弁論の全趣旨によれば、本件劇場の転貸は、単なる建物の転貸ではなく、本件劇場の営業の委託ないし営業権の譲渡という側面も有していると認めることができることからすると、日額15万円という金額が本件劇場の周辺にある事務所、店舗の賃料相場と比較して極めて高額なものであるからといって、そのような金員の授受が不自然又は不合理であって、授受が考え難いということはできない。
6 以上のとおり、本件劇場の賃料の額については、前記1のとおりであると認められる。原告の前記2の主張は、採用することができない。
三 争点(2)(調査手続の違法)について
原告は、被告が本件各更正等に先立って原告の平成8年分、平成9年分及び平成10年分の各所得税についてした調査は、一方的で、理由の開示もない違法なものである旨主張する。
しかし、国税庁、国税局又は税務署の当該職員は、所得税に関する調査について必要があるときは、納税義務がある者等に質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる(所得税法234条1項)のであり、調査を実施する日時、場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知は、法律上一律の要件とされているものではない。そして、本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、被告所部の税務職員が調査を実施する日時、場所を事前に通知せず、調査の理由及び必要性を個別的、具体的に告知しなかったとしても、これを不合理とまで認めることはできないというべきである。
したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
四 争点(3)(理由附記の不備)について
また、原告は、被告が本件各更正等の通知書に処分理由を附記しなかった旨主張する。
しかし、前記前提となる事実のとおり、被告は、原告に対し、平成12年3月15日付けで、平成8年分以降の所得税の青色申告の承認取消処分をしたのであるから、原告の同年分、平成9年分及び平成10年分の各所得税の申告は、いわゆる白色申告として取り扱われるべきこととなる。そして、白色申告に対する更正については、その根拠法規である国税通則法ないし所得税法上、処分理由の附記が必要とされていないこと、国税通則法74条の2第1項により、行政手続法14条1項本文の適用が除外されていることからすると、処分理由を附記しなかったとしても、それが違法となるものではないというべきである。
したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
五 本件各更正及び本件決定の適法性
原告は、前記争点(1)ないし(3)に関連する部分を除き、被告の主張に係る金額及び計算関係を争っていない。
そうすると、原告の平成8年分、平成9年分及び平成10年分の各所得税の総所得金額及び納付すべき税額は、被告が主張するとおりであると認めることができる。そして、これらの金額は、いずれも本件各更正における総所得金額及び納付すべき税額を上回っているから、本件各更正は、いずれも適法な処分というべきである。
また、そうすると、原告の平成10年1月1日から同年12月31日までの課税期間分の消費税の課税標準額、消費税及び地方消費税の合計税額は、被告が主張するとおりであると認めることができる。そして、これらの金額は、本件決定における消費税の課税標準額並びに消費税及び地方消費税の合計税額を上回っているから、本件決定は、適法な処分というべきである。
六 本件各賦課決定及び本件賦課決定4の根拠及び適法性
1 本件賦課決定1の根拠及び適法性
本件は、期限内申告書が提出された場合において更正があったときに該当するところ、弁論の全趣旨によると、本件更正1に基づき新たに納付すべき税額1644万0300円(本件更正1における納付すべき税額1747万2500円から確定申告における納付すべき税額103万2200円を控除した金額)のうち2万円については、更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認めることができる。したがって、原告に対し、本件更正1に基づき新たに納付すべき税額のうち1642万円(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数金額を切り捨てた後のもの。以下同じ。)に同法65条1項、2項の規定を適用して計算した金額に相当する過少申告加算税241万1000円を賦課する本件賦課決定1(ただし、被告が平成12年9月8日付けでした変更決定により一部取り消された後のもの)は、適法な処分というべきである。
2 本件賦課決定2の根拠及び適法性
本件は、期限内申告書が提出された場合において更正があったときに該当するところ、弁論の全趣旨によると、本件更正2に基づき新たに納付すべき税額1636万4200円(本件更正2における納付すべき税額1744万8000円から確定申告における納付すべき税額108万3800円を控除した金額)のうち2万円については、更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認めることができる。したがって、原告に対し、本件更正2に基づき新たに納付すべき税額のうち1634万円に国税通則法65条1項、2項の規定を適用して計算した金額に相当する過少申告加算税239万7000円を賦課する本件賦課決定2(ただし、被告が平成12年9月8日付けでした変更決定により一部取り消された後のもの)は、適法な処分というべきである。
3 本件賦課決定3の根拠及び適法性
本件は、期限内申告書が提出された場合において更正があったときに該当するところ、弁論の全趣旨によると、本件更正3に基づき新たに納付すべき税額1621万8400円(本件更正3における納付すべき税額1737万4000円から確定申告における納付すべき税額115万5600円を控除した金額)のうち2万円については、更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認めることができる。したがって、原告に対し、本件更正3に基づき新たに納付すべき税額のうち1619万円に国税通則法65条1項、2項の規定を適用して計算した金額に相当する過少申告加算税237万1000円を下回る237万0500円を賦課する本件賦課、決定3(ただし、被告が平成12年9月8日付けでした変更決定により一部取り消された後のもの)は、適法な処分というべきである。
4 本件賦課決定4の根拠及び適法性
本件は、国税通則法25条の規定による決定があった場合に該当するから、原告に対し、本件決定に基づき納付すべき税額である消費税及び地方消費税の合計税額269万円(ただし、同法118条3項の規定により1万円未満の端数金額を切り捨てた後のもの)に同法66条1項の規定を適用して計算した金額に相当する無申告加算税40万3500円を賦課する本件賦課決定4は、適法な処分というべきである。
第四 結論
以上によれば、本件訴えのうち、本件各賦課決定のうち被告が平成12年9月8日付けでした各変更決定により一部取り消された部分の取消請求に係る訴えは、いずれも不適法であるから、これを却下し、その余の本訴請求は、いずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菅野博之 裁判官 内野俊夫)
裁判官 中西正治は、差し支えのため、署名押印をすることができない。 裁判長裁判官 菅野博之
物件目録
一 一棟の建物の表示
所在 新宿区西新宿
構造 鉄骨鉄筋コンクリートブロック造地下1階付陸屋根・亜鉛メッキ鋼板葺6階建
床面積 1階 400.89平方メートル
2階 402.71平方メートル
3階 376.01平方メートル
4階 161.35平方メートル
5階 105.12平方メートル
6階 88.06平方メートル
地下1階 144.79平方メートル
二 専有部分の建物の表示
家屋番号 西新宿
建物の番号
種類 事務所 居宅
構造 鉄骨鉄筋コンクリート造地下1階付6階建
床面積 1階部分 76.75平方メートル
2階部分 79.33平方メートル
3階部分 79.33平方メートル
4階部分 129.01平方メートル
5階部分 79.33平方メートル
6階部分 37.13平方メートル
地下1階部分 78.40平方メートル
三 上記専有部分の建物のうち1階部分及び地下1階部分