東京地方裁判所 平成14年(行ウ)8号 判決 2003年2月13日
(原告)
甲
(被告)
国税庁長官 渡辺裕泰
当事者の訴訟代理人及び指定代理人は別紙のとおり
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が原告に対し平成13年6月22日付けでした租税特別措置法40条2項に基づく下記の承認の取消処分を取り消す。
記
原告が千葉県習志野市津田沼所在の学校法人A学園に対し、別紙物件目録記載の土地を贈与したことにつき、被告が平成2年3月9日付け直資2-126により通知した、租税特別措置法40条1項後段の規定に基づく譲渡所得の非課税の承認
第2事案の概要
本件は、被告が、原告による学校法人に対する不動産の贈与について、租税特別措置法40条1項後段の規定に基づく譲渡所得の非課税の承認を取り消す旨の処分をしたのに対し、原告が、上記処分は被告が裁量判断を誤り、又は与えられた裁量権を逸脱したものであること等から違法である旨主張して、その取消しを求めている事案である。
1 法令の定め等
(1) 譲渡所得に関する所得税法の定め等
所得税法(昭和40年法律第33号)は、資産の譲渡(建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものを含む。)による所得を譲渡所得とし、譲渡所得の金額について、当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、その残額の合計額(譲渡益)から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とすることとしている(同法33条1項、3項)。
上記の譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるから、その課税所得たる譲渡所得の発生には、必ずしも当該資産の譲渡が有償であることを要せず、同法33条1項にいう「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず資産を移転させる一切の行為をいう(最高裁判所昭和47年12月26日第三小法廷判決・民集26巻10号2083頁、同昭和50年5月27日第三小法廷判決・民集29巻5号641頁)。
そして、譲渡所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とされている(同法36条1項)ところ、贈与(法人に対するものに限る。)又は相続(限定承認に係るものに限る。)若しくは遺贈(法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限る。)により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には、その譲渡所得の金額の計算については、これらの事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があったものとみなすと規定している(同法59条1項1号。以下、この規定による課税を「みなし譲渡課税」という。)。
(2) 租税特別措置法40条1項に基づく非課税の特例
ア しかし、租税特別措置法(昭和32年法律第26号。以下「措置法」という。)は、上記(1)記載の所得税法59条1項1号の適用については、民法(明治29年法律第89号)34条の規定により設立された法人その他の公益を目的とする事業を営む法人(以下「公益法人等」という。)に対する財産の贈与又は遺贈(当該法人を設立するためにする財産の提供を含む。)で当該贈与又は遺贈が教育又は科学の振興、文化の向上、社会福祉への貢献その他公益の増進に著しく寄与することその他の政令で定める要件を満たすものとして被告の承認を受けたものについて、当該財産の贈与又は遺贈がなかったものとみなすと規定している(措置法40条1項後段。以下「本件特例」という。)。
イ また、租税特別措置法施行令(昭和32年政令第43号。ただし、平成13年政令第141号による改正後のもの。以下「施行令」という。)は、被告が承認をするための要件を次のとおり定めている(施行令25条の17第2項)。
a 当該贈与又は遺贈が、教育又は科学の振興、文化の向上、社会福祉への貢献その他公益の増進に著しく寄与すること(同項1号)
b 当該贈与又は遺贈に係る財産が、当該贈与又は遺贈があった日以後2年を経過する日までの期間内に、当該法人の当該事業の用に供され、又は供される見込みであること(同項2号)
c 措置法40条1項後段に規定する法人に対して財産の贈与又は遺贈をすることにより、当該贈与者若しくは遺贈者の所得に係る所得税の負担を不当に減少させ、又は当該贈与者若しくは遺贈者の親族その他これらの者と相続税法(昭和25年法律第73号)64条1項に規定する特別の関係がある者の相続税若しくは贈与税の負担を不当に減少させる結果とならないと認められること(同項3号)
ウ そして、施行令25条の17第3項は、公益法人等で以下の各要件を満たすものに対する財産の贈与等は、同条2項3号(上記イc)の適用については、同号に規定する所得税又は贈与税若しくは相続税の負担を不当に減少させる結果とならないと認められるものとするとしている。
a その運営組織が適正であるとともに、その寄附行為、定款又は規則において、その理事、監事、評議員その他これらの者に準ずるもの(以下「役員等」という。)のうち親族関係を有する者及びこれらと次に掲げる特殊の関係がある者(以下「親族等」という。)の数がそれぞれの役員等の数のうちに占める割合は、いずれも3分の1以下とする旨の定めがあること(同項1号)
(イ) 当該親族関係を有する役員等とまだ婚姻の届出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者
(ロ) 当該親族関係を有する役員等の使用人及び使用人以外の者で当該役員等から受ける金銭その他の財産によって生計を維持しているもの
(ハ) (イ)又は(ロ)に掲げる者の親族でこれらの者と生計を一にしているもの
(ニ) 当該親族関係を有する役員等及び(イ)から(ハ)までに掲げる者のほか、次に掲げる法人の法人税法2条15号に規定する役員(以下「会社役員」という。)又は使用人である者
<1> 当該親族関係を有する役員等が会社役員となっている他の法人
<2> 当該親族関係を有する役員等及び(イ)から(ハ)までに掲げる者並びにこれらの者と法人税法2条10号に規定する政令で定める特殊の関係のある法人を判定の基礎にした場合に同号に規定する同族会社に該当する他の法人
b その法人に財産の贈与若しくは遺贈をする者、その法人の役員等又はこれらの者の親族等に対し、施設の利用、金銭の貸付け、資産の譲渡、給与の支給、役員等の選任その他財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を与えないこと(同項2号)
c その寄附行為、定款又は規則において、その法人が解散した場合にその残余財産が国若しくは地方公共団体又は他の公益を目的とする事業を営む法人に帰属する旨の定めがあること(同項3号)
d その法人につき公益に反する事実がないこと(同項4号)
(3) 本件特例の承認の取消要件
ところで、措置法40条2項は、同条1項後段の規定の適用を受けて贈与又は遺贈があった場合において、当該贈与又は遺贈のあった後、当該贈与又は遺贈に係る財産が当該財産を受けた法人の当該贈与又は遺贈に係る公益を目的とする事業の用に供されないこととなったときその他当該贈与等につき政令で定める事実が生じたときは、被告は、同項後段に基づく承認を取り消すことができると規定している。
そして、施行令25条の17第5項は、上記の「政令で定める事実」として、同条2項2号に規定する期間内に同号に規定する財産が同号の事業の用に供されなかったこと及び同項3号に掲げる要件に該当しないこととなったことを取消事由として定めている。
2 前提となる事実
(各項末尾に証拠等を掲げた事実は、当該証拠等により認定した事実であり、証拠等を掲げていない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 原告は、昭和61年4月11日、千葉県習志野市津田沼所在の宅地262・36平方メートル(以下「本件土地」という。)のうち、原告の共有持分である3分の1を、本件土地の共有者とともに、私立専修学校の校舎の敷地の用に供するため、学校法人A学園(以下「A学園」という。)に贈与した(以下「本件贈与」という。)。
(2) A学園は、昭和61年3月31日、私立専修学校の設置を目的として設立認可を受け、同年4月11日、設立の登記をした学校法人であり、専門学校「B」(以下「B」という。)及び専門学校「C専門学校」(以下「C専門学校」という。)を設置し、これを運営している。
(3) 本件土地は、昭和61年4月にBが開校して以来、同校の校舎の敷地の用に供されている。
(4) 原告は、昭和62年6月5日、本件贈与について本件特例の承認に係る申請書を被告に提出し、被告は、平成2年3月9日付け直資2-126をもって、本件贈与について措置法40条1項の規定に基づく譲渡所得の非課税の承認をした(以下「本件承認」という。)。
なお、本件承認に係る通知書には、「租税特別措置法第40条第2項に規定する事実が生じた場合には、この承認を取り消すことになる」旨記載されている。
(5) 被告は、平成13年6月22日付けで、本件承認を取り消す旨の処分を行った(以下「本件処分」という。)。
(6) 原告は、平成13年8月16日、被告に対し、本件処分につき異議申立てをしたが、被告は、同年11月14日付けで、原告の異議申立てを棄却する旨の決定をした。
3 当事者の主張
(被告の主張)
(1) 本件処分の適法性
ア 本件処分に至る経緯
a A学園の理事長には、昭和61年4月から平成4年4月まで及び平成5年8月から平成6年4月までの間、原告の父である乙(以下「乙」という。)が、平成7年10月から平成12年7月までの間、原告の弟である丙(以下「丙」という。)がそれぞれ就任していた。
また、丙は、平成6年4月12日から平成7年10月6日までの間、同学園の理事長職務代理者に就任していた。
なお、原告は、昭和61年4月から平成元年6月まで、同学園の評議員であった。
b A学園は、昭和63年9月20日、本件土地を含む不動産に極度額6億5000万円の根抵当権を設定した。
同学園の寄附行為によれば、同学園の予算、借入金及び基本財産の処分並びに運用財産中の不動産等の処分については、理事長において、あらかじめ評議員会の同意を得なければならないとされているところ、上記根抵当権設定について評議員会の同意を得た事実はない。
c A学園の平成9年3月期の決算書によれば、同期中に2億1338万3510円の貸付金の増加があることが認められるが、貸付先等、貸付金の内容は不明である。
d A学園は、平成8年度以降、千葉県総務部学事課(以下「学事課」という。)から、不明朗な経理処理の改善及び学校運営に関する指導を再三にわたり受けていたにもかかわらず、その改善が認められないとして、平成11年4月期以降は、千葉県から私立学校経常経費補助金が交付されていない。
なお、学事課からは、A学園に対し、主な要改善事項として、平成9年3月期に増加した丙個人に対する貸付金2億2001万3000円の内容が不明朗であるので、その明確化及び早急な回収を図ること、平成9年度の貸借対照表の現金預金及び貸付金の額が元帳と相違しているので是正すること、基本金の組入れが適正に行われていないため、基本金の額と基本金の対象となる固定資産の価額がかい離しているので、原因を調査の上、適正な組入れを行うこと等が指摘されている。
e 丙は、昭和63年8月から平成4年6月ころまでの間に、A学園の資金のうち、少なくとも2160万円を生活費や遊興費に費消した。また、同人は、平成7年4月から平成11年3月にかけて、同学園の資金2640万円を私的に費消し、現在、同学園から刑事告訴されている。
イ 以上のとおり、A学園の事業の運営は、寄附行為に基づいて適正に行われておらず、経理についても、多額の不明朗な貸付金が存在し、現金預金及び貸付金の額が元帳と貸借対照表とで相違している等その内容を適正に表示するのに必要な帳簿書類を備え、収入及び支出並びに資産及び負債の明細が適正に記帳されているとは認められず、同学園の運営組織は適正でない。しかも、丙は、同学園から2億円を超える多額の貸付けを受けているほか、多額の資金を費消しているなど、同学園の財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を受けている。
これらのことからすれば、同学園については、施行令25条の17第3項所定の各要件のうち、1号、2号及び4号の各要件が満たされていないこととなり、その結果、同条2項3号に掲げる要件に該当しないこととなったものであり、この事実は、本件特例の承認の取消事由として同条5項に定められた事実に該当するから、本件贈与について、措置法40条2項に定める本件特例の承認の取消事由が存在することは明らかである。
したがって、本件処分は適法である。
(2) 原告の主張に対する反論
ア 本件処分における裁量権行使の違法の主張について
a 本件特例は、公益法人等に対する資産の贈与又は遺贈について、みなし譲渡課税により徴税するよりも、当該資産が公益の用に供されて公益の増進に寄与することが好ましいという社会経済的政策配慮に基づき、一定の要件の下に、みなし譲渡課税の対象外とすることとして、公益的な寄付を行い易くしたものである。
そして、措置法40条2項に基づく本件特例の承認の取消しは、当該贈与について、その対象とされた資産を公益の用に供してその増進に寄与させるという本件特例の趣旨が失われた場合にまで本件特例の適用を認めることが相当でないことから、上記承認を取り消すことにより、本来の譲渡所得課税を行うことを法が認めたものと解するのが相当であるから、当該贈与又は遺贈が同項及び施行令25条の17第5項に規定する取消要件を満たす場合には、原則として上記承認を取り消すことを要すると解すべきである。
また、租税法律主義の内容である合法性の原則に従えば、租税法は、強行法であるから、課税要件が充足されている限り、課税庁には、租税の減免の自由や租税を徴収しない自由はなく、法律で定められたとおりの税額を徴収しなければならないのであるから、本件特例の承認を取り消すか否かについて、被告に裁量の余地が認められるとしても、その裁量の範囲は、本件特例の趣旨、目的に照らして、承認を取り消さないことについて合理的な理由が認められる場合に限られるものと解するのが相当である。
このようなことからすれば、本件特例の承認に係る贈与又は遺贈が法令に定める取消要件に該当する場合には、それが客観的にやむを得ない事由による軽微なものであり、承認の取消しが行われるまでに改善されるなど、当該贈与等に係る財産が適正に運営される公益法人により公益事業の用に供されることによって依然として当該贈与等が公益の増進に著しく寄与していると認められるような場合でない限り、本件特例の承認は取り消されるべきである。
そして、本件の場合、丙は、A学園の多額の資金を生活費や遊興費に費消し、同学園から刑事告訴され、その行為は極めて悪質であり、本件承認を取り消す時点において、同学園の経営が健全化する確たる目途もなかったのであるから、本件承認は取り消されるべきであって、被告に裁量権の逸脱等はなく、本件処分は適法である。
b これに対し、原告は、本件処分において、寄付された不動産が現実に公益の用に使用されたか否か及びその使用された期間、贈与者と受贈者が密接な関係を有し、実質的に私的支配を及ぼしていたか否か、贈与者が受贈者から利益を得ていたか否か、贈与後の期間等が考慮されるべきであり、本件承認を取り消した本件処分は、裁量判断を誤り、又は裁量権を逸脱したものであって、違法である旨主張する。
しかしながら、寄付された不動産が現実に公益の用に使用されたか否か及びその使用期間を考慮することは、施行令の定める本件特例の承認の取消要件とは別個の判断基準を持ち込み、上記取消要件自体を否定することにもつながるものであり、裁量判断の考慮要素たり得ないというべきである。
また、施行令は、原告が主張するような贈与者と受贈者の関係を本件特例の承認の取消要件としておらず、かかる事項も裁量判断の考慮要素とはならないというべきである。加えて、原告は、A学園の評議員を務めるなど、同学園と密接な関係にあり、その運営に影響を及ぼし得る地位にあったものである。
さらに、贈与者の親族等が財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を得ている場合には、施行令25条の17第3項2号の取消要件を満たすから、贈与者自身が利益を得ていたことを裁量判断の考慮要素とすることも、課税要件の変更につながり、許されないというべきである。
このほか、本件贈与後の期間の点についても、むしろ、本件特例の承認が行われてから長期間経過したというだけで承認の取消しが許されないとすれば、承認の取消要件の存在を巧妙に秘匿することにより、みなし譲渡課税を容易に免れることとなり、税負担の公平に反するというべきである。
そして、本件特例の承認が取り消された場合、取消しの行われた日の属する年分の所得として、当該贈与に対する課税が行われることは明らかであり、承認の取消要件を充足する場合に取消しを行うことは、当該贈与者に突然の不利益を与えるものではなく、裁量権の逸脱には当たらないというべきである。
したがって、被告による裁量判断の誤り又は裁量権の逸脱に関する原告の主張は、いずれも失当である。
(3) 承認取消権の時効消滅の主張について
行政行為の取消権(撤回権)が個別の法令に定められている場合、その行使の要件は、個別の法令の定めによることとなるところ、措置法は、本件特例の承認取消権の行使期間について何ら制限を設けてなく、所得税法及び国税通則法においても、課税庁が行う行政行為の取消権一般について、期間制限を定めた規定はない。
これに対し、原告は、本件特例の承認の取消しが、国税の徴収権と同様の時効により消滅すると解すべきであると主張するが、承認の取消しが国税の徴収権と異なることを認めながら、国税の徴収権の消滅時効に関する国税通則法の規定が適用されるとする原告の主張自体、矛盾するものといわざるを得ない。
また、本件特例の承認を取り消した場合には、その承認が取り消された時において、政令で定めるところにより、措置法40条1項の規定する贈与等があったものとみなすこととされ(同条2項)、承認の取消しを受けた贈与に係る財産については、当該贈与者の当該承認が取り消された日の属する年分(その日までに当該贈与者が死亡していた場合には、死亡の日の属する年分)の所得として、所得税を課するものとされていること(施行令25条の17第6項)からすれば、本件承認が取り消された効果として発生した徴収権については、平成13年度の所得税の法定納期限の翌日から消滅時効が起算される(国税通則法72条1項)から、消滅時効が完成していないことは明らかである。
したがって、原告の上記主張は、失当というべきである。
(原告の主張)
(1) 本件処分における裁量権行使の違法
ア 措置法40条2項は、同条1項後段の規定の適用を受けて贈与又は遺贈があった場合において、所定の事実が生じたときは、被告が同項後段による承認を取り消すことができる旨規定している。
そして、同条2項が「取り消すことができる」と規定していることから明らかなとおり、同条2項所定の事実が生じたときに同項後段の承認を取り消すか否かは、被告の裁量に委ねられている。
しかしながら、本件特例を定めた同条1項後段の規定は、公益法人等に対する資産の贈与又は遺贈につき、みなし譲渡課税により徴税するよりも、当該資産が公益の用に供されることにより公益の増進に寄与する方が好ましいという社会経済的政策配慮に基づき、一定の要件の下に、これをみなし譲渡課税の対象から除外することとし、もって公益的な寄付を行うことを容易にしたものである。
したがって、被告は、同条2項に基づく承認の取消しを行うか否かについて、裁量判断を行うに当たり、当該事案の下で上記の社会経済的政策配慮という本件特例の趣旨を生かすべきか、あるいはそのような社会経済的政策配慮を必要としないかについて、考慮しなければならないというべきである。
イ そして、被告が本件承認を取り消すか否かについて裁量判断を行うに当たっては、本件特例の趣旨に従って、次の諸点が考慮されなければならない。
a 贈与された資産が現実に公益に使用されたか否か及び使用された期間公益法人等に対する資産の贈与の場合、公益に寄与する程度は千差万別であり、場合によっては、贈与の対象とされた資産が公益の用に供されていないこともある。
しかるに、原告がA学園に贈与した本件土地は、本件贈与後今日まで一貫してA学園の校舎の敷地として使用されており、本件土地が、本件贈与の時点から今日に至るまで、公益の用に供されていることは明らかである。
b 贈与者と受贈者の関係等
(a) 贈与者が受贈者の理事長に就任するなどして、実質的に私的支配を及ぼしている場合や、受贈者の組織運営に何らかの影響を及ぼす立場にあった場合には、受贈者における組織運営の問題点を贈与者に帰することができるから、措置法40条1項後段による非課税の承認を取り消すことが可能となる。これに対し、贈与者が受贈者に何らかの影響を及ぼす立場になかった場合に上記承認の取消しを行うことは、裁量権の逸脱といわざるを得ない。
これを本件について見ると、原告は、昭和63年当時、乙の以来で名目的な評議員になっていたが、評議員会の開催通知等は一切送付されておらず、原告自身が学校内に入ったこともなく、その後、まもなく評議員を辞めている。
このように、原告は、A学園に対し、何らの影響を及ぼす立場になく、その経理の内容についても、知り得ない立場にあった。
(b) また、贈与者が受贈者の運営に何らかの影響を及ぼしていない場合でも、贈与者が受贈者から何らかの利益を得ていた場合には、非課税の承認の取消しが認められる場合もあり得る。
しかし、本件の場合、原告は、名目的評議員であった時期にも報酬は一切受領しておらず、A学園から何ら利益を得ていない。
c 贈与後の期間
本件処分は、本件贈与から15年以上が経過した後に、突然行われたものであり、原告がその間A学園と一切の関係を有していないことにかんがみれば、社会秩序の安定を害することは著しいといわざるを得ない。
そして、国税通則法(昭和37年法律第66号)72条1項が、一般的な国税の徴収権について5年間の消滅時効を定め、同法73条3項が、「偽りその他の不正行為による」場合の国税の徴収権の消滅時効を7年間と定めていることに照らせば、本件贈与から15年以上もの期間を経過した後に行われた本件処分は、権利の濫用というべきである。
d そもそも、本件土地は、実質的には乙が所有していたものであり、原告は、単に登記名義を貸していただけにすぎず、原告がA学園の経営に全く関与していなかったこと、本件贈与から本件処分までに15年以上が経過していることにも照らせば、本件処分は、何ら利害関係のない原告に突然の不利益を強いるものといわざるを得ない。
ウ 以上のような諸要素を総合判断すれば、本件処分は、被告がその裁量判断を誤り、又は被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱して行ったものであって、違法であるといわざるを得ない。
(2) 承認の取消権の時効消滅
本件特例の承認の取消しについては、措置法及び所得税法に時効の定めがないことから、国税通則法の規定する時効制度が適用されるところ、同法72条1項は、一般的な国税の徴収権について5年間の消滅時効を定め、さらに、同法73条3項は、「偽りその他の不正行為による」場合の国税の徴収権の消滅時効を7年間と定めている。
上記承認の取消権は、国税の徴収権とは異なるものの、取消しを受けた者が所得税の課税を受ける点で、国税の徴収権と異ならないというべきであるから、本件贈与から5年(原告が悪意であったとしても7年)を経過した時点で、上記承認の取消権が時効により消滅したものと解すべきである。
4 争点
以上によれば、本件の争点は、次のとおりである。
(1) 本件処分は、本件特例の承認の取消しに関する裁量判断を誤り又は裁量権を逸脱するなど、被告に与えられた権限を逸脱濫用した違法なものであるか。
(争点1)
(2) 措置法40条1項後段に規定する非課税の承認の取消しにつき、消滅時効が成立したか否か。
(争点2)
第3当裁判所の判断
1 争点1について
(1)ア 措置法40条1項後段による本件特例は、公益法人等に対する財産の贈与又は遺贈が公益の増進に著しく寄与することその他の政令で定める要件を満たすものとして被告の承認を受けたものについて、当該財産の贈与又は遺贈がなかったものとみなして、譲渡所得課税を行わないこととする措置であり、公益法人等に対する寄付について、みなし譲渡課税を行うよりも、当該資産を公益の用に供してその増進に寄与させる方が望ましいという政策的配慮に基づき、公益的な寄付を容易にすることを趣旨とするものである。
そして、施行令25条の17第2項3号は、上記の「政令で定める要件」として、公益法人等に対して財産の贈与等をすることにより、当該贈与者等の所得に係る所得税の負担を不当に減少させ、又は当該贈与者等の親族その他これらの者と特別の関係がある者の相続税若しくは贈与税の負担を不当に減少させる結果とならないと認められることを規定しており、その適用について、公益法人等で施行令25条の17第3項1号ないし4号所定の各要件を満たすものに対する財産の贈与等は、同号に規定する所得税又は贈与税若しくは相続税の負担を不当に減少させる結果とならないと認められるものとするとされている。
イ 一方、措置法40条2項は、本件特例に係る贈与等について、その対象とされた財産が当該財産を受けた法人の当該贈与等に係る公益を目的とする事業の用に供されないこととなったときその他当該贈与等につき政令で定める事実が生じたときは、被告が本件特例に係る承認を取り消すことができる旨規定している。
そして、上記の「政令で定める事実」については、施行令25条の17第5項において、同条2項2号に規定する期間内に同号に規定する財産が同号の事業の用に供されなかったこと及び同項3号に掲げる要件に該当しないこととなったこととする旨が明記されている。
ウ これらの各規定によれば、<1>当該贈与又は遺贈のあった後、当該贈与又は遺贈に係る財産が当該財産を受けた法人の当該贈与又は遺贈に係る公益を目的とする事業の用に供されないこととなったとき、<2>施行令25条の17第2項2号に規定する期間内に同号規定する財産が同号の事業の用に供されなかったとき、<3>同項3号に掲げる要件に該当しないこととなったときには、本件特例の承認を取り消すことができることは明らかである。
(2) ところで、本件処分は、施行令25条の17第3項所定の各要件のうち、1号、2号及び4号の各要件が満たされていないこととなり、その結果、同条2項3号に掲げる要件に該当しないこととなったことを理由としてされたものであるから、以下、同号に掲げる要件に該当しないこととなる事実が生じたか否かについて検討する。
ア 前記「前提となる事実」及び証拠(甲2、5、乙1ないし5、8、11ないし17)によれば、次の事実を認めることができる。
a A学園は、昭和61年3月31日、教育基本法及び学校教育法に従い、私立専修学校を設置することを目的として設立認可を受け、同年4月11日、設立の登記をした学校法人であり、B及びC専門学校を設置し、これを運営している。Bには、平成13年10月24日現在、17名の生徒が在籍している。
b 原告は、昭和52年3月3日、本件土地のうち持分3分の1を、祖父である丁から贈与により取得し、昭和61年4月11日、上記持分を、乙その他の本件土地の共有者と共に、A学園に贈与した。本件土地は、同月にBが開校して以来、同校の校舎の敷地の用に供されている。
c 被告は、平成2年3月9日付け直資2-126をもって、本件承認を行ったが、本件承認に係る通知書には、「租税特別措置法第40条第2項に規定する事実が生じた場合には、この承認を取り消すことになる」旨記載されている。
d A学園の理事長には、昭和61年4月から平成4年4月まで及び平成5年8月から平成6年4月まで、原告の父である乙が就任し、平成7年10月から平成12年7月まで、原告の弟である丙が就任していた。また、丙は、平成6年4月12日から平成7年10月6日まで、同学園の理事長職務代理者に就任していた。
一方、原告は、昭和61年4月から平成元年6月まで、同学園の評議員であった。
e A学園の平成9年3月31日付け貸借対照表によれば、平成9年度において、2億1338万3510円の貸付金の増加があることが認められるが、貸付先等、貸付金の内容は不明である。
f A学園は、平成8年度、平成10年度及び平成11年度において、学事課から、私立学校振興助成法(昭和50年法律第61号)12条の規定に基づく検査指導を受け、千葉県知事から、借入金の一部について債務者が丙個人か同学園か不明確であること、丙個人に対する貸付金や回収困難な貸付金を有していること、会計処理に不備があること、理事及び評議員の選任に関し不適切な点があること等、学校及び財務の管理及び運営に関し、改善、是正を必要とする事項が存する旨指摘され、これらの事項に対する措置状況等を学事課に報告するよう指示を受けていたにもかかわらず、その改善が認められないとして、平成11年度及び平成12年度において、千葉県から私立学校経常経費補助金を交付しないこととされた。
なお、同学園は、平成10年度の検査指導の結果、千葉県知事から、同学園の丙個人に対する2億2001万3000円の貸付金について、その内容を明確にするとともに、早急に回収するよう指導を受けている。
g 平成11年1月、従業員の給与の支払が遅れたことを契機に、A学園の資金繰りに問題が生じたことが表面化したことから、関係者が調査したところ、平成12年に、丙が同学園の資金を私的に費消し、理事会及び教職員にも秘密にしていたことが判明した。
丙は、昭和62年4月ころから平成2年5月ころまでの間に、D信用金庫津田沼支店のA学園B理事長乙名義の普通預金口座から、また、昭和63年8月から平成4年6月ころまでの間に、E銀行津田沼支店のA学園B理事長乙名義の普通預金口座から、それぞれ預金を引き出し、約2160万円を私的な服飾品等の購入や飲食に費消するなどしたことを認めている。
また、A学園は、丙及びその妻である戊が、平成7年4月から平成11年3月までの間、A学園の資金2640万円を私的に費消して横領したとして、両名を刑事告訴した。
イ 以上の事実によれば、A学園においては、少なくとも平成8年度以降、財務の管理、会計処理、学校運営のいずれの面においても、改善、是正を要する状況にありながら、十分な措置が講じられなかったことが認められ、同学園の運営が、寄附行為に基づいて適切に行われているということはできないから、本件処分の時点において、同学園の運営組織は適正でなかったというべきであるし、また、原告の弟であり、同学園の理事長に在職していた丙は、同学園から多額の貸付けを受けていたのみならず、多額の資金を私的に費消し、同学園の財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を受けていたものであり、さらに、これらの事実は、A学園について公益に反する事実が存在するものとも評価すべき事柄であるとも認められる。
したがって、本件贈与については、施行令25条の17第3項所定の各要件のうち、第1号、第2号及び第4号の要件を欠くに至ったことが明らかであり、前記の事実を前提とすれば、贈与者である原告の所得に係る所得税の負担を不当に減少させる結果とならないとの同条2項3号所定の要件に該当しなくなる事実が生じたものというべきであるから、本件贈与については、その受贈者である同学園において、措置法40条2項に規定する本件特例に係る承認の取消事由が存することが認められる。
(3) ところで、原告は、本件土地は、本件贈与後も長期間にわたって一貫して、Bの校舎の敷地として使用され、公益の用に供されていること、原告は、A学園に対して、何らの影響を及ぼす立場にもなく、その経理の内容についても、知り得ない立場にあり、同学園から、報酬等何らの利益を得ていないこと、本件処分は、本件贈与の時から15年以上もの長期間を経過していることなどの事実からすれば、上記のような取消事由が存したとしても、本件処分は権限の濫用に当たると主張する。
しかし、前記のとおり、当該贈与又は遺贈のあった後、当該贈与又は遺贈に係る財産が当該財産を受けた法人の当該贈与又は遺贈に係る公益を目的とする事業の用に供されないこととなったときには、それだけで、本件特例に係る承認の取消事由となることを規定しており、原告の主張するとおり、贈与に係る本件土地が公益の用に供されていることは、本件特例に係る承認が取り消されないための当然の前提の一つにすぎず、それが長期間にわたったとしても、このような事実について、施行令25条の17第2項3号所定の要件に該当しなくなる事実が生じたものとして本件特例に係る承認の取消処分を行うについて、被告において特に考慮しなければならない事情とは解し難い。
また、施行令25条の17第3項2号は、財産の贈与者に対して、給与の支給その他財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を与えないことを要件とする一方、同項各号所定の各要件が満たされているか否かの判断については、贈与者等がそれに何らかの影響を与えているか否かにかかわらず、専ら各要件の定める事実等の存否によって客観的に判断されるものとして規定されていることに照らせば、原告がA学園から報酬その他何らの利益も得ていないことや、原告が贈与の相手方であるA学園の運営組織の適正に関与し得なかった事実があったとしても、前同様、これらの事実は、本件特例に係る承認の取消処分を行うについて、被告において特に考慮しなければならない事情とは解し難い。
さらに、本件承認の取消しは、本件贈与から約15年、本件承認が行われてから約11年を経過した後に行われたものであるが、本件承認に係る通知書において、一定の事由が生じた場合に本件承認が取り消される旨記載されており、原告も本件承認が取り消される可能性が存することを十分了知できたことを考慮すれば、上記期間の経過をもって、本件承認を取り消すことが権限の濫用に当たるということはできない。
そして、他に、本件承認を取り消すことが、本件特例の趣旨に反するなど、著しく相当でないことを認めるに足りる主張、立証はないから、本件処分が、本件特例に係る承認の取消しについて、権限の濫用に当たるということはできない。
2 争点2について
措置法は、本件特例の承認の取消しを行うことができる期間について、何ら規定を設けておらず、措置法の一般法に当たる所得税法及び国税通則法においても、課税庁が行う処分の取消しについて、期間制限を設けた規定は存しない。
これに対し、原告は、本件特例の承認の取消しが、国税の徴収権と同様の時効により消滅すると解すべきであると主張する。
しかしながら、本件特例の承認に係る取消しは、当該承認の後に生じた事情に基づいて当該承認によって生じた法律関係を将来に向かって消滅させる処分であり、既に租税債務が存在することを前提とする国税の徴収権とは異なるものであるから、本件特例に係る承認の取消しについて、国税の徴収権の消滅時効に関する規定を適用することはできない。
また、本件特例の承認を取り消した場合には、その承認が取り消された時において、政令で定めるところにより、措置法40条1項の規定する贈与等があったものとみなすこととされ(同条2項)、当該贈与に係る財産については、当該贈与者の当該承認が取り消された日の属する年分(その日までに当該贈与者が死亡していた場合には、死亡の日の属する年分)の所得として、所得税を課するものとされている(施行令25条の17第6項)。そうすると、本件承認の取消しによって発生した所得税の徴収権については、平成13年度の所得税の法定納期限の翌日から消滅時効が起算されるべきであって(国税通則法72条1項)、このことに照らしても、本件特例に係る承認の取消しについて、国税の徴収権の消滅時効に関する規定を適用することが相当でないことは明らかである。
したがって、原告の上記主張は、失当というべきである。
第4結論
以上によれば、原告の請求は、理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 裁判官 馬渡香津子)
(別紙)
物件目録
所在 千葉県習志野市津田沼
地番
地目 宅地
地積 262・36平方メートル
原告の共有持分 3分の1
(別紙)
訴訟代理人及び指定代理人一覧表
(原告訴訟代理人弁護士)
中西義徳
(被告指定代理人)
武笠圭志
中村芳一
中嶋明伸
高木優
後藤勇
小柳誠
峰岡睦久